2020 Volume 40 Issue 2 Pages 7-17
動線調査研究は,RFIDなどの位置情報技術により,新たな研究段階に入ってきている。本稿では,新しい位置情報システムであるQuuppaを用い,ある店舗での消費者の動線を70日間集めた。そしてその動線データと当該店舗のFSPデータと結び付け,消費者の当該店舗との関係性が動線長に与える影響と,動線長そのものを説明する要因を探った。その結果,店舗のロイヤルユーザーは,それ以外の来店者と比べて,1回の買物の動線長が短く,購買金額も高くないことが示された。また動線長を説明する要因には,週末や年末年始,各売場や通路の滞在時間,そしてロイヤルユーザーフラグが影響することが示された。動線調査を行う際に,消費者の視点を入れることの重要性が明らかになった。
Shopping path research has entered a new stage due to location-based technologies, such as RFID. We used a new location-based system, Quuppa, to study the consumers’ shopping path in a store. The data was collected for 70 days. We then combined the shopping path data with the FSP data from the store to examine the relationship between the consumers and the store. We explored the impact of the relationship on shopping path length and found the factors that explain the shopping path length itself. Compared with non-loyal users, loyal users exhibited a shorter shopping path, shorter time spent, and lower purchase amount for each shopping trip. It was shown that the shopping path was affected by the time spent in each sales zone, the time spent in the aisle, the weekend flag of the week, and the loyalty flag. It became clear that the relationship between the consumers and stores is effective for shopping path research.
スーパーマーケットで客単価を上げていくには,消費者の非計画購買を誘発することが大事だとされてきた。理由は,日本人の消費者は非計画購買率が欧米の実績よりも高く,80%に達するためである(Shimizu, 2004)。非計画購買を増やすためには店内に長い時間滞在し,売場を歩き回ってもらう必要がある。つまり,客単価を上げるには動線長を長くすればいい,ということだ。実務ではこの点が特に強調され,ISM(Instore Merchandising)では動線長を長くして,非計画購買を誘発する施策が提案されてきた。実際,多くの小売店舗で,購買頻度の高い商品を店の奥に配置し,消費者に長い距離を歩かせ,その間に非計画購買を誘発するような店舗レイアウトが作られている。(Van den Bergh, Heuvinck, Schellekens, & Vermeir, 2016)。
しかし,動線長を長くすれば,本当に客単価は上がるのだろうか。消費者行動の理論に従えば,消費者は目的によって行動を変えるので,来店目的によって動線長は変化するだろう。また,CRMの考え方に依拠すれば,普段から当該店舗を利用して,店に慣れている消費者は,店内を歩き回る効率性が高く,一見客とは動線長は違うはずだ。さらに店内や売場の混雑度などの物理的要因で,消費者の動線長が延びないこともあるだろう。そのような,消費者行動の視点や,店舗と顧客の関係性を一切考慮せず,動線長を語るのには疑問がある。
本研究では,まず過去の動線研究の成果と問題点を整理した上で,消費者の動線をデジタルで長期にわたって把握し,FSP(Frequent Shopper Program)データと組み合わせることで,過去の動線調査研究では解明出来なかった,消費者行動研究の知見を加えて分析を行う。動線調査研究の,新しい方向性を示すのが最終的な目的である。
動線調査は1960年代に研究が始まった。大きく分けると,調査員が来店客の動線をトレースしてデータ収集する,いわば「古典的」な研究と,RFID(Radio Frequency IDentifier)や防犯カメラなど,IT機器を用いて来店客の動線を把握する,「近代的」な研究にわかれる。
最初に「古典的」な店内動線調査研究をしたのは,Farleyである。この研究では,消費者の店舗内の売場間の動きを学生が店内レイアウト図にトレースし,そのデータをもとに次の売場に行く確率を,マルコフ連鎖を用いて説明した。通常のマルコフ連鎖に,売場の通過や,売場の魅力などの識別を加えたのがポイントだが,どちらかといえば統計的な分析を主眼とした研究だった(Farley & Ring, 1966)。
消費者視点で動線を捉えた最初の研究は,Granboisの研究である。彼は計画・非計画購買の実態,動線長の長さ(通過した売場の数),動線のパターンを店舗実験から示した。それによると,消費者は計画してない商品購入をしばしばすること,複数人で来店した来店客は非計画購買が多いこと,滞在時間と非計画購買,通過した売場の数と購買数にはそれぞれ関係があること,動線にはいくつかのパターンがあること,など,動線調査研究の意義を,実際の小売店での実験で示した(Granbois, 1968)。
その後,古典的な動線調査は,実務的色彩の強い研究として展開されてきた。1980年代までの研究を,小林は分析主体が顧客視点か店舗視点か,分析に供する方法が量的か質的か,その2つの軸を組み合わせて4つに整理している(Kobayashi, 1989)。顧客視点の定量的分析とは,客単価とその規定要因の関係をみたもの,動線長と計画・非計画購入の関係をみたもの,店舗規模により動線長を説明したもの,などで,顧客視点の定性的分析とは,動線パターンの分類,そのパターンごとの客単価規定要因を比較する研究である。売場視点の定量分析は,その売場の売上を,売場前通化率,入口から売場までの距離,売場面積構成比で説明するもので,売場視点の定性分析は,店舗の定性的なレイアウト属性によって,客通過率を比較する分析である。
これら実務的な研究からは,動線長と非計画購買には関係があること,動線長の長さと客単価にも関係があること,動線にはいくつかのパターンがあることなど,Granboisの研究を追認する示唆の他に,動線パターンごとの客単価の違いや,店舗のレイアウトとの関係など,そこから派生した研究結果もみられる(たとえばWatanabe, 2000)。しかし,海外トップジャーナルでは,動線調査の研究成果は,Granboisの研究以降,ほとんど扱われてこなかった。その最大の理由は,学術研究に耐えうる正確なデータが収集できなかったためである。
古典的な動線調査は,ほぼGranboisの実験手法を踏襲している。具体的には,調査対象店舗で買物客を入店時に無作為に抽出し,買物の購買目的,特に計画購買についてインタビューし,その後,その買物客の店内での動きを別の調査員が追いかけ,買物かごに入れた商品と価格をメモし,最終的なチェックアウトまで確認する,という方法である。この方法は,被験者の店内行動を,インタビュー調査と観察調査という,2つの調査で捉える点がユニークだが,調査員の負荷が大きく,多くのサンプルを集めるにはコストがかかること(Hui, Fader, & Bradlow, 2009),データ収集方法が調査員の能力に依存しており,不正確であること(Hui, Inman, Huang, & Suher, 2013),などの指摘があり,コストの割には,学術研究に耐えうるような正確なデータがとれなかった。
このため,店内の消費者の行動を把握する場合,動線長にかわる変数が,学術研究では用いられてきた。たとえばBellらの研究では,動線長を調査するかわりに店内の滞在時間を測定し,非計画購買と滞在時間には関係があることを示した(Bell, Corsten, & Knox, 2011)。Inmanらの研究では,被験者に事前に計画購買商品をインタビューし,その結果と,レジ通過後のインタビューで,店内の訪問売場数を聞き,比べたところ,非計画購買率と棚の訪問には関係があることが示されている(Inman, Winer, & Ferraro, 2009)。また,最近の渡辺の研究でも,動線長と購買金額との相関は0.32であるのに対して,滞在時間と購買金額との相関は0.46になり,滞在時間の方が,消費者の購買金額との関係は高かった(Watanabe, 2011)。つまり,消費者の非計画購買や購買金額を知ることが目的なら,わざわざコストをかけて,データ精度が低い動線調査をする必要はなく,通過した棚の数や,店の滞在時間で代替できることを,これらの研究は示している。
このように古典的な動線調査は,データの精度の問題から,学術研究には適さなかったが,RFIDや店内カメラなどの新しい技術により,消費者の動線を正確に記述できる「近代的な」方法が開発されてくると,データの精度の問題が解決できたため,トップジャーナルにも動線調査研究が掲載されるようになってきた。その先駆けとなったのが,Larsonらの研究である(Larson, Bradlow, & Fader, 2005)。
彼らの研究では,RFIDによって集められた8,751の動線を,K-medoid法というクラスター分析を用い14に分類した。クラスター分けは,滞在時間と,店内で歩いた距離に占める,6つのゾーン(主通路,中通路,サービスカウンター,コンビニグッズゾーン,キャッシャーゾーン,主通路外周ゾーン)を歩いた距離の割合が用いられた。古典的な動線調査の時代の動線パターン研究は,分析者が目で判断して分類する,主観的な方法だったため,複雑なパターンの識別は難しかったが,この新しい研究では,精度の高いデータが収集できれば,客観的な手法で動線パターンを分類できることを示した。
Huiらは,3週間にわたるRFIDのデータと,顧客の購買履歴データをマッチングし,動線の長さと購買について,タイムプレッシャーと店の混雑度の観点から測定した。それによると,入店してまだ時間に余裕があるタイミングでは,売場をくまなく歩き,多くの商品を購入するが,終盤になると目的買いに変化すること,混んでいる売場には行くが,そこで買物はしないこと,が確かめられた。この研究は,動線長以外に消費者の気持ちが買物には影響することを,近代的データで確かめた研究といえる(Hui, Bradlow, & Fader, 2009)。
来店直後にインタビューをし,その後の動線だけをRFIDで収集した研究もHuiらは行っている。彼らは300人のサンプル対し非計画購買の商品にインタビューし,その後,REIDを装着して買物をしてもらった。それによると,非計画購買と店内回遊の長さには関係があり,具体的には10%距離が伸びると(約140フィート)非計画が16.1%,2.54ドル増えることがわかった(Hui et al., 2013)。
日本での研究では小磯らの研究が挙げられる。RFIDは小型店や通路の狭い日本での分析には向かないため,彼らはRFIDと店内のカメラを併せ,コンビニエンスストアにおいて正確な動線を把握しようとした。それによると,2回の実験で,動線長と購買金額との相関係数はそれぞれ0.44と0.47で,筆者ら曰く,それ程高い関係は見られなかったが,朝は朝食用のパン売場,昼は弁当売場,夜はアルコールとおつまみ売場といった,目的に応じて利用する売場が異なることが明らかにされた(Koiso, Sekine, Takabatake, & Ikumi, 2010)。
同じ新しい動線測定方法でも,GPSを使った研究もある。永井らは,GPSを用いて,ショッピングモール内の動線長と買物行動の関係を探った。それによると購買金額,非計画購買とも,動線長とは有意な相関はなく,動線長と次回購入意向には負の有意な相関があった(Nagai, Onzo, & Ohshima, 2016)。ショッピングモールは買物客ばかりではないため,このような結果になったと考えらえられる。
いずれにしても,新しい技術を用いることで,以前より正確に動線データが入手できるようになったことから,動線調査研究が学術研究として再び脚光を浴びてきたことがわかる。
以上のように,学術研究として今後の展開が期待される動線調査研究だが,注意すべき点がいくつかある。大まかに整理すると,統計的な問題,消費者の問題,それに小売店舗と消費者の関係性の問題である。
まず統計的に問題となるのは,内生性である。内生性は,計量経済学で議論されてきた課題で,回帰分析を行った際に,説明変数と誤差項の間に相関関係がある場合,そこで得られた結果に信頼がおけないことを示す。マーケティングでも,海外のトップジャーナルでは内生性の問題は近年非常にシビアである(Shugan, 2004)。学術研究として動線調査研究を高めていくには,避けては通れない問題といえる。
動線調査における内生性の問題について,Huiらは以下の3点あげている。動線長や非計画購買を説明する,店内外の変数が不足していること,非計画購買を研究する際は,非計画購買と動線長の因果関係が,きっちり考慮されていないこと,そしてRFIDなどを使っても,依然として解決できない測定誤差が残ること,である(Hui et al., 2013)。
1点目の変数の不足の例として,Huiらは,店内プロモーションや店舗の混雑度をあげている。店内プロモーションは動線長ならびに非計画購買を増やす上で重要とされているが,上記でレビューしたように,動線調査が行われた際の店内プロモーションの効果は示されてきていない。またVan Den Berghらによれば,非計画購買を誘発するために,動線を長くするレイアウトをとると,それは店内の混雑を招き,消費者の買物がスムーズに出来なくなり,店全体の売上は増えないとしている(Van Den Bergh et al., 2016)。Zhangらの衣料品店での実験でも,売場が混雑していると立ち止まる効果はあるが,購入には結びつかないことが示されている(Zhang, Li, Burke, & Leykin, 2014)。
2点目の因果関係の例として,Huiらは,消費者が店内を計画してきた商品購入のために歩いていた際に,プロモーションされていた商品を非計画購買しようとそのルートを外れ,その商品を手に取り,元のルートに戻った場合は,動線長が原因で非計画購買したのではなく,非計画購買が原因で動線が長くなったのであり,因果関係が逆になると言及している。つまり,非計画購買と動線長の延長は店内で同時に発生する事象のため,その2つに因果関係を仮定するのは難しい。
3点目の測定誤差の例として,HuiらはRFIDのタグはカートにつけられているため,カートを離れて買物をした行動は把握できないことをあげている。関連して佐藤は,RFIDは,かごやカートに電波発信機をつけているため,それらを携帯しない人の情報はとれないことを指摘している(Sato, 2010)。データ収集技術は飛躍的に高まったが,それでもまだ完全なデータにはなっていないことを示している。
内生性に起因する問題の他に,店で買物をするのが消費者である以上,その消費者に関する変数も考慮する必要がある。Parkらは,その店に精通して店内のレイアウトを熟知しているかどうかと,時間制約があるかどうかで,購入金額と非計画購買が変わることを示した。具体的には,非計画購買は,その店に精通してなく,かつ,時間制約がない時に多くなるが,全体の購入金額は,その店に精通していて,時間制約がない時に多くなることを明らかにした(Park, Iyer, & Smith, 1989)。Kahnらは,自分が好みの店舗かどうか,という店舗の要因と,その買物は普段の買物か,それとも足りないものを補充するための買物か,の買物目的の要因の,2つの要因を組み合わせ,店内プロモーションの効果が,それぞれで異なることを示した。具体的には,好みの店舗での普段の買物,および好まない店舗での補充の買物は,好まない店舗での普段の買物,および好みの店舗での補充の買物に比べて,店内プロモーションの効果が低いという結果である(Kahn & Schmittlein, 1992)。つまり,消費者の買物目的と,その店の好みや精通性により店内行動は影響されるのである。
さらに,小売店舗で買物する消費者を対象としているにもかかわらず,その小売店舗と消費者の関係性を考慮した動線調査研究は皆無である。石淵は,動線長が延び非計画購買が増加することが,長期的な消費者と小売店の関係に与える影響を,今までの動線調査研究は検討してきていない,と指摘している(Ishibuchi, 2016)。小売店舗の利益面から消費者をセグメントしたWoolfは,来店者を,その店ですべてを購入するロイヤルユーザー,ほぼすべての商品を購入するレギュラーユーザー,複数の店舗を使い分けるスプリットユーザー,特売品だけを買いに来るチェリーピッカー,そしてコンビニエンスの5つにランク分けして管理すべきと主張している。その理由は,粗利率はロイヤルユーザーが一番高く,ランクが下になるにつれて下がるためである(Woolf, 1996)。粗利率の関係から,ロイヤルユーザーよりも,スプリットユーザーやチェリーピッカーの方が,特売で商品を買う割合が高い。つまり,店内プロモーションに影響されて動線が長くなり,非計画購買するのはロイヤルユーザーではないと考えられるが,今までの動線調査では,その点は全く考慮されてこなかった。
最後に,そもそも動線長は何によって決まるのかの研究は皆無であった。佐藤は,売場面積だけが動線長に効くのではなく,他の要因も考えなければならないことを示唆している(Sato, 2010)。内生性の2番目の問題で指摘されたように,動線長と非計画購買は同時発生的であるにもかかわらず,そこに因果関係を仮定してきたことが,動線長そのものに影響する要因を探求しなかった原因である。その点も明らかにしていく必要がある。
ここまで,過去の動線調査研究の紹介と,未解決の要因を整理してきた。特に動線調査研究にかかわる内生性の問題の解決,消費者行動の視点,店舗とそこを利用する消費者との関係性,さらには動線長そのものを説明する要因の解明,は,動線調査研究を学術的に高めるためには重要である。本論では,Quuppaという新しい位置情報システムと,店舗のFSP(Frequent Shoppers Program)データを用いて,今までの動線調査から明らかになってきた事実を追認するとともに,上記の問題点のいくつかを解決していく。
Quuppaはフィンランドで開発された高精度の位置測位・動線分析システムで,工場や倉庫などで利用事例がある。Quuppaを今回実験で用いた理由は,動線調査研究で広く用いられているRFIDよりデータ精度の面で優れているためである。RFIDは5秒ごとに位置把握する仕組みのため,売場の小さな小型店では,正確に動線把握ができなかった。これに対してQuuppaは,0.1秒単位で位置情報を把握でき,しかも誤差が数cmと非常に小さいため,小型店でも利用可能である。今回はサトーホールディングス株式会社,福博印刷株式会社,そして株式会社まいづる百貨店のご協力のもと,実際の店舗で実験を行った。
実験に協力いただいた店舗は,佐賀県にある,地元密着型のスーパーマーケットである。地元密着型であるため,会員の年齢層は高めで,50代後半が中心である。データ収集期間は,2018年11月23日から2019年1月31日までの10週間,休業日の元旦を除く69日間であり,集めた動線数は33,038件であった。購買データとの紐づけは,Quuppaの位置情報データから,通過したレジ番号,通過時間を定め,そこからレシートを割りだし行った。さらにレジ清算時に提示されたFSPの会員番号から,その消費者の,調査期間内の当該店舗での購買履歴をマッチングさせた。これにより当該店舗での,この調査期間内の動線ならびに購買状況が明らかになるデータが作成された。最終的に動線,レシート,FSPデータすべてをマッチングできた件数は12,410件であり,分析にはこの12,410件が供された。この12,410件の動線はFSPカードを提示した,2,253人の「のべ動線数」である。
店内で消費者が通過した場所は,売場単位で集計した。過去の研究,たとえばLarsonらの研究では,ゾーンを単位に集計していたが,今回はQuuppaにより正確に売場把握できることから,売場単位の集計とした。売場の集計単位は,パン類,惣菜類,肉・肉惣菜類,魚・魚惣菜類,野菜・果物,加工食品,和日配,日用雑貨,菓子類,酒類,飲料,冷凍食品,チルド類,の13であり,そのうち,飲料,冷凍食品,チルド類を除いた10の売場データを分析に用いた。これらの売場,入口,レジのレイアウトを示したのが図1である。
調査対象店舗のレイアウト
今回の調査では購買前の事前アンケートは実施していないため,計画・非計画購買との関係や,消費者の購買目的,同伴者の有無などのデータは収集できていない。このため,動線調査研究では多く行われる,計画・非計画購買には言及しない。またQuuppaの発信機はショッピングカートに取り付けられているため,ショッピングカートを利用した消費者のデータに限られている。このため,来店者全員を調査対象としているのではない。
以上のようなデータの特徴・制約を生かし,今回確かめるべき仮説は以下の通りである。
仮説1:消費者の購買金額,購買点数は,滞在時間,動線長,訪問売場の数と関係がある。
仮説2:ロイヤルユーザーとそれ以外のユーザーでは来店した際の行動が異なる。
仮説2-1 来店頻度の高いユーザーほど,1来店あたりの購買金額,購買点数は少なく,滞在時間,動線長は短くなる。
仮説2-2 普段の買物で比較しても,ロイヤルユーザーはそれ以外のユーザーよりも余計な購買や滞在をしない。
仮説3:動線長には店内要因,店外要因,ロイヤルユーザーかどうかが影響する。
仮説1は,過去の研究で示されたことの確認である。ただし,動線長の長さと購買金額の関係は,上記内生性の問題の2つめに指摘した因果関係の問題があるため,ここではあくまでも,それらの変数間に関係があるのかどうかを確かめる仮説にした。
仮説2は,消費者の対象小売店舗との関係性が,動線長に与える影響を確かめる仮説である。小売店舗との関係性を示す指標には,行動的尺度のロイヤルティの他に,心理的尺度である感情的コミットメントがあるが(Inoue, 2009),今回はアンケート調査を行っていないので,行動的尺度であるロイヤルティだけで関係性をとらえる。Woolfの指摘のように,来店頻度が高い顧客ほど利益率が高いことから,ロイヤルユーザーは,店内プロモーションで商品を購入することは少ないはずで,そうなると非計画購買が少なく,購買金額や動線も短くなると考えられる。来店頻度が増えるに従って,そのような変化があることを確かめるのが仮説2-1である。仮説2-2は,Kahnらの指摘の,買物目的の違いを考慮した仮説である。来店頻度が低い人は,買物目的がロイヤルユーザーと異なることが考えられるため,目的を揃えた場合にどのような違いが出るのかを探るのが,この仮説の主旨である。
仮説3は,動線長そのものを説明する要因を探る仮説である。内生性の問題点の1で指摘されていたように,動線長を捉える際は,店舗内外の要因の影響を考える必要がある。ここでは店内要因として,各売場と通路の滞在時間,店外要因として週末と年始のフラグ,加えてロイヤルユーザーのフラグを考慮した。売場滞在時間を選んだ理由は,適切に商品を売場に配置できれば,それは売場の魅力になり,非計画購買も誘引するとする研究成果があるためである(Chen, Hess, Wilcox, & Zhang, 1999)。曜日効果を選んだのは,スーパーマーケットでは週末,来店客が増えるためで(Shimizu, 2004),来店客数が多いと,上述のVan Den Berghらの研究やZhangらの実験でも示されたように,動線長や購買に負の影響を及ぼすことが考えられるためである。さらに,小売店との関係性を考慮すれば,ロイヤルユーザーかどうかの変数も大事である。
以下,実際にデータでこれらの仮説を確かめていく。
最初に単純集計を示す。一回当たりの平均の購入点数が14.78,平均購買金額が2,999.88円,平均の店内移動距離が330 m,平均滞在時間が16分25秒となった。日本で行った動線調査で,カートを利用した対象者の平均購買金額,店内移動距離,平均滞在時間が,それぞれ3,021円,211 m,16.7分,別の調査では,全体で,それぞれ2,680円,293.3 m,16.5分となっている。これらの研究結果とそれ程かい離がないことから,ほぼ妥当な数値と言えよう(Watanabe, 2010, 2011)。
次に仮説1:消費者の購買金額,購買点数は,滞在時間,動線長,訪問売場の数と関係がある,について,各変数間の相関をみた。それを示したのが図2である。ここから,購買金額,購買点数とも,滞在時間,動線長,訪問売場の数と,すべて1%水準で有意な相関があり,従来と同じ傾向があることが確かめられた。故に仮説1は立証された。
店内行動指標間の相関分析
** 相関係数は1%水準で有意(両側)
続いて仮説2を確かめるため,この調査期間中(10週間)の来店頻度で消費者をセグメント分けした。動線と購買履歴がマッチングした2,253人のうち,少ない人で1回,多い人では37回の来店があった。ここでは,来店回数が2回以下の消費者を「月1回未満来店者」,3回から4回来店していた消費者を「月1回以上2週に1回未満来店者」,5回から9回来店していた人を「2週に1回以上1週1回未満来店者」,10回以上来店していた消費者を「週1回以上来店者」,とし,4つのセグメントを作成した。ロイヤルユーザーの定義はさまざまだが,スーパーマーケットでは平均して週1回以上の来店が一つの基準になっている(Shimizu, 2004)。このため,「週1回以上来店者」を,当該店舗のロイヤルユーザーとした。各セグメントのサンプル数,測定された合計動線数,1来店あたり購入点数,購入金額,滞在時間,そして動線長を示したのが図3である。
各セグメントの記述集計
この図から,来店頻度が増えると,4つの尺度,どの数値も小さくなる傾向があることがわかる。これを統計的に確かめるため,4指標について一元配置分散分析で確かめた。その結果,購入点数(F(3, 12,406)=65.776, p<.0001),購入金額(F(3, 12,406)=110.962, p<.0001),滞在時間(F(3, 12,406)=22.877, p<.0001),動線長(F(3, 12,406)=25.545, p<.0001),となり,すべての指標について平均値に差があることが確かめられた。
続いて多重比較で,どのセグメント間で,各指標の平均値に有意に差があるかどうかを検証した。それを示したのが図4である。ここから,週1回以上来店しているロイヤルユーザーは,購入点数,購入金額,滞在時間,動線長,すべての指標で,他のセグメントと有意に差があった。各指標を細かくみると,購入金額と購入点数では,「月1回未満来店者」と「月1回以上2週に1回未満来店者」の間には有意な差はないが,その他すべてのセグメント間では平均値に有意な差がある(購入点数に関しては,10%水準で有意の場合を含む)。これに対して,滞在時間や動線長では,ロイヤルユーザーとその他のセグメントの平均値の差はあるが,その他のセグメント間での平均値の差はほとんど有意にならなかった。
セグメント間の多重比較
* 平均値の差は0.01水準で有意
このため,仮説2-1:来店頻度の高いユーザーほど,1来店あたりの購買金額,購買点数は少なく,滞在時間,動線長は短くなる,は,購買金額,購買点数については確かめられたが,滞在時間と動線長については,ロイヤルユーザーのみで確かめられた。
次に,仮説2-2を確かめるために,対象とした10の売場すべてを通過した際の来店を抽出し,ロイヤルユーザーと非ロイヤルユーザーで,1来店あたり購入点数,購入金額,滞在時間,そして動線長で差があるのかどうかを検証した。対象動線長数は,ロイヤルユーザーが844,非ロイヤルユーザーが1,322である。売場数を10としたのは,Kahnらの指摘に従い,買物目的を,何かの補充のための買物ではなく,普段の買物で揃えるためである。
各指標について,対応のあるt検定で平均値の差の検定を行ったところ,すべて有意になった。具体的には,購入点数:ロイヤルユーザー(M=15.99, SE=9.149)に対して非ロイヤルユーザー(M=17.71, SE=11.64),平均値の差は0.1%水準で有意(t(2,159.366)=−4.732, p<0.001),購入金額:ロイヤルユーザー(M=2,942.07, SE=2,070.39)に対して非ロイヤルユーザー(M=3,774.65, SE=3,094.60),平均値の差は0.1%水準で有意(t(2,159.366)=−7.5, p<0.001),滞在時間:ロイヤルユーザー(M=1,203.22, SE=707.40)に対して非ロイヤルユーザー(M=1,277.32, SE=614.26),平均値の差は有意1%水準で有意(t(2,164)=−2.579, p<0.01),動線長:ロイヤルユーザー(M=398.38, SE=164.67)に対して非ロイヤルユーザー(M=417.19, SE=166.49),平均値の差は1%水準で有意(t(2,164)=−2.575, p<0.01),である。ここから,仮説2-2 普段の買物で比較しても,ロイヤルユーザーはそれ以外のユーザーよりも余計な購買や滞在をしない,は確かめられた。
最後に仮説3で,動線長に影響する要因を,重回帰分析で探った。従属変数は動線長,独立変数は,年末年始フラグ,週末フラグ,各売場と通路の滞在時間,それにロイヤルユーザーかどうかのダミー変数である。結果が図5に示されている。
動線長に影響する要因を探る重回帰分析
まずモデル全体のあてはまりは,調整済み決定係数:0.382,(F(14, 12,395)=349.118, p<.0010)で有意であった。各独立変数のVIFはすべて2を下回っていることから,独立変数間の多重共線性はないことが確かめられた。各独立変数の,動線長への影響をみると,店外要因では年末年始フラグが正に,週末フラグが負に,とも1%水準で有意であり,店外要因が動線に影響を与えることが確かめられた。週末は混雑のためか,一人あたりの動線は短くなることが明らかにされた。店内要因では,対象とした10の売場,すべての滞在時間の長さが,1%水準で有意であった。標準化係数からは,特に野菜果物売場,鮮魚売場の滞在時間が,動線長に影響することが示された。また店内要因では,通路にいる時間の方が,各売場に滞在している時間よりも動線長に大きな影響を与えることが示された。動線長は売場で時間をかけ商品を選んでいるだけではなく,通路で時間をとられることも関係している。最後にロイヤルユーザーダミーは,10%水準で有意だった。以上のことから,仮説3:動線長には店内要因,店外要因,ロイヤルユーザーかどうかが影響する,は確かめられた。
動線調査研究は,収集するデータの精度の問題のため,長らくトップジャーナルには掲載されてこなかった。ただし,近年の位置情報システムの発展で,消費者の動線が正確に把握できるようになってきたため,トップジャーナルでも,動線調査研究が取り扱われるようになってきた。本稿では,この流れを受け,日本の小型店でも利用可能なQuuppaを用い,長期にわたりデータを収集し,動線調査研究での課題や問題点を解明しようとした。
本稿の貢献を学術的な部分と実務的部分に分けると以下のようになる。
まず学術的貢献として,動線調査研究にはじめて,調査実験店舗と,対象消費者の関係性の概念を加えたことである。今までの動線長研究は,調査対象者が調査日に当該店舗で買物をした,そのワンショットしかとらえておらず,優良顧客なのか,たまたま当日来た人なのかの識別はできていなかった。今回は70日間の動線データとFSPデータを収集したことで,当該店舗のロイヤルユーザーと,それ以外のユーザーで,1来店あたりの購買金額,購買点数,滞在時間,動線長に差があり,ロイヤルユーザーは購買金額が少なく,動線長も短いことが示された。CRMの観点では,ロイヤルユーザーは利益率が高いことが示されているが,これは特売に左右されないことを示しており,それが店内を余計に歩かない,余計な買物をしないという行動に表れていると考えられる。動線調査が,小売全般の顧客戦略の中に位置づけられる可能性を示したことは,動線調査研究の意義を高めたと言えるだろう。
次に,動線長を決定する要因を明らかにしたことである。過去の研究では,内生性の問題があるにもかかわらず,非計画購買を説明する変数としてだけ動線長が用いられ,その決定要因については,全く研究されてこなかった。本稿では,動線長に影響する要因として,店外要因では週末,年末年始,という曜日の効果が,店内要因としては各売場と通路の滞在時間が,そしてロイヤルユーザーかどうか,が動線長に影響することが明らかにされた。動線長それ自体が何によって決まるのかを,初めて示した点で意義がある。
実務的意義としては,まず調査方法についての示唆である。今回用いたQuuppaなら,小型店でも正確にデータ収集できることが示された。また,顧客の購買履歴データと結び付けることで,顧客と動線との関係も明らかになった。今は店内での顧客コミュニケーションは,スマートフォンや電子決済機能付きカートなどを通じたプロモーションにとどまっているが,顧客の顔がわかれば,より進んだ提案型のコミュニケーションも可能である。位置情報システムと購買履歴を結び付けることの意義が明らかになった。
次に注目すべき点は,動線長決定要因として,売場での滞在時間よりも,店内の通路にいる時間の方が大きな影響を与えていることである。売場での滞在時間により動線が延びる割合よりも,通路で時間を過ごす時間が長いので動線が延びる割合の方が大きいという事実は,動線長が延びれば非計画購買が増え,客単価が上がる,という単純な構造ではないことを示している。より精緻なISMが展開されることを期待する。
本研究の限界として,今回はロイヤルユーザーの行動を把握するのが目的であったため,FSPデータとマッチングできる消費者だけを分析対象とした。このため,すべての来店者のデータを分析したわけではなく,データに関する内生性の問題は依然として残っている。
また,今回の分析ではアンケート調査を併用していないため,動線調査ではよく行われる,非計画購買との関係は示すことが出来なかった。すべてのデータをデジタルで把握できるような仕組みを構築して行くことが大事だろう。
さらに,今回の実験では店内プロモーションの情報を組みこめていなかった。各売場の滞留時間に,その影響はあるはずで,その点は今後の課題である。
清水 聰(しみず あきら)
慶應義塾大学 商学部 教授
1986年 慶應義塾大学商学部卒。1991年 同大学大学院商学研究科博士課程修了。
博士(商学)。明治学院大学専任講師,助教授,教授を経て,2009年4月より現職。