2025 Volume 34 Issue 3 Pages 272-276
心臓血管外科術後は長期臥床により,ADL低下が生じる可能性が高いため,循環動態の安定化と並行して,早期に離床を行い,術前の身体機能やADLの再獲得を目指すことが重要である.
今回,心臓弁膜症術後に長期間人工呼吸器管理となった症例に対して,人工呼吸器管理下で認知機能訓練・ADL練習などの作業療法を実施した.その結果,早期にADLが自立し,身体機能やADLの改善・認知機能の維持が可能であった症例を経験したため報告する.
近年,周術期管理の進歩により,心臓外科術後の早期からの心臓リハビリテーションが推奨されており,集中治療領域での人工呼吸器患者への早期リハビリテーションは,術後の身体・認知機能障害を軽減させることが報告されている1).一方で,本邦は高齢化に伴いフレイル・サルコペニア患者が増加し,離床に難渋することが増加している.また,入院関連能力低下(hospital-acquired disability: HAD)は高齢患者の20~40%程度に発症2)するとの報告があり,特に高齢患者の心臓外科術後は,早期に離床を行い,ADLの再獲得を目指すことが重要である3).ICUでの作業療法士の役割は,早期からの応用動作能力の回復を促し,ADLの自立を促すこと4)であり,理学療法のみでなく,作業療法も早期に介入することによりADLが早期に回復する5)との報告がある.
今回,心臓外科術後に長期間人工呼吸器管理となった症例に対して,人工呼吸器管理下で認知機能訓練・ADL練習などの作業療法を実施し,早期にADLの自立が可能であった1症例について報告する.
症例:70歳代女性.BMI 16.8 kg/m2.
診断:僧帽弁閉鎖不全症,心不全.
主訴:労作時胸部不快感,呼吸困難,倦怠感.
喫煙歴:なし.
既往歴:慢性閉塞性肺疾患・細菌性肺炎・バセドウ病.
内服歴:レボチロキシンナトリウム,フロセミド,スピロノラクトン.
現病歴:僧帽弁置換術目的で他院より当院へ転院.術前より作業療法介入し,入院5日目に僧帽弁置換術・三尖弁形成術施行.
生活背景:独居.ADL・IADL自立.介護保険未申請.
【術前所見】画像所見:胸部 X 線像所見で心胸郭比70%,両肺野中等度うっ血あり.
検査所見:肺機能検査では%VC 28.8%,FEV1/FVC 22.1%.血液検査では 脳性ナトリウム利尿ペプチド 545.5 pg/ml,アルブミン 2.1 g/dl.心臓超音波検査では左室駆出率78%,一回拍出量 27 ml,僧帽弁閉鎖不全症:severe.
理学所見
バイタル:血圧 90-80/60 mmHg,心拍数 70 bpm(洞調律),SpO2 98-100%(室内気).
視診触診:頸静脈怒張軽度,New York Heart Association functional classification(NYHA分類):III(日常生活動作以下で息切れあり),Nohria-Stevenson分類:Wet-Cold.
身体機能評価:握力(右/左)10.9 kg/9.8 kg,通常歩行速度 1.3 m/sec,Clinical Frailty Scale(CFS):5(軽度の虚弱).
ADL評価: Functional Independence Measure(FIM)110/126点(運動項目85/91,認知項目25/35).
認知機能評価: Montreal Cognitive Assessment-Japanese(MoCA-J):17/30点.
【経過】経過を表1に示す.術前より理学療法士(physical therapist: PT)と作業療法士(occupational therapist: OT)が介入し,PTでは身体機能評価,腹式呼吸練習,排痰練習,下肢筋力練習,OTでは認知機能・ADL評価,机上課題などの認知機能訓練を実施した.術前は4日間介入し,認知機能課題は,間違い探し・点繋ぎ問題を1日6枚(所要時間1枚につき約5-10分)実施した(図1).
HR: heart rate,SBP: systolic blood pressure,RR: respiratory rate,PC: pressure control,SIMV: synchronized intermittent mandatory ventilation,SPONT: spontaneous ventilation,
術前から認知機能課題を実施.術翌日よりADL練習・認知機能課題を開始し,術後39日目にADL自立となった.
出典:『レクリエ』(世界文化社)
術後日(post operative day: POD)以降の経過
POD1,術後17時間後に抜管となり,その後PT・OT介入.PTではベッド端座位・立位足踏み,OTでは,歯磨き動作・洗顔動作・整髪動作などのベッド上で可能な整容動作から始めた.リハビリ時間以外の日中は,術前に実施していた認知機能課題を1日1枚提示し,OTや看護師と共に実施した(図1).
POD2,PTではベッド端座位・立位足踏みが行われ,OTでは,整容動作・認知機能課題に加え,ポータブルトイレでの動作練習が可能となっていたが,POD5に排便を契機に急性心不全となり,再挿管管理となる.術前のCFSスコアが高く,長期臥床による身体機能の低下や精神的負担が懸念されるため,早期離床を目的に翌日気管切開術が施行された.
気管切開術翌日にICUを退室し,歩行練習や人工呼吸器装着下で病室外トイレでの排泄動作練習,洗面台を使用しての整容動作評価を実施(図2).POD5に排便契機に急性心不全となったため,気管切開術後より緩下剤の内服が開始となった.排泄動作練習では,排便時,息をこらえず呼気を意識するよう指導した.動作の指導内容や介助方法を病棟看護師と確認,病棟看護師には人工呼吸器の移動・下衣操作介助・排便時に呼気を意識するよう声掛けを依頼した.
POD12,再度病棟看護師と動作の確認をし,日中の人工呼吸器装着下での排泄動作・整容動作は,看護師の見守りのもとで病室外のトイレ・洗面台を使用するよう,安静度・ADLがアップした.
POD20,Tピースとなり,上肢筋力訓練に加え,リハビリ以外での離床時間確保のため,認知機能課題を1日4枚に増加し,患者のみで実施した.
POD29,上衣動作・入浴動作練習を開始.上衣動作は,気管カニューレに当たらないよう注意をしながら行い,入浴動作は,上肢疲労感や動作性急となり息切れが出現するため,動作スピードなどを指導し,その内容を病棟看護師と情報共有し,上衣軽介助,入浴見守りへ安静度・ADLがアップした.
POD39,病棟ADLが自立に至った.認知機能課題も,1日6枚に増加し,術前と同量までアップした.
【退院時所見】検査所見:血液検査では脳性ナトリウム利尿ペプチド 228.2 pg/ml,アルブミン 2.6 g/dl.
心臓超音波検査では左室駆出率78%,一回拍出量 38 ml,僧帽弁閉鎖不全症:mild.
理学所見
視診触診:頸静脈怒張なし,NYHA分類:II(日常生活やや症状あり),Nohria-Stevenson分類:Dry-Cold.
身体機能評価:握力(右/左)11.1 kg/10.0 kg,通常歩行速度 1.1 m/sec,CFS:3(健康管理されている).
ADL評価:FIM 111/126点(運動項目81/91,認知項目30/35).
認知機能評価:MoCA-J:18/30点.
【倫理的配慮】症例を報告するにあたり,匿名性の保障,自由意志であること,不利益性を生じさせないこと,個人情報の厳重な管理を行うことを対象者に説明し同意を得た.
今回,フレイルを有し,認知機能の低下を認めた症例に対して,術前より机上課題などの認知機能訓練を実施.術後,急性心不全となり,再挿管管理となったが,早期に離床を行い,早期にADLが自立し,認知機能の維持が可能であった症例を経験した.
本症例は,術前よりCFS5(軽度の虚弱),MoCA-J 17/30点と身体・認知機能ともに低下していたため,術前より机上課題などの認知機能訓練を導入した.術前のリハビリテーションは,術前に身体機能・ADLに問題がある場合に実施することが推奨されており6),心臓外科術後合併症の減少と入院期間短縮に有用7)との報告がある.認知機能に対する術前のリハビリテーションの報告はないが,机上課題を行っている高齢者は認知症発症率が低く8),認知機能維持改善に机上課題は有効9)であることが報告されている.また,読み書きなどの認知機能課題を1日15分から20分,週約5日,6ヵ月間実施することで,認知機能を維持改善するという報告もある10).今回,術前の認知機能が低下している症例に対し,術前4日間ではあるが1日6枚の認知機能訓練を実施し,術後も早期から認知機能課題を再開し継続的に実施したことで,認知機能維持が可能であったのではないかと考える.
入院加療に伴うHADは,高齢患者の20~40%程度に発症すると報告されており2),早期離床が予防策として推奨されている11).特に高齢患者の心臓外科術後は,早期に離床を行い,ADLの再獲得を目指すことが重要である.本邦においても2017年に日本集中治療医学会早期リハビリテーション検討委員会より「集中治療における早期リハビリテーション~根拠に基づくエキスパートコンセンサス~」が発表され,多職種介入による早期リハビリテーションの重要性が提唱された12).また,作業療法の術後早期介入は,ADLの早期回復に有効5)であることが報告されており,作業活動内容・ADL指導・環境整備などの患者情報を多職種と共有することにより,患者のADLの向上が期待出来る12).本症例は,術翌日よりOTが介入した.術後1日目より歯磨き動作・洗顔動作・整髪動作などのベッド上で可能な整容動作練習から始め,病棟帰室後は,人工呼吸器装着下で病室外トイレでの排泄動作練習などのADL練習を進めた.適宜,病棟看護師と動作・介助方法を共有し,病棟での安静度・ADLをアップしていき,術後39日目に,すべてのADLが自立に至った.OT介入により,術後早期からADL練習を開始し,病棟看護師と蜜に情報共有・連携することで,病棟における活動量が増加し,HADを防ぎ,早期に病棟生活内でのADL拡大が図れたと考える.
心臓血管外科術後は,長期臥床によりHADが生じる可能性が高いため,循環動態の安定化と並行して,早期に離床を行い,術前の身体機能の再獲得・認知機能の維持を目指すことが重要である.今回,心臓弁膜症術後に長期間人工呼吸器管理となった症例に対して,人工呼吸器管理下で認知機能訓練・ADL練習などの作業療法を実施し,早期にADLが自立し,身体機能やADLの改善・認知機能の維持が可能であった.心臓外科術後は早期リハビリテーションが推奨されているが,OTによる早期介入や術前のリハビリテーションの有効性に関するエビデンスは不十分である.しかし,OTの介入がICUに入室している高齢患者のADLや認知機能の改善に有効である13)との報告もあり,OTが術後早期から介入することで,ADLや認知機能の向上へ寄与できる可能性が示唆される.今後は,術前に身体機能・認知機能・ADL・栄養状態などを総合的に評価し,フレイルを有する患者には,作業療法を含めた包括的な術前リハビリテーション,さらに術後早期からADL自立に向け,患者の個別性に応じた介入を行い,その効果を検証していく必要があると考える.
本論文の要旨は,第33回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2023年12月,宮城)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.