2024 Volume 32 Issue 2 Pages 185-190
近年,肺高血圧症患者に対する呼吸リハビリテーションの報告が散見され,運動耐容能や健康関連QOL(quality of life)改善の短期的な効果や安全性が示されている.2022年の欧州心臓病学会/欧州呼吸器学会のガイドラインでも,「薬物療法を行っている患者に対する監視下の運動療法」はクラスIと推奨されるようになった.呼吸リハビリテーションの内容は,COPDに対するものと大きく変わりなく,低強度運動療法,ADLトレーニング,患者教育等から構成されるが,開始時期は疾患に対する治療により肺動脈圧が低下し,その状態が安定してから考慮されるべきであり,診療科医師と密な連携を行った上での症例選択とリスク管理が重要である.ただ,適切に実施すれば,運動耐容能や健康関連QOLを改善できる安全で有効なadd-on therapyになりうると考えられる.
肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension: PAH)や慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension: CTEPH)をはじめとする肺高血圧症(pulmonary hypertension: PH)は,何らかの原因により肺動脈圧が異常に上昇する病態の総称であり,その定義は右心カテーテル検査(right heart catheterization: RHC)で測定した安静臥位の平均肺動脈圧(mean pulmonary arterial pressure: mPAP)≧25 mmHgとされてきた.しかし,第6回国際会議を経て,2022年の欧州心臓病学会(European Society of Cardiology: ESC)/欧州呼吸器学会(European Respiratory Society: ERS)のガイドラインではその定義がmPAP>20 mmHgに変更となった1).本症は,肺動脈圧の上昇とそれに伴う運動時の心拍出量(cardiac output: CO)低下を主病態とし,進行すると呼吸困難や運動耐容能低下,失神,心不全等が生じる難治性疾患である2).治療は,PAHに対する薬物療法,CTEPHに対する肺動脈血栓内膜摘除術や経皮的肺動脈形成術などがあるが,難治例も多く,治療効果が十分に得られない場合には肺移植の適応となる.
PH患者に対する非薬物療法の1つとして呼吸リハビリテーション(呼吸リハ)がある.従来呼吸リハは慢性閉塞性肺疾患を主たる対象として有効性が認められ,標準治療としての位置付けが確立されているが,本症に対しても2006年のMerelesら3)による世界初のランダム化比較試験(randomized controlled trial: RCT)を皮切りにその報告が散見されるようになり,治療後で病状が安定している患者に対する監視下運動療法は最新のガイドライン上でも推奨されるようになった1).しかし,他疾患と異なり,PHは失神や右心不全増悪などの危険性があることから,呼吸リハの開始時期や適応判断,運動負荷の決定を含め,十分な注意を必要とする.
本稿では,PHの特徴について理学療法士の立場から触れた上で,呼吸リハの最近の話題とプログラムの実際について解説し,PH治療における呼吸リハの位置付けについて考えたい.
PHは肺動脈圧の上昇,肺血管抵抗の増加による右心室の後負荷増加を基本病態とし,一回拍出量の低下を心拍数増加で代償し,COを維持している2).しかし,右心負荷が増加するとCOの増加が制限され,その結果酸素運搬能が低下し,組織への酸素供給が不足する.PHの臨床病期(WHO機能分類)と肺血行動態の関係を図1に示すが,肺動脈圧が上昇してもCOを維持できる段階では臨床症状が目立たないことが多い.しかし,病期の進行に伴って肺血管床の減少や更なる肺動脈圧上昇を認めると労作時だけでなく安静時もCOが保てなくなり,右心不全症状が出現する4).そのため後述する運動療法を行う際には,右心不全の増悪のリスクがあることを念頭に置き,安全に十分配慮する必要がある.
文献3より改変引用
加えて重要なのが運動時肺高血圧である.運動時肺高血圧はRHC中に心肺運動負荷試験を行い(図2),安静時,無酸素性代謝閾値,peakなど複数の点でmPAPとCOを測定し,それをグラフにプロットすることで得られる傾き(mPAP/CO slope)が3 mmHg/L・min以上の場合と定義されている1).中には安静時の肺血行動態が正常でも運動に伴ってPHが顕在化する例も存在するため,注意が必要である.検査が実施できる施設は限られるが,運動時肺高血圧も加味した運動処方が望ましいと考えられる.
また,PHの運動制限には,上記の右心機能低下に加えて骨格筋の機能障害も関与している5).PHでは骨格筋の慢性的な低灌流や身体活動低下による筋量低下,毛細血管の密度減少,酸化酵素活性低下が生じており,同機序は呼吸筋にも影響を及ぼしている.そのため,酸素摂取量,酸素供給量の双方が低下し,それが運動耐容能低下に関与していると考えられている5).さらに,PH患者は上記の病態により運動耐容能だけでなく,四肢筋力や呼吸筋力,身体活動性が健常者よりも低下し,それらは病期の進行に伴って更に顕著になることが知られている6,7).その結果,ディコンディショニングを生じ,更なる身体活動性低下,社会参加の減少,健康関連QOLの低下を招く悪循環に陥っていると考えられる(図3).その悪循環を断ち切るため,後述する呼吸リハビリテーションが適用されるが,運動負荷設定とリスク管理を十分に講じる必要がある.
文献4を参考に作成
近年,欧州を中心にPAHとCTEPH患者に対する呼吸リハの報告が散見される.2016年にEhlkenら8)によって報告されたRCTでは,薬物治療に変更がないPAHとCTEPH患者を対象に低強度の運動療法や呼吸筋トレーニング,精神的なサポートなどを入院で3週間,在宅で12週間実施することよって運動耐容能,健康関連QOL,更には安静時のmPAPや運動時の心係数などの肺血行動態に対する改善効果が示された.また,欧州における大規模な多施設共同研究でも同様の効果が認められ(図4A,B),運動に関連する有害事象も認めなかったと報告されている9).加えて,本症に対する運動療法のメタ分析においても,運動耐容能,健康関連QOLの改善効果が示され10),短期的な有効性・安全性についてはほぼ確立したと考えられている.長期効果については,Kagioglou11)らは治療を変更していないPH患者に対して6ヶ月間の運動療法を行い,その後3ヶ月間フォローアップしたが,運動耐容能や下肢筋力の改善効果が運動療法終了後も持続したと報告している(図4C,D).一方で,重症例においては肺血管のリモデリングを悪化させる懸念があることや,運動療法が肺血行動態・生命予後に与える長期的な影響(長期の安全性)についてまだ不明である点は注意が必要である.上記の背景を踏まえて,「薬物療法を行っているPAH患者における監視下の運動療法」は,2015年のESC/ERSガイドラインではクラスIIaとされていたが,近年の有効性を示す報告の増加から2022年の同ガイドラインではIと推奨されるようになった1).
千葉大学病院におけるPH患者に対する呼吸リハは,呼吸器リハビリテーション(I)の診療報酬に準じて90日間の算定期限の範囲で実施している.本症が希少性疾患であることもあり,遠方から通院している患者も多く,1ヶ月に1回の診療科外来受診日に合わせて介入する例がほとんどであるため,在宅での自主トレーニング(Home-ex)を主体としている.呼吸リハの開始は,PHと診断されてから疾患に対する治療により肺動脈圧が低下し,その状態が安定してから考慮される.その後理学療法士が患者評価,プログラムの導入を行い,心エコーや採血結果なども含めた再評価の結果を踏まえてプログラムを修正する.診療科医師と密な連携を行った上での症例選択,開始時期の検討が必要で,その点は早期からの呼吸リハ開始が望まれる他の慢性呼吸器疾患とは異なる.プログラムの構成としては,特に軽症例では低負荷運動療法の指導を中心に行うが,症状や重症度によって,適宜日常生活動作(activities of daily living: ADL)練習や応用動作の指導,患者教育などを実施している(図5).以下に,各プログラムについて述べる.
筋力増強運動は,自重もしくはセラバンド等の簡易的な道具を用いた四肢・体幹のトレーニング5~7種類程度を指導している(図6).有酸素運動は,低強度(40-60%
必要に応じてADL練習や応用動作の指導を実施している(図6).具体的には,呼吸困難を伴う動作を聴取し,その動作の主動作筋のトレーニングをHome-exに組み込み,さらには安楽な動作方法や休息のタイミング,福祉用具の紹介等を実施している.また,本症患者は在宅酸素療法を導入している例が多いため,酸素ボンベの運搬のコツや,各種酸素ボンベ運搬デバイスの使用評価等も行う.それらにより,患者が少しでも安全かつ安楽に日常生活を送れ,更には患者の活動性が可及的に向上するよう心がけている.
3. 患者教育・リスク管理疾患の特徴や心不全のリスクについて患者に説明した上で,体重推移や浮腫,脈拍数や血圧,自覚症状などをセルフモニタリングできるように患者教育を行う.千葉大学病院では,外来で呼吸リハを受けている患者に対して療養日誌を配布し,毎日記載するよう指導している.また,受診日でなくても,体重増加・自覚症状の増悪を認めた場合には適宜運動を中断し,主治医に診察を依頼することにしている.中止基準は,リハビリテーション医学会のガイドラインと既報告14)を参考に作成した基準を用いている(表1).幸い,今までに心不全増悪や運動継続の中断,予約外受診に至った例は経験していないが,非監視下に呼吸リハを実施する上では,慎重な症例選択,患者教育,スタッフの習熟,医師との密な連携などが非常に大事な点であると考えている.
・自覚症状 | 修正Borg scale 5以上の呼吸困難 眩暈や冷や汗,倦怠感の出現 |
・血圧 | 開始時収縮期血圧が 80 mmHg以下 実施中 10 mmHg以上の低下 脈圧が 10 mmHg以下 |
・心拍数 | 開始時の心拍数が 110 bpm以上 実施中の心拍数が 120 bpm以上 |
・SpO2 | 実施中のSpO2が85%以下 |
・その他 | 不整脈の出現や増加 |
PH患者に対する呼吸リハについて,理学療法士の立場から解説した.診断後,薬物療法やカテーテル治療等により肺動脈圧が十分に下がっても,治療中に生じた身体活動性の低下やそれに伴うディコンディショニングが残存している例も多く経験する.呼吸リハは,適切にリスク管理・患者教育を行い,安全対策を十分に講じることで,病状安定後に運動耐容能,健康関連QOLを改善させる重要な非薬物療法で,そのAdd-on therapyとしての位置付けが重要である.今後は,非監視下の運動療法・呼吸リハが運動時の肺血行動態に及ぼす効果や長期の安全性の検討,運動時肺高血圧を踏まえた適切な運動処方・患者選択基準・リスク管理方法の明確化が望まれる.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.