Japan Marketing Journal
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Book Review
Kashiwagi, C. (2018). Transportation Demand Management in Tourism Destinations: From the View of the Collaborative Network towards Value Co-Creation. Tokyo: Sekigakusha. (In Japanese)
Hiromi Kamata
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2020 Volume 39 Issue 3 Pages 137-139

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日本では,2003年の「観光立国宣言」以降,訪日外国人数の増加を中心にさまざまな取り組みがなされている。2018年には訪日外国人客数が3,000万人を突破し,大都市のみならず,地方においても訪日外国人をはじめとする観光客の増加がみられる。しかし,近年,過剰な観光客数による交通渋滞やゴミ問題など「オーバーツーリズム」問題が指摘され,その対応が求められている。

本書は,「持続可能な魅力ある観光地であり続けるためには,収容能力と地域特性に合わせた観光客の量と質の管理を行わなければならない」という考えから,観光地における「交通需要マネジメント」の研究と実務的導入の検討を取り上げている。ここで本書のポイントは,「価値共創(双方向型)」として捉え,「協働ネットワーク」に着目したことである。研究面はもとより,実際に観光地づくりを担う当事者にも実務的な示唆を与える内容となっている。本書を手に取ることで,交通のみならず観光地づくり全般について考え,実務に活かすことができると思慮する。

I. 本書の目的:交通需要マネジメントと価値共創

交通需要マネジメント(Transportation Demand Management: TDM)は,道路混雑緩和の施策のひとつであり,自動車から公共交通への利用転換,出発時間などの変更,カーシェアリングのような自動車の効率的利用といった取組みを行う。道路混雑の緩和のために車線を増やすなどのインフラ投資をするハード面ではなく,移動者の行動に働きかけて交通量の緩和や調整を図るソフト面の施策である。

本書でも指摘しているように,TDMは日本では1990年代から導入への検討が本格化し,さまざまな地域で社会実験が行われるものの継続的な導入に至るケースは少ない。その理由のひとつとして,本書は「利害関係者の調整の難しさ」をあげ,TDMを本格的に導入し継続するためにマーケティングの必要性を指摘し,価値共創と協働ネットワークに着目した。持続可能な観光地としてのTDMの定着過程について,「STEP1:認知」,「STEP2:受容」,「STEP3:協力行動の実行(行動変容)」,「STEP4:継続」,「STEP5:価値共創」の5段階を示している。そして,これまでのTDM研究の関心は「継続させること」までであるが,観光地の場合,「STEP5:価値共創」まで意識したマネジメントへと進化させることが理想的な姿であると提起する。すなわち,地域固有の資源を競争力の源泉として,資源の活用と質の維持に努めながら,当該地域の関与するアクターと共に,絶えず価値を創り続ける「価値共創」の重要性を強調する。また,「価値共創」への発展を判断する要因として,「地域愛着=アクターの抱くロイヤルティ」の高まりをあげている。地域愛着と観光価値の維持・創造活動の主体性を高めることで,価値共創に向けて協働するアクターのネットワークが広がり,シナジー効果を生み出すというフレームを示している(第2章)。

以上の議論から,研究目的を「観光地TDMが,観光サービス生産システムの一部(観光サービス品質管理機能)として地域に定着し,そのシステムを支える地域コミュニティを基盤とした多様なアクターによる価値共創に向けた協働を持続させる仕組みを明らかにする」こととしている。なお,本書は先行研究のレビューや用語の定義付けを丁寧に行っている(第1章)。用語の定義については,本書で確認いただきたい。

II. 分析:観光地の交通需要マネジメント事例

本書では,TDMの5段階の定着過程に及ぼす影響要因について,先行研究から導出された個人資源要因(STEP1から3)と継続性要因(STEP4およびすべての段階)に加え,新たに関係性要因を研究対象にしている。関係性要因は,リーダーの出現から多様なアクターとのコミュニケーションによってネットワークが広がっていく過程全般に影響する要因である(第3章)。研究手法は複数事例による比較分析であり,事例は3年以上TDMを継続実施し,期待する効果をあげていることを基準に,奈良県吉野山(第4章),岐阜県白川郷(第5章),島根県出雲大社周辺(第6章)を取り上げている。これら事例の分析にあたり,次のリサーチクエスチョン(以下,RQ)を設定している。

RQ1:関係性に関わる活動と配慮行動,関係構築のための支援要素

価値共創に向けた協働に参画・関与を求めるアクター間で,信頼やコミットメントを構築するためにどのような活動や配慮をしているのか。また,そのための支援要素はなにか。

RQ2:協働のネットワーク形成の契機と起点,発展過程における影響要因

TDMを定着していく傍ら,価値共創に向けた協働のネットワークはどのように形成され,変容したのか。その発展過程でどのような影響を受けたのか。

各事例の詳細は本書を読んでいただくとして,3つの事例からRQに対する答えを次のようにまとめている。

RQ1については,まず「関係性要因」は,「公平なシェアリング(問題意識・使命感,資源,便益)」,「共有された価値(協力の求心力となる資源)」,「コミュニケーション(地域および観光客)」である。「関係構築のための支援要素」は,「外部資源の活用」,「組織あるいは個人のリーダーシップ」,「組織学習」,「正確な情報収集」,「第三者評価とパワー」,「公的権限とサービス」である。これらが協働のネットワーク・マネジメントの基礎的枠組みを構成する。

RQ2については,「協働のネットワーク形成の契機と起点」として,多くの人が訪れる機会(イベントなど),行政による支援施策(社会実験など),苦情の対処をあげ,起点にはリーダー,地域コミュニティ,行政が成り得る。「発展過程における影響要因」は,個人資源要因,関係性要因,関係性支援要因など6つをあげ,そのうち個人資源要因の心理的要素に対する配慮がとくに必要であることを指摘している。

また,これら2つのRQに基づいた事例分析から「価値共創型TDMを支える協働の持続性モデル」を提示している(第7章図7-7)。

III. 実務上の示唆

本書では事例分析に基づいて,実務上の示唆を述べている。地域の行政機関および観光地マネジメント組織に対して,①計画・実行(外部資源の活用,組織学習,持続性),②「劇場」のマネジメント,③公平なシェアリング,④コミュニケーション,⑤外部資源の活用,第三者評価と権限,⑥公的権限とサービス,⑦リーダーシップの7点について提示している。いずれも価値共創と協働ネットワークの形成・持続性が意識された内容であると感じられる。たとえば,④コミュニケーションにおいては,「日常型」と「企画型」に分類し,その目的によって取るべきコミュニケーションについて詳しく述べられており,実務に携わる方々にとっては活用できるのではないかと思われる。

IV. まとめ

本書では,観光地のTDMについて「価値共創」と「協働ネットワーク」という視点を取り入れ,複数の事例分析に基づきフレームワークを提示している力作である。従来のTDMに関する先行研究レビュー,用語の定義,研究フレームワークの構築を丁寧に行い,「価値共創」と「協働ネットワーク」を取り入れ複数事例を比較研究した意欲的な研究である。さらに,実務上の示唆を導出し,学術研究を実務レベルに応用する試みも忘れていない。しかしながら,あえて指摘するとすれば,本書後半になると「TDM」というよりも「観光地づくり」に焦点が置かれているように感じる。価値共創や協働ネットワークを意識すると,TDMという個のプロジェクトは結果として観光地づくり全体を考えることになるということかもしれない。こうした気づきを得られるという点からも,本書は,観光地における他地域の事例の捉え方,政策やプロジェクトなどフレームや多くの示唆を得られるだろう。

 
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