2025 Volume 34 Issue 1 Pages 70-75
【背景】吸入療法は気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患治療において重要であるが,保険薬局において吸入指導を拒否する患者が存在する.
【目的】吸入薬の継続使用患者に対する医師提案による吸入指導の承諾割合,及び吸入手技を明らかにする.
【方法】医師から吸入指導依頼があった吸入薬継続使用患者を対象に,医師提案の吸入指導承諾割合,及びそれら患者の吸入手技を後方視的に調査した.
【結果】解析対象107名のうち,医師提案の吸入指導承諾患者104名(97.2%),拒否患者3名(2.8%)であった.医師提案の吸入指導承諾患者104名のうち,薬剤師提案の吸入指導承諾患者44名(42.3%),拒否患者33名(31.7%)で前者の吸入手技不良割合は4割であったが後者は7割を超えていた.
【結語】潜在的吸入手技不良患者が多数存在する中,吸入薬継続使用者に対して保険薬局で確実に吸入指導を行うには医師の吸入指導依頼が重要である.
気管支喘息(喘息)や慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)の治療において,吸入療法は重要な位置を占めている1,2).吸入薬の種類やデバイスの多様化に伴い,吸入指導は複雑なものとなっている.吸入薬は適切に使用できなければ十分な効果が期待できないが,適切に吸入できていない患者が少なくない3,4,5).
近年,吸入薬の対象者や院外処方箋の増加により,地域の保険薬局で吸入指導を行う機会が増加しており,薬局薬剤師が定期的に吸入指導を行うことは,患者の吸入手技の習得において重要である6,7,8).令和2年度の調剤報酬改定では,吸入薬指導加算が新設され,医師と連携した保険薬局におけるデモ器を用いた吸入指導の取り組みが評価された9).
一方,保険薬局におけるデモ器を用いた吸入指導10,11),及び医師からの吸入指導依頼は,主に吸入薬の初回導入時に行われており,継続使用患者に対して行われることは少ないと考えられる.我々の以前の研究12)では,吸入薬の継続使用患者の半数以上が薬局薬剤師によるデモ器を用いた吸入指導を拒否することを見出したが,それら患者の吸入手技は不明である,また,薬局薬剤師による吸入指導を拒否する患者が医師の吸入指導であれば承諾するのかについての研究は,我々の知る限り存在しない.
我々の保険薬局における医師の吸入指導依頼は,これまで,吸入薬の初回導入時もしくは変更時がほとんどであったため,吸入薬継続使用患者に対しても医師の吸入指導依頼を発行してもらうことにした.本研究は,6ヵ月以上の吸入薬継続使用患者を対象に,医師提案の吸入指導承諾割合,及び医師提案の吸入指導承諾患者における,医師提案以前の薬局薬剤師提案の吸入指導の承諾患者と拒否患者の割合ならびに吸入手技習得度の違いを明らかにすることを目的とした.
対象は,過去の調剤録,及び薬歴から(i)(ii)に合致する患者とした.(i)2023年7月1日から2023年9月30日までの間に,スター薬局大野原店に来局し医師からの吸入指導依頼書を持参した20歳以上の患者,(ii)6ヵ月以上にわたり同一の吸入薬を使用している患者とした.医師が薬局に依頼した吸入指導を薬局において受け入れた患者を「医師提案承諾患者」とし,拒否した患者を「医師提案拒否患者」とした.医師の提案以前に薬局薬剤師のデモ器による吸入指導の提案を受け入れた患者を「薬剤師提案承諾患者」とし,拒否した患者を「薬剤師提案拒否患者」,及び薬剤師による吸入指導の提案がなかった患者を「薬剤師提案なし患者」と定義した.研究の時間軸と患者の内訳を図1に示す.
調査項目は,年齢,性別,吸入薬の適応疾患(疾患),吸入デバイス,現吸入デバイスの使用期間(使用期間),吸入指導の承諾の有無,吸入手技,アドヒアランス,及び薬剤師提案から医師提案までの期間とし,これら項目について調剤録,及び薬歴を参考に後方視的に調査した.疾患は,喘息,COPD,asthma and COPD overlap(ACO),その他に分類した.吸入デバイスは,dry powder inhaler(DPI),pressurized metered dose inhaler(pMDI),soft mist inhaler(SMI)に分類した.使用期間は,2年未満,2~4年未満,4年以上の3段階に分類した.吸入手技は,菅原らの報告13)を参考に「操作」「息吐き」「吸気」「息止め」の4項目を,「できる」「確認が必要」「できない」の3段階で評価した.4項目のうち全て「できる」の場合を「吸入手技良好」とし,それ以外を「吸入手技不良」とした.アドヒアランスは,直近3ヵ月の吸入薬の処方数量と受診間隔が一致する場合を「アドヒアランス良好」,一致しない場合を「アドヒアランス不良」と定義した.
3. 評価方法と統計解析医師提案承諾患者においては,「薬剤師提案承諾患者」,「薬剤師提案拒否患者」,及び「薬剤師提案なし患者」に分けて,それら患者特性の違いについて,年齢はKruskal-Wallis検定し,性別,疾患,吸入デバイス,使用期間,吸入手技,及びアドヒアランスはFisher正確性検定で解析した.薬剤師提案から医師提案までの期間はMann-Whitney U検定で解析した.医師提案承諾時における吸入手技の項目別評価は,「薬剤師提案承諾患者」,「薬剤師提案拒否患者」,及び「薬剤師提案なし患者」に分けて,吸入手技の項目別に「できる」の割合をFisher正確性検定で解析した.薬剤師提案承諾時から医師提案承諾時における吸入手技の推移をMcNemar検定で解析した.統計解析は,EZR version 1.37(自治医科大学附属さいたま医療センター,埼玉)14)を用い,有意水準は0.05とした.
4. 倫理的配慮本研究は,人を対象とする医学系研究に関する倫理指針,個人情報保護に留意し,香川県薬剤師会研究倫理審査委員会の承認を得た(2023香薬第1号).同意取得に関しては,臨床研究に関する情報を薬局店内に掲示して,研究への参加拒否の機会を保障した(オプトアウト).
医師からの吸入指導依頼があった患者108名,そのうち全ての調査項目が満たされた107名を解析対象とした.医師提案による吸入指導承諾有無別の患者特性を表1に示す.医師提案承諾患者が104名(97.2%),医師提案拒否患者が3名(2.8%)と,医師提案拒否患者はわずかであった.年齢の中央値は,医師提案承諾患者で77.5歳,医師提案拒否患者で81.0歳であった.性別は,医師提案承諾患者で男性70名(67.3%),医師提案拒否患者は男性3名(100%)であった.医師提案以前に行われた薬剤師提案による吸入指導の承諾の有無は,医師提案承諾患者で薬剤師提案承諾患者44名(42.3%),薬剤師提案拒否患者33名(31.7%),薬剤師提案なし患者27名(26.0%)であり,医師提案拒否患者では,3名(100%)すべてが薬剤師提案拒否患者であった(図1).
医師提案承諾患者 n=104 n(%) | 医師提案拒否患者 n=3 n(%) | |
---|---|---|
年齢a) | 77.5(72.0, 83.0) | 81.0(78.0, 84.0) |
性別 | ||
男性 | 70(67.3) | 3(100) |
女性 | 34(32.7) | 0(0) |
疾患 | ||
喘息 | 31(29.8) | 0(0) |
COPD | 44(42.3) | 1(33.3) |
ACO | 26(25.0) | 2(66.7) |
その他 | 3(2.9) | 0(0) |
吸入デバイス | ||
DPI | 77(74.0) | 2(66.6) |
pMDI | 19(18.3) | 1(33.3) |
SMI | 8(7.7) | 0(0) |
使用期間b) | ||
2年未満 | 25(24.0) | 0(0) |
2~4年未満 | 30(28.8) | 1(33.3) |
4年以上 | 49(47.1) | 2(66.6) |
薬剤師提案による吸入指導 | ||
薬剤師提案承諾患者 | 44(42.3) | 0(0) |
薬剤師提案拒否患者 | 33(31.7) | 3(100) |
薬剤師提案なし患者 | 27(26.0) | 0(0) |
略語:COPD, chronic obstructive pulmonary disease; ACO, asthma and COPD overlap; DPI, dry powder inhaler; pMDI, pressurized metered dose inhaler; SMI, soft mist inhaler
医師提案承諾患者における,医師提案以前に行われた薬剤師提案による吸入指導承諾患者,拒否患者,及び薬剤師提案なし患者の患者特性を表2に示す.性別は,薬剤師提案承諾患者群において女性の割合が高く(P=0.024),使用期間は,薬剤師提案承諾患者群と拒否患者群で4年以上の割合が高く5~6割を占めた(P<0.001).吸入手技良好患者の割合は,薬剤師提案承諾患者群61.4%(27/44),薬剤師提案拒否患者群24.2%(8/33),薬剤師提案なし患者群40.7%(11/27)と,薬剤師提案承諾患者群で吸入手技良好の割合が高く,薬剤師提案拒否患者群で吸入手技良好の割合は低かった(P=0.005).アドヒアランスでは,群間差は認められなかった.薬剤師提案から医師提案までの期間は,薬剤師提案承諾患者群,拒否患者群ともに中央値12ヵ月であった.医師提案承諾時における,医師提案以前に行われた薬剤師提案承諾患者群,拒否患者群,及び薬剤師提案なし患者群の吸入手技項目別評価の結果を図2に示す.薬剤師提案拒否患者群において,「吸気」,「息止め」の2項目での「できる」の割合がそれぞれ33.3%,39.4%と他群に比べて低かった.
項目 | 薬剤師提案承諾患者 n=44 n(%) | 薬剤師提案拒否患者 n=33 n(%) | 薬剤師提案なし患者 n=27 n(%) | P値 |
---|---|---|---|---|
年齢 a) | 78.5(73.0, 83.0) | 79.0(73.0, 81.0) | 75.0(70.5, 82.5) | 0.46 c) |
性別 | ||||
男性 | 23(52.3) | 26(78.8) | 21(77.8) | 0.024 d) |
女性 | 21(47.7) | 7(21.2) | 6(22.2) | |
疾患 | ||||
喘息 | 16(36.4) | 9(27.3) | 6(22.2) | 0.20 d) |
COPD | 18(40.9) | 10(30.3) | 16(59.3) | |
ACO | 9(20.5) | 12(36.4) | 5(18.5) | |
その他 | 1(2.3) | 2(6.1) | 0(0) | |
吸入デバイス | ||||
DPI | 32(74.4) | 23(69.7) | 22(78.6) | 0.47 d) |
pMDI | 9(18.6) | 8(24.2) | 2(10.7) | |
SMI | 3(7.0) | 2(6.1) | 3(10.7) | |
使用期間b) | ||||
2年未満 | 2(4.5) | 4(12.1) | 19(70.4) | <0.001 d) |
2~4年未満 | 16(36.4) | 11(33.3) | 3(11.1) | |
4年以上 | 26(59.1) | 18(54.5) | 5(18.5) | |
吸入手技 | ||||
良好 | 27(61.4) | 8(24.2) | 11(40.7) | 0.005 d) |
不良 | 17(38.6) | 25(75.8) | 16(59.3) | |
アドヒアランス | ||||
良好 | 38(86.4) | 27(81.8) | 23(85.2) | 0.94 d) |
不良 | 6(13.6) | 6(18.2) | 4(14.8) | |
薬剤師提案から医師提案までの期間(月)a) | 12(12, 13) | 12(12, 12) | ― | 0.56 e) |
略語:COPD, chronic obstructive pulmonary disease; ACO, asthma and COPD overlap; DPI, dry powder inhaler; pMDI, pressurized metered dose inhaler; SMI, soft mist inhaler
薬剤師提案承諾時から医師提案承諾時までの間,同一デバイスを使用した42名における吸入手技の推移は,薬剤師提案承諾時の吸入手技良好患者19名(45.2%),不良患者23名(54.8%)から,医師提案承諾時は吸入手技良好患者26名(61.9%),不良患者16名(38.1%)と吸入手技良好患者の割合が増加した(P=0.046)(表3).
本研究では,吸入薬の継続使用患者において,医師提案の吸入指導承諾患者は104名(97.2%),拒否患者は3名(2.8%)と,大半の患者が医師の吸入指導を承諾していることを示した.さらに,医師の提案する吸入指導は承諾するが,それ以前の薬剤師提案の吸入指導拒否患者は33名(31.7%)存在した.したがって,保険薬局において吸入薬の継続使用患者への吸入指導を確実に行うには,医師からの吸入指導依頼書の発行が重要である.松本らの報告15)では,多くの患者は医師から吸入指導を希望しており,その理由として,医師は継続的に患者を診て病態を把握しているため,薬剤師より双方向のコミュニケーションをとりやすいことをあげている.
医師提案承諾患者の吸入手技良好患者の割合を,薬剤師提案承諾患者群,拒否患者群,及び薬剤師提案なし患者群で比較したところ,吸入手技良好患者の割合はそれぞれ61.4%,24.2%,40.7%と薬剤師提案承諾患者群で最も高く,薬剤師提案拒否患者群で最も低かった.薬剤師提案拒否患者においては,吸入手技が不適切な状態で治療を継続している可能性が高い.薬局薬剤師が定期的に吸入指導を行うことは患者の吸入手技の改善につながる6,7,8)ため,特に吸入薬の継続使用患者に対しては,医師と薬局薬剤師が連携して積極的に吸入指導に関わっていく必要がある.性別に関しては,薬剤師提案承諾患者群で女性の割合が高かった.著者の経験では,女性は男性より吸入手技に不安を持っている場合が多く,このため薬剤師の提案した吸入指導を承諾した患者が多かったのかもしれない.
医師提案承諾時における吸入手技の項目別評価では,薬剤師提案拒否患者は,薬剤師提案承諾患者や薬剤師提案なし患者と比較して,「吸気」,「息止め」の項目において「できる」の割合が3~4割と低かった.高齢者では呼吸機能の低下により吸入流速が低下し,吸入薬の効果を減弱させる16).本研究では対象者の年齢が中央値77歳を超えていることを考えると,吸気の低下を考慮した吸入指導の実施が求められる.また,吸入薬の長期使用患者を対象にした調査17)では,吸入手技項目の中で吸入後の息止めの達成率が最も低く,その理由として,吸入薬の使用期間が長くなるにつれて吸入手技が自己流となり,息止めの実施が疎かになると指摘されている.薬剤師提案拒否患者は,4年以上の継続使用患者が半数以上おり,吸入手技が自己流となり息止めができていなかったと考える.吸入後の息止めは,有効成分の肺内沈着率を上げるために行っており,吸入薬の治療効果を最大限に引き出す上で重要であるため,特に吸入薬の長期使用患者に対しては息止めに重点おいた再指導が必要である.
COPDガイドライン2)では薬剤師による吸入指導の重要性が示されており,定期的にフォローアップを行うことが推奨されている.本研究では,同一デバイスを使用していた42名において,約12ヵ月前に行った薬剤師提案承諾時の吸入手技評価と比べ,医師提案承諾時の吸入手技評価で改善が認められた.薬剤師提案承諾患者は薬剤師提案拒否患者と比べ治療に対するモチベーションが高く,患者自身が吸入手技を適切に行えるようになったのかもしれない.また,医師や薬局薬剤師から定期的に吸入手技の確認を受けていたのかもしれない.
本研究には幾つかの限界がある.第一に,呼吸器内科専門医からの処方が主である単一薬局における研究である.第二に,吸入指導の実態を後方視的に検討していることから,吸入手技に問題があると思われる患者に対して,医師および薬局薬剤師が吸入指導を提案した可能性があり選択バイアスが考えられる.
吸入療法の効果を最大化するには,適切な吸入手技の習得が求められ,保険薬局における定期的な吸入指導が必要である.潜在的な吸入手技不良患者が多数存在する中,吸入薬継続使用者に対して保険薬局で確実に吸入指導を行うには医師の吸入指導依頼が重要である.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.