2024 Volume 32 Issue 2 Pages 143-146
在宅酸素療法(Home Oxygen Therapy; HOT)患者は,ほとんどが酸素濃縮器を使用しており,大規模災害による長期停電は患者の生命に危険が及ぶ.当院におけるHOT患者に対する大規模災害への備えは以下の通りである.
(1)HOT患者のリストを定期的に作成し保管
(2)HOT患者会において災害をテーマにした講演を行う
(3)避難先を明示した「緊急時カード」の利用
(4)各自の疾患名や酸素吸入量を記載した「患者カード」の常時携帯
(5)慢性呼吸不全患者への対応を念頭においた災害訓練
(6)4台の酸素濃縮器を院内に常備
(7)大規模災害時,入院不要のHOT患者を収容するためのHOTセンターを開設
(8)酸素供給業者と大規模災害時の業務提携を締結
以上のような当院の取り組みが,いつ発生するかもしれない大規模災害における慢性呼吸不全患者への各施設の対応の参考になれば幸いである.
我が国における在宅酸素療法(HOT)患者は,年々増加しており,現在,約18万人と報告されている1).そのほとんどが酸素濃縮器を使用しており1),大規模災害による自宅損壊や長期停電は酸素濃縮器の使用を不可能にし,携帯型酸素ボンベの補充がなければ患者の生命に危険が及ぶ.近い将来,南海トラフを震源とする巨大地震や首都直下型地震などが高い確率で起こると予想されており,大規模災害時のHOT患者への対応は喫緊の課題である.
当院では,1995年の阪神淡路大震災以後,HOT患者に対して,患者教育を中心に災害への備えを行ってきた.2011年に東日本大震災を経験して,従来行ってきた災害対応を見直し,HOTセンターや酸素供給業者との連携なども新たに加えた.当院の取り組みが,いつ発生するかもしれない大規模災害におけるHOT患者への各施設の対応の参考になればと思い,報告する.
現在の当院HOT患者における大規模災害に対する備えを表1に示した.8項目それぞれについて,簡単に説明する.
(1) | 患者リストの作成・保管 |
(2) | 患者会における講演 |
(3) | 緊急時カードの利用 |
(4) | 患者カードの常時携帯 |
(5) | 災害訓練 |
(6) | 酸素濃縮器の常備 |
(7) | HOTセンターの開設 |
(8) | 酸素供給業者との連携 |
定期的に酸素供給業者から患者リストを3部提出してもらっている.患者リストは紙に印刷したものをファイルに綴じて保管しているが,電子媒体ではなく,わざわざ紙にするのは,災害時には,停電や混乱で電子機器の使用が困難な場合があると判断したからである.患者リストは平常時には呼吸器科病棟で厳重に保管し,災害時には災害対策本部,トリアージエリア,後に述べるHOTセンターに各1部持ち出して利用することにしている.患者リストには可能な限り予定避難先も記載している.
(2) HOT患者会において災害をテーマにした講演を行うHOT導入時およびHOT患者会において災害に対する指導・教育を行っている.その内容としては,「災害時の酸素吸入量」,「いざというときの呼吸法」,「パルスオキシメーターの有効活用」,「補助電源について」,「当院の災害対策」などである.外来通院時にも,看護外来のなかで適宜追加指導を行っている.当院スタッフに対してもHOTと災害に関する勉強会を随時行っている.
(3) 避難先を明示した「緊急時カード」の利用自宅が大きな損害を受け,避難所などに避難する際,氏名や避難先を書いたカードを防水ケースに入れ,屋外から目立つところに固定するよう指導している(図1).後から酸素供給業者が自宅を訪問した際,避難場所がわかるので,酸素ボンベの配達などがスムーズに行えることを期待している.
患者各自の疾患名,酸素吸入量,投薬内容などをカードに記入し,携帯用酸素ボンベに常時つるしておくように指導している(図2).HOT患者にとって第2の「お薬手帳」である.他院通院中のHOT患者が当院を緊急受診した際にも有用と思われるので,今後,近隣の医療機関に広めていく予定である.
当院では,毎年,テーマを決めて大規模な災害訓練を行っている.模擬患者に必ずHOT患者を含めており,後述するHOTセンターへスムーズに案内できるか確認している.院外での災害訓練にも積極的に参加している.
(6) 4台の酸素濃縮器を院内に常備据え置き型の 5 L型器2台と,バッテリーを内蔵し移動が容易な 3 L型器2台の計4台の酸素濃縮器を院内に常備している.大規模災害時には,HOTセンターや患者の搬送時に使用する予定である.また,災害救護班の装備としても使用することにしており,2016年4月の熊本地震救護に携行した.なお,災害現場では酸素ボンベで対応していることがほとんどだが,患者数や酸素吸入量が多ければ,酸素ボンベではすぐに空になり対応困難に陥る.さらに災害現場では新しいボンベの配送も困難である.そこで,酸素濃縮器+自家発電機の組み合わせなら,燃料さえ確保できれば長時間対応できる.自家発電機の代わりに,電気自動車やプラグインハイブリッド車も使用可能と思われ,今後,検討が必要である.
(7) 入院不要のHOT患者を収容するためのHOTセンターを開設東日本大震災において,石巻赤十字病院は,帰宅困難となったHOT患者のために,震災4日目にリハビリテーション室に酸素濃縮器30台を設置し,HOTセンターを開設した2). HOTセンターに入室した患者のうち約2割が呼吸不全増悪により入院したが,退院や後方病院への搬送により2週間でHOTセンターは終了できた2).これを参考に,当院でも,HOTセンターを計画した(表2).当院のHOTセンターは,通常の電源が確保され,病院として正常に機能していることを条件に,自宅が損壊あるいは自宅での介護力が不足した軽症HOT患者を受け入れの対象としている.外来扱いとし,酸素吸入は酸素濃縮器から行い,当院の1階で車椅子やストレッチャーでのアクセスが容易な場所に開設する予定である.収容人数は20名程度とし,呼吸器内科医師の指導のもと,看護師,理学療法士,臨床工学技士,事務職員で運営する計画である.
設置条件 | ・居住家屋損壊,停電を伴う大規模災害時 ・当院は正常に機能(通常電源使用可能) ・外来扱い |
対象 | ・帰宅困難あるいは介護力の不足した軽症HOT患者 |
酸素吸入方法 | ・酸素濃縮器 |
場所 | ・院内の車椅子やストレッチャーでのアクセスが容易なところ |
予定収容人員 | ・約20名 |
スタッフ | ・呼吸器科医師,看護師,理学療法士,臨床工学技士,事務職員 |
東日本大震災のような広範囲の災害現場では,患者の安否確認,避難先への酸素ボンベの手配など,酸素供給業者に頼らなければならない部分が数多く存在することが判明した.大規模災害時には,医療機関と酸素供給業者が各種情報を共有し,協力して患者対応にあたることは必須である.そこで,地元の酸素供給業者と大規模災害時の業務提携を結び,大規模災害発生後のお互いの行動および連携についてマニュアルを作成した(図3).マニュアルでは,発災から48時間以内と48時間以降に分け,各々が行動すべき内容を具体的に記載した.すなわち,酸素供給業者は酸素濃縮器20台を当院に搬入する.患者の安否確認を緊急度の高い順に行い,当院に48時間以内に報告する.必要に応じて患者に酸素ボンベの提供等を行う.当院はHOTセンターを立ち上げ,酸素ボンベや酸素濃縮器を搬入し,酸素供給業者からの安否報告の確認を行う.酸素供給業者以外にも各種業者や団体と災害支援協定を結んでおり,当院ホームページで紹介している.
世界的な新型コロナウイルス感染症大流行のため,2020年よりHOT患者会を中止している.また,HOT導入時の指導も患者に対してのみ行っており,看護外来での指導も新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置が発令されている間は中止している.そのため,HOT患者に対する災害教育や指導が十分に行えていないのが実状である.一刻も早い新型コロナウイルス感染症の収束を願っている.
大規模災害時に酸素濃縮器が使用できない場合,携帯型酸素ボンベに頼らざるを得ないが,酸素の残量が少ない場合,酸素吸入量を節約する必要が生じる.どれくらいまで吸入量を減らせるかは患者の疾患名,病状によって異なり,きめ細かな個別指導が求められる.今後,呼吸方法の指導と併せて外来で実施予定である.
また,HOTセンターを立ち上げた後の運営方法についても十分な検討ができていない.HOTセンターは自宅に戻れないHOT患者のための避難所という位置づけであり,病院が単独で運営するのは財政的にもマンパワー的にも厳しい.東日本大震災を経験した呼吸不全患者会は,行政に望むこととして,HOT患者の登録システムの構築,災害弱者としてHOT患者を追加・周知,HOT患者の受け入れ可能避難所を明示することを挙げている3).全国で18万人を数えるHOT患者の災害対策については,行政にも積極的に関わっていただきたい.
大規模災害におけるHOT患者への当院の8つの取り組みを紹介した.災害による損壊や停電などのために自宅に留まれなくなったHOT患者には,酸素吸入が可能な避難所であるHOTセンターが必要である.今後,HOTセンターの運営方法および行政との連携,HOT患者への個別指導などさらに検討を重ね,近い将来高い確率で発生が予想されている南海トラフ地震や首都直下型地震のような大規模災害に万全の体制で臨みたい.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.