The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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Effects of expiratory muscle strength training on the oral functions in residents of geriatric health services facilities
Yoko Akita Yuji KawasakiRiku Okada
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2023 Volume 31 Issue 3 Pages 340-344

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要旨

【目的】老健施設入所者を対象にExpiratory Muscle Strength Training(EMST)の嚥下機能の1つである口腔機能への影響を中心に調べること.

【方法】老健施設入所者の女性14名に最大呼気圧(PEmax)の30%負荷で4週間のEMSTを行い,口腔機能としての舌圧,オーラルディアドコキネシス(OD),認知機能のmini mental state examination(MMSE),摂食状況のFunctional Oral Intake Scale(FOIS)の変化を調査した.

【結果】EMST後に舌圧とODのカの回数の有意な増加を認めた.MMSEの点数は有意に高値となった.FOISに変化を認めなかった.

【結論】EMST後の舌圧,OD,MMSEの変化より女性の老健施設入所者ではEMSTにより口腔機能は向上する可能性が示唆された.

緒言

高齢者が入所する介護老人保健施設(以下老健施設と略す)では嚥下機能の低下している利用者が多い1.嚥下機能の低下は栄養障害や誤嚥の原因となるため低下への対策は老健施設において重要な課題である.近年,呼気筋トレーニング(expiratory muscle strength training:以下EMSTと略す)は呼吸機能のほかに嚥下機能も改善するとの報告がなされている2,3,4.俵らはEMSTにより気道分泌物の喀出能の改善とともに嚥下機能の改善もできると報告している5.嚥下機能の1つとして口腔機能がある.先行研究としてEMSTが高齢者の口腔機能へ及ぼす影響を調べた報告もあるが,高齢者での検討は少ない6.口腔機能における舌の役割は重要であり,その評価法として舌の力をみる舌圧,舌運動の巧緻性を調べるオーラルディアドコキネシス(oral diadochokinesis:以下ODと略す)があり7,本検討ではこれらに対してEMSの影響,そして摂食状況の変化を検討する.また,この舌圧とODは認知機能を評価するmini mental state examination(以下MMSEと略す)と関係しているとの報告がある8.この認知機能に関して認知機能の低下が嚥下機能を障害するとの報告がある9.老健施設では認知機能の低下者も多く,口腔機能を含めた嚥下機能の観点からEMSTが認知機能に及ぼす影響を知っておくことは必要と考えEMSTのMMSEへの影響を検討する.

対象と方法

1. 対象

2019年10月から2020年1月までの間にEMSTの方法や検査を理解でき書面にて同意を得た老健施設入所者の女性14名を対象とした.対象者はEMST開始時に年齢,身長,体重,body mass index(BMI),要介護度,基礎疾患を診療録より調査した.対象者には,文書と口頭で研究趣旨を説明し同意を得て実施した.また,本検討は2019年9月の当施設の倫理委員会で承認を受けた.

2. 方法

1) EMSTの負荷圧の設定

EMSTの負荷圧を設定するため対象者の最大呼気圧(maximum expiratory pressure:以下 PEmaxと略す)を呼吸筋力測定器IOP-01(木幡計器製作所,大阪)で測定した.PEmaxの測定は椅子座位で行い,出来るだけ深く息を吸い込んだ後に勢いよく息を吐くように指示し測定した.測定は2回行い最大値を採用した.

2) EMSTの実施方法

実施方法はPEmaxの30%に呼気抵抗負荷を設定したスレショルドPEP(Philips Respironics社製)6か,またはEMST 150(Aspire Products; Gainesville, FL)2,3,4,10,11を用い,息を深く吸い込んだ後出来る限り長く呼気を行うように指示して行った.このEMSTを1セット5回,1日5セット,週に5日,4週間行った.なお,スレショルドPEPでは目標負荷圧が 20 cmH2O以上の場合には抵抗負荷が設定できないためEMST 150を用いた.

3) 測定

測定項目としてPEmax,舌圧,OD,MMSE,Functional Oral Intake Scale FOIS (以下FOISと略す)をEMST開始時と4週間後に調べた.舌圧はJMS舌圧測定器(株式会社ジェイ・エム・エス,広島)を用い,プローブのバルーンを舌で口蓋前方部に最大の力で押し付けるよう指示し最大押し付け圧を測定した.座位で2回測定し高値を採用した.舌や口唇の運動速度と巧緻性を調べる方法としてODがあり,ODは口腔機能測定機器(健口くんハンディ,竹井機器工業,新潟)を用いパ,タ,カを5秒間できるだけ早く繰り返し発語するように指示し,パ,タ,カの回数を測定した.測定は2回行い高値を採用した.認知機能をMMSEで評価した.摂食状況はFOISを調査した.

4) 解析

EMST開始時と4週間後のPEmax,舌圧,OD,MMSE,FOISの値をそれぞれWilcoxonの符号付順位検定で群間比較した.統計ソフトはGraphpad Prism 5(Graphpad Software Inc. San Diego, CA)を使用し,p<0.05で統計的に有意とした.

結果

EMST開始時の対象の特徴を表1に示す.年齢(中央値)は90.5歳,BMI(中央値)は 19.86 kg/m2であった.MMSEは24点以上が5名,23点以下が9名であった.FOISはレベル-5が4名,レベル-6が4名,レベル-7が6名であった.基礎疾患は高血圧7名,脳梗塞4名,気管支喘息3名,心不全2名などであった.

表1 対象の背景
No.年齢 歳身長 cm体重 KgBMI Kg/m2介護度PEmax cmH2O舌圧 kPaODパ回数/秒ODカ回数/秒ODタ回数/秒MMSEFOIS    基礎疾患    
186143.537.318.135212.75.856186慢性腎不全・認知症
294153.475.532.1481.332.6665.6307胸髄腫瘍術後・慢性硬膜下血腫
370160.755.421.5160.727.975.86307慢性閉塞性肺疾患
493147.355.325.5196.839.14.64.45.2107高血圧・狭心症
578155.360.225.0337.717.94.644.4267慢性心不全・糖尿病・脳梗塞後遺症
692143.435.617.3141.123.14.64.85246気管支喘息・高血圧
779150.646.320.4259.13665.66165糖尿病・肝臓癌
892152.144.819.4253.710.85.64.65215高血圧
981145.640.219.0427.51865.66155高血圧・糖尿病・統合失調症
1090143.239.119.133524.15.84.85.2147高血圧・脳梗塞後遺症
1191149.540.518.1131.8144.64.64.8217高血圧・脳梗塞後遺症
1297147.443.319.9356.127.14.64.84.8145慢性心不全
1392156.248.319.8235.212.54.23.64226気管支喘息・脳梗塞後遺症
1487143.443.721.3322245.255.6276高血圧,II型呼吸不全
中央値90.5148.544.2519.862.546.5523.555.44.85.2216
( , )*(80.5,92.2)(143.5,153.9)(39.93,55.33)(18.75,22.33)(1,3)(34.29,59.50)(13.68,29.08)(4.60,6.00)(4.55,5.6)(4.80,6.00)(14.7,26.2)(5,7)

( , )*:(25パーセンタイル,75パーセンタイル)

PEmax,舌圧,OD,CPF,MMSE,FOISの各測定項目をEMST開始時と4週間後の群間で比較した結果を表2に示す.EMST4週間後にはPEmaxは有意な高値を認めた(p=0.0017).舌圧は有意な増加を認めた(p=0.0005).ODではパの回数が増加する傾向を認め(p=0.0699),カの回数は有意な増加を認めた(p=0.0447).タには有意差を認めなかった(p=0.182).MMSEの点数は有意に高くなることを認めた(p=0.0079).FOISは1名がレベル-5からレベル-6へ,1名がレベル-6からレベル-7へ上がったが,EMST開始時と4週間後の群間比較では有意差を認めなかった(p=0.3458).

表2 呼気筋トレーニング開始時および4週間後の各因子の変化
開始時4週間後P値*
項目
最大呼気圧(PEmax)(cmH2O)46.5(34.2,59.5)**56.45(42.6,71.3)**0.0017
舌圧 (kPa)23.5(13.6,29.0)26.1(20.6,37.1)0.0005
oral diadochokinesis(OD)パ(回数/秒)5.4(4.60,6.00)5.8(5.15,6.20)0.0699
カ(回数/秒)4.8(4.5,5.6)4.9(4.8,5.6)0.0447
タ(回数/秒)5.2(4.8,6.0)5.3(5.0,5.8)0.182
mini mental state examination(点)21(14.7,26.2)24(16.7,28.5)0.0079
functional oral intake scale(レベル)6(5,7)6.5(5.7,70)0.3458

*: Wilcoxonの符号付順位検定 **:中央値(25パーセンタイル,75パーセンタイル)

考察

EMSTの実施方法としてPEmaxの30%の呼気抵抗負荷で行った.負荷の設定はPEmaxの25%~75%と報告により異なるが2,3,4,6,10,11,PEmaxの30%の低負荷にてもEMSTの効果は得られるとの報告があり12,老健入所者は高齢でもあり呼気抵抗負荷をPEmaxの30%に設定した.

EMST4週間後にPEmaxの増加を認めた(p=0.0017).また,EMST4週間後に舌圧も増加を認めた(p=0.0005).舌圧は,摂食・嚥下障害患者において低下することが知られている7.EMSTにより舌骨上筋群の筋活動の増強が知られているが10,Palmerらは舌骨上筋群が舌圧の生成に寄与していると報告している13.斎藤らは舌骨上筋群と舌圧の筋活動との間に強い正の相関のあることを認めている14.これらの報告からEMSTにより舌骨上筋群の筋活動の増強が起こり,その結果,舌圧の増加に結びついた可能性が考えられる.EMSTは舌圧を上げることにより口腔機能の向上に寄与する可能性が考えられる15

パは口唇の運動,タは舌前方の運動,カは舌の後方と軟口蓋の動きを評価するのに用いられ,それぞれの回数が多いほど口腔機能は良好とされる7

EMST4週間後にODのカの回数の増加を認めた(p=0.0447).伊藤らはODにおよぼすEMSTの影響を検討しカの回数の増加を報告し,EMST施行時の呼気流入により咽頭付近が刺激され,軟口蓋の動きも亢進しカの回数の増加に結び付くと述べている6.また,有意ではなかったがパの回数も増加する傾向を認めた(p=0.0699).伊藤らはEMST時の口唇周囲への刺激がパの回数の増加の原因と考察している6.いずれにしても伊藤らの報告や今回の検討の結果よりEMSTはODの回数増加の作用があるように思われる.ODの回数が多いほど嚥下障害が少ないと報告され16,ODの回数が少ないと咽頭残留が認められるとの報告もある17.ODの回数を増加させるEMSTは口唇や軟口蓋の動きを亢進させ口腔機能,さらには嚥下機能の向上に結びつく可能性が考えられる.

MMSEは11の質問形式よりなり30点満点で低いほど認知機能の低下の可能性があり23点以下を認知症の疑いとされる18

EMST4週間後にMMSEの点数は有意に高くなることを認めた(p=0.0079).上述したように本検討ではEMST 4週間後に舌圧やODのカの回数の増加を認めた.この舌圧やODの増加とMMSEの高値との関連は不明であるが,これまでにも口腔ケアなどの介入により口腔機能と認知機能が改善したとの報告がある19,20.近年,口腔機能と認知機能は関連があること,例えば咀嚼力や咬合力は認知に関連する脳中枢に作用し認知機能に影響することが考えられている21,22.舌圧やODは咀嚼力や咬合力に関与しており,舌圧やODの増加から咀嚼力などが高まり,認知機能の改善を反映するMMSEの高値に結び付いた可能性も考えられる.これらの機序については今後の課題であり,口腔機能を含めた嚥下機能の改善と認知機能の変遷は引き続き検討していく必要がある.これまでに認知機能の低下が嚥下機能を障害するとの報告があり9,EMSTにより認知機能が向上するならば,口腔機能を含めた嚥下機能の改善に結びつく可能性が考えられる.

FOISは7段階評価の順序尺度であり,高値であるほど嚥下能力は良好となる.レベル-5は特別な準備,もしくは代償を必要とする複数の物性を含んだものを経口栄養摂取(刻み食トロミかけ),レベル-6は,特別な準備はないが,特定の制限を必要とする複数の物性を含んだものを経口栄養摂取(全粥軟菜食など),レベル-7で常食を経口栄養摂取するとの尺度である23

EMSTによりFOISのレベルは上がったとの報告がある4.今回の検討ではEMST開始時と4週間後の比較ではFOISのレベルに有意差を認めなかった(p=0.3458).今回のEMSTの施行条件ではFOISのレベルを上げるほどの効力が得られないことも考えられる.しかし,今回の検討ではFOISのレベル-7が6名と摂食状況に問題のない対象者が多く,そのためEMSTの効果が明らかにならなかった可能性もある.今後は様々なFOISレベルの対象を含めながら検討していく必要がある.

今回の検討の限界としては対象数が14名と少なく,また,対照群も設定していなかった点がある.対象に対して頻回にアプローチすること自体が認知機能への働きかけになっている可能性もあり,今後は対象数を増やし対照群も加えた検討が必要である.また,検討した対象が女性のみであったことも限界と考える.当施設では女性が多いため女性で検討したが,今後は男性についても検討する必要がある.

結論として,女性の老健施設入所者ではEMST後に口腔機能の舌圧,ODのカの回数は増加し,認知機能を評価するMMSEの点数も高くなることを認めた.呼気筋トレーニングを行うことで口腔機能は向上する可能性が考えられた.

備考

本論文の要旨は第30回呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2021年3月,京都)にて発表した.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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