Latin America Report
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Article
Political Instability and Civil Society in Honduras
Atsushi NAKAHARA
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2018 Volume 35 Issue 1 Pages 17-34

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要約

ホンジュラスの政権与党である国民党は、憲法で禁止されていた再選を最高裁に対する異議申し立てを通して可能にした。それにより第2期目のエルナンデス政権が誕生した。しかし、この再選は憲法違反とする市民の強い批判に加えて、大統領や政権幹部、国民党も絡んだ汚職問題や無処罰への批判により、市民による反汚職、反政権の抗議行動が発生し始めた。その特徴として、それまでは政治に対する関心が比較的薄く、従来はこうした抗議活動には参加しなかった一般市民が、SNSなどを通じてつながり、社会正義をかかげて参加しているという点が指摘できる。

本稿では第1期のエルナンデス政権のガバナンスを振り返ると共に、任期中に発覚した数々の汚職問題、軍・警察の腐敗問題と、市民から憲法違反と批判されながら国民党の強引な手法で実現した大統領の再選問題を取り上げる。そしてそれに対して社会正義を問い抗議活動を行うホンジュラス市民社会の活動を概観する。

はじめに

国民党(Partido Nacional)のフアン・オルランド・エルナンデス(Juan Orlando Hernández)は2017年11月の大統領選挙に勝利し、2018年1月から政権2期目(通算5年目)をスタートさせた。しかし、おもに歴代国民党政権が絡んだ汚職問題や憲法違反と批判されるエルナンデス大統領の再選問題、同大統領の兄妹の麻薬組織との関係や不正蓄財の疑惑、現役大臣や国民党幹部と麻薬組織との癒着疑惑などが批判を集めている。たとえば、汚職に関しては、2018年1月の第2期エルナンデス政権発足直後の与党系国会議員5人の公金汚職による逮捕や、前大統領夫人の公金横領による逮捕など、政権を揺るがす出来事が次々に発生している。加えて、2017年11月26日に実施された総選挙(大統領、国会議員、全国298自治体首長、中米議会議員)の開票プロセスが不透明であるとして、選挙結果を認めない野党支持者をはじめとする市民による政権への抗議行動が激化した。抗議行動が暴動に発展し死傷者が多数出たため、2017年12月には夜間外出禁止令(Toque de Queda)が出されるほど情勢が悪化した。また、今回の政治対立問題収拾のため国際機関が仲介する国民対話の提案も、主要野党の不参加によって交渉は中断し、その実効性が疑われている。

ホンジュラスでは2013年頃から市民による反汚職、反政権の抗議行動が発生し始めた。その特徴として、政治に対する関心が比較的薄く、従来はこうした抗議行動には参加しなかった一般市民が、SNSなどを通じてつながり、社会正義をかかげて参加しているという点を指摘できる。それは週を重ねるたびに拡大し、結果として、骨抜きであった政府の汚職対策案を拒否し、より独立性の高い汚職対策のための新組織を創設することを政権に約束させるなど、成果を収めている。

本稿ではまずホンジュラスの政治について概観する。そのなかで、現在の内政の不安定化をもたらしている大統領再選問題、政治汚職、政治家と犯罪組織との関係など、国民党政権のガバナンスの問題について取り上げる。それに対して市民による政権への憤りが全土に広がり直接的抗議行動に至った状況と政権派と反政権派に社会が分断されていく状況を概観し、政権と市民社会の関係が、なぜこのような事態になったのかについて、過去の政府と市民社会の政策対話スキーム「市民フォーラム」の存在とそれが解散されて以降の状況などを事例にして考察する。

1. 第1期エルナンデス政権(2014~2018年)のガバナンスの特徴

表1は、1982年以降のホンジュラスの歴代大統領を示したものである。ホンジュラスでは1982年に軍政からの民政移管が行われたが、現在まで国民党と自由党(Partido Liberal)の2政党間でのみ政権交代が繰り返されてきた。2009年の国軍によるクーデターのあと、自由党がリブレ党(Partido Libertad y Refundación: Libre)と分裂し、弱体化したため、それ以降は国民党政権が続いている。しかし、2010年に政権に就いた国民党のポルフィリオ・ロボ大統領(Porfirio Lobo Sosa)は、治安問題や汚職問題、財政問題、貧困問題の解決に向けてほとんど成果を出すことができなかった。地方では地方自治体の首長も関与した麻薬組織の実質支配地域が存在し、政治腐敗・警察腐敗とクーデター前後の政治的混乱に乗じて麻薬組織の活動が活発化した結果、人口10万人当たりの殺人認知件数(2012年)で世界一位になるなど、治安問題は最悪の状態を迎えていた。

(出所)筆者作成。

エルナンデスは、国民党保守主流派のカジェハス元大統領(Rafael Leonardo Callejas)の派閥(カジェハス派)で政治家としてのキャリアをスタートさせたが、その後は改革派を標榜し、「新しい政治」を訴えていた。しかし選挙に勝利したのはエルナンデスであったにもかかわらず、実際には政権発足直前に立ち上げられた「政権準備委員会」でマドゥーロ元大統領(Ricardo Maduro)とカジェハス元大統領が経済政策を取りまとめるなど、党内主流派主導で政権発足の準備が進められた。同委員会の経済チームにはマドゥーロ政権時の閣僚メンバーが揃い1、海外直接投資の誘致による経済成長や政府の緊縮財政の推進などを提言した。

写真1 フアン・オルランド・エルナンデス⼤統領

(出所)⼤統領府ウェブサイト

http://www.presidencia.gob.hn/index.php/gob/el-presidente/biografia2

政権準備委員会の意向を受け、エルナンデス大統領は官民連携の投資推進制度であるコ・アリアンサ(Coalianza)を創設し、財政健全化のために燃料税の増税や売上税率の引上げ(12%から15%への引上げ)を進めた。またエルナンデス大統領は、7つのセクター大臣(治安、社会開発、社会インフラ・エネルギー、競争力・雇用、経済・財政、国際社会対応、ガバナビリティー・近代化)ポストとそれをまとめる序列第1位の「統括大臣」を新設し、統括大臣にマドゥーロ政権の内務・法務大臣であったアルセロ(Ramón Fernandéz Alcero)を就任させた。全省庁は7つのセクター大臣の下に置かれることになったが、この制度自体はマドゥーロ政権時代の大統領補佐官制度に類似している。どちらの政権の期間も筆者は当国政府と仕事をした経験があるが、この制度は各省庁の大臣の上に無任所大臣を置いただけで権限が明確でないために調整・手続きにさらに時間を要し、お世辞にも効率的なものとはいえない。しかし、エルナンデス大統領が統括大臣やセクター大臣を導入した真の目的のひとつは、彼への権限集中であった。たとえば、組閣の際、米国などの主要ドナー国やカソリック教会からの圧力で教育大臣、保健大臣、治安大臣を留任させたと言われているが2、大臣の上司にあたるセクター大臣を彼の側近で固めることにより、大統領による各省庁への統制を強化した3。その一方で、大統領選候補選出に向けた党内予備選挙でエルナンデスと争ったパストール(Miguel Pastor)などの国民党内の有力政治家は大統領から遠ざけられ、政府要職はもちろん党内でも全く日の目を見なくなった。

エルナンデス大統領の政策自体に目新しさはなく、治安問題や汚職問題、経済問題に対して従来の国民党政権と同じようなメンバーと手法で対応しようとしたうえ、党内を強権的に統率したため反発も起きた。政権運営おいてエルナンデスがマドゥーロ元大統領と大きく異なる点は、(1)大統領就任前年まで当時国民党が過半数を確保していた国会の議長職にあったことを利用し、自身の政権期間に成立させるのが困難であろうと予想された法案を自らが議長を務めている間にあらかじめ通したおいたこと4、(2)パストールなどの党内のライバルを大統領就任後に排除したことや、後述する軍・警察へのけん制に代表されるように党内外を問わず強権的な手法を取ったことである。エルナンデスはこうしたやり方で、自身の政策を就任直後からすみやかに実行に移した。というのも、2013年11月の国会選挙で国民党は過半数に届かず、新政権と新国会が発足する翌年1月以降の政権運営が困難になることが予想されたからである。

以上のような特徴を持つ第1期エルナンデス政権は、麻薬密輸組織やマラス(Malas)といった犯罪組織への取り組みで一定の成果をあげた。また、米国の景気好調による輸出の増加や主に米国からの家族送金の増加、原油価格の下落といった外的要因と、政府主導の大型公共工事5や外資導入による雇用増加などが国内経済の安定をもたらした。

2. 大統領への権限集中―国軍・国家警察へのけん制と軍警察創設の事例

治安問題について、エルナンデス大統領は就任直後から指導力を発揮し、自らの手で創設した軍警察(Policía Militar)を首都テグシガルパ市などに展開させた。こうした動きもあって、10万人当たりの殺人認知件数は、エルナンデス大統領が総選挙に勝利した当時の2013年の85.5人から2014年には79人、2015年には60人、2016年には59.1人と減少した[La Prensa, 31 de julio, 2017]。しかし、軍が警察活動を行うことは憲法違反であると野党は主張しており6、また、新設された軍警察には、陸軍から予算・人員・装備が違法に流用されていると、大学の研究機関やメディア、市民団体が指摘している。このような背景から、2015年1月には、軍警察を常設にするための与党提出法案が国会で否決されている。また、国際社会は10万人当たりの殺人認知件数で治安状況を評価するため、政府は殺人の数値の改善には積極的に取り組んだものの、一般犯罪や犯罪組織による企業恐喝などの犯罪に対しては十分な対策をとっていない。そのため、市民の体感治安は改善せず、後に述べるように市民の怒りの抗議行動が頻発することになった。

エルナンデス大統領が、国軍でもなく国家警察でもなく新設の軍警察にこだわる理由は、米国やカソリック教会をはじめとする国内外から国家警察を「浄化」して汚職をなくすよう圧力があったものの、国家警察には汚職問題(次節で詳述)、なかでも警察幹部や警察に影響力のある国民党幹部も関与する組織ぐるみの犯罪組織との関連が取り沙汰されていたからである。しかし、国家警察は過去の大統領にとっても手を出しにくい組織となっていたため、大統領が統制可能な別の組織が必要であった。また、再選が禁止されている大統領選挙への再立候補の問題とも絡んでいる。2009年に憲法改正による大統領再選をねらった当時の自由党のセラーヤ大統領(Manuel Zelaya)が国軍のクーデターにより追放されたことから、セラーヤの時と同様の行動を国軍に起こさせないようにけん制するため、大統領が直接掌握できる新たな強制力を持つ意図があった。つまり、エルナンデスにとって軍警察の創設は、表面上の目的としていた治安対策に加えて、警察浄化の間の強制力の代替手段ならびに軍警察の存在を通じた国軍へのけん制と、一石三鳥の効果があった。

さらに、エルナンデスは集権的に軍をコントロールするため、新たに大統領を長とする国家国防・安全保障評議会(Consejo Nacional de Defensa y Seguridad)を軍の上位に創設した。国家警察についても、警察浄化委員会(Comisión de Depuración)を新設し、警察組織の改編や職員の身上調査を行い、2017年8月までに4,500人もの警察官・職員を解雇した。ただし、警察幹部に関しては政権側が選択的に誰を解雇するのかを決めているとも言われている7。つまり党幹部の人事と同様に、汚職警官であっても政権にとって重要な人物は見逃しているのである。また、治安強化の名目で国家警察のパトカーの大量導入・更新を決めたものの、車両はリース契約にしている[La Prensa, 11 de junio, 2015]。それは、いざというときに予算を止めて契約を解除し、警察の機動力を削げるようにしておくためと指摘されている8

3. 第1期エルナンデス政権で発覚する汚職問題

(1) 犯罪組織との癒着に代表される国軍・国家警察・政治家の汚職

このようにエルナンデス大統領は、信用のおけない国家警察ではなく、自身で掌握できる軍警察を中心にして、犯罪組織への摘発を強化していった9。2014年には、ホンジュラスで最も大きな犯罪組織で北部一帯を支配下に置いていたマラディアガ(Diego Rivera Maradiaga)が率いるマラディアガ一家の「ロス・カチーロス」(Los Cachiros)、西部国境地域を縄張りにしていたバジェ一家の「バジェ・バジェ」(Valle Valle)、選挙時のエルナンデス陣営のジョロ県選挙参謀で現役ジョロ市長のソトが率いていた「ソト」(Soto)など、国内の犯罪組織が次々と摘発、逮捕され、多くは米国に身柄を引き渡された。

こうしたエルナンデス政権の犯罪組織への取り締まり強化は、これまでの政権とは異なり本気であると見られ、その政策実行は、一部の強制力を自身で統率可能にし、中央集権的に統治することで成立した。その一方で、国民党や自由党といった伝統的政党と大物政治家の腐敗構造を暴き出すことにもなった。そして、米国からの犯罪人引き渡し要請に応じて、トカゲの尻尾切りのように国民党幹部まで差し出すことによって、エルナンデス大統領は国内外からの批判をかわそうとしていると非難された。エルナンデス大統領自身もマフィア幹部との関係が報道されているが、大統領自身は「政治家としていろいろな人と会う機会があるため誰とどのように会ったのか覚えていないが、いま汚職と戦っていることが無関係の証拠だ」と弁明している10

2015年にはロボ前大統領の息子ファビオ(Fabio Lobo)が逮捕された。麻薬密輸容疑で逃亡先のハイチで米国の麻薬捜査局(DEA)に身柄を拘束された後、2017年9月4日に米国で懲役24年の判決が出て服役している。エルナンデスにとって、ロボ前大統領は2012年の国民党内の予備選挙で劣勢だったところを経済面も含めた支援によって逆転勝利に導いてくれた恩人であった。そして、その資金は後述する麻薬組織から出ているといわれている11

逮捕されたファビオ・ロボの公判が引き渡し先の米国で始まると、すでに逮捕され、米国に引き渡されていたロス・カチーロスのマラディアガが出廷した。そして、2009年の大統領選挙期間中にロボ前大統領の息子ファビオと会い、ロボ政権によるロス・カチーロスの庇護とメンバーが逮捕されても米国には引き渡さないという約束の存在、そしてその見返りとして、ロス・カチーロスからロボに30万米ドル以上の資金を渡したことを証言した。また、これらの取引ではロボ前大統領の兄ラモン・ロボ(Ramón Lobo)が、ロス・カチーロスと前大統領の仲介人になったとも証言している。

その後にもマラディアガが大統領を含めて政権幹部らと何度も会い、多額の賄賂が支払われていたことが明らかになっている。また、ロボ大統領とも直接会い、庇護を確約されたことや、公共事業省、道路公社、電力公社の公共事業をマラディアガが所有する企業を通じて行い、その見返りにロボ側に公共工事の10%を賄賂として提供していたことも告白している。彼らが請け負ったこれらの公共工事の総額は2010年から2015年の間で5億レンピーラ(2,000万米ドル)に上ると報道された[La Prensa, 18 de abril, 2018]。他にも、マラディアガは、ファビオに東部オランチョ県エル・アグアテカ市にある旧コントラの滑走路を麻薬密輸に使わせてもらえるよう相談したところ、ファビオはマヌエル・セラーヤ元大統領(Manuel Zelaya)の親族やすでに逮捕された自由党前国会議員フレディ・ナヘーラ(Fredy Najerra)がすでに同滑走路を麻薬密輸で使用しているから難しいと返答したと証言している。同じく、ファビオのいとこで当時「押収資産管理事務所長」(Oficina Administradora de Bienes Incautados: OABI)だったパラシオス(Humberto Palacios Moya)をファビオに紹介してもらい、押収された資産に便宜を図ってもらうようにも依頼しているなど、政治家が絡んだ汚職があとを絶たなかった12

また、マラディアガは、麻薬密輸における治安当局への口封じ目的の賄賂の増額をファビオ・ロボ側から要求されたとも証言している。彼によれば、その賄賂の提供先は退役将軍のパチェコ治安大臣(Julian Pacheco Tinoco)をはじめとした治安当局幹部たちであった。同じく、マラディアガはエルナンデス大統領の弟で国民党国会議員のアントニオ(Antonio Hernández)13とも接触をはかり、アントニオ側から、賄賂を支払えばカルテルが傘下に置く企業と公共事業の契約をすることを約束されたと証言し、その会話の録音テープをすでに米国麻薬捜査局に提出していると報じられた。

興味深いのはこうした交渉の際の録画ビデオ、録音テープ、写真といった証拠の数々が多数、提出・公表されていることである。それは、マラディアガによれば、ホンジュラスの政治家や警察が犯罪組織を容易に裏切ることを経験から知っているため、保険代わりに2013年12月から米国麻薬捜査局と司法取引をし、膨大な証拠をわたしたということであった。加えて、マラディアガと他の麻薬組織との会話のなかで、2013年の選挙時に少なくとも25万米ドルをエルナンデス陣営側にわたしたという内容も含まれていることが暴露されており、エルナンデス側は関与を否定しているものの疑惑が深まっている[Goldstein and Weiser 2017]。

2016年10月には、麻薬密輸現場に放棄されたヘリコプターを発見したホンジュラス国軍のロドリゲス大尉(Santos Rodríguez)が、麻薬組織から口止め料として100万ドルを受け取った容疑で不名誉除隊の上、身柄を一時拘束された。しかし、同大尉は逆に告発をし、大統領の弟アントニオ国会議員とレエス国防大臣(Samuel Reyes)の麻薬組織との関係や、麻薬組織による米国大使襲撃計画、国軍の組織的汚職などを暴露している。同大尉は、そもそも自分の部隊は現地で麻薬密輸取り締まり協力のために駐留していた米軍と行動をともにしていたため、疑惑となった犯行は不可能であると証言している。彼は口止め料受け取り疑惑を否定し、自身はスケープゴートだと主張している。また、2017年7月には元国家警察幹部が、国家警察総務・法務顧問を務める妻とともに当局に逮捕された。個人口座に説明のつかない2,700万レンピーラ(約117万米ドル)が蓄財されており、マネーロンダリングの疑いがもたれている。彼は40以上のビジネス、300軒の不動産を所有しており、それらについても捜査が進んでいる。

(2) 公金横領をめぐる汚職問題

また、公金横領も深刻な問題である。例えば、2014年1月のエルナンデス大統領就任直後には、ホンジュラス社会保険庁(Instituto Hondureño de Seguro Social: IHSS)を舞台にした大規模な公金横領などの汚職問題が発覚した。容疑は、社会保険庁のセラーヤ長官(Mario Zelaya)をはじめとした同庁幹部による、4年間で総額3億5千万米ドルにのぼる巨額の使途不明金、不正流用、カラ出張、不正入札などであったが国民党が絡んだ組織的汚職であると指摘されている。なぜなら、その資金が当時の大統領候補者だったエルナンデスにも流れており、ロボ前政権の大臣らが社会保険庁の調達における収賄で刑事訴追されているからである。さらに、ロボ前大統領の側近で汚職疑惑発覚時は国会副議長であった政治家とその親族が所有する薬卸会社と社会保険庁との取引における詐欺、エルナンデス政権の環境副大臣とその兄妹などによる幽霊会社を使った架空取引など、400人以上が捜査対象者となる大疑獄事件に発展した。

逮捕されたモンテス前労働副大臣(Carlos Montes)は、公判で、政府系金融機関である生産・住宅銀行(Banco Hondureño de la Producción y la Vivienda: BANPROVI)のアルバレス社長(Juan Carlos Álvarez)と結託して社会保険庁の資金1,800万レンピーラ(約75万米ドル)を同銀行を経由してマネーロンダリングした後、国民党の選挙資金として流用したと証言している。アルバレス社長は、エルナンデス政権のアルバレス副大統領(Ricardo Álvarez)の兄弟であり、アルバレス副大統領も捜査対象になっている。また、大統領の姉イルダ(HiIda Hernández)の関与も疑われている。彼女は、セクター大臣在任中に首都近郊に大邸宅を新築するなどの不正蓄財の疑惑も持たれていたが、2017年12月にヘリコプター事故で死亡したため、捜査は進んでいない。これらの疑惑について、エルナンデス大統領は、社会保険庁の資金を自身は受け取っていないものの、選挙資金として国民党が受け取ったことは認めている。

長期逃亡の後に逮捕されたセラーヤ社会保険庁長官をはじめ関与していた被告たちの裁判は、裁判所が手続き上の問題などを理由にして4年を経ても遅々として進んでいない。また、大統領への疑惑もうやむやになったままである。この事件の余波をうけて、労働者の医療サービスのよりどころであった全国の社会保険庁病院(Hospital IHSS)が破産状態になり、多くの患者の治療が滞った。その結果、多くの患者がまともな治療も受けられず死亡しているとの告発も起きている[La Prensa, 15 de agosto, 2017]。

また、2017年11月の大統領選挙直後には、ロボの妻が、大統領夫人時代に退任6日前というタイミングで公金1,220万レンピーラ(約51万米ドル)を引き出し、自身の個人口座に振り込んだ公金の不正支出の容疑で逮捕されている。この事件に関しては、反汚職・無処罰サポート・ミッション(Misión de Apoyo contra la Corrupción y la Impunidad en Honduras: MACCIH)がロボ政権のほかの政府高官の関与についても言及しているが[Diario Tiempo, 18 de febrero, 2018]、ほかにも2011年から2015年までに合計70の小切手(合計9,400万レンピーラ)が不正に振り出されており、余罪が追及されている。とくに、独立監督機関であるホンジュラス汚職評議会(Consejo Nacional Anticorrupción: CNA)は、彼女が、ロス・カチーロスの所有している建物の購入を通じてマネーロンダリングを幇助していること、そしてその証拠として彼女がロス・カチーロスに振り出した300万レンピーラの小切手が存在していると、裁判所に告発をしている[La Prensa, 28 de abril, 201814

このように前・現大統領や国民党が絡んだ汚職の発覚、麻薬組織との癒着問題が後を絶たなかった。しかし、こうした問題が立て続けに起こっても、メディアの反応は鈍かった。その背景には、国内大手メディアの政府との癒着ともとれる蜜月関係がある。政府の社会支援プログラム「ボーノ10,000」などの広報と称して、莫大な宣伝費が国内の主要テレビ、ラジオ局、新聞社に費やされており15、それによって利益を得ているメディアの、政府に対する追及が緩くなっていた[中原2018]。

4. 司法の脆弱性と最高裁判事選出における政治問題

ホンジュラスには、法が弱者にだけ適用されるという法的不公平を表す「蛇は靴を履いていない者を咬む」という言葉がある通り[西方2013, 271]、告発があっても捜査が進まない、放置されるケースも多い。行政においては、国家警察の捜査能力や警察と犯罪組織との関係に加えて、とくに政治家が絡む汚職など、上層部からの政治的圧力によるものも少なくない。2016年の検察への全告発数76,603件のうち、4,160件が汚職に対する告発で、その中で公判に持ち込んだ事案は149件に過ぎない16。また、起訴されても、今度は司法の問題、つまり裁判所の裁判官を含めた職員の能力・質ともに脆弱な人員や調査能力のため公判で十分な審理がなされていないことが多い。ホンジュラスではこれまで国民党もしくは自由党のどちらが政権をとっており、その影響を強く受けて、司法も最高裁判事や裁判官も国民党もしくは自由党系の法律関係者で構成されるなど、政治の影響を強く受けてきた。法的には政党関係者は最高裁判事や裁判官など司法に関わることはできない。しかし、実際には最高裁判事の選出過程において各候補者の政党などは新聞でも公然と報じられている17。また判事が過去に政党や大企業の法律顧問であることも少なくない。その影響で政治汚職、政治家と犯罪組織との関係にも司直の手が入ることはまれであり、両党で庇い合うため逮捕すらされない、たとえ有罪になっても比較的軽い処罰で終わることも少なくなかった。犯罪組織に加えて、こうした政治家などが捕まらない状態を「無処罰」(Impunidad)問題として市民が政府や最高裁に対して改善を求めていた。「無処罰」とは文字通り「法に規定されている処罰や刑罰が実行されていない状態」を指すが、ホンジュラスの場合は「汚職と無処罰」(Corrupción e Impunidad)としてセットで使われることが多い[Yllecas 2010, 124-125]。多くの事案では政府高官や政治家の汚職に絡んだ警察・検察や司法当局による不法行為が多いからである。政治家の汚職のみならず犯罪組織の脅迫を受けたり、買収された判事による不当判決もある。司法の場合は後述の最高裁判事選出のケースのように、すでに任命時に政治の影響を受けている場合が多く、そのことから司法の独立性や司法への信頼に強い疑問が投げかけられているのである。

新興政党が大躍進した2013年の国会議員選挙の結果は、ホンジュラスの脆弱な司法の改善に大きな影響を与える第一歩になる可能性があるとして、識者やメディアから注目を集めていた。そのおもな理由のひとつが、2016年に任期満了(任期7年)となる最高裁判事選挙であった。15人の判事は国会議員の投票によって選出されるが、民政移管以降は常に国民党系か自由党系の判事で過半数が占められていた。しかしながら、今回の判事選挙で国民党と自由党以外の新興政党から判事が少数でも選出されることになれば、これまで疑惑があっても、これらの二政党のかばい合いで見逃される、もしくは軽い量刑で終わっていた腐敗に対する裁定が、今後改善されるのではないか、という、司法に対する期待が持たれたのである。

また、最高裁判事の構成が変わることで特に大きな影響を受けると思われたのは、大統領再選問題であった。憲法で禁じられていた大統領再選を画策する国民党の議員団が、再選禁止事項である第239条(行政の長にあるものは大統領候補になれない)や第374条(大統領再選禁止に関する条項を修正してはならない)、刑法第300条(再選を企図してはいけない)は違憲・違法であると訴えた結果、最高裁は2015年4月23日にこれらの条項は無効であるとする司法判断を下した。与党国民党または伝統政党である自由党と関係の深い判事で占められている最高裁によって憲法解釈が変えられたうえ、大統領が強引に、憲法改正をしないまま大統領選挙に立候補したため、野党や国内の識者からはそのような憲法解釈は違憲であるとして強い反対の声が巻き起こっていた。

2015年から2016年1月にかけて行われた最高裁判事選挙では、法に従い国内の7つの社会セクター18の代表から推薦者リスト(各20人、計140人)が提出された。その後、各セクターの代表1名ずつからなる選出委員会が各候補者を評価のうえ(候補者を選出したセクターの委員を除く6人が)投票し、45人に対象者を絞り、国会での投票(2/3以上、86議席以上の賛成票が必要19)を通じて、最高裁判事が選ばれることになっていた20。ただし、候補者の要件21があったとしても各セクターからの候補者選出過程は不透明であり、経済界や司法界からの候補者の多くは国民党と自由党の後ろ盾がある法曹関係者や活動家であることや、市民セクターといっても恣意的に選ばれた政府系の団体が候補者選出過程に関わっていることなどの問題が指摘されている。

しかし、今回の最高裁判事選挙ではこれまでの国民党と自由党による無風の判事選出とは異なり、国会でリブレ党や反汚職党(Partido Anticorrupción: PAC)が反対に回った結果、当初の予想通り一部の候補者は当選に必要な国会議員の2/3の賛成票を得ることができなかった。そのため法律に基づいて投票が5回も繰り返されたが、それでも判事が決まらなかった。しかし、6回目の投票の際に、国民党による票の買収で反汚職党の議員3人が党の決定を無視するかたちで賛成に回った結果、国民党と自由党が推薦する判事15人(国民党系8人、自由党系7人)が予定どおり承認された。

2017年11月の総選挙はそういった状況下での選挙であった。加えて、最高選挙裁判所による選挙開票プロセスの不手際もあり、2017年の総選挙直後から反対派の市民による抗議行動が激しくなり、内政は大混乱となった[中原2018, 40-43]。

5. 市民の怒り

こうした政権のガバナンス手法と、とめどなく続く政治家や軍・警察の汚職、麻薬組織を中心とした犯罪組織との関与(Narcopolítico)に対して、市民の不満が爆発した。治安、汚職問題や犯罪者の無処罰問題の改善を求めた市民が、2014年4月頃から、おもに毎週金曜の夕方に社会正義を求めて「汚職と無処罰に対する松明行進」(Marchas de Antorchas contra la Corrupución y la Impunidad)と呼ばれる大規模な平和的デモ行進をはじめた。参加者は「怒れる市民」(Los Indignados)と名付けられ、従来の労働者組合や農民団体のみならず、SNSを通じてこうした動きを知った学生や若者、主婦などといった一般市民も多く参加している[Ávila 2015, 31-35]。

写真2 テグシガルパの中央公園でのIHSS汚職に抗議するハンガーストライキ

(筆者撮影2015年10⽉31⽇)

きっかけとなったのは既述のホンジュラス社会保険庁を舞台とした大規模な汚職問題である。社会保険庁の予算を選挙活動資金に流用していることが暴露されたことで、それに憤りを感じた市民が、エルナンデス大統領と国民党に対して「Fuera JOH!(エルナンデス、やめろ!)」というキャッチフレーズとともに抗議行動を広げていった。参加者が手に持つキャンドルは社会保険庁の汚職で機能が低下した病院で亡くなった人々に捧げられ、トーチは汚職や犯罪者の無処罰といった「ホンジュラスの闇」を照らす象徴として用いられた。市民の要求は、政治から独立し、政府高官も捜査対象とすることを可能とした捜査機関を設立することと、検察ではなく独立した訴追機関である「ホンジュラス無処罰対策国際委員会」(Comisión Internacional contra la Impunidad en Honduras: CICIH)を創設すること、そして大統領、検事総長・副長に対する弾劾裁判を実施することであった。ホンジュラス無処罰対策国際委員会は、すでにグアテマラで実績を持つ「グアテマラ無処罰問題対策国際委員会」(Comisión Internacional contra la Impunidad en Guatemala: CICIG)にならった組織を想定している。

従来とは異なり多数の民衆による抗議行動が全国的に広がる状況は、エコノミスト誌において、中東の民主化運動「アラブの春」に模して「中米の春?」(A Central American Spring?)と呼ばれ、民衆による社会変革が起こるか、とも報道された[The Economist, 15 august, 2015]。グアテマラでは、ペレス・モリーナ前大統領(Otto Pérez Molina)や閣僚もからんだ“ラ・リネア(La Linea)”と呼ばれる税関の大汚職事件が、無処罰対策国際委員会の捜査で明らかになった。それに怒った市民による抗議行動によって、大統領は任期途中で辞任せざるを得なくなり、翌日には逮捕されている。

写真3 写真:⼤統領再選に抗議する⾸都テグシガルパでのデモ⾏進

(筆者撮影2017年9⽉15⽇)

エルナンデス政権は当初、こうした抗議行動を無視していた。しかし、2015年6月から8月にかけて、合計で270を超える抗議行動が全国で同時発生するなど活動が激化した。そのため政権側は対話を余儀なくされ、「国民大対話」(Gran Dialogo Nacional)を開催した。その席で、政府側は無処罰対策国際委員会の代わりに「無処罰・汚職対策国家統合システム」(Sistema Integral Hondureño de Combate a la Impunidad y la Corrupción: SIHCIC)の設立を提案したが、中身が骨抜きであったため、野党や市民グループ(中心的役割は若者グループ「怒れる反対者による社会運動」(el Movimiento Social Oposición Indignada: OI))からの激しい反対にあった。その結果、米州機構(Organization of American States: OAS)が仲介し、国際判事と検事の設置、「ラス・アメリカス司法研究センター」(Centro de Estudios de Justicia de las Américas: CEJA)を通じた調査・分析、「反汚職米州防止条約推進監視機構」(El Mecanismo de Seguimiento de la Implementación de la Convención Interamericana contra la Corrupción: MESICIC)への参画、司法監視などを盛り込んだ「ホンジュラス反汚職・無処罰サポート・ミッション」(Misión de Apoyo contra la Corrupción y la Impunidad en Honduras: MACCIH)の設立が提案され、2016年1月に米州機構と政権が合意した。

反汚職・無処罰サポート・ミッションは当初市民が要求した無処罰対策国際委員会とは異なる。あくまでホンジュラス司法が行う捜査の支援組織であり、必要な捜査情報はホンジュラス当局から得ることになっている。グアテマラの無処罰対策国際委員会はグアテマラ検察から独立しており、独自の検察官が公訴権を持つが、反汚職・無処罰サポート・ミッションにはそれがなく、ホンジュラスで公訴権を持つのはエルナンデス大統領に近いチンチージャ元最高裁判事(Oscar Chinchilla)を検事総長とするホンジュラス検察庁である。そういった事情から、発足当初から同サポート・ミッションの政治汚職に対する実効性には疑問が呈されている。しかし、当初、市民運動側が要求した大統領などへの弾劾や、同サポート・ミッションに公訴権がなかったとしても、同サポート・ミッションはホンジュラスの市民による抗議運動がもたらした成果として注目を浴びるとともに、同国の無処罰・汚職問題解決の第一歩として迎えられ、その動向に市民の注目が集まっている。

6. 近年における市民社会の動き

ホンジュラスにおいて、特定の政党や利益集団に属さない一般市民による社会正義を目的とした大きな市民運動が発生するようになったのは、1998年のハリケーン・ミッチが契機であったといえる。それまでも市民の抗議行動がなかったわけではないが、それは労働組合や農民組合などの特定の集団によるものであった。しかし、ハリケーン・ミッチの自然災害による壊滅的な被害を前にして、政府の復興対策が遅々として進まないことに対して同時多発的に各団体が声をあげるようになった。そして、こうした動きがその後の「市民フォーラム」(Foro Ciudadano)の活動へとつながっていった。

「市民フォーラム」は、元々は政府による警察改革の取り組みを監視するため、人権擁護官のイニシアティブで1997年9月に発足した組織である。同フォーラムには30以上の各種市民団体が自由に参加し、オープンな議論と政府との政策対話による市民の政治参加を通じた民主主義の深化を目的としていた[Foro Ciudadano 1999, 7]。その後、同フォーラムは、ハリケーン・ミッチ以降当時の世界銀行/IFMがホンジュラスを含めた重債務貧困国に対して適用していた重債務貧困国イニシアティブにおける政府の取り組みを監視するオンブズマン的な存在となっていった[Cruz, Espinoza 2003, 2-3]。重債務貧困国イニシアティブでは、債務国が「貧困削減戦略ペーパー」や包括的な復興計画である「国家復興・変革マスタープラン」(El Plan Maestro de Reconstrucción y Transformación Nacional)を作成し、実行しなければならなかったが、市民フォーラムはそれを監視する市民団体となっていったのである。

このような背景から、1998年11月以降は警察改革のみならず、「民主主義の強化(Fortalecimiento Democrático):選挙改革、司法改革、立法府の近代化、治安」、「教育・文化改革」(Cambio Cultural y Educativo)、「予防と社会統制(Prevención y Control Social):汚職対策」、「包括的開発計画」(Estrategia Integral del Desarrollo)の4つを軸にして、定期的な会合を通じた市民による政策提案へと活動の幅を広げていった。市民フォーラムは1999年以降定期的に政府と協議を行い、選挙法改正や警察改革などについての対話や政策提言を行っている[Foro Ciudadano 1999, 133-146]。しかし、2004年時点でも、国連開発計画(UNDP)は「個人や特定の集団の利益を超えた、包括的かつ対話的な成熟した市民社会の形成は、ホンジュラスの民主主義の深化にとっての課題のひとつ」であると指摘している[Membreño 2004, 66]。ただし、当時国連開発計画(UNDP)とも連携していた市民フォーラムの活動は、その時点では十分とは評価されていなかったものの、市民社会の形成の嚆矢となったことは違いない。

しかし、その後2008年ごろには市民フォーラムは発展的に解消され、代わりにマヌエル・セラーヤ政権下の2006年2月に成立した「市民参加法」(Ley de Participación Ciudadana)に基づいて、政府の開発政策「国家計画」(Plan de Nación)に対するオンブズマン的な組織である「ホンジュラス団結フォーラム」(Foro Nacional de Convergencia: FONAC)が創設された。当初FONACは「市民フォーラム」の発展形として大きな期待が持たれたが、2009年のクーデター後の選挙で政権に就いた国民党主導で市民参加法が廃止され、同フォーラムの予算が縮小されると一気に重要性を失った。そもそも政府予算で成り立っているため、市民社会の代表といっても政府寄りの団体のみの参加に終始している。また、それを監視することがFONACの設立目的であった政府の「国家計画」自体への社会の関心が薄れたのにともない、FONACの社会的重要性はきわめて低くなり、「市民フォーラム」のような市民の代表的組織とはなり得ていない。実際に2015年以降内政が不安定化した際にも、FONACはほとんど役割を果たせていない。同時に、それ以降、こうした政府と市民社会の対話チャンネルがなくなり、市民の意見表出の機会が失われることになった。

2015年に激化したエルナンデス政権に対する抗議行動は、当初はリブレ党や2009年のクーデター後にセラーヤを支持するため発足した左派系の「国民抵抗戦線」(El Frente Nacional de Resistencia Popular: FNRP)の支援を受けた労働団体や学生運動によるもの抗議行動であったが、すぐにエルナンデス政権によって解雇が続いた電力公社や水道公社などの労働組合や、先住民族、女性、農民などの組織、そして一般市民も参加した全国的な市民運動へと発展していった。こうした抗議行動が2015年には全国で543件も発生し、その82%は首都テグシガルパのあるフランシスコ・モラサン県と第2の都市サン・ペドロ・スーラのあるコルテス県でのもので、その目的もほとんどが「汚職と犯罪に対する無処罰」や「貧困(生活)改善」であった。2015年に発生した抗議行動で、具体的活動の中身を検証することのできた536件の抗議行動のうち暴力的行動に発展したのは5件と1%に満たず、一部暴徒化したものがあったものの、おおむね非暴力で平和的な市民運動であった[Sosa 2016, 115-122]。国民党は、こうした抗議行動を野党の動員によるものであると批判していたが、毎週金曜午後に首都だけでも何万人も参加していることからすると、ひとつの政党でまかなえるような金額で動員できる人数ではないため、野党による動員という批判は説明がつかない。またデモに参加しない一般市民も、デモ行進にともなう交通規制や交通機関のマヒで生活が不便であっても、汚職のせいで病院職員や機材が不足し、気が遠くなるほどの待ち時間のわりに質の低い病院になったのは、社会保険庁と国民党政権の責任であり我慢ができない、政府は治安改善と喧伝しているが、未だに自分の居住地区の治安は改善しないなどの理由から、市民運動をおおむね支持していた。

執筆時点(2018年7月)では、ゼネストやデモ行進などは沈静化している。しかし、2017年11月の選挙結果から生じた各種問題の協議のための国民対話(Dialogo Nacional)が国連開発計画の仲介で実施される一方で、野党がそれへの参加を拒んでおり、2018年5月に入って国民対話プロセスの中断が国連開発計画から正式に発表された。6月20日には再開に向けた国際機関と各党との協議が始まったが、先の選挙を違憲ととらえ、憲法に沿った再選挙についての議論が最優先であると考える野党側と、選挙は合憲で選挙後の政治課題解決が議論のスタートであるととらえる与党国民党との間で意見がかみ合わないため、合意の可能性は今のところ低い。協議の結果次第では、不満を持つ反政府支持者による抗議行動が起こる可能性も十分にある。

おわりに

以上、国民党のガバナンスと汚職問題、それに憤る市民の動きを概観した。

第1節ではエルナンデス政権は新しい政治をめざして改革派を標榜した一方で、政治手法は集権的で権威主義的に進めたことが党内外でさまざまな軋轢を生むことになった状況を概観した。第2節では、モラルに欠く歴代政権の脆弱なガバナンスによって麻薬組織など犯罪組織が蔓延し、過去の大統領、政府高官、国軍や国家警察などを含めた政府の腐敗した状況とそれに対するエルナンデス政権の犯罪対策、そして対策をすればするほど既述のとおり、彼や彼の兄妹自身、国民党幹部など政治家、政府高官にさらなる疑惑を抱えることになった現状を概観した。第3節~第5節ではエルナンデス大統領の権威主義的な手法を、腐敗する国軍、警察に対するコントロールや政策実施過程、大統領再選問題を扱う最高裁の判事選出過程を事例にして明らかにした。第6節以降はそういった状況を危惧する市民社会の状況と、政府との政策対話スキームがなくなり、立法や行政に対する市民の不満や抗議行動が解決の糸口を見いだせないまま今日まで至る現状を概観してきた。

2009年のクーデター以降、社会が分裂するにつれて、国民党は熱心な支持者以外の票を得ることが困難になっていった。それにともない、支持者固めのため、政府の社会プログラムによる地方農村部への支援強化や都市部での治安対策強化を推進したが、受益者が偏向した社会プログラムの実施はむしろ批判の対象となった。また、改善しない都市部の治安と、たとえ捕まっても処罰されないという問題は、住民の批判を増加させることになった。最高裁によって憲法解釈が変更され、大統領の再選が可能になったが、前回選挙を違憲と考える野党との対立や市民社会との乖離が激しくなっている。

こうした中で政権を批判する市民の多くが、2017年11月の総選挙では野党に投票したことから、エルナンデスは野党のナスラーラ候補(Salvador Nasralla)に歴史的僅差に追い上げられた。また、選挙後の不正の告発で内政が混乱した。野党のみならず識者や都市部の中間階級を中心に、一般市民の多くが国民党の意に沿って再選を有効とした最高裁の司法判断と、憲法改正をしないまま大統領を再選させた国民党の政治手法に納得せず、今回の大統領再選は憲法違反であると考えている。選挙開票作業の疑惑と相まって、エルナンデス第2期政権の正統性が疑われ続けている。エルナンデスの汚職対策は、進めば進むほど新たな汚職の事実が発覚する状況である。選挙後早々にも、サンタ・バルバラ県の2カ所のダム建設で歴代政権による、ブラジルのオデブレヒト社が関与する疑惑が発覚し、また、首都の公共交通網(Bus Rapid Transit : BRT)建設では、アルバレス現副大統領に対してテグシガルパ市長時代の不正疑惑についての捜査が続けられている。このように、国民党もからんだ大型公共工事における不正疑惑があとを絶たない。

今後の国民対話の動向や、上記のような不正の摘発など、現在は収まっているデモや抗議行動が再燃する可能性のある火種は尽きない。そのため、今後も社会的混乱が続くことが予想されるが、政府は2017年に集会の自由を制限するような刑法335条を改正した。同条文を実際に適用するような事態になれば、憲法違反と批判する市民と政府の対立はさらに深まることになる。エルナンデス大統領の権威主義的なガバナンスは市民社会との親和性が低い。しかし、こうした状況で仲介役を果たすことが期待される有識者も二分化が進んでおり、立場を超えた協議の場の設定も困難になってきている22。現状では問題解決の糸口は見つかっていないが、本稿で紹介した過去の市民フォーラムのような、政府と建設的に政策対話ができる市民社会を代表する組織によって、誰もが合意できるような分野から対話を進め、協調と合意に向けた取組みを始めることが重要ではないだろうか。たとえば、ホンジュラスの公教育改革の推進については立場を超えて異論はない一方で、実際の改革は進んでいない。手始めとして、こうした分野における協調と合意を丁寧に実現し、他の分野にも動きを広げていくことが重要であろう。

本文の注
1  ルイス・コセンサ(マドゥーロ政権の大統領府大臣)、ラモン・メディーナ・ルナ(同通信大臣、コセンサ辞任後の大統領府大臣)、ブレニー・マトゥーテ(同国際協力大臣)、カルロス・アビラ(同教育大臣)など。

2  政権発足時に、援助支援国やカソリック教会から一部大臣を留任させるよう要請があり、最後まで組閣調整を強いられたため、彼らの任命・就任は大臣任命式に間に合わなかった。一部ではエルナンデス大統領がそれらの人事が自らの「意に反している」ことを知らしめるため故意に発表を遅らせたともいわれている。

3  たとえば、戦略・コミュニケーション分野担当大臣に姉のイルダ・エルナンデスを任命したことで、メディアや野党から「大統領の近親者が大臣、副大臣に就くことを禁止した憲法第250条に違反している」とネポティズムを厳しく指摘された。これに対し、CNNのインタビューでエルナンデス大統領は「セクター大臣は給与も受け取っておらず、予算配分も支出権限もないため法的には大臣とはいえない」と説明したが、政府広報では大臣と明記されており、説明に矛盾が生じたままであった(2016年12月16日、CNNのエルナンデス大統領へのインタビュー)。セクター大臣は、2014年1月のエルナンデス政権発足時には、既述の7セクターで開始したが、何度か改編の後、現在では以下の7つのセクターに改編されている。政府総合調整(Gabinete Sectorial de Coordinación General de Gobierno)、ガバナンス・地方分権(Gabinete Sectorial de Gobernabilidad y Desentralizción)、開発と社会参加(Gabinete Sectorial de Desarrollo e Inclusión Social)、経済開発(Gabinete Sectorial de Desarrollo Económico)、生産的インフラストラクチャー(Gabinete Sectorial de Infraestructura Productiva)、経済規制と運用(Gabinete Sectorial de Conducción y Regulación Económica)、安全保障と国防(Gabinete Sectorial de Seguridad y Defensa)、(ホンジュラス大統領府ウェブサイト http://www.estrategiaycomunicaciones.gob.hn/Estado, 2018年7月6日現在。)

4  売上税の増税や軍警察の創設の法案など。

5  幹線道路の整備、首都のトンコンティン空港のコマヤグア市移転、省庁移転のためのシビックセンター建設など。

6  自由党や反汚職党は軍警察自体には反対しておらず、治安対策を強化しても犯罪100件に対して5件しか法の裁きを受けていない「無処罰」が蔓延している現状を含めた司法の包括的な改善や、既存の国家警察との機能重複、軍警察に関する大統領令と憲法との矛盾を指摘している。とくに、警察活動は憲法第273条に記載されていない軍の機能であるため、憲法に基づいた国民投票が必要であると主張していた。

7  たとえば、2018年3月11日のTV局Canal5の討論番組「30/30」で、ロボ前大統領は自身の妻ロサ・エレーナが逮捕された件(後述)に関して「こうした決定には司法だけではなく大統領府のトップ数人も関与している」と暴露している。

8  2015年6月11日 La Prensa紙 “TSC inicia investigación por alquiler de patrullas,” http://www.laprensa.hn/honduras/848628-410/tsc-inicia-investigaci%C3%B3n-por-alquiler-de-patrullasなど。見解については、2017年9月11日筆者によるフランシスコ・モラサン国立教育大学特別プログラム部長フリオ・ナバーロ(Julio Navarro)教授へのインタビュー。

9  「中心に」とは軍警察は逮捕権がないため警察と合同で捜査する必要があったからである。

10  2016年12月16日、CNNのエルナンデス大統領へのインタビュー。

11  後述する「ホンジュラス反汚職・無処罰サポート・ミッション」(Misión de Apoyo Contra la Corrupción y la Impunidad en Honduras: MACCIH)は、この事件に関連して、父であるロボ前大統領や国民党議員への捜査を開始したことに言及している。

12  他にも、前国民党国会議員幹事長で元治安大臣のアルバレス(Oscar Álvarez)はロボ大統領を通じてカチーロスを紹介されている。数々の疑惑があるなか、すでに選挙に勝利していたにも関わらず2018年1月に突然辞任して米国に移住することを発表したが、それは自主的に米国当局に出頭するためといわれている。この他、地方自治体も同様で、大統領顧問のポンセ(Marvin Ponce)は2013年の選挙で麻薬密輸組織から資金援助を得た市長は少なくとも35人はいる、と発言している。[La Ultima Hora, 15 de agosto, 2014]

13  アントニオは弁護士時代から犯罪組織とのつながりが噂されていた人物である。

14  他にもジョロ県周辺を縄張りとするソト一家の摘発では、ジョロ市長のソト以外に、ソトの妹のディアナ・ソト国民党国会議員が逮捕された。また、国家警察の元副署長ルドウィング・セラーヤは国内北部での麻薬密輸に関与し、2016年に米国に引き渡された。2018年5月にはオランチョ県副司令のホセ・オルランド・レイバが麻薬密売に関与した容疑と300万レンピーラの不正蓄財によって家族と共に逃亡先の米国で指名手配されており、犯罪組織との癒着問題が後を絶たなかった。

15  主要テレビ局はフェラーリ(Rafael Ferrari)、主要新聞社はフローレス(Carlos Flores)やカナウアティ(Mario Canahuati)のような伝統的なエリート支配層で独占されている。

16  MACCIH/OEAウェブサイト(http://www.observatoriohonduras.org/sitio/project-category/acceso-a-la-justicia/page/2, 2018年7月8日現在)

17  たとえば、現行の最高裁判事であれば、La Prensa,“Honduras: Ellos conforman la Corte Suprema de Justicia.”11 de Febrero, 2016.

18  最高裁(La Corte Suprema), 弁護士会(el Colegio de Abogados de Honduras: CAH), 民間企業会(el Consejo Hondureño de la Empresa Privada: Cohep), 人権擁護官(el Comisionado Nacional de los Derechos Humanos: Conadeh), 法学者評議会(los claustros de profesores de Ciencias Jurídicas)、労働者連盟(las confederaciones de trabajadores),市民社会組織(las organizaciones de la sociedad civil)。

19  ホンジュラス共和国憲法第315条。

20  Decreto No-140-2001”Ley orgánica de la junta nominada para la elección de candidatos magistrados de la la corte suprema de justicia”(「最高裁判事選挙のための選出委員会組織法」)

21  同法によれば、候補者は(1)ホンジュラス国籍で、弁護士もしくは公証人(Notario)の資格を持つ、(2)35歳以上、(3)5年以上の司法での実務経験、もしくは10年以上の弁護士・公証人としての実務経験、の3条件を満たす者。

22  2018年5月3日、筆者によるホンジュラス国立自治大学(UNAH)ラテンアメリカ社会科学部(Facultad Latinoamericana de Ciencias Sociales: FLACSO)部長ロランド・フォンセカ(Rolando Fonseca)教授へのインタビュー。また2018年5月9日に筆者がインタビューを行ったフランシスコ・モラサン国立教育大学ナバーロ教授の話では「(国内で中心的役割を果たすべき)UNAHが学長選をはじめとした教授たちの学内権力争いと、大学当局と学生との対立などでまともに機能していない」とのことであった。

参考文献
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