Japan Marketing Journal
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Book Review
Takahashi, H. (2018). Retail Innovation from the Perspective of Consumer Behavior. Tokyo: Yuhikaku. (In Japanese)
Nobutoshi Shimizu
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2020 Volume 40 Issue 2 Pages 104-106

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I. 食品スーパーへのまなざし

本書が上梓された2018年から19年にかけて,食品スーパーを主な分析対象とした流通・マーケティング分野の学術図書が相次いで発刊された。それからわずか1年で,世界がこれほど,見えないウィルスによって変わってしまうことは予想だにしなかったことだが,日本に暮らす多くの者が食品スーパーの価値を改めて痛感したのではないか。ライフラインとしての食品スーパー,自粛が強いられる生活の中でリフレッシュできる買い物のひととき。

こうした事態になる前から,実務家としても研究者としても食品スーパーに長年関わってきた著者は,どのようなまなざしで食品スーパーを見つめているのか。限られた紙幅であるが,本稿で振り返ってゆきたい。

II. 本書の概要

本書は,議論のテーマごとに3つの部に分かれており,それらをはさむ形で本書での問題意識や研究目的が述べられる序章「小売イノベーションを消費者視点でとらえる」と,それに対する解が示される終章「オムニ・チャネル時代の小売イノベーション」が設けられている。

序章において強調されるのは,最終消費者とじかに接する小売業におけるイノベーションを理解するためには,「消費者の視点」で議論することが重要であるという点である。とくに,消費者をとりまく環境変化が激しい現在,消費者の日々の生活に必要な食品が主な取扱い対象である食品スーパーに焦点を絞った研究を行なうことが,他の小売業におけるイノベーションの検討にも役立つということが主張されている。より具体的な問いとして,「ネット販売の浸透によって,食品スーパーは倉庫になってしまうのか」および「食品スーパーとレストランの融合業態は成功するのか」の2つも示されている。これらはいずれも,昨今の多くの食品スーパー企業において,生き残りのために取り組むべき現実的課題として捉えられているものである。

続く第1部「食品スーパーのブランド力と業態認識:実証研究」では,食品スーパー業態の現状を消費者視点で理解するための議論が展開される。

まず第1章において,小売企業の競争優位をもたらす「リテール・ブランド・エクイティ」の概念が示され,既存研究から抽出された変数(エクイティ・ドライバー)からなる構造仮説モデルについて,食品スーパー利用者3,062サンプルから収集されたデータを用いての構造方程式モデルによる検証が行われている。明らかにされたのは,企業全体としての取り組みと店舗ごとの活動の双方についての消費者の評価がリテール・ブランド・エクイティを形成しており,とくに「感情的ロイヤルティ」と「経験価値」という構成要素が実際の買い物行動に影響を与えている,ということである。

次に第2章では,そもそも食品スーパーという業態をどう理解すればよいのかが議論される。著者が指摘するのは,これまでの流通研究では業態に関する議論において消費者視点が欠落していた,という点である。そこで導入されるのが,買い物行動を通じて消費者が得ている経験や行動パターンである「スクリプト」の概念であり,消費者が認識するスクリプトの違いによって把握できるのが「消費者視点の業態」である,と主張されている。

その有効性について,続く第3章においてネットワーク分析(アトリビューション分析)の手法を用いての検証が行われる。第1章と同じサンプルからのデータによる検証結果では,食品販売が主という共通点がある食品スーパーとコンビニエンス・ストアでもスクリプトに差があること,利用頻度や来店前行動パターンの違いによって消費者間でもスクリプトに差があること,などが明らかにされた。こうして,スクリプト概念を用いての業態把握や,今後の変化対応の方向性を検討することが有効であることが主張される。

ここまでは,業態というものを消費者視点で捉えるための議論である。本書の目的である,今後も消費者に支持される食品スーパーであるための業態革新の方向性についての検討が,第2部「食品スーパーの革新性:事例研究」から始まる。

第4章では,第1部で確認されたリテール・ブランド・エクイティやスクリプトといった概念と,小売ビジネス・モデル・イノベーションに関する既存研究からの知見をふまえ,食品スーパー業態が革新する方向性についての仮説が示される。それは,効率的な買い物を実現できるという意味での「買い物行動」,楽しい買い物体験が実現できるという意味での「店舗内行動」,品揃えに楽しさを感じるという意味での「売り場行動」という3つの階層において,スクリプトを革新させることが重要であるということである。

そして,すでにそうした革新性のあるスクリプトを実現している食品スーパーの先端事例分析を行なうのが第5章から第8章である。買い物行動スクリプトの革新事例は「まいばすけっと」,店舗内行動スクリプトの革新事例は「サンシャインチェーン」と「阪急オアシス」,そして売り場行動スクリプトの革新事例は「北野エース」が取り上げられ,それぞれインタビュー調査データや多くの二次資料,サンシャインと北野エースに関しては第1章でも用いられた消費者サンプルデータを用いての定量分析も交え,他チェーンにはない各社の特徴的な取り組みが顧客からの評価につながっていることが示される。

第3部「オムニ・チャネル時代への対応:レビュー研究」の二つの章では,小売業にも大きな影響を与えるデジタル化,とりわけモバイル・デバイスの活用とオムニ・チャネルの展開について議論が行われる。第9章において,オムニ・チャネルを「消費者に自社で快適な買い物をしてもらうために,多様なチャネルを顧客とのコミュニケーションを含めた接点であるととらえ,それらの接点をシームレスに統合することで,どの接点で買い物しても,一貫性のある顧客体験や経験を生み出すマネジメント手法である」(pp. 169–170)と定義したうえで,地域や地元に密着し日々利用される食品スーパーこそモバイル・デバイスやアプリを通じて新たな価値を顧客に提供し関係性構築できるポテンシャルがあることが,既存研究からの知見などをもとに第10章で主張される。

そうした第2部と第3部での検討を経て,終章において序章で投げかけられていた二つの問いに対する解が示される。それは,「消費者の買い物行動への価値対応ができなければ,ネット販売が浸透する一方で食品スーパーは倉庫になってしまう」,また「食品スーパーとレストランとの融合業態は成功する」というものである。これまでの議論を整理しながらそうした解の根拠を示したうえで,革新性の高い店舗を実現することを目指すうえでの留意点として,リアル店舗とモバイル・マーケティングの要素をうまく組み合わせた店舗コンセプトを構築することの必要性,および大きなオペレーションの変更をいとわない姿勢の重要性の2点が最後に主張されている。

III. 本書の貢献と限界

序章で示された二つの問いからも感じることだが,本書は実務面へのインプリケーションを示すことが強く意図されている。本文中の重要箇所をゴシック太字にしたり直感的にわかりやすい図表を多用したり,といった編集上の工夫にもそれが感じられる。もちろん,本書を通じて展開される議論は,高度な学術的知識と慎重な作業により行われた調査や考察の積み重ねによるものである。その意味で,本書は関心の違いや保有する専門知識の程度の違いという点で幅広い読者を想定したものであり,その狙いは十分に果たしたと言えるほど,多くの読者が食品スーパーや小売マーケティングに対して向けるまなざしに新たな視角をもたらしたと評価できるだろう。

一方で,学会に身を置く者としては,学術面でのインプリケーションについてももう少し著者の考えを知りたかったという欲を感じてしまう。

たとえば,「業態」概念に対して著者は独自の「消費者視点での業態」という考え方を提示したが,これまでの流通研究では曖昧な存在のままだったという指摘があるとはいえ,数多くの既存研究において業態の理解に関する知見が蓄積されていることも事実であり,著者の提示した考えと既存研究との接続についてはもう少し議論を重ねたいところである。また,本書を通じた分析視角である「スクリプト」概念についても,たとえば店舗や売り場における実験的な取り組みの成果を測定するような目的の分析ツールとしても使えるのか,といったようなことにも興味を感じる。こうしたことは,本書の限界というよりは今後への期待である。著者の研究活動は,日本の食品スーパーならびに小売業の革新に貢献し続けるだろう。

 
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