Latin America Report
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Policies and Interests toward Venezuela of the Big Three: USA, China, and Russia
Aki SAKAGUCHI
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2022 Volume 38 Issue 2 Pages 48-60

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要約

ベネズエラでは、ニコラス・マドゥロ(チャベス派)、フアン・グアイド(反チャベス派)のふたりが、自らが正統な大統領であると主張して対峙する状況になって約3年が経過した。国際社会も、マドゥロを支持する中国・ロシアなどの国々と、グアイドを支持する米国、EU、南米のリマグループなどに分かれている。米国の経済制裁や中国・ロシアによるマドゥロ支援、またノルウェーなど両者の対話を求める国々、国内の食料・医薬品不足や難民問題などで支援を拡大する国連の機関など、国際社会の関与は、内政にも影響を与える。本稿では、両勢力を支持する大国である米国および中国・ロシアが、ベネズエラに対してどのような政策対応をとってきたのかについて、それぞれの国や政権ごとの特徴に焦点を当てて考察する。

はじめに

ベネズエラでは、過去20年以上にわたり、チャベス派と反チャベス派による厳しい政治対立が続いている。その間、ウーゴ・チャベス(Hugo Chávez, 1999~2013)、ニコラス・マドゥロ(Nicolás Maduro, 2013~)両大統領は中国、ロシアとの経済関係を強化して両大国への依存を強める一方、反チャベス派勢力は米国を中心に欧米諸国やコロンビアなど南米諸国の支援を取り付けてきた。とりわけ権威主義化が加速し、食料の欠乏など人道問題が顕著になり、南米各国へのベネズエラ難民の流出が急増したマドゥロ期には、米国やEUが制裁措置を発動するなどマドゥロ政権への圧力を強めた。他方ロシアや中国は、国連安全保障理事会でマドゥロ政権に対して米国が提起した決議案に拒否権を発動して擁護するなど、ベネズエラ問題への対極的な対応が際立つ。米国トランプ大統領が軍事介入の可能性を示唆する一方、ロシアは核弾頭搭載可能な爆撃機をベネズエラに送るなど(Osborn 2018)、冷戦期を想起させるようなこともあった。

チャベス派が司法と選挙管理委員会を支配しているため、民主的手続きでの政権交代は不可能である。そのうえマドゥロが国軍や警察を掌握しているため、ベネズエラの政治危機は膠着状態に陥っている。その結果、国際社会の関与が国内政治に与える重要性がチャベス期に比べて相対的に増している。本稿では、チャベス、マドゥロ両政権期における米国および中国・ロシアとの関係について、それぞれの国や政権ごとの特徴に焦点を当てて考察する。

1. 米国の対ベネズエラ制裁措置の推移

ベネズエラに対する米国の制裁措置はブッシュ政権期に始まり、オバマ、トランプ、バイデン各政権へと引き継がれ、拡大されてきた。そしてそれら4政権が制裁を科す(少なくとも公式な)理由は、各政権が重視するイシューによって変化してきた。ブッシュ政権は米国の安全保障を、オバマ政権はベネズエラ国内の人権問題の深刻化を、そしてトランプ政権はその双方を掲げながら、あからさまにマドゥロ失脚を対ベネズエラ政策の目的に据えた点が、オバマ政権と一線を画していた。バイデン政権は人権や人道問題を重視するが、今のところベネズエラ問題については静観しており、前政権までの制裁措置を継続している。制裁の種類も、個人や企業を対象にした制裁に始まり、2017年以降は経済全体に大きな影響を与える経済制裁も加わり、対象の拡大とともに強度も増してきた。

ブッシュ政権は国内の麻薬問題への重要な取組みとして、コロンビア政府と手を組み、麻薬取引に関与する左翼ゲリラ「コロンビア解放軍」(Fuerzas Armadas Revolucionarias de Colombia: FARC)の掃討作成を行っていた。そのFARCにチャベス政権が支援をしているとして(坂口 2021: 233-234)、ブッシュ政権は2006年にベネズエラに対して武器輸出の禁止措置をとった1。また、麻薬取引に対する個人制裁も発動し、2005年以降少なくとも22人のベネズエラ人と27企業を制裁対象とした。それには石油大臣や副大統領を歴任したタレック・エル・アイサミ(Tareck El Aissami)など政府高官が含まれる。彼は中東系移民の子で、中東のイスラム主義国際テロ組織ヒズボラと関係があり、自らも麻薬取引に関与しているといわれている2。米国財務省は2008年には、ヒズボラを資金援助しているとして、ベネズエラ人ふたりとベネズエラの旅行代理店2社に金融制裁措置を発動している。

それに対してオバマ政権の制裁措置は、マドゥロ政権による政治的弾圧や人権侵害、民主主義制度への攻撃、汚職などに対抗するものであった。マドゥロ政権下では反チャベス派市民による長期にわたる大規模な抗議行動が続き、それにマドゥロ政権が暴力をもって対応し、多くの市民が犠牲になった。また反チャベス派政治家やジャーナリストに対する抑圧や政治的理由による逮捕が増えた。そのような状況に対して2014年米国議会はベネズエラ人権市民社会保護法(Venezuela Defense of Human Rights and Civil Society Act)を成立させた。オバマ大統領はそれにもとづき、深刻な人権侵害や民主主義制度への攻撃の責任者として翌2015年マドゥロ政権の政府高官などを対象に、米国内の資産凍結と渡航禁止という個人制裁を発動した。

2015年国会議員選挙の結果、反チャベス派が国会で圧倒的過半数を支配するようになって以降、マドゥロは政権死守のために国会の権限を剥奪し、選挙を形骸化させた。一方で、厳しい経済危機下で食料や医療物資が欠乏し、命を落とす市民が増えるなどの人道危機が広がったが、マドゥロ政権は人道危機は存在しないと主張し、米国や国際機関からの人道支援物資の受入れを拒否した。オバマ政権からトランプ政権にかけて、制裁の理由が米国の安全保障から人権や民主主義に移行し、制裁が強化・拡大された背景には、このようなマドゥロ政権下での権威主義化と人道危機の進行があった。

トランプ政権は、政治的抑圧、人権侵害、民主主義への攻撃などを理由にした個人制裁を、より多くのチャベス派政治リーダー、軍人、裁判官などに拡大した。2021年1月までに113人のベネズエラ人と少なくとも8つの組織が、米国に所有する資産の凍結の対象となった。それにはマドゥロとその家族、デルシー・ロドリゲス副大統領(Delcy Rodríguez)をはじめ、最高裁判事、軍や国防警察のトップなどが含まれる。2020年3月には米国司法長官が、国際テロ支援や麻薬取引、汚職などでマドゥロをはじめチャベス派幹部15人を刑事訴追し、拘束につながる情報提供者に報奨金(マドゥロの場合は1500万ドル)をつけた(US Department of Justice 2020)。

またトランプ政権は、マドゥロ政権が権威主義化を強めることに対して、経済全体に影響する経済制裁を発動した。その第一弾は、マドゥロが制憲議会を設立して国会を事実上無効化したことを受け、2017年8月に発動した金融制裁である。これは、米国人・企業がベネズエラ政府や国営ベネズエラ石油(Petróleos de Venezuela, S.A.: PDVSA)が発行する債券の取引に関与することを禁止するものである。マドゥロ政権は毎年100億ドル前後の対外債務支払いを抱え、外貨不足のなか新規債務による借換えでしのいでいたが、金融制裁はそれを困難にした。マドゥロ政権は制裁を回避しようと仮想通貨ペトロ(Petro)を発行したが、米国はペトロも速やかに制裁対象とした。

マドゥロは2018年5月に、反チャベス派の主要政党や有力リーダーが選挙に参加できない状況に追いやったうえで、形ばかりの大統領選挙を実施し、「勝利」したとする。2019年1月にマドゥロが2期目に「就任」したことに対抗して米国は、ベネズエラとの石油の輸出入を禁止するとともに、国営ベネズエラ石油(PDVSA)の米国内100%子会社CITGOの資産を凍結する石油制裁を発動した。8月には、マドゥロ政権を資するすべての経済活動を制裁対象とするとともに、第三国および第三国企業も対象とした。これは、マドゥロ政権の資金源を断つことで、マドゥロ政権の崩壊をねらったものである。

一方で、トランプ大統領が2019年には軍事介入も示唆するなど強硬な姿勢を示した背景には、トランプ政権の政治的思惑があったことも否定できない。同年11月の米国大統領選挙において、マドゥロ政権に対する強硬姿勢は大票田のフロリダ州とテキサス州でキューバ系有権者の支持を獲得するのに有利に働くと予想された。また、マドゥロ失脚を実現できれば、ベネズエラ石油に依存するキューバやニカラグアといったラテンアメリカの急進左派の権威主義政権は窮地に立たされることになる。それらを一気に弱体化させ、失脚に結びつけられれば、トランプ大統領は選挙を前に外交面で大きなポイントを稼ぐことができる。

バイデン政権が誕生して1年が経過しようとしているが、今のところトランプ政権期に拡大された各種制裁は維持されたままである。強硬なトランプ大統領からバイデン大統領への交代を受けて、マドゥロは直接交渉を呼びかけているが、バイデン大統領はそれに応えずに静観している。唯一の動きとして、2021年3月に、米国にいるベネズエラからの難民に対して18カ月の一時保護資格(Temporary Protected Status: TPS)を付与している(The White House 2021)。

バイデン政権は人権重視派であり、マドゥロ政権下の人権抑圧に対して強硬な姿勢を貫くと考えられる。一方で、就任1年目から、アフガニスタン撤退や中国によるアジア地域での領海侵犯や台湾統合の意欲など、重要な外交課題に直面しており、バイデン政権にとってベネズエラ問題の優先順位は下がっていると思われる。国際機関を通じた間接的な人道支援を継続しながらも、トランプ期ほどマドゥロ政権と対峙してベネズエラ問題に深くコミットする気配は、少なくとも表立ってはみられない。

2. アメリカの対立軸としての中国とロシア

(1) 中国・ロシアの対ベネズエラ政策の共通点と相違点

米国との対立を深めるチャベス、マドゥロ両政権が、その一方で関係を深めてきた大国が、中国とロシアである。チャベス政権誕生以前には、両国との外交関係は希薄で、貿易や投資といった経済関係も限られていた。しかしチャベス政権が誕生して以降21世紀初頭にかけてベネズエラは中露との関係を急速に深めていった。ただし中露はベネズエラへの支援で連携しているわけではなく、それぞれが別個にベネズエラとの関係を深めてきた。

石油産業の米国依存からの脱却をめざすチャベス大統領は、中露は重要なパートナーとなりうると期待していた。ベネズエラにとって両国は、①米国に代わる新たな石油開発のパートナーとして、②新たな石油市場(中国の場合)として、③世界最大の消費国かつ最大の産油国となった米国に対抗し、「OPECプラス」として協調する産油国パートナー(ロシアの場合)という意味においても、重要性を増していった。

中露とチャベス、マドゥロ両政権が紡いできた関係には、多くの共通点がみられる。ひとつは、中露ともに、大統領や閣僚が頻繁に訪問して国家間関係を強化し、経済協力合意を結んだうえで、両国の国営および民間企業が多数ベネズエラに進出して経済関係を深めていったことである。チャベス大統領は中国を5回、ロシアを6回訪問し(浦部 2016: 178)、そのたびに経済協力合意や融資を取り付けた。その合意のもと中国・ロシアの国営石油企業がベネズエラの石油産業に進出し、欧米石油メジャーに代わって国営ベネズエラ石油(PDVSA)の重要なパートナーとなった。両国からの融資は、石油現物で返済するスキームであるという点も共通している。

チャベス期の積極的に融資する姿勢とうってかわり、経済危機が深刻化するマドゥロ期には、新規融資の求めに対して慎重になったのも中露ともに共通している。中露への債務も、ほかの対外債務同様マドゥロ期には支払いが遅延した。債権回収のためにはベネズエラ経済が回復することが必要で、中露ともにマドゥロ政権に経済政策の見直しを求めたが、マドゥロ側がそれを受入れて実行することはなかった。そのため、両国ともにマドゥロ政権の経済運営に不信感を強め、債務回収のためのリスケや借換えには応じるものの、新規融資には応じなくなった(中国については次項(2)の表2参照)。

マドゥロ政権は、産油量そのものが縮小しているなかで、債務支払いのために中露に石油を送り続ける必要があった。その分石油輸出による外貨収入がさらに減り、その結果生産維持に必要なメンテナンス投資さえもできず、産油量がますます低下して債務返済を困難にするといった悪循環に陥った。このようにベネズエラが中露に対して「債務の罠」にはまる一方、中国はベネズエラで「債権の罠」にはまったとの指摘がある(Kaplan and Penfold 2021: 98)。これはおそらくロシアにもある程度いえるだろう。「債権の罠」とは、コンディショナリティや審査によるリスク管理をせずにベネズエラに寛大に融資を続けたことが、ベネズエラ側にモラルハザードを生み、産油量や石油価格の低下もあいまって債権回収が困難になることを指す。とくに中国の場合債権の規模が大きく、上述したようにリスケや借換えなどコミットメントを続けなければ債権の多くを失うリスクがある。

また、マドゥロ政権期の経済不振によって、チャベス期にベネズエラの多様な産業に進出していた多くの中露の企業が、事業中断あるいは撤退せざるを得なくなっている。中国の石油企業がかろうじて石油の合弁事業に残っているが、ロシアでは国営石油企業ロスネフチ(Rosneft)が、米国による経済制裁を科されることを警戒し、撤退した。

中国とロシアのもうひとつの共通点は、ベネズエラに対する武器輸出の拡大である。先述のように2006年に米国が制裁措置のひとつとしてベネズエラへの武器輸出を禁止して以降、両国はベネズエラへの武器輸出を拡大した(Romero and Mijares 2016: 184; Gurrola 2018: 127)。図1は2006年以降中露からの武器輸入が急増したことを示している。とくにロシアの武器輸出の拡大が著しい。しかしながら、いずれも2013年のチャベス大統領死去後、マドゥロ政権下では大きく縮小し、2017年以降は両国ともに納入はゼロになっている。

(注)SIPRI(Stockholm International Peace Research Institute)のTIV(Trend-Indicator Value). タイプの異なる武器貿易を比較するためにSIPRIが開発した独自指標。納入時点で計上。

(出所)SIPRI, SIPRI Arms Transfers Databaseより筆者作成。

マドゥロ政権が欧米を中心に人道危機の責任を追及され権威主義化を批判されるなかで、中露はそれは内政干渉であるとして、国際社会においてマドゥロを強力に擁護してきた。2019年2月末に国連安保理で米国がマドゥロ政権に対して国際人道支援の受入れと公平で中立な大統領選挙の実施を求める決議を提案した際には、中国とロシアが拒否権を発動してそれを阻止した3。ロシアはさらに同会議において米国による内政干渉を批難する決議を提出し、否決されている。

経済破綻に陥ったマドゥロ政権に対して中露は新規融資をしない一方で、いずれも人道支援物資を提供している。マドゥロ政権は、食料の欠乏などの人道危機の存在を否定し、米国や国連からの支援物資の受入れを拒否していたが、中国とロシアからの医薬品や栄養剤などの人道支援物資は受け取っている。

また、新型コロナ感染症が広がりワクチン確保が急務となった2021年に、ベネズエラは外貨不足からCOVAX(COVID-19 Vaccines Global Access、途上国への公正なワクチン供給を実現するための国際的取組み)への代金支払いが遅れ、9月までワクチンを受けとれなかった。そのような状況で、ロシアと中国は、それぞれが独自開発したワクチンであるスプートニク(Sputnik)とシノファーム(Sinopharm)を同年3月以降ベネズエラに提供していた4

このように中露の対ベネズエラ政策には多くの共通点が見い出せる。その一方、中国の対ベネズエラ政策は純粋に経済的利益の追求が目的であるのに対して、ロシアは経済的利益に根ざしながらも米国を意識した地政学的利害も重視しているという明確な違いがある。

(2) 経済的利益を追求する中国

米国に代わる新たな石油市場や石油開発パートナーを模索していたチャベスと、急激な経済成長を支えるために石油の安定供給先を確保したい中国は、経済的利害が一致した。また、アジア諸国を中心に世界各地で大規模な開発投資と自国企業の進出を進めてきた中国と、新たな開発資金の出資者が必要だったチャベス大統領の思惑も一致した。

チャベス期以前は、ベネズエラと中国のあいだの貿易投資関係は小規模だった。それに対してチャベス大統領は中国と数多くの経済協力協定を締結し、急速に経済関係を拡大させていった。中国からの輸入額は2000年の7000万ドルから2011年には43億ドルへと拡大し、中国は米国に次ぐ2番目の輸入相手国となった。また中国への石油輸出は1999年には統計にも上らないほどの規模であったが、2016年には1日当たり40万バレルとなり、米国、インドに次ぎ3番目の輸出市場となった(坂口 2021: 225)。また、国営ベネズエラ石油(PDVSA)のパートナーとして、シノペック(Sinopec)、CNPCといった中国の国営石油会社が参入した。

21世紀初頭には、ベネズエラを筆頭にラテンアメリカ・カリブの多くの国が中国からの投資に潤った。2005~2020年には中国から域内全体に1300億ドルを超える融資が行われたが、なかでもベネズエラはそのおよそ半分の622億ドルを受け取っている(表1)。

(注)10億ドル以上の国のみを抜粋。

(出所)Gallagher and Myers 2021より抜粋。

中国の開発銀行や輸出入銀行を通したベネズエラ政府への融資は、石油開発に加え、高速鉄道や地下鉄、光ファイバー網敷設といったインフラ整備、低所得者用住宅建設などの社会開発プロジェクト、農業開発など多様な分野・プロジェクトに使われた。それらの多くはいわゆるひも付き融資であり、中国企業が受注したうえで、石油掘削資材、農機具など多くの関連財が中国から輸入された。2008~2012年に実施された約500億ドルのプロジェクトのうち116億ドルを6つの中国企業が受注している(Yin-Hang To and Acuña 2019: 126)。

しかしチャベス大統領が死去しマドゥロ政権が誕生して以降、ベネズエラ経済が急速に傾き、政治が不安定化する状況で、中国はチャベス期のように寛大に資金を出さなくなった(表2)。新規融資は2014年以降止まっており、借換えに応じているのみである。

(出所)Kaplan and Penfold 2021より抜粋。

ベネズエラを含むラテンアメリカ諸国は1980年代の対外債務危機以降、海外の金融機関から新規融資や債務のリスケを受けるには厳しい審査やコンディショナリティを課されるのが通例である。それに対して中国は厳しい審査やコンディショナリティなしに融資してくれるため、ラテンアメリカ諸国にとってはきわめて魅力的な債権者である。中国の対ベネズエラ融資政策は、審査やコンディショナリティによりリスク管理をするのではなく、代わりに石油産業への参入や石油による現物支払いでリスクを担保するというものだった(Kaplan and Penfold 2021: 62, 83)。しかし中国はチャベス、マドゥロ両政権の石油産業を中心とした経済運営の非効率性を過小評価し、これほど産油量が縮小しベネズエラ経済が混乱するとは予測していなかったのだろう。

また中国は、石油以外にも鉱業、インフラ建設、自動車や家電組立を含む製造業など幅広い分野でベネズエラ経済に進出したが、失敗に終わったものも少なくない。75億ドルの高速鉄道建設、ハイアール社の家電や中国車チェリーの国内生産などが建設中止や事業撤退、縮小に追い込まれた(Kaplan and Penfold 2021: 86; Gutierrez 2020)。

マドゥロ政権期の経済悪化にもかかわらず中国がベネズエラから完全撤退しないのは、債権を無事に回収すること、そして石油開発・貿易においてベネズエラと長期的な関係を構築することにある。そのため中国は、2014~15年にかけてベネズエラがデフォルトを回避する最低限の借換えのための融資やリスケに応じるとともに、2018年には石油事業に新たに50億ドルの直接投資をしている。これは産油量を回復させ、滞っている石油での債権回収を急ぐねらいがあると考えられる(Kaplan and Penfold 2021: 65)。

写真1 中国を訪問したマドゥロ大統領を迎える習近平国家主席。2015年9月1日(代表撮影/ロイター/アフロ)

習近平政権の対ベネズエラ戦略はあくまでも石油産業を中心にベネズエラにおいて長期安定的な経済利益を上げていくことであり、そのために重視するのはベネズエラの政治的安定である。政府間の密な関係を担保に、法律や規則を遵守せず透明性を重視しないチャベス派政権とは柔軟な交渉ができ、中国資本への優遇もあるため、さまざまな点で好都合であった。しかしチャベス派政権の存続が中国にとって不可欠というわけではない。むしろ反チャベス派が政権についたほうが、経済政策の転換や米国の経済制裁解除が期待されるため、経済危機からの脱却や産油量の回復が見込まれる。反チャベス派にとっても、政権交代が実現した際に、中国と良好な関係を継続することは好ましい。そのため中国は、マドゥロ政権を支持する姿勢をみせながら、一方では反政府派とも接触している(Arnson 2021: 12)。

(3) 地政学的利益も重視するロシア

中国同様ロシアも、石油産業を中心に多くの国営・民間企業がベネズエラでビジネスチャンスを広げることをねらってチャベス政権との関係を深めた。たとえば、石油産業ではガスプロム(Gazprom)、ロスネフチ、ルクオイル(Lukoil)などが国営ベネズエラ石油(PDVSA)の事業パートナーとして進出し、それ以外にも農業や漁業、自動車組立などにおいてロシア資本の進出が合意された(Rouvinski 2021: 24-26)。

ロシアは中国同様に石油など経済的利害を重視しながらも、それに加えてチャベス政権との関係強化において地政学的メリットを重視しているのが、中国との大きな違いである。2000年からロシアを統治し続けているプーチン大統領は、冷戦終結以降の米国一強体制に対し、ロシアが再び世界に影響力をもつ大国として復活し、友好国との協力のもと多極的国際秩序を構築することをめざしている。米州において米国を排除した地域枠組みを構築していたチャベスも、同様に米国一強体制に対抗する多極的国際秩序をめざしており、連携は相互にメリットがあった。なお、ロシアとベネズエラの接近は、ソ連時代のように社会主義イデオロギーが基盤にあるのではなく、米国一強体制に対して「公正」な多極的国際秩序の構築を呼びかけるものであった(Rouvinski 2021: 24)。

プーチン大統領にとっては、ベネズエラをはじめとする世界各国との関係強化は国内の支持固めの側面もある。冷戦終結後に米国一強を許したことや旧ソビエト連邦のいくつかの地域の独立を許したことは、プーチンを含めロシア国民にとって屈辱であった。そのため、世界各国とパートナー関係を結び、反米の新たな多極的世界秩序を構築するというプーチン大統領の野望、そしてロシアが大国として国際社会に復帰するというシナリオ、ロシア企業の世界各地への進出というニュースは、ロシア国内において支持率を上昇させることを、プーチン政権は理解していた(Rouvinski 2019)。

ベネズエラにおけるロシアの地政学的関心は、21世紀初頭からシリアやアフリカ諸国などでロシアが進めてきた世界各地での軍事協力のネットワークや軍事支援活動の一環とも考えられる(Blank 2020)。なかでもベネズエラはカリブ海をはさみ米国に近いことから、ロシア海空軍にとって魅力的だ。ベネズエラはロシアに国内の海空軍基地の利用を許可し、ロシアの戦闘機が幾度となく飛来している。2018年末には核弾頭搭載可能な爆撃機が飛来し(Osborn 2018)(写真2)、2019年3月には、ロシア軍関係者約100人を乗せた軍用機2機がベネズエラに到着した5。これは、2019年1月にマドゥロ政権1期目が終了し、反チャベス派のグアイド暫定大統領と「ふたりの大統領」となる状態に陥って政治的緊張が極度に高まっていた時期であった。米国トランプ大統領がマドゥロ政権の2期目を承認せず退陣を求めて「すべてのオプションが机上にある」と軍事介入の可能性さえ示唆していた時期だけに、冷戦の再来かともささやかれた(Hodge 2019)。

ロシアにとってベネズエラはロシア製武器の市場としても重要な国になっている。米国が2006年にベネズエラへの武器輸出禁止措置をとった直後から、ロシア製武器の輸入が急増した(図1)。ロシア政府は軍事物資輸入のための資金を融資し、それを使ってベネズエラはロシア製の戦闘機や戦車、カラシニコフ小銃などを輸入してきた6

写真2 ロシアの長距離爆撃機が演習のためにベネズエラに到着。左から2人目はブラディミール・パドリーノ・ロペス国防大臣。2018年12月10日(AFP/アフロ)

おわりに

本稿では、チャベス・マドゥロ両政権期における米国および中国・ロシアの対ベネズエラの政策対応についてみてきたが、最後に最近の動きと今後の展望について若干ふれたい。

中国は長期的にベネズエラの石油開発に足場を築き石油を確保することを重視しているため、経済危機と石油産業の低迷が回復可能と考えれば、ベネズエラから完全撤退する可能性は低い。つまり、マドゥロ政権が石油産業を中心に経済改革を進めるか、政権交代して新政権のもと経済改革が実行されると期待できるのであれば、現在のように投資活動を最低限に抑えながらもベネズエラへのコミットメントを継続するだろう。一方ロシアは米国一強体制に対抗する多極化国際秩序構築のパートナーとしてベネズエラを重視しているため、政権交代すればベネズエラへの関心は失うと予想される。

2021年に入り、ベネズエラの国際関係をとりまく新たな要素が浮上した。それは新型コロナ感染症のワクチン獲得問題である。中国とロシアの独自開発ワクチンを受け取ってはいるもののそれでは足りず、COVAXを通したワクチン確保とその支払いのための外貨確保が、チャベス派、反チャベス派双方が共有する数少ない課題となった。米国で凍結されているベネズエラ資産の管理権限を、米国政府はグアイドにあるとしているため、マドゥロとしてはグアイドと交渉する必要がある。一方グアイドにすれば、国内のワクチン流通・接種体制の確立には実行支配するマドゥロと協議する必要がある。そのため、国民の命を守るワクチン確保という共通の課題が、政治混乱が膠着化するなか、2021年に両者間の対話を後押しすることになった。

2021年8~9月にかけて、ノルウェーの仲裁で両者は数回にわたりメキシコで交渉を重ねた。今までの幾度かの交渉に比べて、今回は慎重に、両者できるところからひとつひとつ合意を重ねるやり方で交渉が進められていたが、10月に入り、マドゥロ政権の汚職と国際マネーロンダリングの重要人物であるコロンビア人企業家アレックス・サーブ(Alex Saab)が米国に送致された7ことに反発し、マドゥロ側は一方的に交渉を中断した。チャベス派が司法を支配しているため、彼らは国内では法の裁きを受けることはないが、国外においてはそうではない。サーブに続き、10月には、チャベス、マドゥロ両政権で情報部門トップであったウーゴ・カルバハル(Hugo Carvajal)、そして大規模な汚職で得た巨額の資金を米国など海外でマネーロンダリングした疑いがもたれているチャベスの元看護士クラウディア・ディアス(Claudia Díaz)8が逮捕先のスペインから米国への送致が認められるもようだ。チャベス、マドゥロ両政権の重要人物が関わる汚職や麻薬取引、マネーロンダリング、人権侵害など多くの犯罪に関与し、また多くの機密情報をもっているであろうこれらの人物が米国に送致されたことは、メキシコでの交渉を一方的に中断したことが如実に示すように、マドゥロ政権にとっては大打撃だ。今までは静観する姿勢を維持してきたバイデン政権だが、これらの人物の米国における司法の調査が進めば、マドゥロ政権に対して何らかの手を打つ可能性がある。

(2021年11月16日脱稿)

本文の注
1  以下、米国の制裁措置についてはCongressional Research Service (2021a; 2021b)より。

2  “Tareck El Aissami.” InSight Crime, Latest Update June 17, 2019.

7  サーブには米国がインターポールを通して国際手配しており、飛行機が立ち寄ったアフリカの島国カーポ・ベルデで拘束されていた。米国が同国に送致を求めていた。

参考文献
 
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