2024 Volume 32 Issue 2 Pages 133-137
外来の時間的制約や外来通院の間に生じる指導の空白期間が禁煙治療の課題であった.それらを解決するために「CureApp SC® ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」が開発され,2020年に治療アプリとして日本で初めて保険適用となった.治療アプリを利用することで,外来通院の間でも個別化された行動療法ガイダンスを配信し,知識やセルフ・コントロールの手段を提供することができるようになった.また,コロナ禍で臨時特例措置として解禁された初診患者からのオンライン診療が恒久化され,2022年度診療報酬改定では情報通信機器を用いた場合の初診料と再診料が新設された.そのようにして新たな診療形態の1つとなった治療アプリ併用のオンライン禁煙外来に関するエビデンスに加え,治療アプリの普及に関する展望も本稿では概説する.
喫煙は国内において予防可能な死因の最大の原因であり,それに対する介入が医療の喫緊の課題である1).本邦には2,084万人の喫煙者がいると推定される2).予防可能な要因に起因する成人死亡を分析した報告では,喫煙によるものが12.9万人,高血圧によるものが10.4万人とされており,禁煙は重要な社会的課題である1).禁煙にはその本態であるニコチン依存症を治療する必要がある.2006年から禁煙治療に健康保険が適用されるようになり,「ニコチン依存症管理料」を算定できるようになった3).現在の禁煙外来では,初診時に問診やスコアリングテスト等によりニコチン依存症と診断された後,12 週間(初診を含め 5 回の診察)の標準禁煙治療プログラムが実施されているが,治療を完遂する割合は約30%にとどまっている4).
ニコチン依存症には身体的依存と心理的依存があり,心理的依存がより大きいとされる5).このため,禁断症状緩和には禁煙補助薬が有効であり,心理的依存に対しては認知行動療法が有効である.禁煙外来では薬物療法とともに禁煙指導・行動療法・動機づけ面接などが行われている.身体依的存に対しては薬物治療が一定の成果をあげてきた.しかし,限られた外来の診療時間だけでは根底にある心理的依存に効果的に介入することは難しい.さらに,次の受診までの期間や治療プログラム終了後は患者自身の孤独な戦いとなってしまう.
このように禁煙外来においては,外来受診の間の在宅時間や禁煙外来が終了する13週以降での心理的依存へ介入が課題となっている.本邦ではこうした背景の下,ニコチン依存症に対する新たな治療手段として,CureApp社のニコチン依存症治療アプリCureApp SC®が2020年に保険適用となり処方可能となった.
臨床試験に基づいてその効果を立証し,医療機器として承認されたソフトウェアがスマートフォンにインストールされ医療行為に使用される場合,そのプログラムは治療アプリと呼ばれ,それを用いた治療をデジタル療法と呼ぶ.デジタル療法とは,2014年の薬事法改正に伴い,アプリやソフトウェアが薬事承認や保険適用の対象となったことで可能となった治療法である6).
治療アプリは医薬品を用いた薬物療法や医療機器を用いた外科治療とは異なったアプローチをとる新しい治療選択肢として捉えることができる.従来,医師が患者を治療する場合,薬を飲んでもらうか,手術をするしかなかった.しかし,治療アプリは認知行動療法の観点から,個々の患者の思考パターンや行動に応じて情報を提供することで,従来と異なった習慣づけやアウトカムをもたらすことが可能である(図1).また,それらは患者の使用しているスマートフォンを介して行われるため,普段の診察以外の時間や場所においても介入できることも治療アプリの特徴である.
米国では2010年にWellDoc社のBluestar®という2型糖尿病患者向けの治療アプリが米国FDA(Food and Drug Administration)から承認を得たのを皮切りに様々な疾患に対するアプリが承認されている.Bluestar®は患者の血糖値,食物摂取量,活動レベルを記録し,その情報に基づいて疾患指導や生活習慣・モチベーション維持に関するアドバイスを送る.臨床試験では対照群と比較してBluestar®導入群で有意なHbA1cの低下が示された7).その後,足並みを国際的に揃えるために2013年にIMDRF(International Medical Device Regulators Forum)が,医療目的で用いられる単体のソフトウェアをSaMD(Software as a Medical Device)と定義した8).
本邦では薬事法が改正されるまでは,医療機器といえばCTや手術などで使用するデバイスなどハードウェアそのものを指していた.そのため,医療行為や診療サポート行為のためにモバイル端末やウェラブルデバイスなどにインストールされたものを医療機器として評価すべき対象とすることができなかった.しかし,上記の国際的な流れを受けて,2014年の薬事法の改正によりプログラム単体でも医療機器プログラムとして扱われるようになった.その後,2020年より前述のニコチン依存症治療アプリCureApp SC®は本邦で初めて治療アプリとして保険適用となった.
ニコチン依存症治療アプリCureApp SC®は外来受診の間の在宅時間や禁煙外来が終了する13週以降での心理的依存といった禁煙外来における課題を解決するために開発された.CureApp SC® は,患者アプリ,医師アプリ,呼気中の一酸化炭素(CO)の濃度を自宅で計測できる COチェッカーの3つで構成されている(図2).CureApp SC®を用いると,患者や医師からアプリに入力されたデータをもとに行動療法,服薬・通院管理,疾患教育に関する医学的エビデンスに基づいた自動ガイダンスをアプリに表示することができる.そのため,これまでの課題であった外来通院の間と終了後に生じる「治療空白」に介入することができる(図3).
CureApp SC®のエビデンスを紹介する.ニコチン依存症患者を対象とした標準禁煙治療プログラムにおけるCureApp SC®の併用効果を,シャムアプリを比較対照として検証する目的で国内第III層多施設共同臨床試験を行った9).584名の患者を対象に実施し,主要評価項目を9-24週の継続禁煙率と設定した.禁煙補助薬とシャムアプリを使用した対照群と比較して,禁煙補助薬に治療アプリを加えた介入群において主要評価項目である9-24週の継続禁煙率はアプリ治療群が63.9%(182/285例),対照群が50.5%(145/287例)であり,対照群に対するオッズ比は1.73(95%信頼区間1.239-2.424)と統計学的有意差を認めた(P=0.001).さらに,24週間のアプリ使用期間後も効果は持続し,アプリ使用後も長期の禁煙継続効果が得られることが確認された.以上のことから,ニコチン依存症患者に対する標準禁煙治療プログラムにおいてCureApp SC®の上乗せ効果を臨床試験で示すことができた.
対面診療だけでなくコロナ禍で普及が進んだオンライン診療においてもCureApp SC®の活用が期待される.禁煙治療を全て対面診療で行った場合,3ヶ月に計5回医療機関を受診する必要がある.これは喫煙者の割合が高い働き世代の30代,40代の男性の負担となり,禁煙治療の障壁となっていた.このような状況を受け,令和2年度の診療報酬改定において一連の5回の禁煙外来のうち,2-4回目の外来におけるオンライン診療が保険適用となった10).そのため,健診医療機関にてスムーズに禁煙外来を開始し2-4回目はオンライン診療,という新たな禁煙アプローチが可能となった.さらに,令和2年4月,新型コロナウイルス感染症が拡大し,医療機関の受診が困難になりつつあることに鑑みた時限的・特例的な対応として初診からの電話や情報通信機器を用いた診療が認められた11).また,令和3年8月5日厚生労働省社会保障審議会医療部会にて,初診オンライン診療の恒久化が発表され12),それを受け令和4年度診療報酬改訂では情報通信機器を用いた場合の初診料と再診料が新設された13).その結果,コロナ収束後も初診を含め5回の禁煙外来をオンライン診療にて完結させることが可能となった.
オンライン診療においてCureApp SC®を使用した場合のエビデンスを紹介する.本試験では2群とも標準禁煙治療プログラムに加えCureApp SC®を使用し,対面診療群はすべての診療を対面で,オンライン診療群において初回診療は対面,2回から5回の診療をオンラインで行った14).解析対象となった症例は115例で,57人が対面診療群,58人がオンライン診療群に割り付けられた.主要評価項目である9-12週における継続禁煙率はオンライン診療群が81.0%(47/58例),対面診療群が78.9%(45/57例)であった.オンライン診療群は対面診療群に対して2.1%高く,オッズ比は1.14(95%信頼区間 0.45-2.88)であり,臨床的に非劣勢であった.この結果が示すように,CureApp SC®併用下では,オンライン診療は対面診療に劣らないことから,特に外来受診が困難な患者層に対して有効な治療戦略として考えられる.
治療アプリのソフトウェアは,自由度が高く柔軟で,数え切れないほどのタイプの治療アプリが出てくると予想されている.すでに米国では数多くの治療アプリがFDAから承認されており,それらは主に生活習慣病や精神疾患に対する治療アプリである.糖尿病に対してはWelldoc社の「Bluestar®」やVoluntis社の「Insulia®」,ADHDに対してはAkili Interactive社の「EndeavorRxTM」,薬物依存症向けとしてはPear Therapeutics社の「reSETTM」や「reSET-OTM」,パニック障害治療用としてはPalo Alto Health Science社の 「Freespira®」,喘息に対してはPropeller Health社の「Propeller®」などがある15).現在本邦においても, メンタルヘルス関連ではサスメド社の不眠症の治療アプリや田辺三菱製薬と京都大学等の認知行動療法に基づくうつ病の治療アプリ,糖尿病関連としてはテルモ社とMICIN社の糖尿病治療支援システムなど,様々な領域で治療アプリの開発が進められている.通院リハビリや外来副作用管理などは,患者が自宅にいる時には医師が観察や介入することが難しい領域である.このような在宅環境でもサポートが可能な治療アプリの特徴から,今後はこれらの領域でも多くのものが今後出てくると考えられる.
デジタル療法は情報通信技術を活用した新しい治療法であり,今までの医療を取り巻く課題を解決する可能性を秘めている.CureApp SC®は,本邦で開発された,リアルタイムの行動療法に情報通信技術の特性を活かしたニコチン依存症治療アプリであり,2020年に薬事承認・保険適用となった.オンラインを活用した治療アプリのエビデンスも創出され,オンライン診療の推進とともに,禁煙の有益な治療戦略となることが期待される.
阿河光治;報酬(株式会社CureApp),佐竹晃太;報酬・株保有・利益(株式会社CureApp)