2024 Volume 33 Issue 1-3 Pages 118-120
高二酸化炭素血症を伴う慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者に対する在宅ハイフローセラピーが2022年4月より保険適用となり,徐々に広まりつつある.症例は73歳男性.基礎疾患にCOPD・塵肺症があり,CO2 ナルコーシスに伴う意識障害・体動困難のため短期間で再入院となった.既往に3回の気胸歴があること,また,本人の同意が得られなかったことから,非侵襲的陽圧換気(NPPV)の導入はできなかった.このため,在宅ハイフローセラピーを提案し,導入したところ,速やかに自覚症状は改善し,動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)は 75.9 mmHgから 58.2 mmHgと低下した.今回,我々は在宅ハイフローセラピーを導入し,CO2 ナルコーシスに伴う意識障害・体動困難,PaCO2 が著明に改善し,自宅退院に至った症例を経験したので報告する.
ハイフローセラピーは,通常の酸素療法とは異なり,鼻カニュラを介して加温加湿されたガスを直接鼻咽頭内に投与する呼吸管理法である.入院患者,特に急性期における呼吸不全の病態改善に有用な治療手段である.一方で,慢性期の呼吸管理に対してもハイフローセラピーは有用な治療手段であり,安定期の慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease; COPD)患者において動脈血二酸化炭素分圧(arterial carbon dioxide partial pressure; PaCO2)の低下,健康関連QOLの改善,COPD増悪回数の減少などの効果が示されている1,2).そして,2022年度の診療報酬改定により,在宅ハイフローセラピーが保険適用となり,その有効性に加えて快適性・利便性により,徐々に広まりつつある.我々は,CO2 ナルコーシスに伴う症状が著明に改善し,自宅退院に至ったCOPD症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
73歳,男性.身長;143.6 cm,体重;41.9 kg,BMI;20.3.
【主訴】意識障害・体動困難.
【現病歴】40歳時に塵肺症を指摘されていた.65歳時の肺機能検査で,1秒率(forced expiratory volume % in one second; FEV1/FVC)が61%,%肺活量(% vital capacity; %VC)が92%と閉塞性換気障害を認め,喫煙歴や画像所見とも合わせCOPDと診断された.長時間作用性抗コリン薬/長時間作用性β2 刺激薬による治療を開始されたが,緩徐に呼吸状態の悪化があり,71歳時に在宅酸素療法が導入された.また,塵肺症の悪化や左気胸術後の影響もあり,X-1年8月の肺機能検査では,FEV1/FVCが66%,%VCが31%と拘束性換気障害が優位な状況であった.
X-1年12月中旬,意識障害・体動困難が出現し,緊急入院となった.CO2 ナルコーシスの診断に至り,酸素流量を調整後に症状は軽快し,自宅退院となった.しかし,X年1月中旬に再度意識障害・体動困難が出現し,再入院となった.
【喫煙歴】20本/日×47年間:18歳~65歳.
【既往歴/手術歴】30歳:結核,60歳:右気胸,65歳:右気胸,69歳:左気胸(手術).
【職業歴】築炉業.
【入院時現症】Glasgow coma scale(GCS) E4V4M5,心音は正常,呼吸音は両肺でfine cracklesを聴取した.腹部,四肢,皮膚には異常は認めなかった.
【血液検査(表1)】CRPの上昇を認めるも,前回入院時と比べて大きな変化は認めなかった.
<Blood cell counts> | <Blood chemistry> | |||||
WBC | 7,500 | /μL | TP | 7.2 | g/dL | |
Neut | 74.8 | % | Alb | 3.3 | g/dL | |
Lymp | 18.9 | % | AST | 19 | IU/L | |
Eos | 0.4 | % | ALT | 7 | IU/L | |
Baso | 5.5 | % | LDH | 189 | IU/L | |
Mono | 0.4 | % | BUN | 16 | mg/dL | |
RBC | 453×104 | /μL | Cre | 0.55 | mg/dL | |
Hb | 13.5 | g/dL | Na | 131 | mEq/L | |
Ht | 42.2 | % | K | 5.3 | mEq/L | |
Plt | 26.3×104 | /μL | Cl | 87 | mEq/L | |
<Serology> | ||||||
CRP | 2.34 | mg/dL |
WBC, white blood cell; Neut, neutrophil; Lymp, lymphocyte; Eos, eosinophil; Baso, basophil; Mono, monocyte; RBC, red blood cell; Hb, hemoglobin; Ht, hematocrit; Plt, platelet; TP, total protein; Alb, albumin; AST, aspartate aminotransferase; ALT, alanine aminotransferase; LDH, lactate dehydrogenase; BUN, blood urea nitrogen; Cre, creatinine; CRP, C-reactive protein
【胸部X線写真(図1)】両肺に不整形陰影,肺の過膨張所見を認める.横隔膜上には石灰化所見を認める.なお,前回入院時と比べて新規肺病変は認めなかった.
【動脈血ガス分析:酸素 2 L/min 投与下(表2)】pH 7.33,PaCO2 75.9 mmHg,PaO2 71 mmHg.
NC: nasal cannula, HFNC: high flow nasal cannula
入院8日目より在宅ハイフローセラピー(総流量:25 L/min,酸素:1 L/min,
再入院後,追加の薬物治療は行わず,酸素流量を調整するも自覚症状,PaCO2 の改善に乏しく経過した.3回の気胸歴があること,また,本人の同意が得られなかったことから,非侵襲的陽圧換気(non-invasive positive pressure ventilation; NPPV)の導入はできなかった.ハイフローセラピーを提案し,入院3日目より導入したが,治療効果は認めなかった.在宅復帰および低い吸入酸素濃度での治療効果を期待し,入院7日目から在宅ハイフローセラピーを導入したところ,速やかに自覚症状は改善し,入院8日目の動脈血ガス分析では,PaCO2 58.2 mmHg と低下を認めた(表2).使用時間は,基本的に24時間で,労作時は nasal cannula(NC)1 L/min 投与下で対応した.在宅ハイフローセラピー導入後は症状の再燃,PaCO2 の再上昇なく経過し,自宅退院に至った.自宅退院後も使用時間は入院時と同様で,半年間経過しているが,再入院なく外来加療を継続している.
進行したCOPDは,しばしば高二酸化炭素血症や低酸素血症を伴うことがある.特に,II型呼吸不全は死亡率や増悪の再発率が上昇し,予後および症状は更に悪化する3).また,本症例のように,高二酸化炭素血症を伴う進行したCOPD患者の場合は,CO2 ナルコーシスのリスクを強く意識する必要がある.酸素療法の一つとして使用されるハイフローセラピーは,II型呼吸不全を呈する増悪患者において,NPPV忍容性がない場合の選択肢となる4).
ハイフローセラピーの生理学的機序として,高流量のガスを直接鼻咽頭に送り込むことにより,鼻咽頭の死腔を減らし肺胞換気量を増やす効果,呼気終末に軽度ながら陽圧換気をもたらす効果,安定した酸素吸入濃度(fraction of inspiratory oxygen;
本症例は,在宅復帰を見越して,在宅ハイフローセラピーを導入したところ,速やかに自覚症状は改善し,PaCO2 は75.9 mmHg から58.2 mmHg と著明に低下した.今回,在宅ハイフローセラピーの設定は,総流量:25 L/min,酸素:1 L/min,
現在,自宅退院後半年間経過しているが,再入院は認めておらず,外来でもCO2 ナルコーシスの再燃,COPD増悪なく経過している.永田らの報告では,高二酸化炭素血症を伴う安定期COPD患者においてCOPD増悪回数を減少させ,無増悪期間を延長させたとの報告2),健康関連QOLと高二酸化炭素血症を改善したとの報告されていることから1)同様の効果がみられたと考える.
ハイフローセラピーは慢性気道疾患患者の肺機能,QOLの有意な改善をもたらすとの報告がある6).本症例は,COPD症例ではあるが,塵肺症もある拘束性換気障害優位の患者である.COPD患者のみならず,CO2 ナルコーシスに伴う意識障害を繰り返す慢性呼吸器疾患患者,特に低い吸入酸素濃度でも容易にCO2 上昇をきたす病態においては,在宅ハイフローセラピーも選択肢の一つになるのではないかと考える.
在宅ハイフローセラピーにてCO2 ナルコーシスに伴う症状の改善を認め,半年間以上外来通院している症例を経験した.今後は,更なる症例の蓄積が必要と考える.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.