2025 Volume 34 Issue 2 Pages 175-177
症例は喉頭全摘術後に永久気管孔造設を行い,気管炎と血性痂皮による気道閉塞を来した70歳代男性.喉頭全摘術後の気管炎は,吸気の乾燥により気管粘膜の線毛細胞消失,粘膜線毛クリアランスが障害される事により生じるとされ,気管内に粘液栓や血性痂皮が充満する事により致命的な気道閉塞を来す.患者は術後ネブライザー等を拒否する傾向があり,吸気時喘鳴及びSpO2低下を認めた為鏡視下に鋭匙鉗子を用いて血性痂皮を除去した.その直後より加湿方法を検討し気管切開用カニューレOptiflow+(気切アダプタ)を用いたハイフローセラピー(high flow therapy; HFT)を導入,気道クリアランスの改善を試みた.併せて気管支鏡を用いて気道内の状態評価を連日行い,出血及び分泌物の減少と状態改善を確認した.鏡視下画像で気道クリアランス改善評価を実施し,機を逸さずに離脱できた一例を報告する.
呼吸療法を実施する際,加温・加湿を必要とするかは使用するデバイスにより判断される.しかし治療内容により加湿の与える影響・評価が難しい場合や管理方法の煩雑さ,患者から協力を得られない等の場面が臨床上散見される.また加湿不足に陥ると分泌物が気道内に充満し,致死的状況に至る場合もある.
気管内挿管や気管切開・永久気管孔による換気では生理的加湿を担う上気道がバイパスされる.その為生理的加湿を補う必要が発生し,人工鼻か加温加湿器等のデバイスを用いた加湿が必要になる.一方,喉頭全摘術後は気管と食道が分離され,吸気は永久気管孔より直接気管に取り込まれる.生理的な加湿能に加えて除塵能まで失われており,吸気時に不快感がある患者も散見される.不快感に対しては瘻孔を保護するエプロン等を使用し,不快感軽減を図る場合もある1).
今回,永久気管孔に対してハイフローセラピー:high flow therapy(HFT)を使用し気道閉塞が改善できた症例を経験した.一般的にHFTは抜管後呼吸支持や,間質性肺炎急性増悪時の高流量鼻カニュラ酸素療法:High flow nasal cannula(HFNC)の様な形式で使用するが,この症例では気管切開用カニューレOptiflow+(気切アダプタ)を用いる事で,患者への加温加湿のみでなくアドヒアランス向上を得る事ができたので,ここに報告する.
症例:74歳 男性.
【診断】喉頭癌(両側声門型) T1bN0M0 Stage I 放射線治療後局所再発.
【既往】糖尿病,高血圧症,慢性閉塞性呼吸器疾患(chronic obstructive pulmonary disease; COPD),胃癌(胃全摘術後).
【経過】2018年3月~4月 喉頭癌Stage Iに対し放射線治療.2022年5月局所再発し,2022年7月喉頭全摘術,左頸部郭清,永久気管孔造設.放射線治療及び既往の糖尿病の影響もあり,咽頭の縫合不全を認め咽頭皮膚瘻を作成したが,複数回の手術でも閉鎖に至らず入院が長期化.
療養においては医療者への拒否的な言動や攻撃的な場面が複数回あり,ネブライザー(nebulizer: NB)等の処置が行えず気道の加温加湿不足となりうる状況が生じた.
2023年2月 吸気時喘鳴及びSpO2低下を認め,気管支鏡で気管支分岐部直上の血性痂皮による閉塞を確認(図1).鋭匙鉗子を使用し血性痂皮を除去.左右気管支が確認でき,呼吸困難及び吸気時喘鳴が消失した為処置を終了.その際NBによる加湿指示が出たが,看護師より臨床工学技士に対し加湿方法について相談され,医師,看護師,臨床工学技士で議論し気管支鏡画像からインスピロンネブライザー®(インスピロン)は加湿量が不足すると判断.気切アダプタを用いたHFTを試用する事となった.
気管支分岐部直上の血性痂皮による閉塞.
導入時は酸素ブレンダ式HFT(PMB-5000:サンユーテクノロジー製,加温加湿器MR850:F&P製)にてTotalflow: 30 L/min,酸素濃度(fraction of inspiratory oxygen;
気管切開用カニューレOptiflow+(気切アダプタ)挿入部.
導入初日は分泌物の粘調度も高く,鮮血様の出血が続く状況であった(図3).2日目には暗赤色に変化し分泌物も減少.導入3日目に分泌物はほぼ消失し,気道クリアランスが著明に改善した為HFTを離脱した(図4).72時間の連続使用で問題となる事象は発生せず,離脱後は超音波式ネブライザーで加湿を継続した.
出血が続いており分泌物も多い状態.
出血が収まり分泌物が減少.
壁の状態も改善している.
喉頭全摘術後の気管炎は,吸気の乾燥により気管粘膜の線毛細胞の消失,粘膜線毛クリアランスが障害される事で生じるとされる2).
気管内に粘液栓や血性痂皮が充満する事により無気肺や致命的な気道閉塞を来す事から,一般的な治療として気管内吸引,体位ドレナージ,NBによる加湿,抗菌薬・去痰薬の投与が行われる.
加湿の方法としてHME(heat and moisture exchanger)カセットによる加湿,NBによる加湿,加温加湿器を使用する方法がある.術後急性期においては,感染による発熱や気道分泌物の増加に加え,全身状態と水分出納の影響により気道内の状態は変化する為3),それらを踏まえて十分な湿度を供給する形が望ましいと考える.トラキオマスクを用いたインスピロンとHFTの比較では,インスピロンはエアロゾル粒子が大きく気管末梢まで到達しにくい事,室温等の影響を受けやすく生体条件に近い加湿指標に到達しない等,機器性能上の制約がある4).
症例ではHFTを使用する事で,JIS規格による侵襲的呼吸管理の加湿基準である33 mg/L以上の目標5)よりさらに高い37°C,相対湿度100%,絶対湿度44 mg/Lを指標として加湿が可能となる6).永久気管孔から気切アダプタを用いて直接送気する事で生体の加温加湿条件に近似させ,早期の気道クリアランス改善につながったと考える7).
注意すべき点として気管孔から接続する際に,通常と異なる気切アダプタの取り扱い方法を病棟スタッフへ周知・情報共有を行う事が肝要である.また管理面では気管孔をテープ等で閉塞しない等の注意点がある8)事から,気管孔の特性理解と,HFT設定は通常どおり等,具体的な情報を共有し安全な使用に努める必要があると考えられた.
HFT導入後,治療効果の改善を示す画像を患者と共に確認した事で,超音波式NBを含むその後の治療に対して拒否的な言動は見られなくなった.患者の拒否的な言動は強い呼吸困難感に起因し,患者自身が支援を求める意思表示として理解された.
今後は加温加湿設定等の考慮や患者への説明をはじめ,気道熱傷や回路内貯留水分による閉塞及び誤嚥等にも留意し,臨床において更に活用できるよう検討を進めていきたい.
本論文の要旨は,第33回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2023年12月,宮城)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.