2024 Volume 33 Issue 1-3 Pages 106-111
【目的】慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;以下,COPD)患者における在宅酸素療法(home oxygen therapy;以下,HOT)の導入が,疾患特異的および包括的健康関連QOLに異なる反応性を示す可能性について検討した.
【方法】HOT導入となった安定期のCOPD患者を対象に,後方視にてHOT導入前後のSGRQおよびSF-36を比較検討した.
【結果】16例のCOPD患者が対象となった.HOT導入前と比較して,導入後はSGRQ Symptom(p=0.04),SF-36 精神的側面のQOLサマリースコア(p=0.02),SF-36 活力(p=0.02)の有意な改善を認めたが,SF-36 日常役割機能(身体,p=0.03)に有意な悪化を認めた.またSF-36 身体的側面のQOLサマリースコアはHOT導入後に悪化する傾向を認めた(p=0.07).
【結論】COPD患者におけるHOT導入は,疾患特異的健康関連QOLの改善を認める一方で,包括的健康関連QOLの身体面に悪化傾向を示した.HOT導入時にはそのメリット・デメリットを適切に評価し,対応していくことが重要である.
慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;以下,COPD)は,呼吸困難によって運動耐容能は低下し,健康関連QOL(health related quality of life;以下,HRQOL)が障害される1).国際的な多施設横断研究2)では,COPDのすべての病期でHRQOLの低下が示されている.
HRQOLの評価尺度には,疾患特異的尺度と包括的尺度がある.疾患特異的尺度は,対象疾患患者に用いた場合,包括的尺度より妥当性が高く,治療効果を鋭敏に反映させるが1),併存症等の影響を十分に反映できない2).一方で,包括的尺度は,適応範囲が広いことが特徴であるが1),治療等の変化に対する感度は低いことが報告されている3).多くの併存症を生じるCOPDでは1),疾患特異的尺度のみではなく,包括的尺度を含めたHRQOL評価が推奨されている4).
低酸素血症を伴うCOPD患者を対象にした2つの大規模研究において5,6),在宅酸素療法(home oxygen therapy;以下,HOT)は予後改善効果を認めたことを背景として,今日では呼吸不全を呈するCOPD患者の標準的な治療として位置づけられている1).慢性呼吸不全患者への酸素療法の目的として,呼吸困難の軽減,生命予後の改善に加えてHRQOLの向上が挙げられている7).COPD患者のHRQOLに対する酸素療法の効果についての研究は散見されるが,一定の見解は示されていない8,9,10).低酸素血症を伴うCOPD患者における酸素療法は,安静時および労作時の呼吸困難を軽減することが報告されており11,12),酸素療法導入によって呼吸困難が軽減し,疾患特異的HRQOLの改善に期待ができる.一方で,酸素機器の運搬の問題13)や,不適切な酸素チューブの長さが身体活動量の低下を招くことが指摘されており14),HOT導入による身体的な制限が生じる可能性がある.実際,在宅呼吸ケア白書の患者アンケート調査においても,酸素機器の運搬等の物理的な制限が問題点として挙げられている15).COPD患者における身体活動量の低下はHRQOLの悪化と関連することが報告されており16),HOT導入が身体活動を制限することで包括的HRQOLに悪影響を及ぼす可能性が考えられる.
以上のように,HOT導入に際して,疾患特異的HRQOLと包括的HRQOLでは,異なる反応性を示す可能性が考えられるが,本邦においてHOT導入前後のCOPD患者のHRQOL変化について,両尺度を用いた調査報告は皆無である.そこで本研究の目的は,COPD患者におけるHOT導入前後の疾患特異的HRQOLおよび包括的HRQOLの変化について検討することとした.
後方視単施設観察研究.
2. 対象2012年9月から2022年8月の期間に,霧ヶ丘つだ病院にてHOT導入となった安定期COPD患者のうち,導入前後からそれぞれ6ヶ月以内に疾患特異的および包括的HRQOLを評価した患者を対象とした.除外基準は評価に影響し得る循環器疾患,運動器疾患,神経疾患,認知機能障害を合併した患者,調査期間中にCOPD急性増悪を発症した患者とした.
3. 方法HOT導入前後における対象者の基本情報(年齢,性別,体格指数[body mass index;以下,BMI],気管支拡張薬,酸素使用状況)および以下の項目について,後方視的に診療録より収集した.
1) 肺機能検査および動脈血液ガス検査肺機能検査は1秒量(forced expiratory volume in one second;以下,FEV1)およびFEV1の予測値に対する割合(以下,%FEV1),努力性肺活量(forced vital capacity;以下,FVC)に対する比率である1秒率(forced expiratory volume % in one second;以下,FEV1/FVC)を収集した.動脈血液ガスは,室内気で安静座位あるいは背臥位にて採血し,動脈血酸素分圧(arterial oxygen partial pressure;以下,PaO2)および動脈血二酸化炭素分圧(arterial carbon dioxide partial pressure;以下,PaCO2)の測定値を採用した.
2) 健康関連QOL,不安・抑うつおよび呼吸困難疾患特異的HRQOLはSGRQ(St. George’s respiratory questionnaire)17),包括的HRQOLには日本語版36-Item Short Form Survey Instrument(以下,SF-36)18)を用いた.不安・抑うつはHADS(hospital anxiety and depression scale)19,20)を用い,呼吸困難は修正MRC息切れスケール(modified Medical Research Council dyspnea scale;以下,mMRC)21)にて評価した.
3) 運動耐容能および下肢筋力運動耐容能は6分間歩行試験(six-minute walk test;以下,6MWT)にて評価した.米国胸部学会/欧州呼吸器学会(American Thoracic Society/European Respiratory Society;以下,ATS/ERS)のガイドライン22,23)に準拠して実施し,試験中はパルスオキシメーター(スター・プロダクト株式会社,リストックス2)にて経皮的動脈血酸素飽和度(saturation of percutaneous oxygen;以下,SpO2)を連続的にモニターした.6分間歩行距離(six-minute walk distance;以下,6MWD),終了時SpO2とともに,修正Borgスケールにて終了時の呼吸困難および下肢疲労感を評価した.膝伸展筋力はハンドヘルドダイナモメーター(ANIMA社,μ-tas)を用い,膝関節伸展運動の最大等尺性筋力を測定し,体重で除した値を解析に使用した.
4. 統計解析連続変数は平均値±標準偏差,名義変数は件数(頻度,割合)で示した.全対象者におけるHOT導入前後の各指標をShapiro-Wilk検定にて正規性の検定を行い,正規性の認められたものは対応のあるt検定,正規性の認められなかったものはWilcoxon符号付順位検定にて比較した.解析には統計解析ソフトSPSS ver. 28(IBM社製)を使用し,有意水準は危険率5%未満とした.
5. 倫理的配慮本研究は十分な倫理的配慮のもとで実施し,長崎大学大学院医歯薬学総合研究科倫理委員会の承認を得た(承認番号:23121901).
16例が対象となり,HOTは7例(44%)が24時間,9例(56%)が動作時のみの使用であった.対象者の特性を表1に示す.平均年齢は79.4±7.2歳で88%が男性であった.%FEV1は58.6±25.0%,PaO2は63.0±12.2 mmHg,6MWT終了時のSpO2は84.2±5.9%であった.調査期間中に気管支拡張薬を含め,治療内容を変更した患者はいなかった.
n=16 | ||
---|---|---|
年齢,歳 | 79.4±7.2 | |
性別,男 | 14(88) | |
BMI,kg/m2 | 22.5±3.6 | |
FEV1,L | 1.31±0.7 | |
%FEV1,% | 58.6±25.0 | |
FEV1/FVC,% | 58.6±15.6 | |
PaO2,mmHg | 63.0±12.2 | |
PaCO2,mmHg | 38.4±3.2 | |
気管支拡張薬,例 | ||
LABA/LAMA | 7(44) | |
LABA/ICS | 1( 6) | |
LABA/LAMA/ICS | 8(50) | |
mMRC,0/1/2/3/4 | 1/1/7/5/2 | |
6MWT | ||
6MWD,m | 340±62.9 | |
終了時 SpO2,% | 84.2±5.9 | |
酸素使用状況,例 | ||
24時間 | 7(44) | |
動作時のみ | 9(56) | |
SGRQ | ||
Symptom | 57.6±20.7 | |
Activity | 68.9±15.1 | |
Impact | 34.7±16.9 | |
Total | 48.9±14.4 | |
SF-36 | ||
PCS | 32.5±11.8 | |
MCS | 48.9±9.0 |
データは平均値±標準偏差,例(%)で示す.
6MWD, six-minute walk distance; 6MWT, six-minute walk test; BMI, body mass index; FEV1, forced expiratory volume in one second; %FEV1, % predicted forced expiratory volume in one second; ICS, inhaled corticosteroid; LABA, long-acting beta2-agonists; LAMA, long-acting muscarinic antagonist; mMRC, modified Medical Research Council dyspnea scale; SF-36, 36-Item Short Form Survey Instrument; PaCO2, arterial carbon dioxide partial pressure; PaO2, arterial oxygen partial pressure; PCS, physical component summary; MCS, mental component summary; PF, physical functioning; RP, role physical; BP, bodily pain; GH, general health; VT, vitality; SF, social functioning; RE, role emotional; MH, mental health; SGRQ, St. George’s respiratory questionnaire
HOT導入前後での各評価項目の比較を表2に示す.全対象者において,HOT導入前と比較し,導入後では6MWT終了時呼吸困難(4.8±1.8 vs 3.6±1.6,p=0.03),SGRQ Symptom(57.6±20.7 vs 48.9±19.8,p=0.04),SF-36 精神的側面のQOLサマリースコア(mental component summary;以下,MCS)(48.9±9.0 vs 53.7±9.5,p=0.02),SF-36 活力(vitality;以下,VT)(53.9±19.5 vs 64.9±18.4,p=0.02)の有意な改善を認めた(図1,図2).一方で,SF-36 日常役割機能(身体)(role physical;以下,RP)(61.7±19.5 vs 51.6±17.4,p=0.03)に有意な悪化を認めた.また,SF-36 身体的側面のQOLサマリースコア(physical component summary;以下,PCS)はHOT導入前と比較し,導入後に悪化傾向を認めた(32.5±11.8 vs 27.0±10.1,p=0.07)(図2).その他の指標は有意な変化を認めなかった.
HOT導入前 (n=16) | HOT導入後 (n=16) | p値 | ||
---|---|---|---|---|
mMRC,0/1/2/3/4 | 1/1/7/5/2 | 0/5/3/5/3 | 1.00 | |
6MWT | ||||
6MWD,m | 340±62.9 | 349±66.4 | 0.80 | |
終了時 SpO2,% | 84.2±5.9 | 87.7±6.3 | 0.07 | |
終了時 呼吸困難 | 4.8±1.8 | 3.6±1.6 | 0.03 | |
終了時 下肢疲労感 | 3.1±2.5 | 2.8±2.6 | 0.64 | |
膝伸展筋力(体重比),% | 49.6±15.2 | 49.2±12.2 | 0.69 | |
HADS | ||||
不安 | 4.7±3.5 | 5.3±3.3 | 0.54 | |
抑うつ | 6.3±3.3 | 6.1±3.2 | 0.82 |
データは平均値±標準偏差で示す.
6MWD, six-minute walk distance; 6MWT, six-minute walk test; HADS, hospital anxiety and depression scale; HOT, home oxygen therapy; mMRC, modified Medical Research Council dyspnea scale
HOT, home oxygen therapy; SGRQ, St. George’s respiratory questionnaire
*p<0.05
HOT, home oxygen therapy; SF-36, 36-Item Short Form Survey Instrument; PCS, physical component summary; MCS, mental component summary; PF, physical functioning; RP, role physical; BP, bodily pain; GH, general health; VT, vitality; SF, social functioning; RE, role emotional; MH, mental health
*p<0.05
本研究は,COPD患者を対象として,HOT導入前後で疾患特異的HRQOLおよび包括的HRQOLを比較した.その結果,HOT導入前後にはSGRQ Symptom,SF-36 MCS,SF-36 VTに有意な改善を認めたものの,SF-36 RPは有意に悪化し,SF-36 PCSは悪化する傾向を示した.
COPD患者における酸素療法の効果を検討した研究では24),慢性呼吸器疾患質問票(chronic respiratory disease questionnaire;以下,CRQ)Dyspneaの改善を報告している.本研究においても,HOT導入後のSGRQ Symptomおよび6MWTの終了時呼吸困難の有意な改善を認め,この報告を支持する結果となった.
日本語版SF-36における下位項目では,活力や疲労の程度を表すVTがMCSに強く関連していることが報告されており18),本研究においてもHOT導入後のVTの改善がMCSの改善に寄与したと考えられる.Eatonらは10),COPD患者におけるHOT導入は,CRQ Fatigueの改善を認めたと報告している.本研究においても,先行研究と同様にHOT導入によって疲労感等が軽減することで,疲労に関連したHRQOL項目であるVTを改善させ,精神的側面のQOLサマリースコアであるMCSの改善につながったと考える.酸素療法は総睡眠時間およびREM(rapid eye movement)睡眠時間の延長等,睡眠の質を改善し,その改善が疲労感の軽減に寄与することが報告されており25),今後は睡眠の質を含めて評価し,SF-36 VTとの関連性について検証していく必要がある.
日本語版SF-36 PCSに強い関連がある下位項目として,身体的理由による活動制限の程度を示す項目であるRPが挙げられている18).HOT使用中のCOPD患者はHOTを使用していないCOPD患者と比較して,酸素機器による物理的な身体活動制限により身体活動量が低いことが報告されている26).本研究においても酸素機器による身体制限がHOT導入後のRPを悪化させ,PCSの悪化傾向に繋がったと思われる.本邦のCOPD患者は諸外国と比較して高齢であり1),そのフレイルの割合は21.5%27)と海外の10.2%28)に対して高いため,酸素機器運搬等の物理的な問題がより強く身体活動に影響を与えたことが推測される.一方で,SGRQ ActivityはHOT導入前後で変化を認めなかったが,これはSGRQ Activityは呼吸器症状に起因する身体活動制限を反映する項目であるため,酸素機器による物理的な制限を反映しなかったと考えられる.
本研究の制限因子として,後方視の単施設観察研究であること,コントロール群を設けていないこと,サンプル数が十分ではないこと,評価を実施した者を対象としているため選択バイアスが生じている可能性が挙げられ,これらの制限を考慮したさらなる研究が必要であると考える.
本研究は,本邦ではじめてHOT導入前後のCOPD患者のHRQOL変化について,疾患特異的HRQOLおよび包括的HRQOLの両尺度を用いて調査した研究である.その結果,HOT導入後にはSGRQ Symptom,SF-36 MCSは改善を認めるが,SF-36 RPは悪化を認め,SF-36 PCSは悪化傾向にあることを示した.HOT導入は呼吸困難を軽減することによって疾患特異的HRQOLの改善に寄与する一方で,酸素運搬等の物理的な制限によって包括的HRQOLの悪化を招く可能性があることに留意が必要である.HOT導入時には,疾患特異的尺度だけでなく包括的尺度の両方を使用し,個々の患者におけるHOT導入のメリット・デメリットを適切に評価し,対応していくことが重要である.
本研究に協力いただきました対象者の皆様ならびに霧ヶ丘つだ病院スタッフの皆様に深謝します.
津田徹:講演料(日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社,アストラゼネカ),神津玲:講演料(日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社)