2023 Volume 31 Issue 3 Pages 317-321
目的:高酸素量鼻カニュラ(HFNC)装着患者のスキントラブル(トラブル)発生数と関連要因を評価した.
方法:2013~18年呼吸器病棟入院のHFNC装着患者の診療録から,性,年齢,既往歴,喫煙歴,BMI,TP,Albと装着期間中のトラブルの情報を得た.トラブル発生の有無で有意差を認めた変数を独立変数としてトラブル発生のオッズ比を多重ロジスティック回帰分析で検討した.複数回装着者は各装着を1例とした.
結果:HFNC装着81例(男82%,平均年齢71.1±10.7歳)中,トラブル発生は22例(27%)であった.癌既往保有はトラブル発生者の54.5%,非発生者の28.8%に存在し,癌既往保有の性・年齢調整トラブル発生ORは4.08[95%CI: 1.36-12.26]であった.
結論:癌既往者はHFNC装着時にスキントラブルが生じ易い可能性が示された.
高流量鼻カニュラ(high flow nasal cannula: HFNC)酸素療法は,非侵襲的陽圧換気(noninvasive positive pressure ventilation, NPPV)と比較してインターフェイスの不快感が少なく,食事や会話が容易であり,患者のQOLが高い.それによってリハビリテーションが進めやすく,不穏,せん妄などの合併症が減る可能性,加湿に優れ排痰しやすく,無気肺や感染防止に優れる可能性がある1).これらの利点とともに,導入のしやすさから急性期から終末期まで幅広い活用がなされており,当院でも,2013年2月よりHFNC酸素療法が導入された.このような利点がある一方でHFNC装着中は,一般的な褥瘡と同様に,皮膚への圧迫,加湿されたガスや分泌物による皮膚の浸潤,HFNCのずれ・摩擦・栄養状態の不良などによる褥瘡発生2)つまり装着部位のスキントラブルを生じる可能性がある.さらにHFNCを装着する多くの患者の全身状態を考えると,さまざまな既往歴や喫煙歴を有している患者が多いことから,持続的なデバイス装着によるスキントラブルをおこしやすい可能性がある.また,原疾患の治療過程における影響や病状の進行により,低栄養状態が起こりやすく,スキントラブルリスクがさらに上昇する可能性があると考える.
HFNC装着によるスキントラブルについての先行研究では,スキントラブルの発生頻度は約20%と報告されている3).当院においてもHFNCによるスキントラブルの発生があり,カニュラサイズの選択・カニュラと皮膚接触部の観察・皮膚保護材の使用による予防的看護介入を行ってきた.しかし,これらの予防的看護介入は,HFNC装着患者のスキントラブルの発生要因の検討に基づいて実施されたものではなく,看護師としての経験による介入方法の決定である点に限界があった.また,HFNCに関するマニュアルや解説の中では,装着に伴う物理的刺激や栄養状態と褥瘡発生との関連が指摘されているが,それ以外のスキントラブル発生要因に関する研究報告はまだなされていない.そこで,HFNC装着患者の診療録を後ろ向きに検討することにより,スキントラブルの発生件数とその関連要因を明らかにし,スキントラブルハイリスク者を抽出したいと考えた.これにより,今後その発生要因を有する患者に対して早期に適切な介入が実施できると考えられる.
2013年2月から2018年12月までの期間に当院呼吸器病棟においてFisher&Paykel Healthcare社の850TMシステムを装着した患者のうち,経鼻的に装着された患者76名のべ81症例(以下HFNC施行例)を本研究の対象者とした.複数装着回数患者は,各装着を1症例として扱った.
2. 方法研究デザイン:量的研究(既存データの2次利用).
データ収集方法と内容:診療録より性・年齢・身長・体重・BMI・主病名・入退院日・喫煙歴・血圧・脈拍・酸素飽和度・体温・既往歴・HFNC装着期間・血清総蛋白(TP)と血清アルブミン(Alb)のHFNC装着時と離脱時直近の値を収集した.
評価指標:「スキントラブル発生」とは,①看護記録上の,発赤・圧迫痕・剥離の記載および,②診療録上の軟膏塗布・皮膚保護具貼付の処置の実施記録により評価した.本研究では,褥瘡状態評価スケールDESIGN-R®20204)の内容に関わらず,①②のいずれかあるいは両方に該当するものを「スキントラブルあり」,症状がないまたは記載がないものを「スキントラブルなし」と定義した.
3. 統計解析① トラブル発生の有無による各背景要因の相違をχ2検定・t検定により検討し,トラブル発生に関連し得る要因を探索的に抽出した.
② ①で有意な相違を認めた癌既往を独立変数(参照水準:癌既往なし),スキントラブル発生を従属変数,性・年齢を調整変数とした多重ロジスティック回帰分析により,癌既往保有によるスキントラブル発生の調整オッズ比(OR)と95%信頼区間(CI)を算出した.更にサブ分析として,性・年齢に加えてHFNC装着日数を共変量とした分析を行った.
統計処理は,IBM Statistical Package for Social Science,SPSS 25.0J for windowsを用い,すべての解析において有意水準を5%とした.
倫理的配慮:診療録より得たデータはすべて匿名化して対象のIDとは連結不能な状態として取り扱い,個人情報保護を遵守した.また,滋賀医科大学の倫理審査委員会の承認を得て実施した.
対象者の概要を表1に示す.本研究の分析対象は,男性66症例,女性15症例,平均年齢は,71.10±10.74歳であった.入院時主病名は間質性肺炎が42%を占め,既往歴として高血圧が45.7%,糖尿病が30.9%,担癌または癌の既往のある者が35.8%(肺癌15例を含む)であり,78%に喫煙経験があった.81症例のHFNC平均使用日数は5.86±5.34日(最短1-最長25日)であった.HFNC装着前後の栄養状態としては,装着前のTPは 6.09±0.95 g/dl,Albは 2.79±0.66 g/dlであった.離脱直近のTPは 5.42±0.95 g/dl,Albは 2.50±0.60 g/dlであった.
男性:症例数(%) | 66 | (81.5) | |
年齢:歳 | 71.1 | ±10.7 | (22-87) |
HFNC装着日数:日 | 5.86 | ±5.34 | (1-25) |
入院時主病名:症例数(%) | |||
間質性肺炎 | 34 | (42.1) | |
その他の肺炎 | 17 | (21.0) | |
肺癌 | 15 | (18.5) | |
特発性肺線維症 | 6 | (7.4) | |
薬剤性間質性肺炎 | 3 | (3.7) | |
COPD | 3 | (3.7) | |
その他 | 3 | (3.7) | |
既往歴:症例数(%) | |||
高血圧 | 37 | (45.7) | |
糖尿病 | 25 | (30.9) | |
癌a | 29 | (35.8) | |
BMIb:kg/m2 | 21.5 | ±3.80 | (15.2~32.1) |
喫煙経験有:症例数(%) | 63 | (77.8) | |
栄養状態 | |||
HFNC装着直近 | |||
TP: g/dl | 6.09 | ±0.95 | (2.5~8.9) |
Alb: g/dl | 2.79 | ±0.66 | (1.1~5.0) |
HFNC離脱直近 | |||
TP: g/dl | 5.42 | ±0.95 | (1.9~7.2) |
Alb: g/dl | 2.50 | ±0.60 | (1.7~5.5) |
年齢,HFNC装着日数,BMI,TP,Albは平均値±標準偏差(最小値~最大値)を示した.
連続変数は平均値±標準偏差(最小~最大)を示した.
スキントラブルの有無と関連要因を表2に示す.81例全体で22例(27.2%)にスキントラブルの発生を認めた.スキントラブルの有無による患者の背景を比較した結果,スキントラブル発生者は非発生者よりも担癌または癌の既往のある者が多く,HFNC離脱時のAlbが低かった.一方,性別・年齢および高血圧・糖尿病既往歴,喫煙経験,HFNC装着日数は有意な関連を示さなかった.
スキントラブル | p値a | ||
---|---|---|---|
あり(n=22) | なし(n=59) | ||
男性:症例数(%) | 16(72.7) | 50(84.7) | 0.33 |
年齢:歳 | 73.9±8.4 | 70.1±11.4 | 0.16 |
HFNC装着日数:日 | 7.27±4.82 | 5.34±5.47 | 0.15 |
既往歴:症例数(%) | |||
高血圧 | 13(59.1) | 24(40.7) | 0.14 |
糖尿病 | 5(22.7) | 20(33.9) | 0.33 |
癌 | 12(54.5) | 17(28.8) | 0.03 |
BMIb: kg/m2 | 20.8±3.80(n=20) | 21.7±3.82(n=50) | 0.40 |
喫煙経験有:症例数(%) | 17(77.3) | 46(78.0) | 1.00 |
栄養状態 | |||
HFNC装着直近 | |||
TP: mg/dl | 5.95±1.24 | 6.14±0.83 | 0.44 |
Alb: mg/dl | 2.82±0.82 | 2.78±0.60 | 0.78 |
HFNC離脱直近 | |||
TP: mg/dl | 5.25±1.27(n=14) | 5.48±0.82(n=41) | 0.44 |
Alb: mg/dl | 2.28±0.35(n=15) | 2.59±0.65(n=41) | 0.08 |
癌既往とスキントラブル発生の関連についての多重ロジスティック回帰分析の結果を表3に示す.担癌または癌既往保有によるスキントラブル発生の性・年齢調整ORは4.08(95%CI: 1.36-12.26, p=.012)であった.HFNC装着日数の関与を考慮するために実施した性・年齢・HFNC装着日数を共変量としたサブ解析でも,この関連は維持された(OR: 3.72, 95%CI: 1.21-11.36, p=.021).
単変量 | 性・年齢調整 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
オッズ比 | 95%信頼区間 | p値 | オッズ比 | 95%信頼区間 | p値 | |
癌既往あり/なし | 2.97 | (1.08-8.15) | .035 | 4.08 | (1.36-12.26) | .012 |
本研究の解析対象である81症例中27%にスキントラブルに関連する症状もしくは予防的処置の実施を認めた.また,その関連要因の検討から,担癌または癌既往の保有によるHFNC装着中のスキントラブル発生オッズ比が4.08であることが示された.
先行研究では,全褥瘡の中で医療関連機器圧迫創傷(MDRPU: medical device related pressure ulcer)の占める割合は20%であった5).その中でも,NPPV装着によるMDRPU発生は,9.1~20.6%であると報告されている5).また,今戸らはHFNC装着によるスキントラブルの発生頻度は20%程度であると報告している3).筆者らは本研究の開始時には,HFNCはNPPVに比べ皮膚接地面積が狭く圧迫の箇所が少ないことから,スキントラブル発生頻度は上記の報告よりも低いのではないかと予想していたが,逆に高頻度であった.その理由としては,本研究で用いたスキントラブルの定義が早期からの予防的処置を含むものであったため,軽微な症状が含まれたためと考える.
また,HFNCの装着日数を調整した解析においても,担癌または癌既往のある患者は3.72倍スキントラブル関連症状を有しやすいことが示唆された.これには薬物療法や放射線治療などの,癌の治療による皮膚損傷の起こりやすさが関連していると考えられる.癌に対する薬物療法は,アレルギー・皮膚基底細胞への障害・光過敏症の惹起により皮膚障害をきたす6).また,放射線被ばくによる皮膚の変化は,分裂が盛んな表皮の基底細胞に現れる.被ばく後の増殖障害により表皮の菲薄化が起こり,感染や化学的・物理的刺激に弱くなることが知られている7).これらの機序が,担癌または癌の既往のある患者の高いスキントラブル発生割合に関与しているかもしれない.
また,癌治療の影響のほか,癌悪液質の存在も関与し得る.癌患者にしばしばみられる癌悪液質は低栄養を介して褥瘡リスクを上昇させる.癌悪液質は,「通常のサポートでは完全に回復することができず,進行性の機能障害に至る骨格筋量の持続的な減少(脂肪量の減少の有無を問わない)を特徴とする多因性の症候群」と定義されている8).入院肺癌患者の悪液質の割合は36%であるとの報告がある9),悪液質を引き起こす要因として,疼痛や呼吸困難など癌に関連した食欲不振につながる症状,放射線治療や化学療法に伴う口腔粘膜障害,悪心,味覚異常などの経口摂取を妨げる症状,またそれらによる抑うつなど心理的負担により食欲不振や体重減少が引き起こされる10)ことが挙げられている.こうした栄養障害により癌患者はスキントラブルに至りやすい要素を有する.表1で示したHFNC装着前後の栄養状態の比較でHFNC離脱時の方が低値となっていることや,表2で示したスキントラブルの有無に共通してHFNC装着期間の間にTP・Albが下がっていること,病状の進行により悪液質を生じていた可能性が考えられる.本研究では,肺癌患者15名以外の対象者の癌既往については詳細な情報が得られなかったため,過去の治療がどの程度影響したのかは十分に検討することが困難である.韓国の国民健康栄養調査では癌既往保有者のサルコペニア有病率は21.4~32.6%と報告されており11),本邦の一般高齢集団の有病率約10%程度との報告12)と比して高いことから,低栄養状態の遷延とその影響が生じた可能性がある.
本研究の対象者では,喫煙とスキントラブル発生には有意な関連を示さなかった.喫煙は紫外線についで大きな皮膚老化の要因と考えられていることから13),喫煙経験の有無はスキントラブルと関連するのではないかと推測した.しかし,本研究では喫煙経験とスキントラブルについては関連を認めなかった.その理由としては,喫煙習慣の評価方法が考えられる.本研究では,入院に至るまでに習慣的な喫煙歴があったかどうかに基づいて喫煙行動を評価した.したがって,禁煙期間が十分に長く,喫煙の末梢血管や皮膚への影響が消失していると予測される対象者も「喫煙経験あり」に分類されている.喫煙経験者の割合が両群ともに8割と高いことからも,入院直前までの喫煙,つまり現在喫煙によるスキントラブル発生リスクが十分に検討できなかったと考える.
本研究の限界としては,診療録の記載内容を後ろ向きに検討しており,観察内容や記載の有無によって情報バイアスが生じている可能性が挙げられる.より詳細なスキントラブル発生リスク評価のためには,トラブルを起こしやすいと看護師が判断した際に予防的に実施される可能性がある保清や保湿,頻回な観察などの看護介入を伴う情報を前向きに収集した調査に基づく検討が必要であろう.また,本研究で癌既往ありとした症例の診断時期や治療内容の詳細は把握できておらず,治療内容の影響や癌既往の保有が長期にわたってスキントラブル発生に影響しうるのかなどについては言及し得ない.本研究はHFNCに限った調査であったが,今後は様々なMDRPUの関連要因の検討が求められる.
呼吸器病棟でのHFNC装着患者の診療録を後ろ向きに検討した本研究の結果,癌既往の保有が装着部位のスキントラブルのリスクとなる可能性が示唆された.癌既往保有患者がHFNCを装着する際は,特に早期からの観察,栄養管理,予防的処置が必要な対象であると考えられた.
本論文の要旨は,第30回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2021年3月,京都)で発表し,座長推薦を受けた.
また,本論文は滋賀医科大学大学院医学系研究科修士課程看護学専攻の修士論文の一部として執筆された.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.