2025 Volume 34 Issue 1 Pages 76-81
令和4年度の診療報酬改定で,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)に対する在宅高流量鼻カニュラ酸素療法(high flow nasal cannula oxygen therapy: HFNCOT)が保険承認された.しかし,在宅HFNCOT導入時の実践方法や課題については不明な部分が多く,更には重度拡散障害を呈した終末期患者への導入事例はまだあまり知られていない.今回我々は,COPDに合併した終末期特発性肺線維症症例に対する在宅HFNCOTを用いた退院支援を経験した.理学療法では,在宅HFNCOT機器を用いた歩行練習や日常生活活動指導,患者教育,環境調整などを多職種と連携して実施し,円滑に退院準備を進められたが,惜しくも退院予定日に呼吸状態が悪化し,翌日に永眠された.本症例より,在宅HFNCOT導入を含む退院支援には,理学療法士が積極的に関わっていく必要があると考えられた.
本邦では,近年の安定期慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)患者に対するランダム化比較試験を足掛かりに1,2),COPD患者において在宅高流量鼻カニュラ酸素療法(high flow nasal cannula oxygen therapy: HFNCOT)が保険収載された.一方で,特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis: IPF)患者においても運動時にHFNCOTを用いる事で運動持続時間が延長するといった報告が散見され3,4),リハビリテーション場面での応用が期待されるが,在宅での使用については十分検討されていない.更に,終末期間質性肺炎や重症COPDなど安定期以外の患者における在宅HFNCOT導入に関する報告は見られるが5,6),在宅HFNCOT導入における理学療法士の役割についてはあまり知られていない.今回,COPDに合併したIPF症例に対して,労作時低酸素血症の軽減や快適性を考慮して在宅HFNCOTの導入を行った.理学療法士が実践した労作時酸素需要評価や環境調整,患者教育,災害時対策などの退院支援について報告する.
なお,倫理的配慮として,生前に本症例に対し報告の目的と趣旨および個人情報の取扱いについて説明し同意を得た.
基本情報:50代男性.身長157.0 cm,体重43.0 kg,body mass index 17.4 kg/m2,喫煙30 pack-year.妻と同居し,日常生活活動(activities of daily living: ADL)は自宅内の身辺動作自立,家事動作等は妻が実施.在宅酸素療法は長距離歩行時の労作時低酸素血症が出現し始めたX-2年より使用開始となった.同時期に行われた肺移植適応評価入院時の6分間歩行試験での最低経皮的動脈血酸素飽和度(saturation of percutaneous oxygen: SpO2)は74%と労作時低酸素血症が目立っていた.その後,酸素需要の経時的増加があり,入院直前は6.0 L/minリザーバー式酸素供給カニュラ(Oxymizer: OM)を使用し,屋内の短距離歩行でSpO2 が93%前後まで低下する状況であった.
診断名:IPF急性増悪
既往歴・併存疾患:COPD,肺高血圧症,糖尿病
現病歴:X-4年以前,検診時に肺過膨張・気腫性変化が顕著でありCOPDを指摘されていた.X-4年にIPFと診断され,当院呼吸器内科で加療開始となった.X-1年2月に脳死肺移植登録を完了し,同時期の呼吸機能検査では,努力性肺活量(forced vital capacity: FVC)1.16 L(34.0%), DLco 1.37 ml/min/mmHg(9.2%)と,拘束性障害と重度拡散障害を認めていた.また,画像所見においても経時的に病変範囲の拡大を認めていた(図1).今回,X年1月にIPF急性増悪のため入院となった(第1病日).臨床経過を図2に示す.入院後,ステロイドパルス療法の効果が得られ,酸素流量は一時OM 6~7 L/minまで減量,理学療法においても段階的に運動負荷を上げ連続歩行約 20 m程度まで実施できていた.しかし,第30病日前後で呼吸状態の再増悪を認めて以降は,労作時低酸素血症の改善に乏しく,HFNCOT(Flow 40 L/min,酸素吸入濃度[fraction of inspiratory oxygen: FIO2] 60%)からの離脱が困難且つ,連続歩行距離も 5-10 m程度となっていた.そのような中で第58病日に脳死肺移植ドナーが出現したが,患者本人より「自分の状態が辛く,これ以上の治療は頑張れない」との意思表示があり,肺移植は断念し自宅退院を目指す方針となった.その際の患者の希望は,「自宅に帰りたい」「排便時はトイレに歩きたい」「お寿司を食べたい」であった.
HFNCOT 50 L 75%は,HFNCOT(Flow 50 L/min, FIO2 75%)を表している.HFNCOT 50 L 60~80%,HFNCOT 40 L 60%も同様である.
ADL, activities of daily living; m PSL, methylprednisolone; PSL, prednisolone; HFNCOT, high flow nasal cannula oxygen therapy; OM, oxymizer
まず初めに,酸素デバイスはOMとリザーバーマスク(Reservoir mask: RM)の併用を試みたが,OMのみではトイレ歩行やトイレ動作時の酸素化を保つ事が困難であった. また,RMは装着による圧迫感や食事時のデバイス変更の煩わしさの訴えが聞かれ,装着に対する忍容性が低かったため,安全性と患者本人の快適性を優先して在宅HFNCOTのみに統一した.なお,HFNCOTの使用により酸素化が保たれていたため,非侵襲的陽圧換気は選択肢に挙がらなかった.在宅HFNCOT導入にあたり,その算定は既往歴のCOPDで実施した.使用機器は,在宅用HFNCOT(Inspired FLO Home,カフベンテック株式会社)と 10 L/min酸素濃縮器(エア・ウォーター株式会社)を用いた.機器の設定上Flow 40 L/minではFIO2 は40%が限度であったため,Flowを 18 L/minへ下げることでFIO2 62%を確保した.その上で,理学療法士は,在宅HFNCOT使用下でも安全・安楽にADLが行えるよう,主に以下の①~⑦のことを実施した.
①環境調整:自宅でのトイレ歩行獲得を目的に,在宅HFNCOT本体へ接続する電源コードと酸素チューブの延長,タイヤ付き台車の確保,結束バンドでの配線管理,段差解消を行った.また,起居動作や排尿時の負担を軽減するために介護ベッドや安楽尿器の導入,トイレ歩行困難時に備えてポータブルトイレを準備した.
②運動療法(図3):自宅ベッド・トイレ間の移動距離は約 10 mであったため,10 m歩行練習と低負荷筋力トレーニングを週6日実施した.SpO2 は安静時98%→歩行時88%前後へと低下,呼吸困難は修正Borgスケールで2→7へ上昇,呼吸数は30~40回/分前後に上昇を認めた.
左図:歩行練習の様子.コードは結束バンドでまとめた.
右図:台車の上段にタイマーを,下段にリザーバーマスクと酸素ボンベを設置した.
③患者教育:ADL中の過剰な労作時低酸素血症や低酸素に伴う心負荷の軽減を目的とし,十分にSpO2 が回復してから次の動作が行えるよう,タイマーを用いての2~3分の休憩の徹底と連続動作の回避,SpO2 のモニタリング方法について指導を行った.その結果,SpO2 は80%台後半を下回る事なくADLが行えるようになった(医師より短時間のSpO2 80%台後半までの低下は許容の指示).
④ADL指導:呼吸困難を軽減し安楽に食事・整容動作を実施できるように,呼吸補助筋の活動に着目し,ベッド上での肘つき姿勢で実施するように指導した.前屈み姿勢は呼吸困難を誘発するため,ベッドと背中の間にクッションを入れ,オーバーテーブルの高さを調節することで安楽を確保できるように調整した.特に食事時は,一時的な息止めによる呼吸困難を生じやすいため,上肢筋の活動を最小限にし,机上で休憩を挟みながら食事ペースを維持する目的で実施した.排尿管理は,日中・夜間を含めトイレ歩行の回数および低酸素のリスクを減らす目的で安楽尿器を導入し,排便管理は,③同様に休憩及び連続動作の回避を徹底した上でトイレでの排便を実施した.
⑤災害時対策:ベッド周囲だけでなくトイレ移動時における計画外停電や機器の故障に備え,RMと酸素ボンベをベッド周囲と台車の両方に設置し,実際にRM装着練習も行った.また,災害時を想定し 10 L/min RMにて1時間弱にわたりSpO2 低下が生じないことを確認した.その上で,10 L/min RMを使用した場合,酸素ボンベ1本につき約50分持続する事が可能であり,災害時の救急車到着までの安全を担保するために,予備も含め計3本の酸素ボンベを準備した.更に,HFNCOTのポータブルバッテリーを訪問診療より準備頂く予定とした.災害時は,緊急連絡先を訪問診療または訪問看護とし,上記2つの対策を遂行しながら救急車の到着を待ち,当院へ搬送する手順とした.
⑥家族指導:在宅療養において家族の支援は不可欠であるため第67病日から①~⑤について妻に共有を図った.特に,機器の管理だけでなく,本人のADL場面を繰り返しみてもらうことで,本人・妻の不安緩和に努めた.また,家族指導を通じて,院内または在宅スタッフと直接顔の見える関係を作る中で,本人・妻からの不安の表出は見られず前向きに取り組まれていた.
⑦自宅訪問:退院予定日に在宅スタッフと共に自宅へ訪問し環境調整や実際に動作評価を行う予定とした.
その他,医師には運動療法の中止基準や活動範囲の設定の確認,看護師には退院時搬送方法の検討や加温加湿精製水に関する家族指導,社会福祉士には福祉用具や医療・介護サービスの調整を行ってもらい,退院支援カンファレンスなどを通じて在宅スタッフと情報共有を行った(図4).なお,加温加湿精製水は,退院時に 1 Lタイプのものを10本準備し,無くなり次第訪問診療から同様の処方を頂く予定であった.
これらの取り組みにより,退院支援を15 日間という短い期間で完了することができた.また,運動療法やADL指導を継続した結果,再びトイレ歩行を自立して行える身体機能・動作能力が獲得され,死亡退院前日まで患者本人が望んでいたトイレ歩行や食事を行うことが可能であった.しかし,惜しくも退院予定日に再度の急性増悪を生じ,翌日(第80病日)逝去され,自宅退院を成し得ることはできなかった.なお,死亡退院前日の血液ガス分析ではpH 7.50,動脈血二酸化炭素分圧 45 Torr,動脈血酸素分圧 70 Torr,重炭酸イオン 35.1 mEq/Lと,院内HFNCOTから在宅HFNCOTへの切り替えによる高炭酸ガス血症を認めなかった.
HFNCOTには,高濃度FIO2 の供給や解剖学的死腔のwashout効果,呼気終末陽圧(positive end-expiratory pressure: PEEP)効果といった幾つかの生理学的効果があり7),IPF患者においても呼吸仕事量の軽減や生活の質の維持に有効である事が示されている8).しかし,在宅HFNCOT導入時には,高濃度FIO2 の設定や計画外停電時の対応を始めとする幾つかの課題が存在する5,9).加えて,本症例では,安全かつ安楽なADLが獲得できるよう,環境調整や患者教育,ADL指導など,理学療法士の果たす役割が多く存在した.
本症例では在宅HFNCOT(Flow 18 L/min, FIO2 62%)の設定で,有害事象を認めず退院支援を完了する事ができた.既報告では,Flow 30 L/min以下ではほぼPEEP効果は認めないが10),washout効果は10~20 L/minの低流量からでも生じる事が報告されている11).本症例は重度の拡散障害を主病態としており,HFNCOT使用による高いFIO2 の供給とwashout効果が労作時低酸素の是正に寄与した.また,HFNCOTはRMよりも顔面への圧迫感がなく,食事や会話も阻害せず,場面ごとの付け外しも不要のため,本症例の安楽にも繋がるデバイス選択であったと考える.
在宅HFNCOT導入時の理学療法士の役割として,まず在宅の環境調整が挙げられる.本症例では,介護ベッドや段差解消などの調整だけではなく,在宅HFNCOT機器での歩行に用いる配線延長やタイヤ付き台車などを在宅医療機器業者に依頼し準備を行った.実際には叶わなかったが,退院日の自宅訪問では,実際の環境で安全にADL動作が可能かどうかを確認する予定としていた.院内と自宅環境は異なるため,環境調整や動作の評価に精通している理学療法士が,自宅環境と動作確認を行う事は,その後の安全な自宅生活を送るために重要であると考える.
次に,労作時低酸素を回避するため,ADL場面中の酸素需要評価が必要となる.実際に理学療法士が在宅HFNCOT使用下に歩行やトイレ動作等を評価し,医師と情報共有することで円滑にFlowとFIO2 の調整が行えた.加えて,患者教育にパルスオキシメーターとタイマーを用いる事で,動作後のSpO2 回復に要する時間を認識してもらえた.看護師も交えて指導を繰り返すことで,安全なトイレ歩行の早期獲得に繋がったものと考える.
最後に,在宅HFNCOTを導入する上で重要な課題の1つは計画外停電時の対応である.本症例では,RMと酸素ボンベを手の届くベッド周囲と台車の2か所に設置した.これは,ベッド周囲だけでなくトイレ移動時の停電等にも備えるためである.ADL中の災害も想定して練習や環境調整を行えることは,理学療法士が関わる意義の一つと考える.
その他,退院支援において多職種連携は重要事項である.本症例を経験した段階では当院に急性増悪患者に対する体系的な取り組みがまだなかったが,多職種が実際のリハビリ場面や病棟生活の様子を直接見て評価し,各職種の視点からの意見やアプローチ,退院に必要な準備をベッドサイドもしくは病棟カンファレンスで日々共有する事で連携を進めた. IPF患者の多くは自宅で最期の日を過ごす事を望んでいるが12),院内での死亡退院例が大半を占めるとされる13).本症例においては,方針転換の当日には在宅HFNCOTを手配し,翌日には機器の変更や退院支援を開始するとともに,多職種連携による退院準備を迅速に開始し,短期間で退院支援を完了するに至った.自宅退院を成し得る事はできなかったが,病勢や患者・家族の希望を理解した上で,早期に多職種連携を図れた事は,今後の退院支援に役立つものと考える.本症例を経験後,我々は慢性呼吸器疾患看護認定看護師,医師,薬剤師,理学療法士などから構成される慢性呼吸不全増悪予防チームを立ち上げ,急性増悪予防のための患者教育に取り組んでいる.それにより,advance care planningの実践を含めたシームレスなケアの実現,患者の生活の質向上を目指したい.以上より,理学療法士が在宅HFNCOTを用いた退院支援で果たす役割は大きいものと考えられる.また,本症例のような重度拡散障害を呈するIPF患者でも在宅HFNCOTを活用することで,自宅退院を目指せる可能性がある事も示唆された.
本報告における限界は,単一症例への介入結果であるため,拡散障害を呈する終末期IPF患者に必ずしも在宅HFNCOTが有効であるかどうかを断定できない事である.また,IPFに対する在宅HFNCOTはまだ保険承認されていない.更に,急性増悪の原因として,換気努力により肺胞への過剰な圧負荷を招く自発呼吸誘発性肺障害(patient self-inflicted lung injury: P-SILI)の可能性を完全に否定できない事である.呼吸困難が緩和できるよう環境調整やADL指導などの可及的な対策を講じたが,P-SILIに注意し,呼吸回数や努力呼吸の有無,咳嗽の程度等の客観的評価が重要である.今後は,症例数を重ね,COPD以外の疾患においても在宅HFNCOTの効果・安全性に関するエビデンスの蓄積が望まれる.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.