Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
Branding in the Digital Era:
Collaborative Creation of Brand Value
Akihiro NishiharaTetsuma EmmaruKazuhiro Suzuki
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2020 Volume 39 Issue 3 Pages 21-31

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Abstract

本研究では,これまでのブランド構築を踏まえて,これから一層進展していくデジタル時代におけるブランド構築について考察し,企業と消費者との価値共創に対して,これまで見過ごされていたブランド構築に寄与する第三の主体であるBIT(Brand Incubation Third-party)を交えたブランド価値協創(collaborative creation of brand value)を提唱する。そして,3主体によるブランド価値協創においては,経済的関係性を超えた社会的関係性を示す概念であるブランド・エンゲージメント(brand engagement)が重要であることを提示する。

Translated Abstract

We consider branding in the digital era, which will be further developed, based on existing brand studies. This study proposes “Collaborative creation of brand value,” which incorporates Brand Incubation Third-party (BIT), the third entity that contributes to branding, but whose importance is often overlooked. Furthermore, we suggest that brand engagement, which is a concept that shows social relationships beyond economic relationships, is important in the “collaborative creation of brand value” among the three entities.

I. はじめに

昨今のデジタル技術の進展は,マーケティング環境をはじめ,企業や業界そして社会に多大なる変革をもたらしており,デジタル技術により,従来のSTPとマーケティング・ミックス(4P)を中心としたマネジリアル・マーケティングや,リレーションシップ・マーケティング(関係性マーケティング)の精度が高まってきている。例えば,スマートフォンなどのモバイル・デバイスの普及やソーシャル・メディアの進展により,消費者の購買履歴に加え,ウェブサイトやスマホアプリの閲覧(利用)履歴から個人の趣味・嗜好を把握した上で,ターゲットを定め,そして,特定個人にアプローチをすることができるようになってきている。

今後,ウェアラブル・デバイスの進展・普及に加え,現在進行系で進んでいるIOT化や2020年春から運用開始となる5Gなどによりさまざまなモノやモノ同士がインターネットで繋がり,消費者の購買内外の行動データを捕捉・分析・活用することが可能となっていくことが予想される。そのため,デジタル時代においては,購買や取引を超えた領域にまで企業と消費者との関係性を広げていくことの必要性が高まっている。

さらに,デジタル時代では,企業と消費者との間のコミュニケーションや関係性が変わることに加え,さまざまな個人や組織が繋がり,その繋がりや行動が可視化される。個々の主体による企業やブランドに関わる意図的,非意図的な行動までもがブランド構築に影響を及ぼすこととなる。

これらの背景を踏まえ,本研究では,デジタル時代において重要となるブランド構築の方向性・指針について以下で提示する。本研究の問題意識は,デジタル時代とも呼称しうる今の時代において,ブランド価値は誰によってどのようにもたらされるのかである。

本研究では最初に,第2節と第3節において,マーケティング研究およびブランド研究を概観し,これまでのブランド構築の変遷を示す。ここでは,これまでのブランド構築をAoki(2013)Fujikawa(2008)を参考に2段階に区切り,第2節において1段階目のブランド価値説得を整理する。なお,Aoki(2013)Fujikawa(2008)では,価値提案としているが,本研究では,企業の消費者に対する積極的な姿勢を評価し,ブランド価値説得としている。続いて,第3節において現在も注目を集める2段階目のブランド価値共創について整理を行う。第4節では,本研究が提示するブランド価値協創と,その今日的な重要性について考察する。このブランド価値協創は,先の2つの段階に続く第3段階に位置づけられる。そして,最後の第5節では,本研究の総括と,これからさらに進展するデジタル時代のブランド構築について言及する。

本研究を通じて,これまでのブランド構築が企業による消費者に対する一方向となるブランド価値説得から企業と消費者によるブランド価値共創へと発展したこと,そしてデジタル化がより一層進展していくこれからの時代にあっては,企業と消費者に加え,後述するBIT(Brand Incubation Third-party)を新たに加えたブランド価値協創が重要となることを示す。

なお,BITとは,ブランドを持つ企業やその消費者(顧客)以外のブランド構築に寄与する組織・個人といった第三の主体(Third-party)のことである。BITは,インターネットの普及やデジタル社会の進展によって新たに出現したのではない。これらの主体は以前からもブランド価値の構築に寄与してきたが,これまで見過ごされてきたか,ブランド構築におけるノイズとしてみなされてきた存在である(cf. Suzuki, Wada, Niikura, Nishihara, & Emmaru, 2018)。

II. ブランド価値説得:市場シェアの時代

20世紀初頭の米国におけるマーケティングの黎明期,あるいはわが国の戦後期において実践されていたマーケティングは,市場全体ないし大衆を対象としたマス・マーケティングであった。この時代において,ブランド構築と呼べるものといえば,このマス・マーケティングやその後のマネジリアル・マーケティングによるものであり,それは,結果としてのブランド構築である。

マス・マーケティングによるブランド構築とは,市場全体を対象に,画一的で標準化された製品を大量生産し,製品名を付与し,比較的安価な価格設定をし,テレビなどを中心としたマス・メディアを通じて全国広告を行うことでブランドの知名度を高め,加えて,流通カバー率および店頭シェアを高めることで全国流通させるものであった。

マス・マーケティングにおけるブランド構築の主な主体は,製品を製造・販売するメーカーである。メーカーは,マス・マーケティングの展開を通じて,当該市場における影響力や流通支配力などのパワーや市場シェアを獲得し,これらを通じて結果としてブランド構築がなされる。その際,ブランド構築に寄与するマーケティング・ミックスの1つであるプロモーション(コミュニケーション)は,特にテレビ広告であり,大きな影響力を誇っていた。

こうしたマス広告の活用は,消費者のブランドに対する認知度向上や選好形成を行い,購買へ消費者を導くことで,市場シェアの拡大を図るものであった。マーケティング活動の目標に市場シェア拡大が据えられたのは,戦略市場計画やPIMS(Profit Impact of Market Strategy)プロジェクト研究などの研究成果の一部で,市場シェアが企業の利益に正の影響を及ぼすことが示されたためなどである。市場シェアの拡大およびその最大化を目標に,市場全体を対象としたマス・マーケティングが行われ,その後,市場の成熟化や消費者ニーズの多様化などにともない,市場全体ではなく特定の部分市場あるいは部分市場ごとに対応するマネジリアル・マーケティングへと進展した。ただし,このマネジリアル・マーケティングにおいても,市場シェアを高めることが主要な目的の1つであった。

こうしたブランド構築の成果は,マクロ的には当該ブランドの売上や市場シェアなどで示される。一方,ミクロ的には消費者によるブランドの反復購買を指す行動的ブランド・ロイヤルティや,消費者のブランドに対する選好などの心理的側面を指す認知的ブランド・ロイヤルティといった消費者のブランドに対する忠誠の獲得として示される。ただし,このロイヤルティの把握は,日記式パネルや消費者への質問調査などを通じたものであり,顧客の特定はもちろん,個々の顧客の購買データの取得も難しい。そのため,多くの場合,マクロ的な当該ブランドの売上や市場シェアなどにより,マーケティング活動の成果が測られてきた。

マス・マーケティングやマネジリアル・マーケティングにおいても,企業によるブランド構築では,あくまで企業がブランド価値を創り出すものという暗黙的な仮定がなされている。すなわち,ブランド価値は,企業が自ら定め,説得的コミュニケーションを行い,消費者に受容されてはじめてその価値が構築されたと言える。

そのため,ブランド価値説得においては,ブランドを供給する企業と受容する消費者は,主体(創出する側)と客体(受容する側)が明確に分かれている。従来のマネジリアル・マーケティングでは,企業と消費者による一回一回の取引(transaction)や経済的交換がベースであり,企業が製品を販売・提供し,消費者がそれを購買・享受するという間柄である。ここでは,ブランド価値の与益者(企業)と受益者(消費者)は明確に区別され,ブランド価値は,企業によって提示された価値が消費者に受容されるという構図となる。その結果,ブランド価値とは,メーカーが説得したその価値を消費者が受容するかどうかであるため,消費者が新たに価値をブランドに対して付与するといったことは想定していない。

ブランド論に目を向ければ,1990年代頃から議論されたAaker(1991/1994)による「ブランド・エクイティ(brand equity)」概念の提示以降,企業の資産としてブランドを捉える視点が注目された。マーケティング活動の結果として,消費者のブランド知識や前述の認知的ないし行動的ロイヤルティなどが形成される,あるいは,消費者にとって価値あるブランドとして受容されるというものである。このブランド・エクイティの議論においても,ブランド価値は,企業が創り,消費者へ価値説得を行い,そのブランド価値を消費者が受容することをもって構築されるものである。Keller(1998/2000)による顧客ベースのブランド・エクイティ論に従えば,ブランド・エクイティないしブランド価値は,消費者のブランド認知やブランド・イメージに依存する。

しかしながら,消費者の認知するブランド・イメージやブランド価値には主観が入りこみ,企業側が理想とするブランド・アイデンティティがそのまま消費者が認識するブランド・イメージとはならない。そのため,両者の間には齟齬が生じる。その結果,いかにブランド・イメージをブランド・アイデンティティに近づけられるかが,企業が行うブランド価値説得を通じたブランド構築において重要な課題となる。極論を言えば,ブランド価値説得を基としたブランド構築において,消費者の主観はノイズとしてみなされ,消費者は企業によるブランド価値の創造に受容者として以外に関わる余地はない。

III. ブランド価値共創:ブランド・ロイヤルティの時代

第2段階のブランド構築として,「ブランド価値共創」があげられる。ブランド価値共創がよって立つブランド論のベースは,リレーションシップ・マーケティングである。従来のマネジリアル・マーケティングでは,企業と消費者間における単発での取引がベースとなっていたが,リレーションシップ・マーケティングは,企業と消費者間における長期継続的な取引やその基盤となる関係性(relationship)の構築を志向するものである。こうしたパラダイム・シフトは,米国のマーケティング協会(AMA)における2004年のマーケティングの定義にも現れている1)

リレーションシップ・マーケティング研究の母体の1つとなったサービス・マーケティングにおいては,無形性,生産と消費の不可分性(同時性),変動性,消滅性といったサービス財(無形財)の特徴・性質に着目してきた。ここで重要となるのは,サービス財の特徴として消費者がサービスの生産プロセスに関わり,消費者自身がサービス品質や顧客満足に影響を及ぼすということである。

これまでのマーケティングや消費者行動研究においては,ブランドの購買場面や購買に焦点があてられてきたが,製品の購買後の使用・消費場面に対しても注目が集まることとなった。加えて,1990年代の終わり頃から取りあげられた経験経済や経験価値の研究の進展に加え,顧客経験に注目が集まることとなる。すなわち,消費者の購買前から購買時,そして購買後における使用・消費場面に渡って,企業が顧客の経験をマネジメントする必要性が生じたのである。例えば,顧客がサービスを評価し満足(不満足)が形成される決定的瞬間を指す「真実の瞬間(Moment of Truth)」への着目がなされて以降,購買前・購買時・購買後のそれぞれにおける真実の瞬間が注目されるようになった。このように購買に関わる各段階の顧客経験に加え,顧客経験が生まれる顧客接点の重要性が高まっている。

こうしたサービスや経験価値に対する重要性の高まりとともに,有形財とサービスの区分けや,有形(財)や無形(財)の対比そのものが無意味になりつつある。有形財である製品も無形の要素を含み,反対に,無形財であるサービスも有形の要素を有するためである。サービスに製品を含めて考えるべきだとするVargo and Lusch(2004)は,従来の製品を対象とした視点は,企業と消費者の売買時点で形成された価値は交換価値(value in exchange)に着目したものであり,この交換価値は工場で生産されると指摘する。一方で,彼らが提唱する「サービス・ドミナント・ロジック(以下,SDロジック)」(Vargo & Lusch, 2004)の視点は,消費者が購買した製品を使用・消費した際に実現・享受する使用価値(value in use)に着目すべきであるということであった。

加えて,BtoBを対象としたリレーションシップ・マーケティングでは,最終消費者を対象としたマーケティングに比べ,組織購買者と呼ばれる取引先企業が識別・特定しやすく,長期的取引関係を念頭においた取引が行われる。この長期的取引関係のベースとなる信頼やリレーションシップ・コミットメントがその関係性の中心概念であり(Morgan & Hunt, 1994),BtoCを対象としたリレーションシップ・マーケティングにおいても,両概念が企業と消費者間の関係性の内実を示す中心概念である。

不特定多数の最終消費者を対象としていたBtoCのマーケティングにおいても,ID-POSデータやデータベース利用の伸張とその活用によって顧客を個人ごとに識別することが可能となり,特定多数の顧客に対して個人ごとにアプローチすることができるようになってきている。個人の顧客を識別・特定することで,企業にとっての優良顧客の把握はもちろん,既存顧客維持や優良顧客に対する優遇策としてロイヤルティ・プログラムなどの施策が行われている。

優良顧客識別のための指標の1つに,RFMと呼ばれる指標がある。RFMとは直近購買日を指すリーセンシー(Recency),購買頻度を指すフリークエンシー(Frequency),購買金額を指すマネタリー(Monetary)から構成される。あるいは,自社ブランドの購買金額の累計や特定期間の購買金額などからLTV(顧客生涯価値;Life Time Value)を算出し,優良顧客を識別するといったことが行われている。前述したブランド価値説得では,市場シェアがその目標となっていたが,このブランド価値共創では,LTVはもちろん,個人の生涯ないし一定期間において購買した特定の製品カテゴリーの購買金額に対する自社製品・サービスの購買金額の割合を指す,顧客シェアなどが重要となる。

企業と顧客との間の関係性を示す重要な概念として,顧客ロイヤルティがあげられる。顧客ロイヤルティは,ブランド・ロイヤルティよりも対象範囲が広く,基本的には当該企業が有する製品・サービスに対する反復購買である。この顧客ロイヤルティは,企業と顧客との関係を示す概念であり,顧客育成の発展段階としても用いられている。例えば,Christopher, Payne, and Ballantyne(1991)は,顧客ロイヤルティの「ラダー(ladder)」を示し,企業と顧客との関係の発展段階として,「見込み客(prospect)」「顧客(customer)」「クライアント(client)」「サポーター(supporter)」「信奉者(advocate)」の5段階を提示している。

リレーションシップ・マーケティングの進展により,ブランド価値の構築主体として消費者が加わり,そのブランド構築において企業と消費者が価値を共に創造するといった価値共創(co-creation of value, value co-creation)の視点が重要となった(Prahalad & Ramaswamy, 2004/2004; Wada, 2002)。この価値共創が注目された環境要因としては,インターネットの普及・進展により情報源と情報の種類が増し,企業と消費者間における情報格差や情報の非対称性が解消され,個人の消費者のクチコミがかつてないほどのスピードとリーチを持って発信可能となり,消費者のパワーが相対的に強まった(エンパワーメントした)ことなどが考えられる。

この価値共創に関わる研究は,2000年代に入り盛んになったが,この価値共創の視点は大きく2つに分かれる(cf. Minami & Nishioka, 2014)。1つは,オープン・イノベーションに代表されるように,企業の製品開発プロセスに消費者も加わり,共同開発者として企業と一緒に開発したり,ソーシャル・メディアなどを通じて消費者の声を製品開発に活かしたりといったように,企業と消費者とのインタラクション(相互作用)による価値の共同創造,共同創発といった視点である。もう1つは,前述したSDロジックなどに代表されるように,製品の価値は消費者が製品を消費・使用することで創造されるという使用価値(文脈価値)に着目した視点である。

本研究におけるブランド価値共創とは,前者の価値共創であり,企業が消費者とともにブランド価値を創りだすことである。第2節で前述したブランド価値説得では,ブランド価値は企業のみが創るという視点であったことに対し,このブランド価値共創においては企業と消費者との共創によってブランド価値が創り出されるという点で視点を異にする。ブランド価値共創においては,企業と消費者との間で,本来的に与益者と受益者の区別はない。ブランド価値共創の源泉は,消費者とブランド,あるいはブランドを介して行われる企業と消費者間でのインタラクションである。

ブランド論においても,消費者がブランドを介して企業と,あるいは消費者が直接ブランドと築くリレーションシップに関わるブランド・リレーションシップ研究(Fournier, 1998; Fournier & Yao, 1997)が行われている。加えて,Keller(2003/2003)によって,ブランド・ビルディング・ブロックが提示され,ブランド・エクイティを構築するための4段階に渡る6つのブロックを積み上げていく必要性が示されている。その最後の第4段階は,ブランド・リレーションシップとして,消費者と強固な関係性を築くことが最終目標となっている。

また,ブランド価値共創の主な主体である顧客に対して,関係性の対象を広げる視点がある(cf. Aoki, 2013; Merz, He, & Vargo, 2009)。例えば,Merz et al.(2009)は,ブランド(論)を,ブランドの何に焦点を当てているかにより,①個別製品(1900年代~1930年代),②価値(1930年代~1990年代),③関係性(1990年代~2000年代),④ステイクホルダー(2000年代)の4つの時代に区分している(cf. Aoki, 2013)。この4つ目の時代がステイクホルダーに焦点を当てたブランド論として提示されているが,これは,ブランド構築において,ステイクホルダーを資源として活用する検討の必要性を示唆している。前述した顧客経験への注目において,多様かつさまざまな顧客接点において一貫した顧客経験を提供することの難しさから,企業は,ステイクホルダーとの関係強化とともに,社外組織はもちろん,広くは社会までをも企業のビジネスにおけるマーケティング資源として捉え,それらを活用しようとする動きが活発である。

加えて,ソーシャル・マーケティングなどにみられるように,企業は社会の一員であり,社会に対しても価値を提供する必要があるという認識の中で,CSV(Creating Shared Value;共通価値の創造)に注目が集まっている。米国のマーケティング協会における2007年のマーケティングの定義にも示されているように2),マーケティングの目標対象において広がりを見せている。

IV. ブランド価値協創:ブランド・エンゲージメントの時代へ

1. これまでのブランド構築の変遷とブランド価値協創

本研究が提示する「ブランド価値協創」とは,前述したブランド価値共創の次の段階となる。このブランド価値協創がよって立つブランド論のベースは,ブランド価値共創と同じくリレーションシップ・マーケティングの枠組みである。ここで,ここまで示してきたブランド構築に対して,ブランド価値協創との異同について整理する(図1および表1参照)。図1では,前述したこれまでのブランド構築とともに,本研究で提示するブランド価値協創の図を示している。

図1

ブランド構築の変遷とブランド価値協創

表1

ブランド構築の変遷とブランド価値協創

出所:Fujikawa(2008)p. 34およびAoki(2013)p. 89を参考に筆者作成

第2節で示したブランド価値説得によるブランド構築では,企業が掲げるブランド価値を消費者へ説得し,消費者がそのブランド価値を受容することでブランドが構築される。そのため,ブランド価値説得の図は,図1における左図で,企業と消費者との間にブランドがあり,企業側から一方向の矢印が消費者に対して向けられている図となる。

続いて,第3節で示したブランド価値共創によるブランド構築では,企業と消費者のインタラクションにより,ブランド価値が共同創造されることで,ブランドが構築される。そのため,ブランド価値共創の図は,図1における中央の図で,企業と消費者の間にブランドがあり,ブランドを介して企業と消費者間でインタラクションが行われるという図である。

最後に,本研究で提示するブランド価値協創によるブランド構築では,ブランド構築の担い手としてBIT(Brand Incubation Third-party)3)を加えた,企業・消費者・BITの3主体によってブランド価値が協同創造ないし協力創造され,ブランドが構築される。そのため,ブランド価値協創の図は,図1における右図で,3主体がトライアド関係で示され,3主体間のブランドを介したインタラクション,各主体とブランドとのインタラクションが示された図となる。

ブランド価値協創の図では,ブランドが黒点1つで示された他の2つのブランド構築の図とは異なり,各主体にとってのブランド,各主体間のブランドとして複数の黒点によってブランドが示される。そして,中央の実線で描かれた三角形が3主体から捉えたブランドに対する認識の共通部分であり,その外側の点線で描かれた三角形が主体間におけるブランドを加えた3主体が捉えるブランド(に対する認識)の全体像である。

ブランド価値協創の図で示唆されるように,従来の消費者(顧客)にとってのブランド価値のみならず,ブランドを供給する企業はもちろん,本研究がBITと呼ぶ,ブランドに関わる第3の主体にとってもブランド価値が存在すると考えられる。

1では,3つのブランド構築における主な内容を示している。ブランド構築における理論的枠組みは,ブランド価値説得がマネジリアル・マーケティングである。そして,ブランド価値共創とブランド価値協創の理論的枠組みは,どちらもリレーションシップ・マーケティングであるが,ブランド価値共創がロイヤルティをベースとした経済的関係であり,ブランド価値協創は,後述するエンゲージメントをベースとした社会的関係である点で両者は異なる(cf. Nishihara, 2019a, 2019b, 2020 in print)。

2. ブランド価値協創

改めて,ブランド価値協創とは,企業と消費者そしてBITを加えた3主体によってブランド価値を協同創造ないし協力創造することである。ブランド価値協創において新たに加わるBITとは,ブランドを供給する企業や消費者以外のブランド構築に寄与する第三の人的・組織的な主体(Third-party)のことである。具体的には提携企業,デザイナー,業界団体,イメージ・キャラクターとなる有名人,インフルエンサー,ファンやその組織など,ブランド構築に寄与するあらゆる主体が含まれる。なお,拙稿Suzuki et al.(2018)では,多岐にわたるBITをブランド構築に寄与するあり方などから生産BIT,流通BIT,プロモーションBITなどの13類型にまとめている。

BITには,特定の消費者であるファンやインフルエンサーなどが含まれているが,本研究における消費者とは,ブランドを消費する典型的な個人の消費者のことであり,本研究では両者を区別している。加えて,BITは,前述したステイクホルダーと類似しているが,以下の点で異なる概念である。1つ目として,ステイクホルダーは,対象者間の利害関係(経済的)が根底にある一方で,BITは経済的な関係に加え社会的な関係を含めた概念である。2つ目として,ステイクホルダーは企業との利害関係者を対象とした概念であるが,BITはブランドとの相互作用を行う主体を対象とした概念であり,対象となる主体が重なりつつも異なる対象も含まれる。

このBITを交えたブランド価値協創を実現している事例の1つに,木製家具製造の大手メーカーであるカリモク家具株式会社(以下,カリモク家具)が有する2002年発売の「カリモク60(カリモクロクマル)」(家具ブランド)があげられる(cf. Suzuki et al., 2018)。「カリモク60」のベースとなったのは1962年に発売された同社初の自社製品であり,このブランド・ネームにはコーポレートブランドに加え,カリモク家具(企業)の草創期である1960年代の意味が込められている。この「カリモク60」の誕生のきっかけは,デザイナーであるナガオカケンメイ氏(BIT)が,1999年にリサイクルショップで後に自身がKチェアと名付ける椅子に出会い,普遍的なデザインに惹かれたことで自らカリモク家具(企業)に掛け合ったことである。その後,ナガオカ氏(BIT)は,カリモク家具(企業)によるブランディングのディレクションを行ってきた(Nagaoka, 2008)。

「カリモク60」は,従来の家具屋ではなく,ブランドとして大事に扱ってくれることを条件に,雑貨店をはじめとした取扱店(BIT)などで販売されている。この取扱店のオーナー(BIT)が「カリモク60」に惚れ込んでいることも多く,消費者のファン化に貢献している。加えて,カフェ(BIT)で利用されることが,消費者に対して,カフェ(BIT)のようなオシャレな空間といった象徴的な価値の源泉となっている。そして,「カリモク60」を利用する消費者の部屋がインテリア雑誌(BIT)に掲載されたり,消費者が自らの部屋の写真をソーシャル・メディアに投稿したりすることで,他の消費者に対する画像投稿者(BIT)として「カリモク60」の価値を高めることに寄与している。

以上の「カリモク60」におけるBITを交えたブランド価値協創においては,BITがブランド構築に多大なる影響を及ぼしている。ブランド価値協創では,企業・消費者・BITがブランド価値を協同創造ないし協力創造するため,ブランド価値協創の体制が重要となる。

3. ブランド価値協創とブランド・エンゲージメント

ブランド価値協創において,BITをはじめとした3主体によるブランド価値の協同創造ないし協力創造行動を説明する重要な概念となるのが,「エンゲージメント(engagement)」概念である。本研究では,ブランド構築を念頭に「ブランド・エンゲージメント(brand engagement)」を取りあげる。その概念規定においては後述する「顧客エンゲージメント(customer engagement)」に依拠するため,以下ではこれらの概念について整理した上で,ブランド価値協創におけるブランド・エンゲージメントについて考察を行う。

エンゲージメント概念は,マーケティングをはじめ,組織行動研究や学習心理学研究などの研究領域で用いられている概念である。組織行動研究や学習心理学研究などでは,従業員や学生といった主体が自身の役割である仕事や学習に対して,主体的および自主的に取り組む行動を意味する概念,あるいは,そうした行動時の状態を表す概念,または,その行動に加え心理面を含んだ多次元構造を持つ概念として用いられている(cf. Nishihara, 2019b, 2020 in print)。

一方,マーケティング領域において扱われている主なエンゲージメント概念の1つが顧客エンゲージメントであり,2010年頃よりサービス・マーケティング研究やリレーションシップ・マーケティング研究,顧客管理に関わる研究などで取りあげられている。この顧客エンゲージメントは,「購買を超えた行動(go beyond purchase behavior)」(van Doorn et al., 2010)として,実務や研究において注目が高まっている。顧客エンゲージメントの具体的な行動としては企業の主催するイベントへの参加,新しい商品やサービスのアイデア提供,クチコミ活動,推奨,ブログやレビューの投稿,他の顧客の支援などがあげられる(cf. Nishihara, 2019b, 2020 in print; van Doorn et al., 20104)

顧客エンゲージメントは,行動面を中心に,心理面(認知や,態度ないし感情)を含めた多次元の構造を持つ概念である(Nishihara, 2020 in print)。本研究では,便宜的に,認知的ブランド・エンゲージメントと行動的ブランド・エンゲージメント(ブランド・エンゲージメント行動)を用いる。この顧客エンゲージメント行動(行動的エンゲージメント)は,購買を超えた行動として,購買前・購買(時)・購買後の行動のうちの購買後行動(あるいは,製品開発への顧客の参画)に焦点が合わされているが,購買後の行動のみならず購買プロセスに加え,購買外の行動も着目されるべきである(Nishihara, 2019b)。

顧客エンゲージメント行動に関連した研究は,エンゲージメント概念が提示される前からロイヤルティ研究をはじめとした多くの研究で散見される。例えば,前述した顧客ロイヤルティのラダーの最終段階である「信奉者」では,経済的関係をベースに,他者を企業に紹介するといった行動などが行われることが示されている(Christopher et al., 1991)。さらに,Wada(2002)においては,関係性マーケティング(リレーションシップ・マーケティング)の見地から,関係性の枠組みにおいてブランド・ロイヤルティといった経済的関係のみで消費者との関係を捉えることに対して異議を唱え,「ブランド・パトロナージュ(ブランド支援)」や「ブランド共創(brand co-creation)」を提示している。

Nishihara(2020 in print)では,顧客ロイヤルティと顧客エンゲージメントの異同について両概念を別次元の概念として対比させる形で整理しているが5),前者を経済的関係行動,後者を社会的関係行動と位置づけている6)。リレーションシップ・マーケティングの枠組みにおいて,従来のロイヤルティをベースとした経済的関係から,エンゲージメントをベースとした社会的関係へとその主体間の関係性の拡張がなされている。顧客ロイヤルティとは別次元として顧客エンゲージメントを取りあげることで,両方が高い状態を理想として,企業はエンゲージメントを高めた後でロイヤルティを高めるといった戦略を取ることも可能となる(Nishihara, 2020 in print)。

以上を踏まえて,本研究におけるブランド・エンゲージメントとは,ブランドに関わる継続的な社会的関係行動であり,主体によるブランドに対する継続的な社会的関係行動と,主体による他の主体とのブランドを介した継続的な社会的関係行動の大きく2つに大別される。そして,行動を対象としながらもその行動をもたらす心理面(認知や,態度ないし感情)を含めた多次元からなる構造を持つ概念である。ここで,主体とは,企業・消費者・BITであり,各主体がブランドに対し,あるいはブランドを介して他の主体に対し,社会的関係行動を行うことである。そのため,本研究では,エンゲージメントの主体を顧客に限定せず,企業や消費者そしてBITの3主体によるブランドを対象にしたエンゲージメントという意味で,ブランド・エンゲージメントを用いている。

ブランド・エンゲージメント行動(行動的ブランド・エンゲージメント)は多岐にわたる。その際,ブランド・エンゲージメント行動には,ブランド価値に寄与する行動と,寄与しない行動がある。例えば,消費者の購買(BITにおいては取引など)を前提としないブランドの情報探索は,ブランド価値に寄与するわけではない。ただし,エンゲージメント行動は,認知的エンゲージメントを有しない場合は,見せかけのエンゲージメント行動である。例えば,アフィリエイトを得るなどの理由によってソーシャル・メディア上で投稿を行っている場合などがそうである。

加えて,ブランド価値の構築に寄与する3主体によるエンゲージメント行動には,明確に育成・支援,あるいは応援といった意図を有した行動とそうではない行動が考えられる。例えば,画像投稿の例でも,自身が楽しむための画像投稿と,(自身が楽しむためかどうかは別として)世の中にブランドを広めたいという意図を有した画像投稿などに分かれる。

その際,拙稿のSuzuki et al.(2018)では,基本的に育成意図を持った育成行動に着目したが,本研究では育成意図を明確に有していなくとも,認知的エンゲージメントをともなう行動的エンゲージメント(育成行動)を積極的に評価する。こうした育成・支援あるいは応援などの行動は,エンゲージメント行動に内包されると考えられる。こうしたエンゲージメント行動の中でも直接的にブランド構築に寄与することを念頭にした行動には,育成・支援行動(Suzuki et al., 2018),応援(行動)(Arai & Yamakawa, 2018)などがあげられる。

以上のように,ブランド価値協創は,BITのみならず,企業や消費者といった3主体のエンゲージメント行動により行われる。そのため,企業は,消費者はもちろん,BITに対してもエンゲージメント行動を誘発し,3主体によるブランド価値協創の体制を構築する必要がある。

V. おわりに

本研究では,デジタル時代における新たなブランド構築の指針となるブランド価値協創の提唱を行った。ブランド価値協創とは,これまで見過ごされていたブランドの構築に寄与する第三の主体であるBITを交えた,3主体によるブランド価値の協同創造ないし協力創造である。これからのブランド構築においては,ブランドの価値共創から一歩進んだブランド価値協創へと進展させる必要がある。その際,企業やブランドを取り巻くさまざまな主体との関係性が重要となるが,これまでの関係性が主にブランド・ロイヤルティを中心とした経済的関係であったことに対して,ブランド価値協創によってブランド価値を構築する際には3主体のブランドに対する社会的な関係をベースとしたブランド・エンゲージメントが重要であることが示された。企業(ないしブランド)と消費者,そしてBITがより深い関係を築くことがブランド価値協創における協同創造には重要である。

企業や消費者に加え,BITを加えたブランド価値協創では,時間軸を加えたブランド構築が必要となる。いかなるブランド構築においても,ブランド価値は一朝一夕でできるものではない。特にブランド価値協創においては,さまざまな主体のブランド価値への作用と経過する時間とともに醸成,構築されるものである。企業のみによってブランド価値が創られる時代ではなく,さまざまな主体が関わることでブランド価値が付与・創出されていく。このブランド価値の生成・発展過程を捉えるには,ブランド・オリジンともいうべきブランド価値の源泉やブランドの成り立ちを時間軸とともに把握する必要がある(Suzuki et al., 2018)。

拙稿Suzuki et al.(2018)では,ブランド価値協創とは呼称していないものの,ブランドがいかに生まれ,価値を有するのかといったブランドの孵化・育成(ブランド・インキュベーション)を提唱している。その孵化・育成段階におけるブランド価値の創造とその創造に寄与した主体,その中でもBITの存在と重要性を明らかにし,ブランド価値協創の在り方を検討している。現在,本研究で提唱したブランド価値協創と前述したブランド・インキュベーションをブラッシュアップし,より実践的なブランド価値協創の在り方を提示する書籍を執筆中である。

謝辞

本研究はNabic(Neo At Brand incubation core)研究会において,和田充夫慶應義塾大学名誉教授,梅田悦史氏,新倉貴士法政大学教授を中心とした研究会メンバーと長きにわたり議論することで,アイデアの源泉や多大なご指導を賜った。ここに記して感謝申し上げたい。加えて,本研究は,吉田秀雄記念事業財団より受けた第51次研究助成と,科研費(課題番号:18K12879)研究助成による成果の一部である。

1)  AMAの2004年のマーケティングの定義は次の通りであった。「マーケティングは,組織およびそのステークホルダー(利害関係者)によって便益が得られるよう,顧客に対し価値を創造・伝達・提供し,顧客との関係を管理するための,組織的機能であり,一連のプロセスである」(Merz & Takahashi, 2011, p. 13)。

2)  AMAの2007年のマーケティングの定義は次の通りであった。「マーケティングは,顧客,依頼人,パートナー,社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり,一連の制度的機関,そしてプロセスである」(Merz & Takahashi, 2011, p. 13)。2004年のマーケティングの定義はマーケティングの対象が顧客のみの記載であったが,2007年の定義ではパートナーや社会全体などが明記され,目標対象が拡張されている。

3)  本研究は,拙稿Suzuki et al.(2018)で着目した,ブランドが生まれ,価値あるブランドに育つ過程である「ブランド・インキュベーション(brand incubation)」の視点を活用しているため,BITには「Incubation」という単語が含まれている。

4)  van Doorn et al.(2010)は,顧客エンゲージメントを行動を指す概念として位置づけ,この顧客エンゲージメント行動を「購買を超えた,動機づけの駆動要因に起因するブランドまたは企業に対する顧客の行動の顕在化」(van Doorn et al., 2010, p. 254)と定義している。

5)  顧客エンゲージメントと顧客ロイヤルティの異同に関する詳細については,Nishihara(2020 in print)を参照されたい。

6)  この社会的関係(social relation)とは,企業や顧客といった対象者間で持続的ないし継続的に安定して互いに向けられた行動が行われ,その相互作用によって一定の行動様式や形態を有している状態のことである(Nishihara, 2020 in print)。

西原 彰宏(にしはら あきひろ)

関西学院大学博士(商学)。2013年関西学院大学大学院商学研究科博士後期課程修了。2012年より亜細亜大学経営学部専任講師,2015年より亜細亜大学経営学部准教授。現在の研究テーマは消費者による高関与行動研究。

圓丸 哲麻(えんまる てつま)

関西学院大学博士(商学)。2011年関西学院大学大学院商学研究科博士後期課程修了。株式会社阪急阪神百貨店,麗澤大学経済学部を経て,2019年より大阪市立大学経営学研究科准教授。現在の研究テーマは消費者行動基点の大型小売店研究。

鈴木 和宏(すずき かずひろ)

関西学院大学博士(商学)。2013年関西学院大学大学院商学研究科博士後期課程修了。株式会社十六銀行,有限責任監査法人トーマツを経て,2013年より小樽商科大学商学部商学科准教授。現在の研究テーマはブランド経験における価値共創。

References
 
© 2020 The Author(s).
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