The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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Skill-up Seminar
Palliative care in patient with non-malignant respiratory disease: current situation, problems, and perspectives in Japan
Hideki Katsura
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2023 Volume 31 Issue 2 Pages 157-161

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要旨

緩和ケアはがんを中心になされていたが,欧米では非がん性呼吸器疾患(NMRD)の終末期ケアに関してCOPDを中心に1990年代以降,多くの知見が集積されてきた.わが国においても2010年以降,各専門領域の学会が非がん疾患の終末期の医療のありかたについて検討するようになり大きな転換期を迎えたが,NMRDに対する検討はこれまで十分に実施されているとは言い難かった.一方,COPDをはじめとするNMRDは終末期には呼吸困難をはじめさまざまな苦痛を認めるため,近年,NMRDの終末期医療および緩和ケアの重要性が認識されるようになり,2021年には日本呼吸器学会と日本呼吸ケア・リハビリテーション学会から「非がん性呼吸器疾患の緩和ケア指針2021」が発刊され,わが国のNMRDの終末期医療に関する動向は大きく変化した.本稿では,現在のわが国におけるNMRDの緩和ケアの現状と問題点について概説した.

高齢者社会を迎え,全世界的に非感染性疾患(non-communicable disease: NCD)による死亡が問題になっている.2016年の報告では,NCDによる死亡は全世界の死亡の71%を占め,そのうちの58%は70歳以上の高齢者であり,呼吸器疾患はNCDの死因の5大疾患の1つであった1.このような点からは,高齢者人口が急速に増加しているわが国においては,今後慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)などの非がん性呼吸器疾患(non-malignant respiratory disease: NMRD)で死亡される,あるいは終末期を迎える患者数が増加することが推定され,これらの疾患に対する緩和ケアや終末期医療のあり方が重要となってくると思われる.

わが国における緩和ケアはがんを中心なされていたが,欧米ではNMRDの終末期ケアに関してCOPDを中心に1990年代以降,多くの知見が集積されてきた2,3.わが国においても2010年以降,各専門領域の学会が非がん疾患の終末期の医療の在り方について検討するようになり大きな転換期を迎えたが,NMRDに対する検討はこれまで十分に実施されているとは言い難かった4.令和2年の診療報酬改定において非がん性疾患である末期心不全に「緩和ケア診療加算」が算定されるようになり,終末期にさまざまな苦痛を認めるNMRDの終末期医療および緩和ケアの重要性が認識されるようになってきた.このような背景を受け,2021年には日本呼吸器学会と日本呼吸ケア・リハビリテーション学会により「非がん性呼吸器疾患の緩和ケア指針2021」(以下指針)が発刊され4,また2022年に日本呼吸ケア・リハビリテーション学会から発刊された「呼吸器疾患のセルフマネジメント支援マニュアル」5においても患者支援の一環としての終末期医療のあり方やアドバンス・ケア・プランニング(advance care planning: ACP)が記載されるに至った.このように近年,わが国のNMRDの終末期医療に関する動向は大きく変化してきているため,本稿ではセミナー講演時の内容に加えて指針の内容を踏まえ,現在のわが国におけるNMRDの緩和ケアの現状と問題点について概説したい.

NMRDの終末期の特徴と定義

Lynnは終末期の疾患軌道を「がんなどのモデル」,「心疾患などの臓器不全モデル」,「認知症・老衰モデル」の3つに分類した(図14,6.がんは最後の1-2ヶ月で全身的機能が低下するため,予後予測は比較的容易である.臓器不全モデルでは増悪と改善を繰り返しながら徐々に全身的機能が低下する.認知症・老衰モデルでは緩やかなスロープを下るように全身機能が低下する.COPDなどのNMRDの経過は「臓器不全モデル」に合致し,予後予測は困難であるとされる4,6

図1

終末期の疾患軌道(文献6)より引用)

NMRDでは,適切な薬物,非薬物的治療を行っているにも関わらず,症状のコントロールができず,増悪を繰り返し,二次的に進行性の身体的・精神的機能,Quality of Life(QOL)の著しい低下をきたした頃からを終末期と捉えていることが多い4.そのため指針では,NMRDの終末期の予後はおよそ半年から数年をイメージし,「(1)日常生活で介助が必要,かつ,頻回の増悪,症状持続,著名なQOL低下を認める,(2)身体的特徴として,サルコペニアやフレイルの状態を伴うことが多い」と定義された4

指針では,この定義を日本の医療制度にあてはめ,以下の状態になった場合に,終末期と考えCOPDの終末期に対する話し合いを行うことが推奨されている4

1)過去1年以内に複数回のCOPD増悪による入院

2)activities of daily living(ADL)の急激な低下(通院困難,あるいは在宅医療への切り替え,要介護状態になったときなど)

3)在宅酸素療法(HOT)や非侵襲的人工呼吸(NPPV)などの導入

4)フォローアップ中の著明な体重減少(10%/6ヶ月)を認めたとき

このような基準を参考にして,終末期に向けた話し合いをどのタイミングで開始するかを事前に決定しておくことが重要である.

NMRDの緩和ケアの現状と問題点

これまでの検討では,COPDをはじめとした終末期では終末期に至ると呼吸困難,疲労感,咳,疼痛などのさまざまな症状をきたし,QOLが低下することが報告されている4,5.終末期におけるこれらの症状は,緩和ケアサービスに紹介された非小細胞性肺癌や心不全を含むさまざまな疾患の終末期より高頻度であることが指摘されている7.COPD以外の非がん性呼吸器疾患の苦痛に対する報告は少ないが,特発性肺線維症でもCOPDと同様に呼吸困難が最大の苦痛であり,疾患の進行と共に不安や恐れ,うつなどの精神的苦痛をきたし,これらの症状は呼吸困難の重症度と関連していることが指摘されている8

以上の成績からは,疾患の種類に関わらず非がん性呼吸器疾患においては,呼吸困難が終末期の最大の苦痛であり,その緩和が重要であると推定された.しかしながら,COPDの終末期の臨床経過を検討した成績では,呼吸困難,ADL低下,抑うつなどの多彩な症状を認めるにもかかわらず,それらの症状に対する緩和治療は不十分であり,その理由として,COPDではその臨床症状からは予後の推定が困難であること,また医療者側の問題点としてCOPDの臨床経過に関し認識不足があり,そのため,臨死期のケアにつき十分なインフォームドコンセントがなされていないことが指摘されている9

NMRDの終末期医療と緩和ケアの考え方

図2にNMRDの代表的疾患であるCOPDの生活期から終末期までのマネージメントの概念を示す5.ACPはわが国では「自らが望む医療の最終段階における医療・ケアについて,前もって考え,医療・ケアチーム等と繰り返し話し合い,共有する取り組み」と定義されている10.NMRDの代表的疾患であるCOPDの管理においては,薬物療法,呼吸リハビリテーション,セルフマネジメント支援を3本の柱として生涯にわたりシームレスに実施するが,診断時からその疾患の軌跡にあったACPを繰り返し実施することが重要である.しかしながら,必要な治療を受け,適切なセルフマネジメントを実践しながら病と共に生活しているにもかかわらず,増悪と寛解を繰り返しながら徐々に健康レベルが低下してくることが一般的である.このようなCOPDの過程において病状の悪化を伴う場合にはACPの頻度を増して実施することが望ましい.特にACPの過程を通じて患者のこれまでの人生を知り,このさき病とともにどのように生きていきたいと考えているかを捉え,その実現のために今をどう生きるかを,患者本人やその家族等と医療・ケアチームとで一緒に考えることが重要であり,最期までその人らしく生きて行けるように支援することが求められる4,5

図2

NMRDにおける維持期(生活期)から終末期までのマネージメントの概念(文献4)を引用,改変)

ACPを行う際には,患者さん自身が人生の最終段階をどうするかが焦点になることが多いが,身体的な安楽ともに,大切な家族との関係の絆を深め,自分が生きる事に向き合い,乗り越えていくプロセスが重要であり,このようなプロセスは6つに要約される11

・疼痛,症状マネジメント

最優先に実践されるべき内容であり,痛みや不快感なく安楽に過ごせるように,また,その人が,安楽で心地よい状態をつくる事が必要である.

・意思決定支援

意思を決定することに意味があるのではなく,患者,家族がどう生きたいかについて考えるきっかけを作り,自分が何を大事にしていきてきたか,意識化するために働きかけることである.

・治療の選択

どのような治療を受けたいか,選択肢を患者,家族と話しあえるように,看護師は,患者の権利や尊厳,自律性を守る権利者となる事が必要である.

・家族ケア

患者を含めた家族を一つのまとまりとして捉え,これまで,これから,そして今できる事,過去,未来,現在を共に過ごし時間と関係性を意識化し,わかちあう時間を大切にしながら関係性を強化,維持を促す.

・人生のQOL

その人の人生の幸福とは何かを考え意識化するようにはたらきかけるケアである.その人が,大切にしていることは何か敏感に感じ取り確認し,患者自身が気が付くように,働きかけて言語化し,チームで共有する.

・人間尊重のケア

己の存在を肯定的に捉え,生きる意味や目的を見出でるようにはたらきかけるケアである.

終末期のACPにおいてはこのような6つのプロセスを考えながら実施していくことが重要である.このような点について,説明ができるためには,医師を含めた医療者が患者とのコミュニケーション能力を持つことが重要である.このような情報提供を行う際には,医療チームで実施することが重要であり,そのためには医師以外の医療スタッフもCOPDを始めとしたNMRDの終末期医療に精通することが重要となる.ACPの内容は,呼吸器を含む臓器機能の状態,社会との関わりや役割,人生経験,サポート体制などの患者背景により影響されるため,これらの情報を得て医療チームで共有することが重要である.また,COPDの「自然経過」として死があるという認識を患者・医療チームで共有することが重要である.

このような段階になると,薬物療法,呼吸リハビリテーション,セルフマネジメント支援の3本の柱に加えて,緩和ケアの導入を行う.緩和ケアとは,生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者と家族のQOLを,痛みやそのほかの身体的・心理社会的・スピリチュアルな諸問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで,苦痛を予防し和らげることを通し,QOLを向上させるアプローチである4.すなわち,疾患の診断から終末期に至る疾患のすべての経過を包括する考え方であり,終末期に限らず,症状や苦痛が出現した時点で提供されるべきである.

NMRDの緩和ケアに関しては呼吸困難のマネジメントが重要である.終末期のCOPDの緩和ケアでは,気管支拡張薬による標準的治療,酸素療法,コンディショニング(呼吸法,排痰ケア,呼吸介助,など)を中心とした呼吸リハビリテーションを行い,そこに安楽な(ファーラー位など)や室内の十分な換気,顔面のクーリングや送風,音楽やリラクセーションなどの緩和的なケアを加えるが,とりわけ呼吸リハビリテーションの継続は終末期の緩和ケアの重要な柱となる4.このような呼吸リハビリテーションや基本的ケアに加えて,症例に応じてモルヒネなどのオピオイドの投与,さらに必要に応じてベンゾジアゼピン系薬の投与など緩和的薬剤を加えていくのが基本的な考え方である4.NPPVやハイフローセラピーも呼吸困難の緩和に有効な場合もあり,症例ごとに適応を検討する4.個々の治療法に関しては指針に詳細に記載されており,参照されたい4.これらの介入の中でも呼吸リハビリテーションは重要であり,病初期から終末期までシームレスに実施されるべきであることを強調したい4,5,12

今後の課題

NMRDの終末期医療と緩和ケアに対しては解決すべき課題は未だ少なくない.今後以下の項目について検討する必要がある.

1) わが国におけるエビデンスの構築

NMRDの終末期ケアに関しては近年,多くの知見が集積されてきたが,その多くは欧米からの報告であり,わが国における知見の集積は少ないのが現状である.今後,わが国におけるエビデンスの構築が不可欠である.

2) ACPのあり方の検討

3) 終末期の予後予測因子の検討

適切な時期に緩和ケアを提供するためには,より適切な予後予測因子の検討をさらに進める必要である.特にCOPD以外のNMRDでの検討が必要である.

4) 呼吸困難対策,特にオピオイドの使用

終末期のCOPDの呼吸困難に対する効果に関しては,欧米ではコンセンサスが得られているが,わが国では保険未承認であり,今後,長期投与の効果,至適投与量,適応の症例,適応時期,保険適用の取得などさらに検討する必要がある.

5) 患者・医療者関係の確立

終末期医療と緩和ケアを実施するには,終末期の病態,実施する治療の効果と副作用,患者の死生観に関して,患者と医療者が共通の理解を持つことが重要である.今後,終末期にどのような患者・家族と医療者が終末期ケアに向けた関係を構築すべきかを検討する必要がある.

6) わが国独自の非がん性呼吸器疾患の終末期医療と緩和ケアに対するコンセンサス作り

欧米と異なったわが国の医療体制の中でどのように行っていくかを検討することが重要である.

7) 地域のサポート体制の構築

積極的な緩和ケアを実施する際には,医療チームで実施することが重要であるが,中核病院のみならず,かかりつけ医など地域のチーム医療との連携が重要である.重症NMRDに円滑に緩和ケア,エンドオブライフケアを実施するための地域での呼吸ケアネットワークを構築するのがわが国で急務の課題である.

8) 緩和ケア指導料の保険収載

現在,非がん性疾患で緩和ケア指導管理料が保険収載されているのは,末期心不全のみである.COPDをはじめとしたNMRDは前述のように多くの苦痛を伴っており,今後,緩和ケアを普及するためにも保険適用を目指す必要がある.

おわりに

NMRDに対する緩和ケアの現状と課題について指針の内容をふまえて概説した.今回,日本呼吸器学会と呼吸ケア・リハビリテーション学会により,「非がん性呼吸器疾患緩和ケア指針」が作成されたことは大きな一歩を踏み出したと言える.今後は,より良い緩和ケアを提供できるように指針の内容を検証していくとともに今後の課題に示した内容について検討することが重要である.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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