2026 Volume 35 Issue 3 Pages 181-185
肺高血圧症(PH)は,かつて予後不良で治療選択肢の限られた疾患であったが,肺動脈性肺高血圧症(PAH)に対する薬物療法,慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に対する外科・カテーテル治療の進歩により,近年著明な予後改善が得られている.労作時息切れを呈する患者では,PHを疑うことが重要で,確定診断には右心カテーテル検査が必須である.PAHでは多剤併用療法に加え,血管リモデリングを標的としたソタテルセプトが導入され,治療戦略が拡大した.間質性肺疾患に伴うPHでは吸入トレプロスチニルの有効性が示され,早期診断・治療の重要性が示唆されている.CTEPHでは外科,カテーテル治療,薬物治療を組み合わせた集学的アプローチが推奨され,さらに監視下運動療法はPAH・CTEPH患者の運動耐容能およびQOL改善に寄与する可能性がある.
第35回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会 教育講演2
肺高血圧症(pulmonary hypertension: PH)は,かつては診断が確定しても有効な治療法に乏しく,予後不良の疾患と考えられてきた.しかし近年,肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension: PAH)に対する肺血管拡張薬の開発,慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension: CTEPH)に対する肺動脈内膜摘除術(pulmonary endarterectomy: PEA)やバルーン肺動脈形成術(balloon pulmonary angioplasty: BPA)の進歩により,著明な予後改善が得られるようになった.さらに近年,PAHでは肺血管リモデリングの改善を標的としたソタテルセプトが導入され,治療選択肢は大きく拡大している.本稿では,PHの最新の治療および管理について概説する.
PHは症候群であり,その原因に基づき1~5群に分類される.すなわち,1群:肺動脈の攣縮およびリモデリングを主体とするPAH,2群:左心疾患に伴うPH,3群:慢性肺疾患および/または低酸素症に伴うPH,4群:CTEPHなど肺動脈の器質的閉塞に伴うPH,5群:機序不明または多因子性のPHであり,各群で治療戦略は大きく異なる.従来,PHは安静時平均肺動脈圧(mean pulmonary arterial pressure: mPAP)25 mmHg以上と定義されてきたが,正常上限が 20 mmHg以下であることから,近年のガイドラインでは,mPAP>20 mmHgが新たな定義として採用された(ただし,指定難病の認定基準は現時点では 25 mmHg以上)1,2).さらに,1・3・4群は前毛細血管性PH(肺動脈楔入圧[pulmonary artery wedge pressure: PAWP]≤15 mmHgかつ肺血管抵抗[pulmonary vascular resistance: PVR]>2 WU)と定義される.なお,肺は半分切除しても安静時にはPHを呈さず,肺血管床の約3分の2が障害されて初めてPHが出現するとされることから,PHの存在は肺血管病変として高度な障害を反映していると考えられる3).
1990年に千葉大学で実施された原発性肺高血圧症(現在の特発性[idiopathic: I]/遺伝性[heritable: H]PAH)の疫学調査では,平均年齢28.4歳,男女比1:2と女性に多く,中間生存期間は2.7年であり,米国NIHレジストリーと同様の結果であった4).治療の進歩による予後改善に加え,近年では喫煙歴を有する高齢男性や,左室駆出率の保たれた心不全を合併するPAH患者が増加している.難病情報センターの報告によれば,令和5年度末時点で,PAH患者のうち70歳以上が3分の1を超えている.
労作時息切れが主訴で,胸部X線や肺機能検査所見に比して症状が強い場合には,PHを疑うことが重要である.千葉大学においてCTEPHまたはPAHと確定診断された患者の約3分の1は,初診医療機関ではPHや肺血栓塞栓症を疑われず,心不全,肺炎,胸膜炎,気管支喘息,COPDなどとして長期間治療されていた(表1).
| 肺血栓塞栓症 | 38 |
| 慢性血栓塞栓性肺高血圧症 | 29 |
| 肺高血圧症および原発性肺高血圧症 | 49 |
| 心不全 | 9(最近の5年では1) |
| 異常なしまたは正常範囲(運動不足を含む) | 7(最近の5年では0) |
| 肺炎または胸膜炎 | 6 |
| 気管支喘息またはCOPD | 6 |
| 肺結核 | 2 |
| サルコイドーシス | 2 |
| 心筋症または心筋炎 | 2 |
| 感冒 | 2 |
| 心拡大 | 2 |
| 検診異常(心拡大および肺動脈拡大) | 2 |
| 原因不明 | 2 |
肺がん,間質性肺炎,不整脈,RIND,貧血各1例
診断の端緒としては,呼吸器内科医のみならずコメディカルも,息切れを訴える患者において心電図を適切に評価することが重要であり,右軸偏位,右室肥大,V1-3の陰性T波などはPHを疑う手掛かりとなる.これらの所見を認めた場合には心エコー検査へ進む.プライマリーケア医がPHを疑った場合,一般には地域の中核病院に紹介し,心疾患・肺疾患の鑑別を行った上でPH専門施設に紹介するが,危険な臨床兆候を伴う場合やPAH・CTEPHが強く疑われる場合には,直接PHセンターへ紹介すべきである1,2).
PAHとCTEPHの鑑別には肺換気・血流スキャンが重要であり,PAHでは血流が正常または斑状(mottled-like)欠損を示すのに対し,CTEPHでは換気異常を伴わない区域性以上の血流欠損を認める.換気障害型PHでは,低酸素性肺血管攣縮により換気欠損部位に一致した血流欠損がみられる(図1).PHの確定診断は右心カテーテル検査によって行われる.

日本循環器学会のPAH治療アルゴリズムでは,I/HPAH,薬剤性PAH,強皮症関連PAHにおいて心肺併存疾患を有する場合は単剤治療で開始し,それ以外ではエンドセリン受容体拮抗薬(endothelin receptor antagonist: ERA),ホスホジエステラーゼ(phosphodiesterase: PDE5)阻害薬/可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬,プロスタサイクリン系薬の3経路を用いた治療が推奨されている.
低~中リスクではERAとPDE5阻害薬の併用療法,高リスクでは静注または皮下注プロスタサイクリン製剤にERAおよびPDE5阻害薬を併用する.その後のフォローアップで中リスク以上にとどまる症例では,肺血管平滑筋細胞および内皮細胞における増殖促進シグナルと抑制シグナルのバランスを是正するアクチビンシグナル阻害薬ソタテルセプトを追加するアルゴリズムが示された2).
ソタテルセプトは,2剤以上の併用療法下にある患者において,PVR低下,6分間歩行距離(six-minute walk distance [6MWD])の改善,臨床的悪化リスクの低下を示した.さらに,静注/皮下注プロスタサイクリンを含む最大限治療後もWHO機能分類III–IV度であった症例において,全死亡,肺移植,またはPAH悪化に関連する24時間以上の入院が最初に起こるまでの期間を延長した5,6).今後はリアルワールドデータの集積が期待される.
IPAHと診断される患者の高齢化に伴い,心疾患や肺疾患を合併する症例が増加しており,2群および3群PHとの鑑別が臨床上の課題となっている.COMPERAレジストリーのクラスター解析では,12.6%が若年で心肺併存疾患を有さない女性優位の典型的IPAHであった一方,35.8%が左心フェノタイプ,51.6%が喫煙に関連した心肺フェノタイプ(肺疾患併存PAHとほぼ同義)を呈していた7).COMPERAレジストリーおよびASPIREレジストリーを用いた解析では,典型的IPAH,IPAHの肺フェノタイプ(喫煙歴を有し,かつ%DLCO<45%と定義),および3群PHが比較された.その結果,IPAHの肺フェノタイプでは,CT上,肺実質病変を認めない症例から中等度の病変を有する症例までが含まれており,年齢分布は3群PHと類似して高齢であった.予後も典型的IPAHより不良で,3群PHと有意差を認めなかった8).ただし,これらの研究では画像の定量的評価は行われていなかった.
近年,OkayaらはPAHおよび3群PH患者においてCTを用いて正常肺容積(normal lung volume: NLV)を定量化した.ROC曲線解析の結果,生存率を予測する%NLVの最適カットオフ値は83.2%であり,多変量ロジスティック回帰分析により%NLV<83.2%が独立した予後因子であることが示された9).さらに,%NLVがPAH治療薬に対する反応性を予測する可能性も報告されており,今後は画像所見を含めた包括的解析に基づき,予後予測や治療反応性を評価することが重要と考えられる.
経口肺血管拡張薬は低酸素性肺血管攣縮を解除することで,換気血流不均衡を助長し,ガス交換を悪化させる可能性がある.一方,吸入薬は換気の良好な肺区域に選択的に作用する可能性が高く,この点で理論的に有利である.
間質性肺疾患(interstitial lung disease: ILD)に伴うPHを対象としたトレプロスチニル吸入のランダム化比較試験(randomized controlled trial: RCT)であるINCREASE試験では,実薬群が偽薬群と比較して6MWD,NT-proBNP,臨床的増悪のいずれも有意に改善した.さらに事後解析ではFVCの改善も示された.疾患別解析では特発性肺線維症で効果が大きく,膠原病に伴う間質性肺炎や気腫合併肺線維症(combined pulmonary fibrosis and emphysema: CPFE)では有意差を認めなかったこと,ただし,いずれもイベントが少ない傾向であったこと,が報告された10,11).オープンラベル延長試験では,ベースラインから実薬投与を受けた群が,偽薬群と比較して52週時点でも6MWDが良好で,臨床的増悪も少なかったことから,治療開始の遅れが長期予後に影響する可能性が示唆された11).
一方,COPDを対象とした試験では,12週時点で主評価項目である6MWDの改善を認めず,倦怠感や呼吸困難などの有害事象が実薬群で多く,試験中止に至った12).
CTEPHの治療は,まず抗凝固療法を基本とし,次に(1)手術到達可能な肺動脈内に線維性閉塞・狭窄を認める症例に対するPEA,(2)カテーテル治療が可能な病変に対するBPA,(3)手術非適応の末梢型病変や術後残存・再発性PHに対する薬物療法(リオシグアト,セレキシパグ)が選択される.
BPAは日本で技術的改良が進み,その後海外にも急速に普及した.2022年には,BPAとリオシグアトを比較したRCTでBPAの有効性が日本およびフランスから報告され13,14),日本循環器学会ガイドラインでは推奨度I Aと位置付けられた2).BPA前に薬物療法でPVRを低下させることで合併症が減少することも報告されている14).
日本循環器学会ガイドラインでは,CTEPHはBPA専門施設において外科医,BPA施行医,内科医,コメディカルなど多職種で治療方針を検討し集学的治療を行うことが推奨されている2).
抗凝固療法としては従来ワルファリンが用いられてきたが,2023年にエドキサバンとワルファリンを比較したRCT(KABUKI試験)において,PVR変化,血栓再発,出血に関する非劣性が示され,適応となった15).ただし,BPAなどにより病態が安定している症例が主に対象であった点には留意が必要である.
PAHおよびCTEPHでは,労作時を含めSpO2を90%以上に保つことを目標に酸素療法が行われるが,生存率への影響は明らかではない.一方,空気吸入と酸素吸入を比較したRCTでは運動耐容能の改善が報告されている16).
PAHおよびCTEPH患者に対する運動療法は,2006年のMerelesらによる世界初のRCTを契機に報告が蓄積され17),メタ解析によりその有効性と安全性が支持されている.BPA後12週間の運動療法介入群では,最大運動量や最大酸素摂取量が対照群と比較して有意に増加したとの報告もある.
運動療法は,骨格筋における毛細血管密度増加や筋力改善,運動耐容能向上に加え,肺血流改善,心筋収縮力増強,炎症性サイトカイン低下,平滑筋増殖抑制など,多面的効果を有する可能性が指摘されており,肺血行動態改善の報告もある18).一方,動物実験では過度な運動が死亡率を上昇させることが示されており,症例選択と運動強度の管理が重要である19).安定した中等症以下のPAH・CTEPH患者に対して,経験豊富な施設での監視下運動療法は,運動耐容能およびQOLを改善する可能性がある2).
肺高血圧症の診断,治療の進歩について概説した.原因不明の労作時息切れや,検査所見に比して息切れが強い患者では,PAHやCTEPHを念頭に置くことの重要性を強調したい.
田邉信宏;講演料(日本新薬株式会社,ヤンセンファーマ株式会社,MSD株式会社,持田製薬株式会社)