2024 Volume 9 Pages 29-54
Foreign language education at elementary school aims not only to establish a base of communication but also to foster thinking skills for problem-solving and opinion formation. Since activities aimed at cultivating thinking skills also require learners to apply the knowledge they have learned in the classroom, such activities could contribute to knowledge acquisition (Anderson & Krathwohl, 2001). That is, it would be meaningful to investigate the question trends that contribute to the development of thinking skills in elementary English textbooks. To foster and assess thinking skills, a Revised Bloom’s Taxonomy (RBT) can be employed. The RBT is a framework including educational objectives for a wide range of levels from superficial to deep learning. Thus, this study conducted a textbook analysis based on this RBT to provide educational suggestions for encouraging the cultivation of thinking skills using textbooks. The results showed most questions are designed to familiarize young learners with language knowledge such as phrases and expressions, with only a few questions encouraging the application of language knowledge and the development of thinking skills. This indicates teachers need to design question types aimed at utilizing language knowledge to carry out tasks and cultivating thinking skills by applying language knowledge as required.
小学校外国語科の目標は,学習した語句や表現を実際のコミュニケーションにおいて活用できるようにする能力を育成することである(文部科学省, 2017)。これに加えて,学校教育では教科を横断して「生きる力」を育むことも求めている。この「生きる力」とは,主体的に判断・行動し,自ら課題を見付けて,よりよく問題を解決する資質・能力のことである(文部科学省, 2016)。このような高度な資質・能力を育成するためには,授業で習ったことをただ暗記するのではなく,授業内で扱った知識を創造的に使用して定着させたり,学習者の思考を活性化させたりする機会が必須である(Anderson & Krathwohl, 2001;石井, 2020)。また,思考力の育成を目指した活動は学習者の知識の定着も促進するため(石井, 2002),小学校外国語科が提示する目標の達成にも必要である。したがって小学校外国語科の授業では,英語でコミュニケーションを図るための基礎を養うことに加えて,複数の視点から情報を整理して意見形成や問題解決を試みようとする能力や態度についても,教科横断,校種間で一貫して養っていく必要もあると言える(e.g., 渡邊他, 2023)。
また,学習指導要領の改訂に伴い各教科で育成を目指す資質・能力が明確になったことにより,児童の学習成果を的確に捉えて授業改善を図るための「目標に基づく指導と評価の一体化」の実現が求められている(国立教育政策研究所, 2020)。この指導と評価の一体化のためには,児童の学習状況を評価する方法のあり方が重要である。つまり,この一体化を通して指導の改善や学習者の学びを深めるためには,指導の結果として学習者がどの程度目標を達成できたかを把握する評価を実施する必要がある(泉他, 2022;斉田, 2018)。この目標に準拠した評価を決定するための重要な点は,指導と評価の指針となる教育目標を明確化及び構造化することである(石井, 2002)。しかし,資質・能力として3つの柱(i.e., 「知識及び技能」「思考力,判断力,表現力等」「学びに向かう力,人間性等」)が整理されているものの,小学校外国語科に特化した具体的な教育目標の枠組みがあるわけではなく,児童の実態に応じて教師が教育目標の細部を設定することが求められる。
そこで文部科学省(2016)は,上述した学校教育で育成を求めている資質・能力の指導や評価のための具体的枠組みの1例として,改訂版ブルーム・タキソノミー(Revised Bloom’s Taxonomy; RBT)を挙げている。RBTは表面的な学習から深い学習まで幅広い教育目標をカバーする枠組みである(Anderson & Krathwohl, 2001)。このRBTは以下の2点から小学校外国語科においても適用することができると言える。第1に,RBTは一般的なレベルの教育目標を階層的に設定しているため,教科内容や学年を超えて利用することのできる汎用性の高い枠組みである(石井, 2002)。第2に,RBTは知識と思考力の発達は密接に関連するものであり,深く有意味な学習を通して知識が構築されるという学習観に基づいて作成されている(石井, 2020)。したがって,学校教育で育成が求められる「生きる力」の資質・能力の育成に加えて,小学校外国語科で主に焦点を当てる基礎的な言語知識の定着を促すための具体的な枠組みとしてRBTは利用可能である。また,RBTは教育目標を設定するための枠組みであり,指導と評価の整合性を検討するためのツールでもある(Anderson & Krathwohl, 2001)。つまり,目標に基づいた指導と評価の一体化を実現するための指針としても利用できる。
以上のことから,言語知識の定着や思考力の育成のための指導・評価方法を決定するための指針としてRBTを活用することができると言える。しかし,RBTの認知プロセスの関係性や階層性は,各教科の実態に応じて多少異なる(石井, 2020)。そこで本研究では,RBTと小学校外国語科の文脈に基づき,言語知識の定着や思考力の育成に向けた指導と評価の一体化を目指す枠組みを整理する。そして,その枠組みを用いて検定済英語教科書の設問の分類を行い,児童の言語知識及び思考力の育成や評価を行うための示唆を得ることを目指す。
1.1 改訂版ブルーム・タキソノミーRBTとは,意図された学習者の学習成果である教育目標を明確にするための枠組みであり(Anderson & Krathwohl, 2001),教科内容とは独立したものであるため,「あらゆる教科内容に当てはめることができる」とされる(石井, 2002, p. 48)。この枠組みは「記憶する」「理解する」「応用する」「分析する」「評価する」「創造する」の6つの認知プロセスで構成されており,前半3つのプロセスが低次の思考スキル(Lower Order Thinking Skills; LOTS),後半3つが高次の思考スキル(Higher Order Thinking Skills; HOTS)と設定されており,学習者に求める思考レベルが階層的に示されている。したがって,RBTは学習内容の記憶や暗記といった表面的学習から,内容を精査したり意見を形成したりする深い学習までを含んでおり(池田他, 2016),多様な次元を設定することで高度な思考力の育成を目指している。
それぞれの認知プロセスを定義したものを表1に示す。また,これら6つの認知プロセスは複数のサブカテゴリーから構成されている(表2)。まずLOTSの認知プロセスについて,最初の「記憶する」は,長期記憶に新しい情報や知識を蓄積させることに主眼を置いたプロセスであり,情報や知識を暗記する活動が含まれる。このプロセスは最も基本的なレベルであり,他の5つの認知プロセスを支える基礎となるため,「記憶する」は思考力の育成のための土台として重視されている(石井, 2002;中尾, 2020)。
表1 RBTにおける認知プロセスの定義(Anderson & Krathwohl, 2001)
レベル | 認知プロセス | 定義 |
---|---|---|
LOTS | 記憶する(Remember) | 学習した内容を暗記する |
理解する(Understand) | 学習した内容を解釈する | |
応用する(Apply) | 課題達成のために学習した内容や知識を活かす | |
HOTS | 分析する(Analyze) | 情報の内容や構造を吟味する |
評価する(Evaluate) | 一定の基準や根拠に基づいて内容を判断する | |
創造する(Create) | 複数の情報や資料などから論理的に考えて意見を形成する |
次の「理解する」は,前の「記憶する」プロセスで暗記した知識を活用して,提示された内容を解釈することが基本となるプロセスである。しかし,サブカテゴリーによっては内容の推測や情報の比較などの高度な思考スキルを促す活動を学習者に求めることもある。「応用する」は,定着させた知識を創造的に活用して何かしらの課題に取り組むプロセスである。このように,「理解する」「応用する」での学習の質は部分的に高度なものであるため,知識の暗記に焦点を当てる「記憶する」とは異なる階層に分類されることもある(石井, 2023)。また認知プロセスの観点によるLOTSとHOTSの区別以外にも,知識次元の観点から「知識」と「知的能力・技能」にも分けられる(石井, 2002)。前者は授業で学習した知識や内容を暗記することで,「記憶する」に該当する。後者は学習した知識を意見形成や内容理解などに活用することで,「理解する」以上の認知プロセスが該当する。したがって,これら2つのプロセスはLOTSに該当するが,学習した知識を活用している点で学習者の思考の活性化を促す高次の認知プロセスでもある(Anderson & Krathwohl, 2001)。
表2 6つの認知プロセスにおけるサブカテゴリー(Anderson & Krathwohl, 2001)
レベル | 認知プロセス | サブカテゴリー |
---|---|---|
LOTS | 1.記憶する | 1.1 認識する / 1.2 記憶から取り出す |
2.理解する | 2.1 言い換える / 2.2 例を出す / 2.3 分類する / 2.4 要約する / 2.5 推測する / 2.6比較する / 2.7説明する |
|
3.応用する | 3.1 既知の手順でやってみる / 3.2手順を考えてやってみる | |
HOTS | 4.分析する | 4.1 区別する / 4.2 情報間の関係を考える / 4.3 情報の背景を考える |
5.評価する | 5.1 確認する / 5.2 批評する | |
6.創造する | 6.1 仮説を立てる / 6.2 計画する / 6.3 創り出す |
注.サブカテゴリーの日本語訳は中尾(2020)に基づいて決定した。
続いてHOTSについて,「分析する」は文章構成や内容を吟味するプロセスであり,HOTSの基礎となる。このプロセスは,ある程度のまとまった文章に基づいて発揮されることがほとんどである。「評価する」は意見や解決案などの内容を判断するプロセスであり,評価するために判断基準を明確にする必要がある。最後の「創造する」は他の5つの認知プロセス全ての要素が関連するが,学習者のアイデアを引き出す点で他のプロセスとは大きく異なる(Anderson & Krathwohl, 2001)。
これらの認知プロセスは,RBTの学習観である構成主義と領域固有性の2つの考えに基づいている(Anderson & Krathwohl, 2001)。つまり,知識は機械的に蓄積されるのではなく,知識の定着には学習者の能動的な知的操作が必要不可欠であり,知識と思考力は密接に関連して発達するものとして,知識の習得を捉えている(石井, 2020)。そのため,言語知識の獲得を主目的としている小学校外国語科にも,RBTは十分に利用することができる。
またRBTは,認知プロセスをLOTSとHOTSに分類して提示することが一般的である。しかし石井(2002, 2023)が示すように,LOTSの中にも階層性が存在する。そのため,各教科に応じて認知プロセスの関係性や階層性は異なるとされる(石井, 2020)。以上のことから,小学校外国語科はコミュニケーションを図る基礎を養うことを目標としていることを踏まえると,LOTSとHOTSの2つの分類ではなく,HOTSの土台となるLOTSに位置する認知プロセスのレベルを詳細に分類する方が,小学校英語の文脈に沿った有効な枠組みとなるだろう。
1.2 思考力の観点からの教科書分析英語教科書における思考力の育成に関連する設問を分析した先行研究について,批判的思考の観点から分析を実施したものはいくつか存在する。例えば孫工・江利川(2018)は,高校で使用する英語教科書の題材内容について,批判的思考に関連する題材の扱われ方を調査した。峯島・茅野(2013)も同様に,高校の英語教育書を対象に批判的思考の観点から分析を行っている。これら先行研究では,高校の英語教科書では批判的思考力の育成に関連する設問の割合は全体の15%程度しかないことを報告している。高校の英語教科書だけでなく,小学校の英語教科書の分析まで行ったものは平井・久保(2023)があるが,批判的思考力の育成につながる設問はほとんどなかったことを報告している。
この批判的思考と本研究で使用するRBTの関係について,Ennis(1987)はRBTにおけるHOTSを具体的に示したものが批判的思考のプロセスであると述べている。またAnderson and Krathwohl(2001)は,RBTでは教師が評価しやすくするためにカテゴリーを明確に分ける必要があるが,批判的思考は複数の認知プロセスに分類されるため,RBTには含めなかったと述べている。つまり批判的思考は,RBTにおける複数のHOTSの認知プロセスを含むものであり,HOTSのみに焦点を絞ったものである。また,この批判的思考は21世紀を生きる市民に必須のスキルの1つとして提案されている(楠見・道田, 2016)。そのため,批判的思考のみの枠組みは高校生や大学生に焦点を当てて使用するべきであり,小学校外国語科に援用するのは困難であると言える。
また,小林・星野(2022)はRBTの観点から小中学校の英語教科書分析を行っている。その結果,平井・久保(2023)と同様に,小学校の教科書ではHOTSに関連する設問数が少ないことが報告されている。この研究は小学校の英語教科書における思考力の育成に関連する設問の傾向を捉える先駆的なものである。したがって,今後は思考力の育成や知識の創造的な活用につながる設問を評価・作成するための詳細で汎用性の高い枠組みを整理することも必要であると考える。具体的には以下2点から更なる検証が求められる:(1)分析に使用する一般化が可能な枠組みを提示する,(2)6つの分類を構成するサブカテゴリーの観点から分析して,言語知識の定着や思考力の育成に関連する設問の詳細な傾向を掴む。
本研究では,RBTを小学校外国語科の文脈に即して修正し,児童の言語知識の創造的な活用や思考力の育成につながる設問を評価する詳細な枠組みを整理する。そして,この枠組みを用いて小学校英語教科書を分析することで,設問の傾向を掴むことを目的とする。最終的な分析結果から,児童の言語知識の定着や思考力の育成につながるための指導や評価に対する示唆を得ることを目指す。検証課題(Research Question; RQ)は以下の通りである。
小学校外国語科は言語知識の定着を児童に促すことが主な目的であり(文部科学省, 2017),教科書作成にはさまざまな面で制約があるため,思考力の育成に関連する設問数は少ないことが想定される。しかし,知識の定着と思考力の育成は密接に関連しているものである(e.g., 石井, 2020)。そのため,知識の創造的な活用や思考の活性化を促す設問の割合と種類の傾向を詳細に捉えることにより,言語知識の定着や思考力の育成に向けた指導や評価について示唆を得ることが可能となる。またRBTは,思考力の育成のための教育目標を分類した枠組みだけでなく,指導と評価の整合性や指導のカリキュラムを検討することも目的としている(Anderson & Krathwohl, 2001)。そのため,小学校英語の文脈に即してRBTを整理した枠組みは,外国語科における指導と評価の整合性や,教師が目指す教育目標や指導方法を検討するための指針として貢献することが期待される。
先行研究と比較しての本研究の新規性は以下2点にあると言える:(1)サブカテゴリーの定義と設問例も掲載することで,言語知識の定着や思考力の育成に関連する設問を分類・評価するための詳細且つ一般化が可能な枠組みの提案を試みる点;(2)RBTのサブカテゴリーに基づいて分析することで,小学校外国語科における言語知識の定着や思考力育成に関連する設問の現状を詳細に把握する点。
2.2 分析対象分析対象は,表3に示す小学5・6年生用の4社から出版された検定済み英語教科書計8冊における設問である。この設問とは教科書内の発問及び課題を指す。具体的には,各単元と単元末ページに掲載されている設問を対象とし,巻頭と巻末のものは対象外とした。なお,この4社での東京都の公立小学校における占有率は85.1%であった(東京都教育委員会, 2023に基づき筆者が算出)。
分析対象8冊の教科書における設問数は,5年生対象の4冊で計684,6年生対象の4冊で計696であり,8冊合計で1380の設問が抽出,分類された。
表3 分析対象の教科書一覧
出版社 | 教科書名 | 一致率 |
---|---|---|
東京書籍 | NEW HORIZON Elementary English Course(NHE)5, 6 | 90.0% |
光村図書出版 | Here We Go! (HWG)5, 6 | 88.2% |
三省堂 | CROWN Jr.(CJ)5, 6 | 94.7% |
教育出版 | ONE WORLD Smiles(OWS)5, 6 | 88.9% |
教科書内の設問は,本研究で整理した枠組み(表5)に基づいてコーディングされた。この枠組みによる分析の信頼性の確認のため,各出版社の1単元分の設問を英語教育学専攻の大学院生1名と分類を行い,一致率を算出した。各出版社における一致率の結果は表3に示す通りである。不一致の設問は議論を通じて解決した後,残りは筆者1名で分類をした。なお,HOTSはLOTSの認知プロセスを含む場合もあるため(Anderson & Krathwohl, 2001),同一の設問が複数カテゴリーに該当する場合,より高次のカテゴリーとして分類した。
2.4 作成した枠組みRBTは,一般的な教育目標のレベルを階層的に示しているために教科内容や学年を超えて広く利用できることが示されているが(e.g., 石井, 2002),6つの認知プロセス間の階層構造や関係構造は各教科によって多少異なるとされる(Anderson & Krathwohl, 2001;石井, 2020)。小学校外国語科の他教科とは異なる特徴(i.e., 教科内容の定着よりも言語知識の定着の促進を主目的とする点,外国語でのコミュニケーションを行うための基礎を育成することを目指す点)を踏まえると,小学校英語に適した認知プロセスの階層構造を設定する価値は十分にあると言える。RBTの認知プロセスの階層性はHOTSとLOTSに分類されることが多いが,「記憶する」に該当する「知識」と,「理解する」以上が該当する「知的能力・技能」にも分けられる(Anderson & Krathwohl, 2001;石井, 2002)。また石井(2023)は,学習の質の観点から6つの認知プロセスを次の3層でも捉えられることを提案する:(1)「記憶する」,(2)「理解する」「応用する」,(3)「分析する」「評価する」「創造する」。実際に「理解する」「応用する」では,既習内容を活用することが求められるため,高次の認知プロセスが部分的に必要となると解釈できる。
これらの点を踏まえて,小学校外国語科の文脈に合った認知プロセスの階層性に修正するため,そして小学校英語教科書における言語知識の定着や思考力の育成に関連する設問の傾向を詳細に捉えるため,本研究では表4に示す3つのレベルで枠組みを整理して設問の傾向を調査した。RBTに基づいて作成した,児童の思考力の育成に関連する設問を評価するための枠組みを表5に示す。以下では,それぞれの認知プロセスの説明を加える。
表4 本研究が設定する認知プロセスにおける3つのレベル
レベル | 該当する認知プロセス | 定義 |
---|---|---|
1 | 「記憶する」 | 言語知識の記憶(慣れ親しみ)を目指すレベル |
2 | 「理解する」「応用する」 | 言語知識の活用・定着を目指すレベル |
3 | 「分析する」「評価する」 「創造する」 |
言語知識の活用を通して思考力の育成を目指すレベル |
まず,レベル1と2に該当する3つの認知プロセスの特徴の違いは以下の通りである:
レベル1の「記憶する」のサブカテゴリーでは,チャンツや書き写す活動などの慣れ親しむことに主眼を置いている場合は「認識する」,ある程度インプットした語句や表現の練習や使用を促すことに主眼を置いている場合には「記憶から取り出す」に該当する設問となる。
レベル2の「理解する」では,「記憶する」の認知プロセスで慣れ親しんだ語句や表現に基づいて提示された内容を解釈する設問がこのプロセスに該当し,どのように内容を解釈するかによって分類されるサブカテゴリーが異なる。サブカテゴリーの中でも「言い換える」は,ある程度慣れ親しんだ表現が使用されている内容の意味を解釈することに主眼をおく。一方で「例を出す」から「説明する」の6つでは,既習の語句や表現を活用することを通して,内容に基づいて推論したり複数の観点から比較したりする能力が部分的に求められる。そのため,特に「理解する」の中の「例を出す」から「説明する」のこれら6つのサブカテゴリーでは,高次の認知プロセスが大きく関わっていると言える。
「応用する」のサブカテゴリーでは,目的を達成するために使用する表現がある程度決められている場合には「既知の手順でやってみる」,使用表現の指定がなく既習表現の中から取捨選択して創造的に活用する必要がある場合には「手順を考えてやってみる」に該当する設問となる。この目的達成とは,言語使用を手段としてタスクが達成されたどうかで評価するタスク基準の1つと類似するものである。したがって,タスクの観点から教科書分析を行った福田他(2017)の基準の一部を採用し,ターゲット表現を使用することに主眼を置くのではなく,活動の結果得られた情報に基づいて表を作成したり,メモを取ったりする活動を含むものを「応用する」に該当する設問として分類した。但し,出版社によっては表の作成やメモを取るなどの活動が明確に設定されていない設問もあった。しかしこのような設問では,既習表現を用いて自分のことや出来事を伝えるという目的を含んでいることが想定されるため,本研究では「応用する」として分類した。ここでの目的達成とは出来事の説明や自身のことの紹介及び必要な情報を得るためのやり取りを指し,児童の考えを形成することは含まない点で「創造する」とは異なる。意見形成や問題解決を伴う場合には「創造する」に分類されるものの,定着させた語句や表現を創造的に活用するという点では共通しているため,「応用する」も高次の認知プロセスを必要とすると言える。
続いて,レベル3の3つの認知プロセスの特徴の違いは以下の通りである:
「分析する」では意見と事実の区別や重要度の高い文の特定など,内容を精査するプロセスである。「理解する」の認知プロセスの延長にあり,「評価する」「創造する」プロセスに大きく関連する。「評価する」では,目的や状況に応じて基準を設定し,設定した基準に基づいて内容の妥当性や説得力などの程度を判断することに主眼をおく。
「創造する」は他の5つの認知プロセス全てと関連するものの,学習者に意見形成や問題解決を要求する点で異なる。ここでの意見や解決案は独自性や独創性を必ずしも伴う必要はなく,情報に基づいて新しいアイデアを形成することを指す(Lubart, 2001)。意見形成を通して新たな提案をすることが理想的ではあるが,自身の考えを構成する一連のプロセスも「創造する」に含まれると言える。「創造する」のサブカテゴリーでは,様々な可能性を模索してできるだけ多くのアイデアを挙げてみることに焦点を当てているのが「仮説を立てる」に該当する設問である。一方,アイデアを十分に検証した上で意見形成や問題解決を行う設問が「創り出す」に該当する。「計画する」について,意見形成や問題解決の過程でアイデアの内容を精査する設問が該当する。提示された内容を精査することや,アイデアではなく紹介文や出来事の説明を検証する場合,これはアイデアの形成を促す「創造する」ではなく,「分析する」や「評価する」に該当する。「計画する」では,意見形成のためのプランニングに重きを置いていることが特徴的な点である。
表6に,小学校外国語科の文脈に基づいて整理した3つのレベルに該当する設問の頻度と割合を示す。
表6 本研究が設定する3つのレベルに基づく教科書分析の結果
レベル |
A社 | B社 | C社 | D社 | 計 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | |
1 | 114 60.3% |
147 71.0% |
86 45.0% |
98 51.9% |
72 50.0% |
74 50.7% |
87 54.4% |
92 59.7% |
359 52.5% |
411 59.1% |
2 | 73 38.6% |
55 26.6% |
102 53.4% |
85 44.9% |
64 44.4% |
60 41.1% |
71 44.4% |
58 37.7% |
310 45.3% |
258 37.0% |
3 | 2 1.1% |
5 2.4% |
3 1.6% |
6 3.2% |
8 5.6% |
12 8.2% |
2 1.2% |
4 2.6% |
15 2.2% |
27 3.9% |
計 | 189 | 207 | 191 | 189 | 144 | 146 | 160 | 154 | 684 | 696 |
分析の結果,語句や表現などの言語知識に慣れ親しむレベル1の設問の割合が最も多く,思考力の育成を目指すレベル3の設問の割合が最も少ないことが明らかになった。学習指導要領では,実際のコミュニケーション時に必要となる言語知識の習得について,外国語の特徴や日本語との違いに気付かせることで定着や理解を促すことが推奨されている(文部科学省, 2017)。この気付きを促進させて知識を習得していくためには何度も繰り返し語句や表現に触れることが重要であり,慣れ親しんだ語句や表現を児童が使えるように指導していくことが求められる(酒井, 2023)。したがって,小学校の英語教科書は知識を記憶するレベル1に該当する設問が多く含まれるように作成されていることは妥当な結果である。
また,レベル3に該当する設問はほとんど確認されなかったものの,学習した知識を活用するレベル2の設問は4割程度含まれていることが確認できる。小学校外国語科では,目的・場面・状況に応じて使用する語句や表現を取捨選択して創造的に活用する能力の育成も目標の1つに挙げている(泉他, 2022;文部科学省, 2017)。表6から,小学校英語教科書では,学習した語句や表現を創造的に使用して内容を解釈したり課題を達成したりする活動をある程度含んでいると言える。但し,レベル2の「理解する」と「応用する」には複数のサブカテゴリーがあるため,設問タイプの傾向を詳細に掴む必要がある。
レベル3の設問について,小学校外国語科では言語知識の定着が優先されるため,この設問タイプはほとんど含まれなかった。しかし,小学校外国語科では言語知識の定着に加えて,伝える内容を整理した上で自身の考えを表現する能力の育成も目標に挙げている(泉他, 2022;文部科学省, 2017)。そのため,週2時間という限られた授業数ではあるものの,総合的な学習の時間や他教科と連携しながら,学習した内容や知識を活かして考えを形成したり,意見を再構築したりする機会を外国語科の授業の中に教師が適宜組み込んでいく必要があるだろう(e.g., 長沼, 2023)。
続いて,表7に6つの認知プロセスに該当する各教科書における設問の頻度と割合を示す。表7から,レベル3の「分析する」「評価する」に該当する設問はC社の5年生以外では確認されなかった。この「分析する」に該当する設問は全て「情報間の関係を考える」サブカテゴリーで,「評価する」に該当する設問のサブカテゴリーは「批評する」であった。具体的な設問例は表5を参照されたい。小学校外国語科では実践的なコミュニケーション能力の育成を目標としていることに加えて,音声言語によるインプットがほとんどを占めているため,まとまった文章を読んで内容を精査・判断することで発揮される「分析する」「評価する」に該当する設問がほとんど教科書に確認されなかったことが想定される。よって,レベル3に該当する設問は「創造する」で占める結果となった。
表7 RBTに基づく教科書分析の結果
認知 プロセス |
A社 | B社 | C社 | D社 | 計 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | |
記憶する | 114 60.3% |
147 71.0% |
86 45.0% |
98 51.9% |
72 50.0% |
74 50.7% |
87 54.4% |
92 59.7% |
359 52.5% |
411 59.1% |
理解する | 51 27.0% |
37 17.9% |
84 44.0% |
73 38.6% |
52 36.1% |
49 33.6% |
59 36.9% |
42 27.3% |
246 36.0% |
201 28.9% |
応用する | 22 11.6% |
18 8.7% |
18 9.4% |
12 6.3% |
12 8.3% |
11 7.5% |
12 7.5% |
16 10.4% |
64 9.4% |
57 8.2% |
分析する | 0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
3 2.1% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
3 0.4% |
0 0% |
評価する | 0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
1 0.7% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
1 0.1% |
0 0% |
創造する | 2 1.1% |
5 2.4% |
3 1.6% |
6 3.2% |
4 2.8% |
12 8.2% |
2 1.2% |
4 2.6% |
11 1.6% |
27 3.9% |
その他の認知プロセスでは,C社の6年生の英語教科書を除き「記憶する」「理解する」「応用する」「創造する」の順に該当する設問の頻度が高い傾向にあることが確認された。表6から,4割程度確認されたレベル2の設問は「理解する」が多くを占めており,「応用する」に該当する設問は少ないことが明らかになった。したがって,「応用する」に該当する設問の不足を補うため,教師は教科書内に掲載されている設問に加えて,慣れ親しんだ言語知識の創造的な活用を促すタスク形式の活動を適宜取り入れることが望ましいだろう。
以下では,6つの認知プロセスで小学校の英語教科書内に確認されるものが多かった「記憶する」「理解する」「応用する」「創造する」のサブカテゴリーごとに分類した結果を示し,具体的な設問を提示しながら詳細な傾向を掴む。
3.2 「記憶する」のサブカテゴリー「記憶する」では,全体的に「認識する」に該当する設問の方が多い傾向にあることが確認された(表8)。特にD社は約7割が「認識する」の設問であった。例えば表9に示すチャンツの設問では,ターゲット表現である「What food do you like?」をリズムに合わせて声に出して練習することで,英語の表現や音声への慣れ親しみを促進することを狙いとしている(酒井, 2023)。このようなチャンツや歌などのリズムに合わせて表現を練習する設問は全ての教科書で確認された。また,ポインティングゲームやキーワードゲームなどの語句の記憶を促す設問も多く掲載されていた。このような傾向は,小学校外国語科であっても外国語活動の授業を活かして,慣れ親しみの段階を経てから言語知識の定着や活用を目指すためだと考えられる(文部科学省, 2017)。しかし酒井(2023)が指摘するように,「記憶する」に該当するような練習活動は実際に触れた語句や表現を用いて自分の考えや気持ちを伝え合うためであることを意識する必要がある。したがって,語句や表現に十分に慣れ親しんだ後には,授業で扱った言語知識を取捨選択しながら課題に取り組んだり,あるトピックについて意見形成や意見交換したりする機会を設定することが望まれる。
表8 「記憶する」のサブカテゴリーに該当する設問の頻度と割合
A社 | B社 | C社 | D社 | 計 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | |
認識する | 51 44.7% |
84 57.1% |
57 66.3% |
59 60.2% |
37 51.4% |
32 43.2% |
59 67.8% |
66 71.7% |
204 56.8% |
241 58.6% |
記憶から 取り出す |
63 55.3% |
63 42.9% |
29 33.7% |
39 39.8% |
35 48.6% |
42 56.8% |
28 32.2% |
26 28.3% |
155 43.2% |
170 41.4% |
表9 「記憶する」に該当する設問の具体例
サブカテゴリー | 設問例 |
---|---|
認識する | ・Let’s Chant [What food do you like?] (NHE 5, p. 54) ・ポインティングゲームをしましょう。(HWG 5, p. 73) ・単語を書き写そう。(OWS 6, p. 31) |
記憶から 取り出す |
・できることを,たずねあおう。(OWS 5, p. 61) ・思い出に残る行事で何をしたかを書きましょう。(HWG 6, p. 85) ・Small Talk [Do you like rainy days?] (NHE 5, p. 26) |
一方A社とC社では,「記憶から取り出す」に該当する設問の方が多い学年の教科書もあることが確認される。これら2社に共通しているのはSmall Talk形式の活動が設問として設定されていたことである。このSmall Talkとは「気軽に行うおしゃべり」であり(西村, 2023, p. 44),既習表現や語句を駆使して内容を伝える活動である。そのため,Small Talkの設問が掲載されていない教科書であっても,教師がその日の出来事に応じて設定することが可能である。分析対象の教科書で掲載されているSmall Talk形式の活動では,前のページで扱った語句や表現の使用を促すものであるため「記憶から取り出す」に分類した。しかし,社会的もしくは意見形成を促すトピックによっては「創造する」の「仮説を立てる」に該当する設問や,Small Talkの後にランキングを作成するなどの活動を加えることで「応用する」に該当する設問になり得る。このように,教師が児童の実態や授業構成などに合わせてSmall Talk形式の活動で要求する思考レベルを柔軟に調整して授業に取り入れることができる。
3.3 「理解する」のサブカテゴリー「理解する」では,どの教科書においても「言い換える」に該当する設問がほとんどを占める結果となった(表10)。この結果から,レベル2に該当する4割程度の設問のほとんどが「言い換える」設問であることが明らかになった。この「言い換える」では,慣れ親しんだ言語知識を駆使して内容を解釈することに主眼を置く。この設問では表11の具体例に示すように,理解した内容について番号を書いたり線を引いたりして表現するため,慣れ親しんだ表現を活用するものの受容的であり,言語知識を取捨選択して産出するレベルまでは要求されない。したがって,「理解する」の中でも「例を出す」以降のサブカテゴリーや,後述する「応用する」に該当する設問を教師が設定することで,慣れ親しんだ語句や表現の活用や定着をより効果的に促すことが期待される。
表10 「理解する」のサブカテゴリーに該当する設問の頻度と割合
A社 | B社 | C社 | D社 | 計 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | |
言い換える | 42 82.4% |
34 91.9% |
71 84.5% |
68 93.2% |
51 98.1% |
49 100% |
55 93.2% |
34 81.0% |
219 89.0% |
185 92.0% |
例を出す | 0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
分類する | 0 0% |
1 2.7% |
2 2.4% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
2 3.4% |
4 9.5% |
4 1.6% |
5 2.5% |
要約する | 0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
推測する | 4 7.8% |
1 2.7% |
5 6.0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
1 1.7% |
2 4.8% |
10 4.1% |
3 1.5% |
比較する | 5 9.8% |
1 2.7% |
6 7.1% |
5 6.8% |
1 1.9% |
0 0% |
1 1.7% |
2 4.8% |
13 5.3% |
8 4.0% |
説明する | 0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
その他のサブカテゴリーでは,「例を示す」「要約する」「説明する」に該当する設問は全ての教科書において確認されなかった。「例を出す」「要約する」について,小学校英語段階ではインプットする情報量が多くないため,これらのサブカテゴリーに該当する設問を設定するのは困難かもしれない。しかし「説明する」については,リスニング活動の後に,語句や表現の定着につながるリテリングの機会を教師が適宜設定することで補うことが可能である。技能統合型の活動であるリテリングは児童にとって認知負荷は高いと思われるが,リテリングを取り入れた実践も報告されているため(e.g., 小野他, 2020),小学校外国語科においても実施することはできるだろう。
設問例をまとめた表11から,「言い換える」以外のサブカテゴリーに該当する設問は次のように特徴づけられる:
表11 「理解する」に該当する設問の具体例
サブカテゴリー | 設問例 |
---|---|
言い換える | ・登場人物の中学生に向けたスピーチを聞いて,分かったことを空欄に書こう。(NHE 6, p. 74) ・それぞれの人が好きな教科を線で結びましょう。(HWG 5, p. 42) ・だれが何を注文したか,番号を書こう。(OWS 5, p. 82) |
分類する | ・下の言葉を2つのグループにわけて,絵を〇か△で囲もう。(OWS 6, p. 81) ・次の語の役割に注目して分類してみよう。(NHE 6, p. 28) ・大文字の形に注目して,仲間分けのグループを考えましょう。(HWG 5, p. 28) |
推測する | ・この後,物語はどうなるでしょう。(HWG 5, p. 105) ・先生や有名人のヒントをあげてクイズを出し合いましょう。聞く人はヒントを頼りにそれがだれかを当てましょう。(HWG 5, p. 111) |
比較する | ・日本語の文の語順と,どのようなところがちがいますか。同じところはありますか。(HWG 6, p.68) ・あなたが住む町と似ている点やちがう点がありましたか。(HWG 6, p. 76) |
「分類する」の英単語の品詞をグループ分けする設問や,「比較する」の日本語と英語の特徴を比べる設問では,ことばに焦点を当てている。文部科学省(2017)では,日本語と外国語の違いに気付くことを児童に求めており,文構造の違いに関する気付きを促す際には,英語とその逐語訳的な日本語との比較を提示することは有効であることが確認されている(西垣他, 2021)。また大津(2021)は,思考を支える重要な基盤であることばについて学ぶことに外国語教育の意義があり,外国語との対比を通して母語への理解を深めることが言語を意識的に捉えるメタ言語能力の涵養につながると述べている。この「分類する」「比較する」に該当する設問は,全て単元末に集中して出題されているために割合が少ないが,ことばへの気付きを児童に促すことを目指す場合には,単元内に適宜日本語と英語を比較する機会を設けることで,設問数の少なさを補うことが可能である。また近年では,ことばへの気付きを促すためのデータ駆動型学習の実践も盛んに行われている(e.g., 西垣他, 2019)。
「推測する」では,文部科学省(2017)は「読むこと」の領域で思考力を育成する手段として,場面や状況などを踏まえて意味を推測する活動を挙げている。そのため,内容を推測する力を育成することを目標とする先行研究も存在する(e.g., 小野他, 2020)。但し,小学校英語教科書にはまとまった英文を掲載しているページが少ないため,「読むこと」の領域においてこのサブカテゴリーの育成につながる設問を作成するには,絵本や漫画など教科書以外から教材を持ってくる必要がある。「聞くこと」においても意味を推測する活動を設定することは可能である。例えば,表11に示すようなスリーヒントクイズが挙げられる。この活動では,回答者は学習した言語知識を駆使しながら英文を理解し,答えを推測することが求められる。一方で出題者は,ヒントの提示順序を工夫しながら慣れ親しんだ言語知識を取捨選択して活用することが求められる。但し,出題者にこのような工夫を促して回答者の思考の活性化を引き出すためには,教師のサポートやフィードバックが必須であろう。
「比較する」の日本と外国の文化を比較している設問について,文部科学省(2017, p. 72)では「外国語の背景にある文化に対する理解」を深めることも小学校外国語科の目標の1つとして掲げているものの,異文化理解に関連する設問の割合が少ないことが示された。近年の小学校英語では,異文化理解の促進を目指すContent and Language Integrated Learning(CLIL)の手法が盛んに取り入れられている(萬谷他, 2022)。しかし,CLILで扱う題材は総合的な学習の時間や他教科に関連したものが多い傾向にある(e.g., 安達他, 2018)。実際,C社は単元内で異文化理解に関連するトピックを扱っていることがあったものの,他の出版社は単元末のページのみの掲載,もしくは全く掲載していない場合もあった。このような傾向にあるのは,現在の小学校外国語科の目的が実践的な英語運用能力の育成にあるためかもしれない。しかし,広い視野から国際理解を深めることも外国語科の目的の1つとしていることを鑑みると,自分とは異なる言語や文化をもつ人々について知り,偏見をもたずに批判的に思考して人格形成を目指す国際理解教育の概念(冨田, 2021)も取り入れていくべきだろう。したがって,日本とは異なる文化について思考することを促すことを目指す場合には,総合的な学習の時間や社会科などの他教科やALTと連携することが推奨される。
3.4 「応用する」のサブカテゴリー「応用する」のサブカテゴリーである「既知の手順でやってみる」と「手順を考えてやってみる」では,6年生になると「応用する」に該当する設問の総数は減るが,後者の設問の割合が増える傾向が確認された(表12)。同じレベル2である「理解する」と比較すると,「応用する」に該当する設問数は非常に少ない。しかし表12に示す結果から,各単元に1つはこの認知プロセスの設問が設定されていることが推測できる。つまり,英語教科書は既習の言語知識を創造的に使用してタスクを遂行する機会をある程度提供していると言える。
表12 「応用する」のサブカテゴリーに該当する設問の頻度と割合
A社 | B社 | C社 | D社 | 計 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | |
既知の手順でやる | 14 63.6% |
7 38.9% |
13 72.2% |
8 66.7% |
4 33.3% |
7 63.6% |
10 83.3% |
6 37.5% |
41 64.1% |
28 49.1% |
手順を考えてやる | 8 36.4% |
11 61.1% |
5 27.8% |
4 33.3% |
8 66.7% |
4 36.4% |
2 16.7% |
10 62.5% |
23 35.9% |
29 50.9% |
表13に示すように,「既知の手順でやってみる」に該当する設問では,好きなものや将来就きたい職業を尋ねてランキング作成という目標を達成することを要求する。それぞれ,likeやwant toなどの特定の表現を引き出させるデザインとなっている。一方「手順を考えてやってみる」では,表13に示すように人物や国を紹介することを目標とするタスクであり,目的や状況に応じて様々な種類の語句や表現を使用することが求められる。しかし前者のサブカテゴリーであっても,理由や補足説明を加えるように指示をすることで,既習表現から取捨選択してより創造的に語句や表現を使用する機会を設けることが可能であろう。
表13 「応用する」に該当する設問の具体例
サブカテゴリー | 設問例 |
---|---|
既知の手順でやる | ・友達にどんなものが好きかたずね合い,人気のあったものを発表しましょう。(HWG 5, p.25) ・クラスの友だちにつきたい職業をたずねて,ランキングを作ろう。(CJ 6, p. 87) |
手順を考えてやる | ・友達になりたい人をしょうかいしよう。(OWS 5, p. 109) ・つくった旅行案内を使って,行きたい国をしょうかいしよう。(OWS 6, p. 61) |
「創造する」のサブカテゴリーごとに分類した結果を表14に示す。この結果から,児童は「創造する」に該当する設問に1年間で少なくとも2回,多くて12回触れる機会があることも確認された。したがって,小学校英語教科書であっても,最も高次なカテゴリーである「創造する」に該当する設問を設定することは可能であることが示された。
表14 「創造する」のサブカテゴリーに該当する設問の頻度と割合
A社 | B社 | C社 | D社 | 計 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | 5年 | 6年 | |
仮説を 立てる |
0 0% |
3 60.0% |
2 66.7% |
2 33.3% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
2 18.2% |
5 18.5% |
計画する | 0 0% |
0 0% |
0 0% |
0 0% |
2 50.0% |
6 50.0% |
0 0% |
0 0% |
2 18.2% |
6 22.2% |
創り出す | 2 100% |
2 40.0% |
1 33.3% |
4 66.7% |
2 50.0% |
6 50.0% |
2 100% |
4 100% |
7 63.6% |
16 59.3% |
「仮説を立てる」と「創り出す」は児童に意見形成を促す設問であるため,理由も合わせて述べることを含むことが想定されるが,理由を述べるように明記していない設問がほとんどであった。中学校や高等学校の英語教科書の設問でも同様の傾向が確認されている(平井・久保, 2023)。そのため,必要に応じて教師は児童に理由や補足情報も述べるように促す必要があるだろう。また,「創り出す」のサブカテゴリーは「仮説を立てる」と「計画する」を含むが(Anderson & Krathwohl, 2001),意見形成のための準備や計画を促す文言を明記していたのはC社のみであった。そのため,児童に意見形成を促す時間を十分に用意する場合には,表15の設問例に示すように,意見を伝える流れや内容を精査したり,ペアやグループで内容についてフィードバックをする機会を設定したりすることも必要であろう。プランニングの段階では,どのように修正するべきか,どの点に着目するべきかなど児童に観点を提示することで深い学習を促すことが期待される。
一般的に批判的思考などの思考力は,情報精査や意思決定などの社会的場面において発揮されるものである(楠見・道田, 2016)。しかし小学校外国語科では,児童の身近で簡単な事柄について意見形成をするレベルまでの要求であり(文部科学省, 2017),社会的な話題(e.g., 環境問題)について意見形成が求められるのはCEFR-JのB1.2以降である(投野, 2013)。そのため,「創造する」に分類された設問は児童の身近な話題(e.g., 住んでいる町,中学校生活)に基づいたものとなっている(表15)。この創造性とは,理由や基準に基づいてアイデアを思いつく一連の思考や行動と定義される(Lubart, 2001)。ここでのアイデアとは単に目新しいものを意味せず,然るべき理由や基準の中で形成される適切なアイデアのことを指し(Anderson & Krathwohl, 2001),児童を含む様々な習熟レベルで発揮・発達されるスキルである(Vincent-Lancrin et al., 2019)。つまり,理由や基準を設定してアイデアを産出できるのであれば,トピックの抽象度の程度は関係なく創造性を発揮することができると言える。例えば表15に示す「おすすめを相手に伝える」という設問では,誰に伝えるのか,どのような目的で伝えるのか(e.g., 自分のことを知ってもらう,プレゼンをする)などの基準を児童もしくは教師が設定する。そして,その基準を満たした適切なアイデアを自分なりに形成することにより,創造性の育成に寄与することが期待される。以上のことから,批判的思考とは異なり,身近な話題であっても創造性を育成することは十分に可能であろう。
しかし,身近な話題と社会的話題では要求される思考レベルが異なる可能性は十分に考えられる。また創造性には,(1)多くのアイデアを生み出す拡散的思考,(2)優れたアイデアを精査して更に内容を発展させる収束的思考の2つのプロセスがあり,創造性の中に階層性があることが示されている(Guilford, 1950)。したがって,対象が児童ではなく高校生や大学生の場合,レベル3も階層性を考慮してより細かく分割していく必要があるだろう。
表15 「創造する」に該当する設問の具体例
サブカテゴリー | 設問例 |
---|---|
仮説を立てる | ・どのグループのカレーを食べたいか話し合おう。(NHE 6, p. 55) ・自分たちの町づくりに生かせそうな例はありますか。(HWG 5, p. 102) |
計画する | ・発表の準備をしよう。①発表メモを作ろう。(行事の様子と魅力を伝えるために,どんなくふうができるかを考えよう。)②メモをもとに,英語でどう言うかを考えよう。(CJ 6, p. 38) ・撮影した動画を見て,どうすればもっとよくなるか,グループでアドバイスしあおう。(CJ 6, p. 100) |
組み立てる | ・伝えたいことを整理して,中学校で頑張りたいことなどを発表しましょう。(HWG 6, p. 111) ・おすすめと,その理由を伝えよう。(CJ 5, p. 101) |
本研究ではRBTを小学校外国語科の文脈に即して修正し,3つの階層に基づいて分析した。そして,小学校英語教科書に掲載されている設問の傾向を(1)3つのレベルの階層,(2)RBTが提唱する6つの認知プロセス,(3)認知プロセスを構成するサブカテゴリーの観点から調査し,思考力の指導や評価についての示唆を得ることを目指した。本研究結果に基づく児童の言語知識の定着及び思考力の育成を更に促すための提案を表16に示す。
表16 児童の言語知識の定着と思考力の育成を促すための提案
レベル | 現状 | 提案 | |
---|---|---|---|
1 | 「記憶する」 | ターゲット表現の使用を促す(練習する)設問が多い | 既習語句や表現の中から児童が自ら選択して使用することを促す活動(e.g., Small Talk)を設ける |
2 | 「理解する」 | 「言い換える」に該当する設問がほとんどを占める | インプット内容をまとめたり,リテリングしたりする機会を設ける |
日本語と外国語の特徴を比較して,ことばに対する理解を深める機会を設ける | |||
総合的な学習の時間や他教科と連携して,日本とは異なる文化や考えに触れる機会を設ける | |||
「応用する」 | タスク形式であっても,特定の表現を暗に引き出させる構成の設問もある | 補足説明や理由を追加するように指示することにより,既習語句や表現から必要に応じて児童が選択して使用できる機会を設ける | |
3 | 「分析する」 「評価する」 |
1社を除き,該当する設問は小学校英語教科書には掲載されていない | 音声言語を通して複数の簡単な情報を聞いて,基準に基づいて児童に内容の精査を促す設問を必要に応じて作成する |
「創造する」 | 意見形成のための計画や準備を促す設問が少ない | 教師が着目すべき観点を提示することによって,内容や表現について自己評価やピア評価を通して振り返る機会を設ける |
レベル2に該当する設問は,小学校英語教科書に4割程度含まれていることが確認された(表6)。しかし,認知プロセスとサブカテゴリーに基づく調査結果から,そのほとんどが「理解する」の認知プロセスであり,その中でも「言い換える」サブカテゴリーが約9割を占めていることが分かった(表10)。「言い換える」は「理解する」の中で最も低次なサブカテゴリーであり,慣れ親しんだ言語知識の中から取捨選択して児童に産出させるレベルまでは要求しない。そのため,レベル1で十分に練習して慣れ親しんだ語句や表現を活用して定着を効果的に促すためには,「言い換える」以外のサブカテゴリーや「応用する」に該当する設問を教師が適宜設定する必要がある。このような設問を増やす最も簡単な方法としてSmall Talk形式の活動が挙げられる。例えば,「応用する」に該当するランキングや表の作成を目標に設定したSmall Talk形式の活動を取り入れることで,対話を継続させたり,知りたい情報を相手から引き出させたりするために,既習語句や表現を取捨選択して創造的に使用することを児童に促すことができるだろう。また,他教科で学習した内容と絡めて社会的な話題を用いてSmall Talk形式の活動を行う際には,児童に意見形成や問題解決を求めることになるため,「創造する」に該当する活動にもなり得る。英語使用に慣れていないクラスに対しては,A社やC社に見られた既習表現を必然的に促すSmall Talkを繰り返し実施して語句や表現に慣れ親しませることから始め,段階的に思考レベルを上げていくことも可能である。このようにSmall Talk形式の活動では,児童の実態に合わせて要求する思考レベルを教師が柔軟に調整することができるだろう。
思考力の育成に関連するレベル3に該当する設問は少なかったが,小学校外国語科では情報を整理しながら考えを形成したり,情報を比較・精査したりする能力の育成も求めている(文部科学省, 2017)。週2時間という限られた授業時間の中で,言語知識の定着に加えて思考力の育成を目指す活動を外国語科の時間だけで実施するのは困難である。そのため,他教科や総合的な学習の時間と連携しながら,レベル3に関連する活動を取り入れ,内容を深めていくことが望ましいだろう。
また,本研究では情報の精査・比較に関連する「分析する」「評価する」に該当する設問はほとんど見られなかった。そのため,児童の思考力の伸長のためには,複数の意見や情報から最も一貫した内容のものを評価したり,内容の要点を比較したりする機会も教師が適宜設ける必要があるだろう。文部科学省(2017)も,音声言語を通して内容や情報を整理・比較する思考力の必要性を述べている。具体的に音声言語を通してこのような思考力を育成する方法として,比較的短い複数の情報を聞く活動が考えられる。目的・場面・状況に応じて,共通点・相違点の抽出や最も一貫した内容の選択をさせる機会を設定することで,聞き取った情報の精査を児童に促すことが期待される。活動の難易度は,提示する情報の内容の複雑さで調節が可能であろう。情報精査のような高次の思考力を要求するプロセスは,語句や表現などの言語知識を土台としているため(e.g., Anderson & Krathwohl, 2001),コミュニケーションを図る基礎の育成にも寄与することが期待される。また思考力の育成に関連する設問では,言語知識の定着も促されるため(e.g., 石井, 2020;渡邊他, 2023),可能な範囲で積極的に取り入れる意義は十分にあるだろう。
4.2 今後の展望本研究で整理した枠組み(表5)は,指導の目標に応じて新たに教師が設問や活動を作成する際に十分に貢献できるだろう。また,本研究は小学校外国語科を通して児童に身に付けさせたいレベルに到達するための指導計画だけでなく,そのレベルに到達しているか判断するための評価方法の検討にも活用することができる。このように,指導と評価の整合性を確認する際の指針としても有効である。
さらに,本研究結果はCLILにおける評価方法への援用も期待される。小学校英語ではCLILに関する実践研究が増えているものの(萬谷他, 2022),児童の認識や情意面の変化に焦点を当てた研究が多い傾向にある。これは,CLILの文脈では言語知識や思考力などの育成や評価するべき構成概念が複雑であることが要因の1つかもしれない。実際に,CLILの文脈でどのようにプロダクトの内容面や思考力の評価を実施するのかが十分に定まっていないことが報告されている(Sato, 2024)。しかし,CLILは思考力の育成も目指すものであり,RBTに基づいて実施されることもある点を踏まえると(池田, 2016),表5に示す枠組みと本研究結果はCLIL実践におけるパフォーマンステストでの内容面の評価及びルーブリック開発の参考資料となり得るだろう。
最後に本研究を更に発展させるために以下2点の課題が挙げられる。第1に,自ら判断や行動をして問題解決を試みる「生きる力」の資質・能力について,教科横断・校種間で一貫して育成することが求められている(文部科学省, 2016;渡邊他, 2023)。そのため,RBTの観点から外国語科以外の小学校の教科書や,中学校の英語教科書を分析することで,思考力の育成に向けてどのように他教科や校種間で連携することができるかも合わせて調査する必要がある。また,思考力の育成をどの程度まで実施する必要があるか判断する1つの基準として,海外の英語教科書との比較調査を実施することも有効な方法だろう。第2に,本研究では教科書内の設問のみを分析対象としており,教科書以外の設問や活動が掲載されている教師用指導書は分析対象としていない。また,実際の外国語科の授業では教師が教科書の設問を発展・工夫して使用していることが想定される。加えて,実際の児童のパフォーマンスも分析対象とすることで,設問を通して児童の思考力の伸長につながるか検証する必要もあるだろう。したがって,今後はより包括的に思考力の育成につながる設問の調査をする必要がある。
原稿執筆の過程において,筑波大学の平井明代先生と小泉利恵先生,そして2名の査読委員の先生方から貴重なご意見やご助言を賜りました。この場をお借りして,深く感謝申し上げます。