2020 Volume 40 Issue 1 Pages 3-5
The purpose of this special issue is to reexamine customization and personalization in marketing. Both customization and personalization are manufacturing techniques used by firms to provide their customers with products, services, and informative contents that match their individual needs. With a customization/personalization system, firms gain a competitive advantage. A few decades ago, Japanese firms such as Panasonic and Toyota were world leaders in high-tech customization/personalization systems. However, in recent years, foreign firms seem to be conducting more skillful marketing with customization/personalization systems. Moreover, Japanese scholars have published fewer articles on customization/personalization than foreign scholars. In response to this situation, this special issue contains five invited refereed articles, in addition to seven other articles.
現代社会における顧客のニーズは,千差万別である。そして,それに対応して多種多様なマーケティングを提供することが,マーケターの使命である。その使命を達成することができたならば,市場価格以上に価格を設定したとしても,顧客の支持を獲得することができる。このような考え方を一言で表したのは,「製品差別化」という理念であった。より最近においては,「マス(大量生産型)マーケティング」や「セグメント(細分化)マーケティング」では個々の顧客のニーズに応えられないのは無論のこと,「ニッチ(隙間型)マーケティング」でさえ広すぎて隙間が埋められないのでダメだと主張され,その末に,顧客ごと,取引ごとの,究極的な差別化が必要であると主張された。「ワントゥワン・マーケティング」である。
そのような究極的な差別化の理念は,単なる絵空事に終わってはいない。技術的な困難さを克服して生まれてきた先端的なマーケティング実務がある。それが,個々の顧客の持つ千差万別なニーズを細やかに満たすべく,多種多様なマーケティングを提供するためのシステム――「カスタマイゼーション」および「パーソナライゼーション」である。
一方において,「カスタマイゼーション」は,一般的に,顧客から注文を受ける点に特徴がある。このシステムを導入した企業は,注文を受けて顧客ニーズが判明した後に,バリューチェーン上の設計,生産,ないし流通の諸段階のうちの,延期しておいた段階を実行する。そうすることによって,従来は満たしえなかった顧客ニーズを満たすのである。
なお,カスタマイゼーションは,「受注生産」や「オーダーメイド」などの日本語に訳出されることもあるが,どの工程を注文後まで延期するかによって,「受注生産(build to order)」だけでなく,より初期の段階まで延期する「受注設計(engineer to order)」のケースや,逆に,より後期の段階まで延期しない「受注組立(assemble to order)」や「受注流通(distribution to order)」等のケースも含まれる。
他方において,「パーソナライゼーション」は,カスタマイゼーションと対比的に,顧客からの注文を受けない点に特徴があるといわれる。個々の顧客のニーズを自力で洞察し,そのニーズを満たすために多種多様な製品やサービスを供給するのである。カスタマイゼーションが,注文受付と工程延期に関わる高度なシステムである一方で,パーソナライゼーションもまた,情報収集とニーズ分析に関わる高度なシステムである。
なお,「パーソナライゼーション」という術語は,「個性化」と訳出されるとき,セグメントやニッチと呼ばれてきた集団レベルの大雑把な差別化を遥かに超えた,個人レベルの究極的な差別化という意味を帯びる。そのような場合には,この術語は「カスタマイゼーション」を包含する概念と見なされよう。他方,「カスタマイゼーション」も,顧客から注文を受けることなく,企業が自社のマーケティングを顧客に合わせて変化させる行為を指して使用される場合もある。そのような場合には,「パーソナライゼーション」が,「カスタマイゼーション」に包含されることになり,また,個性化と表現しうるほどの差別化が行われなくても,自社のマーケティングを市場ごとに変化させるケースも,そこに包含される。このようにやや多義的なのは,新しい術語であるがゆえであろう。
さて,「カスタマイゼーション」にせよ「パーソナライゼーション」にせよ,製品やサービス,広告等のマーケティングを個性化して顧客のニーズを満たそうとする企業活動は,冒頭に指摘したとおり,マーケティング活動の根幹を成す大事業であるわけであるが,その大事業を世界に先駆けて推進してきたのは,ほかでもない日本企業であった。2年ほど前に本誌に寄稿させていただいたパナソニックサイクルのスポーツサイクルにおける「POS(パナソニックオーダーシステム)」(小野晃典・遠藤誠二「世界も注目したマス・カスタマイゼーションの30年」『マーケティング・ジャーナル』第37巻第4号)や,より有名なトヨタ自動車の「JIT(ジャストインタイム生産システム)」が,その代表例である。
しかし,それから何十年もの月日が流れ,今や,どれだけの日本企業が,自身の主力製品のマーケティングに,カスタマイゼーションやパーソナライゼーションを導入しているであろうか。多くの業界において,今や,日本企業から学んだ海外企業のほうが,盛んにマーケティングの個性化を行っており,ニーズを満たして顧客をワクワクさせることに成功してはいないだろうか。学術分野においてはさらに深刻である。日本企業によるマーケティングの個性化に着目してきたのは,上記のPOSにせよJITにせよ,当初から,日本の学者というより,海外の学者であった。現在においても,日本国内で個性化というトピックに取り組むマーケティング学者は少なく,このトピックに関する研究発表を国際学会で行ったり学術論文を国際雑誌に寄稿したりする学者はもっぱら欧米・中韓の学者であって,日本の研究機関に所属する学者は皆無も同然である。
本号の特集テーマ「カスタマイゼーションとパーソナライゼーション」は,そのような強い問題意識を背景にしている。これを冠テーマとして論文を執筆していただいたのは,普段はこのトピックを専門としてはいらっしゃらないが,それに近接したトピックについての新進気鋭のマーケティング研究者たちである。本号のために,これまでのカスタマイゼーション研究やパーソナライゼーション研究にはない新しい視座に基づく,優れた学術論文を寄稿してくださった。
第1論文の小野・酒井・神田論文と,第2論文の千葉論文は,サービス・マーケティングに関する研究論文である。サービスは,その生産が接客員によって消費者の目の前で行われるという特性を持っているために,カスタマイゼーションが容易であるという背景を有する。一方の小野・酒井・神田論文「サービス・カスタマイゼーション―ハイタッチとハイテクによる個別対応―」は,生身の接客員による従来型の「ハイタッチ」な個性化サービスと,それを代替する昨今のオンライン等の「ハイテク」な個性化サービスが,顧客によるサービス評価に与える影響を分析した論文である。個性化によってサービスの高質化を図ろうとする点で共通した2種類のサービスが,顧客の評価形成への調整効果の点で全く異なっていることを描写した,独自のモデルを開発することに成功している。
他方,千葉論文「サービスにおけるオススメのパーソナライゼーションに対する消費者の評価」は,手持ちの多数の製品の中から少数の製品を個々の顧客に合わせて選択的に提示するという接客員による製品推奨サービスを題材として,製品の絞り込み方による顧客反応の差を分析した論文である。製品選択に関する先端的な研究を,製品推奨サービスの文脈に援用することによって,互いに異なった製品群を推奨するべきか,それとも互いに似通った製品群を推奨するべきかということに関して指針を与えることに成功している。
つづく第3論文の森岡論文「ソリューション提示型カスタマイゼーションの効果―カスタマイゼーション価値の構造と顧客のデザイン・スキルの異質性を考慮して―」は,セルフ型カスタマイゼーション・システムの2形態,すなわち,AbA(逐次属性選択型)とCvSS(スターティング・ソリューション提示型)の比較というトピックに,各形態のカスタマイゼーションがもたらす多様な顧客価値や,製品デザイン・スキルの顧客間差異を考慮しながら挑戦した論文である。「AbA対CvSS」は,海外の先端研究が最も注目を集めているトピックの1つであり,もっぱらCvSSの優位性が論じられてきたが,森岡論文は,そこに異を唱えてCvSSの優位性が担保される条件の識別に成功している。
第4論文の竹内論文「パーソナライズ広告に対する消費者の知覚の多様性」は,製品ではなく広告のパーソナライゼーションに注目し,パーソナライゼーションに伴うオンライン広告情報の自己関連性とプライバシー侵害の二面性を,制御焦点理論を応用しながら検討した論文である。製品のパーソナライゼーションと並んで,広告のパーソナライゼーションも,オンライン広告が盛んな昨今,重要な研究トピックスの1つである。竹内論文は,そのオンライン上のパーソナライズ広告を行うべきか否かということについての複雑な条件を識別することに成功している。
第5論文の菊盛・石井論文「グローバルカンパニーによる文化的カスタマイゼーションがWebサイトの使用容易性に及ぼす影響」は,多国間にまたいで市場を持つ企業が,市場間で同一の標準化されたマーケティングを行うべきか,それとも,市場間で互いに異なる適応化(カスタマイズ)されたマーケティングを行うべきかという,グローバルマーケティング論の古典的なテーマに関連して,企業ウェブサイトのコンテンツの「標準化 vs. 適応化(カスタマイゼーション)」問題という今日的な問題に焦点を合わせた論文である。欧米企業が日本市場向けに母国のウェブサイトをカスタマイズする方向性についての含意を抽出することに成功している。
以上のような5篇の招待査読付特集論文が契機となって,日本のマーケティング分野におけるカスタマイゼーションとパーソナライゼーションの研究が一層進み,また,産業界におけるマーケティング実務における同分野の進化にも帰着することを期待したい。
最後に,本号には「特集論文」5篇のほかに7篇もの論文・書評が収録されている。「レビュー論文」として,「広告におけるキャラクターエンドーサーの役割」と題した小倉論文,「消費者行動論と音楽心理学の融合を目指して」と題した芝田論文,および「顧客エンゲージメント・マーケティングに求められる視座―顧客保有資源とエンゲージメント対象―」と題した青木論文の3篇が収録されている。さらに,「投稿査読論文」として,「推奨意向の観点から見た自動車業界のショールームに対する一考察」と題した加藤・津田論文が収録されている。また,「マーケティングケース」として,「サービス経験の設計と組織文化―三井不動産株式会社「ハレクラニ」の事例―」と題した安藤論文と,「4億本を売り上げる,赤城乳業の『ガリガリ君』マーケティング」と題した岩井・牧口論文の2篇が収録されている。そして,髙橋による寺本高著『スーパーマーケットのブランド論』の書評が,本号を締め括っている。本号に貢献してくださった著者ならびに査読者・その他の関係者の先生方に心からの謝意を表したい。
注:本研究はJSPS科研費JP19K01965の助成を受けている。謝意を表したい。