2025 Volume 34 Issue 1 Pages 82-86
今回,特発性肺線維症をベースとした慢性呼吸不全のために在宅酸素療法と呼吸リハビリテーションが導入されている生活期にある症例に対して,生活行為向上マネジメント(management tool for daily life performance; MTDLP)を用いての作業療法を行った.本症例は地域生活にて身体機能・活動量・QOLが低下していた.そこでMTDLPを導入して本症例の希望する“観光列車への乗車”を目標に据えてプログラムを作成し,多職種でアプローチを行った.その結果,身体機能・活動量・QOLの改善を認め,観光列車に乗車することができた.そして,目標を達成してMTDLPによる介入を終了した後も更に改善効果を認めた.MTDLPを用いて呼吸リハビリテーションのアクションプランを計画することは,身体機能・活動量・QOLを効率的に,かつ持続的に向上する可能性が示唆された.
一般社団法人日本作業療法士協会は2008年より厚生労働省老人保健健康増進等事業に取り組んでいる.地域包括ケアシステムに貢献できる作業療法の形をわかりやすく示すとともに「作業している人は元気で健康である」という理念を具体的に国に提案する方策として生活行為向上マネジメント(management tool for daily life performance; MTDLP)を開発した1).MTDLPは作業療法士の包括的な思考過程をシートで「見える化」したものであり,対象者にとって意味のある,したい生活行為に行動計画の焦点が当たるようになっている.
今回,特発性肺線維症をベースとした慢性呼吸不全のために在宅酸素療法(home oxygen therapy; HOT)と呼吸リハビリテーションが導入されている生活期にある症例に対して“観光列車に乗車して食事をする”ことを目標にMTDLPを導入した.その結果,身体機能・活動量・QOLが改善し目標を達成することができた.そして目標を達成し,MTDLPによる介入を終了した後も更に改善効果を認めたため,以下に報告する.
症例:70歳代女性 診断名:特発性肺線維症.
現病歴:X-4年に発症.咳嗽や呼吸困難感からADL全般に介助を要していた.入院のうえ,HOTを導入して呼吸リハビリテーションを実施し,ADLが自立して自宅退院となった.退院後は外来でのフォローを継続した.しかしX-1年「運動しないといけないけど,辛くなることがある.」「HOTに支配されている」などという発言が聞かれた.QOLの低下が伺え,身体機能や活動量も低下を示していた.当時の所見を以下に示す.
肺機能:%肺活量:66.4 1秒率:93.8,酸素処方:安静時 0.5 L/分 労作時 2 L/分,膝伸展筋力(体重比):右 210 N(35%)/左 196 N(33%),握力:左右 10 kg,6分間歩行距離(six-minute walk distance; 6MWD):312 m,活動量(月平均):3,413歩,ADL はThe Nagasaki university respiratory ADL questionnaire; NRADLで64/100点,健康関連QOLはCOPD assessment test; CATで20/40点,修正MRC息切れスケールはGrade 2であった.
急性期より疾患に対するセルフマネジメント教育を行ってきたが,在宅生活にて身体機能・活動量・QOLが維持できなくなっていた.そこでMTDLPを導入することで,再びそれらを向上することができるのではないかと考えた.
【MTDLPを用いた介入】(表1)①希望する生活行為の聞き取り:本症例は「観光列車に乗ってみたい」という希望があった.できない理由を聞くと「HOTをしているし,足が弱っている気がするから.」との発言があった.この2点が目標を阻害する要因であった.
②生活行為アセスメント演習シート:国際生活機能分類に準じて分析,予後予測を行いつつ対象者と合意目標を形成する.本症例は観光列車に乗るだけの身体機能を獲得できると予測できた.当院のスタッフや医療機器業者から旅行中のHOTの支援を受けることができると考えられ,そのまま目標に設定した.
③生活行為向上プラン演習シート:支援プログラムを立案し,本人,支援者の役割をシートへ書き出す.支援プログラムは基本的・応用的・環境適応の3つのプログラムに分けられる.基本的プログラムとして,ホームプログラムを再指導し,筋力・持久力トレーニングを自宅で行なっていただき,作業療法士・訪問看護師・主治医でフィードバックした.応用的プログラムでは駅や電車内を想定した応用動作練習を作業療法士と実施.環境適応プログラムは医療機器業者と旅行の際の酸素ボンベの容量確認や取り扱いについて確認を行った.必要に応じて現地へのボンベの配達を依頼した.以上のプログラムを実施した.
【結果】X年よりMTDLPを開始.途中,肺炎の発症や身内の不幸などが続き実施期間は約1年となった.活動量はそれらのイベントによって増減を認めたが,それでも上昇を認めた.筋力や運動耐容能も同様に向上を認めた.業者との打ち合わせも終え,X+1年に実際に観光列車へ乗車することができた(図1).
介入から1年が経過した時点で目標が達成できた.介入前と目標達成時点の身体機能は大腿四頭筋筋力(体重比):右 210 N(35%)→360 N(64%)/左 196 N(33%)→346 N(61%),握力:左右 10 kg→15 kg,6MWDは 312 m→366 m,活動量(月平均)は3,413歩→4,766歩.と向上を認めた.健康関連QOLはCATで20→12点と改善を認めた.特に小項目“外出への自信”,“活力”の項目で改善が認められた.
目標を達成し,6ヶ月が経過した1年6ヶ月時点で再評価を行った(表2).前述した介入開始から1年の時点と比較すると,大腿四頭筋筋力(体重比):右 360 N(64%)→364 N(72%)/左 346 N(61%)→400 N(84%),握力:左右 15 kg→19 kg,活動量(月平均)は4,766歩→5,534歩と改善を認めた.6MWDは 366 m→351 mと維持できていた.健康関連QOLはCATで12点→11点と改善を認め「好きだったカラオケに行くようになった」「難聴なことを諦めていたけど,長生きできる気がして補聴器を作った.」との声も聞かれ,前向きに新たな目標に向けて努力している様子が窺われた.
本症例は急性期から生活期にかけて呼吸リハビリテーションを行い,自宅で生活が可能になっていた.しかし,地域生活において身体機能・活動量・QOLは再度低下を示していた.運動療法による運動耐容能の改善は必ずしも身体活動性の向上につながらないとされ,長期的に身体活動性を向上・維持する方法として,運動療法を実施しながら個別的な介入を行い2),活動性の向上を妨げるバリアの排除や患者と協働での目標設定が必要3)と日本呼吸ケア・リハビリテーション学会らは提唱している.身体機能やセルフケアの遂行能力の改善にのみ焦点を当てた介入では患者の地域生活でのQOL向上に限界があり,本症例の日常生活の余暇や生きがいの活動を考慮した介入が重要であったと考える.
櫻井らはMTDLPを活用する利点について①問題点を明確化し,徹底した環境設定のもと適切なプログラムを立てられる②症例や家族,他職種の役割を具体化できる③意味のある作業の選択により症例の積極的な訓練参加が可能になる.と述べている4).本症例においても希望する“観光列車への乗車”を目標に据え,それを制限する“筋力低下の自覚”,“HOTをしながらの遠出の不安”の2点に対して多職種でアプローチする筋道をたて,それをシートで可視化して本症例と共有した.そうすることで,本症例も医療によるサポートのもと,意欲的にリハビリテーションに取り組むことができたと考える.
こうした介入の結果,身体機能・活動量の向上を認め観光列車に乗車するという目標が達成できた.その後MTDLPを終了したが,目標を達成できた自信と生活範囲の拡大により身体機能・活動量・QOLのさらなる改善が認められたものと考える.呼吸リハビリテーションのアクションプランを計画するうえで,従来の理学療法・作業療法に加えてMTDLPを追加することが,より効率的にかつ持続可能なリハビリテーションの効果を生むとともに,セルフマネジメントの支援になる可能性があると考える.
本論文の要旨は,第33回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2023年12月,宮城)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.