2024 Volume 33 Issue 1-3 Pages 95-99
【目的】外来COPD患者の摂食嚥下機能の現状を調査し,摂食嚥下機能と身体運動機能との関係性を明らかにすること.
【方法】対象はCOPD患者34例.評価項目は反復唾液嚥下テスト(RSST),摂食嚥下障害スクリーニング質問紙票(EAT-10),舌圧,6分間歩行距離,膝伸展筋力,握力,呼吸筋力,体組成とした.検討内容は①摂食嚥下機能が低下している患者割合,②摂食嚥下機能と身体運動機能との相関関係とした.
【結果】スクリーニングテストにおいてRSSTは17.6%,EAT-10は26.5%が陽性を認め,摂食嚥下機能が低下している症例を認めた.RSST回数は握力,体重,骨格筋量,四肢骨格筋量指数と有意な相関関係を認め,舌圧は吸気筋力,握力,膝伸展筋力と有意な相関関係を認めた.
【結論】外来COPD患者において,摂食嚥下機能が低下している者が認められ,摂食嚥下機能は骨格筋力や呼吸筋力,体組成と関係性を認めた.
慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:以下,COPD)患者における栄養療法は呼吸リハビリテーション(以下,呼吸リハ)を行う上で必要不可欠である.効果的な栄養療法を行うためには食物を食べて飲みこむ能力があるのかという患者自身の摂食嚥下機能について考慮する必要がある.摂食嚥下機能についてはCOPD患者の約65%が飲みこみづらさといった主観的な嚥下困難感を有しており,約半数の患者は実際に嚥下障害を認めたと報告されている1).さらに,摂食嚥下機能の低下は将来的な増悪のリスクにも関連することも報告され2),COPD患者の摂食嚥下機能が注目されている.
しかし,クリニックに通院しているCOPD患者は通常の外来診療において摂食嚥下機能を評価する機会がなく,摂食嚥下機能の状況は不明である.そこで,本研究の目的は安定期の外来COPD患者における摂食嚥下機能の現状調査と摂食嚥下機能と身体運動機能との関係性を明らかにすることである.
対象は2021年3月1日~9月30日の間に当院に通院中のCOPD患者のうち①65歳以上,②自宅に居住している,③食事摂取に介助を必要としない,④直近3か月間に増悪歴がなく病状が安定している,⑤嚥下障害の要因となる他疾患(脳血管疾患,頚部咽頭部癌)の既往歴がない,⑥検査測定に支障を来す中枢性疾患及び運動器疾患を有さない者を研究対象とした.本研究は前方視的調査であり,対象者の募集については,院内に研究協力者の募集についてのポスターを掲示し,本人から参加の申し出があった者を調査対象とした.なお,サンプルサイズに関しては検定力分析ソフトG powerを用いて,相関関係を求めるための最小対象人数を算出し,α=0.05,検定力:0.9,効果量:0.5の条件下では34例と算出されたため,応募者が34例を満たした時点で募集を終了した.
2. 評価方法摂食嚥下機能の評価として反復唾液嚥下テスト(repetitive saliva swallowing test:以下,RSST),摂食嚥下障害スクリーニング質問紙票(Eating Assessment Tool-10:以下,EAT-10),舌圧測定を実施した.身体運動機能の評価は呼吸機能検査,6分間歩行試験(six-minute walk test:以下,6MWT),上下肢筋力測定,体組成分析を実施した.
1) RSSTRSSTは摂食嚥下機能のスクリーニングテストとして広く使用されている検査である3,4).方法は患者の喉頭隆起及び舌骨に人差し指と中指の指腹を当て,30秒間に何回空嚥下が出来るかを数える.評価基準としては30秒間に2回以下の場合に嚥下障害が疑われることが報告され4),さらに5回以下の場合は将来的なCOPDの増悪のリスクが高いことも報告されている2).
2) EAT-10EAT-10は嚥下に関する10項目の質問で構成され,それぞれ0(問題なし)から4(ひどく問題)の5段階で回答する摂食嚥下障害のスクリーニング質問紙である5).本邦では若林らによって日本語版が作成され,妥当性や信頼性が検討されている6).評価基準は合計点が3点以上で嚥下障害の疑いありと判定される.
3) 舌圧舌圧は舌圧測定器TPM-02E(JMS社製)を用いて測定した.測定は武内ら7)の方法を参考に舌圧計のプローブを対象者の口腔内に挿入し,硬質リングを前歯で軽く噛んで保持しながら舌を挙上してバルーンを最大努力下で約5~7秒間押しつぶすように指示した.測定は続けて3回測定し,最大値を研究データとして採用した.
4) 呼吸機能検査呼吸機能検査はスパイロメーターAS-507(ミナト医科学社製)を使用して測定した.測定は米国胸部学会(American Thoracic Society:以下,ATS)と欧州呼吸器学会(European Respiratory Society:以下,ERS)のガイドライン8)に準拠して肺活量(vital capacity:以下,VC),努力性肺活量(forced vital capacity:以下,FVC),1秒量(forced expiratory volume in one second:以下,FEV1),最大吸気圧(maximal inspiratory pressure:以下,MIP),最大呼気圧(maximal expiratory pressure:以下,MEP)を測定した.
5) 6MWT6MWTはATSのガイドライン9)に従い実施し,6分間歩行距離(six-minute walk distance:以下,6MWD)を測定した.
6) 上下肢筋力測定上肢筋力として握力はスメドレー式握力計を使用して立位にて左右2回測定,左右どちらかの最高値を採用した.下肢筋力はハンドヘルドダイナモメーターμ-Tas F-1(アニマ社製)を使用して膝伸展筋力を測定した.測定手順は端座位で下腿下垂位にて最大努力による等尺性膝伸展運動を左右2回ずつ行い,最高値を採用した10).得られた測定値を体重で除し,体重支持指数(weight bearing index:以下,WBI)を算出して検討に使用した.
7) 体組成分析体組成分析は体成分分析装置Inbody470(インボディ・ジャパン社製)を使用して体重,体格指数(body mass index:以下,BMI),体脂肪量,四肢骨格筋量指数(Skeletal Muscle Mass Index:以下,SMI)を測定した.
3. 検討内容・統計処理本研究では①COPD患者の摂食嚥下機能の現状,②摂食嚥下機能と身体運動機能との関係性について検討した.検討①では各嚥下スクリーニングテストにおけるカットオフ値2,4,6)を基準にスクリーニングテストにおける陽性率を検討した.舌圧に関しては日本老年歯科学会の定める基準値 30 kPa11)を下回る患者割合を検討した.検討②では摂食嚥下機能指標としてRSST回数と舌圧について,他の身体運動機能指標との関係性をスピアマンの順位相関係数分析を使用して解析した.なお,全ての統計解析にはEZR Ver 1.6112)を使用し,統計解析における有意水準は5%未満とした.
4. 倫理的配慮本研究は聖隷クリストファー大学倫理委員会の承認のもと,対象者には十分な説明を行い,同意書に署名を得た上で調査を実施した(承認番号:20061.2021年2月).
対象者34例の平均年齢は77.0±5.4歳,BMI: 22.2±3.5 kg/m2,修正MRC息切れスケール(modified Medical Research Council dyspnea scale:以下,mMRC)はグレード1:13例,グレード2:10例,グレード3:11例,Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease(GOLD)の重症度分類においてはステージI:10例,ステージII:12例,ステージIII:8例,ステージIV:4例であった(表1).
項目 | (n=34) |
---|---|
年齢(歳) | 77.0±5.4 |
性別(例,%) | 男性(28,82.4)女性(6,17.6) |
BMI(kg/m2) | 22.2±3.5 |
GOLD重症度分類(I/II/III/IV)(例) | 10/12/8/4 |
修正MRC息切れスケール(0/1/2/3/4)(例) | 0/13/10/11/0 |
% VC(%) | 87.0±21.7 |
% FEV1(%) | 62.4±23.3 |
FEV1/FVC(%) | 62.2±14.2 |
MIP(cmH2O) | 54.2±18.7 |
MEP(cmH2O) | 52.5±14.2 |
平均±標準偏差
BMI: body mass index, GOLD: Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease, mMRC: modified Medical Research Council dyspnea scale, %VC: % vital capacity, %FEV1: % forced expiratory volume in one second, FEV1/FVC: forced expiratory volume % in one second, MIP: maximal inspiratory pressure, MEP: maximal expiratory pressure
本研究で実施したRSSTとEAT-10の陽性率に関して,RSSTでは全体の17.6%である6例が嚥下回数2回以下で嚥下障害が疑われ,EAT-10では9例(26.5%)が合計スコア3点以上で嚥下障害が疑われた.さらに,RSSTについてはYoshimatsuらによる急性増悪を予測するカットオフ値5回を基準にすると,全体の94.1%である32例がカットオフ値を下回った.RSST,EAT-10の2つのスクリーニングテストでは,3例(8.8%)がRSST,EAT-10の両テストで陽性となった(図1).
A)RSST回数2回及び5回以下の患者割合,B)EAT-10スコア3点以上の患者割合,C)RSST及びEAT-10の両カットオフ値を満たす患者割合
RSST: repetitive saliva swallowing test, EAT-10: Eating Assessment Tool-10
対象者の平均舌圧は 34.2±6.8 kPa,日本老年歯科学会による低舌圧の基準値 30 kPaを下回る者は全体の23.5%(8例)であった.
4. 摂食嚥下機能と身体運動機能との関係性RSST回数と身体運動機能との関係性に関して,RSST回数は運動機能では握力(r=0.41,p=0.017),体組成では体重(r=0.38,p=0.027),体脂肪量(r=0.39,p=0.002),SMI(r=0.34,p=0.045)と相関関係を認めた.一方,RSST回数は呼吸機能との関係性を認めなかった(表2).
相関係数 | p値 | |
---|---|---|
%VC(%) | 0.12 | 0.491 |
% FEV1(%) | -0.04 | 0.804 |
FEV1/FVC(%) | 0.28 | 0.105 |
MIP(cmH2O) | 0.15 | 0.380 |
MEP(cmH2O) | -0.12 | 0.489 |
6MWD(m) | 0.08 | 0.658 |
握力(kg) | 0.41 | 0.017 |
膝伸展筋力(%) | 0.06 | 0.721 |
体重(kg) | 0.38 | 0.027 |
体脂肪量(kg) | 0.39 | 0.002 |
SMI(kg/m2) | 0.34 | 0.045 |
RSST回数と身体運動機能指標との関係性について,スピアマンの順位相関係数分析を用いて検討.
RSST: repetitive saliva swallowing test, %VC: % vital capacity, %FEV1: % forced expiratory volume in one second, FEV1/FVC: forced expiratory volume % in one second, MIP: maximal inspiratory pressure, MEP: maximal expiratory pressure, 6MWD: six-minute walk distance, SMI: skeletal muscle mass index
舌圧と身体運動機能との関係性に関して,舌圧は呼吸機能ではMIP(r=0.41,p=0.015),運動機能では握力(r=0.45,p=0.008),膝伸展筋力(r=0.37,p=0.029)と相関関係を認めた.一方,舌圧は体組成指標との関係性は認めなかった(表3).
相関係数 | p値 | |
---|---|---|
%VC(%) | 0.27 | 0.120 |
% FEV1(%) | -0.05 | 0.784 |
FEV1/FVC(%) | -0.06 | 0.735 |
MIP(cmH2O) | 0.41 | 0.015 |
MEP(cmH2O) | 0.33 | 0.059 |
6MWD(m) | 0.20 | 0.267 |
握力(kg) | 0.45 | 0.008 |
膝伸展筋力(%) | 0.37 | 0.029 |
体重(kg) | 0.04 | 0.844 |
体脂肪量(kg) | -0.26 | 0.131 |
SMI(kg/m2) | 0.20 | 0.265 |
舌圧と身体運動機能指標との関係性について,スピアマンの順位相関係数分析を用いて検討.
%VC: % vital capacity, %FEV1: % forced expiratory volume in one second, FEV1/FVC: forced expiratory volume % in one second, MIP: maximal inspiratory pressure, MEP: maximal expiratory pressure, 6MWD: six-minute walk distance, SMI: skeletal muscle mass index
本研究はCOPD患者における摂食嚥下機能低下の現状と摂食嚥下機能と呼吸機能や身体機能,体組成との関係性を調査した.本研究の対象者らは全例が自身での食事摂取に問題がなく,脳血管疾患や頚部咽頭癌といった嚥下障害を引き起こす明らかな原因疾患の既往がなく,日常生活活動(activities of daily living:以下,ADL)は全て自立している外来通院患者であった.しかし,そういった対象者らにおいてもEAT-10において陽性を認める者が全体の25%程度存在し,RSSTにおいては急性増悪のリスクが高いと判定される者は全体の90%以上であった.これより,現時点では摂食嚥下機能に対して医療的な介入が行われていないCOPD患者においても飲みこみ動作に何らかの嚥下困難感を自覚し,摂食嚥下機能が低下している者が多く存在することが明らかになった.また,全体の90%以上の患者はRSST回数が5回以下で将来的な増悪リスクが高いと判定されたことから,安定期の外来COPD患者においても多くの者が増悪のリスクを有していることが示唆された.
舌圧に関して,対象者らの平均値は 34.2±6.8 kPaと先行研究13)による70歳以上の平均値 32±9 kPaとほぼ同程度であった.さらに近年,新たに提唱されているサルコペニアの摂食嚥下障害という概念14)における判定基準では舌圧は 20 kPaが基準値として定められているが,本研究の対象者では 20 kPaを下回る者は1例も認めなかった.今回の対象者らは全例が自宅で普通食を食べている者であったため,現時点では普通食の摂取に支障を来すほどの低舌圧を認める者は認めなかった.
摂食嚥下機能と身体運動機能との関係性に関して,RSST回数は握力,体組成指標との関係性を認め,舌圧は呼吸筋力と上下肢筋力と関係性を認めた.RSSTは30秒間に空嚥下が何回出来るか,飲みこみ動作の反復性を評価する検査で,信頼性と妥当性が検証されている嚥下スクリーニングテストである.本研究よりRSST回数と握力,体組成指標との関係性を認めたことから,摂食嚥下機能は全身筋力の影響を受けていることが示唆された.しかし,RSST回数と体重,体脂肪量との関係性,因果関係については本研究からその機序を明らかにすることは出来なかった.
舌圧は加齢に伴って低下し,嚥下に関連する筋力を反映する指標であり,握力と相関関係を認めたことが報告され13,15,16,17),舌圧の低下は嚥下障害と関連していることが報告されている18).本研究においても舌圧と握力の関係性は先行研究を支持する結果となった.また,握力と下肢筋力との関係性は既に知られており19),舌圧は下肢筋力とも関係性を認めたことから舌圧は上下肢筋力を反映する指標の一つである可能性が示された.従って,上下肢筋力が低下している症例は舌圧が低値で,さらには摂食嚥下機能も低下している可能性があるため,実臨床では上下肢筋力が低下している症例では摂食嚥下機能の低下も考慮する必要があると考えられる.
本研究の研究限界として,①対象者数が少なく,男女比に偏りがあったこと,②摂食嚥下機能の評価がRSSTやEAT-10というスクリーニングテストに留まり,嚥下造影検査といった詳細な嚥下機能評価が実施出来なかったこと,③クリニック単施設の調査であったため入院患者や施設入所者などの異なる社会的背景の者では調査出来ていないこと,④解析に関して,症例数が少なく多変量解析が出来なかったことが挙げられる.
本研究より,外来で呼吸リハの対象となるCOPD患者の中には摂食嚥下機能が低下している患者が多く存在し,摂食嚥下機能の低下は身体運動機能の低下と関係性を認めた.在宅生活でADLが自立し,外来通院が可能なレベルの運動機能を有している患者においても潜在的に摂食嚥下機能が低下している者では将来的には誤嚥性肺炎を発症する危険性が高いこと予想される.従って,呼吸リハを行う際には摂食嚥下機能の評価が重要であり,摂食嚥下機能にも着目した呼吸リハ介入が必要である.今後は摂食嚥下機能の低下が認められた症例については,嚥下リハビリテーションの介入など摂食嚥下機能の向上を目的とした介入を行い,より長期的な経過管理を行う必要があると考える.
本論文の要旨は,第32回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2022年11月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.
平松哲夫;講演料(グラクソ・スミスクライン株式会社,ノバルティスファーマ株式会社),有薗信一;研究費(特定非営利活動法人中日本呼吸器臨床研究機構),講演料(日本ベイリンガーインゲルハイム株式会社)