Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
Motives for Travel in Domestic Medical Tourism
Chihiro Morito
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2020 Volume 39 Issue 4 Pages 42-52

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Abstract

本稿の目的は,国内メディカルツーリズムにおける消費者の移動動機を考察することである。既存研究では,国際メディカルツーリズムに焦点があてられ,国内メディカルツーリズムに関する研究は少ないが,我が国の国内メディカルツーリズム市場は拡大している。本稿では,金沢市に拠点を置くメディカル・ウェルネス複合施設を事例として,健診・人間ドック受診患者に関する分析を行った。その結果,患者は遠方から移動や宿泊コストをかけて訪れていたことが明らかになった。push要因として,患者の健康意識の高さ,健康関連サービスに対するリテラシーの高さ,情報収集のしやすさが患者の移動動機を醸成していることが示唆された。pull要因としては,観光地としての目的地の魅力,交通の利便性,メディカル・ウェルネスサービスの融合,サービス提供施設のホスピタリティが抽出された。これらの要因が包括的に消費者の移動動機に影響していたと考えられる。また,メディカルサービスの品質によって顧客との信頼関係が構築され,その信頼がウェルネスサービスの知覚品質に影響を及ぼし,顧客の健康関連サービスに対するニーズを喚起し,消費行動を促進している可能性が示唆された。

Translated Abstract

This study considers the factors motivating travel in domestic medical tourism. Although many studies have focused on international medical tourism, few have investigated domestic medical tourism. Recently, the market for domestic medical tourism has increased. This paper discusses the integration of medical and wellness services in Kanazawa city. Clinic patients travel from around the country. The factors affecting patients’ motives for travel can be divided in two categories (push-pull factors). The push factors include the patients’ high health consciousness, high literacy for health-related services, and the availability of information. On the other hand, the pull factors include the attractiveness of the destination for sightseeing, accessibility (e.g., opening of the super expressway or highways), the healthplex of medical and wellness services, and the hospitality of the service providers. These push-pull factors influence the consumer’s motives for travel. In this case, service quality involves building trust between the medical providers and the consumers. Hence, it is reasonable to consider that trust is a controlling influence on the perceived quality of wellness services because it promotes consumers’ health-related behaviors.

I. 問題意識

人生100年時代と言われるようになり,現代人の人生設計は変わりつつある。そのため,健康長寿がこれまで以上に重要な資産となり,予防医療の重要性が社会全体に広く認識されるようになった。「健康日本21」(厚生労働省2013年方針改正・第2次)では,中心課題として健康寿命の延伸が掲げられ,個人が継続的に生活習慣を改善し積極的に健康を増進することが重要との見解が示された。今後,ますます個人の自発的な健康維持向上に向けた取り組みが求められるようになると予想される。

健康関連消費は,主に疾患の予防・発見・治療を目的とするもの(メディカルサービス)と,身体的・精神的・社会的健康の維持向上や健康増進に関わるもの(ウェルネスサービス)に大別することができる。前者には,健康保険内の一般診療,健康保険外の自由診療,健診や人間ドック等が含まれ,後者には,フィットネスクラブをはじめとする健康増進サービス,アロマセラピーといったリラクゼーションサービスなどが含まれる。健康に関心を持つ消費者は,それらの中から自分の価値観やライフスタイルに合う商品を選択し,組み合わせ,より健康的な暮らしを手に入れようとしている。

健康に関する消費が多様化する中で近年注目されているのが,健康関連消費とツーリズムの関わりである。ここでいうツーリズムとは,単なる移動ではなく,名所見物や土産物の購入などの行動を伴う旅行を意味している。健康に関わるモノ・サービスの消費をツーリズムの中で行う消費者が存在する。

もっとも,医療サービスにおいては,患者が長距離の移動を行うことは珍しくはない。例えば,患者が名医の受診のために自宅から離れた医療機関を選択する場合や特定の医療機関でのみ提供される治療のために遠方に通院することがある。しかし,それらは治療が最優先であり,旅として移動を楽しむという要素は少ない。

一方,本稿で取り上げるツーリズムは医療機関の利用を目的としつつ,観光行動も伴う移動を想定している。その消費者は旅行に行くように目的地を決定し,病気の治療や予防医療,健康増進を目的に健康関連サービスやその提供施設などを選択する。そのようなツーリズムは,メディカルツーリズム,ウェルネスツーリズム,ヘルスツーリズムと呼ばれている。

健康関連のツーリズムの分類には諸説があるが,本稿ではHall(2011)に依拠し,メディカルツーリズム,ウェルネスツーリズム,ヘルスツーリズムの関係を図1のように定義する。図1では,左端に行くほど病気の治療的側面が強くなり,右端に行くほど健康増進を目的とした予防的側面が強くなる。すなわち,ヘルスツーリズムの中でも,臓器移植,手術,美容整形,リハビリなど医療的な内容はメディカルツーリズムに分類され,スポーツやレジャー,ヨガやホリスティックといった健康増進あるいは予防的な内容はウェルネスツーリズムに分類される。

図1

ツーリズムの概念整理

(出所)Hall (2011) p. 8参照,筆者作成

メディカルツーリズムは,狭義には患者が治療を受けるために他国を旅行することを意味し,その要因として,安価な治療費,待ち時間の短縮,高水準の医療などが挙げられている(Hanyu, 2011)。実際,メディカルツーリズムに関する既存研究では,患者の国際移動が前提とされていることが多く,集患に成功している東南アジアなどの事例が取り上げられている(Rahman, Zailani, & Musa, 2017; Roy, Battacharya, & Mukherjee, 2018)。メディカルツーリズムはニッチな市場ではあるが,持続的に成長しており,その背景には,世界的な高齢化,治療費用の上昇,地方における最先端の医療技術や専門知識の欠如,インターネットを介した情報入手のしやすさ,行政機関や民間事業者のプロモーションなどがある(Morrison, Lehto, & Day, 2018)。

しかし,実際には,医療サービスを享受するために,国際移動ではなく国内移動するメディカルツーリズムも存在する。近年,こうした国内メディカルツーリズムは増加傾向にあるが,研究の大半は国際移動に焦点があてられており(Hudson & Li, 2012; World Tourism Organization & European Travel Commission, 2018),国内メディカルツーリズムに関する研究は少ない。国際メディカルツーリズムは,国によっては重要な外貨獲得の手段として国家戦略に位置づけられていることや,外国人と自国民というターゲットの違いなどを考慮すると,国際メディカルツーリズム研究の知見がそのまま国内メディカルツーリズムに適用できるとは考えにくい。

ヘルスケア産業の中ではウェルネスツーリズムの市場拡大も目覚ましい。Global Wellness Institute(2018)によれば,ウェルネスツーリズムの市場規模は,2015年5,632億ドルから2017年6,394億ドルに成長し,2022年に9,194億ドルに達すると予測されている。また,ウェルネスツーリストの動機には以下のような特徴があるとしている。ウェルネスツーリストは,ツーリズムの主目的がウェルネスであるウェルネス主動機群と,ビジネスやレジャーなどが主目的でそこにウェルネスを付加するウェルネス副次的動機群に分類される。ウェルネスツーリスト全体の11%がウェルネス主動機群,89%がウェルネス副次的動機群であり,約9割は旅の主たる動機がウェルネス以外のものとなっている。メディカルツーリズムは医療サービスが副次的な目的である率は低いと考えられることから,メディカルツーリズムとウェルネスツーリズムでは動機に違いがあることが示唆される。

ウェルネスツーリストは,目的地が国境を越える場合は国際ウェルネスツーリスト,国内の場合は国内ウェルネスツーリストとなるが,国際・国内ウェルネスツーリストに共通する消費の傾向として,一般旅行者の平均に比べ国際ウェルネスツーリストでは1.5~1.8倍,国内ウェルネスツーリストでは2.7~3.6倍支出していることが示されている(Global Wellness Institute, 2018)。

メディカルツーリズムにおいては国内市場に成長が見られるものの,国内メディカルツーリズムの消費者行動研究は十分とは言えない。メディカルツーリズムの購買意思決定では,メディカルサービスとツーリズムの両者の情報探索,選択肢の評価,選択,選択後の再評価が行われる。また,場合によってはウェルネス関連の消費も含まれるなど,消費者の意思決定プロセスは複雑になると考えられる。本稿では,特に意思決定プロセスの動機の部分に着目し,事例分析から国内メディカルツーリズムの移動動機を考察する。

もう一つの研究課題として,メディカルツーリズムとウェルネスツーリズムの複合領域に関する問題がある。医療や健康増進などのサービスは,これまで日本では居住地や通学・通勤先を中心に医療圏や比較的限られた商圏で市場を捉えることが多かった。当然ながら,病気の治療は治療開始が急がれるため,医療圏内での迅速な受診が第一選択となることが多いであろう。しかし,予防や健康増進も含めた場合は必ずしもそうとは限らない。受診日は患者のスケジュールに合わせて決定するであろうし,検査内容は個人の価値観が反映された選択となり,自宅からの距離に対する心理的コストも個人差が生じるであろう。実際に,医療圏あるいは生活圏から越境し,健康関連サービスを享受する消費者が日本でも確認されている。図1のようにメディカルツーリズムとウェルネスツーリズムは重なる部分がある。本稿では,メディカルツーリズムに焦点を当てるが,メディカル関連の消費とウェルネス関連の消費の関係性についても考察する。

II. 先行研究のレビュー

1. ツーリズムの動機

消費者行動研究では,動機や動機付けに関して多数の研究が蓄積されてきた。動機付けとは,人を行動へと駆り立てその行動を方向づけ維持する心理的メカニズムやプロセス全般を指し,動機はそのメカニズムの中で特定の行動を駆動し,方向づけ,維持する内的な要因や状態を指す概念である(Aoki, Niikura, Sasaki, & Matsushita, 2012)。動機はニーズを満たしたい状況において発生し,消費者は現状と目標とのギャップを埋めようと動機付けられる。消費者はニーズが生み出す緊張感を取り除こうとするが,その手段は価値観に左右され,動機付けは消費者を引っ張る力とその方向,消費者が緊張を和らげようとする独自の方法で表現される(Solomon, 2013/2015)。このような動機付けの理論をメディカルツーリズムに置き換えると,以下のように考えられる。自身の健康に関わる現状を理想の状態に近づけるために動機が発生し,メディカルツーリズムに対する動機付けがなされる。しかし,健康に対する考え方やライフスタイル,価値観は個々の消費者によって異なるため,それらに基づいて決定されるツーリズムの具体的な選択,すなわち,目的地,提供組織,享受するサービスに関する意思決定には消費者間で違いが見られる。

ツーリストの動機や動機付けについては多くの研究がみられる(Cohen, Prayag, & Moital, 2014; Crompton, 1979; Dann, 1981; Fodness, 1994)。Van der Merwe, Slabbert, and Saayman(2011)によれば,先行研究から移動動機は,レジャー,イベントやお祭り,自然や公園,海洋,買物の5つのカテゴリーに整理できるという。各カテゴリーには異なる目的があり,健康関連サービスの消費は,買物の移動動機カテゴリーの目的に分類されている。

ツーリズムの動機や動機付けの理解には,push-pull理論(Dann, 1977; Goossens, 2000, Klenosky, 2002; Cohen, Prayag, & Moital, 2014)が広く用いられてきた。push-pull理論では,動機に影響を及ぼす要因をpush/pull要因に分類する。ツーリズムのpush要因には,自己実現や休息,楽しみ,社会相互作用などの内的感情的動機が関係し,pull要因には景色やホスピタリティなどの外的認知的動機が関係する(Correia, Kozak, & Ferradeira, 2013)。移動という視点でpush/pull要因を捉えると,発地に起因する要因がpush要因に,着地に起因する要因がpull要因に関係するとされる。Madden, Rashid, and Zainol(2016)は,既存研究を要約し,ニーズ階層,個人的要因,人口統計的属性などによるpush要因(移動の必要性)と,情報,魅力,インフラ,食事,もてなし,輸送などによるpull要因(移動の誘引)は旅に対する動機付けに影響し,その動機付けは目的地のイメージに影響するというモデルを提示している。本稿では,日常の生活圏を越えてツーリズムの中でサービスを享受しようとする動機を移動動機として定義する。

また,動機と意思決定の関係に関する研究も存在する。娯楽の旅は個人のニーズに基づくが,仕事の旅は組織の職業的なニーズと優先事項によって動機付けられたものであり,仕事の旅よりも仕事以外の旅の方が目的地選択の自由度や柔軟性は高い(Morrison, 2018)。例えば,健診の受診ニーズが職場の健康管理である場合は勤務先による医療機関の指定や受診項目の設定がされるため,受診者自身の自由度は低くなるが,個人で受診する健診では立地も含め広範囲の選択肢から個別ニーズに基づいて選択できるため,自由度も高くなる。

近年の研究動向としては,既存モデルではSNS等の現代特有の変数が考慮されておらず,目的地イメージと,旅行者の内的動機付けやマーケティング情報のような外的動機付け,口コミ,旅の知覚リスクの関係の検証が重要である(Madden et al., 2016)という指摘や,旅行欲求にはマスメディアよりもソーシャルメディアの方がより影響する(Koo, Joun, Han, & Chung, 2016)などの報告がある。インターネットやソーシャルメディアから得られる情報は,移動動機と意思決定に影響する現代特有の要因といえるだろう。このように,ツーリズムの動機研究ではpush要因あるいはpull要因として作用する変数の解明に焦点が当てられてきた。

2. メディカルツーリズムのサービス品質の評価

メディカルツーリズム研究でも,push/pull要因に注目した研究が見られる。Drinkert and Singh(2017)によれば,メディカルツーリズムにおけるpush/pull要因5変数(目的地,提供組織,価格,利用しやすさ,ビザ手続き)の質に対する回帰分析では,全体の質に対して価格が最も強く影響しており,サービス品質に対しては利用しやすさ/プライバシーへの配慮が最も影響していることなどが明らかにされている。この結果の重要な点は,メディカルツーリズムではサービス品質に対して提供組織よりも利用しやすさ/プライバシーへの配慮の方が強く影響していることである。この調査は,相対的に重篤ではない医療サービス受診者が対象であり,生命の危機に直面しているわけではなかった。通常の医療サービスの品質評価では提供者や提供組織の質が重視される傾向が強いが,メディカルツーリズムで提供される医療サービス品質の評価は一般的な医療サービス品質の評価と構造が異なることが考えられる。また,メディカルツーリズムの消費者の動機付け要因と病院イメージの関係を調査したMee, Huei, and Chuan(2018)では,病院イメージが消費者の行動意図に直接的に影響することが明らかにされている。一般に,医療サービスの品質評価は消費者にとって困難であり,専門技術の品質の高さを消費者が正確に把握することは難しい。従って,消費者は口コミや評判,実績などで品質を予測しようとする。特に,医師等の専門家からの推奨は受診意向に影響する。しかし,メディカルツーリズムにおいては,医療サービスにツーリズムという要素が加わることで,品質の評価軸は何らかの影響を受けるであろう。例えば,施設の利便性やプライバシーへの配慮などの影響力が増すと考えられる。

一方,サービス品質に関する先行研究では,メディカルツーリズムにおいてサービス品質に対する信頼が推奨意図に影響し,サービス品質には知覚便益よりも知覚リスクの方が強く影響するという報告がある(Kang, Shin, & Lee, 2014)。また,Veerasoontorn and Beise-Zee(2010)では,push要因として,支払不可能な医療費,信頼と信用の欠如,ネガティブな経験,長い待ち時間,新治療法を受けられないことが挙げられている。それらの要因によって消費者が動機付けられ,情報探索を行い,実際に国外の医療サービスを経験すると,イノベーションや組織能力,感情に響くサービス品質などを体験することになる。そうした体験が再訪を動機付けるpull要因になるという。さらに,サービス品質に対する評価を向上する項目に関する調査では,サービス提供者の専門的能力と礼儀正しい態度,信頼,サービス提供者以外の職員の専門的能力,サービス提供組織が提示されている(Ho, Feng, & Yen, 2015)。この結果のような,信頼が再診意図,推奨に影響を及ぼすことや,サービス提供者やサービス提供組織,サービス提供プロセスに対する評価がサービス品質において重要であることは,ツーリズムではない医療サービスの消費と同じである。よって,先行研究から,メディカルツーリズムの動機やサービス品質の評価の構造は,メディカルツーリズムの過去の経験や医療サービスの具体的内容によって異なることが推測される。

以上のように,メディカルツーリズムでは,医療サービスに対する評価に加え,施設の利便性や周辺環境等の要素も移動動機に影響すると考えられるため,メディカルツーリズムにおける医療サービスに対する評価とツーリズムではない医療サービスに対する評価の構造は異なる可能性がある。本稿では,実際の消費者のツーリズム行動の事例から国内メディカルツーリズムの移動動機を考察する。

III. 調査

1. 調査サンプルの概要

本稿では,我が国の国内メディカルツーリズムの実態を把握するために,医療法人Aの金沢の健診・人間ドックセンターのデータを借用した。調査対象者は,2017年4月~2019年8月の健診・人間ドック受診患者である。その施設は2017年4月に新設されたため,全て新規患者であり消費者側によって施設が選択されていること,受入側は消費者ニーズに対応できる供給状況にあることから,本稿の目的である移動動機を考察するサンプルに適していると判断した。データは,医療情報と連結しておらず,匿名性を保持し,かつ個人が特定できる情報は含まれない状態で借用した。有効サンプル数は16,226であった。サンプルの概要は以下の通りである。

16,226サンプルの内訳は,男性7,146人(44.0%),女性9,080人(56.0%),申込方法は団体12,798人(78.9%),個人3,428人(21.1%),受診目的は,健康診断5,609人(34.5%),人間ドック3,937人(24.3%),後日検査1,724人(10.6%),メディカルチェック1,232人(7.6%)などであった。来訪患者の居住地は,県別では,石川15,001人(92.5%),富山762人(4.7%),東京147人(0.9%),神奈川68人(0.4%),福井45人(0.3%),埼玉33人(0.2%),新潟23人(0.1%),愛知21人(0.1%),大阪21人(0.1%),兵庫12人(0.1%)などであった。検査費用は,1万円未満6,042人(37.2%),1万円以上3万円未満4,578人(28.2%),3万円以上5万円未満3,355人(20.7%),5万円以上10万円未満1,735人(10.7%),10万円以上15万円未満277人(1.7%),15万円以上20万円未満116人(0.7%),20万円以上123人(0.8%)であった。調査サンプルの86.1%が5万円未満であり,国民健康保険加入者の人間ドック助成を行っている市町村の上限が5万円であることから,本稿では5万円以上の検査費用を高額と位置づける。

医療の提供体制については,都道府県が医療圏を設定する。一般の医療需要に対応する区域を二次医療圏とし,人口規模やアクセスの変化によって見直しがなされる。例えば,石川県は4医療圏に分かれ,調査対象施設は,金沢市・かほく市・白山市・野々市市・津幡町・内灘町を範囲とする石川中央医療圏に属する。サンプルのうち,その医療圏内在住の患者は13,030人(80.3%)であり,3,196人(19.7%)は他の医療圏から流入している。よって,本サンプルは医療における生活圏として捉えられる二次医療圏を越えて移動する患者が一定人数含まれており,本稿の調査対象として適当であると判断した。本稿では,受診者の性別,居住地,検査費用,申込ルート(個人・団体)の情報を用いる。

2. 患者の居住地と検査費用の分布

2は全国の患者の居住地と検査費用の分布を示したものである。円の中心は患者の居住地を示しており,面積が大きいほど費用が大きい。地域別に見ると,北陸と関東圏,名古屋,大阪が多い。遠方者には高額な検査費用の患者が含まれていた。また,北陸以外の関東,東海,関西,九州の各地方に共通して団体申込よりも個人申込の患者の方が多かった。

図2

患者の居住地と検査費用の分布(全国)

関東地方では,東京特別区部からの患者が最も多かったが,埼玉県や神奈川県などにも検査費用の高額な患者が見られた。東海・関西地方では,名古屋市,京都市,大阪市,神戸市などを例とした県庁所在地を中心に患者が分布し,県庁所在地以外の市では,高槻市,堺市,尼崎市等の人口規模の大きい大都市部に偏在していた。

3は北陸地方における患者の居住地と検査費用の分布を示したものである。石川県,富山県,福井県の合計患者数は15,785人であり,サンプルの97.3%にあたる。図3の分布を見ると,金沢市の患者は市内全域に広がり,日本海側の市町を中心に石川県内全域からも患者が来訪している。富山県も同様であり,富山市を中心に日本海側の広範囲から患者が来ていた。医療法人Aは魚津市にも人間ドック・健診センターを運営しているが,魚津市の患者約100人が金沢の施設に来院していた。また,福井県の患者45人の中には,高額な検査費用の患者が見られた。

図3

患者の居住地と検査費用の分布(北陸地方)

以上から,我が国において二次医療圏を越えた同一県内の国内メディカルツーリズムと他府県への国内メディカルツーリズムを行う消費者がいることが確認された。

IV. 事例分析

前述のように,医療法人Aの患者データを用いて我が国の国内メディカルツーリズムにおける患者の移動状況を確認した。次に,そのような移動動機を生じさせる医療法人Aについて事例分析を行う。

1. 事例の概要

医療法人Aは,富山県魚津市(2007年開設)と石川県金沢市(2017年開設)の2拠点で医療を柱として運動,栄養,癒しを提供する複合施設を展開しており,調査対象の健診・人間ドックセンターは金沢の複合施設内にある。両複合施設は日本抗加齢医学会認定医療施設であり,保険適応の一般診療と保険適応外の自由診療,健診・人間ドックなどを提供するメディカル部門と,メディカルフィットネス・スパ,アロマセラピー,カフェ,健康食品などの物販,料理教室などのウェルネス部門から成る。メディカル部門は自由診療メニューを幅広く持ち,ウェルネス部門はプールプログラム,パーソナルトレーニング,サプリメントのコンサルテーションなどサービスの品揃えが豊富であり,それぞれ専門職が担当するため専門性が確保されている。両施設の人間ドック受診患者には,アンチエイジングドクターズカフェの特製ランチ,フットマッサージ,メディカルフィットネス・スパの一日利用権が無料で提供される。ホテルのような外観や内装の施設内では,アロマオイルのディフューザーによって芳香がコントロールされており,洗練されたホスピタリティと細やかで行き届いた対応に定評がある。

2つの複合施設は類似しているが,相違点がいくつかある。魚津の人間ドックは,ベーシック40,000円(癌と生活習慣病中心),スタンダード60,000円(ベーシックに予防を追加),プレミアム120,000円(スタンダードにリスク検査を追加)の3つが提供されているが,金沢の人間ドックは,スタンダード50,000円,アドバンス70,000円,プレミアム150,000円,クリスタル250,000円,プラチナ400,000円の5つである。コース名称の違いは見られるが,魚津に比べると金沢の価格は若干高額であり,魚津にはない予防や予測の視点を充実させた高額コースが設定されている。金沢の複合施設では,魚津での経験を踏まえ,魚津の1.5倍の施設内に,人間ドック部門を拡張させ,歯科診療やサプリメントショップを新設し,ピラティス専用ルームも設置した。金沢のスパは天然温泉を使用している。

2. インタビュー調査

次に,医療法人Aの理事長と副理事長/事務局長に対するインタビュー調査から得られた情報を元に健診・人間ドック受診患者の移動動機を推論する。

健保組合の健診は1年間の実績後に承認されるため,医療法人Aの金沢の施設での企業健診は2018年4月から実施されている。金沢の施設の健診の一日の受入人数上限は30名であり,2018年8月末で上限に近づきつつある。受入枠は内視鏡医の人数に依存する。2019年10月から常勤医師1名を増員し,50人の受入を始める。魚津の施設の受診患者のうち,年間15~20名が金沢の施設を受診しているが,金沢の受診患者が魚津の施設を受診することはない。魚津の施設の健診者数は2007年から2019年まで前年度の1.02~1.1倍で推移している。金沢の施設の健診者数は2017年開業後,毎年前年度の約2倍を推移している。オリジナルドック受診患者は主に北陸3県在住者である。選択するメニューは,7万~40万円のコースに状態診断を追加するケースが多い。

健診は個人が直接医療機関に申し込む個人申込と,健保組合や企業が医療機関に申し込む団体申込がある。団体申込の受診先は,本人の希望が反映される場合と団体が割り当てる場合がある。企業健診は独占型と選択型があり,独占型の場合は受診者に選択肢はないが,選択型の場合は受診者が選択でき,希望枠超過の場合は受診先を抽選する企業もある。医療法人A受診者のポジティブな口コミによって希望者が増加した企業では,受入枠50人から次年度80人への増枠の依頼があったケースがある。その口コミとは,健診サービスのホスピタリティとオプションの品揃えに加え,特製ランチ,フットマッサージ,温泉,フィットネスクラブなどに対する高評価であったという。

金沢の施設の選択理由として,患者からは「東京の人間ドックの費用が高い」「知人から勧められた」「検査項目が豊富」「他の施設にない検査がある」「検査価格が安い」「検査結果だけでなく,予防のための総合的なアドバイスを受けられそう」「複合施設内での付加サービスが良い」「金沢の食事が楽しみ」「健診に加え金沢観光もできるのは良い」「差額が交通費や宿泊費と考えれば,金沢観光を兼ねられるから良い」などの意見があった。受診患者から推奨された家族や友人の受診も確認されている。

医療法人Aは患者から金沢観光に関する情報提供を求められることがあり,依頼されれば推奨のお店の手配をしたり,店舗まで案内したりすることもある。リピート患者の中には「初回で観光をしたので,滞在中のほとんどの時間を複合施設内で過ごす」という患者もいる。

金沢の施設は北陸地方以外の患者が毎日1人以上は含まれており,東京から有名人が受診することもある。その有名人の書籍やSNSによる情報発信によって金沢の施設の情報を取得し,遠方から訪れる患者もいる。そのような情報探索経路をたどる患者の特徴は,若年層で健康意識が高く,予備知識が豊富であることである。自覚できる健康問題はないが,100歳まで働くための人生設計を考えたいという理由で受診するという患者もいた。医療法人Aの予防医療で使用されるサプリメントは成分含有量の多い海外製品であり,取り扱っている医療機関は限定される。

V. 考察

日本では各地域で一定水準の医療サービスの提供が整備されている。しかし,本稿で取り上げた事例では,コストをかけて国内メディカルツーリズムを選択している消費者が確認された。そのような消費者の移動動機を考察する。

患者の移動動機に影響を及ぼす要因をpush/pull要因に分けて考えていく。第一のpush要因は患者の健康に対する関心の高さである。本調査の対象サービスは健診・人間ドックであり,疾患の治療とは異なり病気の発見を目的としているため,受診の予定が立てやすく,希望するサービスを受けられる特性を持っている。そのため,健康に対する関心が高ければ広く深く探求し,遠方であっても自分にとって望ましいサービスを選択したい欲求は高まると考えられる。

また,都市部に居住する遠方の患者においては,類似サービスとの接触や関連情報へのアクセスがしやすいことも関係していると推測される。情報探索によって金沢の施設を知り,金沢の施設と居住地の施設を比較し,品揃え,価格,サービスにおいて金沢の施設の優位性が認められれば,居住地の施設に対する評価が低くなり,push要因となると考えられる。インタビュー調査において,知人や有名人の推奨,SNSを情報源とする情報によって動機付けられた消費者が確認されたことから,医療圏で受診する医療サービスとは異なる消費者間の相互作用が生じていると示唆される。

一方,pull要因は以下の3つが考えられる。一つ目は,金沢という土地が持つ魅力である。インタビュー調査から,金沢という土地が持つ魅力は北陸地域及び他の地域に居住する消費者に対してpull要因として作用していると考えられる。魚津の施設と金沢の施設の受診患者数の伸張スピードからも金沢という立地の吸引力が示唆される。北陸新幹線開業によるアクセスの改善や観光開発なども目的地の魅力を高める要素となっているであろう。

二つ目は,複合施設がメディカル部門とウェルネス部門を併せ持つことである。これにより,患者はメディカルサービスとウェルネスサービスをワンストップで享受することができる。複合施設において医療法人がウェルネスサービスの提供に関わっていることから,患者はウェルネスサービスの医学的裏付けを認識し,ウェルネスサービスに対する信頼感や安心感を醸成していると考えられる。金沢の施設では,健診結果からどのような対応が必要かをアドバイスし,患者が望めばその策を複合施設内ですぐに体験できるという一連の流れが構築されている。このようなメディカルとウェルネスの融合は,複合施設に対して患者が最も魅力的に感じる部分と考えられる。メディカル部門のみ,あるいはウェルネス部門のみを展開する事業者は患者の居住地周辺にもあるかもしれないが,両者の併設によって生まれる価値は稀少性の高いものとして消費者に認識されていると考えられる。

三つ目として,提供施設のホスピタリティも消費者の移動動機に影響を及ぼしていると考えられる。メディカルツーリズムは医療サービス以外の観光などの旅行体験を含む。観光とは,一義的には旅行者が日常空間から離れて時間を過ごすことであるが,金沢の複合施設で提供されるホスピタリティの高いメディカルサービス・ウェルネスサービスをはじめ,コンシェルジュのようなサービスはこれまでの医療機関とのギャップを感じさせ,患者にとって非日常空間となっている可能性が考えられる。滞在中の大半を施設内で過ごすリピーターのpull要因は,初回は金沢の土地の魅力だったかも知れないが,二回目以降は提供施設の魅力に変化しているかもしれない。患者の移動動機が受診経験とともに変わることも考えられる。

本事例から,日本におけるメディカルツーリズムとウェルネスツーリズムの融合は,メディカルサービス提供者の積極的な推進によってより効果的に消費者に受容されることが推察される。

VI. おわりに

本稿では,患者の移動動機に作用する要因をpush要因(発地に起因する要因)とpull要因(目的地に起因する要因)として峻別し整理した。push要因として,患者の健康意識の高さ,健康関連サービスに対するリテラシーの高さ,情報収集のしやすさが患者の移動動機を醸成していることが示唆された。pull要因として,観光地としての目的地の魅力,交通の利便性,メディカル・ウェルネスサービスの融合,提供施設のホスピタリティが抽出された。これらの要因が包括的に消費者の移動動機に作用していると考えられる。また,本事例から,メディカルツーリズムでは,メディカルサービスの品質によって顧客との信頼関係が構築され,その信頼がウェルネスサービスの知覚品質に影響を及ぼし,顧客の健康関連サービスに対するニーズを喚起し,消費行動を促進している可能性が示唆された。

さらに,メディカルサービスとウェルネスサービスの複合施設が集客力を持ち,街の吸引力の一要素になり得る可能性を提示した。事例分析から,メディカルツーリズムにおいては,医療サービス提供施設の立地,専門性,品揃え等の要素が移動動機に関係していることが窺える。

しかし,本稿では,患者行動と提供組織に対するインタビュー調査に基づきその移動動機の仮説を提示したにすぎず,今後の研究において仮説検証を行う必要がある。本稿で取り扱った情報は提供者側が把握している事実や患者の意見であり,患者に対して直接的な調査を実施し,患者の意思決定の実際について理解を深める必要がある。金沢の複合施設を選択する患者は支払う費用以上の価値を何らか見出していると考えられるが,価格優位性については未確認であり,今後の課題である。

謝辞

本稿の調査は医療法人ホスピィーのデータを借用した。同法人理事長の浦田哲郎氏,副理事長/事務局長の大垣渉氏にはデータのご提供やインタビューにご協力を賜った。この場を借りて厚く御礼申し上げる。また,本研究を進めるにあたり,山本昭二先生(関西学院大学),岡村世里奈先生(国際医療福祉大学)から貴重なアドバイスをいただき,本稿の執筆にあたり,査読者の先生方から示唆に富むコメントをいただいた。深謝申し上げる。なお,本研究は,科研費(課題番号:17K04026)研究助成による成果の一部である。

森藤 ちひろ(もりとう ちひろ)

流通科学大学人間社会学部教授。関西学院大学大学院経営戦略研究科博士後期課程修了。博士(先端マネジメント)。専門は,サービス・マーケティング,消費者行動。顧客満足,顧客参加,家族の意思決定に関する研究を行っている。『入門 企業と社会』中央経済社,2015(共著),「便益遅延型サービスにおける顧客参加と顧客満足の関係の変化」『流通研究』21(1), 13–28, 2018など。

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