Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Marketing Case
A New Business Model Approach to the Retail Industry and the Importance of Customer Engagement:
from a case study of the Sapporo Drug Store
Takashi Okutani
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2018 Volume 38 Issue 1 Pages 120-137

Details
Abstract

近年ドラッグストアの市場拡大が顕著である。活発なM&A(企業の合併・買収),食品の取り扱いに見られる品揃えの強化,調剤薬局市場の取り込み,PB商品開発,ロイヤルティプログラムの充実,消費者のワンストップショッピングニーズへの迅速な対応で,高齢者や幅広い女性顧客層を他業界から取り込んでいる。そのような中,自社のリブランディングとリージョナルマーケティング,積極的なインバウンドニーズの取り込み,AI, IT活用によって独自の顧客基盤運営と新規事業開発で全国から注目を集める北海道を基盤とするドラッグストア(株)サッポロドラッグストアー(以下,サツドラ)の取材を行った。

本ケーススタディにより小売業における新しいビジネスモデル構築とマーケティング戦略において以下5点の示唆が見出された。1)地域循環型顧客関係管理プラットフォーム構築の重要性,2)地域小売業がリージョナルマーケティングにおいて果たすべき役割,3)販売チャネル「場」の新しい価値創造,4)Customer Engagement構築の重要性,5)地域コミュニティ・マーケットにおけるCollaborative Consumption(共創消費)構築の可能性

図1

サツドラホールディングス株式会社

出所:サツドラホールディングス提供

I.  はじめに

近年ドラッグストアの市場拡大が顕著である。2017年度の主要ドラッグストア上期決算によると上位13社のうち12社が増収増益とある(Hanbai Kakushin, 2017)。通信販売・EC,百均ストアに次ぐ営業総収入伸び率を示し,2016年上期営業総収入に対して106.8%の成長と,市場拡大が続いている。他の小売フォーマットが苦戦する中,日本チェーンドラッグストア協会の調査によると,その市場規模は6兆4916億円に上り,遂に百貨店市場を超えた(Hanbai Kakushin, 2017)。活発なM&A(企業の合併・買収),食品の取り扱いに見られる品揃えの強化,調剤薬局市場の取り込み,PB商品開発,ロイヤルティプログラムの充実,消費者のワンストップショッピングニーズへの迅速な対応で,高齢者や幅広い女性顧客層を他業界から取り込んでいる。一方でドラッグストア業界は,拡大の一途をたどっている反面,厳しい競争にもさらされている。2009年の薬事法改正により医薬品販売の規制が緩和され,医師の処方箋が要らない大衆薬はコンビニ,スーパーでも購入できるようになった。市場拡大と業界再編が止まらない背景には,M&Aや品揃えの拡大による店舗の大型化・集約化を進めていくことで,ドラッグ業界以上の市場伸び率を示す通信販売・EC業界,コンビニやスーパーとの競争に勝ち抜き,今後の人口減少,超高齢化社会,インターネットの進展に伴う消費者の買物行動の変化に備えなくては生き残れないという切実な事情もある。規模の拡大と他業界からのシェア争奪で同質化する市場でいかに新しい価値創造と進化を遂げるのか?現状では規模の拡大以外に差別化の道は無いようにも思える。

そのような中,北海道という地方市場において,自社のリブランディングとリージョナルマーケティング,積極的なインバウンドニーズの取り込み,独自の顧客基盤運営で全国から注目を集めるドラッグストアがある。そのドラッグストアとは,2016年の春にドラッグストア事業のストアブランドを「サッポロドラッグストアー」から「サツドラ」に変更したサツドラホールディングス株式会社傘下,(株)サッポロドラッグストアー(以下,サツドラ)である。北海道手稲で1972年に創業,北海道を中心にドラッグストア「サツドラ」を約200店舗展開する。また,サツドラホールディングス株式会社では,地域マーケティング事業,エネルギー事業,POSシステム開発事業,インバウンド事業に加えて,さらにAIソリューション開発事業など,従来のドラッグストアとは異なる多角化事業を展開している。2017年5月期(15ヶ月決算)の連結売上高約878億円,従業員数約2300名超の東証一部上場企業である。現代表取締役社長は,創業者で現会長の富山睦浩氏のあとを継承した富山浩樹氏で同社としては2代目の社長である。

同社は,一見ファミリー色の強い地方小売企業のようである。Gekiryu(2018)より,2016年度決算をまとめた有力ドラッグストアチェーンの売上高ランキングの抜粋を表1に掲載する。このデータによると業界TOP3との比較では,売上高も7分の1程度,利益率も現状は決して高くはない。しかし,サツドラは現在のドラッグ業界の価値創造と差別化とは全く異なる戦略を有している。AI会社,北海道という地の利を生かしたリージョナルマーケティング事業,インバウンド事業と多様な事業ポートフォリオを有しながら,ドラッグストアを経営している。その戦略意図はどのようなものなのか?その真意を以下で富山社長への取材から解説を試みたい。

表1

有力ドラッグチェーンストア業績一覧

出所:Gekiryu(2018)より筆者作成

II.  サッポロドラッグストアーの概要,沿革

「楽しくなければドラッグストアではない」創業者で現会長富山睦浩氏が創業以来繰り返し言い続けてきたこのメッセージと共に創業から46年。サツドラは北海道内を中心に200を超える店舗を運営している。2017年12月末現在,本社のある北海道に183店舗(うちインバウンドフォーマット16店舗),道外においては上野/福岡/沖縄などに6店舗(うちインバウンドフォーマット5店舗),台湾に1店舗,調剤薬局数は10店舗を構える。「北海道の『いつも』を楽しく」をテーマに,化粧品や,医薬品を扱うヘルス・アンド・ビューティーを核とした「生活便利ストア」として以下の3点の店舗コンセプトを掲げている

1)小商圏における収益モデル店舗の確立

2)品揃えの強化(冷凍食品・アパレル・日用消耗品)

3)核商品作り(自社開発商品)

現在の経営戦略のコンセプトは「リテール×マーケティング」であり,2017年から4年間の中期経営計画においては,「北海道の深掘りと次の成長への基盤づくり」を掲げ,成長戦略として①強固なリージョナル・チェーンストアづくり,②リージョナル・プラットフォームづくり,③アジアン・グローバルへの発信と,地元北海道の市場を意識しつつも日本のその先を見据えたインバウンド強化及び国際展開を視野に入れている。そのための組織戦略として,①活躍し続ける人材育成,②多様性のある組織づくりに注力しており,地元北海道だけでなく,日本全国から多様な人材を集めている。さらに「サツドラリブランディング」と称し,「北海道の『いつも』を楽しく」を体現するためにデザインを武器に企業変革を進めている。冒頭ページにある新店舗や,自社PB商品へのデザイン投資は従来のドラッグストアには珍しく,むしろファッション,ライフスタイルブランドを彷彿とさせる。このようにドラッグストア業界の潮流とは差別化された企業戦略を推進しているのがサツドラなのである。

サツドラの現在までの歩みは図2の通りで,現社長の富山浩樹氏は企業の成長においいて大きく4つのフェーズが存在し,現在を「第2創業期~第2成長期」と位置付けている。現富山社長が経営のバトンを引き継いだ「組織停滞期~変革期」から,サツドラは従来のドラッグストアにはない戦略をベースに進化を遂げている。

図2

サツドラホールディングスのあゆみ

出所:サツドラホールディングス事業概要説明資料より筆者作成

ここからは,富山社長へのインタビューをもとに,企業改革の変遷のポイントを解説したい。

1.  サッポロドラッグストアー成長期から第2創業までの道のり

組織停滞期―変革期での戦い(2007年–2013年)

「北海道から出なかった,出られなかったサツドラ」富山社長はサツドラをこう表現する。地元には言わずと知れた全国Top3に名を連ねるツルハドラッグの存在があった。また北海道には業界は異なるが「コープさっぽろ」のように地域密着型で地元顧客からの信頼を獲得している小売業との激しい戦いが存在していた。素晴らしい強豪の存在が今の戦略に影響していると富山社長は言う。特に何度も耳にした言葉は「差別化」と「ポジションが空いている」というフレーズであった。

富山社長が家業であるサツドラの事業に参画したのは2007年。当時の組織は停滞期にあった。個店主義の蔓延と軍隊型組織での成長の限界を感じはじめていたと言う。先代の「1店舗ずつ違う方が良い」いう考え方もあり,組織は常に混乱していたという。そこから,組織改革を始める。当時の番頭的キーマンは去り,一時は出店もストップする。

この改革期に富山社長が行ったことが,まさに店舗コンセプトにも掲げている「店舗の基本収益フォーマットの完成」,「マーケティング思考の導入」,「組織を支える人材の若返り」であった。富山氏は小売業の基本として特に「チェーンオペレーションの重要性」を力説している。このようにまずは小売業としての基本であるチェーンオペレーションの徹底と,儲かる仕組み作りに注力した約5年間を経て,現在の第2創業期,独自の企業戦略のフェーズへと移行していく。

第2創業期―4つの軸の構築

第2創業期に入り富山社長は,第2成長期を実現すべく,4つの戦略でサツドラの進化を進めている。その4つとは,(1)顧客関係マネジメントとリージョナルマーケティングの展開,(2)デザイン力を活用したリブランディング戦略,(3)永続的なインバウンド需要対応の推進と北海道ブランドの更なる拡大,(4)強固なリージョナル・チェーンストア構築とその未来を支えるシステム開発である。ここからはこの4点について解説を加えたい。

(1) 顧客関係マネジメントとリージョナルマーケティングの展開―EZOCA

店舗基本収益フォーマットを完成させ,出店ペースを上げ始めた2013年を経て,富山社長は2014年に地域マーケティング事業として株式会社リージョナルマーケティングを立ち上げる。この企業は地域共通ポイントカードEZOCAを運営している。多くの企業が大手ポイントプラットフォームへの参入や,独自にロイヤルティプログラムを展開する中,「地域が輝くプラットフォーム作り」を目標に地域共通ポイントカードとしてEZOCAを同年6月に開始する(注1)。2018年1月末現在で150万人以上の利用者,提携先企業は100社を超え600店以上の店舗をつなぐプラットフォームに成長している。同社によると,北海道の世帯普及率50%を達成し,都心で見かける大手ポイントプラットフォームを凌ぐアクティブユーザーを有している。また,会員の女性比率は70%を超え,特にサツドラの主要顧客である20代から40代の女性子育て世帯が女性会員の約半数を占めるという。

地域でも有数のポイントカードプラットフォームを立ち上げた理由として富山社長は,「小売業の資産はお客様」でありEZOCA導入前からあった自社ポイントカードから学ぶことで,顧客データの可能性と価値に気づいたという。EZOCA導入前からアクティブユーザーの多いロイヤルティプログラムを有し,女性顧客も多かった。ただ,現状のポイントカードでは規模も中途半端であり,差別化にはならない。一方で,大手ポイントプラットフォームの世界に入ってしまうことでその資産を手放すことに危機感を感じていた。

「小売が本来マーケティングをやらなくてはいけない」富山社長は,「単純に売買している小売」ではここから先の競争には勝てないという。「自社の強み」を徹底して考える必要があり,そこで出てきたサツドラにとってのキーワードが「地域」であった。小売業であり,地元ドラッグストアであったからこそお客様という資産がある。そしてそれは顧客情報として手元にある。さらに,規模の経済で圧倒する競合のツルハドラッグとの差別化として「リージョナルマーケティング」,地域密着型をアピールすることが地元顧客に対する訴求ポイントになると判断した。「『北海道を唄える企業はうちだけ』この『ポジション』を取りに行くことで,ツルハドラッグのような規模の経済を追求したナショナルチェーンには唄えない『北海道』というブランディングを活用する」ことを決意する。

富山社長はリテールビジネスを営むに際し,地域の視点,お客様の目線が重要であること,またそこにある顧客関係の強化に活路を見出している。また小売から地域課題を解決していくことは可能であるという。富山社長は「ローカルでは小さすぎるが,リージョナルなら戦える(商売になる)」と考えている。自社だけ,北海道だけでは難しいが,地域顧客,地域小売業との連携でリージョナルに成長を目指す。ポイントカードの名前をEZOCAにした理由もリージョナルマーケティングへの想いから生まれている。サッポロドラッグストアーのカード名ではなく,地域への発信と地域のためのポイントカードとして「EZOCA」というカード名でサービスを開始したのだ。

サツドラは150万人以上の利用者を有するポイントカードEZOCAを活用して,様々なマーケティング活動,地域,自治体との取り組み,お客様とのタッチポイントの形成を行っている。

まず第1にマーケティング活動事例を紹介したい。「北海道のマーケティング」,「北海道でのマーケティング」の実践として,NBメーカーとの共同企画をEZOCA会員,サツドラ店舗を活用して行っている。メーカーとの店頭販売実験,北海道限定のマーケティング施策に積極的な小売業として認知してもらうことで,お客様にもメーカーにも還元していきたいという。このような顧客基盤と店舗基盤を持つサツドラの新しい取り組みはP&G社にも注目され,昨年はAmazonと並んで,P&Gのベストパートナーに選出されている。

また,地域スポーツとのマーケティング連動として,地域サッカークラブである北海道コンサドーレ札幌,バスケットボールクラブのレバンガ北海道を応援する取り組みを行っている。応援したい地域スポーツ団体のEZOCAを持ってポイントを貯めると,お買物金額の0.5%がお客様の応援するクラブチームの支援にまわる仕組みを構築し,サポーターと共にクラブチームを応援するカードの提供を行っている。この取り組みによって地域スポーツを応援する顧客の取り込みや,サツドラの認知向上を行い,地元ビール会社とのオリジナル商品の開発などによって,単なる日用品の買物行動に,地域との繋がり,買物の社会的意義を構築することでサツドラとの繋がりを形成している。さらにそのようなEZOCA会員の買物データを分析し,加盟店との共有も行っている。

次に,道民参加型ソーシャル・コミュニティ「EZO CLUB」の運営を紹介したい。このコミュニティの顧客ベネフィットは「楽しい,つながる」である。お客様の日々の地域活動を応援する目的で設立され,現在コミュニティ数は「ママ・子育て」コミュニティを中心に200を超える。また,最近ではこのコミュニティと企業とのコミュニティマッチングを行い,企業のマーケティング活動というニーズを満たすことでコミュニティ運営をサポートする仕組みも作っている。昨年11月には札幌ドームでイベント「サツドラFES」を開催。多くのスポンサー企業を集め,また多くのEZO CLUB会員が来場し,2日間で29,000名もの集客をしている。

EZO CLUBにおいては,会員が集まれる場所の提供としてEZO CLUBコミュニティスペースの開設や,会員活動レポートの掲載メディアとして道民参加型のフリーペーパー「エゾクラブマガジンコミュ」の隔月発行までおこなう。発行部数は13万部を超え,EZOCA提携店,約230の保育園,幼稚園,託児所,さらに約40の市町村への配布を行っている。多くのコストがかかる事業ではあるが,子育て世代にとって有益なコンテンツの提供と,主要顧客へのアプローチ先,タッチポイントとしてこの紙メディアを重要視している。最近では企業とコミュニティのマッチングも増加傾向しており,先述のテストマーケティングの場としてもコミュニティ活用が実践されている。

最後に地域自治体との取り組みとして利尻・礼文でのEZOCAサービスを開始している。利尻島に3店舗,礼文島に7店舗を導入し,狭小商圏,地元商店街店舗のEZOCA加盟を推進,その手数料の一部を地元に還元するEZOCA商店街活性化還元モデルを実現している。この取り組みにリージョナルマーケティング株式会社が運営管理として入り込むことで,町内の活性化,資金難で中止に追い込まれていた島民イベントを復活させている。小売事業としてのメリットよりも,リージョナルマーケティング社がこの取り組みによって得られる地域活性化ノウハウ,自治体との取り組みによる北海道への貢献,その他地方におけるリージョナルマーケティング事業の受注と実績の蓄積を見込んでいる。サツドラは北海道,札幌市と「包括連携協定」や「さっぽろまちづくりパートナー協定」を結んでいるため,このような取り組みを強化していくと思われる。

(2) デザインの力を活用したリブランディング戦略

サツドラのリブランディングは「北海道の『いつも』を楽しく」というコンセプトを,デザインを武器に表現することに重点を置いている。「楽しいをコンセプトとして言い切る,表現することが普通の化粧品や,医薬品を扱うヘルス・アンド・ビューティー企業という存在よりも差別化になる」と富山社長は言う。デザイン活用においてサツドラが重点をおく領域は2つある。それはPB商品と店舗である。特に注目すべきPB商品開発について解説を行いたい。

PB商品開発においてサツドラは現在2つの商品カテゴリーに注力している(図3参照)。1つは飲料・食品+日用品の領域だ。「わたしの『いつも』にちょうどいい」をコンセプトにPB50品目を目標に開発を進めている。単品売上No. 1商品である「超炭酸水」はアルコール飲料メーカーとの共同マーケティング企画で売上を大幅に伸ばすなど,圧倒的な価格と品質でお客様の人気を集めている。

図3

サツドラPB商品

出所:サツドラホールディングス事業概要説明資料より筆者作成

さらに今後の消費者の高齢化と健康へのニーズを取り込むべく医薬品・健康食品の領域においてもPB商品開発を行っている。現在は健康食品領域においてドリンク剤,サプリメントを「Wellness Navi」というブランド名で展開している。またこれらの商品を積極的に他店舗へ卸売する事業も関連会社を通じて行うことで,ブランド認知向上とPB開発に伴う生産ロットの問題解消に努めている。

PB開発および新店舗のデザインには一貫性と優れたデザインコンセプトを感じる。富山社長は外部企業との長期間に渡るデザイン,ブランディングプロジェクトを推進しており,会社案内においても「楽しい」店づくりのパートナーとしては,SUPPOSE DESIGN OFFICE Co., Ltd.,「楽しい」商品づくりのパートナーとして,エイトブランディングデザインを紹介している。エイトブランディングデザインは「ブランディングデザインで日本を元気にする」というコンセプトのもと,企業ブランド開発,商品開発,店舗開発など幅広い領域でデザイン活動を行う企業である。サツドラにおいては企業ブランディング,商品パッケージデザインを実行している。これら外部デザイン企業と部内デザインチームとの協業によって,「デザインで差別化する企業」を目指している。組織改革期から,デザイン経営の重要性に気づき,これらのデザイン関係者へ社長自らアプローチを行ってきたという。

この領域においても富山社長は「デザイン経営はオープンスペース」だと言う。確かにライフスタイルブランドやファッションブランドにおいて特定のデザイナー,デザイン企業との短期的提携は多く見かけるが,ドラッグストア業界においては稀有と言える。また経営者自らデザイン企業やデザイナーとの長期的な取り組みを行い,会社案内に掲載している企業は少ない。小売業界では無印良品を運営する株式会社良品計画のアドバイザリーボードメンバーが有名だ(注2)。これらのデザインを活用したリブランディングの成果について富山社長は,サツドラのブランドイメージはブランドイメージ調査においても上がってきているという。外部リサーチ会社によるブランドイメージ調査において「3年前はツルハドラッグが一番であったが,今はサツドラが1番になった」という。彼は「外に出すものと内に出すものをブランディングによって統一することで,社内における経営戦略の方向性が明確になり,お客様へのブランドアピールが明確になることが外的効果として存在し,やるべきこと,やるべきでないことが社内で明確になることがリブランディングの内的効果」であると解説する。「ブランド戦略や多くの事業への資金投資,マーケティング施策,新店舗への投資で若干経営的にはしゃがんでいる状態」ではあるが,やる意義があると言う。「小売業は基本ブランドに投資できない。特に日常商品領域においては難しい。しかし,海外企業や日本の優れた小売業はブランド力形成にお金をかけている」。このようなデザイン領域への進出によって長く愛されるブランドであり続ける。これも富山社長のドラッグストア業界における差別化であり,「空いているポジションを埋める」戦略のひとつなのだ。

(3) 永続的なインバウンド需要対応の推進と北海道ブランドの更なる拡大

サツドラ独自の店舗出店戦略としてインバウンドフォーマットの出店加速が挙げられる。北海道内に16店舗,道外に5店舗,海外(台湾)に1店舗展開している。日本政府観光局(JNTO)によると1~11月の訪日外国人(インバウンド)客数は2616万人と前年同期から19%増え,2017年通年では「2800万人台の半ばに迫る」見通しであり,百貨店の高島屋の17年3~11月期の連結決算は,訪日客などの消費が追い風となり純利益が9%増えたという(Oishi, 2017)一方でインバウンド需要をうまく取り込めず,苦戦する小売企業はインバウンド需要を一過性のものとみなす関係者も多い。しかし,富山社長は「永続的なインバウンドマーケティング」の推進を行なっていくという。その理由として彼は「観光資源のある北海道においてインバウンド需要は一過性のものではなく,また広く日本を見渡せば,日本そのものに観光資源は沢山存在している。北海道で今蓄積しているインバウンドマーケティングのノウハウは,日本全体に沢山存在する観光資源を活用した永続的なインバウンド需要の掘り起こしに使える」と言う。さらに,富山社長は沖縄への出店に関して「沖縄はオープンスペース。インバウンド需要を取り込む小売業は他にも存在するが,ドラッグストア×インバウンドはない。都心出店よりも地方(観光資源のあるところ)にいったほうが良い。自社のノウハウも活かせる」と自社のインバウンド戦略を解説する。

サツドラでは積極的にインバウンド需要を取り込むべく,店舗フォーマット改善以外にも,訪日外国人向けのサービス拡充を進めている。特に中国人観光客向けの対応として,WeChat Payの導入をリージョナルマーケティング社が推進している。WeChat Payとは,中国のテンセント(騰訊)がWeChat(約9億人の中国人が毎日利用する巨大ソーシャルネットワークサービス=SNS)内で提供する電子決済サービスである。日本でいえばLINEに相当する中国最大のSNS,コミュニケーションプラットフォームが提供する決済機能の日本利用を2017年2月より代理店営業を開始し26社370ヶ所に導入を完了している。またWeChat Pay対応型自販機の開発を自販機メーカーと行い,WeChat Payのタッチポイント向上にも努めている。

モバイル決済の急速な進展が進む中国において今や当たり前になりつつあるモバイル決済機能の迅速な小売店舗への導入を関連会社が行い,中国人観光客の満足度向上に努めている。日本の小売業界において自ら海外のモバイル決済機能導入を進めている企業は少ない。さらにサツドラにおいてはWeChat Payを利用した顧客の買い物情報もわかるため,データ分析を行うことも可能だ。決済機能を自ら開発し,導入することで外国人顧客のカスタマージャーニーの把握もできる。このノウハウを持つ小売業が地方に存在することが驚きである。

さらに,中国において独自のIoT自転車によるシェアバイクを展開するMobile(モバイク)とパートナーシップ協定を締結し,日本初のスマートバイクシェアサービスを札幌で開始している。

このようなインバウンド需要への対応の加速化を目指し,サツドラホールディングス(株)はインバウンドマーケティング事業を手がける子会社VISIT MARKETING株式会社を設立している。インバウンド店舗で培ったマーケティング手法をサツドラ以外の企業に提供していくという。実際に具体的な取り組みが動き出している。インバウンド用店舗の開発に伴う沖縄出店によって沖縄県と北海道ブランドとの共同企画がスタートする予定だ。両県における沖縄,北海道ブランドの認知向上,また観光客も含めた地方から地方への需要移管,と両地方の経済活性化に繋げるという。

また新業態店舗として北海道くらし百貨店という北海道をテーマにしたライフスタイルショップの運営も開始している(注3)。昨年11月には沖縄国際通り店が2号店としてオープンしている。北海道くらし百貨店について富山社長は「北海道を道外に売り込む仕組みで,ひとつの小売業態だが,プラットフォームに仕立て上げたい」という。彼自身が自ら道外,アジア,都内に出て改めて実感するのが北海道ブランドの強さ。この強さを広めるために,商品開発力はあるが,マーケティング能力に欠ける北海道のメーカーのプロデュースを行い,各県がやっている都内の名産品販売以上に魅力的な店舗運営を目指している。

この店舗コンセプトとしてベンチマークしたのが,元伊勢丹のカリスマバイヤーの目利きを通して商品を販売する藤巻百貨店(注4)であった。昨年6月にはECサイトもオープンしており,「北海道にまつわる目利き,インフルエンサー」から商品を紹介してもらう仕組みを構築した。実際に店舗においても,インフルエンサーによるコメントが書かれたPOPが用意され,その商品への愛着や素晴らしさが表現されている。まさに地方名産店の進化とブランド化に挑戦しているのだ。

富山社長は地方の名産品店との違いとして,「北海道くらし百貨店はあくまでビジネスとして行うことで,売れる商品のみを取り扱い,その良さをマーケティングの力で伸ばすことに挑戦するのがこの事業の目的」であるという。現状はまだ事業としては小規模ではあるが,「北海道を唄える企業」として今後の事業拡大が期待されている。

このような新しい事業展開に対し,富山社長は「事業会社だからこそPDCAが回せる」「B to Cのビジネス(小売)を持つ意味を自社のビジネスに閉じるだけでなく,それを to B(ノウハウやシステムの外販)へと活用する。自社小売業のノウハウを自ら開発,発展させて共有する」これもサツドラホールディングスの重要な企業戦略なのである。

(4) 強固なリージョナル・チェーンストア構築とその未来を支えるシステム開発

サツドラのデータドリブンな経営姿勢や,独自のリージョナルチェーンおよびマーケティング,そして積極的なインバウンドマーケティングを支えているIT関連子会社は2つある。一つはGRIT WORKSという主に小売向けPOSシステム開発事業を行う会社だ。EZOCAのような独自地域共通ポイントカード運営に独自のシステム開発は不可避である。また,他店舗へのポイントカード展開を推進できる体制が必要となるが,それを下支えしているのがGRIT WORKSである。

彼らのシステム開発思考も旧来のレジ開発ベンダーとは一線を画している。チェーンオペレーションを重視した飲食チェーン向けPOSと上位クラウドサービス(注5)の提供から,クラウド技術コンサルティング,そして,AI(人工知能=人間の知的営みをコンピュータに行わせるための技術,または人間の知的営みを行うことができるコンピュータプログラム)テクノロジーの小売・飲食業への適用研究までも視野に入れているのだ。

さらに新たなIT分野での多角化を進めている。それが,まさに先述のAIへの挑戦である。2016年にAI TOKYO LAB & Co.を設立,AIを活用した生産性向上,業務効率化のソリューション提供,AI人材育成,新規事業開発を支援している。クライアントには大手メーカー,金融保険業,大手メディアも名を連ねる。さらに,名誉技術顧問に松原 仁氏(はこだて未来大学教授),上級技術顧問には川村秀憲(北海道大学教授・「Sapporo AI Lab」ラボ長),技術顧問には鳥海不二夫(東京大学准教授)とAIの最先端の研究者がこの企業に携わっている。

AI会社を設立した理由を富山社長は以下のように解説する。EZOCA会員のデータ活用の可能性,すでに始まっている小売の現場における人手不足に伴うオペレーション課題を考えると「ITを活用しないとライフコンシェルジュ企業にはなれない」という。ライフコンシェルジュ企業として富山社長が目指しているものは,厚生労働省が平成27年10月発行した「患者のための薬局ビジョン 概要」(注6)に掲載されている「地域包括ケア」の実現である(図4参照)。この資料において厚生労働省は「医薬分業に対する厚生労働省の基本的な考え方」を示し,薬局の薬剤師が専門性を発揮して,ICT(Information and Communication Technology 情報通信技術)も活用し,患者の服薬情報の一元的・継続的な把握と薬学的管理・指導を実施し,多剤・重複投薬の防止,残薬解消などを実現し,患者の薬物療法の安全性・有効性向上と医療費の適正化を目指すとある。このように厚生労働省もICTの活用を提唱している中,いち早くこの構想の実現に向かうにはIT, AIの力が必要になってくると言う。

図4

健康プラットフォーム化構想

出所:厚労省平成27年10月発行「患者のための薬局ビジョン概要」より筆者作成

サツドラは今後IT,AIを活用した接客ツールの開発や,その実証研究をサツドラで行い知見を蓄積していく予定である。富山社長は「AIはあくまでも道具,強力な道具であり,どこにでも使うものになる」と言う。医療分野におけるAI, IT活用だけでなく,小売オペレーションにおけるAI導入を自らの実業で実験を行い,その知見をもとに,B to Bビジネスとして他の小売業への外販を狙う。

デジタルトランスフォーメーションが近年の小売業の課題として挙げられる中,サツドラは「労働集約型の小売業におけるAIの重要性,活用の可能性の開拓」に注力している。

富山社長は「小売におけるITの重要なポイントとして,顧客とのデジタルを活用した繋がりと同時に店鋪オペレーションの省力化がある。リアルとテクノロジーの融合でこの課題解決に取り組む。AI TOKYO LAB & Co.があれば実現可能」と話す。サツドラでは店舗スタッフのシフト管理マネジメントにAI活用し,短時間で働くスタッフの効率的オペレーション,スタッフ間の相性や得意業務をAIに学習させることで,従来店長や社員の属人的スキルであったシフト管理を仕組み化させていく予定であるという。

2つのIT関連企業で培った受託実績,大手との接点,これらの経験とネットワークを活用し,ITでも差別化する。これもサツドラの強みといえるであろう。

サツドラのIT,AI活用は先述の歩みで終わりではない。富山社長は既に次の手を打っている。2017年の10月チェーンストアと地域の未来を作る,オープン・イノベーション・プラットフォームとしてSatudora Innovation Initiative(以下SII)を始動させている。富山社長は「この取り組みは,サツドラが有する地域共通ポイントカードEZOCAなどを保有するサツドラグループのデータ・ノウハウ・リソースをオープン化し,その活用を望むスタートアップや研究機関と,共創的イノベーションに取り組むプロジェクト」という位置付けと話す。「地域・個人間の情報格差を解消し,年齢や環境の別なく,同じ情報を同一の価値で届ける。そのために『チェーンストア』と『地域』という単位を軸に,次の社会に必要な新しい価値やアイデアを社会に提供していく」ことを目的に掲げている。

富山社長は今までのチェーンストアの役割は「同じ商品を同じ価格で」であったが,これからは情報格差の解消にも注力し「同じ情報を同じ価値で」提供し,地域の経済格差の解消から情報格差の解消に向かうべきであるとしている。情報ネットワークの重要性を提唱するインターネット企業やソーシャルメディア運営企業は多く存在するが,小売業においてリアル店舗も活用しながら,情報格差の解消に挑戦しようとしている企業や思想は稀有である。

富山社長は「北海道は課題先進エリア。医療費拡大,少子高齢化,過疎化という課題。働き方改革の推進も求められている。一方で観光という資源がある。これらの課題はマクロ的にみれば日本の課題であり,チャンスでもある。課題先進地域の課題を解決するための研究・実験を北海道から行えば,北海道から日本を,世界を,変えることができる。北海道からイノベーションの創出ができる」と言う。

現在SIIは図5にあるような研究・実行領域を掲げている。図5にある「買物」,「健康」の領域おいては,先述の地域包括ケアや小売業におけるオペレーション改革を行うことは自明ともいえるであろう。さらに今後の構想として掲げている「働き方」,「金融・通貨」,「移動」に関するSIIの計画を解説したい。

図5

SIIの研究・実行領域

出所:サツドラホールディングス事業概要説明資料より筆者作成

まず働き方改革として,ライフステージ/スキル/稼動可能時間に応じた,生活者が望む最適な働き方ができる環境整備をAIを活用して行いたいという。先述のスタッフのシフト管理におけるAI活用,人材ネットワーク,データベースを構築し,遠隔での就労環境整備や,時短勤務,シェアワークによる専門性発揮の場を提供したいという。サツドラでは兼業副業が認められており,フレンド社員制度(1日2–3時間働く人)を導入している。富山社長は「地域全体,地域の小売業全体でワークシェアリングを行うことで,たとえば従業員による宅配,買い物代行のマッチングシステムの構築や,地域の一次産業を手伝える環境を構築したい」という。このような取り組みから「お客様と小売業の関係を変える」,「お客様は神様というような崇める対象」ではなく,「共創する関係性」をつくり「お互い心地よい,評価しあう」社会,コミュニティ作りを目指しているのだ。

次に,金融・通貨の領域において地域通貨構想をEZOCAの基盤を活用して実現したいという。「リアルもネットも,一つのIDでどこでも使える通貨。口座連携でお財布要らずの世界」の構築が目標である。富山社長は「今後の消費トレンドとして,商品販売手法はサブスクリプション(定期購買)かダイナミックプライシング(個客に応じた価格設定)に収斂していくのではないか」と話す。現在のEZOCAのポイントプラットフォームを活用して,地域通貨の運用,定期的にサツドラで買物してもらうインフラ,顧客に応じたベストオファーの提供環境を作ることが,これからの小売業の未来になるという。

最後に移動,モビリティ領域である。ここではお客様の好みにカスタマイズされたお得な情報が,お客様の位置情報や最適なタイミングに応じて配信できるプラットフォームを構築し,移動時間,移動前の時間を最適化することを視野に入れている。実証実験ではあるが,TOYOTAとの「地域活性化アプリの実証実験」開始を2018年春以降に予定しており,EZOCA×TOYOTA「おねがいナビ」の提供を計画中だ。クルマ以外も含めた生活で移動するときの楽しさや発見を軸とした新しい生活体験を演出し,「移動」を通じて地域の暮らしを活性化したいという。アプリの主な機能は①生活者の願い事の達成を支援する「おねがいナビ」機能,②目的地・アクションのオススメ機能,③現在地周辺のオススメ情報表示機能,④クーポン,ポイントの提供機能となっている。

このように小売の未来を見据えたIT,AI活用のさらなる進化に挑戦するサツドラはドラッグストア業界だけでなく,小売業全体に影響を与える存在へと成長するかもしれない。地方から生まれる最先端小売業へと進化する可能性は十分にあると言えるであろう。

最後に,サツドラホールディングスが目指す方向性を1枚にまとめた図6を以下に示す。サツドラという小売業(B to C)ビジネスの周りに存在するB to B企業が有機的につながることで企業発展を目指していることが端的に理解できると思う。

図6

サツドラグループが目指す方向性

出所:サツドラホールディングス事業概要説明資料より筆者作成

III.  考察

1.  リージョナルマーケティングに有効な地域循環型顧客関係管理プラットフォーム

先述の通りサツドラは地域共通ポイントカードを運営している。多くの小売業におけるロイヤルティプログラムは自社最適化され「閉じた」プラットフォームを構築するか,大手のポイントプラットフォーム傘下に加入することで消費者の利便性を向上させ,来店頻度を高めているケースが大半であろう。しかし,サツドラは自社のプラットフォームを「解放する」形でオープン・プラットフォーム化し,リージョナルマーケティングの主導権とリーダーシップを持ち,大手ドラッグストアチェーンとの差別化を図っている。この点について富山社長は図7のようなEZOCA構想時に考えていたCRM(顧客関係管理)の概念を提示された。

図7

サツドラが考えるCRM

出所:富山社長インタビュー時作成図を筆者が加筆

富山社長は第1に「楽しく,つながる」コミュニティが先にあり,その次にお客様視点での「お得で,便利」なポイントプラットフォーム,最後に自社の果たすべき役割があるという。図7の外円から内円につながる関係性構築をイメージしていたという。この発想からもサツドラという企業自身が,最初から「地域循環型CRM」を志向していることがわかる。多くの企業において顧客関係管理の目的は,自社における顧客満足度と顧客ロイヤルティの向上を通して,売上の拡大と収益性の向上を目指す自社循環型CRMである。しかし,サツドラは「小売業の資産はお客様」と言いながらも,お客様を囲い込むことなく,オープン・プラットフォーム型CRMを実践した。このような手法は小売業における新しいロイヤルティプログラム,顧客関係マネジメントに対する大きな示唆があると思われる。

2.  リージョナルマーケティングの進化と発展―地域小売業の果たす役割

地域マーケティング論を紐解くと,Shimizu(2007)は「地域主体のマーケティングとは,住民,行政,地域企業,通勤,通学者,観光客など地域のステークホルダーに利益を提供し,インタラクティブで良好な関係を維持管理していくこと」と解説している。地域活性化において必要な地域主体のマーケティングをチェーンオペレーション化している小売業も実践できることを示す事例としてサツドラの取り組みには価値があると思われる。さらに,マーケティング論におけるエリア・マーケティングの考え方からも,サツドラのケースは示唆を与えている。地域は市場細分化基準の重要な変数の1つであり,地理的変数や,地域によるニーズ差を認識することが重要である。(Sasaki, Ishikawa & Ishihara, 2016)また,Kotler and Armstrong(1983)は地域を外部環境要因とせず,地域自体の「場」をマーケティング対象とする考えを示している。さらに,Kotler, Kartajaya, and Setiawan(2016)はデジタル化の進展により,接続された世界において,マーケティング・ミックスの概念は顧客参加の増大に対応できるように4Pから,4C(co-creation=共創,currency=通貨,communal activation=共同活性化,conversation=カンバセーション)に改められるべきであるとする。サツドラが目指している世界をまさに表現しているフレーズである。新しいマーケティング・ミックスの体現のさらなる進化に期待したい。

3.  小売業という「場」の重要性

また地域マーケティング論においてSasaki et al.(2016)よると,地域は製品と同様にブランドの対象となるという。また地域ブランドの対象地域の範囲は一定ではなく,Place BrandingやPlace Brand ManagementのようにPlaceが用いられ,地域という場を包括的に示している(Inada, 2012)。サツドラが北海道というPlaceに対してマーケティング,ブランディングを提供しようとしていることは自然なことと言える。また先ほどのP.コトラーの最新の議論や,筆者の実務的視点からもPlaceの重要性が増している傾向がみて取れる。Kotler et al.(2016)はマーケティング4.0とは,企業と顧客のオンライン交流とオフライン交流を一体化させるマーケティング・アプローチであり,デジタル交流だけでは不十分であり,むしろオンライン化している世界で,オフラインのふれあいは強力な差別化要因となるという。この論点を従来のマーケティング・ミックスを活用して筆者なりに解釈すると,Placeはまさに小売業そのものであり,店鋪だけでなく,ネット上におけるコミュニティ,ECサイトと行ったオンライン上の「場」も含むということになる。この場,Placeを活用した,P.コトラーの4C(co-creation=共創,currency=通貨,communal activation=共同活性化,conversation=カンバセーション)の創造が求められている。

サツドラの実践している顧客との繋がりは現状大きくデジタルコミュニケーションに依存しているわけではないが,EZO CLUBの運営や,顧客とのイベント開催,EZOCAを活用したデータ分析による顧客理解,今後実施されるIT,AIを活用したサツドラグループのマーケティング施策はまさにP.コトラーのマーケティング4.0のアプローチ,デジタル化を前提としたマーケティングと言える。マーケティング4.0は,企業と顧客のオンライン交流とオフライン交流を結合し,ブランド構築におけるスタイルと内容を融合させ,最終的にマシン・ツー・マシンの接続性を人間と人間の触れ合いで補完することで,顧客エンゲージメントを強化するマーケティング・アプローチである(Kotler et al., 2016)。サツドラはマーケティング4.0を実行する準備体制が整いつつあると言えるだろう。

さらに消費者のカスタマージャーニーにおける顧客経験の重要性を考慮するに,顧客経験が形成される場,Placeにおける顧客経験が重要になってくる。顧客経験の重要性はLemon and Verhoef(2016)によるJournal of Marketingでのレビュー研究においても指摘されており,Okutani and Iwai(2018)は消費者との繋がりや買物体験がオンライン,オフラインを問わず形成される今日において,良質な顧客経験をオンライン,オフラインを問わず提供すること,インターネットを活用した顧客との繋がり,エンゲージメント形成の重要性を提唱している。Okutani and Iwai(2018)は良質な体験を提供する「場」が顧客とのエンゲージメントを高め,その影響が,商品開発(Product)や企業に有利な価格戦略(Price),顧客の共感を得やすいマーケティング施策(Promotion)につながるのではないかという考察を行っている。サツドラは紙媒体から,店鋪まで顧客とのタッチポイント,「場」の形成と育成に尽力している企業である。またコミュニティ運営やイベントを通して,「購買」以外のタッチポイント形成にも尽力している。今後のさらなるデジタル化の進化と,今まで培ってきたデータ活用による顧客理解,オフラインにおける購買の有無に関係なく提供されてきた良質な体験の「場」の提供を維持発展させることが最先端のマーケティング企業への近道になるのではないかと考える。

図8

Engagement 4P概念図

出所:Okutani and Iwai(2018)より筆者加筆

4.  Customer Engagement研究からの示唆

先述の消費者によるエンゲージメント行動の学術的定義に関しては未だ多様な見解が散見されるが,消費者による購買行動を超えた企業との繋がりや行動が,企業に購買以外の価値を提供しており,その測定と可視化が課題として挙げられる。Yamamoto and Matsumura(2017)はエンゲージメント行動を「顧客と企業,顧客と顧客,顧客と潜在顧客との間の積極的なインタラクション行動を指す」としている。Ono(2012)はロイヤルティからエンゲージメント行動への成果変数の拡張と見直しが必要であると指摘している。

顧客のエンゲージメント価値の測定に関してYamamoto and Matsumura(2017)は,Kumar, Aksoy, Donkers, Venkatesan, Wiesel and Tillmanns(2010)の提唱する顧客エンゲージメント価値を援用して,オンラインゲーム上のエンゲージメント価値の定量化を試みている。このエンゲージメント価値は,1)Customer Lifetime Value(CLV):お客様の購買行動から得られる「顧客生涯価値」,2)Customer Referral Value(CRV):お客様がクチコミをしてくれることによる新規顧客獲得につながる「顧客紹介価値」,3)Customer Influencer Value(CIV):見込み顧客や既存顧客に対して購買行動やブランド態度に影響を及ぼすような行為をお客様が行うことによって,購買増加や利用拡大に貢献する「顧客影響価値」,4)Customer Knowledge Value(CKV):企業がお客様との知識交換やフィードバックによって,サービス改善や商品開発に貢献する「顧客知識価値」の4点で構成されている。

このエンゲージメント価値をサツドラの顧客関係マネジメントから分析することが可能ではないかと考える。多くの小売業やドラッグストア業界は主に購買行動から生まれる金銭的顧客価値や顧客生涯価値(CLV)に注力している。一方でサツドラのコミュニティ運営やリブランディング活動,リージョナルマーケティングはKumar et al.(2010)の提唱する顧客生涯価値(CLV)の向上だけでなく,他3つのエンゲージメント価値(顧客知識価値,顧客紹介価値,顧客影響価値)も同時に高めているであろう。筆者は購買行動と購買行動を超えたエンゲージメント価値はKumar et al.(2010)が提唱する価値の重層化で成立しているのではないかと考える。サツドラの企業活動が売上とCustomer Engagementの関係性を高めているという仮説を証明できるのではないかと考えている。

5.  Satudora Innovation Initiativeが描く未来とCollaborative Consumption(共創消費)

地域マーケティングにおいては,Shimizu(2007)の解説にある通り,多くのステークホルダーとの連携が必要になる。現代社会においてこの地域内外の人と人との繋がりにICTやインターネットの活用は不可欠といえる。Sasaki et al.(2016)はソーシャル・キャピタルという考え方から生まれるコミュニティ形成の重要性を説いている。ソーシャル・キャピタル(Social Capital)とは,特定の目的のために参加する人々の間での「信頼」を基軸として,相互の個人能力を認め合いながら,連携する社会的関係性のことである(Sasaki, 2006)。また,ソーシャル・キャピタルにおける個人間の繋がりを社会的ネットワーク(Putman, 2006)と呼ぶ。地域マーケティングにおいてはもちろん,今後のデジタル化の進展において,ソーシャル・キャピタルという考え方の中にある「信頼」を維持しながら,社会的ネットワークがもたらす様々な情報へのアクセスの容易性の向上と拡散の危険性を管理していかなくてはいけない。Satudora Innovation Initiative(以下SII)が描く未来にはこのような地域におけるソーシャル・キャピタル形成プロセスをデジタル化する可能性がある。富山社長が提唱する情報格差の解消,SIIが構想するワークシェアリングや,地域貨幣には,ソーシャル・キャピタルの形成,信頼の醸成は不可欠と言えるであろう。また,SIIが志向する世界はシェアリング・エコノミーの構築に近く,国内外のシェリング・エコノミー企業はやはりIT,AIを活用して「マッチング」の最適化を行なっている。「シェアリング・エコノミー」とは,典型的には個人が保有する遊休資産(スキルのような無形のものも含む)の貸出しを仲介するサービスであり,貸主は遊休資産の活用による収入,借主は所有することなく利用ができるというメリットがある。貸し借りが成立するためには信頼関係の担保が必要であるが,そのために情報交換に基づく緩やかなコミュニティの機能を活用することが必要である。(Ministry of Internal Affairs and Communications, 2017

シェアリング・エコノミーの世界はまさに富山社長が言う「お客様と店員,店舗との垣根も無くしていく」ことになる。なぜなら,シェアリング・エコノミーの世界においては,消費者は生産者となりうる双方向性が存在するからだ。

シェアリング・エコノミーの研究においてHuber(2017)は共創消費(Collaborative Consumption)という考え方を提唱している。直訳すると「共に消費する行為」となるが,UBERのような一般人が自分の空き時間と自家用車を使って他人を運ぶ仕組みを提供するシェアリング・エコノミーは「Access-Based Consumption」(必要な時に利用できる消費)とし,共創消費にはユーザーとサービス提供者の人的交流が「Access-Based Consumption」より多く求められるとしている。

このような考え方を考慮していくと,今後のSIIの活動の成功には,IT,AIを活用したデジタル環境の整備だけでなく,地域マーケティングに必要なソーシャル・キャピタルの醸成と,将来的には共創的消費を視野に入れたヒューマンネットワーク,地域運営手法の構築も不可欠であることがわかる。EZOCAとEZO CLUBの融合で目指す地域貨幣構想も同様だ。富山社長は地域貨幣構想において「お金に感情が,色が乗るようになる」,「地域への想いと買物が融合したインフラ構築」を行いたいと話す。地銀との協業も視野に,サツドラが持つ顧客情報活用して行う場合,ブロックチェーン(注7)の技術も必要であるが,ソーシャル・キャピタルの醸成,共創消費の概念を取り込んだアナログとデジタルの融合が求められることであろう。

謝辞

本稿の執筆にあたり,サツドラホールディングス株式会社代表取締役社長 富山浩樹氏には,ご多忙中の中インタビューや資料提供などにご協力いただきました。ここに記して,謝意を表する次第です。

最後に,学術面での研究指導を頂いている現武蔵野大学経済学部(執筆当時一橋大学大学院商学研究科)古川一郎教授に心より感謝申し上げたい。

1)  EZOCAの詳細は以下のURLを参照のこと。https://ezoca.jp

また,最新利用者状況に関しては以下URLにある2018年1月に行われた同社第二四半期決算説明会資料を参照のこと。http://www1.daiwair.jp/qlviewer/e-cast/1801193544d6k3519r/index.html

2)  株式会社良品計画のアドバイザリーボードとは,ブランドコンセプトを維持するために外部のデザイナーで構成された組織である。現在はグラフィックデザイナーの原研哉氏,クリエーティブディレクターの小池一子氏,プロダクトデザイナーの深澤直人氏,インテリアデザイナーの杉本貴志氏に加え2017年7月,テキスタイルデザイナーの須藤玲子氏を「アドバイザリーボード」のメンバーに迎えている。

3)  北海道くらし百貨店の詳細に関しては以下URLを参照のこと。https://www.kurashistore-hokkaido.jp

4)  元伊勢丹の名物バイヤーとして知られる藤巻幸大によるプロデュースで立ち上がったEコマースサイト。運営は株式会社caramo。「“もの”を語る。そんな,極上の“ものがたり”に出会う場所」として商品それぞれが持つストーリーを大切に,生活が豊かになる逸品を紹介している。藤巻百貨店の概要は下記URLを参照のこと。http://fujimaki-select.com

5)  クラウドサービスとは,利用者が手元のコンピュータで利用していたデータやソフトウェアを,ネットワーク経由でサービスとして利用者に提供するもの。利用者側が最低限の環境(パーソナルコンピュータや携帯情報端末などのクライアント,その上で動くWebブラウザ,インターネット接続環境など)を用意することで,どの端末からでも,さまざまなサービスを利用することが可能になる。クラウドサービスを利用することで,これまで機材の購入やシステムの構築,管理などにかかるとされていたさまざまな手間や時間の削減,業務の効率化やコストダウンを図れるというメリットがある。GRIT WORKSの事業に関する詳細は下記URLを参照のこと。https://www.gritworks.jp

6)  厚生労働省 平成27年10月発行「患者のための薬局ビジョン 概要」は下記URLを参照のこと。http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/gaiyou_1.pdf

7)  ブロックチェーン技術は従来の高いセキュリティに守られた中央管理型データベースとは異なり,ネットワーク上に置かれた複数のサーバーに電子署名やハッシュ関数等の技術を組み合わせることで,安価で安心なテデータベース構築が可能であることから,金融分野を皮切りに電子マネー分野での活用が期待されている。日本政府もマイナンバー制度にブロックチェーンを活用する実証実験を総務省を中心に行っている。詳しくは下記URLを参照のこと。http://www.soumu.go.jp/main_content/000493855.pdf#search=%27ブロックチェーン+総務省%27

奥谷 孝司(おくたに たかし)

米ワシントン州州立ワシントン大学(University of Washington)卒業後,人材派遣会社勤務を経て,1997年株式会社良品計画入社。店舗勤務,商品開発,WEB事業を経験。2010年早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。2015年10月オイシックス株式会社(現オイシックス・ラ・大地株式会社)入社。現在執行役員 統合マーケティング部・店鋪外販事業部管掌 店鋪外販事業部 部長 Chief Omni-Channel Officer。2017年4月より一橋大学大学院商学研究科博士後期課程在籍中。

References
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