2025 Volume 34 Issue 2 Pages 115-119
在宅医療における非がん性呼吸器疾患・呼吸不全の緩和ケア指針の作成に係る基礎データを得るため,国内外のシステマティック・レビュー結果を基に混合研究法(探索的順次デザイン)を用い,在宅医療の現場の質的及び量的評価を行った.在宅医療スタッフへの質的(インタビュー)調査では,効果的な協働的コミュニケーション,介護保険制度や関連するサービス,緩和ケア技能という3つのテーマが抽出された.これらの情報を基に在宅医への量的(実態)調査を行った結果,回答者における呼吸困難の緩和を目的とする呼吸リハビリテーション,モルヒネ,鎮静剤,NPPVの実施状況はそれぞれ73.0%,66.9%,57.3%,55.2%と比較的高かったが,有効と思う割合はさらに高い割合を示した.今回,上記データを基に在宅での臨床に即した緩和ケア指針を作成した.今後,公的支援も含めた非がん疾患の呼吸不全に対する緩和ケアの充実が望まれる.
近年の国内の人口動態統計では呼吸器疾患が全体死因の12%前後と,非がん疾患の死亡原因の多くを占めており,呼吸器疾患の人生の最終段階(エンドオブライフ:EOL)のケアの充実は喫緊の課題である.国内でのEOL期の医療については,主にがん患者を中心とした緩和ケアを中心に発展してきたため,非がん疾患のEOL期における,疼痛の評価法や治療・ケアのあり方についての検討が遅れている状況にある.特に呼吸器の分野においては2017年に「成人肺炎ガイドライン」が発行され,この中で終末期状態と判断される場合は,個人の意思を尊重する.すなわち,積極的な治療をしない選択もありうるという内容を公表している一方で,この対象者にどのような緩和医療が必要なのかはこのガイドラインでは言及されていない.
これまでの非がん疾患のエビデンスについては,2016-2017年度の国立長寿医療研究センター及び東京大学加齢医学講座メンバーを中心とした長寿医療研究開発費研究班による系統的レビューを基に,「非がん疾患のエンドオブライフ・ケア(EOLC)に関するガイドライン」を公表している1).しかしながら,特に在宅医療の現場では,現場に即した非がん疾患の緩和ケア指針自体出されておらず,公募での採択を機に日本医療研究開発機構(AMED)の長寿・障害総合研究事業 長寿科学研究開発事業「呼吸不全に対する在宅緩和医療の指針に関する研究」研究班(2019-2021年)を立ち上げ,非がん疾患のうち,呼吸器疾患・呼吸不全の在宅緩和医療の指針に関する研究に取り組んだ.
この研究班では,これまで行ってきた研究を基礎に在宅医療における質的及び実態調査を行い,呼吸器疾患・呼吸不全のEOL期に必要な緩和医療の技術を確認し,均霑化を目指した.
緩和ケア指針の作成に向け,混合研究法(探索的順次デザイン)を用いた(図1).2019年度は長寿医療研究開発費研究班「非がん疾患のエンドオブライフ・ケアに関するエビデンス:系統的レビュー」,長寿医療研究開発費研究班「アドバンス・ケア・プランニングとエンドオブライフ・ケアにかかる研究」を基にした文献的検討に加え,呼吸器関連学会から専門家を招き在宅呼吸不全の緩和ケア技術アンケート調査実施に向けたパネルディスカッションを開催した.パネルディスカッションでは研究の対象疾患,エンドオブライフ・ケアの定義,苦痛評価指標,薬物療法,非侵襲的陽圧換気(NPPV),コンディショニングに関するディスカッションを行った.
この議論を受け,在宅生活の中での困難を含めた問題や課題(unmet needs)を抽出する目的で,名古屋大学の倫理委員会の承認を得た後,2019年8月から10月に在宅医3名,呼吸器科医2名,老年科医2名,理学療法士1名,訪問看護師19名を対象に,質の高い在宅のエンドオブライフ・ケアに必要な要素について技術的課題・教育的課題・社会的課題についてフォーカスグループインタビュー(FGI)もしくは個人にインタビュー調査を実施し,質的に内容分析を行った(図1).
2020年度は2019年度に行った文献的検討とフォーカスグループインタビュー(FGI)の結果を踏まえ,呼吸不全の在宅緩和ケアの実態調査用アンケートを作成した.アンケート調査の実施について,東京大学の倫理委員会の審査の承認を得た.2020年9から12月に日本在宅医療連合学会会員および日本医師会JMAP地域医療情報システムで抽出した診療所と病院266施設を含む2,988人の在宅医に対してWEB+書類送付によるアンケート調査を行った.
2021年度は2020年度までに行った文献的エビデンス抽出,expert opinion,FGI内容,実態調査の解析結果,さらに在宅認知症者の肺炎に対する緩和ケアのエビデンスを基に,「在宅診療における非がん性呼吸器疾患・呼吸器症状の緩和ケア指針」案を作成した.指針は,エンドオブライフ・ケアの定義,苦痛評価指標,薬物療法,Non-invasive positive pressure ventilation(NPPV),コンディショニング項目を含む.緩和ケア技術における,オピオイド等の薬物使用や呼吸理学療法等,実態調査で意見分かれた,あるいはガイドラインにおける推奨レベルが確認できていない項目については,検索年・キーワードを広げて,追加でエビデンス検索を行い,指針の各項目の推奨レベルの精度を高めた.
各指針案は在宅医療連合学会,日本老年医学会等の関連学会からなる外部委員の査読を経て,完成とした.
本研究開始後,日本呼吸器学会及び日本呼吸ケア・リハビリテーション学会から「非がん性呼吸器疾患緩和ケア指針2021」,さらに国立長寿医療研究センターから「非がん疾患のエンドオブライフ・(EOLC)に関するガイドライン(2021)」が公表されたため,本研究の指針作成においてはこれらの指針・ガイドラインとの整合性を図ると共に,より在宅医療の現場に特化した指針とした.
フォーカスグループインタビューを基本とした質的研究(内容分析)では3つのテーマと7つのサブテーマが抽出された.3つのテーマはチームメンバー内の効果的な協働的コミュニケーション,介護保険制度や関連するサービス,緩和ケア技能であった.患者,家族とチームメンバー間の効果的なコミュニケーションにより,関係者全員が患者・家族の症状理解や不安を共有でき,安心して医療・ケアを受けることができるような手助けになる.また,COPD患者はリハビリテーション,口腔ケア等,介護保険を利用したケアを必要とすることが多いが,過小評価される局面も多く,適切な認定や利用方針が課題としてあげられた.そして,COPD患者への緩和ケア技能として,オピオイド,鎮静剤,ステロイド,NPPVなどさまざまな治療のための技能を必要とするが,多くの医療者がこれらの技能を効果的に使用することは慣れていないので,専門外の医師や看護師にとって緩和ケアを行うのが困難であるという課題が抽出され,緩和ケア指針作成の重要性が支持された.
テーマ | サブテーマ |
---|---|
チームメンバー内の効果的な協働的コミュニケーション | 多職種間コミュニケーション |
多職種協働 | |
急変時を想定した準備 | |
介護保険制度や関連するサービス | 介護保険システム |
呼吸リハビリテーション | |
緩和ケア技能 | 専門的緩和ケア技能 |
経験に基づく技術 |
調査した在宅医2,988名に対して,回答674名(22.6%)で,うち,有効回答592名(19.8%)であった.
呼吸困難の程度について評価指標を用いていると回答したのは251名(有効回答の42.3%)で,評価法としてはNumeral Rating Scale(24.2%),Visual Analogue Scale(19.9%)が上位で,海外を中心に呼吸困難の客観的指標として採用されているRespiratory Distress Observation Scale(RDOS)は1.5%のみで,RDOSの国内での利用を進める必要性が示された.
在宅緩和ケア技術の実施状況と有効と思う割合(表2)では,呼吸困難の緩和を目的とする呼吸リハビリテーション,モルヒネ,鎮静剤,NPPVが有効と思う割合はそれぞれ87.8%,86.6%,67.3%,60.0%であったが,実施状況はそれぞれ73.0%,66.9%,57.3%,55.2%で,NPPV以外は両者に有意差を認めた.特に年間の対応患者数が多い医師ほど,オピオイドの使用割合が高い傾向を示した.
実施 | 有効と思う | 差 | P値 | |
---|---|---|---|---|
呼吸困難の緩和を目的とする呼吸リハビリテーション | 73.0% | 87.8% | 14.8% | <.001 |
使用 | 有効と思う | 差 | ||
モルヒネ | 66.9% | 86.6% | 19.7% | <.001 |
モルヒネ以外のオピオイド | 37.4% | |||
鎮静剤 | 57.3% | 67.3% | 10.0% | <.001 |
NPPV | 55.2% | 60.0% | 4.8% | 0.051 |
※実施・使用:「時々ある」「よくある」「常に」の合計
有効と思う:「そう思う」と「非常にそう思う」の合計
さらに実態調査において記名での協力表明をした在宅医に対し,2021年度前半に2次調査を行った.これらの結果は,2021年度に作成した指針案に採用した.
COPD患者に対するオピオイド使用に関する系統的レビュー4)在宅診療における呼吸困難に対するオピオイド使用の多さに鑑み,追加でCOPD患者に対するオピオイド使用に関する系統的レビューを行った.その結果,1)非がん性呼吸器疾患の呼吸困難に対するオピオイドの効果をみたランダム化比較試験には,有効性のみられた研究とみられなかった研究が混在する.結果の不一致には対象患者の重症度や評価法の違いが影響していると推定される.モルヒネの効果は 100 mm Visual Analogue Scale(VAS)で 10 mm弱の結果が多い.2)これまでのランダム化試験には,疾患の重症度において実臨床との解離がある.観察研究の結果をもとに推定すると,軽労作や安静時に難治性の呼吸困難を訴える非がん性呼吸器疾患患者の半数強がオピオイドの効果を実感すると期待される.3)後向き研究において,間質性肺疾患の患者を中心に,死亡直前の呼吸困難に対するモルヒネ持続皮下投与あるいは静脈内投与の有効性が認められている,というまとめが得られた.
指針作成5)(図2)前年までに行った文献的エビデンス,質的調査,実態調査(実際の在宅医療現場で行われている緩和ケア技術)を基にexpert opinionを加え,「在宅診療における非がん性呼吸器疾患・呼吸器症状の緩和ケア指針」を作成した.図2にコンテンツを示した.主に慢性呼吸器疾患(慢性閉塞性肺疾患等)を対象としている.非がん性呼吸器疾患の緩和ケアとしてとりまとめた.内容的には疾患経過の評価,症状理解の共有,苦痛の評価法,合併症の治療,呼吸器症状緩和の手段と実際(呼吸リハビリテーション,オピオイド,コルチコステロイドその他の薬物療法),その他の技術(送風,酸素療法,NPPV),せん妄への対応,鎮静のありかた,病院への搬送,多職種連携と網羅的な指針としてまとめた.
在宅医療の現場に特化した形での緩和ケア技術に関する指針はこれまで発表されておらず,今回のように,呼吸不全をテーマにした指針は国内で初めてのものとなる.今回の指針作成において,在宅医療の現場で行われている呼吸不全についてのインタビューによる質的調査と量的な実態調査も行っており,在宅医自身の緩和ケアの現在地が明確となった.
質的研究では緩和ケア実施には多職種協働や緩和ケア技術の充実が必要であることに加え,介護保険利用に係る課題も明らかとなった.呼吸器疾患・呼吸不全の緩和ケアにおいては呼吸リハビリテーションや口腔ケアの提供は必須であり,介護保険の認定を受けている患者に平等に提供される必要がある.
実態調査では,COVID-19流行期の調査ということもあり,調査した在宅医2,988名の有効回答が592名(19.8%)と比較的低値であり,おそらくは在宅医全体の平均的実施割合は反映されておらず,緩和ケアに比較的熱心な在宅医から多く回答があった可能性が考えられた.それを考慮しても,回答群の73%が呼吸器リハビリテーションを行っており,66.9%がオピオイドの使用経験がある,というかなり高率に緩和ケアが実施されている実態があきらかとなった.一方,これらの必要性を感じていても,一定の割合の在宅医は実践できていないことも明らかとなった.これらの阻害要因を克服しつつ緩和ケアの充実を図る必要があるが,今回の指針はこれらunmet needsあるいは阻害要因に対しての具体的方策を明示しており,この指針を参考とすることで,不足しているケアを認識でき,緩和ケアの質の向上に寄与できると考える.今回,比較的緩和ケアに熱心な在宅医の多くが回答した可能性があるという,バイアスを考慮しても,在宅の現場では呼吸不全の緩和ケアにおけるオピオイドは広く用いられている事実は重要であると考えられる.追加の系統的レビューで,特に息切れが強い(a modified Medical Research Councilが3以上)状態に対するオピオイドの効果が文献的にも確認されており4),非がん性呼吸器疾患末期や呼吸不全におけるオピオイド使用の公的な担保も緩和ケアの充実には必要と考えられた.
本研究は2019-2021年度日本医療研究開発機構(AMED)長寿・障害総合研究事業 長寿科学研究開発事業(「呼吸不全に対する在宅緩和医療の指針に関する研究」)の助成を受け行われた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.