The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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Symposium
Self-management support manual for patients with respiratory disease
~Disaster preparedness and self-management~
Natsumi Kagabu
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2024 Volume 33 Issue 1-3 Pages 38-44

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要旨

我が国は地理的,地形的,気象的状況から,自然災害が多発する地域である.2011年の東日本大震災の教訓を踏まえて,災害対策基本法において,慢性呼吸器疾患患者は“要配慮者”となった.在宅酸素療法患者のみならず,慢性呼吸器疾患患者は,被災による劣悪な環境や,安定期治療の中断などにより,原疾患の増悪が起こりやすい.災害時には医療者などの支援が,迅速かつ十分に患者へ届けられない場合も想定されるため,患者が自らの身を守るための行動がとれるように,セルフマネジメント教育を行う必要がある.災害時における患者の備えや,適切なセルフマネジメント行動は,災害の種類・程度,発生地域の特性などにより異なる.それぞれの疾患の特徴や,増悪のリスクファクターを理解して,それらを排除するためのセルフマネジメント教育を行うことが,災害時における適切なセルフマネジメント行動の実践につながる.

緒言

呼吸器疾患患者に対する,災害対策・対応としては,阪神・淡路大震災を教訓に,在宅酸素療法や在宅人工呼吸療法を実施している患者に対し,酸素供給業者が患者と連絡を取り対応するという防災マニュアルが確立された.このマニュアルは,その後発生した内陸地震の際にはよく機能したが,東日本大震災では十分に機能しなかった1.また,津波被害や避難所環境に関連した,呼吸器感染症や慢性呼吸器疾患の増悪など,様々な対策・対応課題も見えた.

災害対策は,災害の種類・程度,発生地域の特性などにより異なる2.その為,検証が難しく,一概には言えないのが現状である.しかし,被災した地域の実情と患者からの要望などに関する情報を把握することは,自施設,地域の災害対策を展開する上で重要である.過去の災害から学んだ問題点に立脚した,具体的対応を,地域や医療資源に応じたアクションプランとして作成する必要がある.

本稿では,酸素供給ができない災害を想定した教育や,自治体や周辺医療機関と連携したHOTセンター設置について解説する.また,避難所における感染予防・増悪予防を中心に,具体的なアクションプランを示し,災害対策に必要なセルフマネジメント教育について考えていきたい.

災害対策の変化

1995年に発生した阪神淡路大震災では,災害による停電から酸素濃縮機の停止が問題となった3.この震災をきっかけに,酸素供給業者と患者の間で災害時対応が整備された4.平時には,酸素供給業者が患者の連絡先を把握し,情報を整理した.そして,災害発生時には,在宅酸素療法患者(home oxygen therapy: HOT)に対して酸素供給業者が患者個人に連絡を取り,患者の居住場所に酸素ボンベを供給するという防災マニュアルが確立された.このマニュアルは,その後の中越地震,中越沖地震,宮城内陸地震などの際にはよく機能したが,東日本大震災では,広域で甚大な被害,通信の断絶,交通の分断により,特に沿岸部ではマニュアルに沿ったHOT患者への対応は困難であった1

それまで,災害時の一連の行動を取る為に支援を要する人々として,高齢者,障害者(内部障害を含む),外国人,乳幼児,妊婦などを「災害時要援護者」と定義していた.しかし,東日本大震災の教訓を踏まえて,2013年6月の災害対策基本法の一部改正により,“要配慮者”を「災害時において,高齢者,障害者,乳幼児,そのほかに特に配慮を要する者」(災害対策基本法第8条第2項第15号)と定義された.この,“特に配慮を要する者”の中に,在宅酸素療法や在宅人工呼吸療法中の患者など,慢性疾患患者が含まれており,その対策・対応が求められている5

HOT患者に対する災害対策

1) 東日本大震災のHOT患者対応

東日本大地震では,HOT患者が自主的に到達できる医療機関や市役所に避難するという現象が起こった.当時,石巻医療圏には約250人のHOT患者がいたが,その1/3に当たる88人が石巻赤十字病院に来院した(図1).来院するHOT患者に対応するため,院内の病室は勿論,外来エリアなどにHOT患者の臨時病床を作り,外来扱いでHOT患者を収容した.震災翌日に衛星電話でHOT業者の帝人(株)と連絡が取れ,酸素濃縮器を借用する段取りを行い,発災後5日目に当時のリハビリテーション室にHOTセンターを開設した.HOTセンターでは,毎日,呼吸器内科医とHOT担当看護師が回診し,必要な薬の処方,呼吸不全の増悪の有無をチェックした.それでも,わずか2週間で約2割のHOT患者が呼吸不全増悪で入院した(図2).また,来院したHOT患者の約半数は,石巻赤十字病院以外の医療機関かかりつけの患者で,情報収集や整理が煩雑化した.

図1 東日本大震災時に石巻赤十字病院に来院したHOT患者

図2 地震発生15日目(3/25)時点での来院患者の転帰

2) 北海道胆振東部地震による全道大規模停電の状況

平成30年9月6日午前3時8分に地震が発生し,ほどなく3時25分には北海道全域において295万戸が停電に陥った.大規模停電時の医療現場の実態を検証した結果,停電復旧までに24時間以上を要した医療機関が40%に達した.非常用電源を備えている病院の割合は98%,診療所・クリニックでは12%であった.しかし非常用電源を設置していても44%の医療機関では,非常用電源についての知識やメンテナンスが不十分であった.そのために患者受け入れを制限せざるを得ない状況もみられた.地震や停電による影響のために呼吸器疾患患者を受け入れたの施設は11施設,90名(数日間)であり,NPPVや人工呼吸管理中や在宅酸素療法中の患者が主な理由であった.また75%の医療機関では通院中以外の患者を受け入れたが,停電復旧までの時間が不明であったため自院患者の対応を優先せざるえず,受け入れを断る例もあった6,7

同震災における,札幌市による呼吸機能障がい者を対象とした,災害時の電源確保に関するアンケート調査では,回答者のうち常時電源が必要な医療機器(酸素濃縮器や人工呼吸器)を使用していた人は519人(76.2%)であった.発電機や蓄電池などの電源確保を準備していた人は64人(9.4%)であった.停電時には高層マンションでエレベーターが動かないため避難できない,酸素濃縮器が持ち運びできない,避難所に電源がないためなどの理由で488人(71.7%)が自宅で過ごしていた6,8

3) 具体的対応とアクションプラン

① HOT患者の災害への備え

HOTや在宅人工呼吸療法の患者の約半数が,何らかの災害を経験しており,その多くが,緊急時の対応ついて説明されていないと返答している.また,東日本大震災では,操作方法がわからずに,携帯用酸素ボンベに切り替えができなかった症例があった.発災時に,HOT患者が自助を発揮できるように,平時からの教育が重要となる.酸素機器の取り扱い,酸素の確保,避難行動,災害発生時の行動について,患者と家族(同居者)や介護者などの身近な人にも教育する.これらの平時からの備えや,災害時の対応について表1に示す.患者または介護者に災害時のアクションプランを書面にて明示することで,災害時におけるセルフマネジメント能力の向上が期待できる.

表1 HOT患者に対するアクションプラン

在宅酸素療法を行っている患者に対するアクションプラン
平時の準備■ 酸素ボンベは,落下や破損しない安全な場所に保管しましょう.
■ 酸素ボンベ1本で何時間もつかを確認し,8時間以上の酸素ボンベを自宅に保管しておきましょう.(   )本
■ 停電に備えて,枕元や酸素濃縮器のそばに懐中電灯を常備しておきましょう.
■ 緊急事態に備えて,酸素濃縮器や酸素ボンベの使用方法を,家族や身近な人とも確認しておきましょう.
■ 呼吸同調器を使用中の方は,予備の乾電池を準備しておきましょう.
災害時の対応■ 停電の場合は,酸素濃縮器から携帯用酸素ボンベに切り替えます.液体酸素を使用中の方は,親器・子器のどちらを使用しても問題ありません.
■ 慌てずに呼吸法で呼吸を整えて,下記の指示に従って酸素消費量を節約します.
■ 電源の確保が難しい場合や,酸素業者との連絡が取れない場合は,近隣で電源を確保できる場所や病院へ避難しましょう.
災害時の酸素流量
安静にしているとき (   )L/分に減量します
からだを動かすとき (   )L/分に減量します
眠っているとき   (   )L/分に減量します
酸素業者との連絡■ 可能であれば電話連絡し,現状報告や避難先を伝え,ボンベの手配などを依頼しましょう.
■ 連絡できずに避難する場合は,自宅の外壁や郵便ポストに酸素業者に宛てた,避難先や連絡先を明記した張り紙を残しましょう.
災害後の対応■ 電源の確保ができ,酸素ボンベも確保できれば,平時の酸素流量に戻してください.
■ 災害前と同じように,散歩や体操などで,からだを動かす時間を作りましょう.

② HOT患者に対応できる避難所(HOTセンター)について

災害による停電や在宅酸素機器の損失などにより,HOT患者は酸素吸入を継続することが困難になる.東日本大震災では,多くのHOT患者が,自主的に到達できる医療機関や市役所に避難するという現象が起こった.この現象に対して,被災地基幹病院では在宅酸素療法患者避難所(HOTセンター)を開設し対応したが,患者情報の管理や,酸素業者との連携など,様々な課題が見えた9

HOTセンターの運営については,いくつかの地域で対策が立てられている.HOT患者の個人情報の管理や,福祉避難所などを活用したHOTセンターの開設などの観点から,行政が主導になり検討されることが望ましいと考える.災害時にHOTセンターを開設し,HOT患者をスムーズに受け入れ,適切に管理できるように,平時から医療機関・行政・酸素供給業者が連携し,HOT患者を支援していくシステムの構築が必要である(図3).

図3 石巻医療圏大規模災害時 在宅酸素療法患者支援システム

(1)医療機関の役割

平時には,HOT患者の教育を行う.特に,災害時の酸素流量は,必ず医師が設定し,酸素量消費量が最小限になるよう指示する.また,災害時にHOT患者が来院することを想定して,対応方法を検討しておくことは重要である.災害時にHOTセンターを開設した場合には,酸素機器や電源・燃料などの,確保方法についても検討しておく必要がある.

(2)行政に対するアプローチと期待する役割

HOT患者の災害対策が進んでいる地域では,希望するHOT患者を予め行政に登録するシステムを構築している.行政主導で,情報の管理方法や,災害時にどのように情報共有すべきかについて,医療機関や在宅酸素業者と平時から検討する必要がある.また,地域にHOT患者が避難する,HOTセンターを予め決めておく(医療機関,公共施設,介護・リハビリ施設など)必要がある.

(3)HOT業者に期待する役割

災害時に備え,特に携帯用酸素ボンベの操作について,反復指導が必要である.また,災害時には2次避難を促進する為に,平時の契約とは異なる患者に対して,在宅酸素機器を貸し出すことなどを想定し,柔軟に対する.貸し出しに関する情報(患者名・連絡先・避難先・貸出機器の種類と数など)を把握しておくシステムを予め決めておくと,その後の機器回収などに有効である.

慢性呼吸器疾患患者の災害時の備え

1) 東日本大震災後の呼吸器内科入院患者の増加

① 肺炎

石巻赤十字病院の,震災後60日間の呼吸器内科入院患者は316人であり,前年同時期の緊急入院患者数の3倍に増えた.前年と比べ,震災後に入院治療を要する患者が増えた疾患は,肺炎,COPD増悪,気管支喘息発作であった(図410.震災後60日間を10日ずつの6旬に分けると,呼吸器内科入院患者は,肺炎が2旬目,COPD増悪,喘息発作が3旬目にピークを認めた.震災後2旬目までは,もともと日常生活活動性(activities of daily living: ADL)の低下していた被災者が肺炎を発症し,入院するパターンが多かった.ところが,震災3旬目になると,震災前はADLが自立していた被災者が寝たきり,または準寝たきりの状態までADLを低下させ,肺炎を発症して入院するパターンが大部分を占めた.震災4旬目以降も,このパターンが続いた(図510.発災後10日後の喀痰培養では,前年と同時期と比べるとモラクセラ菌,肺炎球菌,肺炎桿菌が増え,MRSAや緑膿菌が減った.石巻市内の避難所の多くが,甚大な津波被害を受けたが,被災後も避難所として使用された.元気だった高齢者が,狭く不衛生な避難所で,日中も寝てばかりいるようになり,ADLが低下した.水の供給が不十分なときには,口腔ケアも行われなかった.このような,避難所の劣悪な環境が,肺炎の多発に影響したと考えられる11,12

図4 疾患別緊急入院患者数(震災後60日間)の比較

図5 呼吸器疾患による緊急入院と震災前後のADLの関係

② 慢性閉塞性肺疾患(COPD)

震災後6ヶ月間の増悪入院患者数は68名で,これは例年の同時期と比べて優位に多く,震災6週間後までは,例年の約3倍に増加した.安定期治療の中断,衛生環境の悪化,粉塵暴露が,その原因と考えられる.また,震災6週間後までとそれ以降の増悪入院患者を比較すると,年齢・肺機能,治療内容には差がなかったが,震災前後のADLに違いがあった.避難所生活で身体活動性が低下し,急激なADLの低下を招き,病状悪化に影響したことが示唆される(図613

図6 COPD入院患者の震災前後のADL

2) 慢性呼吸器疾患患者の災害時の備え

前述したように,慢性疾患患者は,被災による劣悪な環境や,安定期治療の中断などにより,元疾患の増悪が起こりやすい.特に,慢性呼吸器疾患においては,身体活動性の維持,安定期治療の継続,避難所などの感染対策が,東日本大震災から得られたポイントである.これらのセルフマネジメント行動が,災害時に発揮できるように,平時からのセルフマネジメント教育が重要である14,15,16,17.自分自身の疾患の重症度,使用中の薬剤,在宅酸素療法の必要性などについて理解を促す.そして,緊急時にとるべき行動について,最低限の準備や,具体的なアクションプランを作成し,災害に備えることが,セルフマネジメント教育の目的となる.アクションプランの一例を表2に示す.アクションプランは,過去の災害から得られた教訓や,地域の特性,発生しやすい自然災害などに合わせて,患者とともに作成する.

表2 全ての呼吸器疾患患者に対するアクションプラン

全ての呼吸器疾患患者に対するアクションプラン
運動■ 災害時の避難生活などを見据えて,平時から身体を動かし,足腰の筋力を強化しましょう.
■ 災害直後などは避難所生活などで,身体を動かす機会が減ります.活動量の低下は,肺塞栓症や肺炎,COPD増悪を起こす原因になりますので,体操やストレッチ,可能であれば散歩を行うようにしましょう.
呼吸トレーニング■ 口すぼめ呼吸は,息苦しさの緩和などによる精神的な安定にも繋がります.災害時に実施できるように,平時からトレーニングしておきましょう.
薬剤■ 災害時には,病院や薬局の機能停止から処方が受けられなくなることが予測されます.避難用品として2~4週間分の,吸入薬などの薬を準備しておきましょう.
■ 避難先の医療機関や薬局で処方が受けられるように,お薬手帳を常に携帯するようにしましょう.
感染予防■ 災害時には,劣悪な環境で過ごすことを余儀なくされ,感染症などに罹る恐れがあります.マスク装着・うがい・歯磨き,手洗いなどを行い,感染予防に努めましょう.

おわりに

自然災害が多発する我が国では,年々,災害対策への関心が高くなっている.様々な震災を経験する度に,やはり平時の備えが重要であることが再認識されている.様々な災害を想定して,平時から良好なセルフマネジメントを実践し,災害時に対応できるようなトレーニングを行うことが,患者は勿論,医療者にも求められる.また,大規模災害時には個々の医療機関の自助努力だけでは限界があることもわかっている.行政を含めた,呼吸器疾患患者の支援システムの構築が求められている.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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