2022 Volume 31 Issue 1 Pages 105-109
これまで慢性呼吸器疾患(CRD)患者のADL評価は重要とされ,様々な疾患特異的尺度が開発されてきた.国内ではNagasaki University Respiratory ADL questionnaire(NRADL),Pulmonary emphysema ADL(P-ADL)の使用が主流である.近年,Barthel Indexの呼吸器版であるBarthel Index dyspnea(BI-d)が国外で開発された.我々はその日本語版開発を実施した.その過程および内容を紹介する.BI-dの翻訳手順は尺度翻訳の基本指針に準じて実施し,パイロットテストはCRD患者10名に対し行い,その回答時間は平均196.7秒(SD=88.0秒)であった.その後,日本語版BI-dは原著者から正式に承諾を受け,日本語版BI-dの信頼性・妥当性の検証を行った.結果,日本語版BI-dの信頼性・妥当性が立証された.
慢性呼吸器疾患(Chronic respiratory disease: CRD)患者において,日常生活動作(Activity of daily living: ADL)能力は臨床場面において重要な指標である.CRDの代表的な疾患である慢性閉塞性肺疾患(Chronic obstructive pulmonary disease: COPD)のADL制限は,健康関連QOLを損なうだけでなく,死亡予測因子でもある1,2).さらに,間質性肺疾患(Interstitial lung disease: ILD)においてADL制限は息切れ,健康関連QOLや生命予後と関連する3,4,5).またCRDのADL能力は,呼吸リハビリテーションにより向上が期待できるため6),定量的な評価ツールを用いて効果判定すべきである.したがって,CRD患者のADL能力を適切に把握する意義は高いといえる.本総説論文では,CRD患者を対象としたADL評価の現況と問題点について概観し,近年新たに開発されたBarthel Indexの呼吸器版であるBarthel Index dyspnea(BI-d)を紹介する.
CRD患者のADL評価は,疾患特異的尺度の使用が望ましい.なぜなら呼吸器患者にBarthel Index(BI)やFIMを用いると過大評価されると報告されているためである7,8).呼吸器疾患特異的尺度として,これまでにNagasaki University Respiratory ADL questionnaire(NRADL)9),Pulmonary emphysema ADL(P-ADL)10),modified version of the Pulmonary Functional Status and Dyspnea Questionnaire(PFSDQ-m)11),London Chest Activity of Daily Living Scale(LCADL)12),BI-d13)などが開発されてきた.
NRADLは信頼性・反応性が検証されており14,15),本邦で最も普及している尺度の一つである.NRADLは食事や排泄,整容といったADL10項目それぞれに対し,動作速度,息切れ,酸素流量の3つのカテゴリーで4段階評価し,それに連続歩行距離を加点する総得点100点の尺度である.P-ADLは近年新しく改変されており,各ADL項目に対し,速度,息切れ,酸素流量だけでなく達成方法,距離,頻度がカテゴリーに加えられている点が特徴である10,16).LCADL12)とPFSDQ-m11)は海外で開発された尺度であり,前者は更衣,整容といった基本的動作から掃除などの応用的動作が評価項目に含まれる.また窓・カーテンを洗うといった,本邦では目新しい項目が含まれているのも特徴であるが,邦人における信頼性・妥当性については,現時点では未検証である.PFSDQ-mは,更衣やシャワーを浴びるといった他のADL指標と共通している項目それぞれに対し,呼吸困難に加え倦怠感,活動変化を評価する点が特徴的である.PFSDQ-mは日本語版翻訳と邦人における信頼性および妥当性が検証されている17).
BI-dは2016年にVitaccaらによりBIの項目をもとにCRD用に開発された13).開発後,実際の患者を対象に,評価の所要時間と言葉の理解度を4段階のリッカート尺度で評価し,2名の評価者間の信頼性を検証した.続いて内的整合性,妥当性,反応性について検証した.結果,評価に要した時間は平均163秒で,患者の理解度も高い結果となった.また信頼性,内的整合性,妥当性,反応性の全てにおいて良好な成績であった.
BI-dの構成は各ADL項目における息切れ,動作速度について5段階評価から成り,合計スコアは0~100点の範囲で,点数が高いほどADL動作時の息切れが強いことを示す.BI-dは調査者の聞き取りの仕方についても標準化されているため,初心者でも使用しやすい評価指標と言える.
我々はBI-d日本語版(Japanese Version of BI-d: J-BI-d)を作成し,邦人における信頼性・妥当性を検証した.その内容は国際学会誌18)に掲載されている.今回,その開発過程と併せてJ-BI-dを紹介する.詳細は文献18を参照いただきたい.
BI-dの翻訳は,尺度翻訳の基本指針に準じ,BI-d測定のためのガイドラインも含めて実施した19,20).最初に,原著者に連絡を取り日本語翻訳の許可を得た.次に,2名の呼吸器内科医と1名の理学療法士が独立して英語から日本語への翻訳(順翻訳)を行った.その際,実際の回答者に内容が伝わり答えやすいよう配慮した.続いて呼吸器疾患の専門家グループを募り,順翻訳された内容について,より適切な表現を検討・統合し調整した.さらに,呼吸器内科医1名と理学療法士1名が英語から日本語への翻訳(逆翻訳)を行った.その内容について原著者からレビューを受けた後,CRD患者に対してパイロットテストを実施した.パイロットテストの必要となる対象人数は5~10名と報告されている19,20).本研究の対象はCRD患者10名と設定し,調査者が患者に聞き取りを行った後,分りづらい表現や回答に戸惑った部分について意見を求めた.また,調査者は聞き取り中の患者の反応を記録し,ストップウォッチを用いて聞き取りに要した合計時間を測定した.パイロットテスト実施に際し,個人情報は収集せず,患者のプライバシーは十分配慮した.本研究は,神戸大学大学院保健学研究科(N611-1),神戸市立病院機構神戸市立医療センター西病院(N17-003)の倫理委員会で承認された.
順翻訳後,専門家グループで統合し調整した結果,ガイドラインの冒頭で患者に対しての指示である“for your limitations of the musculoskeletal system”は直訳すると「筋骨格系の制限」となるが,「運動の制限」と分りやすい表現に訳した.設問1の“the course of your grooming-personal hygiene”は「あなたの身だしなみ(個人的衛生)の過程」となるが,「身だしなみを整える際」と馴染みのある表現に訳した.設問4の“get up and sit by the water”の“water”は本来の概念が伝わるよう「便座」と訳した.設問7の“when you must urinate”は「排尿の際」,設問8の“when you must defecate”は「排便の際」と本来の意図が伝わるよう訳した.また設問4と設問7,8は,誤って伝わることのないよう「※4はトイレの動作を,7・8は排尿・排便行為自体を示す」と注意書きを付け足した.以上を逆翻訳し原著者からレビューを受け,表現は的確との回答を得られたため,変更なしでパイロットテストに移行した.パイロットテストで測定に要した時間は,平均196.7秒(SD=88.0秒)であった.その結果,患者から理解できない表現や不備の指摘がなかったため,原著者にその結果を報告した.J-BI-dは原著者から正式に承諾を受け言語的妥当性が担保された(図1,2).
日本語版 Barthel Index dyspnea Scale
日本語版 Barthel Index dyspnea Scale(測定のためのガイドライン)
我々は,CRD患者に対しJ-BI-dの信頼性検証(インターバル期間:平均8.1日(±3.0日))を42名に,妥当性検証を57名に実施した18).結果,検査者間信頼性ICC(2,1)は0.76(95%CI: 0.63-0.85),クロンバックのα信頼性係数は0.81であった.妥当性において,J-BI-dは6MWDと有意に関連しており(r=-0.464,p<0.01)(図3),mMRCとの間においても同様に有意な関連を示した(r=0.758,p<0.01).図4はJ-BI-dとmMRCの各グレード間との関係を箱ひげ図にしたものである.mMRCのグレードが重症化するほどJ-BI-dも得点が延び,各グレード間で有意差を認めた.またJ-BI-dとB Iとの関連は低い結果となったことから(r=-0.286,p<0.05),弁別的妥当性が証明された.以上の結果から,J-BI-dの信頼性・妥当性の高さが立証された.
J-BI-dと6分間歩行距離との関連(文献18より引用)
J-BI-dとmMRCの箱ヒゲ図(文献18より引用)
CRDの中で特にCOPDにおける呼吸リハビリテーションの有用性は高いとされており,その効果としてADL能力の向上が挙げられている6).効果判定のためには定量的な評価ツールを用いる必要があり,BI-dは呼吸リハビリテーションによる反応性および臨床的な意義のある差の指標となるMCIDも既に検証されている13,21).一方BI-dはADL動作時の息切れを評価対象とするため,主観や運動強度に影響を受ける.そのため,臨床現場におけるBI-dの結果は慎重に解釈すべきである.
BI-dに基づいて作成されたJ-BI-dは,呼吸リハビリの効果判定に有用な指標となりえる.BI-dの日本語版であるJ-BI-dが,今後本邦で普及すること,さらに呼吸器患者に対するADLに関する国際的な研究報告が期待される.
J-BI-dの日本語版作成に対し数々の助言を頂いた原著者のMichele Vitacca先生,また翻訳作業に尽力頂いた京都大学医学部付属病院リハビリテーション科の佐藤晋先生,国際協力機構・国際協力専門員の久野研二先生に感謝申し上げます.神戸大学大学院保健学研究科石川研究室および神戸市立医療センター西市民病院リハビリテーション技術部の皆様に感謝申し上げます.
本論文の要旨は,第30回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2021年3月,京都)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.