Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Book Review
Onzo, N., & Iwashita, H. (2018). The Innovation of Healthcare and Medical Marketing. Tokyo: Yuhikaku. (In Japanese)
Masaaki Matoba
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2019 Volume 39 Issue 2 Pages 81-83

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2018年8月に刊行された本書は,医療機器メーカー,医療設備メーカー,病院,調剤薬局など,医療業界に属し,優れた成果を挙げている9つのプレイヤーを取り上げている。医療マーケティングがテーマであると聞いて,医療業界の人間にマーケティング理論を紹介する書籍や,医療業界の課題をマーケティングの視点から分析し,解決策を検討する書籍を連想されるかもしれない。しかし,本書の主眼は,あくまでもマーケティングのさらなる研究にある。では,なぜ医療業界であったのか。それは,「命に直接関わるきわめて特殊な業界だからこそ,他の業界では生まれていない,あるいは見出しにくいイノベーティブな取り組みが存在する」はずであり,そこからマーケティングのさらなる進化のヒントを得ようと考えたためである。本書は,顧客ニーズとその実現に迫った「革新的な製品開発」,ユニークなビジネスモデルによる飛躍を取り上げた「新たなビジネスモデルの創造」,医療機関における価値創造を検討した「医療経営の進化」の3部構成となっている。以下,その内容を簡潔に紹介する。

第1部「革新的な製品開発」では,富士フイルムとオリンパス(第1章),セントラルユニ(第2章),テルモ(第3章)といった医療業界における日本を代表するメーカーの事例を通じて,顧客の定義,ニーズの捉え方と価値創造,組織作りといった製品開発の現場について紹介している。

富士フイルムはX線技術や画像システム,オリンパスは内視鏡,セントラルユニは手術室やICU(集中治療室)の環境作りで成果を挙げているメーカーであるが,顧客の中でも特にこだわりや要求水準が高い医師にぴたりと寄り添い,長期的な関係を築き,これまでの発想にない新製品の開発や,徹底的な改良を実現することで,彼らからの信頼,さらには尊敬までをも勝ち得た様子が描かれている。

第3章では顕在ニーズの実現についてテルモの使い捨て注射針「ナノパス」シリーズを取り上げながら論じている。患者の大半は,注射を痛くて嫌なものだと認識しているが,仕方がないものとして,我慢,受容している。「ナノパス」は,この苦痛を感じずに注射を受けたいという顕在ニーズに真正面から取り組んだ。その実現手段として,高い技術によって生み出された極度の高品質性が十分に生かされることで,時に日本の製造業が批判の対象となる「過剰な品質」とはみなされず,広く消費者に受け入れられている。また,医師から処方されたものを受け入れがちな患者から指名をもらうために,プロモーション活動に医療業界特有の制約があるなかで,グッドデザイン賞へ応募し,大賞を受賞することで認知度上昇,シェア拡大に繋げたマーケティング活動も成功の秘訣となっている。

第2部「新たなビジネスモデルの創造」では,病院の中でも重要な稼ぎ頭である手術室の安全性,効率性,収益性の改善に寄与するホギメディカルの「オペラマスター」というサービスについて,ウォーマックとジョーンズの提唱する「リーン・コンサンプション」の観点から整理している。従来,手術に必要となる材料の準備は看護師が行っていたが,ホギメディカルはこの業務を自社工場に移し,自社商品のみならず他社の商品も合わせて一つのパックにしたうえで,滅菌をかけて出荷している。現場では,パックから取り出すだけで準備が完了するため,手術前後の業務負荷が減り,複雑な業務のミスが低減し,さらには手術件数の増加や,緊急手術のタイムリーな実施へと繋がっている。リーン・コンサンプションにおいて提唱される「消費行動を消費者が購買を決断する瞬間として捉えるのではなく,消費者が製品やサービスを購買し,消費を通して自らの課題を解決していく継続的なプロセスとして捉える」,といった点や「消費者にとって付加価値を生まない時間や労力を削減するべきであり,そのために,製品やサービスのあり方や消費プロセスを見直す必要がある」という点で優れた事例となっている。

第5章は,薬樹株式会社を取り上げ,「PRESUS」というシステムを活用することで,調剤薬局に近年,特に期待されている患者への情報提供や継続的な服薬状況の把握,指導といった業務を,個々の薬剤師のスキルや経験が異なる状況であっても,高い水準で行うことができる事例として紹介している。この業務は高いスキルと経験(暗黙知)が求められるが,薬樹では「PRESUS」のアシストにより,それを形式知に転換することで,経験の少ないスタッフであっても患者に合わせた「思いやり」や「いたわり」を含んだメッセ―ジを伝えることが可能となっている。

第3部「医療経営の進化」の第6章,第7章では,亀田総合病院と医療法人いつき会,志村大宮病院という3つの組織を取り上げ,顧客志向や地域活性化の観点から検討をしている。医療機関にとっての顧客は誰か,というテーマは常に議論となる問題であるが,事例として挙げられている組織では,患者,その家族,さらには潜在的な患者や地域社会にまで拡張しうるという点で特徴がある。機能分化(専門特化)と連携が推進されるなかで,患者からは医療機関の継続的なかかわりに対する不満が聞かれる。特に急性期型の病院では在院日数の短縮と回転率の高さから,次から次へと患者が目の前を通り過ぎていく,と述べる医療者もいる。その点で,顧客である患者や家族とのかかわりの時間軸を通院や入院の前後にまで拡張し,空間の作り方や,コンシェルジュの配置などの工夫を行う亀田総合病院や,カスタマージャーニーの視点から医療福祉サービスにまたがる同時多発的なニーズと現行サービスとのギャップを埋めることや,患者にとっての生きがいの創出までをも課題として捉え,奮闘する志村大宮病院は先駆的な事例と言える。

第8章はこれまでの章と異なり,消費者が他者の製品使用後の痕跡から感じる知覚である「コンタミネーション知覚」というコンセプトに着目し,消費者を対象にした調査の結果について報告,検討をしている。一連の調査からは,「他者の人数が多いほど,空間が狭いほど,他者との物理的な距離が近いほど,そして知覚温度が高いほど,コンタミネーション知覚は強く」なっており,医療機関は「人数,空間の広さ,物理的な距離感,知覚温度」を考慮することで,この知覚水準をコントロールできるとしている。こうした知見は医療機関のみならず,小売業などの業界でも十分に生かされるものであるとして,章を締めくくっている。

本書は,公益性が求められ,専門用語が飛び交う,特殊性が高いとされる医療業界を取り上げた,類書の少ない貴重な研究書であり,専門用語を避け,事例を豊富に紹介することで,研究・調査対象としての医療業界のユニークさや可能性を読者に強く印象付けている。

我が国は世界のどの国よりも早いスピードで高齢化が進展し,今後は現役世代が急速に減少していく,まさに課題先進国であり,世界が注視している。また,医療の発展により,多くの命が救えるようになったことで,高齢者は慢性疾患を抱えながら生活をし,地域包括ケアシステムや在宅医療が発展する中で,医療が日常とは切り離された場で行われるものではなく,生活の中に溶け込んだものとなっていく。先日,中学校の入試問題をモチーフにした電車広告「シカクいアタマをマルくする。」に,「高齢社会を迎え,在宅医療が推進されることで生じうるゴミの廃棄に関する問題を3つ挙げなさい。」という問題が掲載されていた。医療機関には,安全なゴミの廃棄に関する長年の知見が蓄積されているが,それが生活の場に移ることでイノベーションが期待される身近な社会問題となりうるのである。その点で,本書の第8章における「場:プレイス」としての医療介護施設や,第7章で紹介された病院からアウトリーチする活動に関する研究は重要であり,医療とは直接関係のない分野におけるニーズの掘り起こしや解決策のヒントが隠されているように思われる。筆者としては,より多くの企業実務者や研究者が医療業界に対する関心を抱くことを願うばかりであるが,本書はその架け橋となるであろう。

 
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