The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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Pros and Cons
Gait training is not recommended for convalescent intubated patients on mechanical ventilation
Yosuke Watanabe
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2023 Volume 32 Issue 1 Pages 40-44

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要旨

近年,集中治療領域において,早期離床加算の新設やエキスパートコンセンサスの策定,PADISガイドラインの発表等の影響を受けて,早期離床の実施が注目されている.その中でも,挿管・人工呼吸患者に対する歩行練習は,歩行能力の改善や基本的な日常生活動作(activities of daily living: ADL)再獲得に寄与する可能性があると言われている.一方で,安全面や教育システム不足,マンパワー不足を始めとする環境面の問題もあり,その実施率は十分に高くない現状もある.加えて,本邦における早期離床の対象は高齢・低ADL患者が多くを占めるため,海外の歩行練習を含む早期離床に関する報告をそのまま適応することも難しい背景を有する.本稿では,挿管・人工呼吸患者に対する歩行練習の現状と課題を確認した上で,歩行練習を実施しないという立場から歩行練習が抱える問題を提示し,代替的な運動介入方法の可能性や今後の展望について概説する.

はじめに

近年,集中治療室(intensive care unit: ICU)を始めとする集中治療領域において,重症疾患からの回復の後に生じる身体機能,認知機能,精神機能等の機能不全の総称である集中治療後症候群(post intensive care syndrome: PICS)が,患者ならびに患者家族に多大な影響を及ぼす合併症として注目されている1.特に,身体機能面の障害であるICU獲得性筋力低下(ICU-acquired weakness: ICU-AW)や認知・精神機能面の障害であるICUせん妄(ICU-acquired delirium: ICU-AD)は,ADLやQOLに多大な影響を及ぼすため,その予防・改善が重要視されている.その中で,ICUにおける早期離床はPICSに対する治療戦略の1つとして位置づけられ,ICU退出時における筋力の維持や退院時のICU-AW併発率の低下,退院時の歩行自立度の向上といった身体機能面のみならず,ICU-ADの予防,人工呼吸器装着期間の短縮,ICU在室期間の短縮など,その有効性に関する報告がなされている2,3,4,5.加えて,早期リハビリテーションに関するエキスパートコンセンサス2の策定,早期離床加算の新設,集中治療室における成人患者の痛み,不穏/鎮静,せん妄,不動,睡眠障害の予防および管理のための臨床ガイドライン(Clinical practice guidelines for the prevention and management of pain, agitation/sedation, delirium, immobility, and sleep disruption in adult patients in the ICU: PADISガイドライン)3の発表等の影響を受け,早期離床の需要は世界的にも急速な拡大を示している.

一方で,早期離床が普及し始めた中での新たな課題として,その介入方法や適応について明らかではないことが挙げられる.その中でも,挿管・人工呼吸患者に対する歩行練習に関しては,環境面や安全面を始めとした様々な要因からその実施を熟慮する必要があると考える.本稿ではConsの立場から,(1)歩行練習の実施状況と有効性について,(2)本邦と海外における歩行練習の対象患者の相違について,(3)歩行練習が抱える諸問題についての3つの視点から早期歩行練習実施の現状と課題について概説する.

(1) 歩行練習の実施状況と有効性について

前述したように,ICUの人工呼吸患者における早期離床の需要は急速に拡大しつつある.一方で,早期離床の実施率は諸外国の報告にて約10~30%前後であり,その実施率は十分とは言い難い現状がある6,7,8,9.同様に,本邦においても2019年に日本集中治療教育研究会で実施されたアンケート結果10では,ICUにおける人工呼吸患者の早期離床実施率が40%未満に留まると全体の約6割の施設が解答しており,諸外国同様に十分ではないと考えられる(図1).これらの早期離床実施率は,歩行練習を実施した割合ではなく端坐位や車椅子乗車,立位等を含む早期離床全体の実施率であることを考慮すると,早期離床の中でも安全面,マンパワー面などの多くの障壁を有する歩行練習の実施率はさらに低値であることが現状であると言えよう.

図1 本邦ICUの人工呼吸器患者における早期離床の実施率

人工呼吸患者の早期離床実施率が40%を下回ると解答した施設が全体の約6割を占めている(文献10を引用改変).

挿管・人工呼吸患者における歩行練習の有効性については,歩行練習単独の有効性を検討した質の高い研究は存在せず,その効果は明らかではない.そのため,早期離床全体の有効性に関する各研究報告から,歩行練習の有効性を読み解く必要がある.ICUにおける早期離床の有効性を示した主要な報告の1つであるSchweickertら11の報告では,早期リハ介入群の中で歩行練習を実施した患者は24.4%に留まる.さらに,30 m以上の歩行練習を実施した患者に限ると,早期リハ介入群全体の6.1%のみとなる.さらに,本研究の追跡研究12では,人工呼吸管理中の歩行練習の実施状況は全セッションの約15%であり,歩行距離の中央値は約 15 feet(約 4.6 m)に留まっていたことを報告している.これらの結果は,ICUの人工呼吸患者に対する早期離床の効果を明らかにした反面,歩行練習は実施率が低く歩行距離も短距離に留まることを反映したものであり,歩行練習単独の有効性は非常に限定的であると読み解くこともできる.言い換えると,歩行練習ではなく,歩行練習以外の早期離床の実施が重要であるとも言えよう.同様に,早期離床や早期リハビリテーションの効果に関する近年の報告13,14,15をみても歩行練習の実施率は非常に低く,歩行練習の有効性は現状明らかではないと言わざるを得ない.

(2) 本邦と海外における歩行練習対象患者の相違について

挿管・人工呼吸患者に対する歩行練習を考える上で,本邦におけるICU患者の特性を理解する必要がある.早期離床の有効性に関する報告の多くは諸外国の報告であり,その対象の多くはICU入室前にADLが自立していた50代の壮年群となっている11,13,16,17.一方,本邦は諸外国と比較し,総人口に対し高齢者が占める割合が非常に高いこと,国民皆保険制度を始めとする医療支援体制が非常に充実していることが特徴として挙げられる.そのため,諸外国と比較し高齢患者がICU入室患者の多くを占めることが予測される.加えて,高齢患者は様々な重複障害を有する可能性が高いため,入院前からADLや身体機能・認知機能などが低値である対象も一定数存在することが予測される.松嶋ら18の報告によると,3次救急単施設での報告ではあるが,早期離床対象患者の年齢は中央値73歳であり,65歳以上の高齢者が全体の約70%を占めていた.加えて,入院前からADLや身体機能が低下していた患者が約30~40%程度を占めていたことを報告している(図2).地域,施設毎に対象に差異があることは十分に考えられるが,本邦が抱える高齢化社会を反映している1つの結果であると考えられる.このような高齢かつADLや身体機能が低い対象が多くを占める本邦の状況を考慮すると,早期離床の中でも安全面,実行可能面などから歩行練習の実施は現実的に難しい場合も多く存在することが予測される.対象の特性を考慮し,本邦における早期離床の対象や介入方法,有効性を明らかにする必要があると言えよう.

図2 本邦と諸外国における早期離床対象患者の患者特性

本邦の単施設(3次救急)における早期離床対象患者の患者特性.入院前からADLや身体機能に低下を認める高齢者の割合が高い特性がある(文献18を引用).

(3) 歩行練習が抱える諸問題

前述したように,本邦における歩行練習を含む早期離床の実施率は十分とは言い難く,現状を改善させるためにもその障壁を理解し適切な対処をする必要がある.飯田ら19は,早期離床の障壁に関して全国的なアンケート調査を実施している.その中で,マンパワー不足やスタッフの知識・教育・経験の不足,リーダーの不在などが代表的な障壁の要因として挙げられている(図3).また,日本集中治療医学会が実施した集中治療室におけるリハビリテーション実態調査に関する委員会報告20においても,マンパワー不足の解決やリハビリテーションスタッフを含む早期離床に携わる多職種の知識・技術を含む育成の解決などが同様に課題として挙げられている.これらの報告からも,①マンパワー不足,②教育面の整備不足は歩行練習が抱える大きな障壁と捉えることができる.

図3 本邦ICUの人工呼吸患者における早期離床の障壁

マンパワー不足やスタッフの理解・経験・知識不足などの環境要因が障壁の中心となっている(文献19を引用改変).

① マンパワー不足

ICUの挿管・人工呼吸患者に対する早期離床は理学療法士を始めとするリハビリテーションスタッフ単独での実施は困難であり,医師や看護師,臨床工学技士,薬剤師などを含む多職種での介入が必須となる.そして,早期離床の中でも歩行練習は身体活動性が最も高く,身体機能面の評価や適切な介助方法など,理学療法士が担う部分が大きい介入となる.図4にはICUにおけるリハビリテーション関連職種の勤務形態に関する調査結果20を示すが,最も割合が高い理学療法士でもICU専従は約40%に留まり,作業療法士や言語聴覚士では専従はごく少数でしかない現状がある.ICUの人工呼吸患者は多くの検査・処置に加え,呼吸・循環動態や疼痛,せん妄など全身状態の変化が大きい対象が多く存在するため,介入のタイミングや薬物療法の調整など,多職種連携を通した柔軟な介入を行うためにも専従スタッフの配置拡大が今後の課題の1つである.

図4 ICUにおけるリハビリテーション関連職種の勤務形態

最も専従率が高い理学療法士でも割合は40%に留まり,作業療法士,言語聴覚士に関しては非専従が大多数を占めている(文献20を引用改変).

② 教育面の整備不足

ICUにおける早期離床の急速な拡大に対し,教育面の整備が不十分であることは大きな障壁の1つとなっている.日本集中治療医学会を中心に,複数のセミナーなどが開催されているが,リハビリテーション関連職種においても早期離床や運動に関する学部・卒後教育は十分ではなく,加えて集中治療に付随する人工呼吸器や全身管理等の教育に関しても不足している現状がある.また,早期離床に携わるリハビリテーション関連職種以外の職種においても,早期離床に関する啓蒙活動や教育面の充実が必要不可欠である.先日,集中治療領域で働く理学療法士のためのミニマムスタンダード21が発表されたが,今後更なる教育面の整備は必須の課題である.

歩行練習に代わる代替的な運動療法の可能性

ここまで歩行練習が抱える様々な課題について示してきたが,最後に歩行練習に代わる代替的な運動療法の可能性を提示したい.

① 立位トレーニング,足踏みなどの強化

最も実行可能性が高い代替的な介入方法として,立位トレーニング・足踏みを始めとしたベッドサイドでの抗重力位における荷重練習の強化が挙げられる.これらの介入は歩行練習に近似した抗重力位での荷重・体重移動を必要とする運動様式でありながら患者の移動を伴わない介入となるため,人工呼吸器や気管チューブをはじめとする様々なルート・ライン等の管理や,呼吸・循環動態のモニタリングの簡易化,実施におけるマンパワーの軽減など,歩行練習と比較しその実施難易度を大きく低下することができる介入となる.前述したように,早期離床の有効性を報告した研究の多くで歩行練習の実施率は低いため,安全面・実行可能性の両方が高い荷重練習を強化する方法が多くの利点をもたらす可能性が高いと考える.対象の重症度や全身状態の特性に依存する部分は非常に大きいが,今後早期離床の介入方法,強度,頻度等の効果的な運動処方が明らかになることを期待したい.

② 付加的な運動療法の実施

集中治療領域において早期離床が少しずつ拡大する中で,近年では電気刺激療法や自転車エルゴメータなどの臥床時間に実施できる付加的な運動療法が注目されている.これらの身体機能改善に対する効果は筋厚や筋断面積の維持など一定の報告22,23があるものの,今後更なるエビデンスの蓄積が必要な介入方法である.現在進行中の臨床研究においても,これらの付加的な運動療法に関するものがその多くを占めており,今後の発展が期待される.

おわりに

今回,挿管・人工呼吸管理中の歩行練習が抱える課題を中心に概説したが,歩行練習の実施そのものを否定するわけではない.歩行練習単独の有効性は明らかではないものの,歩行練習の適応について多職種チームで検討をした上で,マンパワー不足や教育面などの問題点を解決し安全面の向上を図ることできるならば十分に実施可能な介入である.ただ,高齢かつADLや身体機能が低い患者が対象の中心となる本邦の特性を踏まえた上で,より安全かつ効果的な代替的な運動療法について,その介入方法や強度,頻度などを含めたエビデンスの構築が必要であると考える.

謝辞

最後に,本発表で討論をさせて頂いた福井大学医学部付属病院の野々山氏,貴重な学会発表の資料を提供頂いた聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院の松嶋氏に心より感謝申し上げます.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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