2025 Volume 34 Issue 2 Pages 112-114
“がん”は様々な苦痛(suffering)をもたらし,また現在本邦の死亡原因のトップであることから,我が国の「緩和ケア」は,現在に至るまで“がん患者”を中心に展開されてきた.しかしながら,緩和ケアの起源は飢餓や感染症など広く“病める人”へのケアに始まっており,WHOによる緩和ケアの定義でも,「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者(とその家族)」が対象と掲げており,慢性呼吸器疾患をはじめとした非がん疾患患者に対しても緩和ケアは適切に提供されるべきである.緩和ケアの重要な役割として,①症状マネジメント,②意思決定支援/療養調整,③終末期ケアが挙げられ,これらの役割を緩和ケアの専門家“だけ”が行うのではなく,プライマリーチームが行う診療の中で緩和ケア専門家としてサポートしていく形が望ましい.我が国で緩和ケアが非がん疾患患者の診療・ケアに浸透していくにあたっては,診療報酬との紐づけなど課題の解決が望まれる.
我が国の“緩和ケア”に関連した最初の臨床活動は,1972年 淀川キリスト教病院の院内活動として始められた「Organized Care of Dying Patients(OCDP)」であると言われている.OCDPは,院内の末期患者へのケアを行うチームアプローチであり,医師・精神科医師・看護師・ソーシャルワーカー・チャプレンなどの各専門職種によるチームが組まれ,主にがん患者に対してのケアが提供された.1981年には我が国最初の緩和ケア病棟が聖隷三方原病院内に開設された.当初は緩和ケア診療に対する診療報酬が設定されておらず,緩和ケアを提供する人的・物的な資源がなかなか増加しない中での地道な活動が継続された.そのような中,1990年に緩和ケア病棟での入院診療に対して「緩和ケア病棟入院料」の算定が開始され,それをきっかけに全国に緩和ケア病棟の開設数が飛躍的に増加した.さらに2002年に病院内のコンサルテーションサービスである緩和ケアチームの診療報酬として「緩和ケア診療加算」の算定が開始され,その後の「がん対策基本法(2006年)」ならびに「がん対策推進基本計画(2007年)」等の行政施策と相まって,がん診療連携拠点病院を中心に緩和ケアチームが全国に整備された1).
このように,1970年代~1980年代の“黎明期”から1990年代~2000年代の“発展期”を経て,国内に緩和ケアは比較的急速に拡がってきたが,これらの活動の対象は基本的に「がん(悪性腫瘍)患者」を対象として展開してきたものであった.具体的には,「緩和ケア病棟入院料」「緩和ケア診療加算」の対象疾患は当初「悪性腫瘍」と「後天性免疫不全症候群」に限られ,実質的にはがん患者のみが対象となっており,緩和ケアの推進のよりどころとなった行政施策も「がん対策基本法」「がん対策推進基本計画」であり,がん対策の一部としての緩和ケアという立ち位置で進められた.このような背景から,一般市民のみならず,医療者の中でも「緩和ケア=がん」というイメージが醸成されたと考えられる.
そもそもの緩和ケアの起源は,中世ヨーロッパの“ホスピス”にあると考えられている.当時の“ホスピス”はキリスト教教会の附属の施設であり,傷ついた巡礼者や旅人,また十字軍遠征に従事した兵士などが主な対象であり,外傷や感染症などによって旅が続けられなくなった人々を収容しケアする施設であった.当時は抗菌薬などの医療的な治療介入手段はなく,収容された人々の多くは命をそこで命を落とすことになった.そのような教会附設の看護収容施設全般が“ホスピス”と呼ばれるようになった.近代のホスピス・緩和ケアの活動としては,1879年にアイルランド ダブリンで設立され,現在でも存続しているOur Lady’s Hospiceが挙げられる.当時のアイルランドはプロテスタントが主体である英国の植民地であった時代であり,アイルランドで多いカトリック教徒は差別・迫害を受けていた.そのような中,主食であるジャガイモに疫病が流行り,大飢饉がおこり,貧しいカトリック教徒の多くが飢餓に瀕した.同時に結核の蔓延が起こり,結果として多くの人が路上で頓死するような悲惨な状況で,この時期にアイルランドの人口の約20%が餓死/病死し,10~20%が国外に流出したといわれている.このような状況で,修道女のメアリー・エイケンヘッドが「死にゆくひとの姿かたちを(ホームの中で)受け止めていく」という思いでOur Lady’s Hospiceを教会と独立した形で設立し,路上で頓死していっていた人々を収容してケアした.このように,中世から近代までの緩和ケアの源流においては,飢え/栄養失調や感染症などがホスピス/緩和ケアの主な対象となっていた.
現在の緩和ケアの原型となっているのは,1967年に英国ロンドンでシシリー・ソンダースにより設立されたセントクリストファー・ホスピスである.そこでは,それまでの“ホスピスケア”に“現代の医療技術の力”を導入し,患者の苦痛を最大限にやわらげ,死にゆく人の尊厳を最大限に尊重する治療・ケアが行われた.特に,モルヒネをはじめとしたオピオイド鎮痛薬の適切な使用による鎮痛や不適切な治療介入による苦痛を回避するなどの医学的な管理と他職種によるチーム医療の実践という現在の緩和ケアにつながるコンセプトがここで形作られた.セントクリストファー・ホスピスが設立された時代には,社会の安定や医学の進歩により,近代のホスピス・緩和ケアが対象としていた飢餓や感染症は“治る”ものとなってきており,疾患として悪性腫瘍(がん)がフォーカスされるようになっていた.つまり,先進国においては悪性腫瘍が死亡原因の第一位となり,かつ疼痛など様々な症状を伴う疾患であり,様々な側面でがん患者やその家族が苦痛を抱えることが問題となっていた.そのような背景から,ホスピス・緩和ケアの対象もがん患者が主体となっていた.
日本においても,悪性腫瘍(がん)が死因の第一位であることは事実であるものの,その割合は死因全体の約30%に過ぎない.また,がん患者が苦痛症状を抱えることはもちろん事実であるが,各種の非がん疾患の患者もまた様々な苦痛症状を抱えることも事実である.したがって,そのような苦痛緩和や終末期のケアを担う緩和ケアが「がん患者」のみを対象とすると考えるのは不自然であろう.WHOが掲げる緩和ケアの定義(2002年改訂)の中でも緩和ケアの対象は「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族(Patients and their families facing the problem associated with life-threatening illness)」と述べられており,対象をがん患者に限るようなことはしておらず,広く非がん疾患にも適応されるべきというのが世界中のコンセンサスとなっている.
実際に,「緩和ケアへの紹介基準」が,修正デルファイ法を用いた国際的な合意形成プロセスを経て各種疾患に関して提案されており,非がん疾患でも重症心不全患者2)や呼吸器疾患患者3)の緩和ケアの紹介基準が示されている.このように欧米の先進国を中心に非がん疾患患者の診療に緩和ケアが“融合(integrate)”されるようになってきており,我が国においても今後重要な課題になってくると考える.
では,緩和ケアは非がん疾患患者の診療に対して,具体的に何をもたらすのか?代表的な役割として,①症状マネジメント,②意思決定支援/療養調整,③終末期ケア,が挙げられる.
まず,症状マネジメントに関して.がん患者の代表的な症状として疼痛が挙げられ,がん患者に対する緩和ケアの中心的役割の一つとして疼痛緩和は重要である.しかしながら,心不全や神経難病などの非がん患者においても疼痛の合併は多いことが報告されている4).また,呼吸困難はがん患者でも70%程度が合併すると報告されているが,心不全・呼吸器疾患などの非がん疾患ではそれよりも多い90%程度で合併すると報告されている.それ以外にも,各種疾患で多くの症状の合併が報告されており,それらをできるだけ適切に和らげることで患者の生活の質(Quality of Life: QOL)を維持・改善することに緩和ケアは力を発揮できると考える.
次に,意思決定支援/療養調整に関して.多くの場合,緩和ケアの対象となる非がん疾患患者は,(臓器移植が有効な場合などを除いて)原疾患自体の治癒は難しく,疾患を抱えたまま,長期的にはその疾患が悪化していく経過の中で,過ごしていくことが基本となる.そのような中で,その時々の各種治療法の選択・療養方法の選択・将来受ける治療やケアに関する選好,など様々な意思決定を行う場面が多くある.そのような中で,患者にとって必要な医学的な情報や療養に関する情報を必要に応じて付加し,患者の希望やその時点での心情などの表出を促し,患者-医療者間ならびに患者-家族間のコミュニケーションを支援することで,意思決定の場の不確実性をなるべく低減し,その時点でのその患者にとってより良い意思決定ができるような支援を行うことも大きな役割である.
もう一つは,従来から緩和ケアにおいて大切にされてきた,終末期ケアである.これまでに述べた苦痛症状の緩和・意思決定の支援を十分に行いながら,病状が進行した後の終末期の時期特有のニードへの対応を行うことも緩和ケアの専門性として重要である.具体的には,有益な(医療的)介入と無益な介入の判断を行う事,スピリチュアルケアや家族(遺族)ケアを行う事,などがあげられる.
これらの役割を緩和ケアの専門家“だけ”が行うのではなく,各疾患の専門家やプライマリケア医などの“主治医”およびプライマリーチームが行う診療の中で緩和ケア専門家としてサポートしていく形がまさに“融合(integrate)”であり,望ましい形であると考えられている.
我が国で緩和ケアが非がん疾患患者の診療・ケアに浸透していくにあたって,まだまだ課題は多い.まずは何よりも,各非がん疾患の主治医・プライマリチーム側の緩和ケアに対する意識を高めることや緩和ケア専門家側が各非がん疾患の自然歴・標準治療・特有のニードなどに関する知識を十分に身に着け,各診療場面の“文化”への配慮を十分に払うなどが求められると思われる.また,医療現場において各種疾患に対する緩和ケアを根付かせるためには診療報酬との紐づけが現実的には必須であると考えられる.2018年に緩和ケア診療加算の対象疾患に「末期心不全」が加わり,2020年には外来緩和ケア管理料と有床診療所緩和ケア診療加算の対象疾患にも「末期心不全」が加わり,少しではあるが非がん疾患への緩和ケア関連の診療報酬との紐づけがなされるようになってきた.実際,緩和ケア診療加算の対象に末期心不全が加わってから,心不全をターゲットとした緩和ケアチームの設立が見られたり,心不全患者の緩和ケアチームへの紹介件数の増加がみられるなど,やはりその影響力はかなり大きいと言わざるを得ない.したがって,心不全以外の非がん疾患への診療報酬拡大対象拡大が近い将来に行われることを期待したい.
緩和ケアとは,疾患の種類・時期そして場所にとらわれず,病気に関連した危機に直面している人々とその家族の,様々な苦痛(suffering)をできる限りやわらげ,QOLを維持・向上させていくアプローチである.我が国では「緩和ケアは終末期のがん患者のもの」という意識が依然として医療者にも患者(一般市民)側にも根強いが,徐々にではあるが非がん疾患への緩和ケアへの関心が強くなってきている.実際に疾患に苦しむ多くの非がん疾患患者へ緩和ケアの適切な提供ができるような体制が,医療現場としても社会全体としても構築されていくことを望む.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.