Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Review Article / Invited Peer-Reviewed Article
Combining Consumer Behavior with Music Psychology
Yuki Shibata
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 40 Issue 1 Pages 73-78

Details
Abstract

適切な音楽は,消費者の快感情や購買金額だけでなく,商品イメージや評価,そして,企業のブランドイメージを向上させる可能性がある。本稿では,聴覚刺激が消費者行動に与える影響に関する既存研究をレビューする。音楽と様々な刺激との「適合性」に関する,より包括的な既存研究も取り上げる。その後,音楽心理学の知見を取り入れ,より多角的に音楽が消費者行動に与える影響について議論する。最後に,聴覚刺激研究に関する将来的な課題を提示する。

Translated Abstract

Moderate music can increase both the consumer’s positive emotions and purchase amount, but also the product’s images, evaluations and brand image. This paper reviews the literature on the effect of auditory stimuli on consumer behaviors, and addresses more comprehensive research about “Congruence” between music and various stimuli. The next aim of this paper is to assimilate the findings of Music psychology and discuss the effects of music on consumer behavior from many perspectives. Finally, this paper suggests future issues for auditory stimuli research.

I. はじめに

近年,消費者行動研究分野において,消費者の視覚や聴覚といった五感に働きかける感覚マーケティング(Sensory marketing)への関心が高まっている。感覚マーケティングが注目されるようになった要因として,店舗内環境を構成する様々な刺激(e.g.,照明の明るさ,音楽,香り)が,消費者の購買行動に強い影響を与えている点が挙げられる。そのため,感覚マーケティングに関する包括的な研究(e.g., Ishii & Hiraki, 2016; Krishna, 2010)や,本稿で取り上げる聴覚刺激研究も,盛んに行われている。

本稿の目的は大きく3つある。第一に,聴覚刺激が消費者行動に与える影響に関する既存研究を網羅的にレビューし,既存研究の貢献と,将来的な課題を明らかにすることである。第二に,聴覚刺激の影響だけではなく,聴覚と様々な店舗環境要因との適合性について議論した既存研究を取り上げ,消費者の複雑な購買行動を理解するための知見を分かりやすく示すことである。第三に,消費者行動研究分野にくわえ,音楽心理学分野の既存研究も整理することで,消費者行動研究の枠組みを超えた,学際的な知見を提供することである。

II. 聴覚刺激が消費者行動に与える影響

1. 古典的な聴覚刺激研究

聴覚刺激が消費者行動に与える影響については,学術的な研究が盛んに行われるようになる以前から,実務において直感的に存在していると考えられてきた(e.g., Linsen, 1975)。これらの古典的な既存研究は,音楽によって消費者の「行動」がどのように変化したかではなく,音楽を流すことを好むかという「態度」を測定し,消費者の購買行動に与える影響を検証した。それらの既存研究の知見に対し,Milliman(1982)は,「態度」を測定し,その結果を「行動」として一般化することの危険性を指摘し,音楽が消費者の「行動」に与える直接的な影響を測定することの重要性を訴えた。

1980年代以前に行われた,音楽が消費者の「行動」に与える直接的な影響を測定した例外的な研究として,Smith and Curnow(1966)がある。同研究は,音楽の音量を独立変数として,購買行動への影響を検証した。その結果,売上や消費者の満足度に大きな違いはなかったが,音量が大きい時に,音量が小さい時よりも,店舗で費やす時間が大幅に短くなっていた。

2. 音楽が消費者の「行動」に与える影響

Milliman(1982)が,聴覚刺激が消費者の「行動」に与える直接的な影響を検証することの重要性を指摘したことで,多くの研究者が実証的な実験を行った(e.g., Yalch & Spangenberg, 1990)。たとえば,Milliman(1982)は,店舗内に流す音楽のテンポを操作することで,消費者行動にどのような影響を与えるのかを検証した。その結果,遅いテンポの音楽は高い売上高と,速いテンポの音楽は売上高の減少と強い相関関係があった。また,音楽のテンポではなく,種類(BGM vs. FGM)に注目したYalch(1993)は,消費者の購買金額や店舗に対する好ましさにポジティブな影響を与える音楽が,年齢と性別によって異なることを指摘した。

Knoeferle, Paus, and Vossen(2017)は,混雑している店舗で,速いテンポの音楽を流した場合,遅いテンポの音楽や音楽なしの店舗よりも,客単価が増加するという興味深い結果を明らかにした。同研究は,混雑による不快感情が,速いテンポの音楽によって緩和される可能性を指摘しているが,実験内で消費者の快感情や不快感情は測定されていない。

Milliman(1982)の指摘により,音楽と消費者行動の直接的な関係について研究が行われたが,これらの研究は,音楽が引き起こす感情や認知の働きを全く考慮していない。そこで,次節では,音楽と消費者行動の間に介在する消費者の感情や認知的な側面を組み込んだ既存研究を取り上げる。

3. 「感情」を介在変数とした既存研究

音楽が消費者に与える影響は,非常に多様で,複雑である。そのため,近年,消費者の購買行動の変化が,特定の音楽によって,なぜ引き起こされたのかという一連のメカニズムを解明する必要性が高まっている。

音楽が消費者の感情に影響を与えることを,早くから指摘していたBruner(1990)は,聴覚刺激に関する既存研究を整理し,音楽が消費者に与える影響は,消費者が音楽を好ましいと判断するかどうかによって異なると指摘した。また,いくつかの既存研究が,音楽が消費者のポジティブ感情(e.g., Isen & Means, 1983)を経由して,購買行動に影響を与える一連のプロセスを明らかにしている。

上述の快感情とは別に,消費者の覚醒を測定し,聴覚刺激が消費者行動に与える影響を検証した研究もある(e.g., Kellaris & Rice, 1993)。たとえば,Dubé, Chebat, and Morin(1995)は,速いテンポの音楽が消費者の覚醒を高めるため,従業員に対して積極的なアプローチがとられることを明らかにした。同研究は,従業員が消費者に積極的に関わる必要がある店舗では,速いテンポの音楽を流すことで,より友好的な消費者反応につながる可能性を示唆している。

前述の通り,聴覚刺激と消費者行動の関係をより明確に検証するためには,それらの間に介在する変数として,感情を組み込むことが重要であると考えられる。しかし,音楽と消費者行動の間に介在するのは,感情的な要因だけではない。そこで,次節では,介在変数として認知的な側面要因に焦点を当てた既存研究を取り上げる。

4. 「認知」を介在変数とした既存研究

音楽が消費者の処理資源に影響を与えることは,いくつかの既存研究で報告されている(e.g., Hui, Dube, & Chebat, 1997)。近年,消費者の認知に影響を与える音楽の属性として注目されているのが,音楽のピッチ(音高)である。たとえば,Dong, Huang, and Labroo(2019)は,高いピッチの音楽が,消費者の自己道徳的な認識を促し,その結果,健康的な選択が増加することを指摘した。

音楽のピッチではなく周波数を操作したSunaga(2018)1)は,低周波(vs. 高周波)の音楽が,抽象的(vs. 具体的)な表現,あるいは,遠い(vs. 近い)心理的な距離を意味するマーケティングメッセージの商品と一致したことを明らかにした。同研究は,主観的な知覚であるピッチではなく,客観的に測定可能な周波数を操作したことで,音楽のピッチが消費者の認知や購買行動に影響を与えているという既存研究の知見を補強した。

独自性の高い研究である,Mehta, Zhu, and Cheema(2012)は,ノイズ(騒音)に着目し,実験を行った。その結果,適度なノイズ環境は,参加者に有意に高い創造性をもたらすことが示された。これまでの既存研究が,聴覚刺激として音楽を用いてきたのに対し,同研究は,ノイズのポジティブな影響を明らかにした点で優れている。

5. 「適合性」に焦点を当てた包括的な研究

近年,各感覚刺激を単体でとらえるのではなく,より広い視点で,感覚刺激が消費者行動に与える影響をとらえることの重要性が指摘されている(e.g., Krishna, 2010)。それに伴い,聴覚刺激研究分野においても,聴覚刺激と様々な店舗環境要因との「適合性」を枠組みとした先進的な研究が行われている。

聴覚刺激と様々な店舗環境要因との適合性を検証したいくつかの既存研究は,適合性が消費者の購買行動に非常に大きな影響を与えることを指摘している(e.g., Spangenberg, Bianca, & David, 2005)。たとえば,Mattila and Wirtz(2001)は,高い覚醒を引き起こす香りと音楽が一貫している時に,よりポジティブな消費者反応が引き起こされることを明らかにした。

また,聴覚と味覚間の適合性に関する研究も行われている。たとえば,Spence et al.(2013)は,一致する音楽を聴きながらワインを試飲すると,音楽なしで試飲する場合に比べて,「楽しみ」が大幅に増加することを報告した。同研究は,味覚と聴覚の間に潜在的なリンクが存在する可能性を示唆している。

最後に,聴覚刺激と商品との適合性に注目した既存研究を取り上げる。たとえば,North, Hargreaves, and McKendrick(1999)は,店舗内でフランス(vs. ドイツ)音楽が流れた場合に,フランス(vs. ドイツ)ワインの品質評価が向上し,購買金額も増加したことを明らかにした。同研究の知見は,商品特性と音楽が一致した場合に,商品が持つ説得力が増大し,消費者の感情や購買行動にポジティブな影響を与える可能性を示唆している。

6. 聴覚刺激研究の貢献と限界

聴覚刺激が消費者行動に与える影響を取り上げた既存研究の理論的,実務的貢献は3点ある。第一に,多くの既存研究がワインショップやレストランなどの実店舗で実験を行っている点が挙げられる。それらの知見は極めて実践的であり,実務で一般化する際に非常に有用である。

第二に,聴覚刺激が消費者の感情や行動に与える影響を調整する要因を特定した点である。実験内で音楽のみを操作したいくつかの既存研究は,音楽が消費者に与える影響を発見することに失敗している。既存研究の蓄積から,年齢や時間圧によって音楽が消費者行動に与える影響がより強調される可能性を示唆したことは,非常な大きな貢献である。

最後の貢献として,聴覚刺激と様々な店舗環境要因との適合性が消費者行動に与える影響について,様々な視点から検証している点が挙げられる。それらの既存研究は,聴覚刺激のみを操作するのではなく,視覚や嗅覚,味覚などの刺激を同時に操作し,環境要因が消費者行動に与える複雑で,複合的な影響を検証している。

音楽が消費者行動に与える影響を調べた既存研究の貢献は非常に大きいが,未解決の課題も多い。ここでは,大きな課題を2つ指摘しておく。第一の課題は,音楽と様々な環境要因との適合性が,消費者の認知だけではなく,感情にどのような影響を与えているのかが考慮されていない点である。その結果,音楽の適合性に関するほとんどの既存研究は,消費者の購買行動が,どのような感情によって引き起こされたのかという一連のプロセスを明示することに失敗している。

第二の課題は,音楽心理学の知見が十分に取り入れられていないことである。音楽心理学分野では,古くから音楽の様々な属性が,人の感情に複雑な影響を与えることが指摘されている。それにもかかわらず,消費者行動研究分野で,音楽の影響を検証する場合,音楽心理学の知見が考慮されることはほとんどない。そこで,次章で,音楽心理学の主要研究を確認することで,将来の研究の方向性を示す。

III. 音楽心理学の「感情」研究

1. 音楽と「感情」の直接的なリンク

音楽心理学分野では,音楽が人間の感情に与える影響について,いくつかの一貫した知見が蓄積されている。たとえば,長調は明るく楽しい印象を与えるのに対し,短調は暗く悲しい印象を与える。高いピッチは優美な印象を与えるのに対して,低いピッチは悲しい印象を与える。そして,中程度以上の音量と速いテンポの音楽は,「喜び」と関連しているが,小さい音量と遅いテンポの音楽は,「悲しみ」に関連している(Yamazaki, 2009)。

Yang and Miyatani(2015)は,音楽と色彩の相互作用効果が,気分や印象に与える影響について検証を行った。その結果,ポジティブな感情を引き起こす音楽と一致している色彩の組み合わせは,音楽のポジティブな効果を促進させるのに対して,適切でない色彩は音楽の効果を抑制することが報告された。それに対して,ネガティブな感情を引き起こす音楽と一致しない色彩は,適している色彩より,音楽のネガティブな効果をより強く促進させた。同研究の結果は,音楽と色彩の適合性が人の感情に線形ではない複雑な影響を与える可能性を示唆している。

次に,発達心理学分野の興味深い音楽研究として,Dalla, Peretz, Rousseau, and Gosselin(2001)を取り上げる。同研究は,子どもと大人が音楽を幸せ,あるいは悲しいと判断する要因が同一であるかどうかを検証した。その結果,大人と6–8歳の子どもは,幸せ/悲しいと判断する時に,音楽のテンポと調性に影響を受けていたが,5歳児はテンポのみに影響を受けていた。それに対して,3–4歳の子供は,音楽の音色から幸せ/悲しみを区別することはできなかった。同研究の結果は,音楽から伝えられる感情を判断するために,調性よりも早く,テンポが学習されることを示唆している。

2. BGMとしての音楽が「感情」に与える影響

前節では,意識して音楽を聞いた場合に,人の感情がどのような影響を受けるのかを検証した既存研究を取り上げた。本節では,音楽を意識していない,すなわちBGMとして音楽が操作された既存研究を整理する(e.g., Khalfa, Roy, Rainville, Dalla Bella, & Peretz, 2008)。

BGMと運動パフォーマンスの関係を検証したEdgeworthy and Waring(2006)は,音楽のテンポは走るスピードと覚醒に強い影響を与えるが,音量は影響を与えないことを指摘した。また,大きい音量と速いテンポが組み合わされた条件でのみ,参加者の走るスピードと覚醒が,極めて高くなっていた。同研究は,音楽の音量ではなく,テンポが覚醒に非常に大きな影響を与えていること,そして,速いテンポと大きい音量の組み合わせが,運動パフォーマンスと覚醒に非常に強い影響を与える可能性を明らかにした点が優れている。

次に,非常に示唆に富んだ研究として,Husain, Thompson, and Schellenberg(2002)を取り上げる。同研究は,音楽のテンポと調性の操作が,感情(ポジティブ感情・覚醒)にどのような影響を与えているのかを検証した。その結果,音楽のテンポは,覚醒に影響を与えたが,ポジティブ感情には影響を与えなかった。一方,音楽の調性は,ポジティブ感情に影響を与えたが,覚醒には影響を与えなかった。同研究の結果は,それまでの既存研究とは全く異なる知見であり,音楽のテンポと調性の影響を分離させた点が,非常に大きな貢献である。

IV. 結び

これまでに,聴覚刺激が消費者行動に与える影響について,様々な既存研究を類似の研究ごとに分類し,整理した。さらに,聴覚刺激が「感情」と「認知」に与える影響についても,音楽心理学の既存研究を交えて,多彩に取り上げた。その結果,聴覚刺激が消費者行動に与える直接的な影響だけでなく,介在変数を組み込むことの意義と,聴覚刺激と様々な環境要因の「適合性」を考慮することの重要性を示した。しかし,消費者行動研究分野における,聴覚刺激研究には,今後議論すべきいくつかの課題が残されている。そこで,本稿の結びとして,聴覚刺激研究の大きな課題と,将来の展望について述べていきたい。

第一の課題として,音楽心理学の知見に対する理解が不十分であることが挙げられる。消費者行動研究分野の既存研究は,音量やテンポなどの個々の影響が区別されることがほとんどないため,それらの影響が混合されている可能性が高い。音楽心理学の知見を取り入れることで,音楽のどの属性が,消費者の感情や覚醒に影響を与えているのか,あるいはそれらを介在することなく,直接的に行動に影響を与えているのかを,特定することが可能になるだろう。

第二の課題として,音楽と様々な環境要因との適合性を検証する際に,多くの既存研究が,消費者の認知的な側面からその影響を解釈しようとしている点が挙げられる。たとえば,音楽によって購買金額が増加したという結果が同じであっても,そのメカニズムの構造が異なっていた場合,長期的な視点での購買に対する満足度や製品評価に,異なった影響を与える可能性がある。将来的な研究では,認知的な側面と,感情的な側面の両方の尺度を用いて,音楽が消費者行動に与える影響を測定することで,聴覚刺激と様々な環境要因との適合性が引き起こすより複雑な購買行動を,正確に予測することが可能になるだろう。

1)  Sunaga(2018)は,視覚と聴覚の適合性についてなど多くのStudyを行っているが,ここでは本稿と関係するStudy2, 3A, 3Bのみを取り上げる。

芝田 有希(しばた ゆき)

関西学院大学商学部卒業。現在,関西学院大学商学研究科博士課程後期課程に在学中。専攻はマーケティング。

References
 
© 2020 The Author(s).
feedback
Top