Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Marketing Case
Designing Interaction between Service Experience and Organizational Culture:
Case of the Luxury Hotel “Halekulani” by Mitsui Fudosan Co., Ltd.
Kazuyo Ando
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2020 Volume 40 Issue 1 Pages 96-106

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Abstract

かつてハレクラニは,大衆的なバンガローホテルであった。およそ35年前に三井不動産株式会社のもとで再開業した際,その名前が意味する「天国にふさわしい館」に適したサービスを提供するラグジュアリーホテルとなることを目標にした。今日では高い評価を得ているハレクラニの高品質なサービスについて,サーバクションフレームワークに沿って分析し,物的な環境,サービス提供のプロセス,参加者の視点で考察した。また顧客が受け取る「サービス便益の束」を分解し,「コンティンジェントサービス」や「潜在的サービス」を提供するための工夫について確認した。顧客が体験するサービス経験をプロセスとして設計することに加えて,そうしたプロセスに,組織が共有する価値観を浸透させることの重要性を,同社の成功事例を通して浮かび上がらせる。

Translated Abstract

Halekulani was once a popular bungalow hotel. About 35 years ago, when Mitsui Fudosan Co., Ltd. reopened Halekulani, the goal was for it to become a luxury hotel providing services suitable for a “house befitting heaven”, as its name means. This paper analyze the Halekulani’s high quality service along the servuction framework and considering from the viewpoint of the following elements: physical environment, process of service assembly, and participants. In addition, we disassembled the “bundle of service benefit” received by a customer, and confirmed how to provide “contingent services” and “potential services”. This case study emphasizes the importance of designing the service experience processes as well as penetrating the shared values of the organization into these processes.

ハレクラニ

出典:三井不動産株式会社提供

I. はじめに

2018年に日本を訪れた外国人観光客の数は3,000万人を超え,延べ宿泊者数は5億3,800万人を記録した(前年比+5.6%)1)。観光客の増加に伴い宿泊施設の稼働率も上昇し,同じ基準で調査が開始された2010年以降で最高値となった。

政府は訪日観光客数を2020年までに4,000万人,2030年までに6,000万人にするという目標を掲げている。2019年から2020年にかけて政治的な要因や自然災害,感染性疾患の拡大の影響を受けて先行き不透明な状況ではあるが,観光関連産業を日本の基幹産業の一つとするべく官民一体となった取り組みが続いている2)

三井不動産株式会社(以下,三井不動産)は,2018年5月に発表したグループ長期経営方針「VISION2025」3)でホテル・リゾート事業の強化を目標の1つにあげている。具体的には2020年までに運営客室数10,000室を達成する見込みとしている。改めて言うまでもなく訪日外国人の増加や東京オリンピック・パラリンピックの開催,日本人高齢者増加に伴う需要の拡大を想定した対応であることは容易に推測できる。

三井不動産といえば都市開発の会社であり,オフィスビル,商業施設,住宅・マンションのデベロッパーとしてのイメージが強い。しかしホテル・リゾート開発においても実績を有している。主たるホテルである「三井ガーデンホテルズ」事業では全国に28施設を展開している。新たに3施設の建設が計画されている(2020年1月末時点)。加えて「ザセレスティンホテルズ」を東京と京都に3施設,リゾート事業として三重県志摩市「NEMU RESORT」と「AMANEMU」,三重県鳥羽市「鳥羽国際ホテル」,沖縄県八重山郡竹富町「はいむるぶし」,沖縄県国頭郡恩納村に「ハレクラニ沖縄」を運営している。

新たなホテル事業として「sequence」を東京2施設,京都1施設で展開することや,グループ最高級のフラッグシップホテル「HOTEL THE MITSUI KYOTO」の京都市内での開業を発表している。

本稿では三井不動産の海外リゾート事業である「ハレクラニ」に注目する。ホテルを専業とする企業ではない三井不動産が,グローバルブランドが多くを占める高価格帯ホテル市場においてどのようにして今日の地位を築いたのか。独立系ホテルとしてサービス開発をどのように進めてきたのか。設立当初より長年の間ハレクラニのサービス開発に関わってきた元ゼネラルマネージャーのパトリシア・タム氏の取材記事や広報資料,ならびに2019年3月までの5年間を現地に赴任していた三井不動産中村浩康氏への取材,旅行ウェブサイトに寄せられた顧客のコメントの分析を通してハレクラニの成功の要因を考察し解説する。

II. ハレクラニ

1. ハレクラニの歴史4)

私たちがハワイと聞いて最初に映像が浮かぶワイキキビーチは,かつては湿地帯であった。「淡水の泉」を意味するその地は,十九世紀末までハワイ王族の保養地として活用され,当時から癒しの場所として親しまれてきた。

ハレクラニはワイキキビーチに面して建っているが,三井不動産の手に渡る以前からその場所では複数の所有者によって異なるタイプの宿泊施設が営まれてきた。そして「天国にふさわしい館」を意味する「ハレクラニ」と呼ばれつづけてきた。

その始まりはロバート・ルワーズが現在の場所に2階建ての家を建てた1883年である。当時,この地域の漁師は頻繁に家の前までカヌーを運び休憩をとっていた。そうした行為を咎めることなくルワーズ家の人々は彼らを快く迎え入れた。そうしたことから地元の人たちはこの場所をハレクラニと呼ぶようになった。その後の1907年,ビーチフロントの家に5棟のバンガローを建て増ししルワーズ家は住宅ホテルをスタートさせた。

「ハレクラニ」の名で宿泊業を始めたのは1917年にルワーズ家から住宅ホテルを買い取ったキンボール家であった。彼らによって拡張されたリゾートホテルは1962年にオレゴンで材木業を経営するクラップ家に引き継がれた。42棟のバンガローを有するリゾート施設として主として米国本島の幅広い人々に親しまれていた。

2. 三井不動産とハレクラニ

1980年頃クラップ家は大規模な再開発計画に着手していた。しかし,再開発計画案を含むハレクラニの土地・建物が売りに出されることになり,その情報は三井不動産の米国支店にも届いた。取得の是非が本社経営会議で議論されることとなる。

現在,三井不動産は海外事業を拡大させようとしている。2019年3月期の営業利益2,621億円のうち約20%を海外事業で生み出しているが,長期計画では2025年前後の連結営業利益目標3,500億円のうちおよそ30%を海外事業で生みだすことを目指している。

しかし1980年当時,三井不動産が取り扱う海外事業はシンガポールでの住宅販売やロスアンジェルスのエリア開発などに限られていた。現在と比べると海外事業が格段に小規模であったため,ハワイでのラグジュアリーホテル投資は社内で議論を呼んだが,当時の社長である坪井東氏は物件の希少性を高く評価しており,最終的には購入にいたった。

1981年に物件購入,クラップ家から譲り受けた再開発案に含まれていたホテルの設計図をベースに大規模な建て替えを行い,1984年4月に三井不動産の手による新生ハレクラニがグランドオープンした。その後の事業運営はハワイ州ホノルル市に拠点を置く子会社ハレクラニ・コーポレーションが担っている。次節ではハレクラニの基本情報について整理する。

3. ハレクラニの基本情報と特徴

ワイキキのビーチはダイヤモンドヘッドに向かって長く続き,海岸に面して数多くのホテルが建っている印象がある。しかしワイキキビーチに面しているホテルはわずか6施設にすぎない。そのうちの1軒がハレクラニである。

約2万平方米の敷地に建てられた5棟の建物に453の客室を有する。平均宿泊数は4泊,1日100件のチェックインがある。宿泊客の内訳は,日本人が最も多く約半数を占めている。次に米国,カナダ,豪州と続く。

館内には5つのレストランやバーがあり,フレンチやハワイアンの料理と飲み物を楽しむことができる。他所と比較してハレクラニの前のビーチは狭く海までの距離が近い。海にせり出した場所にレストランやプールが配置されているため,ホテルにいながらビーチを楽しむことができる。

滞在期間中に観光やアトラクションなどホテル外に出かけることなく大半の時間をホテルで過ごす客も少なくない。またリピーターが多いこともハレクラニの特徴である。赴任間もない頃,中村氏は到着客との会話から彼らが100回目の訪問であることを知った。それをスタッフに伝えお礼をしてはどうかと提案したところ「100回以上,利用してくださっているお客様はたくさんいらっしゃるので」と返された。開業から35年の間に100回以上滞在するリピーターが珍しくないことを知り驚いたという。

室料は,スタンダードルームでは$525から$1,050,スィートルームでは$720から用意されており,例えばハレクラニスィートの1ベッドルームで$6,000,2ベッドルームで$8,000となっている。

旅行代理店を通じた販売,電話やホームページを通じた直接予約に加えて,ハレクラニは資本関係のある帝国ホテルと2009年から予約関連業務について提携している。高額商品であることや主な購買層が中高年層であることから関心を持つ顧客からの電話問い合わせが多く,その際の対応の巧拙が予約に大きな影響を及ぼす。電話を通じた人的販売は顧客獲得のための重要な要素であると考えている。他方でその他の積極的な広告は行っていない。旅行会社への情報提供やマスメディアの取材対応などの広報活動を通してホテルの魅力を伝えている。

同社が顧客を対象に行った調査でハレクラニを知るきっかけを尋ねたところ,約半数の人が友人・知人のクチコミと回答した。良いサービスを提供し顧客満足を高めること,その結果彼らの好ましいクチコミが自然発生することが最大の販売促進になると考えている。

III. ハレクラニの評価

1. ホテル格付けやランキング

ハレクラニは新聞や旅行誌,関連団体から高く評価されてきた。2019年に限って見ても,アメリカ自動車協会の“フォーダイヤモンドホテルアワード”,フォーブス・トラベルガイドの“フォースターホテルアワード”を受賞した。CBS News New Yorkから“アメリカで最もロマンティックなホテル”に,CNNから“アメリカで最もロマンティックな旅先”に選ばれた。

専門誌においても表彰されている。建築雑誌Architecture Digestでは米国の優れたデザインホテル20のうちの1つに,ブライダル雑誌Bridesではハネムーンの旅先ベスト15の1つに選ばれた。

2. 旅行ウェブサイトのコメント分析

利用客の評価を確認するため,代表的な旅行サイトであるトリップアドバイザーに書き込まれた利用客のコメントを分析した5)。分析時点(2019年8月)までに寄せられたコメント2,935件の5段階評価(星の数)の平均は4.5であった。項目ごとの評価(任意)では立地,清潔感,サービスの平均が4.5,価格が4.0と高かった。

次に過去2年間のコメント106件の見出しに注目した6)。最も多く出現した言葉は「ホテル・ハレクラニ」で26人が用いていた。ではどのようなホテルだと表現しているのか。一緒に使われている言葉には,「(最)高級,ラグジュアリー,リッチ」といったグレードを表す言葉や「最高,快適,ストレスなく過ごせる」といった評価,「憧れ,大好き,ハレクラニラブ」といった情緒的ロイヤルティ,「静か,大人,女性向け」といった特徴を示す言葉が見られた。

2番目に多く出現した言葉は「最高,エクセレント,素晴らしい」といった評価を示す言葉で24人が用いていた。高い評価は「1週間,ひと時,時間」あるいは「滞在,快適に過ごせて」などホテルで過ごす時間や空間に向けられた。「過ごす」という言葉を5人が用いており,「最高の一週間を過ごせました」「ゆったりとした時間が過ごせる」「ストレスなく過ごせる」と表現した。高い評価はホスピタリティやサービスにも向けられていた。それは「ホスピタリティ溢れるホテル」などといったコメントからわかる。

3番目に多く出現する言葉は「ハワイ,ワイキキ」(10人)で,「ハワイらしさ溢れる」「華やかさより温かみのあるハワイらしさ」といった表現であった。

3. ハレクラニの理念

顧客はハレクラニで過ごす時間や空間の快適さ,ホスピタリティの品質を高く評価し,温かみのあるハワイらしいホテルであることに魅力を感じていた。それはハレクラニが理想とした姿と一致する。

三井不動産のもとで開業したハレクラニでは大衆的なバンガローホテルからラグジュアリーホテルへの転換が目指された。タム氏は開業当時を振り返り,周囲の冷ややかな反応を回顧する。「私たちがラグジュアリーホテルを実現させられるなんて誰も思っていなかった」。

そのような状況下で最初に取り組んだことはワイキキらしいラグジュアリーホテルのサービスを再定義することであった。そして「私たちの名前「天国にふさわしい館」こそ,ゲストとの約束」であることを再認識した。提供すべきは「ゲストが天国のようなハワイでの時間を家で過ごすように安心して満喫できるようなサービス」と明確化し,ホテルメンバーで共有された。

では高品質なサービスやハワイらしさ,ハレクラニらしさはどのように生まれているのだろうか。サービスマーケティングの研究知見に照らして分析する。

IV. サービス要素の分析

1. 分析の理論的枠組み

提供されたサービスを顧客はどのように評価するのか。Langeard, Bateson, Lovelock, and Eiglier(1981)が提唱した「サーバクション(servuction)・フレームワーク」を用いて考察する(図1)。この名前はService productionを短縮した造語である。顧客のサービス経験を構造化し図示したもので,その特性がわかりやすく示されている。

図1

サーバクション・フレームワーク

出典:Langeard, Bateson, Lovelock, and Eiglier(1981)

この枠組みからわかることの1つは,サービス製品を利用する顧客は一種類のサービスだけでなく複数のサービスを組み合わせた「サービス便益の束」を受け取っているということである。企業は束として認識され評価されるサービス便益を分解し,それぞれを適切に管理する必要がある。

サービスマーケティングではその内容からコアサービス,サブサービス,コンティンジェントサービス,潜在的サービスの4つに分類する(Kondo, 2007)。ホテルサービスを例にあげるならば,顧客は宿泊場所の確保を主目的としてホテルサービスを利用する。したがって快適な部屋や清潔なバスルームの提供を求めている。同時に顧客はホテルでの滞在時間をより豊かなものにするための副次的なサービスの提供を受ける。例えばレストランやバー,エンターテインメント施設が提供するサービスである。前者に記した中心的なサービスはコアサービス,後者に記した副次的なサービスはサブサービスと呼ばれる。

これらに加えて定常業務外の偶発的な対応や緊急的な対応を指すコンティンジェントサービスと企業があらかじめ想定していたものではないが顧客自身がサービスの効用を見出す潜在的サービスがある。前者の例には災害発生時やゲストが急病に罹った時などに臨機応変に提供されるサービスがあげられる。後者の例には,利用者は高級ホテルに宿泊する価値を自己顕示欲求を充たせることに見出している場合があるが,そうしたことを指す。

コアサービスやサブサービスを充実させるのは当然のことながら,状況に応じて柔軟に提供されるコンティンジェントサービスや,企業の想定を超えた顧客ニーズを理解することで実現する潜在的サービスの開発がサービス評価を分けるポイントとなる。

さらにこの枠組みからサービス提供場面を構成する要素が明らかになる。まずは「サービスを受ける顧客」と「顧客接点の従業員」「物的な環境」といった目に見える要素である。サービスの品質を高めるためにはこれらの要素を適切にマネジメントすることが求められるが,加えてサービス提供場面に同時に居合わせる「他の顧客」のマネジメントも忘れてはいけない。円滑なサービス提供を陰で支える「目には見えない組織やシステム」の構築が重要であることもわかる。次節では,この枠組みで示される「物的な環境physical evidence」「システム化されたサービス提供プロセスprocess of service assembly」「人participants」の要素ごとに,ハレクラニの優位性をみていこう(Fisk, Grove, & John, 2004)。

2. Physical Evidence

(1) 物的な環境

ある顧客は前述のウェブサイトに「ホテルに滞在しているだけでゆったりとリラックスでき(略)癒されます。(略)このホテルの独特の雰囲気です」と書いている。こうした雰囲気はどこから生まれるのだろうか。一つは建物の設計の巧みさにある。

ハレクラニの設計は1960年から70年代に多くのリゾートホテルを設計し高く評価されているエドワード・キリングスワースによるものだ。特徴は建物の形状にある。E字型をしており海に向かって手を伸ばすように建てられている。背側に入り口を配することでホテルの敷地を外部から隔絶する役割を建物が果たしている。その結果400を超える客室があるにも関わらず親密で落ち着いた雰囲気の空間を実現させている。

同時に非宿泊者が入りづらい空気を作り出す効果もあるようで「こちらは部外者もおらず(略)落ち着けます」。または「高級感というより安心感といった印象」と表現する顧客もいる。コンセプトである「家」にふさわしい安心感や癒しを生み出す役割を建物の設計が果たしているようだ。

ハレクラニらしさを醸し出す物的環境には,敷地内の樹木や草花が含まれる。ハレクラニにとって花は不可欠なものと位置づけられており,ロビー,レストラン,客室のアレンジメントから結婚式で身につけるレイの作成まで専任のチームで賄っている。

106名中7名が館内の生花についてコメントしている。「おだやかな,甘いお花の香りがする空気が流れている」,「生花や(略)ほのかな潮の香り,そうした自然の要素を通してハワイにいることを感じる」とある。

また土地に残る文化や伝統を継承することがハワイらしさの醸成につながっている。例えばこの地に吹く貿易風を考慮して作られた甲高の「ディッキールーフ」7)はハワイ特有の建築手法であるが,現在もホテルの建物に残している(図2)。

図2

E字型の建物とディッキールーフ

出典:三井不動産株式会社提供

敷地の四隅にはポリネシア人によって島に持ち込まれたティ(Ti)が生い茂る。彼らはティを,神力を持つ植物とみなしていた。ハワイ先住民もそれに倣い悪霊を払うためにレイにして身に着けたり,家の周りでティを育てたりしてきた。地元に根差した文化や習慣を継承することで宿泊客にハワイらしさを伝えている。

(2) レガシー・ツアーの実施

旅先に伝わる文化や習慣について知ることは旅行の楽しみの一つである。同様にホテルの歴史や名前の由来,歴史的な事件,施設にまつわる美しい物語を知ることで滞在客のホテルへの関心は深まることだろう。

ハレクラニではハワイやホテルの歴史と文化を紹介するレガシー・ツアーを毎週火曜日と土曜日の二回,無料で実施している。案内役はスパハレクラニでマッサージセラピストとして働くヒイナニ・パパパ・ブレイクスリィー氏(以下,ヒイナニ)である。ツアーを通して参加者は,例えば米国人推理作家アール・デア・ビガーズの6作品に登場する刑事チャーリー・チャンの誕生秘話やレストラン「ハウス・ウィズアウト・ア・キー」はシリーズ第1作の舞台でありタイトルになっていることを知らされる。説明を聞いたゲストの目に映るレストランの風景はそれ以前とは違ったものになるだろう。ハワイやハレクラニの歴史や文化をゲストに伝えることで,ホテル滞在をより豊かなものとするサブサービスを提供している8)

ツアー参加者にはホノルルやハレクラニと深い縁を持つ人が含まれる。例えば作家ビガーズやハレクラニ元所有者の子孫あるいは関係者である。彼らはこのツアーに参加することで家族や友人を偲んだり,彼らとの絆を確認したりするかもしれない。企画者の想定を超えた価値をツアーに見出しているならば,ツアーはゲストに潜在的サービスを提供する場となっているだろう。ハレクラが提供する「サービス便益の束」を構成するサービスとして決して小さくない便益を顧客に提供している。

3. Process of Service Assembly

サービス提供場面において物的な環境が適切に設計され機能することで顧客は人としてきちんと扱われているという安心感につつまれる。しかしそれだけでは不十分だとFrei and Morriss(2012)は指摘する。サービス提供のシステムが機能するためには「人と人との関わり合いが欠かせない(p. 206)」と論じている。

サービス提供に関連する人々にはサービスを受ける顧客とサービス提供場面に同時に居合わせる他の顧客,顧客接点の従業員,円滑なサービス提供を陰で支える目には見えない組織やシステムにかかわる従業員が含まれる。彼らが交流し関わり合いを持つ機会をどのように創出しマネジメントすればよいのだろうか。

ハレクラニでは偶発的に発生する人と人との接点を恒例のイベントとすることでマネジメントしている。そのイベントではハワイ,家,家族を実感する場となるよう設計されている。

(1) マネジャーズレセプション

毎週水曜日の午後5時30分,ホテルに滞在する顧客はゼネラルマネージャーが主催するレセプションに招待される。ゲストがスタッフや他のゲストに出会う機会を創るために1984年に始めたところ,参加者の反応が良かったため恒例の行事となった。

ワイキキビーチやダイヤモンドヘッドの景色を楽しむことができる会場で,ゲストは無料のドリンクと前菜を楽しみながらリラックスした時間を過ごす。そしてハレクラニで待つスタッフとの再会を喜び,近況を報告しあう。顧客らが「オハナ(ハワイ語で家族)」を実感するプロセスとして機能している。他の顧客との交流をとおしてハレクラニ家族がさらに増えるといった楽しみもある。家族が増えることは再訪の欲求を高めるに違いない。

このレセプションはゲストだけではなくスタッフにとってもオハナを実感する機会となる。「数十年にわたって私たちと一緒に時間を過ごしてきたゲストの子供たちや孫たちに会うことがあります。そのような時間こそがハレクラニでの滞在を豊かなものにしている」とタム氏は語る。

(2) ハート・オブ・ハウスツアー

ハレクラニで働く従業員の多くは,円滑なサービス提供を陰で支える組織やシステムに関わっており宿泊客の目に触れることはない。しかしハート・オブ・ハウスツアーを通してゲストとハレクラニの舞台裏で働く人々とが接点を持つ。このツアーはおよそ35年前から実施されている。参加を希望するゲストは,毎週金曜日の午前10時にコンシェルジュデスクに集合する。その後,最古参のメルバ・デメロ氏(以下,メルバ)の案内でバックヤードを約1時間かけて探索する(図3)。

図3

メルバが案内する「ハート・オブ・ハウスツアー」

出典:三井不動産株式会社提供

テーマパークのような派手な演出はないものの大量のシーツやタオルを洗濯するマシンの巨大さや洗濯・乾燥・アイロンの無駄のない流れ作業にゲストは驚く。ベーカリーショップでは材料や調理器具のスケールの大きさと出来上がりのケーキやパンの繊細さ,そのギャップにため息をつく。フラワーショップを訪れることで館内に漂うさりげない香りの正体を認識し,毎晩ゲストに届くカードのメッセージは色番号「Pantone 549」のインクで必ず書かれていることを知り,ハレクラニらしさはメッセージカードのインクの色でも表現されていることを発見する。ツアーを通してゲストはハレクラニ基準のサービスを提供するために目に見えないところで努力する人々の存在や体系化された仕組みを理解する。

物置,スタッフ用のカフェテリア,宴会場,ゲストの希望があればそれ以外の場所にも案内される。例えば,あるゲストは経理部門で働いているのでハレクラニの経理担当者に会うことを希望したため,経理部のオフィスがツアーに組み入れられた。こうしたゲストらの突然の訪問をスタッフたちは歓迎する。「なぜなら私たちがハレクラニで働いている理由は,ゲストのみなさんをおもてなしするためだから」とメルバは言う。

このツアーは顧客と従業員をつなぐ場になると同時に,従業員間の良好な関係構築に役立っているだろう。なぜなら他の従業員の仕事内容や技量,サービスに対する考えや努力について,ゲストに向けられる言葉やその姿を通して知ることができる。互いを理解し尊重しあうことで従業員間の絆は深まることだろう。

4. Participants

(1) 人事選考と組織文化

ゲストとの約束「家族のようにゲストをもてなす」を果たせるか否かの鍵を握るのは従業員であることを経営陣は理解していた。そのために高度で画一的なサービスを徹底的に教育するといった方法を選択せず,ハレクラニの理念を理解し行動に移せる従業員を採用することに注力した。「私たちはスタッフに(理想とするサービス提供の)方法を決して教えませんでした。彼らが正しいと思うことを行動する自由を与えました」とタム氏は述べている。

理念に適合する資質を有している人物を採用するといった人事選考を,優れたサービスで知られる複数の企業が採用している。例えば「困ったときに周囲の助けを得られる人:サウスウエスト航空」「普通の状態でほほ笑んでいるスマイル遺伝子を持つ人:コマースバンク」「謙虚さ:ザッポス」などである(Frei & Morriss, 2012)。

「家族のようにゲストをもてなす」といった理念に共感する人材を求めることは難しいことではないのかもしれない。「発達心理学者によると見知らぬ人を助けようとする傾向は早くも生後18か月ごろには見られる(p8)」。他人に奉仕したいというのは人間の基本的な性質であるにも関わらず良質なサービスが実現しないのは,サービス内容,コスト構造,マネジメントシステム,企業文化が適切に構築できていないからだとFreiらは指摘する。

素晴らしいサービスは素晴らしいサービスパーソンを引き寄せるようだ。「空港に向かっているゲストの部屋に時計の置き忘れがあることに気づいたスタッフは,タクシー会社と連絡をとり,空港まで時計を届けたと聞いた」「ハレクラニで食事を楽しんだ翌週に再び同じレストランを訪れたところ,名前を添えて「おかえりなさいませ」と挨拶された」。ダイレクター オブ レベニュー マネジメント担当のジュリー・ガルベス氏とコンシェルジュのフランク・ヘルナンデス氏がハレクラニへの入社を決断した瞬間である。

(2) 権限委譲

前述のウェブサイトには,期待を超えたサービスについて語られている。例えば年老いた母が熱を出し救急車で病院に搬送されたときのスタッフの迅速で丁寧な対応に感動した。午前3時半にホテルに戻ってきた私たちを笑顔で出迎えてくれるなど不安な私に寄り添ってくれた,という記述や,隣のホテルに移るとき,荷物が多いのでタクシーを呼んで欲しいと依頼したところ,必要ないと言って自ら荷物を持ち会話をしながら一緒についてきてくれた,というものである。

期待を超えるサービスを顧客に提供するためには従業員の高い能力や意志が必要であることはいうまでもないが(Berry, 1988),顧客のニーズや期待を理解し最適な対応策を考え実行することのできる接客担当の従業員に,自らの判断で職務遂行できるよう権限委譲しておくことが肝要である(Bowen & Lawler, 1992)。また従業員が自分の仕事への忠誠心や満足を有していなければできることではない(Heskett, Jones, Loveman, Sasser, & Schlesinger, 1994)。

(3) 従業員満足

里帰りするようにハレクラニを訪れるゲストは同じ従業員がいつでも暖かく迎え入れてくれることを期待するだろう。「天国にふさわしい館」を実現するためにはゲストを家族としてもてなすだけでは片手落ちであることは言うまでもない。従業員自身がハレクラニの家族の一員であると実感し,家族でありたいと思い続けることが必要である。

ハレクラニのホームページには従業員を紹介するコラム「Meet the family」が連載されている。従業員を家族と呼ぶ言葉の選択や誇らしげに紹介するといった姿勢から,ホテルの理念が組織に根づいていることがうかがい知れる。

1人の従業員に焦点をあてて彼/彼女の仕事内容や仕事に対する思い,人柄,経歴が紹介されている。ゲストをもてなしゲストに喜んでいただくことで得られる喜びやホテルに対する思いについて,飾らない言葉で綴られている。

レガシー・ツアーを担当するヒイナニ氏は「ハレクラニが大好きです。あなたがここにいるときあなたは私たちの家族です。(略)私たちの歓迎の気持ちを感じていてくれていることを願っています」と述べている。エグゼクティブハウスキーパーのオードリー・ゴー氏は「何年先であっても私はここにいます。ここにいる人々は家族です(略)」,ダイレクター オブ レベニュー マネジメント担当のジュリー・ガルベス氏は「長く勤めるスタッフが多いことに驚かされる。ゲストも同じ。第2・第3世代のゲストがホテルを訪れる。彼らは私たちを知っているし,私たちも彼らや彼らの家族を知っている。ここで働くことができて幸せ」。

従業員満足は給与や昇進などの待遇面,職場環境,他の従業員との人間関係,上司からの期待といった要因により決まることが指摘されてきたが,特にサービス従業員にとっては顧客との絆や達成感が大きく影響する(Fisk et al., 2004)。

V. おわりに

本ケースではラグジュアリーホテル ハレクラニのサービス経験を,サーバクション・フレームワークを用いて分析した。そして顧客から高く評価されているサービスを支える要因とサービスの設計について考察した。具体的には「物的な環境」を通してサービス製品の性質を明確に表現し伝えていることを確認した。加えてホテルサービスに関わる多様なタイプの顧客と従業員との関わり合いを深めるためのイベントを運営し,偶発的な参加者の接触を安定的で継続的なものにしている。イベント化することでその手段や流れが明確となりプロセスを管理することが可能になっていることもわかった。これらはハレクラニのサービスの一端を示したに過ぎないだろう。

サービスの設計を巧みに行っていることを述べたが,もう1つの重要な要素は組織の文化であるとFrei and Morriss(2012)は指摘する。「サービスモデルを企業文化の中に根づかせ,つねに企業文化がサービスモデルを補強する仕組みを築くことを忘れてはいけない」。なぜならサービス業では企業文化がスタッフの判断や顧客体験に及ぼす影響が大きいからである。「企業文化は一人ひとりの意思決定の基準となり,組織の中のあらゆる行動の土台となる。文化は人がどう行動すべきかだけではなくどう考えるべきかも指し示すものだから」である。

ここでいう企業文化とは何を指しているのか。組織の慣習に基づくガイドラインで構成され,組織の発展プロセスの中で作られる(Hofstede, Hofstede, & Minkov, 2010)。そして「暗黙に共有された認知・行動様式」(Nonaka & Numagami, 1986)」として根付くものである。「組織体の構成員に共有されている価値,規範,信念(Kagono, 1982)」として定義づけられている9)

ハレクラニの場合,「ホテルの名前である「天国にふさわしい館」に見合うサービスを提供する」という創業以来の価値観がある。またハレクラニの歴史から理解される信念や,サービス提供の実績に裏付けられた行動規範がある。それらが従業員やゲスト,広く社会に共有されハレクラニの豊かな文化が築かれてきた。「卓越したサービス=設計×文化(Frei & Morriss, 2012)」,この方程式を本稿のまとめとしたい。

謝辞

本稿の作成にあたっては三井不動産株式会社 海外事業本部 業務推進室 グローバルガバナンスグループ長 中村浩康氏,ハレクラニコーポレーション シニアバイスプレジデント 稲田信行氏ならびにハレクラニ&ハレプナワイキキ アジア担当PRマネジャー 大久村亜希氏にご協力いただいた。ここに記して心より感謝申し上げたい。

6)  KH Coderを用いて分析を行った。Higuchi(2018)を参照。

7)  ハワイの伝説的な建築家 チャールズ・ウィリアム・ディッキーの商標である。

8)  ヒイナニ氏の取り組みが地元観光業の振興に寄与したと評価され,2013年にワイキキ改善協会からジョージS.カナヘレ賞を授与された。

9)  Ono(2013)のレビューを参照。

安藤 和代(あんどう かずよ)

千葉商科大学サービス創造学部教授。専門は消費者行動,マーケティングコミュニケーション。著書に『消費者購買意思決定とクチコミ行動』,『顧客接点のマーケティング(共著)』(千倉書房),『エネルギー問題のマーケティング的解決(共著)』(朝日出版社)など。

References
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