2025 Volume 42 Issue 2 Pages 12-24
2024年10月、各ムニシピオの首長と議員を決めるために実施されたブラジル地方選挙は、2022年大統領選において、ルーラ現大統領とボルソナロ元大統領の間で国民の支持が二分されて以来の統一選挙だった。そのため国政との関係に注目が集まり、ボルソナロおよびルーラがどの候補者を支持するのかに関心が寄せられた。有力政治家による選挙候補者への政治的支持(political endorsement)は、その政治家を支持する有権者に対し、候補者への支持を広げるよう働きかける。しかし、分極化が進んだ現在のブラジルにおいては、政治的支持が候補者に負の影響を及ぼすリスクもはらむ。
本稿はサンパウロ市長選を事例とし、有力政治家の政治的支持が「両刃の剣」となり得るなかで、市長候補がそれをどのように戦略的に活用しているかを考察する。当選したサンパウロ市長候補は政治的支持の恩恵を享受しつつ、負の影響を回避するための工夫を行っていたことが明らかになった。
In October 2024, Brazil held municipal elections to select mayors and city council members. These elections marked the first nationwide electoral contest since the 2022 presidential election, in which public opinion remained sharply polarized between the incumbent president, Lula da Silva, and his immediate predecessor, Jair Bolsonaro. As a result, considerable public attention focused on the interplay between municipal electoral dynamics and national politics, particularly on which candidates would receive political endorsements from either Lula or Bolsonaro. While political endorsements by prominent figures are typically intended to mobilize support among their respective political bases, in Brazil’s deeply polarized context, such endorsements can also act as a double-edged sword, potentially alienating undecided or moderate voters.
This paper examines the 2024 mayoral election in São Paulo to investigate how candidates strategically navigated the rewards and risks associated with political endorsements. The findings reveal that the winning candidate for mayor of São Paulo effectively capitalized on the advantages of high-profile endorsements while simultaneously deploying strategies to mitigate their potential adverse effects.
2024年10月6日、各ムニシピオ1の首長と議員を選ぶため、ブラジル全土において地方選挙が実施された2。ブラジル地方選挙では、首長候補は副首長候補を選定し連名にて出馬する。有権者数20万人以上のムニシピオの首長選では、10月第1日曜日の第1回投票にて単独の首長候補が過半数の票を得られない場合、同月最終日曜日に上位2候補で決選投票を行う。
2010年代前半まで、左右を代表する主要政党である労働者党(Partido dos Trabalhadores: PT)とブラジル社会民主党(Partido da Social Democracia Brasileira: PSDB)が交互に政権を担うことで、国政の政党システムは安定していた(Mainwaring et al. 2018)3。しかし、2014年に始まった大規模な汚職捜査の影響を受け、これらの既存の有力政党に対する国民の信頼は大きく揺らいだ。2019年には、こうした既成政党に失望した有権者の支持を背景に、ジャイル・ボルソナロ(Jair Bolsonaro)政権が誕生した。ボルソナロは当初、従来の政権との違いを強調し、労働者党やブラジル社会民主党が政権運営のために継続してきた政党連合を否定したが、政治的孤立への懸念からセントロン(Centrão)4に接近した(菊池 2019; 2023)。その構成政党である進歩党(Partido Progressistas: PP)、共和党(Republicanos) および2021年にボルソナロが入党した自由党(Partido Liberal: PL)は、ボルソナロとの関係を特に深め、近年のブラジル政治において存在感を示すようになっている5。
民主主義の後退と分極化の進行も近年のブラジル政治の主要な傾向である。スウェーデンのV-Dem研究所(V-dem Institute)によると、ブラジルの自由民主主義指標(Liberal Democracy Index)および選挙民主主義指標(Electoral Democracy Index)はともに2015年以降低下しており、政治的分極化(political polarization)変数は2012年以降上昇した6。これらの指標は2023年からやや改善の兆しを見せているものの、政治的分極化は依然として深刻な課題である。
2022年大統領選では、現大統領のルーラ(Lula da Silva)と当時大統領であったボルソナロの間で、国民の支持が二分した。第1回投票ではいずれの候補者も過半数の票を獲得できず、決選投票が行われた結果、ルーラが有効票の50.90%、ボルソナロが49.10%を得票し、僅差の勝利となった。その後、ボルソナロは大統領任期中に選挙制度を批判した行為が、政治権力の乱用に当たると最高裁に判断され、2030年まで被選挙権を停止されている。それにもかかわらず、2025年現在においてもボルソナロへの支持は根強く、政治的分極化の背景となっている。
このような国内情勢の下で実施された2024年の地方選挙は、2022年大統領選以来の統一選挙であり、その結果、国政との関係に注目が集まった。労働者党のルーラと自由党のボルソナロは、それぞれの政党に所属しない候補者に対しても支持を表明することがあり、両者がどの候補者を支持するかが重要な関心事となった。
有力政治家による候補者への政治的支持(political endorsement)には、従来、その政治家を支持する有権者からの支持を、候補者に波及させる効果があると考えられてきた。しかし、政治的分極化が進み、有力政治家に対する拒否感も強まっている現在のブラジルでは、政治的支持が候補者に負の影響も及ぼす「両刃の剣」となりうるため、候補者側もその受け入れにあたって慎重な判断が求められる。
こうした問題意識に基づき、本稿では、有力政治家の政治的支持を市長候補者がどのように戦略的に活用したかを考察する。2024年サンパウロ市長選を事例とし、候補者がどのように政治的支持の負の影響を回避しつつ、その恩恵を享受したのかに注目する。結論を先取りすれば、サンパウロ市長選においては、有力政治家の支持の恩恵を受ける候補者が自身に有利な展開を作り出す一方、不利な影響が及ばないよう柔軟な戦略によってバランスをとることに成功した。こうした対応が、現職のヌネス(Ricardo Nunes)の当選を決定づけた要因だったことを本稿は主張する。
本稿の構成は以下のとおりである。第2節では、有力政治家による政治的支持の役割と、その支持がなぜ否定的な効果を持ち得るのかについて理論的考察を行う。第3節では、2024年サンパウロ市長選の選挙結果および市長候補者の政治的支持の戦略について実証的分析を行う。最後に、2024年地方選挙の知見を踏まえて、2026年大統領選への展望を提示する。
(1)政治的支持
ブラジルに限らず、政党や利益団体、メディア、政治家、あるいは著名人などが、どの候補者を支援すべきかを表明する「政治的支持」はしばしば見られる現象である。こうした支持表明は、広く認知された団体や個人によるものであるため、有権者にとっては特定の選択肢を推奨する強力なシグナルとして機能する。
従来の研究では、政治的支持が有権者の意思決定をどのように支援するかが注目されてきた。特に情報が限られている有権者にとって、自己の利益と一致する有権者が特定できる場合、候補者や政策について時間と労力をかけて情報収集を行う代わりに、その支援者の推薦に従うことが合理的な選択となる。そのため、政治家は著名な個人や団体からの支持を積極的に求め、その支持表明を選挙戦における戦略的な局面で活用する傾向がある(Boudreau 2020: 225)。
たとえば、政治的支援が陰謀論への支持に与える効果を分析したトゥルジョンとフレイレ(Turgeon and Freire 2025)は、政治的エリートによる陰謀論の支持が、有権者の政治的アイデンティティと一致する場合にはその信奉を強化し、不一致の場合には信奉が弱まる傾向があることを明らかにした。彼らの研究は、ブラジルの労働者党の支持者を対象に行われたものであり、政治的エリートの支持表明が、他の政策課題やイデオロギーに関する支持と同様に有権者の態度に効果を与えたことを示唆している。
また、ブードロー(Boudreau 2020: 225)らの研究も、有権者が自身の政策的立場に近い候補を選択する上で、政治的支持がどのような効果を持つのかを検証している。そのなかで地方選挙は特に有用な事例とされている。なぜなら地方選挙では有権者が十分な情報を持たないことが多いからである。その結果、政治的リテラシーの低い有権者ほど、イデオロギー色の強い支持表明の効果を強く受けやすいことが報告されている。
ブラジルの地方選挙においても、現職や過去の大統領や州知事、市長などの著名な政治家による候補者への支持が一定の効果を持っていたことが指摘されている(舛方 2013; 2017; Lavareda and Telles 2011; 2016)。しかし前回の2020年選挙では、ボルソナロおよびルーラともに、候補者への支持を積極的に打ち出す姿勢は見られなかった。ボルソナロは、国政と地方政治は切り分けて考えるべきだと主張し、投票前月になってようやく12名の候補者を支持したが、そのうち首長に当選したのはわずか4名にとどまった7。一方、ルーラは当時汚職による有罪判決が撤回されておらず、被選挙権を喪失していたことから、選挙活動への関与は限定的だった。
これに対し、2024年の地方選では両者が積極的に候補者への支持を表明し、注目を集める要因となった。こうした背景からも、政治的支持が持つ意味合いとその効果をあらためて検証する意義が大きいといえる。
(2)否定投票
しかし、政治的支持が、候補者にとって常に肯定的な効果をもたらすとは限らない(舛方 2013)。特に近年のブラジル政治において顕著となっている感情的分極化(affective polarization)8や、対立候補による誹謗中謗などを特徴とする否定的な選挙キャンペーンの広がりは、政治的支持の効果を一層複雑なものにしている。
このような状況下で注目すべきは、有権者が特定の候補者を積極的に支持するのではなく、当選させたくない候補を排除する目的で投票を行う否定投票(negative voting)行動である。否定投票の文脈では、否定的評価を多く受ける政治リーダーからの支持表明は、有権者にとってむしろマイナスのシグナルとなり得る。実際、先行研究は、強く否定されているリーダーによる支持表明が、有権者の投票行動に強い否定的効果を与えることを示している(Aadereing et al. 2025)。すなわち、有力政治家に対する有権者の拒否感が強い場合には、彼らによる支持は選挙においてかえって逆効果になる可能性がある。この点について、1985年以降のサンパウロ市長選挙を分析してきたラヴァレダ(Antonio Lavareda)は、過去10名のサンパウロ市長のうち、半数が当時の大統領や知事などの有力政治家の支持なしに当選していた事実を指摘し、市長候補の勝利は必ずしも有力政治家の支持によるものではなく、政治的同盟や、同盟の政治的リーダーへの拒否を含む一連の要因のなかで起こったと述べている9。
近年のブラジル政治における分極化の進行に関しては、有権者が特定の政党や政治家に対して強い拒否感を抱く傾向が背景にあると指摘されている(菊池 2022)。「反労働者党」「反ルーラ」「反ボルソナロ」といった否定的な感情が有権者の間に広まるなかで、ルーラやボルソナロのように強い支持と同時に強い反発をも集める政治家による支持表明は、候補者にとってはリスクとなり得る。
このように、感情的分極化と否定的党派性(negative partisanship)10は、有権者に否定投票を促す重要な要因となっていると考えられる(Garzia and Ferreira da Silva 2024)。よって、政治的支持の受け手となる候補者は、その支持表明がもたらす肯定・否定の両面の効果を見極め、慎重かつ戦略的な対応を取ることが求められる。
では、「両刃の剣」となり得る有力政治家からの政治的支持を、市長候補者はどのように戦略的に活用しているのか。2024年のサンパウロ市長選では、候補者が政治的支持の否定的な効果を回避しつつ、恩恵を享受する戦略を展開していたことが明らかとなった。
ブラジル最大の都市であるサンパウロ市は、その政治的・経済的規模から国政との関連が強いと見なされている。サンパウロ市長選は、しばしば国政における主要政党間の「代理戦争」の性格を帯び、市長職経験者が州政治あるいは国政へと進出するための登竜門ともなってきた11。
今回市長選において特筆すべきは、ブラジル民主運動(Movimento Democrático Brasileiro: MDB)のヌネスが、ボルソナロの政治的支持を受けることで保守の有権者にアプローチしつつも、負の影響を巧みに回避して勝利を収めた点である。同年の地方選挙では、サンパウロ市に次ぐ重要都市であるリオデジャネイロ市の現職市長パエス(Eduardo Paes)が第1回投票で過半数を獲得し、決選投票なしで再選を果たしたのに対し、サンパウロ市では主要3候補の得票率がわずか1.34ポイント差内で競り合う接戦となった。
サンパウロ市長選には9名の候補が出馬し、なかでもヌネス、社会主義自由党(Partido Socialismo e Liberdade: PSOL)のボウロス(Guilherme Boulos)、ブラジル労働改革党(Partido Renovador Trabalhista Brasileiro: PRTB)に所属するマルサル(Pablo Marçal)の3候補が有力候補として争った12。第1回投票では、ヌネスが有効票の29.48%、ボウロスが29.07%、マルサルが28.14%を得票し三つ巴の構図となった。決選投票ではヌネスが有効票の59.35%、ボウロスが40.65%を獲得し、ヌネスが再選を果たした13。
(1)サンパウロ市長候補者に対する政治的支持と否定的効果
ではサンパウロ市長選において、有力政治家の政治的支持は実際にどのような効果を及ぼしたのか。投票日の約3ヵ月前に当たる2024年7月2日から4日にかけて実施されたダータフォーリャ(Datafolha)の世論調査14では、回答者が拒否感を抱いている政治家が、回答者が投票予定の候補者を支持した場合、「投票を変える」との回答は56%に達した(「確実に変える」が37%、「おそらく変える」が19%)。この結果は、政治的支持に対する有権者の否定的反応が、候補者の得票に強い負の効果を与え得ることを示唆している。
① ボルソナロによる政治的支持の影響とヌネスの選挙戦略
とりわけ注目に値するのは、ボルソナロによる政治的支持にヌネスがどう対応したのかである。次頁の図1では、選挙前年から投票日直前までに行われた世論調査に基づき、有権者による有力政治家に対する拒否率(「この政治家が支持する候補者には投票しない」と回答した有権者の割合)を示している。調査によると、ボルソナロが支持する候補者には「まったく投票しない」と回答した有権者の割合は常に60%を超え、サンパウロ市において彼への反発が根強いことが浮き彫りになっている。
ヌネスは2024年初頭、ボルソナロが推薦した元警察官を副市長候補に指名し、ボルソナロの支持を公に受けた。しかし選挙戦において、この支持がヌネスに不利に作用する懸念があった。そこでヌネスは、選挙戦において、ボルソナロとの距離感を戦略的に調整し、否定的効果の最小化を図った。
ヌネスは2020年市長選で、ブラジル社会民主党のコヴァス(Bruno Covas)候補と組んで副市長に選出され、その後コヴァスの死去により市長に昇格した。コヴァスは、広範な中道・保守勢力の支持を取り付ける一方で、国政における対立軸を市長選に持ち込まず、具体的な政策提案を中心に訴えることで勝利した15。2024年選挙に現職市長として出馬したヌネスは、コヴァスの路線を継承する姿勢を強調し、極端な党派的対立を避けつつ、より広範な支持層を取り込もうとする戦略を展開した。
(注)世論調査における、各市長候補者(ヌネス・ボウロス・マルサル)に対し「まったく投票しない」と回答した有権者のパーセント。
ヌネスとボウロスに関する10月8日 - 9日以降のデータは、第1回投票が終了し彼らの決選投票進出が決まった後の回答。
また、「*」のついた氏名は市長候補者を支持した有力政治家であり、この政治家の支持する候補者には「まったく投票しない」と回答した有権者のパーセント。
日付は世論調査の実施期間。
(出所)Datafolhaより筆者作成(2025年5月16日閲覧)。
実際に、ヌネスはボルソナロの支持を形式的には受け入れつつも、選挙戦では彼との活動や言及を極力避け、一定の距離を保つ姿勢を貫くことで、中道層の支持の確保をねらっていた。ルーラおよびボウロスが市長選に国政の対立軸を持ち込もうとしたのに対し、ヌネスは、国政よりも市政の課題が重要だと反論し、市政に焦点を当てた選挙活動を試みた16。また、ボルソナロと過度に接近した印象を持たれることを避けるため、ヌネスの選挙キャンペーンにはボルソナロ本人の登場はほとんどなく、ボルソナロと距離の近い共和党のサンパウロ州知事タルシジオ(Tarcísio de Freitas)が多くの選挙活動に同席した17。タルシジオはヌネスとボルソナロの関係性を維持する仲介役を担い、ヌネスへの支持を強化しつつボルソナロの存在感を間接的なものにとどめた。
このような戦略により、ボルソナロの影響によってヌネスに対する否定的な印象が強化されるという懸念は結果的に回避された。9月24日から26日にかけて実施された世論調査では、サンパウロ市民の多くがボルソナロによるヌネス支持を明確に認識していないと回答した18。また、図1の示すとおり、選挙期間を通じてヌネスに対する拒否率は低水準にとどまっており、ボルソナロとの距離感を戦略的に調整する方針が奏効したといえる。
② ルーラによる政治的支持の影響とボウロスの選挙戦略
ヌネスがボルソナロとの関係性を慎重に調整していたのに対し、対抗馬のボウロスは早期からルーラの支持を前面に掲げて選挙活動を展開した。2022年大統領選では、サンパウロ市においてルーラがボルソナロに勝利しており、この勝利をふまえて、ボウロス陣営は「反ボルソナロ」票の結集による追い風を期待していた19。ルーラはボルソナロの不人気を最大限に利用するため、サンパウロ市長選を含む地方選挙を「自身とボルソナロの対決構図」として繰り返し位置づけ、国政の対立構造を市長選に再現しようとし、ボウロスもこれを強調した20。
しかし、サンパウロ市においてルーラに対する拒否率も無視できない水準で存在していた。図1によれば、ルーラへの拒否率は選挙期間中、30%台から50%を超える水準で変動し、選挙が近づくほど悪化した。2023年8月から2024年9月までの世論調査では、ルーラが支持する候補に「必ず投票する」と回答した有権者は20%から23%の間にとどまる一方で、「投票するかもしれない」とする層は37%から22%へと低下した。特に、第1回投票で他候補に投票した層を取り込む必要があった決選投票において、ルーラへの拒否感や労働者党に対する否定的党派性が、ボウロスの支持拡大の障害となった可能性は高い。
(2)第1回投票
ヌネスの戦略は、ボルソナロとの過剰な関係性から生じる悪影響を避け、自身の好印象を守るうえでは効果的であった。しかし、第一回投票においてボルソナロ支持層の票を十分に取り込むには至らず、支持効果を弱める結果ともなった。第一回投票ではボルソナロ支持者の多くはマルサルに投票したと見られる。
選挙戦の初期段階では、ヌネスとボウロスが有力な市長候補であると見なされていたが、投票前月の9月頃からマルサルへの支持も急速に拡大し、三つ巴の争いとなった。次頁の図2に示されるとおり、マルサルへの投票意思は9月初旬にはヌネスと同程度まで大きく上昇し、同月中旬に一時的に数ポイント低下したものの、10月にはふたたびヌネスと同水準に達した。
この急伸の背景として、ボルソナロ支持者の票がマルサルに流入した可能性を考えられる。9月3日から4日に実施された世論調査によれば、ボルソナロ支持者のうち48%がマルサルへの投票意向を示し、ヌネス支持は31%にとどまった。その翌週には、マルサル支持が42%、ヌネス支持は39%と差が縮まったが21、10月1日から3日の調査では再び開きが生じ、マルサルが51%、ヌネスが32%となった22。
(注)世論調査会社が提示した市長候補らが出馬した場合に、各市長候補者に投票すると回答した有権者のパーセント。
「(決選投票)」と記載した場合は、ヌネスとボウロスが決選投票で対決すると仮定したとき、各候補に投票すると回答した有権者のパーセント。
日付は世論調査の実施期間。
(出所)Datafolhaより筆者作成(2025年5月16日閲覧)。
ボルソナロの正式な支持を受けていたのはヌネスであったが、マルサルが以前からボルソナロ支持者として知られていたことが、彼がボルソナロ支持層の票を得ることができた背景として考えられる。ボルソナロは基本的にはヌネスの側に付きつつも、マルサルが第1回投票で勝利する場合も視野に入れていた23。ほとんど同率の三つ巴状態のなか、マルサルとの票の奪い合いに負ければ、ヌネスが決選投票前に敗退する可能性も高まったが、結果的にヌネスは僅差で勝利した。
(3)決戦投票
ボルソナロの支持を受けながらも、左右の政治対立から一定の距離を保ったヌネスの選挙戦略は、第1回投票において接戦に追い込まれる要因となったが、決選投票においてはむしろ有利に働いたと考えられる。その鍵は、ヌネスに対する有権者の拒否反応の薄さである。
図1に示されたように、決選投票前の時点で、ヌネスに対して投票しないと答えた有権者の割合はボウロスと比較し約15〜20ポイント低かった。このような相対的な拒否率の低さは、他候補に比べてヌネスが反感を持たれにくい候補であったことを意味する。
一方で、ヌネスへの支持は、他候補への支持と比べて積極性に欠けていた。10月4日から5日にかけて実施された世論調査によれば、ヌネスに投票する投票と答えた有権者のうち、「理想の候補だから」との積極的理由を挙げたのは48%にとどまり、「他に選択肢がないから」とする消極的理由が52%を占めた。これに対してボウロスとマルサルの支持者では、それぞれ59%・56%が積極的な支持を示していた。
つまり、ヌネスは積極的な支持こそ集めなかったものの、幅広い有権者から一定の支持を集められる候補として、決選投票では有利な立場を得た24。10月15日から17日に実施された世論調査でも、ボウロスに投票する意向を持つ有権者のうち積極的支持が57%に上ったのに対し、ヌネスの場合は30%にすぎなかったが、それでも最終的な得票ではヌネスが大きくリードした。
さらに、ヌネスは第1回投票ではマルサルと競合したボルソナロ支持者票の多くを、決選投票では取り込むことに成功した。調査によれば、2022年大統領選挙でボルソナロに投票した有権者の83%がヌネスに投票する意思を示し25、マルサル支持者の76%も、決選投票ではヌネス支持に回ると答えた26。こうした流れは、ヌネスがボルソナロとの関係性を慎重に保ちながら、保守層の信頼も勝ち得たことを示している。
一方、ボウロスが決選投票で苦戦した要因は、図1に示された彼への拒否率の高さにあると考えられる。ボウロスは家なし労働者運動(Movimento dos Trabalhadores Sem-Teto: MTST)との関連などから、「過激な左派」との印象を持たれやすく、選挙戦でその印象の緩和に努めたものの、他候補からの攻撃によってその印象が強化されてしまった。結果として、ボウロスに対する否定的評価を覆すには至らなかった。
加えて、前述のとおり、ルーラに対する拒否感や労働者党に対する否定的党派性も、ボウロスへの支持拡大を阻害する要因となった可能性がある。ルーラの支持を前面に押し出す戦略は、反ボルソナロの文脈では有効であったものの、ルーラを支持しない層に対しては訴求力を持たず、選挙終盤にかけて中道層や無党派層の支持を広げる上で限界があったといえる。
本稿では、2024年サンパウロ市長選を事例として、有力政治家の政治的支持を市長候補者がいかに戦略的に活用したのかを分析した。その結果、ボルソナロの支持というリスクを伴う要素をうまく制御し、拒否感を抑えることで幅広い支持を取り込んだヌネスの戦略が再選の決め手となったことが明らかとなった。
このような地方選の結果を受けて、ブラジル政界では2026年大統領選挙にむけた動きがすでに加速している。次期大統領の最有力候補とされるのは現職のルーラ大統領である。しかし就任3年目を迎えた彼の支持率は低下傾向にあり、連邦議会内の右派勢力との調整に苦慮している27。貧困対策や社会的包摂などを目的とした政策も、議会の反対のため、2025年3月時点で9度にわたり撤回を余儀なくされた28。2025年5月時点のクアエスト(Quaest)の世論調査によればルーラへ投票しないとの回答(拒否率)は57%と高く29、さらにルーラは2025年10月に80歳を迎えることから、彼の指導力や求心力への懸念も指摘されている。
一方、右派勢力においては、ボルソナロ元大統領の復権を望む声が依然として根強い。しかし、同じクアエストの調査ではボルソナロの拒否率は55%に上り、彼が2023年1月8日の三権襲撃事件に関連し、2025年2月に検察から元閣僚など34名とともにクーデター未遂の罪で起訴されていることからも彼に対する有権者の拒否感は強いと考えられる。2026年選挙の出馬登録時までにボルソナロが被選挙権を回復できるかも不透明である。
ボルソナロが出馬不可能のままとなる場合は、後継候補として妻のミシェリ(Michelle)や、サンパウロ州知事のタルシジオの名前も挙がっている。両者のそれぞれの拒否率はミシェリが51%、タルシジオが33%である。両者ともボルソナロの支持を強く受ける立場にあるが、否定投票の観点からはその影響が明暗を分ける可能性がある。
ミシェリは夫と運命をともにしてきたため、ボルソナロに対する拒否感の高さの影響を直接受けやすい。他方、タルシジオは慎重な立場を維持しており、サンパウロ州知事として再選を目指すとの発言にとどめ、大統領選への出馬を表明しない一方で、ボルソナロ派との距離も一定に保っている。そのため、ボルソナロ出馬断念後に態度を変える可能性も残されている。
ただし、タルシジオの支持基盤は現在のところサンパウロ州のみに限定されているとの評価も受けており、全国的な支持を得ておらず、ボルソナロに代わる有力な候補者となり得ていない。現時点では、ルーラとボルソナロという高い拒否率を持つ有力政治家の対立構図が継続するのか、それとも新たな第三の選択肢が浮上するのか、不確実な状況が続いている。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(25H00529)の助成を受けた研究成果の一部である。