Japan Marketing Journal
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Print ISSN : 0389-7265
Book Review
Kazuyo Ando (2017). Word of Mouth on Consumer Decision Making: Persuasion Process Approach. Tokyo: Chikura Shobo. (In Japanese)
Satoru Shibuya
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2018 Volume 38 Issue 2 Pages 119-121

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I. はじめに

2017年6月に刊行された本書は,著者がこれまでに行ってきた多数の実証研究を「消費者購買意思決定とクチコミ行動」という観点からまとめたものであり,クチコミ研究の領域において以下の2点で大きな貢献を果たすものである。

第1点は,従来どちらかと言えばクチコミが受信者に及ぼす効果に関心が向きがちであった同研究領域に対して,そのような効果がもたらされる原因を解明しようとしている点である。本書第I部では,クチコミの効果をもたらす要因として,対面クチコミとeクチコミの特性の対比(第1章),対面クチコミにおける非言語的要素や感情伝播(第2章),クチコミにおけるナラティブ構造(第3章)を取り上げている。

第2点は,同じく従来どちらかと言えばクチコミが受信者に及ぼす影響に関心が向きがちであった同研究領域に対して,クチコミ発信が発信者自身に及ぼす影響に関心を向けている点である。本書第III部では,クチコミ発信がクチコミ対象に対する発信者自身の評価・記憶に及ぼす影響(第6章),発信者自身の態度や行動意向に及ぼす影響(第7章)を取り上げている。

本書ではこれらの大きな2つのテーマに加えて,クチコミ自体の言語的特性(第II部:第4章,第5章),クチコミ発信の先行要因(第IV部:第8章~第10章)を扱っている。そしてこれらすべてのイシューに対して,いずれも先行研究をていねいにレビューした上で仮説を設定し,会場実験またはWeb調査を通じて検証を行っている。本書は,同氏の十数年におよぶ研究成果が結実した力作であると同時に,多岐にわたるクチコミ研究の領域に対して,受信者と発信者の双方を対象とし,さらに従来比較的研究蓄積が多くない領域にも積極的に目を向けた大著である。

本稿では,このような本書のすべてを取り上げることはとうてい不可能であるため,全体として本書の概要を見た上で,第I部から第2章,第III部から第6章について取り上げ,議論してみたい。

II. 本書の概要

第I部では,第1章で対面クチコミとeクチコミの特性を比較し,受信者である消費者の購買意思決定プロセスの段階ごとに両者を比較したところ,対面クチコミの影響力の方が大きかったことが示されている。第2章では,このような対面クチコミと非対面(電子メール)によるクチコミとを比較し,前者の影響力を構成する要因として,非言語的要素および感情伝播を取り上げている。また第3章では,クチコミの多くがナラティブ構造をとることに着目し,これが受信者に及ぼす影響について検証している。ここで指摘される「ナラティブ・トランスポーテーション」とは,受信者をナラティブ(物語)の世界に没入させる結果,受信者は入力情報を精緻に処理することなく現実世界と乖離したところで説得が進む効果をもつとされており,たいへん興味深い。第3章ではこの効果を,架空のブログを用いたWeb調査によって検証している。

第II部第4章では,クチコミの言語タイプに焦点を当て,クチコミ動機の違いによって用いられる言語タイプが異なるという仮説を検証している。第5章では,クチコミ場面における発信者・受信者間の相互作用と受信者の役割に焦点を当て,クチコミ対象に対する受信者の態度によって発信者の語り方が異なるという仮説を検証している。

第III部第6章では,クチコミ発信がクチコミ対象に対する発信者自身の評価やリテリング意向,記憶の量や正確性にマイナスの影響を及ぼすという,きわめてユニークな仮説を設定し検証している。また第7章では,クチコミ発信者の言語タイプに焦点を当てている。すなわち発信者がクチコミ対象に関するポジティブな消費体験を分析的に発信する(語る・書く)場合にはポジティブ感情が低下する一方で,ポジティブな消費体験を追体験的に発信する場合にはポジティブ感情が増幅することを示した。またその結果として,リテリング意向,好意的態度,推奨意向,再購買意向が高まるという仮説を検証している。

第IV部第8章は,クチコミ発信の先行要因に関するレビューである。同章では,先行要因として情報量,各種マーケティングプログラム(サンプリングや推奨プログラム),各種態度変数(顧客満足,信頼,コミットメント)等を取り上げ,これらがクチコミ発信に及ぼす影響に関する先行研究を調べている。続いて第9章では従業員と顧客との関係(ラポール,感情的コミットメント,顧客が知覚する従業員の感情知能)とクチコミ発信との関係を検証している。最後に第10章では,発信者のパーソナリティ特性に焦点を当て,予防焦点の発信者および情緒不安定性の高い発信者は,それぞれ促進焦点の発信者,情緒不安定性の低い発信者より,クチコミ発信意向が低いという仮説を検証している。

また各章において設定され検証された仮説は,基本的に支持されており,学術的成果はもちろん,これらの研究結果から得られるクチコミ実務への貢献もきわめて大きい。

III. 感情伝播理論による影響プロセスの理解(第2章)

第2章では,実際に友人関係にある女子大学生3名ずつのセット33組をサンプルとして用い,その中にサクラを設定してクチコミの発信をさせ,そのクチコミを会場で対面で行う条件と,電子メールで行う条件とを比較するという,きわめて大がかりな実験を実施している。同実験では,このようなサクラから受信者へのクチコミのタイプ(対面/電子メール)に加えて,サクラと受信者との関係(友人/他人),クチコミにおける非言語的手がかり情報(有/無)の計3要因を操作した上で,対象(新発売の飲料)に対するクチコミを見る前の評定値と,クチコミに接した後の評定値とを比較している。

この実験では,実験の設計上どうしても友人条件の参加者数が他人条件より多くなってしまうことに加えて,このような会場実験につねに伴う限界として,実験当日の参加者のキャンセルなどがあったため,各実験条件間のサンプル数がバラバラであり,また回答値の等分散性が認められなかったため,分散分析ではなくノンパラメトリック検定を用いて検証を行っている。

以上の実験遂行上の限界があったとは言え,このようなたいへんに大がかりな実験を実施して仮説を検証したことに関して,著者に心から敬意を表する。

本章で唯一すこし残念であったのは,本実験の分析において何度も登場する「感情伝播条件」とは何かが,やや曖昧であった点である。具体的には,仮説では「友人から対面で事実情報がクチコミされるとき(感情伝播条件下)」(p. 54)と述べられている一方で,「感情伝播条件外条件」として「友人・対面・非言語的要素なし」(p. 64,表2-5)との記述もあり,また「検証結果」(p. 65,図2-3)でも「対面×知人」条件の中がさらに「感情あり」と「感情なし」(それぞれ感情伝播条件と感情伝播条件外に対応?)とに分類されるなどの揺れがあり,著者が述べる「感情伝播条件」とは「対面×知人」だけなのか,そこにさらに「非言語的手がかりがあること」が含まれる概念なのかが,やや理解しづらかった。

IV. 送り手の対象評価や記憶の変容(第6章)

第6章でも,再び大がかりな会場実験を行ってクチコミ発信が発信者自身の記憶や態度を及ぼす影響を検証している。具体的には実験当日に友人を連れてくることができる20歳~48歳の女性60名をサンプルとして用い,発信者役のサンプルに18分間のテレビ番組(ある画家に関するドキュメンタリー)を見せた上で,友人である受信者とその内容や感想について語り合ってもらうか,またはネット上の掲示版にクチコミを投稿してもらう,という実験設計であった。本実験では,このようなクチコミの発信が発信者自身の態度や記憶に及ぼす影響を調査するため,実験直後,実験の2週間後と10週間後に,視聴した番組の内容(画家)に関する評価やリテリング意向,および記憶の量と正確性について測定した。

実験結果として,対象評価やリテリング意向はクチコミ有条件の方がクチコミ無条件より,時間の経過につれて急激に低下したことが示された。またクチコミ有条件の方がクチコミ無条件より記憶された情報の量は少なく,正確性は高かったことが示されている。

本実験もまた,きわめて大がかりな会場実験であり,このような実験を実施した著者に経緯を表する。

唯一残念であった点は,時間経過後の発信者の記憶の「量」と「正確さ」を測定する尺度として,視聴した番組に関する正誤問題への回答を用いている点である。この正誤問題では,回答者は番組の内容に関する20問の設問に「(1)正しい,(2)誤り,(3)不明」の三択で回答することを求められた。そして本章ではこの回答を用い「正答数」と「不明数」をもって「記憶の量」とし,「誤答数」をもって「記憶の正確性」を測る尺度として分析しているが,この点にのみ,やや疑問が残った。他の方法として,全20問のうち「不明」と回答した設問を除いて,正答・誤答に関わらず回答した設問数の比率を記憶の「量」とし,そのうち正答した比率を記憶の「正確性」とする方法,あるいは記憶の「量」を測定する設問と「正確性」を測定する設問は完全に分離し,前者に対しては「視聴した番組にそのような内容が含まれていたか否か」に関して,ダミーを含む大量の設問に回答させて,どの程度記憶しているかを測定し,本章で採用した正誤問題は記憶の「正確性」を測定する尺度として用いる,などの方法もあったように思われる。

ただし本稿の趣旨は,以上のような口うるさい細かな注文をつけることではない。クチコミ研究において比較的手薄であった領域に積極的に切り込んでいる点,そして特にクチコミの発信が発信者自身に及ぼす影響に関して,一般に思われている内容とは逆のユニークな結果を提示したことに,本書のきわめて大きな貢献がある。このような大著をまとめあげた著者に改めて敬意を表したい。

 
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