Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
Imagination and Brand:
Towards a New Research Paradigm
Hiroshi Tanaka
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2020 Volume 39 Issue 3 Pages 7-20

Details
Abstract

本稿は,ブランドと想像力について,想像力とは何かを問うとともに,ブランドと想像力について新たな研究パラダイムを構築するための消費者行動モデルを提案する理論的論文である。研究レビューから,想像力が重要な概念とされながらも,マーケティング論ではあまり扱われてこなかったこと,諸学での想像力についての考察で共通していることとして,想像力が人間の行為として重要であること,感情・思考・感覚・知覚・記憶などと関連しながら,同時にこれらを統合する力として働いていること,想像力が人間特有の遺伝形質であり,脳神経科学から再帰性という概念を用いることによって想像力の在り方がよりよく理解できることなどを明らかにした。そのうえで新たなブランドの定義を示したうえで,ブランドと想像力についての新たな研究パラダイムを提案して実証研究への道筋を示した。

Translated Abstract

This article aims to pursue the following two questions: (1) What is imagination related to brand? (2) How can we build a new research paradigm based on brand and imagination? Based on a review of the literature in various fields, we found that while imagination is regarded as a critical concept in understanding human conduct, consistent and firm theories have not yet been established. We also found some commonalities on the concept of imagination. Imagination is considered to be a concept that overlaps with thought, emotion, perception, and memory. It was also pointed out that imagination functions as a force of integration of these concepts. As recent neuro-brain studies have suggested, recursion is a notion that contributes significantly to understanding the essential part of imagination. Based on these theoretical explorations, we advance a new definition of brand, adding the element of imagination and propose a new research paradigm with a consumer behavior model that includes imagination and brand as key variables, and is further expected to be empirically examined.

I. 問題

本論文の目的は,ブランドと想像力(imagination)との関係において,想像力とはどのようなものか,さらに,想像力とブランドについて,新しい研究パラダイムを提案することにある。

ここで言う想像力(imagination)とは「目には見えないものを思い浮かべる能力」(Sozoryoku (Imagination), 2013,p. 466)のことである。また本論文でのブランドと想像力とは,ブランドによって触発された消費者・顧客の想像力のことを意味する。想像力の問題はイノベーションや創造性の文脈で考察されることもあるが,本論文ではブランドと顧客との関係においてこれを論じることとする。また本論文は理論的論文(conceptual paper)であり,文献レビューと分析によって目的を達成することを意図している。

本章では,まず,なぜブランド論における想像力概念を論じることが必要なのかについて考察する。Tanaka(2017)はブランド論の広範な文献をレビューしてブランド論の体系化を試みている。本論ではこの体系化の試みをまず図1のように図示して,そのブランド論の全体像を概観してみよう。

図1

Tanaka(2017)によるブランド論の構図

1の左の柱にある「ブランド生成過程」とは,ブランドがどのように社会に成立していくか,その過程を表したものである。ブランドはもともと交換に伴って発生する問題を解決する存在として出現した。買い手と売り手との間にある種々の問題を解決するためにブランドは出現し存在してきた。

現代に至って,イノベーションという現象が現出するようになると,ブランドはイノベーションの結果として立ち現れるようになった。これがブランドの出自であるけれども,ブランドが社会的に成立するためにはイノベーションだけが寄与するわけではない。「起源の忘却」概念によって示されたように,イノベーションによる「最初の一撃」から脱して,社会的にブランドが共有されるためには,もともとのイノベーションの意味が忘れられ,ブランドがブランドとして「自立」「自走」し,そのブランドが有名なのは有名だからである,という自同律が成り立つプロセスが必要である。

同じ図の右側の柱「ブランド実践過程」では,ブランド生成過程を踏まえて,実際にブランドを構築するプロセスが叙述されている。経営戦略レベルでは,どの「ブランドテリトリー」に,どの程度の企業資源をどの程度投下するかの意思決定がなされる。マーケティング戦略レベルではどの顧客にどのように接近するかを策定する過程である。コミュニケーション戦略レベルでは,顧客にどのようなメッセージをどのように到達させ,また,顧客からの反応を得るかの意思決定がなされる。

さらに,図1の上部に書かれているのは,認知システムとしてのブランド,法的存在としてのブランド,社会的存在としてのブランドの3つの存在様態の区分である。ブランドは人間の認知システムに基礎を置きながらも,同時に法的存在であり,かつ社会的存在でもある。

1の下部に記されてあるのは,認知システムとしてのブランドを構成する3つの成分である,認知的成分・感情的成分・想像的成分の3つである。認知的成分とは論理的・分析的な機能であり,感情的成分とは情動的・情緒的反応を担う成分である。想像的成分とはブランドの意味性やストーリー性を形作る機能成分である。

Tanaka(2017)の体系によれば,これら3つの成分がブランドを構成しているのであるが,想像的成分は認知的成分と感情的成分とをつなぐ役割を果たしているだけでなく,これら二つの成分を統合し,認知システムの中でブランドをひとつの統合体になす役割を果たしているとされる。このように想像的成分はブランドを構成する要素の中でも重要な役割を果たしており,ブランドがブランドとしての働きを発揮するために本質的に重要な役割を担っていることになる。しかし,同書において想像力はどのような性質をもっており,どのような役割を可能にしているか詳細には論じられなかった。ブランドを本質的に理解するためには,このブランドの想像的成分とその役割について考察することが必要と考えられる。

想像力の問題を実務の課題に置き換えてみよう。ブランド・エクィティの重要な要素のひとつとして,連想が挙げられてきた(Aaker, 1991)。連想についてはこれまでも測定方法や活用などについてさまざまな提案がなされてきたものの,連想がどのように形成され,ブランドが役割を果たすためにどのような位置づけであるかはあまり論じられてこなかった。連想を形作るために,「ここに無いものを思い浮かべる」想像力が重要な役割を果たすと考えられる。

例えば,ディズニーというブランドは世界でもっとも強力なブランドのひとつとみなされており(The Walt Disney Company, 2016),実際に豊富かつポジティブな連想をもっている。Disneyが発信し,また消費者が連想するイメージとは,ミッキーマウスのように,ネズミをモチーフにしながらも,現実には存在しないアニメーションのキャラクターであったりする。またディズニーランドにあるシンデレラ城は,ドイツやフランスの城のイメージを模し,それらの要素を組みなおしたものと考えられている(Delahaye, 2018)。

このようにディズニーブランドを形作っている諸要素は,まったく空想の出来事ではなく,現実に存在する事物に基礎を置きながらそれらを変形し,新たに組みなおしたものである。

もう一点,ディズニーブランドに関して想像力との関係で次の疑問を検討してみよう。確かにディズニーブランドが「ファンタジー」や「夢」に満ちたブランドであるとしても,なぜそのようなブランドの想像的産物を人々は信じることができるのだろうか。

確かにディズニーブランドは「今,ここに無いもの」を人々に思い浮かべさせることによって人々を魅了している。しかしそれは人々がそうしたファンタジーを架空の出来事であると十分に知りつつ,同時に魅了されているという結果である。人々はシンデレラ城がコンクリートで出来た現代の作物であることを知っているし,ディズニーランドで出会うミッキーマウスの中に人が入っていることも知っている1)。つまり,ディズニーブランドがもたらす想像的なファンタジーとは,人々をだましているのではなく,人々はそれが現実にはありえないファンタジーと知りつつ,同時にそれに魅了されていることになる。

もちろんブランドによってもたらされる想像力が常に無害なものであるとは言えない。そのブランドがもつ意味を過大に,あるいは過小に評価してしまうために,人々がそのブランドについて誤った類推をもたらすことがありうる。例えば,IBM社は世界で初めてメインフレームコンピュータを本格的に商用化したことで世界的な名声を得ていたものの,パーソナルコンピュータ(PC)で,実際にはアップル社などに比較して後発であった。1981年に発売されたIBMのパーソナルコンピュータは,OSはマイクソフト社から,CPUはインテル社から外部調達し,短期間の開発で大きな成功を獲得した。Hayes(1999)はITの歴史を展望するなかで次のように述べている。「標準的部品と借用されたアイデアを継ぎ合わせることで,IBMのPCはすぐに成功を勝ち得たが,それはIBMのブランド力のおかげだった」(p. 74)。つまり,人々はIBMのPCがIBMの優れた技術力の産物だと考えたが,それはブランド力を過大に見積もった誤った類推であった。

このようにブランドによって触発された消費者の想像力は,ブランドについて信じられるファンタジーを提供している場合もあれば,誤った類推をもたらしている場合もある。本論文ではこのような問題意識に基づいて,以下のレビューでは想像力とはどのようなものか,どのように諸概念と関連づけて理解されてきたかを中心に文献展望を行う。さらにIII章において,新しい研究パラダイムを構築するための想像力とブランドに関する消費者行動モデルを提示する。

II. 研究文献レビュー

1. 哲学

想像力はこれまで哲学や心理学,認知心理学などで考察の対象となってきた。想像力についての理解を得るため,まずこれらの領域での考察を展望する。

17世紀フランスの哲学者ブレーズ・パスカルは,『パンセ』(Pascal, 1670/1973)の中で想像力について一章(断章82)を割き,理性と想像力を対比させている。パスカルは想像力を,理性を制御し支配するものとしてむしろ否定的に捉えている。例えば,法官や国王,弁護士と言った権威者が尊敬を受け支配的な力を振り回すことができるのはその服装や印象,取り巻きによってもたらされる想像力のためである。「想像力はすべてを左右する。それは,美や正義,そしてこの世にとってすべてである幸福をつくりだす」(1973, p. 71)とパスカルが述べているのは我々が印象から想像によって判断し理性が誤謬を犯すことを,皮肉を込めて言っているのである。数学者であり物理学者であったパスカルにとって想像力とは理性に反した結果をもたらす強大な力をもった精神の働きとして受け止めていた。

18世紀哲学者のカント(Kant)は『プロレゴメナ』(Kant, 1783/1977)の中で「形而上学はどうして可能なのか」という問いを立てた。ここで言う形而上学とは人間の個別の認識が可能になるための主観性の基本構造はどのようなものか,という問いである(Kurosaki, 2000)。人間の主観性の中で重要な働きを成しているものが想像力であって,カントは『純粋理性批判』の中で想像力(構想力 Einbildungskraft/Imagination)とは我々の前に現前しない対象を感じ取る能力を指しており,今ここにないものを思い浮かべることであると述べている(Matherne, 2016)。カントによれば,こうした想像力は過去の経験を合成したり,あるいは再生することで,知覚できないことと知覚できることとを結びつける役割を果たしている。

Kurosaki(2000)によれば,カントの純粋理性批判の第一版においては,感性と悟性の合一によって認識が成立するが,「その合一を可能にする〈構想力〉はきわめて根源的で重要な役割を果た」し,「構想力は,すべての認識を可能にする根拠」(p. 151)とされる。構想力=想像力は知性と感性のふたつの側面をもっている2)。つまりカントは想像力を感性と悟性とを結びつける力として捉え,人間の基本的な認識をつかさどる基本的な仕組みとして考えていたことがわかる。

フランスの実存主義哲学者サルトル(Sartre)は『想像力の問題』(Sartre, 1936/1955)の中で現象学的心理学を適用しながら想像力とは何かを探求している。サルトルによれば想像力とは意識に対象物が現れることであり,想像力には「志向性」がある。人間が対象を思い浮かべることができるのはこの志向性の働きによる。ただしその像(イマージュ)は「不在的直観」であるために,「或る種の空無(ネアン)を内包している」(邦訳,p. 30)。

我々は現実に存在する事物から想像力を働かせる。例えば,部屋にある椅子は絨毯の唐草模様を一部隠しているが,我々はその唐草模様が見えなくても,見えている部分からそこに唐草模様があるものとして想像し把握することができる。「想像作用とは,同時に構成し,孤立化させ,空無化するものである」(邦訳,p. 346)。つまり,サルトルは人間のもつふたつの異なる意識,知覚(perceiving)と想像(imagining)について,知覚を無化するものとして想像力を捉え,想像力に知覚以上の高い意義を認めている(Hopkins, 2016; Karatani, 2014)。

ここでは想像力に関して3人の哲学者の見解をまとめるならば次のようになる。

1)想像力は人間の精神の中において,感性や理性だけで知覚できないことを知覚させる重要かつ強力な役割を果たしている。

2)想像力とは,今ここにないことを思い浮かべることであり,過去の知識を統合したものである。

3)想像力は,知覚や感性,悟性を超えたものとも考えることができる。

2. 心理学・精神医学

帝政ロシアとソ連時代の発達心理学者であったヴィゴツキー(Lev S. Vygotsky)(1967/2004)は子どもの遊びについてそれが過去の記憶の単なる再生ではなく,「心的体験の想像的な改造」(p. 15)であり,それらの複合化であると述べる。想像によってつくられたもののすべては現実から得られたものであり,過去の記憶データを新しい結合に向かわせたものである。さらに過去の経験と現実に合致する現象とが結び合わされることによって,「現実に一致している想像力の産物」(2004, p. 25)が得られるとも言う。

こうした想像力を用いるからこそ,我々は歴史でフランス革命が起こったこと,あるいは,マスメディアで交通事故が起こったことを思い浮かべ経験できるのである。つまり想像力は空想に耽るだけではなく,我々が現実や過去に起きていることを理解するためにも役立っていることになる。この意味で想像力は経験に依存しているだけでなく「経験が想像力に依存している」(2004, p. 26)のである。

精神医学者のアリエティ(Arieti)(1976/1980)は,著書『創造力』の中で,人間の心理における創造的過程を探求する中で想像力(imagination)について考察している。アリエティは,想像力は心像(image)を形成する作用であるという見方を退け,また夢や無意識の心像とも区別した上で次のように定義している。「いくつかの象徴的機能を,意識の覚醒状態で,ことさらこれらの機能を統合しようという努力をせずに産出したり再生する精神の能力」(1980, p. 30)。想像力は言葉・文章・感情であり,非言語的な形式も含むとされる。想像力は創造性への前駆物である。

アリエティにとって,想像力でもっとも重要な概念は「象徴」であり,象徴とは動物も用いる「信号」ではない。信号とは例えば「黒い雲」が「雨の前兆」であるように何かが起こると規則的に別の現象が起こることを指しているが,象徴とは「他のなにかを代表するもの」(1980, p. 31)であり,「美しいパノラマ」という言葉は自ずから何か我々が共通で了解できるような何かを代表している象徴である。

発達心理学者のUchida(1999)はアリエティを引用しながら,「想像力は象徴機能のはたらきを統合し,複合するはたらき」(p. 157)と捉えている。Uchidaはさらに,思考を収束的思考(convergent thinking)と拡散的思考(divergent thinking)の二つに分類し,前者はひとつの解に至るような暗記能力であり,何かを思い出す「想起」に当る思考である。これに対して,後者の拡散的思考とは解や解決の道筋が複数あるような思考形式を指し,これが想像過程に対応していると述べている。つまり我々は過去の知識や経験を回想して,そこから「類推」(analogy)によって「印象の強い断片を取り出し」(p. 158),因果推論によって新しい表象に統合される。それが想像の過程であり,最終的に知識の創造に結びつく。

一方,精神医学者のフランクル(Frankl)(1977/2002)は自身がユダヤ人として第二次世界大戦中に経験したナチス強制収容所での耐えがたい苦痛に満ちた生活を振り返った手記『夜と霧』の中で,自身の伴侶と強制的に切り離され,雪の中で行進するうちに抱いた想像によって別の境地に至った経験を次のように記述している:

「わたしはときおり空を仰いだ。星の輝きが薄れ,分厚い黒雲くろくもの向こうに朝焼けが始まっていた。今この瞬間,わたしの心はある人の面影おもかげに占められていた。精神がこれほどいきいきと面影を想像するとは,以前のごくまっとうな生活では思いもよらなかった。わたしは妻と語っているような気がした。」(2002, p. 60)

強制収容所に入れられた囚人たちは「無期限の暫定的存在」(2002, p. 118)として「想像を駆使して繰り返し過去の体験に立ち返る」(p. 64)ことになる。多くの囚人たちは無気力に過ごすことを余儀なくされたが,少数の者たちは精神的破綻をまぬかれることができた。それは未来を想像することによってである。「人は未来を見すえてはじめて,いうなれば永遠の相のもとにのみ存在しうる」(p. 123)とフランクルは言う。未来を考える想像力は極限状態におかれた人間の精神を救済する役割を果たすことになる。ここから考えると,想像力の「今,ここにないこと」を思い浮かべる作用とは,人間の生存にとって欠かせない働きをもたらしていることが想定できる。

Handa(2013)は,構想力と想像力について考究し,哲学から心理学に至る広範な文献を展望して,想像と記憶,感覚などの心理学的概念との関係を図2のように示している。

図2

想像と知覚と記憶の関係(Handa, 2013, p. 125の図2-1に基づく)

(注)この図では想像と思考との関係は図示されていない。

このHandaの所論を以下にまとめる。想像は,知覚・記憶・感覚の領域と深くかかわりながら,想像抜きの知覚・記憶・感覚が想定できる。同時に,想像は知覚・記憶・感覚と独立した心理的な過程でもある。さらに,知覚と記憶は想像過程とは依存関係にある。

例えば,奥行知覚とは,網膜に二次元に投影されている平面画像が,三次元の立体的な画像,つまり知覚心像として知覚されるありふれた知覚現象であるが,ここにも想像が関与している。知覚心像とは,人間が外部の状況を意識的に感じている像のことである。また記憶から想起するときも,想像の力が働いて想起心像として想起される。さらに,感覚器官から入力された外部刺激も,空想などの形で知覚されることがある。大脳内の不具合によって,外部の刺激が幻覚や夢想という現実にはない出来事として知覚されることもある。

この図2に示されていないのは想像と思考との関係である。Handa(2013)は,「思考は想像の一部」(p. 123)であると述べ,論理思考や推論のような抽象度の高い思考であってもそこには想像が働いていると言う。つまり,知覚・思考・感覚・記憶などの基本的な人間の心理的概念と想像とは密接に関連しており,不可分の関係であり,同時にこれらの概念と依存的関係にあると言える。

これらの心理学・精神医学的な知見をまとめるならば,次のようになる。

1)想像力とは現実にある素材である知識や経験で得られたイメージを統合して,あらたな象徴=何かを代表する表象を生みだすことである。

2)想像力は,知覚・思考・感覚・記憶などの心理学の諸概念と密接な関係にあり,これらと不可分な関係にある。

3)想像力によって人間は新しい物事を創造するとともに,自身の環境世界を理解し,さらには生命力を活性化させるために想像力を用いることもできる。

3. マーケティング論

マーケティング文献における想像力は主にふたつある。ひとつはマーケター(マーケティング担当者)側の想像力で,一方は顧客・消費者側の想像力である。本論は顧客側の想像力を論じているが,マーケター側の想像力文献についても限られた範囲で展望を行う。

マーケター側の想像力について,ハーバードビジネススクールのLevitt(1983/1984)は,マーケティングの想像力について,マーケティング想像力こそがビジネスに成功をもたらす第一歩であると述べ,顧客の問題を理解するために想像力が必要と主張している。例えば,化粧品会社のレブロンの創業者が,我々は工場では化粧品をつくっているが,化粧品売り場では希望を売っている,と述べたのはこうしたマーケティング想像力のもたらすインサイトであるとLevittは述べる。

消費者行動論において,想像力の問題は,消費者意思決定の文脈で主に検討されている。消費者がその商品を使っていた自分の記憶を想起することは,商品情報の吟味の減少となると報告されていた(Baumgartner, Sujan, & Bettman, 1992)。Pham(1998)は,「私はどのようにその商品を感じているか」(HDIF: How-do-I-feel-about-it)ヒューリスティック,あるいは「情報としての感情」(affect-as-information)の考え方を用いて,商品の全体的な感情が,自分の楽しみのために読む読書などの内的な動機付け(consummatory motive)に基づいているとき,外的な動機付けに基づくよりも,消費意思決定に強く働くことを見出した。Hung and Wyer(2011)は,これらの知見に基づいて実験を行い,以下の発見を導き出している。消費者が,商品を購買検討するとき,自身が使っているシーンを想像するとき,その商品がふだん評価されているコンテキストで評価に用いられる特徴と類似しているとき,より自分自身に注意が向く条件において,より高い評価を下すことを見出した。

上記のまとめとして以下のことが言える。マーケティング論では,想像力をマーケティング戦略立案に用いることは創造性につながり,より活発なマーケティング行動につながると期待されている。また消費者行動論においても,消費者自身の商品経験の想像が,消費者意思決定にとって重要な情報として用いられる。

4. 脳神経科学・人類学

では,人間になぜこのような目の前に無いことを思い浮かべる能力である想像力が備わっているのだろうか。近年の脳神経科学と人類学の研究によれば次のことが「ロムルスとレムス説」(オオカミによって育てられた双子兄弟のローマ建国神話に基づく学説の命名)として報告されている(Vyshedskiy, 2019)。

人類は60万年前に言語能力を取得したにも関わらず,芸術品,針穴のある骨の針,井戸掘り,埋葬品といった象徴的な形象が生み出されるようになるのは7万年前以降のことである。この60万年前の言語の発生と,7万年前の想像力による象徴の出現の間の53万年の時間的ギャップはどのように説明されるのか。

現代の想像力の進化的起源は,大脳前頭前野の発達を遅らせる突然変異が人類進化のある時期にあるとされる。前頭前野統合(PFS: Prefrontal Synthesis,メンタル統合)によって,人間の言語(単語や文法)と記憶とを統合する働きによって想像的なものを産み出すことができるようになった。このPFSによってはじめて,人間は再帰構造(入れ子構造)(recursivity)になった言語を理解することができるようになる。再帰構造とは「田中さんは犬が好きだと加藤さんが言った」というように,ある事物と事物の関係を述べる複数の言明が入れ子構造のように含まれている言明を指す。

PFSに障碍をもっている成人は再帰構造になった言語を理解することが困難である。例えば,「私の妹の友達はどこにいますか?」「黄色のカップの中に青色のカップがあります。どちらのカップが上にあるでしょうか?」などの事物同士の関係を表す再帰構造をもった文章を,前頭前野に障碍をもつ人は理解できず質問に答えることができない。

人類は進化のある時期に,突然変異が起こり,前頭前野の発達が遅れ,5歳までにより時間をかけて言語の再帰構造を学ぶようになった。これは言語の再帰構造を学びPFSを形成するためには時間がかかるためであり,想像力を養うためには前頭前野の発達がむしろ遅れることが望ましいのである。Vyshedskiy(2019)のモデルによれば,前頭前皮質遅延の突然変異とPFS獲得とは,人類進化史上ほぼ同じ時期に起こったと推定されている。

ここで言われている再帰性(recursion)に基づく他者-人間理解という考え方は,言語学や心理学にもみられる。言語はチョムスキーの生成文法理論に基づく無限に自己相似を繰り返す「入れ子構造」=再帰構造になっており,再帰性と階層性に基づいて言語構造を明らかにすることで「人間の本性」を明らかにすることができるとSakai(2019)は述べている。Hashimoto and Sakai(2002)は,「太郎は 三郎が 彼を ほめると 思う」という再帰構造の判断課題を被験者に提示して,fMRI装置を用いて,人間固有の文法処理を担う大脳の部位があることを示した。

また心理学における「心の理論」(theory of mind)もまた人間心理の再帰構造について考察している。心の理論とはPremack and Woodruff(1978)(P&W)によって提案された考え方であり,ある人が,心の状態を自分自身や他者に帰属(impute)する場合,それを心の理論と呼んだ。つまり,ある人が目的や意図を心の中にもっているために,そのような行動が起こるのだ,と推測するとき,そこには「心の理論」が働いていると考えるのである。P&Wは,類人猿であるチンパンジーは心の理論をもっており,他者の心理を読み取ることができると考えた。しかしながら,その後30年間の心の理論の研究レビュー(Call & Tomasello, 2008)によれば,チンパンジーが他人の目的や意図を理解し,他人の知覚や知識をもっていることは強力な証拠をもって裏付けられているものの,チンパンジーが誤信念(false belief)を理解している結論は導かれていないとしている。

誤信念とは,被験者(子どもたち,もしくはサル類)が,自分たちが有している知識を他人が有していないと推測することを指す。Wimmer and Perner(1983)が行ったのは次のような実験である。(1)主人公AがあるモノをXという場所に隠すのを被験者は見ている。次に(2)被験者は,そのモノが,主人公Aが知らない間にXからYの場所に移されるのを見る。このとき被験者は,主人公Aが,まだそのモノがXという場所にあることを信じていると推測する。(3)被験者はさらに,主人公Aが戻ってきたときどこの場所を探すかを答えなければならない(正しい答えはX)。「そのモノはどこにあるでしょうか」という質問に対して,3–4歳の幼児の被験者で(1)(3)を示されて,それぞれでどちらもXと正しく答えることができたのは一人もいなかった。チンパンジーに対しても,言葉を用いずに同様の趣旨で実験が行われ,同様な結果を得た。つまり,チンパンジーも幼児も心の理論が発達していないため,このような誤信念課題を正しく答えることができず,言語の再帰構造を理解することができないのである。

この再帰構造の問題は,ブランドと想像力を考えるうえで重要なヒントを与えてくれる。1章でディズニーランドを例にとり,顧客はディズニーランドのキャラクターが中に人が入っていることを知りつつそれを愛していることを述べたが,これはまさに顧客がブランドの再帰構造を理解している証左と言える。ブランドは顧客に夢や幻想を与える場合があるが,顧客はそうした夢や幻想が,ブランドが人為的な仕掛けとして与えるものと理解しながらも,それに惹かれるのである。この点において,ブランドが顧客に与える想像は,精神的な異常現象としてある幻想(hallucination)とは異なる。ただし,想像は論理的な思考過程にも影響を与え,実際とは異なったあるいは間違った推論をさせることがある。

これらの成果を概観して,次のようにまとめることができる。

1)想像力は人間特有の遺伝獲得形質によるものである。

2)言語の再帰構造を理解できることが想像力の核心をなしている。

3)想像力は人間独自の能力として特異的に重要である。

III. 理論的含意

1. レビューの概括

上記までに,哲学・精神医学・心理学・マーケティング論・脳神経科学などの文献を渉猟して,想像力と呼ばれるものの概要を明らかにしようとしてきた。

この表1でも明らかなように,想像力に関する見解,とりわけ想像力が何であるかについては統一されているとは言えず,一貫しているわけでもない。またマーケティング論や消費者行動論ではごく限られた研究しか見出すことができない。このような現状からは,想像力は科学的概念として広がりがありすぎ,実証的概念としてそのままは採用することは困難である。

表1 想像力についての文献レビューまとめ
1)想像力は人間の精神の中において,感性や理性だけで知覚できないことを知覚させる重要かつ強力な役割を果たしている。
2)想像力とは,今ここにないことを思い浮かべることであり,過去の知識を統合したものである。
3)想像力は,知覚や感性,悟性を超えたものとも考えることができる。
4)想像力とは現実にある素材である知識や経験で得られたイメージを統合して,あらたな象徴=何かを代表する表象を生みだすことである。
5)想像力は,知覚・思考・感覚・記憶などの心理学の概念と密接な関係にあり,これらと不可分な関係にある。
6)想像力によって人間は新しい物事を創造するとともに,自身の環境世界を理解し,さらには生命力を活性化させるために想像力を用いることもできる。
7)マーケティング論では,想像力をマーケティング戦略立案に用いることは創造性につながり,より活発なマーケティング行動につながると期待されている。また消費者行動論においても,消費者自身の商品経験の想像が,消費者意思決定にとって重要な情報として用いられる。
8)想像力は人間特有の遺伝獲得形質によるものである。
9)言語の再帰構造を理解できることが想像力の核心をなしている。
10)想像力は人間独自の能力として特異的に重要である。

しかし,このような現状にも関わらず,想像力が人間の諸活動にとって重要であるという指摘は共通しているし,想像力が「今,ここにないことを思い浮かべる力」であることや,感情・思考などを統一する力として働いているという見解もほぼ共通している。逆に言えば,ここにないことを思い浮かべるという精神の働きを想像力という言葉で呼びならわしてきたともいうことができる。さらに,想像力は人間独自の能力であり,人間が人間として独自性を発揮するのはまさに想像力によってであり,想像力があってこそ創造が行われることも識者が指摘するところである。これらの見解はブランド論の発展に有用な知識となる。

これらの見解がブランド論にもたらす理論的インプリケーションは,本論の最初に目的として述べたような,以下の2つが考えられる。ひとつは想像力の働きを考慮したブランドの定義である。二つ目は,ブランドが想像力を活性化させることで消費者行動に与える影響プロセスをモデル化して,新しい研究パラダイムを提案することである。

2. ブランドの再定義

まず,ブランドの定義を,想像力の概念を用いて再定義を行ってみる。Tanaka(2017)は,さまざまなブランドの定義をレビューして,「商品の名前とシンボルがブランド」「よく知られたブランドがブランド」などの過去の定義を退け,「交換の対象としての商品・企業・組織に関して顧客がもちうる認知システムとその知識」(p. 8)との定義を提案している。ここでいう認知システムは,言語学者のノーム・チョムスキーに依拠した概念で,人間に固有の言語中枢があり,それが言語能力をつかさどっており,ブランドもこの言語中枢の働きに従うというものである。

このブランド定義がもつ問題は,「認知システムとその知識」というだけでは,一般の言語行為とブランドとが何ら変わらず,ブランドが交換に果たす固有の役割が反映されていないことである。買い手である顧客が交換行為に際してブランドを用いるとき,そこにはブランドが表象するブランド名・ロゴ・パッケージ・シンボルなどのブランドアイデンティファイヤ(brand identifier)に触発され,そこで顧客の心理中で反応し生成する想像力が働くことでブランドはブランドとしての役割を果たす。具体的にはブランドからもたらされる連想(イメージ),全体印象(global impression),信頼性,態度,などである。ブランドが単に名前やシンボル以上の役割を果たすとすれば,この想像力が果たすプロセスを定義に反映させる必要性がある。

ここで提案したいのはブランドに関する次のような定義である。

ブランドとは「交換の対象としての商品・企業・組織に関して顧客が想像力を駆動して働かせる認知システムとその知識」(下線部が新たに加えた個所)である。つまり,この定義には認知システムを鍵概念として,認知システムを想像力が記憶・情動・感情・思考などを束ねて全体印象を形作るプロセスが反映されている。ブランドは低関与の状態での購買意思決定の情報処理で,ヒューリスティックス(素早い意思決定を導くための簡易規則)として働くことがあるが,このようなときでもブランドが発する顧客が過去に学んだ情報が想像的に働いていると想定できる。

本論文のI章で示したディズニーブランドを例にとってみよう。顧客はディズニーという名前やシンボルと接触したとき,そこから記憶を呼び出し,自分のディズニーに対する感情を感じ,想像力によってこれらを統合して,全体印象を形成し,時としてディズニーランドにいる自分自身を想像する。そしてこれをベースとして次の行動を決定する。もしそれがディズニーランドの広告であったならば,ディズニーランドに行くかどうかを決めるであろうし,ディズニーのグッズを購入するかどうかの決め手ともなる。つまり消費者の意思決定において,ブランドは想像力の力を借りることによって,顧客の意思決定の効率を助けるだけでなく,顧客自身の満足や喜びをより高める役割も果たすのである。

3. 研究パラダイムの提案

本論では次に,想像力を鍵概念とした新たなブランド研究パラダイムを提案することとする。このために,想像力を中核に組み込んだブランドと消費者行動モデルを提示し,そこでの研究課題を提示することにしたい。

3を以下のようにより詳細に考察してみよう。

図3

想像力と消費者行動モデル

第一に,「想像力」を測定するための操作的定義が必要とされる。暫定的な定義として採用した「目には見えないものを思い浮かべる能力」とは,感知した情報以上の情報を被験者が生成できるかどうかと言い換えることができる。つまり,想像力とは第一義的にブランドからのメッセージや経験によって直接的にもたらされた情報以外の思念である。これまで連想などの概念で表現されてきたが,実証的に想像力を測定するためには,単なる連想とは区別を設ける必要がある。たとえば,「マクドナルド」の広告に接触して,広告で訴求されている「ハンバーガーショップ」を連想するのは想像とは言えないが,「自分がハンバーガーを食べる光景」を思いうかべた場合は想像と言える。今後,想像性を検証できる被験者による発語を基礎とした測定尺度の開発,また,生理的・脳科学的アプローチが期待される。

① 「ブランド要素」とは,想像力を刺激し生成するためにブランドが持ちうる要素のことである。ここで考えられるブランド要素は二種類ある。

ひとつは,ブランドアイデンティファイアである。ブランド名,シンボル,パッケージ,デザイン,キャラクターなどの要素である。どのようなブランドアイデンティファイアが想像力の生成をどの程度助けるか,などが研究テーマとなりうる。

第二のブランド要素とは「ワールドビュー」,つまりブランドのもつ「世界観」である。ブランドのワールドビューとは,ブランドが世界をどのようなものとしてみなしているかに関わる概念である(Tanaka, 2017, pp. 301–302)。ブランドの世界観とは,ふたつに区分できる。ひとつは,ブランドがもつ価値観(どのような価値が望ましいと考えるか),思想=顧客の生活・社会・経済に関する理念や考え方ブランドのミッションや目標である。例えば,パタゴニアは「私たちは,故郷である地球を救うためにビジネスを営む」(Patagonia, 2019)のようなミッションステートメントが挙げられる。もうひとつのワールドビューとは,より情緒的な,顧客が「感じる」世界観である。例えば,サントリーBOSSの「宇宙人ジョーンズ」から醸し出される世界観や,ロクシタンが訴求する「プロヴァンスのライフスタイル」などの世界観がある。

これらのブランド要素変数は,どのようなブランド要素がどのような想像力生成に関わるかを明らかにする。

② メディアコミュニケーションとは,想像力生成に関わる媒体を用いたコミュニケーション活動の変数を指す。この変数には3つのサブカテゴリーが考えられる。メッセージ,コンテキスト,メッセージデリバリーである。メッセージとは,コミュニケーション活動で発信されるメッセ―ジコンテンツやコンセプトのことを指す。例えば,訴求タイプがハードアピール(売り込み型)か,ソフトアピール(イメージ型)か,などの区分である。コンテキストとは,どのような状況において顧客がメディアのメッセージに触れるかを指す。大きなテレビスクリーンを視聴しながらメッセージを受け取るか,OOH(屋外メディア)を通じてメッセージを受け取るか,を指す。メッセージデリバリーとは,どの程度,顧客がメッセージに没入するかその程度を指す。例えば,熱心に視聴しているか,「ながら視聴」しているか,などである。

③ ブランド経験とは,ブランドと顧客とがコンタクトするときの経験を指す(Tanaka & Miura, 2016)。ブランドの使用,視認,心理中での想像などを指す。Brakus, Schmitt, and Zarantonello(2009)は,ブランド経験を「ブランド刺激によって喚起された,主観的かつ内的な(感覚的・感情的・認知的)消費者反応また消費者行動」(p. 53)と定義している。Where=どこでブランド経験をしたか。店頭あるいは自分の家で,など。What=どのような種類のブランド経験だったか。感覚的・感情的・認知的経験のどれか。How=どのように経験したか。「深い」経験だったか,「浅い」経験だったか。

以下の④⑤⑥では,内的な思念や想起も含むブランドコンタクトから想像力の励起に至るプロセスであり,これを「想像力過程」と呼んでみる。

④ 情動・感情とは,ブランド要素・ブランドコミュニケーション・ブランド経験が合成されて顧客に感知されたとき,生成された情動(affect)や感情(emotion)のことである。情動とは顧客の心理中で本能的・自動的に生成される興奮状態のことであり,非言語的反応のことである。好ましい,あるいは,忌避すべき対象であるなどの区分が考えられる。感情とは,この情動に顧客が認知的に解釈した反応のことである。自分は喜んでいる,あるいは,悲しんでいるという心理的状態が感情である。

⑤ 思考・思念とは,ブランド要素・ブランドコミュニケーション・ブランド経験が合成されて顧客に感知されたとき,生成される思考や発語のことである。顧客はブランド発の情報に触れたとき,「このブランドは私にぴったりだ」とか「このブランドのこのような点は気に入らない」などの内的・外的発語による認知反応(cognitive response)を発することがある。こうした認知反応は,精緻化見込みモデル(elaboration likelihood model)によれば,次の情報処理のプロセスでの精緻化,つまり強い態度や弱い態度を形成するかを決める(Petty & Cacioppo, 1981)。

また,顧客はブランド経験などによって得られたブランドに関する知識や態度から推論(inference)を行うことがある(Kardes, Posavac, & Cronley, 2004)。推論には二種類ある。一つは帰納推論であり,もう一つは演繹推論である。さらに,刺激ベース×記憶ベース,単一判断×比較判断の推論があり,合計8種類の推論方法が考えられる。I章で挙げた事例として,IBMがメインフレームコンピュータをすでに発売しており,コンピュータ産業で名声を獲得していたとき,パーソナルコンピュータを自社だけで開発する能力があると顧客が間違って推論した事例がある。これは以下のような演繹的・刺激ベース・単一判断の推論(三段論法)と考えることができる。(1)IBMはコンピュータ開発能力をもつ。(2)コンピュータはパーソナルコンピュータと同じである。ゆえに(3)IBMはパーソナルコンピュータ開発能力をもつ。

⑥ ④⑤での感情や思考が統合されて,ひとつの想像的な心象(imagery)が生成したり,ブランドの全体印象(global impression)が形作られ,ブランドに関する想像的な統合が行われる。このとき,それらの心象や全体印象はどのようなものか,どの程度強い/弱いものか,それらはどの程度好ましいものか,などを測定する必要がある。

⑦ ⑥で生成したブランド想像の統合された情報は記憶として顧客に蓄積される。ある記憶は長期記憶に蓄えられ,次の機会に再生される。しかしこのとき,どのような形でこのブランドに関する想像的な記憶が保存されるかが問題である。長期記憶として蓄積されたとしても,すぐに呼び出されるような形で記憶されているか,あるいは,再生されにくい形で記憶されているかが問題であるからだ。

⑧ 最終的に,購買あるいは使用という行動において,ブランドの想像的な記憶が使用されることになる。このとき,購買意思決定に想像的な記憶がどのようにかかわっているか,あるいは,想像的記憶が使用の際にどのように再生されることによって,次の行動に結びついていくかが,この段階での研究課題となる。

IV. 結論と限界

本論文では,ブランドと想像力について,既存研究をレビューして想像力とはどのようなものかを探求するとともに,ブランドと想像力について新たな研究パラダイムを構築するための消費者行動モデルを提案した。想像力は「目には見えないものを思い浮かべる能力」と暫定的に定義されている。

まず,Tanaka(2017)のブランド論について,その体系を図化して提示するとともに,所論のなかで,想像力がブランドにとって重要な視点であるにも関わらず,深くは追求されなかった点を指摘した。さらに,ブランドを想像力の観点を用いて再定義することを行った。それが次の定義である。「交換の対象としての商品・企業・組織に関して顧客が想像力を駆動して働かせる認知システムとその知識」。

研究レビューにおいては哲学・心理学・脳神経科学・マーケティング論などを参照して想像力がどのように考察されてきたかを展望した(表1)。展望の結果を次の5点にまとめてみる。

(1)想像についての考え方や理解は研究分野においてかなりな程度異なっていること。しかし共通していることとして,

(2)想像力が人間の諸活動にとって重要であること,

(3)想像力が「今,ここにないことを思い浮かべる力」であること,

(4)感情・思考・感覚・知覚・記憶などと関連しながら,同時にこれらを統合する力として働いていること(図2)。

(5)人間特有の遺伝形質であり,再帰性という概念を用いることによって想像力の在り方がよりよく理解できること。

次に,ブランドと想像力についての新たな研究パラダイムを提案するために,ブランドと想像力に関する消費者行動モデルを提案した(図3)。このモデルでは,①ブランド要素,②ブランドコミュニケーション,③ブランド経験をインプット変数として,④情動・感情,⑤思考・思念,⑥想像力統合を想像過程として,全体モデルにおける媒介変数として捉えた。さらに,⑦ブランド記憶,⑧行動をアウトプット変数として捉えた。

本論文は研究レビューに基づく,理論的論文であり,まだ実証的な段階に至っていないという点では限界がある。また,想像力について触れることができなかった文献も残されていると考えられるので,さらにこの点の努力が必要である。しかし,本論文ではブランドと想像力というこれまでに触れられてこなかった分野をあらたに問題提起したという意味でマーケティング論において一定の意義があるものと考えられる。

1)  ディズニー側は,キャラクターの中に人が入っていることを「公式」には認めていない。2015年にディズニーワールドでディズニーキャラクターの着ぐるみの中に入っている労働組合が,自分たちが着ぐるみの中に入っていることをSNSなどで明らかにできないのは憲法違反だと訴えた(“Who’s underneath that Mickey Mouse mask? Walt Disney World doesn’t want you to know.”(National Post, 2015))。ディズニーワールド側は着ぐるみの中に人が入っていないことを明らかにしないことを従業員にポリシーとして求めていた。

2)  Kurosaki(2000)によれば,カントはこのような構想力の重要かつ根源的役割についての記述を『純粋理性批判』第二版においては,より消極的な記述に変えてしまっている。

田中 洋(たなか ひろし)

京都大学博士(経済学)。電通マーケティングディレクター,法政大学経営学部教授,コロンビア大学ビジネススクール客員研究員などを経て,2008年より現職。日本マーケティング学会会長,副会長を歴任。主著に『ブランド戦略論』(2017,有斐閣)など多数。連絡先:d08358@tamacc.chuo-u.ac.jp

References
 
© 2020 The Author(s).
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