Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Preface
Regulatory Focus Theory:
New Challenges to Expand the Theory for Marketing Management
Akinori Ono
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2018 Volume 38 Issue 2 Pages 3-5

Details

150号(第38巻第2号)の特集テーマは,「制御焦点理論――マーケティング分野における応用――」である。「理論」といえば,その開発に日夜従事している読者諸氏がおられる一方,自分とは縁のない遠い存在だと感じている読者諸兄もおられることだろう。後者のような方々にとって,本号のテーマは,いささか堅苦しくて読みにくく,また,読む価値もないのではないかともしかしたら疑われるテーマかもしれない。しかし,そうではない。

「理論」とは――諸説あって一言で済ませることは難しいが――あえて誤解を恐れずに一言で表現するなら,「先入観」である。人は,学者もビジネスマンも,物の動きや人の動きを,感覚器を使って検知し,頭脳を使って認識する。そして,“なぜそうなのか分かった”と解釈したり,“今後,こうなるだろう”と予期したりする。そのような人の思考の礎石となるのが,理論である。人は神ではないので,その礎石は心もとない代物にすぎない。しばしば誤りうる。だから,「机上の空論」や「セオリー通りにはいかない」という否定的なフレーズも生まれる。それゆえ,冒頭のとおり,理論は「先入観」にすぎないというのである。しかし,理論が先入観にすぎないとしても,それは,理論が悪いからではない。それを産みだす人が悪いからである。不断の努力によって先人の限界を超え,よりよい理論を産みだしさえすれば,よりよく物の動きや人の動きを解釈したり予期したりすることができるようになると見込まれるのである。

さて,「制御焦点理論」は,近年,消費者や企業の行動を解釈したり予期したりするために有用な心理学理論として,多数のマーケティングの学者および実務家によって注目されている理論の1つである。ここで私が語らずとも,今回ご投稿いただいた研究者諸氏が各々言及しておられるとおりではあるが,制御焦点理論は,人(ないし組織)が自ら制御しつつ実施することのできる行動によって生じる様々な結果のうち,当該の人ないし組織が特定の結果をとりわけ重視することを「焦点状態」と呼称し,ポジティブな(好ましい)結果の生起を重視する「促進焦点」の傾向が高い状態の人と,ネガティブな(好ましくない)結果の回避を重視する「予防焦点」の傾向が高い状態の人(ないし組織)が存在すると指摘する。その上で,促進焦点の人(ないし組織)と,予防焦点の人(ないし組織)は,互いに異なる認知的・行動的帰結を示すと主張するのである。

制御焦点理論によって提唱された「促進焦点」対「予防焦点」の二分法は,意思決定結果を左右する動機付けが,消費者間ないし企業間において多目的的かつ多様であることを示唆し,それを見越してマーケターがいかなる戦略を立案するべきかということを含意する。それゆえにこそ,上記のとおり,制御焦点理論は,現在,とりわけ多数のマーケティングの学者および実務家によって注目されている。実際,制御焦点理論を拡張し,また,そうすることによって,より多数の含意をそこから抽出しようとする試みは,日毎に乗数的に増加している。具体的には,ウェブ・オブ・サイエンスの検索結果によると,ビジネス分野における制御焦点理論に関連した論文の本数は,心理学分野において同理論の開発が開始された1990年代において,早くも30本を数え,その後,2000年代前半5ヶ年で52本,後半5ヶ年で159本,そして,2010年代前半5ヶ年で360本,後半は未だその半ばにして504本に及んでいる。

しかし,それは世界規模の話であって,我が国においては,未だ,その潮流に乗って,制御焦点理論に関するマーケティング研究が増加しているとは言いがたい。その現状を変えるべく,本号には,今後の研究の礎石となりうる実証論文5篇を,招待査読論文として収録した。

第1論文,久保知一氏による論文は,流通企業の意思決定の多様性を想定するために,制御焦点理論を応用する。そうすることによって,流通チャネル・メンバー間の協調関係が生起するか否かが一意に決まらず,企業間で差異があるという現状を説明しようと目論む,意欲的な論文である。なお,他の招待査読論文が,消費者の意思決定を取り扱っているのに対して,久保論文は,企業の意思決定を取り扱っている点でも特徴的である。

第2論文,石井裕明氏による論文は,消費者の意思決定の中でも,製品パッケージに対する消費者の眼球運動の差異を説明する上で,制御焦点理論を援用する。そうすることによって,消費者ごとに異なりうる製品パッケージ上の最適情報量を模索しようと目論む,意欲的な論文である。なお,制御焦点研究には珍しくアイ・トラッカーを使用しており,その意味において,石井論文は,実証方法の点でも特徴的である。

第3論文,竹内亮介氏による論文は,石井論文と同じくマーケティング・コミュニケーション分野における消費者情報処理に関する論文であるが,製品ではなく広告を取り扱っている。そして,発信される情報の量ではなく情報の内容,および,情報の取得に要する努力量の差という二重の対象に対する制御焦点が,広告を避けるという行動に対する影響を調査した,意欲的な論文である。

第4論文,石井隆太氏・菊盛真衣氏による論文は,実店舗とオンライン店舗の両方を訪問するマルチチャネル・ショッパーに注目する。マルチチャネル流通研究者とe口コミ研究者の共著という強みを活かして,マルチチャネル・ショッパーの店舗選択と店舗推奨の二面に対する制御焦点の影響を調査した,意欲的な論文である。

第5論文,小野雅琴氏・清水亮輔氏による論文も,e口コミに関連した論文であるが,口コミ受信者が発信者を妬んで,かえって口コミ対象製品の購買を避けるという,石井・菊盛論文のそれとはまた異なる,興味深い行動を取り扱っている。そこに,制御焦点理論を援用して,購買を避ける場合もあれば,通説通りに積極的に購買する場合もあると説く,意欲的な論文である。

以上の5篇の招待査読論文の内容を概観して分かるとおり,マーケティング分野における「制御焦点理論」の応用可能性は,極めて多岐のトピックに及んでいる。本特集を契機として,我が国における同理論を巡る理論開発が促進されるならば,担当編集者として幸甚である。

さて,本号には,招待査読論文の他にも,4篇が収録されている。まずは,李素熙氏による「外食国際化研究の現状と課題」なるレビュー論文である。外食産業の国際化を巡る研究に注目した大変興味深いレビューが展開される。それに続くのは,投稿査読論文である。昨今の『マーケティングジャーナル誌』における低い採択率にもかかわらず採択された福田怜生氏による論文は,情報提供型広告の表現特性である情報提供性と,物語型広告の表現特性である物語性の両立可能性について検討する,意欲的な論文である。さらに,石井裕明氏・外川拓氏・井上一郎氏の三氏による流山市を題材としたマーケティングケース「地方自治体におけるマーケティング志向の浸透」,および,澁谷覚氏による安藤和代著『消費者購買意思決定とクチコミ行動:説得メカニズムからの解明』(千倉書房)の書評が続く。これらの一つひとつが,マーケティングを巡る読者諸氏の知的好奇心を満たすことを期しつつ,本号の編集を担当させていただく次第である。

 
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