2023 Volume 31 Issue 2 Pages 171-175
慢性呼吸不全は室内気で PaO2 が 60 Torr 以下という低酸素血症が1か月以上続く場合と定義される.その病態は肺高血圧・肺性心,呼吸筋疲労を中心として中枢神経系,栄養障害など多岐にわたる. 病態からみた慢性呼吸不全の管理ポイントは3つある.1つは低酸素血症と高炭酸ガス血症への対処であり,具体的介入が酸素療法および非侵襲的・侵襲的人工呼吸である.さらにこれらの管理に伴う臨床的問題への対処(モニタリング,アドヒアランスなど)が必要である.第2に栄養,代謝,臓器・筋肉障害への対処であり,介入内容は体重と栄養状態の管理,身体活動性・運動耐容能の向上・維持,および呼吸リハビリテーションである.第3にすべてに共通するのがセルフマネジメント支援である.近年新しい研究も報告されたが,残念ながら酸素療法の適用基準は40年前からほぼ進化していない.一方で新たなデバイスの研究も進んでおり適用拡大も期待されている.
本稿は慢性期の呼吸不全に対する管理ポイントについてのセミナーの講義録であるが,受講対象者のレベルは呼吸管理の初心者から中等者レベルを想定している.慢性呼吸不全の病態を理解すること,次いで管理のポイントについて酸素療法を中心に各適用の問題,モニタリング,アドヒアランスについて解説する.なお,本講演の後,いくつか新しい論文が報告されているため補足を加えている.
1か月以上PaO2が60 Torr以下の状態が続く場合を慢性呼吸不全とし,高炭酸ガス血症の有無でさらにI型慢性呼吸不全とII型慢性呼吸不全に分類される.急性の低酸素血症ではPaO2が減るにつれて呼吸促拍,頻脈からチアノーゼ,失見当識,さらに昏睡,ショックへと至るが,慢性の低酸素血症では労作時の呼吸困難やチアノーゼ,右心不全徴候以外はほとんど無症状のことが多い.また高炭酸ガス血症も急性の場合は炭酸ガスの貯留が進むにつれて発汗,手のぬくもり,羽ばたき振戦,傾眠,昏睡へと悪化するが,慢性高炭酸ガス血症では腎臓の代償機転が完成していれば,ほとんど自覚症状がない.
慢性呼吸不全の病態生理を表1にまとめる1).様々な病態が関与するが呼吸器系の病態とこれが基になる二次的な臓器障害に分類される.
病態 | |
---|---|
1.肺高血圧症・肺性心 | 低酸素性肺血管攣縮による |
2.呼吸筋疲労 | 呼吸筋へのエネルギー供給の低下,呼吸筋の仕事量の増大 |
3.中枢神経障害 | CO2ナルコーシス,うつ,不安など |
4.消化管障害 | 胃酸の分泌低下,胃粘膜血流の低下 |
5.肝障害 | 肺性心,右心不全による |
6.腎障害 | 水,Naの排泄障害による |
7.貧血 | 消耗性疾患による続発性貧血 |
8.栄養障害 | エネルギー摂取低下,呼吸筋の酸素摂取量の増大による |
肺性心(Cor pulmonale)は呼吸器疾患が原因で肺高血圧となり,右室が構造的・機械的に変化した状態をいう.原因としてCOPD,肺結核後遺症,特発性間質性肺炎などがあり,これらによる低酸素,高炭酸ガス,閉塞性換気障害の重症度とも関連している.COPDによる肺高血圧では平均肺動脈圧 40 mmHg未満のことが多いと言われているが,平均肺動脈圧 40 mmHgを越える重症肺高血圧は予後不良である2).
CO2ナルコーシスは高炭酸ガス血症により高度の呼吸性アシドーシスとなり,中枢神経系の異常(意識障害)を呈する病態である.他覚的には自発呼吸の減弱を伴う.意識障害の原因は主に脳脊髄液中のpH低下である.治療前pH,PaO2が低いほど重度の高炭酸ガス血症,CO2ナルコーシスは起きやすい.COPD増悪入院では35%が呼吸不全を来し,そのうち44%が高炭酸ガス血症を呈したと報告されている3).酸素吸入により高炭酸ガス血症が起きやすいが,その理由としてはCO2感受性の低下,換気血流比の不均衡,死腔の増大,PaO2上昇によるHbCO2からのCO2の解離の増加(Haldane効果),抗不安作用による深睡眠~低換気助長などが考えられている4).酸素投与時にCO2ナルコーシスを起こしやすい患者に酸素投与する場合,治療目標のSpO2値は88-92%を目標にする.そのためベンチュリマスクでは24%から,あるいは鼻カニュラで 0.5 L/分から開始する.
呼吸筋への負荷が高まるため,慢性呼吸不全患者では特有の風貌・呼吸状態(口すぼめ呼吸,呼吸補助筋の肥大,奇異性呼吸など)を認めることが多い.呼吸筋疲労も起きやすいが,これに対し呼吸筋ストレッチ介入を行うことで運動耐容能や息切れの改善が認められることが報告されている5).
慢性呼吸不全患者が痩せる原因として,呼吸筋・四肢筋肉の筋線維の変化と機能不全,脂肪組織の減少と代謝の変化,食物刺激による脳反応の低下,消化機能の低下,骨粗鬆症の合併などがある6).さらに低体重,特に除脂肪量の低下は予後因子として重要である7).
慢性呼吸不全の管理ポイントは,大きく分けて,1)低酸素血症と高炭酸ガス血症への対処,2)栄養,代謝,臓器,筋肉障害への対処,3)セルフマネジメント支援の3つがある.本セミナーでは時間の都合で1)のみを取り上げたが,2),3)について簡単に補足しておく.まず体重および栄養状態の管理が必要であり,積極的な栄養介入を行う.サルコペニアなど高度の痩せを伴う場合,運動療法の前に最低限の食事が摂れており栄養状態が維持~回復傾向であることが必要である.食事が摂れない状態で無理な運動を勧め,逆に疲労感を増し食欲が落ちることを回避しなければならない.運動療法と並行して栄養補助療法を行うことが重要と考えられているが,これまでのところCOPD患者では運動と栄養管理の併用でBMIの増加,大腿四頭筋の筋力増加,吸気筋の機能改善などがメタ解析により報告されているが,まだ例数も少なくエビデンスとしては不足している8).次に身体活動性・運動耐容能の維持管理が必要であり,これらを含めて包括的呼吸リハビリテーションにて介入する.セルフマネジメントの支援には患者の理解度,教育の必要度を客観的に把握するための質問票としてLINQ9)を使用しながら,必要な教育・支援内容を計画する.なおLINQは在宅酸素療法に関する評価は含まないため,酸素療法に対する理解度や使用状況については改めて評価する必要がある.
低酸素血症と高炭酸ガス血症に対しては酸素療法と人工呼吸(侵襲的または非侵襲的)さらにこれらの介入に伴う患者モニタリング,アドヒアランスなど諸問題への対処が管理上のポイントとなるため,以下に概説する.
現在の在宅酸素療法には様々な課題もある.第1に適切な対象に実施されているかどうかという適用の問題である.酸素療法の目的は低酸素血症を正常化し,組織低酸素状態を回避することである.呼吸困難への治療法としての酸素吸入については多くのガイドラインはこれを認めていない.軽度低酸素血症または低酸素血症のないCOPD患者を対象とした無作為化試験33報告,計901人のメタ解析の検討では労作時の息切れを改善(エビデンス低),運動耐容能の改善を認めるが,日常生活上の改善は限定的であり,健康関連QOLには明らかな影響を認めないと報告されている10).表2に挙げるように呼吸困難の原因が単に低酸素血症だけが問題ではないからである11).
1.換気需要の亢進 1)生理的死腔の増大 2)低酸素血症 3)高炭酸ガス血症 4)乳酸アシドーシスの早期出現 5)四肢筋肉の虚弱 ①デコンディショニング ②全身的影響 ③栄養不良 2.動的気道圧迫 3.過膨脹(静的または動的) 4.呼吸筋の虚弱 |
現在の動脈血ガス分析による適用基準は1980年代の研究が基になっており(図1),重症の低酸素血症をきたしたCOPD患者の予後研究の対象者基準から決められている12,13).これらの研究は対象患者数が少ないこと,70歳以上の高齢者が含まれていないこと,死因の検討がされていないことが問題視されていた.近年行われた中等度の安静時低酸素血症(SpO2 89-93%)または労作時低酸素血症を示すCOPD患者についてのLTOT(長期酸素療法)研究では,長期酸素投与群368人と酸素なし群370人において死亡・初回入院までの期間については有意差なし(p=0.52)と報告されている14).この研究は24時間酸素吸入の患者(59%)と労作時および就寝時のみの酸素吸入患者(41%)が混在すること,コントロール群に対し疑似的に空気吸入させるプラセボの設定がないこと,動脈血ガス分析が評価されていないことなどの問題点が指摘されている.この領域における治験対象患者を集めることの困難さもあるが,重症低酸素血症のCOPD患者以外で酸素の有益性を確立できていないのが現状である.
補足:夜間低酸素血症(SpO2<90%の時間が睡眠時間の30%以上)を伴うCOPD患者に対する無作為化対照試験が検討され,酸素吸入群123人と疑似酸素吸入(空気吸入)群120人を3年間検討し,死亡率,増悪頻度,入院率,健康関連QOLに差がなかったことが報告された15).予定した600人よりもはるかに少ない243人しか患者が集まらなかったことや,夜間酸素吸入のアドヒアランスが不良であったことなどが指摘されており,前出のLTOT研究と同様に効果の見込める患者像は絞り込めていない.また近年,新たな酸素投与方法として高流量鼻カニュラ(HFNC)があり,高濃度の酸素を加温加湿して安定供給することで線毛機能の維持・気道浄化を促す,死腔換気量を減らす,軽度のPEEP効果をもたらすなど,従来の鼻カニュラによる酸素投与と比べて様々な生理学的効果を持つことが注目されている1).今後はさらに慢性呼吸不全患者への応用が期待されている.
在宅酸素療法のモニタリングには,簡便な方法としてはメモリー機能のついたパルスオキシメーターによる連続記録による評価,さらに酸素業者提供の遠隔モニタリングシステムを利用する方法がある.パルスオキシメーターによる評価では日常の患者生活における様々な活動時のSpO2を解析することで,酸素流量を適切な量に設定し,SpO2の目標値を維持する時間が改善することが報告されている16).さらに患者自宅でのリハビリ中のSpO2や脈拍のモニタリングなどもできるためより適切な酸素管理が可能となる.在宅酸素機器からの遠隔モニタリングシステムを利用した場合は,患者の使用した時間,酸素流量などが記録される.患者自身の報告とこれらのモニタリング・データによる酸素の実際の使用状況は乖離する場合があり,患者自己申告では正確な酸素使用状況は把握できないことに注意が必要である.
近年の長期酸素療法患者のアドヒアランスについての検討では,呼吸リハビリテーションへの参加歴がある,酸素使用に対する心の準備ができている,酸素開始1か月間のアドヒアランスが良好な患者は,その後も良好なアドヒアランスが維持されていたことが報告されている17).このことから酸素療法の導入早期にアドヒアランスが確立することを目指した教育介入が重要である.酸素導入時にクリニカルパスを用い教育内容を均てん化する意義はここにある.
患者のアドヒアランスを低下させる要因としては,酸素に関する情報の不足,酸素による効果が感じられない,酸素の使用が恥ずかしい,機器の重さがつらいなど,他の薬物療法とは異なる独特の要因が多い18).酸素の必要性について患者に説明する際には,適切な情報を提供し,過度な期待を抱かせない配慮も必要である.単に「息切れを改善する」だけではなく,「心臓や脳を守る」,「効果を発揮するためには活動量も増やす」,「長時間続けて使用して,初めて効果が出る」などの説明も加えるべきである.
現在のところ安静時に重度の低酸素血症のないCOPD患者における携帯酸素ボンベの使用は息切れの改善はあるが,運動耐容能や予後は改善しないとの報告がある19).一方で酸素機器の軽量化や小型化などの改良を望む患者意見も多い.海外では自動酸素流量調整装置が開発中であり,これらを使用することで運動耐容能が改善したとの小研究が報告されている20).さらに機器の改良が進めばこれまでのエビデンスは変わる可能性が十分にあるだろう.
NPPVの治療効果には呼吸筋を休ませる,酸素化を改善する,換気を改善する,夜間の睡眠呼吸障害を改善する,炭酸ガス値をリセットするなどが考えられている21).低体重を伴うII型呼吸不全のCOPD患者にNPPVを導入すると有意に体重が増加することも報告されており22),様々な体調の改善が見込める.慢性呼吸不全患者へのNPPV適用については肺胞低換気という共通の病態と,各原因疾患で睡眠呼吸障害,呼吸筋負荷,呼吸調節系の異常の寄与具合が異なるため,NPPVの開始時期,導入目的が違い一律には決められない.またNPPVのエビデンスも閉塞性肺疾患と拘束性肺疾患(結核後遺症,脊椎酵素側弯症など)で異なっている.慢性期COPDに対するNPPV導入基準を表3に示す.これらの適用があるCOPD患者についてはNPPVを試みて良いとなっておりエビデンスレベルI,推奨度はC1(科学的根拠は少ないが,行うことを考慮しても良い.有効性が期待できる可能性あり)である.一方,拘束性換気障害に対してはエビデンスIV,推奨度はA(行うよう強く勧められる.強い根拠があり,明らかな臨床上の有効性が期待できる)である23).拘束性換気障害の導入基準を表4に示す.
1あるいは2に示すような自・他覚症状があり,3の①~③いずれかを満たす場合 |
1.呼吸困難感,起床時の頭痛・頭重感,過度の眠気などの自覚症状がある |
2.体重増加・頸静脈の怒張・下肢の浮腫などの肺性心の徴候 |
3.①PaCO2 ≥ 55 mmHg PaCO2 の評価は酸素吸入症例では処方流量下の酸素吸入時のPaCO2 ,酸素吸入をしていない症例の場合,室内気下で評価する |
②PaCO2<55 mmHgであるが,夜間低換気による低酸素血症を認める症例.夜間の酸素処方流量下に終夜睡眠ポリグラフ(PSG)あるいはSpO2モニターを実施し,SpO2<90%が5分間以上継続するか,あるいは全体の10%以上を占める症例.またOSAS合併症例で,nCPAPのみでは,夜間の無呼吸,自覚症状が改善しない症例 |
③安定期のPaCO2<55 mmHgであるが,高二酸化炭素血症を伴う増悪入院を繰り返す症例 |
(A) 自・他覚症状として,起床時の頭痛,昼間の眠気,疲労感,不眠,昼間のイライラ感,性格変化,知覚の低下,夜間頻尿,労作時呼吸困難,体重増加・頸静脈の怒張・下肢の浮腫などの肺性心の徴候のいずれかがある場合.以下の(a),(b)の両方あるいはどちらか一方を満たせば長期NPPVの適応となる |
(a) 昼間覚醒時低換気(PaCO2 ≥ 45 mmHg) |
(b) 夜間睡眠時低換気( 室内気吸入下の睡眠でSpO2<90%が5分間以上継続するか,あるいは全体の10%以上を占める) |
(B) 上記の自・他覚症状がない場合でも,著しい昼間覚醒時低換気(PaCO2 ≥ 60 mmHg)があれば,長期NPPVの適応となる |
(C) 高二酸化炭素血症を伴う増悪入院を繰り返す場合には長期NPPVの適応となる |
補足:2020年に米国胸部学会から安定期COPDに対するNIPPVのガイドラインが発表され,この中で高炭酸ガス血症を呈するCOPD患者へのNPPV使用は息切れ,炭酸ガス分圧,酸素分圧,6分間歩行距離を改善し,皮膚障害などの軽微な有害事象は増加するが,全体に有益性が認められておりエビデンスの確実性は中等度とされている24).
慢性呼吸不全の治療として酸素療法は重要な治療手段であるが,残念ながらその適用についてはまだ不十分な検討である.酸素療法,NPPVの双方とも医療費としても高額な手段であり,患者へのメリットとデメリットをよく勘案して用いる必要がある.安易に酸素療法を始めるのではなく,適切な薬物療法と呼吸リハビリテーションが事前に実施されていることも重要な治療の一環である.酸素導入を決めた場合は,初期導入時がその後の患者受け入れに関してもっとも大切な時期であることを意識して欲しい.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.