Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Marketing Case
A Shift from the Selling-Goods to the Selling-Experiences in a Production Goods Company:
New Challenges for Daikin Technology
SoonHo KwonNaoto Onzo
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2020 Volume 39 Issue 4 Pages 86-96

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Abstract

ダイキン工業株式会社は90年以上を超える歴史の中で,優れた製品開発によって成長を遂げてきた。近年,同社は製品志向から顧客志向への転換を試み始め,空調設備のサブスクリプション・サービス「AaaS(エアアズアサービス)」で成果をあげつつある。AaaSは空調設備ではなく空気を提供するという発想であり,月額料金で空調設備の設置工事から最適な運用の提案,メインテナンス,アフターサービスに至るまで,快適な空気を安定的に供給するための一連のサービスである。顧客自身も気づかない潜在的なニーズに注目したダイキンは,既存のモノ売り発想では対応が困難であった課題をコト売り発想への転換によって解決を試みた。同サービスは空調の最適化を実現することでランニングコストを削減するなど,コストの面においても顧客にメリットをもたらしている。昨今のコモディティ化の深化に伴い,製品の機能や品質だけで競争優位性を保つことが困難になってきている中,ダイキン工業のAaaS事例は,製品志向から顧客志向に組織の軸足を移すことで,提供製品を変えることなく新しい価値を提供できることを示唆している。

Translated Abstract

The outstanding ability of the Daikin Industries Ltd. to develop new products has helped it to overcome successive crises. The company recently set out to shift from a product-oriented to a customer-oriented approach, and it has derived substantial benefits from the change. One example is what the company calls AaaS – the Air-conditioning facility subscription service. This involves the constant supply of fresh air, ranging from the installation of an air-conditioning facility to the provision of operational plans, maintenance or after-sales service for a monthly fee. The company, as part of its focus on potential consumer needs, redirects its attention from the traditional “selling-materials policy” to a “selling-experience policy”. The aim of AaaS is not just to benefit users by optimizing air-conditioning, but also to save them money. With the heightened commoditization in recent years, it has become challenging for companies to sustain their competitive advantage simply through the quality or functionality of their products. The AaaS case of the Daikin suggests that companies can provide users with new values without changing the lineup of products by shifting from product-oriented to customer-oriented service.

図表1

ダイキン工業 テクノロジー・イノベーションセンター

(出典)Daikin Industries, Ltd.(2019b)より引用

I. はじめに

ダイキン工業株式会社(以下,ダイキン工業)は,モノづくりの企業として90年以上の歴史を誇る。1924年の創業当時は,飛行機部品のラジエーターチューブやワープタイングマシン(織機の経糸をつなぐ装置)などを生産していた。戦後は,現在の主力事業である商業用・業務用空調事業に参入し,1951年に日本初のパッケージ型エアコンディショナーの開発によって本格的な事業展開が始まった。その後,同社の空調事業は1982年に大きな転換期を迎えた。同年度に開発したビル用マルチ方式の空調システムにより世界に乗り出し,日本を代表するグローバル企業として飛躍し始めたからである。

また,住宅用空調設備においても模倣困難な製品を打ち出している。同社は1999年に世界初の無給水加湿式ルームエアコンの「うるるとさらら」という革新的な製品を発売し,その4年後の2003年には家庭用ルームエアコンで通年のシェア第1位を獲得する。

このように,製品志向で成長してきた企業が,モノ売りではなくコト売りへの転換を試み始めた。その大きな一歩が今回注目したAaaS(Air as a Service)である。本稿では,同社がAaaSに乗り出すにあたっての思い,およびエクセレンスとしての当該ビジネスの本質に光を当ててみた。

II. ダイキン工業の沿革と事業概要

1. 沿革1)

ダイキン工業の歴史は,創業者である山田晁氏によって1924年に設立された合資会社大阪金属工業所に始まる。設立当時の事業内容は,飛行機部品(放熱管および同用管の製作販売),一般金属の圧搾および搾伸作業などが中心となっていた。1930年以降からは海軍・陸軍双方から軍指定工場とされ,高抗張力・高耐圧力を要する金属部品,航空機用部品,薬莢などを納品していた。

当時,海軍・陸軍両方からの指定工場は大企業(日立製作所や三菱航空機など)30社ほどであったが,その中で合資会社形態は大阪金属工業所のみであり,その後も実力を認められて順調に成長を続けた。1934年には大阪金属工業株式会社の創立総会が開催され,山田晁氏が代表取締役社長に就任するなど,今日のダイキン工業の原型が作られた。

現在のダイキン工業の主力事業である空調事業に本格的に乗り出したのは,1951年に発売した日本初のパッケージ型エアコンがきっかけである。パッケージ型エアコンの発売後,日本電信電話局(現,NTT)や銀行,飲食店や娯楽施設などへの販売活動が実を結び,そこでの実績をもとに船舶の空調設備,住宅用空調設備など空調事業の多角化を行うことになる。

さらに,1960年代初頭には空調事業の海外業務開始に向けて,アジア・オセアニア地域への進出の足がかりを整え始め,1966年には海外業務が本格的に開始される。また,1963年には社名変更という大きな出来事があった。創業40周年を迎えた大阪金属工業株式会社は,創業者の山田晁社長の決断により,社名を「大阪金属工業株式会社」から「ダイキン工業株式会社」に変更したのである。

1970年代には石油危機や大冷夏に見舞われるなど厳しい状況に直面するものの,パッケージエアコンで初めての“フロンヒート”を搭載した暖房機能,薄さ32センチの床置型エアコン,さらに1982年には現在にもつながる「ビル用マルチエアコン」が発売されるなど,画期的な新製品開発によって危機を乗り越えてきた。

バブル経済の崩壊による経済的な影響が広がっていた1994年に2代目社長の山田稔氏が会長に退き,井上礼之専務の代表取締役社長就任が発表された。新しく社長に就任した井上社長のもとで,ダイキン工業はさらなるグローバル化を推し進めてきた。

とりわけ,グローバル化の推進力となったのは,1982年に発売されていた「ビル用マルチ方式」による空調であったと言われている2)。この空調設備は既存の方式に取って代わり,国内はもちろん,海外の多くの企業が取り入れるようになった。また,1960年代から70年代にかけて積極的に海外進出の基盤を築いてきたことも相まって,90年代以降,同社のグローバル化は順調に成長しており,2018年度には売上全体(空調事業,化学事業,その他)の76%が海外となっている。

今日では,欧州,インド,中国,アジア,アメリカ,日本の6拠点で現地のニーズに応える製品を開発し,世界に100を超える工場で現地生産,150カ国以上で事業展開をしており,従業員の外国人比率が8割を超えるなど,名実ともに日本を代表するグローバル企業として位置づけられている。

2. 事業概要3)

ダイキン工業の事業は空調事業が89.6%,化学事業が8.1%,その他が2.3%を占めている(2018年度基準)4)。空調事業は住宅用,商業用・業務用,アフターサービス等の事業からなり,化学事業としては冷媒や半導体用途,自動車用途の事業,その他事業としては油圧機器,酸素濃縮器などを展開している。

全体の事業の中でも空調事業の占める割合が高いが,空調事業の高い競争優位性には店舗・オフィスエアコンの「スカイエア」シリーズや,ビル用マルチエアコンなど革新的な製品を生み出し続けてきたこと,また他社からの追随が困難なコア技術を保有していること(インバーター,ヒートポンプ,冷媒制御)が背景にあると考えられる5)

1970年代以降,商業用・業務用を中心としていた空調事業は,その領域を住宅用空調設備までに広げており,現在は国内空調メーカーの3強の一角を占めている。また,国内のみならず,海外における空調事業成長率も伸べており,2018年度における空調事業の売上高は22,222(億円)で,そのうち日本での売上高は4,817(億円),欧州は同3,322(億円),中国は同3,422(億円),アジア・オセアニアは同3,584(億円),アメリカは同6,456(億円),その他地域は同621(億円)となり,空調事業の約78%が海外事業による売り上げであることがわかる。営業利益も順調に推移しており,同社は2010年以降,増収増益を続け,7期連続での最高営業利益を目指している。

図表2

ダイキン工業の売上高と純利益の推移

(出典)Daikin Industries, Ltd.(1996, 2001, 2006, 2011, 2016, 2019a)をもとに作成

(1) 商業用・業務用空調事業

現在,ダイキン工業の事業全体の9割弱を占めている空調事業は,石油危機などの外部環境の影響によって危機に直面したこともあるが,1978年に店舗用エアコンの「スカイエア」シリーズをきっかけに事業を立て直した。「スカイエア」シリーズの天吊型室内機は19.8 cmという当時としては驚きの薄さを実現し,ヒット商品となった。このシリーズ以降,店舗型エアコンの主流は床置型から天吊型へ転換し,さらにはデザイン性を求めて現在でも多く見られる天井埋め込みカセット形へと進化していった。

この「スカイエア」シリーズが軌道に乗り始めると,7~8階建ての中小ビル市場をターゲットとした「ビル用マルチ方式」の空調設備の開発に着手し,1982年に商品化した。この方式の導入によって,これまでの熱源機器を一カ所に集中設置して中央管理室などから一括で空調を制御するセントラル方式あるいはダクト方式と呼ばれている空調設備に取って代わり,部屋ごとあるいはフロアごとに空調を制御できるようになった。

そのことによって,省エネルギーが実現し,ランニングコストは従来と比べて20~40%安く抑えられた。室内機の小型化も進み,省スペースで設置施工も容易であることから,中小ビルの空調はダイキン工業のマルチ方式が主流となり,大きな成功を収めた。また,ビル用マルチエアコンは国内だけなく,海外進出の際にも重要な役割を果たす。当時,アメリカではセントラル方式の空調設備が主流であったが,セントラル方式は建物の設計段階からダクトやパイプの配管の必要があり,熟練した専門家がいないと設置が難しいと言われていた。しかし,マルチ方式はカタログだけで設置できるという利点を有し,既存の方式よりも設置が簡単であり,熟練度の低いセミプロでも設計ができるため,海外でも広く受け入れられるようになった6)。現在でも,商業用・業務用空調事業はダイキン工業の主力事業として位置づけられる。

(2) 住宅用空調事業

1972年度までにダイキン工業は産業用空調部門を中心とした事業を展開しており,全社総売上高の7割を超えるまでに至っていた。同時期に,住宅用空調専門の滋賀工場の稼働がスタートしたことを皮切りに住宅用空調事業への本格的な参入を果たしたものの,最初は販売台数に見合った利益が得られなかった。しかし,その後は順調に販売台数が伸び,1975年のわずかな売り上げ減を除けば,一貫して売上高が増加していった。

その後,1980年代に入ってからダイキン工業はインバーターエアコンの開発を検討するものの,コスト面から採算が取れないと判断し,同社の特許技術“フロンヒート”をもとに,冷暖房可能なヒートポンプタイプへ移行した。しかし,その翌年の81年には競合他社からインバーターエアコンが発売され,1983年には家電メーカーが次々とインバーター機を発売したことでインバーターの価格が低下した。そこで,同社も1984年になってインバーター搭載機種の住宅用エアコンの発売に乗り出した。

インバーターエアコンで遅れをとっていたダイキン工業は,1994年には住宅用空調の社内生産の存続を議論するほどの赤字に陥っていた。この赤字から脱却し,2003年に国内シェアトップを実現するまでには,独自のハイサイクル生産方式と「うるるとさらら」シリーズのヒットが背景にあった。

この新しい生産方式は,生産機種と生産台数を出荷連動で柔軟に変化させるダイキン工業独自のものであり,市場の変化に対応した適切な商品を適切な時期に供給できる体制を可能にしている。この独自の生産方式によって,2002年には日本設備管理学会が選定した「第一回ものづくり大賞」を受賞し,さらに,2004年には「第一回日経ものづくり大賞」の「日経BP特別賞」を受賞した。これらの受賞は,ハイサイクル生産方式でリードタイムを半減するなど,住宅用エアコンでシェアトップに躍り出る原動力となった生産革新が,高く評価されたことを物語っている。

さらに,生産方式だけでなく,イノベーティブな製品も同時期に開発された。1999年から販売を始めた「うるるとさらら」は,世界初の外気から水分を取り込む新加湿方式(うるる加湿)と室温を下げずに除湿が可能な再熱除湿方式(さらら除湿)を搭載したルームエアコンであり,ダイキン工業の技術の結晶であると言われている。発売から20年以上経つ「うるるとさらら」は,現在もなおダイキン工業の主力商品である。

図表3

ダイキン工業「うるさらX」

(出典)Daikin Industries, Ltd.(2019b)から引用

(3) グローバル戦略7)

現在,ダイキン工業の空調事業の海外売上比率は78%にも上り,世界28ヵ国85カ所以上に生産拠点を有している。同社の空調事業のグローバル化の始まりは,1960年代までに遡る。1966年の9月,イギリス人のR.Cヒッグスから地中海のマルタ国への代理店設置の提案があったことをきっかけに,当時のマルタ国では空調設備に関する需要が急速に伸びていたこと,またヨーロッパや北アフリカへの輸出拠点の可能性を考え,同年の10月にはダイキンエアコンディショニング社(DAC)が設立された。その後も,順調に売上高が伸びていき,1970年にはヨーロッパ全域にDAC社傘下の代理店が15社まで増えていった。

同時期に,東南アジア・オセアニア市場にも空調機の輸出が拡大していた。しかし,代理店が増えるにつれて,いくつかの課題も浮き彫りになってきた。その一つが,設置工事やアフターサービス,空調の専門技術者の不足である。そのため,70年代には代理店を設置するだけでなく,積極的な資本参加による経営権の獲得と人材育成プログラム,完成品の輸出から現地でのノックダウン生産が開始された。

しかし,グローバル進出は常に順調だったわけではない。ヨーロッパでは2度の石油危機で売上高が激減したことや労働組合のストライキに見舞われるなど,様々な難題に直面していた。また,アメリカ進出の際には,世界的な競合他社の存在とすでに空調に関する需要が確立していたため,高い参入障壁があった。

このような課題に直面した1985年には,国や地域ごとに業績のばらつきが出てきたことを踏まえ,すべての地域に同程度の経営資源を投下するのではなく,商品別・国別で資源の投入量を変えていく重点主義へ転換することで,グローバル戦略の再編成を試みたのである。

さらに,1998年にはグローバル戦略本部が設置され,従来のグローバル戦略を見直し,国際化に対応できる組織体制が整えられた。同年以降,早い時期から進出してすでに現地生産まで行っているヨーロッパでの販売網の充実,また,競合他社より進出が遅かった中国への本格的な進出が始まる。

2005年には,空調部門での売上第2位のトレーン社と並び,第1位のキャリア社を追随するところまでシェアを伸ばしていた。同社がグローバルシェア第1位を実現するために取り組んだことの一つに,2007年にマレーシア企業のOYLインダストリーズ社(以下,OYL社)を買収したことが重要なポイントとなる。

OYL社は,マレーシアに本社を置き,総合空調事業を全世界で展開しているグローバル企業である。買収後は,事業の規模や企業組織を飛躍的に拡大していき,空調・冷凍機器部門の2005年度における売上が6,416億円だったところ,2年後の2007年度には売上が1兆1,319億円となり,急速な成長を成し遂げたのである。

その後,リーマンショックの影響で世界経済不況から減収減益となったが,社内で重点課題とされていた海外工場建設が次々と進行し,また中国での業務提携など,不況の影響への対策が着々と進められていった。このような取り組みが実り,2010年では空調事業部門で世界のシェア第1位を達成した。

図表4

空調事業の海外売上高と海外事業比率の推移

(出典)Daikin Industries, Ltd.(1996, 2001, 2006, 2011, 2016, 2019a)をもとに作成

(4) テクノロジー・イノベーションセンター8)

ダイキン工業のグローバル戦略は,リーマンショックの影響はあったものの,その後にV字回復しながら順調に業績を伸ばしてきた。しかし,環境問題への規制強化,新興国市場の開拓,高付加価値のソリューション・ビジネス事業の台頭など,激化していくグローバル競争を勝ち抜くためには今まで以上に新たなイノベーションを起こしていかなければならないという判断のもとで,2015年に淀川製作所敷地の中にテクノロジー・イノベーションセンター(以下,TIC)を設立した。

現在,TICはダイキン工業の技術開発の世界的拠点になっている。日本にあるTICで世界のベースモデルを開発し,このベースモデルをもとに海外ではカスタマイズ開発を行っている。同施設では空調技術であるインバーター技術やヒートポンプ技術,冷媒制御技術の研究を行っているが,これらの技術は模倣が難しく,ダイキン工業のコア技術と言われている。

研究・開発については,社内外の様々な分野の技術者同士で交流を促す仕組み作り,東京大学,大阪大学,奈良先端科学技術大学院大学,京都大学等との産学連携を進めるなど,オープン・イノベーションの促進に向けての取り組みが行われている。また,異業種他社との協創も行っており,世界中の異分野の研究者同士による交流を進めている。

同施設においては様々な取り組みが行われているが,その一つとして,2013年にグランフロント大阪のナレッジキャピタル内に開設したショールーム「フーハ大阪」と連動した顧客協創型イノベーションによる新商品開発がある。TICにおいてこれからの商品やサービスに関する仮説を構築し,「フーハ大阪」で検証するという。

また,需要が高まっているAI人材に注目しており,2017年にはAI分野の技術開発や事業開発を担う人材を育成する社内講座「ダイキン情報技術大学」を開講した。開講された授業には,理系出身の新入社員からの希望者100人が受講し,入社から2年間はこの企業大学で学ぶことに専念するという。

III. 新しいビジネスモデル「サブスクリプション」の導入

1. 事業背景

このように,ダイキン工業は順調に成長し,売上高を伸ばしてきた。しかし,ダイキン工業の専任役員でテクノロジー・イノベーションセンター技師長の小林氏の脳裏には,将来的には空調設備の販売だけではなく,「快適な環境を提供するビジネス」や「製品ではなく,空気を提供するという発想」が求められるという思いがあった。さらに先を見据えて,空調事業をモノ売りではなく,コト売りとしての可能性を検討しながら,いくつかのビジネスに注目した。例えば,GEはジェットエンジンビジネスにおいて,単にエンジンを販売するのではなく,遠隔監視システムを通じて不具合が発生する前に警告をしたり,使用年数を伸ばしたり,最適な運航方法を提案したりするといったサービスを提供している(Kumagai, 2016)。また,建設機器メーカーの小松製作所も,従来の建設機械を販売するだけのモノ売りビジネスモデルから,モノとコトの両方を意識したビジネスモデルに転換しはじめた。例えば,建設機器から得られたデータを駆使して遠隔で効率的な操作方法を指示するなど,建設現場を総合支援するサービス業への転換を試みている。

このように,空調設備も単に販売するのではなく,そのあとのメインテナンスや空調のランニングコストの削減などを含む空気そのものに関連する諸サービスを統合的に捉えるビジネスモデルの可能性が探索されていた。さらに,このような新しいビジネスモデル導入には,空調事業市場を取り巻く環境からも影響を受けることが考えられる。空調市場の成熟化に伴い,競合他社の多くが機器本体の販売だけでなく,空調を通して高付加価値のソリューション事業に移行し始めていたのである。

今日の経済環境では,空調がもし停止してしまうと,人々の生活に大きな支障が発生することが予想される。例えば,病院や宿泊施設などでは,暑い夏や寒い冬において,短時間といえども空調の停止は許されない。小林氏は,このように空調設備を単に所有するのではなく,何ら心配することなく安定的な空調の提供を求めるニーズは,ますます高まっていると考えていた。さらに,病院のような施設では,その特性上,空調の稼働保証という側面だけでなく,空調設備をメインテナンスできる人手不足,空調設備を新しく導入するための資金不足,また部屋ごとや季節ごとに無駄のない快適な温度設定という様々な課題が存在していた。

しかし,売り切り型のビジネスモデルでは,上記のように顧客が抱えている課題に対応することに限界がある。そこで,製品を販売するという視点から,「空気をサービスする」という視点に立ち,空調設備の選定から導入,メインテナンスや部品交換を含む空調に関連するすべてをダイキン工業の専門家が責任をもって提供するというサービス事業への転換を図ったのである。

2. サブスクリプション・サービス「AaaS」

このように,「快適な空間,空気を提供する」というサービスの発想のもと,「エアアズアサービス株式会社(AaaS, Air as a Service)」という新しい会社が立ち上がった。この会社は,2016年にダイキンエアテクノ株式会社と三井物産株式会社の合同出資によって設立された(出資比率:ダイキンエアテクノ49%,三井物産51%,2019年12月13日基準)。社名となったAaaS9)とは,PaaS(Product as a Service)という視点に基づき,空調事業を製品の販売ではなく,快適な空気を提供するサービスとして捉えることを意味している。

AaaSは,高額な空調設備をモノとして購入する必要がなく,毎月定額の利用料を支払うことで空調機を利用できるサービスである。このようなビジネスモデルは,「サブスクリプション方式」のビジネスモデルと呼ばれている。サブスクリプション方式のビジネスモデルとは,顧客が製品やサービスを買い取るのではなく,その利用権に対価を支払うことであり,利用した期間に応じて料金を支払う定額制のサービスを意味する。近年,国内でもサブスクリプション方式のビジネスモデルが増えつつあり,自動車業界では月額定額料金で登録諸費用や毎年の自動車税,定期メンテナンス,任意保険などを含む「KINTO」(トヨタ自動車株式会社)というサービスを2019年から開始している。また,飲食業界では定額制コーヒー飲み放題の「coffee mafia」(株式会社favy)というサービスが展開されており,他にも美容室のサブスクリプション・サービス「MEZON」(株式会社Jocy)など,様々な分野においてサブスクリプション方式のビジネスモデルが展開されている。

サブスクリプション・サービスとしてのAaaSの特長の一つに,カーシェアなどのようなコスト変動型ではなく,性能保証型であることが挙げられる。つまり,契約期間中には月額の料金は固定されて変化せず,導入時の初期費用やメインテナンスによる追加費用はかからない。契約期間中はダイキンが稼働状況を分析し,施設の部屋ごとに最適な空調の使い方を提案し,故障の兆候を感知して事前にメインテナンスをすることでサービス期間中は稼働が保証される。つまり,AaaSを利用することにより,空調設備のライフサイクルコストの「設備導入時にかかるイニシャルコスト」,「修理や補修などのメンテナンスコスト」,「空調にかかるエネルギーコスト」のそれぞれの一部を削減できるメリットがある。

例えば,AaaSを導入した兵庫県のある病院では,同サービスを導入した翌年には電気代を28.3%も削減でき,13年契約の場合で計算すると,電気代を含めた顧客の総費用負担はリース契約と比べて約12%減る見通しであるという10)

また,AaaSのサブスクリプションのビジネスモデルは,従来から続けてきたリースのビジネスモデルとも異なるのが特徴的である。同社が展開しているサブスクリプションとリースの相違点の一つは,空調設備を選ぶ主体が異なる点である。リースの場合,空調を導入する側の企業が資金の状況や税金などを考慮して自社の状況に合った設備を選択する。しかし,サブスクリプションの場合には空調設備の選択の段階からダイキンが行い,空調設備の所有権もダイキン側が持つことになる。つまり,設備導入に伴う初期費用を考慮する必要がないため,資金状況の影響を受けにくく,資金の流れの見通しを立てやすいのである。

IV. AaaSのマーケティング・エクセレンス

空調事業は,成熟市場と新興国市場における価値提供と,急速に変化するグローバル市場での最適なものづくりという課題に直面している。このような課題に応えていくためには,単に優れた製品を開発し続けるだけでなく,ビジネスモデルそのものを見直す必要がある。近年,製造業のサービス化の重要性が指摘されている中(Nishioka & Minami, 2017),ダイキン工業も新たなサービスAaaSに乗り出したのである。

これまで紹介してきたAaaSは,ハードウェアとしての製品自体を販売することによらず,製品がその性能によって生み出された成果を提供する「パフォーマンスベース・サービス(Performance based Service)」であり,モノの保有よりもその使用価値を重視するPSS(Product Service Systems)という概念で説明できる(Nishioka & Minami, 2017)。

AaaSという取り組みをPSSという視点から考えると,成熟化した空調市場において製品を大きく変えることなく新しい価値を創造し,新たな需要を作り出したところにマーケティングのエクセレンスがあると考えられる。つまり,空調に対する需要は常に存在しているが,事例で取り上げた病院や宿泊施設が抱えている課題のように,既存のモノ売り発想では対応しにくい顧客のニーズも同時に存在していた(図表5)。しかし,AaaSでは,新たな空調設備の開発のような製品志向で解決するのではなく,製品の提供の仕方を変えることで空調稼働を保証するとともに資金や人手不足の問題にも対応できるという新たな価値提供といった発想で対応している。

図表5

現状のAaaSのターゲット顧客

(出典)Daikin Industries, Ltd.(2019b)より作成

また,AaaSは顧客の潜在的なニーズを捉えることにも成功している。これまでに空調設備に関するサブスクリプションのビジネスモデルが存在しなかったため,空調に関する顧客からの要望は既存の技術や製品で対応できる範囲内に留まっていた。顧客側からすると,空調設備の所有権を一切持たず,温かい空気・冷たい空気を買うという発想には至らなかった。つまり,顧客が欲しいのは革新的で優れた機能を持つ空調設備でなく,空調による「快適な環境」そのものであるという視点の転換によって,製品志向の強い企業が陥りやすいマーケティング・マイオピア(Levitt, 1960)から脱却して,顧客の潜在的なニーズを汲み上げに成功したと言える。

さらには,製品の所有権を提供側が保持することで得られる顧客データの収集という側面においてもエクセレンスがある。同社は,従来からも空調運転データを遠隔で収集していたが,それは保守契約を結んだ一部の顧客に留まっていた11)。しかし,サブスクリプションは保守契約まで含んだ包括的な契約形態となるため,契約期間中の顧客データをすべて収集できる。そして,収集したデータに基づいて顧客に最適な空調運用を提案でき,電気代などのエネルギーコストを削減したい顧客のニーズに応えることができるのである。

上述したGE社の事例のように,このような顧客の運転データの収集は,製品開発時に修理・メインテナンスを想定した製品設計が可能になるということが言われており(Nishioka & Minami, 2017),製品を製造するだけでなくメインテナンスなど製品に必要とされるサービスも,メーカーであるダイキン工業のビジネスモデルの中に取り組まれることになる。

V. 今後の課題

今後,AaaSを展開していくうえで,いくつかの課題も残されている。その一つとして,営業パーソンに対する評価基準の見直しである。新しいビジネスモデルに乗り出すためには,そのビジネスモデルに合わせて営業パーソンの意識を変える必要があり,また彼らの評価基準も見直さなければならない。

従来は,顧客に対してより大きな空調システムを売り込めば,より高く評価をされる傾向にあった。その背景には,空調が効きすぎることにはそれほど問題はないが,きちんと冷えないあるいは温まらないと問題になるという考え方があった12)。そのため,リスクを回避するという意味で,少し大きめの設備を導入することがあった。もちろん,ダイキン側においても大きな空調システムを販売すれば,より大きな売り上げへと結びついた。

しかし,AaaSのビジネスモデルでは,どのような設備が最適かをダイキン側が精査し,最適な空調設備を提案するため,結果的には既存の営業よりも小さな設備を提案するケースも出てくる。つまり,このようなビジネスモデルでは空調設備の売り切り型ではないため,たとえ従来よりも単価が安い空調機でも,顧客の施設に最適であると判断されればそれを導入した方が顧客もエネルギーコストが抑えられ,ダイキン側も工事費用などが減る。しかし,空調機の売上高による従来の営業評価は,こういったケースまで包括しきれていないのが現状である。今後,コト売り視点に対する評価の見直しを行わなければ,営業部門のモチベーションにネガティブな影響を与えかねなく,ビジネスの拡大にとって足かせとなる危険性がある。

2)  2019年11月12日に行われた筆者らによるダイキン工業(株)専任役員 テクノロー・イノベーションセンター技師長 小林氏,ダイキンエアテクノ(株) エンジニア リング本部PaaS企画部 エアアズサービス推進Gr課長 石川氏,ダイキン工業(株) コーポレートコミュニケーション室広報グループ 野田氏へのインタビューによる。

3)  前掲注1)に同様,およびDaikin Industries, Ltd.(1996, 2001, 2006, 2011, 2016, 2019a)。

5)  前掲注2)に同様。

6)  前掲注2)に同様。

7)  前掲注1)に同様。

8)  前掲注1)に同様および前掲注2)に同様。

9)  以下,本文で取り上げる「AaaS」という名称は,社名ではなくサブスクリプション・サービスである。

10)  Nikkei Sangyou Sinbun(2019)(2019年11月参照)。

11)  前掲注2)に同様。

12)  前掲注2)に同様。

權 純鎬(くぉん すんほ)

早稲田大学商学学術院助手。青山学院大学経営学部を卒業後,早稲田大学大学院商学研究科修士課程を修了。現在,同大学大学院商学研究科博士後期課程に在籍。修士(商学)。

専門は,マーケティング・コミュニケーション,消費者行動。

恩藏 直人(おんぞう なおと)

早稲田大学商学学術院教授。早稲田大学商学部卒業後,同大学院商学研究科への進学。博士(商学)。専門は,マーケティング戦略。

References
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