2021 Volume 6 Pages 19-33
The purpose of this paper is to demonstrate the possibility and effectiveness of cooperative learning in inducing Japanese EFL learners’ active engagement with learning tasks. The first part of the paper shows how concepts of cooperative learning can be a useful tool to create a context where students feel an urge to work hard on learning activities. It is suggested that activities should incorporate two key principles of cooperative learning: positive interdependence and individual accountability. This is followed by a report of a case study in which Japanese college students in mandatory English classes worked on two different types of reading comprehension activities: comprehension questions (working individually) and a sentence reordering activity (working in pairs) incorporating the above-mentioned elements of cooperative learning. Intensity of the students’ engagement was compared between the two activities. Results showed that the pair-work activity incorporating cooperative learning induced more active engagement than the comprehension questions.
どのような授業でも,指導効果を高めるためには学習者が積極的に学習に取り組めるようにすることが重要となろう。しかし,学習者の積極性を引き出すことは簡単ではないことが多い。積極性は学習意欲や動機づけといった領域での概念に相当するだろうが,もともと英語学習に対する意欲のある者は一部で,大半は履修しなければならい科目であるから学習しているというような消極的な動機しかない場合が多いであろう。日本のような,教室外では英語使用が差し迫った必要性を伴わない環境では致し方ないことであるが,それでも学習に対して消極的であっては指導の効果があがらないため,教師としては何とか積極的に取り組んでほしいと考え,授業に工夫を加えようと苦心するところである。
積極的な学習を引き出そうと考えると,学習者の興味・関心に合わせて教材を替えたいと考えることもあろう。しかし,授業のねらいに即して選択した教材を他の教材に替えることは,指導事項や評価方法の変更など,指導計画の見直しを必要とするものであるため,教材を替えるという方策は現実的ではないこともある。また,教員個人が教材を選ぶことができるのは限られている場合が多く,例えば,地域や学校の単位で教科書が指定されている場合や,同一科目内で共通の教科書を使わなければならないといった状況は多い。そのような状況では,指定された教科書以外のものを用いることは難しい。場合によっては投げ込み教材として何らかの教材を補助的に使うことも可能なこともあろうが,もともとの教科書とは別に,授業のねらいや指導事項,英文の量や難易度などが適切な教材を探すのは非常に難しい上に,仮に適切なものが見つかったとしても,指定の教科書を使わなくてよいということにはならない。このように,教材の選択により学習者の積極性を引き出そうとすることが難しい状況は多いと思われる。したがって,教材は替えずに使い方を工夫して積極性を引き出すことが多くの場合において求められる。
積極性を引き出すうえでもう一つ障壁となることとして,クラスサイズが大きいことがあげられる。一人の教師が多数の学習者を指導する教室環境では,教師対学習者のインタラクションの機会が少ないため,学習者が受け身になってしまい集中力が切れるなどして,学習に対して積極的に取り組めなくなる状況が生まれてしまうことが往々にして起こる。そのため,一斉指導以外の形態の指導,例えばペア学習やグループ学習といった形態の指導も用いることで,学習者が主体的に活動する局面を作ることが必要となろう。ただし,もともと学習に対してあまり意欲的でない学習者が,ペアやグループでの活動に対して積極的に取り組めないということも起こることには留意しなければならず,単にペアやグループで活動を行えばよいというわけではなく,学習者の積極性を引き出すためにどのようにすれば効果的な活動が行えるのか考えなければならない。
筆者は以上のような難しさを経験する中で,協同学習を応用した活動づくりが授業を活性化するための方策の一つとなりうると考え,授業の中で試行してきた。以下では,まず協同学習の応用がいかに学習者の積極性を引き出すことができるのか考察する。続いて,授業改善の取組として教材を替えずに協同学習を応用したペアワークを用いた場合に,学習者の取組を活性化できているかどうか分析した事例研究の結果を報告する。
協同学習(Cooperative Learning)に関する考え方は研究者により異なるため,協同学習とは何かという定義には統一的なものはないが(杉江, 2011),他者と競争することではなく協力することを教育のねらいとし,学習者同士が互いに協力して学習を進めるものと言える。もともとは外国語以外の教科において指導技法の開発や理論構築,効果検証がなされてきたものであるが(例えばSharan, 1994; Slavin, 1995),Richards and Rodgers(2001)が外国語教育理論の比較検討のなかに協同学習を位置づけて考察しているほか,外国語の授業における指導技術や実践例を紹介する書籍(McCafferty, Jacobs, & DaSilva Iddings, 2006; Jacobs & Goh, 2007; 江利川, 2012; Anderson, 2019)も出版されているように,外国語教育とも親和性がある教育理論である。
協同ということばから,学習者がペアやグループで学習することを連想するであろうが,単に何かをペアやグループになって行えば協同学習になるわけではない。学習者の間に協力関係があることが不可欠であり,様々な研究者が協同学習において必要な要素を提案している。研究者によりその内容は異なるが,例としてJacobs, Power, and Inn(2002)が挙げている協同学習の原理を表1にまとめる。
cooperation as a value | 互いに助け合い協力することを,学習の手段にとどまらず,教育の目標として考えること |
heterogeneous grouping | 能力や特徴の異なる学習者で集団を構成すること |
positive interdependence | 相手に力を貸しつつ,自分も相手から力を借りること |
individual accountability | 自分が活動に取り組まなければ,グループ全体の学習が成立しなくなること |
simultaneous interaction | 同時に全員が学習に取り組んでいること |
equal participation | 全員にやるべき仕事があり,活動への参加の度合いが等しいこと |
collaborative skills | 集団の中で人と協力する技能を身につけさせること |
group autonomy | 学習者自らが学習を管理できるよう学習環境を調整すること |
これらの原理は,学習活動に関するもの(positive interdependence, individual accountability, simultaneous interaction, equal participation),教育目標に関するもの(cooperation as a value),クラス編成や学習集団の編成に関するもの(heterogeneous grouping),指導内容に関するもの(collaborative skills),授業の形態や教員の役割に関するもの(group autonomy)が含まれているように,教育プログラム全体に関わる原理をまとめたものである。それに対して本稿の目的は,もともと使用している教材を使って効果的にペア・グループ活動を実施するにはどうすればよいかということにあるため,上記の8つの原理をすべて満たさなければならないと考えるのではなく,ペア・グループ活動において学習者の積極性を引き出すために有効な原理に注目したいところである1。
McCaffery, Jacobs, and DaSilva Iddings(2006)やAnderson(2019)は,原理のなかで特に重要なものとして,positive interdependenceとindividual accountabilityの二つを挙げている。この二つの原理は,研究者により異なる原理や理念が提案されている中で,その多くに共通しているものであり,学習者間の協力関係を構築する上で欠かせないものであるとしている。positive interdependenceとは,活動が一人では完了できないものになっており,相手の力を借りつつ自分も相手に力を貸しながら活動を行う,いわば持ちつ持たれつな関係を指す。individual accountabilityはpositive interdependenceと表裏一体の関係にあり,自分が活動しなければグループ全体の学習が成り立たないため,グループの学習の成否や評価に貢献する責任が伴うことを指す。表1の8つの原理のうち,学習活動に関係する原理は他にsimultaneous interactionとequal participationがあるが,これらはpositive interdependenceとindividual accountabilityが活動に反映されることでsimultaneous interactionとequal participationを満たす活動が実現できると考えられ,学習者間の協力関係を生み出すためには,positive interdependenceとindividual accountabilityが特に重要となる。
この二つの原理を授業の活動を設計する際の指針として応用することで,学習者の積極性を引き出すことができると考えられる。活動に二つの原理を反映すると,一人では完了できない活動を作ることができ,必然的に他者の力を借りる必要性が生まれる。そして,自分は他者の力を借りるとともに,他者に対して力を貸すという状況が生まれ,お互いに協力する環境を作ることができる。そしてこのような環境ができれば,全員にやるべき仕事が与えられ,ひとりひとりが責任を持ちつつ活動に取り組むこととなる。このように,協同学習の二つの原理を応用することで,活動に取り組む必然性を場の力により生み出すことができると考えられる。
2.2 活動例positive interdependenceとindividual accountabilityが織り込まれた活動が学習者に対してどのように働くのか,3.2で報告する授業改善の取組で行った活動を例に考えてみたい。この活動は文の並べ替えをペアで行う活動(磯田, 2010, pp. 61–62)で,典型例として,教材は二人の話者による会話文を用いるとする。
授業前の準備として,会話文のセリフを一文ずつカードにしたものを用意する。指導の手順は次の通りである。学習者は二人一組のペアになる。ペアが編成できたら,学習者一人に対して一人の話者のセリフのみを渡す(話者AとBがいるとすれば,ひとりの学習者にはAのセリフのみを渡し,もうひとりの学習者にはBのセリフのみを渡す)。自分のカードを相手に見せたり相手のカードを見たりしてはならず,自分が持っているセリフのみが分かっている状態で並べ替えを始める。準備ができたら,教師が最初のセリフを発表し,それを持っている学習者が該当するカードを二人の間に置く。その後は,話が通るには次のセリフはどれが良いか考え,自分の持っているものが次に来ると思えばそのカードを出す。最後のカードを出し終えるまでは,順番を間違えたと思っても出したカードを並べ替えてはならないという指示をしておくとよい。その間教師は机間巡視をして,全て出し終えたペアに対しては,順番を間違えていると思うようであれば話が通るように並べ替えをしてよいと告げる。全てのペアがカードを出し終えたのを確認したら,教科書を見て順番が合っているかどうか確認するよう指示する。
この活動では,一人の学習者は会話全体のセリフの一部しか手にしておらず,自分一人では活動を完了できない。相手がカードを出してくれなければ並べ替えはできないため,互いを頼る状況が生まれ(positive interdependence),また自分がカードを出さなければ相手もカードを出せないという状況にあるため,話が通るようによく考えてカードを出さなければならないという責任が生まれる(individual accountability)。
なお,この活動は会話文以外にもモノローグでも行うことができるほか,3.2で述べるように,会話文であってもセリフの量によっては一人の話者のセリフのみを並べ替えることもできる。
2.3 楽しいだけで終わらないためにペアやグループでの活動により他者とのかかわりを生むことは,それ自体が活動に楽しさや面白さを加える工夫となったり,ゲーム性が加わることで楽しいと感じ,積極性を引き出すことにつながるかもしれない。しかし,楽しさだけでは,ややもすると活動に取り組む必然性を高めているだけで,学習する必然性を高めることにはつながらず,楽しいだけで学習をしていることにならないということも危惧される。したがって,楽しく活動することと学習を進めることを両立する工夫も必要となる。
協同学習の原理により協力関係や責任感が生まれることで,活動に取り組む必然性を高めていると考えられるが,それは学習者の意識の中では,学ぼうとする意識を高めているというよりは,置かれた状況の力により活動を完了することに意識が向かっていると考えられる。上記の並べ替えの活動を例に考えると,文の内容を理解しようという意識を高めてそのために取り組むというよりは,文を並べ替えて活動を完了することが強く意識され,ゲーム性を楽しむ感覚のほうが強いかもしれない。しかし,並べ替えをするためには文の意味を理解することが必然的に求められるため,そのことを強く意識していなかったとしても,文の意味を理解することを活動の完了のための手段として用いていることとなる。このように,本来活動がねらいとしている学習の側面(この場合文の意味理解)が,活動を完了するための手段として用いられるような活動になっていると,楽しさゆえに積極的になっていたとしても,楽しさと学習を両立することができる。
それが機能するためには,活動の完了が具体的な目に見える形で表される課題設定が重要となろう。例えば,「二人で教えあって文章の内容を理解してください」というような指示で,二人が同じ文章を読んだとする。この時,理解した状態とはどのような状態か,何ができれば理解したと言えるのか示されておらず,学習者はどういった点について話し合えばよいのか(例えば,話の展開を追うことなのか,語句の意味の確認なのか)分からない状況に陥る。二人で何か話をするので楽しいと感じることはあっても,到達点が明確になっていないため,協力しようにも何をすればよいのか戸惑うことになり,学習が促進されるとは言い難い。一方,上記の並べ替えの活動では,「理解する」というようなあいまいな基準ではなく,文の順番という目に言える形で成果を示すことが求められる。このように,活動に取り組んだ結果として何らかの成果を観察可能な形で示す課題設定をすることで,学習者の努力を方向づけることができ,それにより活動の完了に必要な思考過程を働かせることにつながると考えられる。
筆者が担当していたライティングの授業において,ライティングの準備段階としてリーディングやリスニングによる文章の内容理解活動を行い,その後ロールプレイ等により,文章中の語句をライティングに応用する指導を行っていた。内容理解活動は,当初は教科書に用意されている内容に関する質問を用いていたが,受講生の中には内容理解はあくまで準備段階であるため形式的に済ませようとするような姿勢がみられることがあった。文章中の語句の学習をスムーズにライティング活動につなげるためには,内容理解において積極的に取り組む姿勢を引き出す必要があった。そのために,2.2で紹介したペアワークによる文の並べ替え活動を取り入れた。数回実施した際に履修者の取り組む様子を観察する限りでは活発になっていると思われたが,果たしてねらい通りの効果があったのかどうか,より客観的な検証を試みた。
以下の分析では,内容理解の質問時とペアワーク時を比較し,活動への取り組み方がどのように変化したのか分析し,授業改善が奏功していたのかどうか検討する。
3.2 対象者と指導内容対象者は大学の必修の英語科目(ライティング)を履修する大学一年生で,自然科学分野を専攻する者であった。筆者が担当していた2クラス(Class 1, Class 2とする)に在籍する62名(Class 1が32名,Class 2が30名)のうち,欠席者を除き57名を分析の対象とした(Class 1が31名,Class 2が26名)。当該大学により習熟度別クラス編成のために用いられたTOEIC Listening & Readingテストのスコアを見ると,Class 1では平均値が387.67点,最小値が365点,最大値が405点,Class 2では平均値が377.89点,最小値が360点,最大値が400点であった。
活動に用いた文章は,授業で使用する教材(アルク英語出版編集部, 2008)に用意されているものであった。この教材は,アルク社が作成した,語彙の使用頻度に基づきつつ日本人学習者にとっての有用性や重要性を考慮に入れた語彙リストである標準語彙水準SVL12000のうち,初級レベルから中級レベルの一部に相当する3000語レベルの語彙のみを用いたものであり,内容は日常的な場面や話題が主である。分析対象となった授業では,この教材から会話文2つを用いた。それぞれText A, Text Bとする。Text Aは旅行中に起こった災難について知人に話している会話で,総語数は133語であった。Text Bはレストランにおける注文の際のトラブルに関する会話で,総語数は108語であった。Class 1では,Text Aで内容理解の質問,Text Bでペアによる文の並べ替えを行い,Class 2では順番を入れ替えて,Text Aでペアによる文の並べ替え,Text Bで内容理解の質問を行った。順番を入れ替えたのは,文章によらずペアワークの効果が見られるかどうか検討するためであった。
ペアによる文の並べ替えは,2.2の活動例にあるように,セリフを二人に振り分けて並べ替える活動を行った。なお,Text Aは会話の構成上一人の話者のセリフの量が僅かで,もう一人の話者のセリフが多かったため,セリフが少ないほうについてはあらかじめワークシート上に与えておき,多いほうの話者のセリフのみを並べ替えることとした。また,一文が長い場合には文の途中で切り分けて別々のカードにして,互いのペアに振り分ける方法をとった。Text Bは話者ごとにセリフを振り分ける方法をとった。その結果,Text Aではカードの枚数は7枚ずつに分かれ,Text Bでは9枚と8枚に分かれた。実施においては,どのような場面での会話であるか簡単な説明を行った後にペアを編成しカードを配布した。一度出したカードを出したら戻してはならず,出したカードの順番は変えてはならないという指示のもと,教員が一文目を発表した後でペアごとに活動を行った。学習者間のやりとりは日本語で行った。活動中教員は机間巡視をして進捗を観察するが,手がかりは与えていない。最後の文まで出し終えたペアに対しては,間違えたと思うところの順番を並べ替えてよいと指示をした。全てのペアが完了したことを確認して,教員が文章を読み上げて順番の確認を行った。活動に要した時間は15分程度であった。
内容理解の活動は,文章を読んで内容に関する質問に答えるもので,個別に取り組むものであった。質問は教材に用意されているもので,日本語で与えられ回答も日本語で行うものであった。Text Aでは5問,Text Bでは3問であった。活動に要した時間は,答えの解説も含めて10分程度であった。以下,内容理解の質問による活動をQ&A,ペアによる文の並べ替えの活動をPairとする。
なお,協同学習の原理を反映したペアワークは様々な形式が考えられるが,本取組においてペアによる文の並べ替えの活動を選択したのは,対象となったクラスの学習者の英語力の水準と,それに合わせて選択された教材の特性,活動に割ける時間を踏まえての結果である。上述のクラス分けテストの結果を見ると,対象となったクラスの学習者は高い英語力を有していたとは言えず,また,これまで筆者が同様の水準の学生を担当した経験から,多くが英語に対して苦手意識を有していると考えられた。それらを踏まえ,用いる教材は語彙レベルを調整し,抽象的な内容は避け,文章があまり長くない教材を選択した。しかし,そのような特徴の教材では,例えば協同学習の活動としてよく知られるジグソーのような,文章を分割して互いに自分の持っている情報を説明し合う活動は不可能であるため,短い文章でも実施可能で,かつ文章の内容に頼らずとも行える活動を模索する必要があった。また,ひとつの活動に授業時間の大半を割くことは現実的ではないため,なるべく短時間で完結できるものである必要もあった。これらの条件を踏まえると,ペアによる文の並べ替えが実施可能性が高い活動であった。
3.3 データ収集と分析方法活動にどの程度積極的に取り組んでいるのか測定するために,質問紙を用いてデータ収集を行った。学習活動に取り組んでいる際の動機づけを分析した磯田(2008)の質問紙を参考に,活動時の行動の一側面として遂行強度(effort)を測定する質問を4項目用意した(項目1: がんばって取り組んだ,項目2: 意欲的に取り組んだ,項目3: 集中して取り組んだ,項目4: 積極的に取り組んだ)。これらの項目の内容が自分にどの程度当てはまるか,7段階の評定により回答を求めた(1: まったく当てはまらない,2: ほとんど当てはまらない,3: あまり当てはまらない,4: どちらでもない,5: やや当てはまる,6: 当てはまる,7: よく当てはまる)。これをQ&A,Pairそれぞれの活動を行った直後に実施した。なお,調査の意図などを説明し,参加者全員の同意を得てデータ収集を行った。
4項目の平均値による尺度値を遂行強度の得点とした。この得点を用いて,クラスごとにQ&A時とPair時で遂行強度にどのような違いがあるかどうか比較を行った。全体的な傾向の分析としてt検定を行い,個人の変化の分析として,差得点の記述統計と効果量を検討することと併せて,散布図を用いて得点の変動を検討した。
それぞれのクラスにおける,項目ごとの記述統計,項目間相関,内的整合性の指標としてクロンバックαを表2および表3に示す。相関の欄においては,対角の下側がQ&A,上側がPairの際の相関を示している。
平均値 | 標準偏差 | 相関 (Q&A\Pair) | クロンバックα | |||||||
Q&A | Pair | Q&A | Pair | 項目1 | 項目2 | 項目3 | 項目4 | Q&A | Pair | |
項目1 | 5.65 | 6.13 | 0.98 | 0.72 | .78 | .68 | .52 | .93 | .87 | |
項目2 | 5.52 | 5.97 | 1.18 | 0.84 | .77 | .66 | .65 | |||
項目3 | 5.55 | 5.77 | 1.18 | 0.96 | .78 | .75 | .57 | |||
項目4 | 5.42 | 5.84 | 1.26 | 1.04 | .72 | .88 | .72 |
平均値 | 標準偏差 | 相関 (Q&A\Pair) | クロンバックα | |||||||
Q&A | Pair | Q&A | Pair | 項目1 | 項目2 | 項目3 | 項目4 | Q&A | Pair | |
項目1 | 5.58 | 6.08 | 0.90 | 0.84 | .61 | .55 | .72 | .87 | .90 | |
項目2 | 5.42 | 5.88 | 0.95 | 1.03 | .55 | .78 | .88 | |||
項目3 | 5.27 | 5.42 | 0.96 | 1.30 | .64 | .49 | .75 | |||
項目4 | 5.46 | 5.65 | 0.95 | 1.09 | .61 | .80 | .69 |
クロンバックαの値から十分な内的整合性があると判断し,4項目の平均値を算出し遂行強度の得点とした。その得点を用いて,まず集団の傾向としての変化を分析するために,クラスごとに有意水準を5%した対応のあるt検定を行った。その結果,Class 1, 2いずれにおいても差は有意であった。遂行強度得点の記述統計,t検定結果,効果量,信頼区間を表4および表5に示す。
平均値 | 標準偏差 | t(30) | p値 | 効果量 r | 信頼区間 | ||
-95% | 95% | ||||||
Q&A | 5.53 | 1.05 | 2.49 | .02 | .41 | 5.15 | 5.92 |
Pair | 5.93 | 0.76 | 5.65 | 6.20 |
平均値 | 標準偏差 | t(25) | p値 | 効果量 r | 信頼区間 | ||
-95% | 95% | ||||||
Q&A | 5.43 | 0.80 | 2.20 | .04 | .40 | 5.11 | 5.76 |
Pair | 5.76 | 0.95 | 5.37 | 6.14 |
個人の変化について分析するために,対象者ごとにPair時の得点からQ&A時の得点を引いた差得点を算出し,その平均値と標準偏差を算出した。また,差得点の平均値を差得点の標準偏差で割った効果量dDを算出した2。その結果を表6に示す。
平均値 | 標準偏差 | 効果量 dD | |
Class 1 | 0.40 | 0.89 | 0.44 |
Class 2 | 0.33 | 0.76 | 0.43 |
個人ごとの得点の変動をより詳細に検討するために,横軸にQ&A時,縦軸にPair時の得点をとる散布図をクラスごとに作成した (図1および図2)。対角線上に位置する場合はQ&A時とPair時の得点が同じであったことを示し,対角線よりも上側に位置するとPair時の得点のほうが高く,下側に位置するとQ&A時の得点のほうが高かったことを示す。人数が多いほど点の大きさが増し,最も小さい点は1名,2番目に大きい点は2名,最も大きい点は3名を意味する。Class 1においては,Pair時のほうが高かった者が15名,Q&A時のほうが高かった者が8名,同一だった者が8名であった。Class 2においては,Pair時のほうが高かった者が16名,Q&A時のほうが高かった者が5名,同一だった者が5名であった。
図1 Class1における遂行強度得点の散布図
図2 Class2における遂行強度得点の散布図
表4,表5に示される遂行強度得点の平均値とt検定結果を見ると,Pair時のほうが値が高く,差は有意であった。また効果量は中程度であり,決して小さくはない差であったと言えよう。このことから,全体的な集団の傾向としてQ&A時よりもPair時のほうが活動に積極的に取り組んでいたと言えよう。
表6に示される差得点の分析結果を見ると,効果量が0.44および0.43であった。この値は差得点の平均値は差得点の標準偏差に対してそれぞれ0.44倍と0.43倍であったことを意味しており,Pair時の得点の上昇がごく一部の学習者に限られているのではなく多数の学習者で見られ,授業改善の効果が幅広い層に見られたと解釈できる。このことは,図1および図2の散布図から分かるように,Q&A時の遂行強度が高かった層でも低かった層においても,Pair時に上昇が見られた学習者がいることからも支持されよう。
今回の分析では,それぞれのクラスでPairとQ&Aで用いる文章を入れ替えて行った。いずれのクラスにおいてもPair時に得点が上昇している傾向が見られたことは,教材による効果というよりは指導方法の効果により上昇が見られたと解釈できる。このことは,使用する教材を替えずに教材の使い方を工夫することで積極性を引き出すことができたことを示唆している。
図1および図2の散布図の検討においては,次の二点が特に重要である。一点目は,Q&A時の得点が5未満であった者の変化である。今回のデータ収集に用いた質問紙において,7段階中の5よりも低い値は,活動に対しあまり積極的でなく,労力を割くことを避けている水準と考えられる。この水準にある学習者は,本取組の発端となった,内容理解活動を形式的に済ませようとする履修者の行動に当てはまると考えられ,本取組で最も改善を図りたかった層と言える。彼らの得点の変動を見ると,全員ではないものの多くの者でPair時に上昇し,大幅な上昇をした者もいることが分かる。この点においても,授業改善の取組が概ね奏功したと言えよう。
二点目は,Pair時に積極性が増した者がいる一方で,低下した者もいることである。低下した原因については様々な可能性が考えられるが(難易度が高すぎた,体調が悪かった,ペアになった相手が積極的でなかった,など),学習者の特性の違いと学習形態との相性により生じた可能性について考えるべきであろう。第二言語学習における個人差研究では,学習者の性格特性のひとつとして内向性・外向性の違いが取り上げられ,それぞれの特性が有利に働く学習の側面が異なる可能性が指摘されているほか(Skehan, 1989; Dörnyei, 2005),学習形態の好み(例えば一人で課題に取り組むか,他者と一緒に取り組むか)にも違いが表れることも指摘されている(Dörnyei & Ryan, 2015)。また,心理学における認知スタイルの研究では,スタイルの違いにより学びやすい学習形態が異なることが示されており,一人で学ぶほうが学びやすいか集団で学ぶほうが学びやすいかといった,社会的環境の違いによる学びやすさの違いがあると指摘されている(Riding & Rayner, 1998)。このような指摘を踏まえると,本取組において一部の学習者にとっては,ペアでの活動が取り組みづらい環境となっていた可能性が考えられる。このことから,協同学習を応用した活動が一定数の学習者にとっては有効に働いたとしても,同じ形態の学習が不利に働く学習者もいることを認識する必要があろう。多数の学習者を指導する教室環境では,学習者の特性が多様であることが指導の前提となる。ある一つの指導方法がすべての学習者に対して効果的に働くとは限らない。したがって,授業ではペア・グループワークによる学習形態と,個人で行う学習形態のバランスをとり,多様な特性を持つ集団に対して適応的に指導を設計する必要があることを忘れてはならない。
3.2で述べたように,本取組において文の並べ替えの活動を取り入れたのは,学習者の英語力や教材の特性,授業時間を考慮した結果であった。仮に英語力が高かった場合,用いる教材は語彙レベルを上げたり,文章量や情報量が多いものを用いるであろう。そのような状況であれば,文の並べ替えではなくジグソーのような活動も可能となり,難易度を上げた挑戦的な課題も可能である。あるいは,英語力が低い場合には,文の並べ替えを用いるとしても,手がかりを与えることで難易度を調整する工夫が求められよう。授業設計の一助として協同学習の考え方を用いることは様々な文脈において可能であるが,その具体化においては,学習者の英語力や教材の特性などを考慮して適切な活動を選択することが求められる。
最後に,本研究の限界について述べておきたい。本研究は,実際の授業における授業改善の効果を検証することを目的とした事例研究であるため,厳密な実験条件の統制やそれを反映した分析が行われているわけではなく,結果を一般化できる範囲は限定されることに留意しなければならない。協同学習の原理を取り入れた活動の効果をより厳密に検証するならば,文の並べ替えを一人で行った場合とペアで行った場合を比較するのが望ましいであろうし,また協同学習の原理を取り入れた異なる種類のペアワークを比較することも,協同学習の効果をより精密に分析する上で必要となろう。今回の取組ではそのような分析を行わなかったわけであるが,本研究の目的は授業改善の効果があったかどうか検証することにある。そのため,もともと行っていた活動(内容に関する質問)と改善を図る活動(ペアでの並べ替え)を比較する方法をとっている。分析結果から取組が奏功したことが示されたが,この結果のみで,あらゆる授業において同様の効果が期待できるということが支持されたわけではないことを指摘しておきたい。
学習者が積極的に学習に取り組めるようにするにはどうすればよいのかという問いに対する一つの答えとして,協同学習の原理を応用したペア・グループワークの効果について考察し,それに基づいた授業改善の効果検証を行った。positive interdependenceとindividual accountabilityの二つの原理を活動に織り込むと,活動を一人では完了できないため他者の力を借りつつ同時に自分が他者の学習に力を貸す協力関係が生まれ,また自分が活動に取り組まなければグループの学習が成り立たなくなるという責任を伴う状況が生まれることで,活動に取り組む必然性が高まると考えられた。ただし,ペアやグループでの活動では,他者とかかかわること自体の楽しさから積極的に取り組むということも考えられるため,単に楽しいだけで学習に結びつかないことになってはならない。一見すると活発な活動となっていても,学習効果のない活動にならないように,楽しさと学習を両立することも重要であり,そのためには活動の完了が目に見える行動として表される具体的な課題設定が重要であることを指摘した。
授業改善の取組として,内容理解活動におけるペアワークの効果を分析した。内容に関する質問に個別に取り組む活動と,協同学習の原理を織り交ぜたペアワークによる文の並べ替えを実施し,活動に対する積極性を比較したところ,ペアワーク時のほうが積極性が高まっていたことが全体的な傾向として見られたほか,個人の変化を見るとペアワーク時に上昇した者が多く見られた。これらの結果から,協同学習の原理を応用することで,学習者が積極的に取り組めるような活動を実施することができ,授業改善の取組が概ね奏功したと言える。
ただし,ペアワーク時で積極性が低下した者も見られたように,ペアやグループの活動がすべての学習者にとって有効と考えるのではなく,個別に取り組む課題とのバランスを取ることも必要であることも示唆された。
1. この意味において,本稿における取組は協同学習に基づく授業というわけではなく,協同学習の考え方を限定的に取り入れて,授業の一部においてのみ協同的な学習活動を行ったものでしかない。本稿の題目を,協同学習の「応用」としているのはそのためである。
2. ここで用いている効果量dDは,群の平均値の差に関するCohenのdとは異なり,個人ごとの差得点についての効果量である。対応のある2群のデータにおいて,差得点の平均値を差得点の標準偏差で割るという方法で求めるもので,個人の差異に焦点を当てた分析である。南風原(2014)によれば,この方法で求められる効果量は,効果の大きさの指標であるとともに,効果が一部に限らず多くの人で見られるのかといった,効果の一般性も示すものである。Cohenのdとの混同を避けるために,大久保・岡田(2012)にならいdDとしている。