2024 Volume 41 Issue 1 Pages 27-41
チリでは、2019年に設立された新しい右派政党「共和党」が国政の場で台頭しつつある。本稿は、なぜ共和党が出現し、台頭したのか、その背景を考察することを目的とする。チリでは人々が経済社会的には格差を容認せず、また社会文化的にはリベラルな価値観をもつようになり、政治の側もそれに対応するように右派連合は中道左派連合へと接近する形で政策を変容させてきた。そうした変化に対する反動としてカストが設立したのが共和党である。一方で、共和党の台頭は、反動というよりも、治安というチリの近年の課題が関係している。共和党は旧来の右派と同様の主張を打ち出しつつも、治安維持という意味合いで法の支配を強調する。人々のあいだでも治安に対する問題意識は高まっており、共和党の台頭を促している。今後も治安という課題や従来から蔓延する政治不信が続くかぎり、チリの人々にとって共和党は選択肢となりうると考えられる。
2010年代のチリは、高等教育無償化を求める学生運動、年金制度改革を求める社会運動、フェミニズム運動など「社会運動の10年」となり、2019年には新自由主義的な社会経済システムからの転換を求める同国史上最大級の市民の抗議行動「社会の暴発」に至った。チリでは1990年の民主化以来、中道左派政党連合(以下、中道左派連合)と右派政党連合(以下、右派連合)による左右二大政党連合による政治が行われてきたが、2010年代も左右二大政党連合の政権のもと、そうした社会運動の声は、社会政策の拡充や、中絶や同性婚の合法化といったリベラルな政策へと着実に結びついた。
それに対して、近年、2010年代にみられた改革の方向性に反対する、新しい右派勢力が現れている。それが「共和党」(Partido Republicano)である。共和党は、2019年、ホセ・アントニオ・カスト(José Antonio Kast)1が設立した政党である。カストは、2021年の大統領選挙において、当選したボリッチ(Gabriel Boric)とともに決選投票に進んだ。そして、2023年5月に行われた憲法評議会(Consejo Constitucional)選挙では、共和党が50議席中23議席を獲得し第一党に躍り出るなど、台頭をみせている2。

こうした共和党の出現と台頭は、2010年代にみられた改革に対する反動なのだろうか。チリの人々は自分たちが求めた改革に揺り戻しをかけようとしているのだろうか。本稿は、共和党がなぜ現れたのか、いかなる主張をもち、どのような人々に何が支持されているのか、なぜ近年台頭をみせているのかを検討、考察することを目的とする。具体的には、共和党の出現は2010年代にみられた改革(とくに改革を推進した右派連合)に対する反動である一方で、共和党の台頭は反動というよりも、治安という新しい課題に対して高まる人々の問題意識と、治安を重視する共和党の主張とのあいだの共鳴が背景にあることを示す。
共和党に着目する意義は、その出現と台頭の理解が同時に、1990年の民主化以来のチリの人々の問題意識と左右二大政党連合政治の変容、さらに新自由主義をめぐる時代から治安をめぐる時代へというチリの変容の把握にもつながるという点にある。つまり、共和党の出現と台頭は、現在の状況のみならず過去30年のチリ政治社会の変化と結びついている。それに加えて、共和党は極右3、カストはチリのボルソナロ(Jair Bolsonaro)4などと称される場合があるものの、その主張はいかなる特徴をもち、何が人々に響いているのかをいま一度検討することは、安易なラベリングを超えて、共和党を可能なかぎり正確に理解し、今日のチリの状況や今後の行方を考察するうえでも不可欠な作業であろう。以下、第1節は共和党の出現、第2節で共和党の主張と支持者、第3節で共和党の台頭について議論し、最後に今後の共和党とチリ政治の行方を展望する。
チリは社会経済的には新自由主義的で、社会文化的には伝統的道徳感が強く保守的な国とみなされてきた。しかし、1990年の民主化から今日に至るまで、社会経済的、社会文化の両面において、人々の意識のレベルでも、政治勢力の政策としても変化がみられる。第一に人々の意識については、社会経済的には格差を許容せず格差是正を求めるようになり、社会文化的には女性の権利や性的マイノリティの権利をめぐってリベラルな価値観をもつようになった。第二に、そうした変化に対応する形で、民主化以来20年間野党に甘んじてきた右派連合の政策が、中道左派連合の政策へ接近し、2010年代には政権として社会政策を拡充し、リベラルな政策を実行した。共和党はそうした市民社会と政治の変化、とりわけ従来の立場から離れた右派連合に対する反動として生まれた(Campos 2021; Díaz et al. 2023; Madariaga and Rovira Kaltwasser 2020)。
第一に、人々の意識の変化である。図1は、世界価値観調査より、どの程度「所得」を平等にすべきだと考えるのか、どの程度「中絶」と「同性愛」を容認するのかを「1」から「10」の数値で回答した平均値について、民主化から今日に至るまでの約30年間の推移を示したものである5。それぞれ、新自由主義にかかわる社会経済的な意識、伝統的な価値観にかかわる社会文化的な意識の代表例として取り上げた。1990年代から、所得の平等を求める意識、中絶・同性愛を容認する意識の方向へと変化している。2010年代初頭から新自由主義からの転換を訴える各種社会運動、2018年には大規模なフェミニズム運動が起きるなど、実際の人々の行動としては2010年代にそれらの変化が顕著になったが、人々の意識としてはそれより早い段階から、長期的に変化してきたことがわかる。

(注)値は回答者が「1」から「10」のうちで選んだ数値の平均(凡例)。所得については、推移を把握しやすくするために元データの数値を逆転させている。
(出所)世界価値観調査よりデータ取得し筆者作成(2023年12月20日閲覧)。
第二に、こうした人々の意識の変化に対応する形で、政治の側も変化してきた。チリでは民主化以来、中道左派連合と右派連合が国会を二分、独占する形で政治が進められてきた。しかし、政権に関しては1990年代、2000年代と中道左派連合が担い、右派連合は大統領選挙で敗れ続けてきた。そのなかで右派連合は、民主化前後こそ中道左派連合と差別化を図っていたものの、そのあとは人々の意識に対応するように、中道左派連合との政策距離を縮めてきた。図2と図3は、世界各国の選挙マニフェストに関するデータベースであるマニフェスト・プロジェクト6(Lehmann et al. 2023)より、チリの大統領選挙での各勢力の選挙マニフェストにおいて、「福祉国家の拡大」と「伝統的道徳観の保守」に関する言及がどの程度みられるのか、1989年から2021年までの推移を示したものである7。なお、データベースには反対の「福祉国家の縮小」と「伝統的価値観への反対」も含まれるため、それらを引いた値を示している。社会経済的には「福祉国家の拡大」への言及が多いほど新自由主義的な傾向は弱くなり、社会文化的には「伝統的道徳観の保守」への言及が少ないほどリベラルな傾向が強まるといえる。マニフェスト・プロジェクトは言及の割合に関するデータであるため、内容の穏健さ・過激さを把握することは難しいものの、特定の政治勢力の、特定の政策に対する重視の程度を理解できる。また、本節は中道左派連合と右派連合の接近に着目しているが、後に論じる共和党、現政権与党連合である新しい左派勢力についても比較、参考のために図に含めた。

(注)「福祉国家の拡大」の言及割合から「福祉国家の縮小」の言及割合を引いた値。単位:パーセント・ポイント(%p)。
(出所)マニフェスト・プロジェクトよりデータ取得し筆者作成(2023年12月20日閲覧)。

(注)「伝統的道徳観の保守」の言及割合から「伝統的道徳観への反対」の言及割合を引いた値。単位:パーセント・ポイント(%p)。
(出所)マニフェスト・プロジェクトよりデータ取得し筆者作成(2023年12月20日閲覧)。
図2をみると、1989年の時点で右派連合は福祉国家の縮小の方に振れているものの、1990年代に中道左派連合が福祉国家の拡大へと傾くなかで、右派連合も同じく福祉国家の拡大へと傾いている。2005年に一度離れたものの、2013年には中道左派連合よりも右派連合の方が福祉国家の拡大への言及割合が高くなっている。つぎに図3をみてみると、年による上下はあるものの、両勢力ともに伝統的道徳観の保守から否定の方向へと向かい、2010年代に入ると両連合の差がほとんどみられなくなっている。1989年と2021年を比較してみると、いずれの場合も、中道左派連合よりも右派連合の変化の方が大きく、右派連合が中道左派連合に接近する形で収斂していることも読み取れる。
右派連合は1990年代から2000年代にかけて野党であったものの、2010年に初めて政権を握り、政権運営のなかでも新自由主義的国家から福祉国家へ、保守的な価値観からリベラルな価値観へという変化が顕著になっていった。民主化後初めての右派政権を担ったピニェラ(Sebastián Piñera)は、選挙戦の最中から、民主化という第一の移行に加えて、貧困のない先進国へという第二の移行を訴え、格差是正のために社会政策の拡充を主張した。さらに、選挙運動のなかでは同性愛カップルの尊重、避妊薬合法化に賛成するなど、社会文化的にもリベラルな姿勢をみせた。第一次ピニェラ政権(2010〜14年)では高等教育無償化を求める大規模な学生運動に直面し、つぎの第二次バチェレ(Michelle Bachelet)政権(2014〜18年)が実現する無償化政策への道を開いた。第二次ピニェラ政権(2018〜22年)には、第二次バチェレで実現した中絶の合法化の見直しを検討したが実現せず、一方で、性自認の権利を保障する法律、同性婚を認める法律を制定した。さらに、2019年にはチリ史上最大級の抗議行動「社会の暴発」に直面し、社会政策のさらなる拡充を迫られた。
(2) 変化に対する反動として生まれた共和党こうした人々の意識の変化、それに伴う右派連合の変化に対する反動として設立されたのが共和党である。共和党を設立したカストはかつて、右派政党連合の一角を占める「独立民主同盟」(Unión Demócrata Independiente)の党員であり、2002年から2018年まで下院議員を務めた。2008年、2010年と独立民主同盟の党首選に出馬するも敗北し、2016年に同党を離党した。2017年の大統領選挙は無所属候補として立候補し、2018年に共和党の前身となる政治団体を設立、そして2019年に共和党を設立した。
カストは離党、そして共和党設立後も、自らが属していた独立民主同盟や右派連合に対する失望、右派連合による左派勢力への接近や妥協に対する批判を表明してきた。たとえば離党の際には、「独立民主同盟が、その創設プロジェクトや基本的な基盤から遠ざかり、何が何でも最大の政党になりたいという欲望に支配された、完全に異なるものへと徐々に変貌していったと感じたとき、無関心ではいられなかった」と、基本的理念から離れた独立民主同盟を批判した8。また、2021年の大統領選挙での選挙マニフェストでは、「右派連合は、新しい時代に乗り遅れまいと、新しい左派の旗印を自らのものとし、権力と影響力を失わないようにしようとしたが、その過程で基本的な理想を犠牲にした」と述べる9。社会経済的には国家介入主義的政策の推進、社会文化的にはジェンダーに関する誤った言説が広がっており、それこそがチリという国の基盤が崩れる兆候だと主張している。このように、共和党は、中道左派政権のみならず右派政権が推進してきた社会経済、社会文化両面での政策に対して否定的な態度を示しており、反動として結成されたといえる。
政党の設立自体は一定の支持者を集め要件を満たせば可能だが、台頭するにはより広い支持が必要となる。その背景を探るためには、共和党の主張を理解する必要があろう。本稿では主張の把握のために、共和党の綱領10、先述の2021年大統領選挙の選挙マニフェストを参考にした。
共和党が基本原則としているのが、「自由」、「家族」、「法の支配」であり、自由と家族が、前節でも述べた社会経済、社会文化両面での反動と関連している。
共和党の主張では、社会経済的には、自由は平等よりも優先され、自由市場での競争が重視される。今日の社会支出は過大であって削減されるべきであり、最も必要な人々にターゲティングするという形で、国家はあくまで補完的な役割を果たすという位置づけである。また、基本原則とする家族こそが社会の核であり、社会経済活動における家族や、社会の自律的な組織としての中間団体の役割を重視する。その点でも、国家が社会経済活動に深く関与することは望まない。図2にみられるように、今日共和党は福祉国家の拡大に最も消極的である。
社会文化的には、基本原則の一つである家族という名のもと、伝統的な道徳観を重視する。共和党にとって家族は男女の結婚を基礎とするものであり、子供には父親と母親をもつ権利があるとし、同性婚に反対する。さらに、受胎から自然死までの生命の擁護として、第二次バチェレ政権下で成立した中絶合法化の廃止を主張する。図3でも、現在唯一伝統的道徳観の保守の方に振れており、30年前の右派連合と同水準となっている。
自由と家族という原則に基づく、社会経済、社会文化面でのこうした主張は、カストが属していた独立民主同盟のかつてのイデオロギーに近く11、チリにとって特段新しいわけではない。さらに共和党のこうした復古的な主張は、第1節でみたような人々の意識の変化とは相容れないため、なぜ同党が近年台頭しているのかはイデオロギーの観点からは説明できない12。今日の台頭を理解するためには、もう一つの基本原則である法の支配が重要となる。
共和党にとっての法の支配は、法の遵守、社会内の秩序の維持、政治的権威の尊重によって構成されるものであり、言い換えれば強権的な治安維持という意味合いで用いられている。裏返せば、法を遵守せず、秩序を脅かし、政治的権威を尊重しない、治安を乱すものが想定される。具体的には、国際的な麻薬組織、南部アラウカニア州での先住民過激派組織、暴力的な抗議行動が挙げられる。さらに、近年チリで急増する移民も既存のチリの秩序を乱すものとして想定される。こうした存在は、自由と家族を基盤とする祖国を内外から破壊する存在であり、対策として、秩序維持のための軍の関与の強化、警察への支援強化、罰則の強化を主張する。
図4は、選挙マニフェストにおいて、上記の内容に関連する、「法と秩序の強化」に関する言及がどの程度なされたのかを示したものである。法と秩序の場合、もともと右派連合と中道左派連合の距離は近く、2013年になって右派連合が値を上げる形で開きができた。しかし、2017年、2021年と右派連合もその言及割合を減らして中道左派連合に接近し、現状では共和党が法と秩序について最も際立った存在となっている。

(注)「法と秩序の強化」の言及割合から「法と秩序の緩和」の言及割合を引いた値。単位:パーセント・ポイント(%p)。
(出所)マニフェスト・プロジェクトよりデータ取得し筆者作成(2023年12月20日閲覧)。
共和党が主張する強権的な治安維持が新しいのは、麻薬組織、先住民運動の過激派、暴力的抗議行動、移民のいずれも、2010年代に新しく現れた、あるいはより顕著になった存在であり、それに対応しようとする点にある。さらに、強権的な治安維持には、先住民、移民、価値観を異にする活動家に対する排外主義や、秩序や権威への尊重という権威主義が含まれるという点も共和党の主張の重要な特徴である(Luna y Rovira Kaltwasser 2021)。そして、後述するように、近年の台頭は、反動としての新自由主義や保守的な価値観が支持されているのではなく、こうした強権的な治安維持が人々の問題意識と共鳴していると考えられる。
(2) 共和党支持者の特徴こうした主張は、共和党支持者のあいだではすべて受け入れられているのだろうか。共和党支持者は共和党の何に共鳴しているのだろうか。表1は世論調査のデータを用いて、回答者全体、共和党支持者、憲法評議会選挙において共和党に投票したが共和党支持者ではない人という三つのグループについて、社会的属性と、共和党の主張に関連する社会経済、社会文化、治安維持に関する意識について示したものである。後述するように、社会階層によって異なる傾向がみられるため、社会階層別の数値も示した。また、共和党支持者ではない共和党投票者については第3節で説明する。

(出所)公共研究センター(Centro de Estudios Públicos, CEP)(2023年6〜7月世論調査)よりデータ取得し筆者作成(2023年12月20日閲覧)。
まず本世論調査データでは、共和党支持者は全体の8%であり、ほかの世論調査で示される5〜10%という数値と同程度である。その8%の人々について、社会的属性についてみてみると、まず男性が多い。つぎに社会階層としては、全体平均と比べると、富裕層と下位中間層が多くなっている。年齢については18歳から35歳まで、56歳以上で平均より少なく、36歳から55歳の壮年層が多くなっている。対共和党・カスト感情を調査したロビラ・カルトワッセル(Rovira Kaltwasser 2023)によれば、若年層では福祉国家を求める意識やリベラルな価値観が強く、また比較的高齢の人々は共和党の強権的な姿勢が軍政への回帰を危惧させるとして反感があるとされ、そうした点もこの年齢構成に反映されているかもしれない。宗教については、共和党の支持基盤の一つが福音派だと指摘されるが(Campos 2021)、確かに全体平均より福音派の割合は高い13。
つぎに意識についてみてみると、共和党支持者は、社会経済面については、確かに全体平均と比べて格差に対して許容的であり、また社会政策分野についての問題意識をもつ人が少ない。しかしながら、著しく全体平均と離れているわけではなく、支持者の多くが親新自由主義的な共和党の立場に親和的だとはいえない。さらに、社会文化面では、女性の中絶についてもやや保守的な立場がうかがえるが、リベラルな価値観が広がっている全体平均とそれほど大きな差はみられない。つまり、支持者のあいだでも、社会経済、社会文化両面での反動的な主張が強く支持されているとは言い難い。一方で、治安維持に関しては、法律遵守意識が高く、また権利以上に強い政府を求めるという強権的な政府のあり方に対する許容度も高いといえる。さらに、犯罪への問題意識が高く、犯罪の原因として非正規移民とする割合も高い。ほかの二つの政策分野と比べて、共和党の主張に合致するような傾向がみられる。
社会階層別にみてみると、共和党の支持基盤の特徴が浮き彫りになる14。富裕層と上位中間層は男性が大多数で、社会経済面で平等や福祉国家を求めない明確な姿勢がみて取れる。つまり共和党の親新自由主義的な姿勢に最も親和的な層だといえる。反対に、脆弱層と貧困層をみてみると、この層で福音派の割合は最も大きく、社会文化的にも保守的な価値観を保持している。最後に、最も数としては多い下位中間層に着目してみると、社会経済的には最も福祉国家寄りであり、社会文化的にもそれほど保守的ではない。つまり、ほかの社会階層と比べて、社会経済、社会文化の両面で、共和党の反動的な主張にそれほど親和的ではない。
しかしながら、下位中間層も含めて、すべての社会階層に共通しているのが、治安維持に関する問題意識の高さである。社会経済、社会文化面での反動的主張の支持は特定の社会階層に偏っているのとは対照的である。また、表1左側に示した全体平均をみても、治安維持に関しては共和党支持者のみならず、強権的な政府の必要性、犯罪に対する問題意識が広がっている。つまり、共和党の復古的な主張ではなく、新しい主張としての治安維持こそが、人々の立ち位置に関係なく、訴求力があるのではないかと考えられる。
結党からわずか4年、共和党は2023年5月に行われた憲法評議会選挙で第一党となり台頭をみせた。チリでは、2019年に発生した市民の抗議行動「社会の暴発」以降、軍政下で制定された1980年憲法に替わる新憲法制定プロセスが進められてきた。1年間の制憲会議(Convención Constitucional)での議論の末、新憲法案が作成されたものの、2022年9月、新憲法案承認をめぐる国民投票の結果、新憲法案は否決された15。国民投票での否決の後、2022年12月にほぼすべての国政政党が参加する形で、2回目の新憲法制定プロセスに向けた政党間合意が結ばれた。そこでは新憲法案に盛り込まれるべき基本的な原則の確認、制憲プロセスの決定、先の制憲会議に相当する憲法評議会の設置、そのための選挙を実施することが合意された。共和党は1980年憲法維持で問題ないとする立場であり、さらに制憲プロセスに自らの意思が反映されないとして政党間合意には加わらなかったが、共和党抜きでプロセスが進展することを危惧し、2023年5月の憲法評議会選挙に参加した。そして、選挙の結果、共和党は50議席中23議席を獲得し、第一党となった(白票・無効票含む全投票に占める得票率は28%)16。一方で、旧来の右派連合が11議席、与党左派連合が16議席にとどまった。
(2) 台頭の背景―治安に対する問題意識の高まり憲法評議会は、新憲法案について協議し、国民投票にかける新憲法案を決定する機関である。それにかんがみれば、憲法評議会選挙は、憲法に関連する何らかの問題が争点となるはずである。大元をたどれば、制憲プロセスの起点は2019年の抗議行動であり、その段階では新自由主義的国家から社会権を保障する国家へという社会経済的な課題が議論の中心にあった。また、政治不信も背景にあったことから、前回の制憲会議選挙では、いかにして新憲法に市民社会の声を取り入れるのかという点も重視された。しかしながら、今回の憲法評議会選挙は、新憲法制定には直接的には関係しない治安が争点となった。第2節で示したように、共和党は法の支配の名のもとで治安維持を重視してきたが、それに加えて市民の側で治安に対する問題意識が長期的にも短期的にも高まっており、選挙における人々の関心が治安に集中したことが共和党台頭につながった。
まず長期的な人々の意識の変化にみてみよう。図5は、世論調査より、政権が取り組むべき問題は何か、2010年代から今日までの推移を政権ごとに示したものである。教育、医療、年金といった社会政策にかかわる項目と、犯罪、麻薬といった治安に関する項目を示した。2010年代は、社会経済格差にかかわる社会政策分野についての人々の問題意識が高かったが、各政権の取り組みもあり相対的に問題意識は低下し、現在は犯罪や麻薬に対する問題意識が高くなっている。2010年代が新自由主義をめぐる時代だったとするならば、2020年代は治安をめぐる時代へと変化しているといえる。

(注)各政権期に実施された世論調査の平均を算出。年金は2017年から項目に含まれる。
(出所)公共研究センターよりデータ取得し筆者作成(2023年12月20日閲覧)。
人々の治安に対する問題意識の高さの背後には、犯罪数が常に増加しているという認識がある17。実際の統計をみると、全犯罪数は2010年前後をピークとして減少傾向にある。その一方で、殺人や暴力・脅迫を伴う強盗は増加している18。さらに、麻薬犯罪についても、国際的な犯罪組織の侵入、おもに大麻を中心とした押収量の急増が報告されている(Fiscalía de Chile 2022)。つまり、人々の問題意識は、より凶悪な、あるいは新しい犯罪の増加に影響を受けていると考えられる。
さらに、人々が犯罪と移民を結びつけている点も特徴的である。世論調査によれば、チリの犯罪の原因を非正規移民と答える人々の割合は49%と最も高くなっている19。チリへの移民は2010年代に急速に増加し、2021年末の時点でチリに居住する外国人は約148万人で人口の約8%弱を占め20、ラテンアメリカのなかではコスタリカに次いで外国人割合が高い国となっている21。ウガルテとベルガラ(Ugarte y Vergara 2023)の分析によれば、より凶悪な犯罪への外国人の関与増加が、人々のあいだで犯罪と移民を結びつける認識増加につながっているのではないかという。具体的には、すべての犯罪を対象とすれば、外国人の方が依然として犯罪率が低いものの、2018年以降殺人や強盗にかぎっては外国人の犯罪率は上昇し、2022年にはチリ人の犯罪率を上回っていると推計されている。テレビではチリ人による殺人よりも外国人による殺人を取り上げる傾向にあると指摘されており(Ajzenman et al. 2021)、実態の変化に加えてメディアの報道が犯罪と移民を結びつける意識を作り出しているといえる。
短期的には、2023年に警察官が殺害される事件が相次いで発生し、憲法評議会選挙前の2023年4月には犯罪関連の報道が多くを占めた。選挙直前の世論調査でも、関心事として58%の人々が犯罪と答えたのに対して、憲法評議会選挙に関心があるという人はわずか2%にとどまった22。憲法評議会選挙に向けた政見放送も右派勢力は治安を強調し、一方で左派勢力は従来の社会権保障を訴えた。人々は共和党や右派連合の政見放送に好感を示す一方で、左派勢力の政見放送に対する好感は低いものであった23。
実際の投票理由については、犯罪・麻薬組織・移民・治安に対する強硬策を理由とする人が31%を占めた一方で、社会権保障・社会格差を理由とする割合は12%にとどまった24。また、なぜ共和党が勝利したと思うかという点については、犯罪や非正規移民に対する明確な姿勢をもつからという回答が30%と最も高い割合となった25。一方で、今日のチリを体現する価値観と原則をもっているからという回答はわずか6%にとどまる。ここで再び表1に戻り、共和党支持者を除く共和党投票者の社会的属性と意識についてみてみたい。支持者を除いたのは、主張に強い共感をもつ支持者ではない人々がなぜ投票したのかを探るためである。これをみると、社会経済と社会文化については、チリ全体平均と同じような傾向をみせている。一方で、治安維持については、平均に比べると若干高い問題意識がみて取れる。つまり、コアな支持者を除く投票者は、親新自由主義で保守的な道徳観を重視する共和党に親和的というわけではない。だからといって共和党に投票しないわけではなく、治安に対して平均と同程度か少し高い程度の問題意識をもつ人々が共和党に投票しているという点は注目すべき現象である。支持者を除けば、極右とも呼ばれる共和党に投票する人々は、意識としてはチリ全体の平均とそれほど変わらない人々であり、もはや一般的となった人々の治安への高い問題意識と共和党の治安重視の姿勢が共鳴し、共和党の台頭につながっているといえる。
本稿では共和党の出現、主張の内容、台頭について検討した。設立の背景には、チリの人々の長期的な意識の変化(社会経済的には格差を容認せず、社会文化的にはリベラルな意識へ)があり、それにともない両分野において右派連合が中道左派連合へと接近するという変化があった。カストは、変化した右派連合に対する失望から、反動として共和党を設立した。共和党の主張は、社会経済・社会文化的には真新しいわけではないが、法の遵守、社会内の秩序、政治的権威の尊重という意味で法の支配を強調する点は、従来の政党とは一線を画している。治安への問題意識が長期的にも短期的にも高まるなかで憲法評議会選挙は行われ、人々の問題意識に最も共和党が訴えかける形で台頭をみせた。
民主化以来の従来の選挙や政治は、民主主義や新自由主義といった軍政の遺構に関する、長くともここ半世紀をめぐる課題を問題として扱ってきた。治安という課題は、確かに麻薬組織の侵入に代表されるように2010年代後半に顕著になったとはいえ、チリという国のあり方をめぐる、より大きく、長期的な課題ともいえる。それは、治安という課題が、共和党の主張においても、人々の認識においても移民や先住民と結びつき、チリとはどのような国なのか、チリ人とは何なのかという問いを人々に突きつけるからである。その意味で、治安の問題意識の高まりや共和党の台頭は、一時的な現象ではありながらも、チリにとってより根源的な課題をあらわにしているともいえる。
また、憲法評議会選挙において同じく治安を強調した従来の右派連合も一定程度議席を獲得したものの、それ以上に人々は共和党を選択した。チリのみならず世界的にみられる極右勢力は、その主張に対する支持だけで勢力を拡大しているわけではなく、根本的には既存の政党や政治エリートに対する不信の蔓延を背景に台頭している。チリも例外ではなく、右派連合を含む旧来の政治勢力や政治エリートに対する不信は極めて高い状況が続いている。共和党に対しては確かに拒否感も大きく(Rovira Kaltwasser 2023)、現状の主張を展開し続けるかぎり、大幅に支持が広がることは考えにくい。しかし、治安が課題であり続けるだけでなく、政治不信が解消されないかぎり、共和党は人々にとって一定の選択肢であり続けると考えられる。