2024 Volume 32 Issue 2 Pages 168-173
先天性中枢性低換気症候群(congenital central hypoventilation syndrome: CCHS)は,呼吸中枢の先天的な障害により呼吸困難のない低換気を呈する症候群である.10-20万出生に1人の希少疾患であることや,自覚症状がない低換気という非典型的症状のため,呼吸状態の評価方法や呼吸管理について定まったものがない.このことは,小児期診療はもちろん,成人診療科への移行期医療でも大きな障壁となる.我々は,CCHSに対して呼吸中枢,気道/呼吸機能,換気状態を評価する包括的呼吸評価法を呼吸ドックと名付けて作成した.全国の患者に実施しCCHSの病態の理解や適切な呼吸管理の調整などを行っている.呼吸ドックにより覚醒時低換気が少なくないことが判明したが,従来の人工呼吸器では治療困難であった.そこで我々は,覚醒時低換気に対する新しい治療として横隔膜ペーシングの国内導入を主導している.まだ道半ばであるが,歩みは着実に進んでおり,引き続きデータを集積しCCHS診療の標準化を目指す.
先天性中枢性低換気症候群(Congenital central hypoventilation syndrome: CCHS)は呼吸中枢の先天的な障害により,主に睡眠時に低換気を認める疾患である1).呼吸の化学調節である高二酸化炭素や低酸素への換気応答が障害されていることが病態であるため,呼吸困難のない低換気を呈する.低換気の程度は重篤で人工呼吸管理が必須であり,重症例では覚醒時にも低換気を認める患者も存在する.病因遺伝子は染色体4p12に位置する,PHOX2B遺伝子変異が同定されている.PHOX2B遺伝子が自律神経の分化等に関係しているため,CCHSでは低換気以外に自律神経異常が関与するHirschsprung病や洞不全症候群などの多彩な合併症を有する.CCHSは10-20万出生に1人の割合で出生し,現在国内には150人程度存在すると考えられている.
CCHSは希少疾患であることや,自覚症状のない重篤な低換気という特殊な病態から,呼吸管理に難渋することが少なくない.2006年のHasegawaらの全国調査では,CCHSの診療経験があるのは小児科研修施設のうち7.2%のみであり2),各主治医が個々の努力で診療しているという状況であった.小児においても,十分な診療ができているとは言い難い中で,近年では,患者が小児期を超えて生存するものが増えてきており,成人診療科への移行,つまり移行期医療の必要性も高まってきている.そういった背景から,CCHSの病態把握や呼吸管理法の確立,そしてそれを小児だけでなく成人診療領域に対しても啓蒙することが必要な状況である.当科では,CCHSの包括的呼吸評価と呼吸管理方法の提案を行う呼吸ドックという検査入院のプログラムを作成し,国内各地の患者を集め実施し,各患者の呼吸管理の向上と知見の集積を目指している.今回は呼吸ドックの紹介と,その中で明らかになった覚醒時の低換気に対する新しい治療法である,横隔膜ペーシングという呼吸管理法について解説する.
呼吸ドックは3つの要素からなる,CCHSにおける呼吸状態の包括的評価プログラムである(図1).CCHSの病態である呼吸中枢障害の評価,呼吸中枢からの呼吸命令が出た後に実際に呼吸が行われる呼吸器の評価,呼吸の実際である換気状態の3つを調べる.
呼吸ドックのイメージ図である.これら3つの要素を評価し,呼吸状態の包括的評価を行い,適切な呼吸管理を目指す.
呼吸中枢障害の評価では,炭酸ガス換気応答試験(ventilatory response to CO2: VRCO2)と横隔膜電気的活動モニタリングがある.ここでは,前者を詳しく解説する.VRCO2は呼吸中枢の換気応答である,血中CO2分圧上昇に対して換気量を増加させる反応を定量評価できる.患者に閉鎖回路でCO2を再呼吸させ,呼気終末二酸化炭素分圧(end tidal CO2: EtCO2)の上昇に対する分時換気量換気量(minute volume: MV)の増加を調べる.VRCO2=ΔMV/ΔEtCO2/体重(mL/min/kg/mmHg)で計算され,基準値は34.6(29.3-42.8)と報告されている3).呼吸ドックにより,CCHSではVRCO2が著しく低いことが明らかとなった(図2)4).データを増やし,VRCO2によるCCHSの重症度分類などへの有用性などを検討する.
右は正常児,左がCCHSのVRCO2である.正常児ではCO3上昇に対してMV(分時換気量)が上昇しているが,CCHSではCO2上昇してもMVはほぼ上昇しておらず,呼吸賦活が弱いことが示されている.
呼吸器の検査では,実際に呼吸を行う経路である気道の観察として喉頭気管気管支鏡と肺機能検査などを行う.喉頭気管気管支鏡は,呼吸管理のために気管切開を受けている患者も多いためそのフォロー目的とCCHSに合併する低酸素発作の評価目的に行う.CCHSでは低酸素発作が多いことが知られており,その原因は,これまでは憤怒痙攣,いわゆる泣き入りひきつけ,であると考えられてきた.しかし,呼吸ドックにより憤怒痙攣と考えられていた症例に気管軟化症を認めることが少なくないことがわかってきている.憤怒痙攣は基本的には予後良好な症状であるが,気管軟化症の重篤な低酸素発作であるdying spellは神経発達などにも影響するため,鑑別が重要であり,必要時はhigh PEEPなどの気管軟化症への治療が必要と考えられる.今後は,気管軟化症の発達予後への影響などについて検討を進める.
換気状態は,経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)と経皮二酸化炭素分圧(tcpCO2)またはEtCO2をモニタリングすることで評価する.CCHSにおいては,覚醒時,呼吸管理なしでの睡眠時,呼吸管理ありでの睡眠時の評価が必要である.覚醒時のモニタリングは,覚醒時の低換気の有無を評価するために行われる.CCHSでは呼吸困難は認めず自覚症状に乏しいため,必須の検査である.図3は覚醒時低換気の一例で,この症例ではしっかり覚醒しテレビなどを見て過ごしていた際のモニタリングである.低換気を認めるが,本人に自覚症状はなく,家族もモニタリングするまで覚醒時低換気の存在に気が付いていなかった.我々のデータでは,覚醒時のモニタリングをして初めてわかる覚醒時低換気が少なくないことがわかってきている.睡眠時のモニタリングは,呼吸管理なしとありの2つの状況下でモニタリングを行う.呼吸管理なしの睡眠時は,CCHSの本態である睡眠時の低換気の評価である.このモニタリングにより,低換気の重症度の評価ができる.また,家族にモニタリング実施や立ち合い希望を確認して行うことで,低換気を実際に見てもらい実感してもらうことができる.小児においては呼吸管理実施の主体は家族であり,呼吸管理のコンプライアンスを低下させない効果があると考えている.呼吸器ありの睡眠時のモニタリングにより,呼吸器設定の適切さが確認できる.連続モニタリングなどが行われておらず不適切な設定となっていて,呼吸器使用下でも低換気となっている患者を認めることもある.また,新生児期に診断された移行は呼吸器設定が調整されていない患者が多く,呼吸数が新生児や乳児仕様の30-40回/分で学童期まで過ごしている場合がある.そういった患者では過換気になっていることがあり,設定の調整が必要である.
テレビを見てしっかり覚醒している際のモニタリングである.SpO2の平均は90.8%,EtCO2の平均は 52.0 mmHg,最高は 61.5 mmHgと低換気を認めている.この間に本人にはまったく自覚症状はなかった.
以上のように,呼吸ドックによりCCHSの呼吸中枢障害の重篤さや気道の合併症などが明らかになったが,最も重要なことは覚醒時低換気を認める患者が少なくないことである.現在のCCHS患者は寝たきりになることはほとんどなく,自分たちの状況に合わせて就学,就労を行っている.そのため,覚醒時低換気を認める場合,従来の人工呼吸器では呼吸管理をして低換気を改善させることが困難である.夜間睡眠時に呼吸器を適切に使用し低換気を防いでいても,覚醒時の低換気がある場合はその効果が半減してしまう.厳密には,学童期以降は覚醒している時間の方が睡眠時より長いため,半減以下である.低換気は,年少期に低換気にさらされると神経予後不良となり,青年期では低換気からの心不全になることも推定される.実際,20-30歳台の若年CCHS患者でも低換気による肺高血圧,心不全となる患者が散見されている.CCHSの呼吸管理において,さらに近年増えてきている成人期患者への移行期医療のためには,覚醒時低換気への対応を改善させることが重要と考えられた.そのために,現在注目され,国内での導入が始まった横隔膜ペーシング(diaphragm pacing: DP)がある.
DPは,横隔神経に電気刺激を加え,横隔膜を収縮させることで呼吸を生じさせる方法で,横隔神経に電極を巻き付け刺激するタイプと,横隔膜に電極を植込み近傍の横隔神経を刺激するタイプがある(図4)5).国内では,2019年に横隔膜に電極を植え込むタイプのDPが保険適応を取得した.腹腔鏡手術により横隔膜に4本の電極を植込み,心窩部から腹腔外に出たリード線を皮下トンネル経由で側腹部から露出させ,そこに体外式パルス発生器を接続し電気刺激を行う.体外式パルス発生器は手のひらサイズであり,電池駆動式で携帯性に優れている.いつでもどこでも人工呼吸管理ができる,というのが最大の特徴である.日本脊髄障害学会により適正使用指針が策定され6),CCHSと脊髄損傷が適応となっている.CCHSにおいては,安定した導入を目指すために専門施設を中心に行われることになり,当科が主導的立場をとっている.
左が横隔膜に電極を植え込むタイプ,右が横隔神経に電極を巻き付けるタイプである.引用文献7)より引用.
2020年に,国内第一例目の導入が行われた7).患者は33歳の女性で,CCHSの診断で気管切開,夜間のみ人工呼吸管理を行っていた.精査の結果,覚醒時にも低換気を認めていたが,会社員として就労していることもあり日中の呼吸管理は困難であり夜間のみ呼吸器装着をしていた.32歳時に感冒をきっかけに心不全となり,覚醒時の呼吸管理の必要性を実感し,DP導入を希望された.適正使用指針に則り,植え込み手術は順天堂大学小児外科で行われ,コンディショニングと呼ばれる機器の設定調整などを当科で行った.周術期の合併症はなく,2週間程度のコンディショニングを経て自宅退院し,日中はDP,夜間は気管切開,人工呼吸器使用という呼吸管理を開始した.図5は覚醒時のDPなしでのモニタリング,図6はDPありでのモニタリングであり,覚醒時低換気が著明に改善していることがわかる.日中の換気状態改善に伴い心負荷も軽減され,DP導入前は心臓超音波検査にて三尖弁逆流圧格差(tricuspid regurgitant pressure gradient: TRPG)が最大 106 mmHgから導入6か月で 48 mmHgまで低下した.その後も,低下が続き現在はおおむね基準値範囲で推移している.
横隔膜ペーシングなしでの覚醒時低換気のモニタリングである.平均tcpCO2は 67.0 mmHgと著明な低換気を認めている.
横隔膜ペーシングありでのモニタリングである.横隔膜ペーシングなしと比較してSpO2,tcpCO2ともに著明に改善している.
この患者のように,覚醒時低換気を認めるCCHSではDPはよい適応である.これまでは,治療が難しかった覚醒時低換気への対応ができるということは,小児期においては神経予後改善,成人期においては心不全の予防,改善などが期待できる.また,CCHSにおけるDPでは,覚醒時低換気以外にも睡眠時の人工呼吸器離脱目的という適応もある.CCHSでは,睡眠時の低換気は重篤であり積極的な呼吸管理が必要であるが,そのための気管切開や人工呼吸器使用は生活の質(quality of life: QOL)への影響が大きい.睡眠時にもDPで安定した換気状態が得られれば,人工呼吸器から離脱できQOLが向上する可能性がある.現在も,DP導入症例は増えてきており,覚醒時低換気への治療効果,人工呼吸器離脱におけるQOL向上を引き続き推進していく方針である.移行期医療という観点からも,呼吸管理が簡易化するDPを推進することは有用であると考えられる.
CCHS診療の標準化を目指して,当科の取り組みである呼吸ドックと新しい呼吸管理であるDPについて概説した.呼吸ドックにより,呼吸中枢障害や睡眠時の低換気の重篤さ,そして,予後や呼吸管理に影響しうる覚醒時の低換気などが明らかとなった.呼吸ドックは全国各地から患者を集めており,各主治医にフィードバックすることで,CCHS診療の底上げにもつながっていると考えられる.覚醒時低換気については,これまでは治療(呼吸管理)を希望しても現実的には難しかったが,いつどこでも呼吸管理が可能となる横隔膜ペーシングが国内でも導入されはじめている.引き続き,呼吸ドックによる病態の把握,呼吸管理の適正化と並行してDPを推進することで,CCHS診療の標準化,予後向上を目指す.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.