2023 Volume 31 Issue 2 Pages 273-276
症例は74歳男性.3年前に労作時呼吸困難が出現し,当院を受診した.慢性閉塞性肺疾患(COPD)と診断し,長時間作用性抗コリン薬(LAMA)/長時間作用性β2刺激薬(LABA)配合薬による治療を開始した.しかし,徐々に自覚症状の悪化,呼吸機能の低下や労作時低酸素血症を認めたため,在宅酸素療法導入も検討された.COPDに対する呼吸リハビリテーション(呼吸リハビリ)としてケア・トランポリンを用いた音楽運動療法を毎週1回,9ヵ月間行ったところ,労作時呼吸困難は軽減し,mMRCは2から1,CATは22点から13点と改善を認めた.肺機能検査にてFEV1は 1.59 Lから 1.78 L,VCは 3.45 Lから 3.85 Lまで増加した.また,1日平均歩数は,4,000歩以上改善し,6分間歩行時の最低酸素飽和度は85%から91%と改善し,在宅酸素療法を導入しなくても日常生活が送れるようになった.
ケア・トランポリンは,日本ケア・トランポリン協会の池上らが,高齢者の介護予防目的で安全性を重視して開発したトランポリンである(図1).これを用いた音楽運動療法が福岡県を中心とした自治体で行われている.音楽を流しながら一定リズムのトランポリン上下振動による感覚刺激を立位や坐位において脊髄を介して脳に伝達する「音楽運動療法」は,意識障害患者に対して活用されていたが,呼吸器疾患患者での有用性の報告はない.慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)患者を対象とした呼吸リハビリを行うにあたり,参加者が高齢者であり,めまいや下肢筋力低下による転倒のリスクを回避するために,ケア・トランポリンが有用ではないかと考えた.
ケア・トランポリンの実施場面
音楽に合わせて,ケア・トランポリン上でかかとの上げ下げ運動をしている場面.
今回,我々はケア・トランポリンを用いた音楽運動療法が,身体活動性や呼吸機能の改善に寄与したCOPDの1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
74歳,男性.身長;173 cm,体重;71 kg,BMI; 23.7.
【主訴】労作時呼吸困難.
【現病歴】X-3年3月より労作時呼吸困難が出現し,当院を受診した.初診時の肺機能検査で,1秒率(forced expiratory volume in one second/forced vital capacity: FEV1/FVC)が42%と閉塞性換気障害を認め,喫煙歴や画像所見とも合わせCOPDと診断した.長時間作用性抗コリン薬(long-acting muscarinic antagonists: LAMA)/長時間作用性β2刺激薬(long-acting β2–agonists: LABA)配合薬による治療を開始したが,徐々に自覚症状の悪化,呼吸機能の低下を認めた.X年2月頃から,平坦な道でも息切れのために立ち止まることが多くなり,時に労作時の低酸素血症(SpO2 85%)もあったことから,在宅酸素導入を検討していた.今回,自覚症状や呼吸機能の改善を期待して,X年5月よりケア・トランポリンを用いた音楽運動療法を開始した.
【喫煙歴】60本/日×44年間:20~64歳.
【薬剤服用歴】グリコピロニウム/インダカテロール配合薬,アンブロキソール.
【画像所見】胸部X線写真では,肺野の透過性亢進,横隔膜の平低化があり,胸部CTでは,両肺に高度の気腫性変化を認めた.
【開始時肺機能検査】FEV1/FVC 46%と閉塞性換気障害を認め,%FEV1 53%と中等度の気流閉塞を認めた.
2. プログラム内容日本ケア・トランポリン協会が作製した1分間で100回跳躍運動のできるリズムの音楽(民謡や童謡)を収録したcompact disc(CD)を使用した.CDプレイヤーで音楽を連続して流し,リズムに合わせてケア・トランポリン上で運動を行った.内容は,かかとの上げ下げ運動と足踏み運動で,プログラムは,毎週1回,休憩も含めて1回50分実施した.時間配分は,運動時間1分,休憩時間4分を1セットとして,計10セットとした.なお,プログラムの期間は9ヵ月間とした.
3. 検査項目及び評価方法ケア・トランポリン開始時および3ヵ月後,9ヵ月後の計3回,肺機能検査,身体機能評価,身体活動性評価,mMRC,CAT(COPD assessment test)を行った.運動の中止基準は,SpO2が90%以下もしくは修正Borgスケール7以上になった場合,心拍数が120/分以上になった場合,下肢の疲労で運動継続困難となった場合とした.音楽運動療法は,産業医科大学倫理審査委員会の承認(受付番号第H30-094号)を得て開始した.
4. 経過ケア・トランポリン開始時および3ヵ月後,9ヵ月後の評価結果を表1に示す.FEV1は9ヵ月後には 1.59 Lから 1.78 L,肺活量(vital capacity: VC)は 3.45 Lから 3.85 Lまで増加した.modified Medical Research Council(mMRC)息切れスケールは2から1,CATは22点から13点と改善を認めた.また,14日間連続測定したデータからの1日の平均歩数を算出した1日平均歩数は,7,431歩から11,751歩と4,000歩以上改善し,身体活動性や呼吸機能の改善を認めた.9ヵ月終了時,6分間歩行時の最低酸素飽和度は85%から91%と改善し,在宅酸素を使用せずに生活している.なお,プログラム期間中は,COPDの治療の追加・変更は行わなかった.
開始時 | 3ヵ月後 | 9ヵ月後 | |
---|---|---|---|
肺機能検査 | |||
FVC(L) | 3.39 | 3.88 | 3.85 |
FEV1(L) | 1.59 | 1.53 | 1.78 |
FEV1/FVC(%) | 46 | 39 | 46 |
%FEV1(%) | 53 | 51 | 60 |
VC(L) | 3.45 | 3.88 | 3.85 |
IC(L) | 1.77 | 2.52 | 2.05 |
FEF25%(L) | 0.36 | 0.22 | 0.36 |
FEF50%(L) | 0.90 | 0.62 | 0.92 |
FEF50%/FEF25% | 2.51 | 2.75 | 2.59 |
握力(kg)(右/左) | 34/31 | 23.5/27.5 | 31/30 |
膝伸展筋力(N)(右/左) | 237/233 | 209/195 | 242/179 |
片脚立位(秒)(右/左) | 60/39 | 60/33 | 60/60 |
6分間歩行テスト | |||
6分間歩行距離(m) | 440 | 312 | 362 |
最低酸素飽和度(%) | 85 | 91 | 91 |
1日平均歩数(歩) | 7,431 | 9,794 | 11,751 |
mMRC | 2 | 1 | 1 |
CAT(点) | 22 | 22 | 13 |
FVC, forced vital capacity; FEV1, forced expiratory volume in 1 second; FVC, forced vital capacity; %FEV1, %forced expiratory volume in 1 second; VC, vital capacity; IC, inspiratory capacity; FEF, forced expiratory flow; mMRC, modified Medical Research Council; CAT, COPD Assessment Test
トランポリンを用いた運動は,バネ反力を利用した垂直方向への反復運動で,有酸素運動を行うことができ,かつ,関節への負担も軽く安全な運動が可能である.トランポリンは走行と比較して体幹部の加速度が大きいわりに酸素消費量が少ない特徴があり1),呼吸予備能が低下した患者でも苦痛を伴わず運動ができる.これまでトランポリンを用いた呼吸器疾患患者に対する医療介入に関しては,小児や若年の安定期嚢胞性線維症患者で呼吸機能の改善2)や排痰3)に有効であったとする報告や,無気肺・排痰困難症例患者の排痰に有効であったとする報告4)など散見されるが,COPD患者での安全性・有効性の報告はない.
COPD患者に対する呼吸リハビリは,運動能力の維持や呼吸困難の軽減,健康関連QOLの向上が得られるとされ,日常生活の症状を緩和しうる非薬物療法として重要な位置を占めている5).COPDの運動耐容能は,最大運動能力を意味し,6分間歩行距離(6-minute walk distance: 6MWD)によって評価可能である.一方,身体活動性は日常での実際の活動性を意味しており,1日総歩数などで表される生活習慣的指標であり,ライフスタイルの状態を反映する.COPDの運動耐容能は従来から生命予後を規定する重要な因子であると報告6)されているが,近年,身体活動性の方がより重要であることが強調されている7).現在では,身体活動性の向上と維持が管理目標の重要な柱となっている5).
本症例は,6MWD・握力・膝伸展筋力等で示される身体機能の改善は乏しかったが,1日平均歩数は4,000歩以上改善を認めた.mMRCは2から1に改善し,CATは22点から13点と大幅に改善し,身体活動性の向上が示唆された.大島らは,トランポリン使用時のフロー波形において吸気相は明らかな変化はなかったものの,呼気相では最大呼吸流速が上昇した際,咳嗽時の波形と類似しており,その点で排痰に有効であったと報告している4).本症例において,画像所見上は変化がなかったものの,CATスコアにおいて,「喀痰」の項目で4点から3点となり,ケア・トランポリンを通して排痰がうまくいくようになったことも要因の一つと考える.
次に肺機能検査に関しては,FEV1は 1.59 Lから 1.78 Lに増加し,VCは 3.45 Lから 3.85 Lに増加した.従来COPDに対する呼吸リハビリでは肺機能は経過中に改善しないことが多く報告されている.一方,呼吸リハビリによりFEV1,VCが増加するとの報告も認められる8,9).井上らは,肺気腫では肺は過膨張し,胸郭が変形することに加えて,呼吸筋の過緊張の持続により,胸郭の可動制限が存在すると考えられ,呼吸リハビリにより胸郭可動性の改善を図ることによりVCが改善したと報告している10).また,若年の安定期嚢胞性線維症の患者においてトランポリンを通してFVCと最大酸素摂取量が改善したとの報告2)もあるが,年齢や疾患が異なる点もあり,肺機能の改善については更なる集積が必要と考える.
本症例は,9ヵ月間中止基準を満たすことはなく,安全に実施することができた.9ヵ月後のアンケートでは,「楽しく続けることができた.」「機会があればまた参加したい.」といった意欲的な回答をいただいた.また,CATスコアにおいて,「日常生活」「外出への自信」の2項目がそれぞれ2点から0点となった.身体活動性が向上したことで,ケア・トランポリン終了後も散歩を継続したり,新たな運動(筋力トレーニング)をご自身で取り入れたりといった行動変容が確認できた.
今回,ケア・トランポリンによる介入によって,呼吸機能が改善し,それに伴い症状が軽減,身体活動性が向上したものと考えられる.そして,更に呼吸機能が改善したといった好循環がもたらされたのではないだろうか.ケア・トランポリンを用いた音楽運動療法は,今後有効な呼吸リハビリの1つになるのではないかと考える.
本症例に対して,ご協力いただいた,日本ケア・トランポリン協会の池上正郷氏,倉光晋也氏に深謝いたします.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.