Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Book Review
Sunaga, T. (2018). Consumer Based Marketing: Sensory Marketing and Consumer Psychology. Tokyo: Yuhikaku. (In Japanese)
Ikumi Hiraki
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2020 Volume 40 Issue 2 Pages 107-109

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I. はじめに

本書は,感覚マーケティングを切り口に,人間の感覚と思考や行動との相互作用を体系的に研究するためのフレームワークを提示した研究書である。

近年の感覚マーケティングへの注目は,コンピュータのアナロジーでは捉え難い消費者像を浮き彫りにし,これまで消費者理解の基盤をなしてきた消費者情報処理研究の限界を指摘する動きと見られる傾向がある。しかし,本書は,消費者情報処理研究が真の消費者理解を目指してさらに発展していくために,感覚マーケティングの視点が重要な役割を果たしうることを主張する。そしてこの主張を具現化するために,消費者情報処理を基盤とする研究に感覚マーケティングの視点を導入した新しいフレームワークを提示することを試みている。本書を一読し,リアルな消費者像を追求したいという筆者の真摯な思いが伝わってくる意欲的な書籍であるという印象を受けている。

全222頁からなる本書は,序章と終章をあわせて9つの章から構成されている。内容面は大きく「理論的考察」「実証研究」「モデルの構築」に分けられる。各章は概ね15頁と読みやすい分量でまとめられているが,実証研究パートの章は40頁を割く力作である。全章共通して言えることは,テーマに関する豊富な研究レビューとそれに基づく深い議論が展開され,読者に深い学びを提供する点である。消費者行動を研究する人はもちろんのこと,実験結果の頑健性の高さは実務家にも有益な示唆があると思われる。

以下では,本書の内容を3つのパートに分けて紹介し,最後に本書の貢献と限界を述べていく。

II. 理論的考察

序章と1章から3章までが該当する。序章では,消費者行動に関する膨大な研究蓄積とは裏腹に,現在でも企業が意図するように消費者へとメッセージが伝わらない状況を取り上げている。そのうえで,消費者情報処理パラダイムに基づく研究に新たな視点を導入する必要性を説明し,感覚マーケティングの有効性を示している。

第1章では,消費者行動研究を捉える筆者の研究スタンスが示される。多くの研究が1時点における意思決定プロセスを対象にするなか,筆者の研究では,過去と未来の連続性のなかで現在の意思決定プロセスを捉えることを重視している。背景対比効果と逐次選択に関する多くの既存研究は,消費者行動を点ではなく線(流れ)で捉える重要性を強く印象づけるとともに,点と点の意思決定を横断的に捉えるメカニズムの存在を意識させる内容となっている。

第2章では,意思決定時におけるメタ認知(感覚)の影響を議論している。メタ認知とは自分の今行っている判断や行動に関する認知や感情がなぜそうなのかを理解する高次の認知のことであり,我々が店舗や製品といった外的情報に対して行う判断や選好形成の基盤にメタ認知が作用していることを示す内容となっている。メタ認知の存在を裏付ける処理流暢性に関する実に様々な研究成果は,感覚に対する読者の驚きと興味を掻き立てるには十分に面白く魅力的な内容である。さらに,筆者はメタ認知の解明に向けて,クロスモーダル対応(多感覚統合)研究の有効性も示している。

第3章では,メタ認知に影響を与える環境の重要性を説明したうえで,店舗内環境研究をホリスティック・アプローチと実験的アプローチに分けて説明している。その上で,様々な店舗内刺激の中で色を例にとり,単一の要素であっても属性や水準,それによる心理的反応や相互関連性を考慮しながら外的刺激とメタ認知との対応関係を調査していく重要性を示している。

III. 実証研究

第4章と第5章が該当する。第3章までの議論を踏まえて,外的刺激とメタ認知(感覚)との対応関係を実際に検証するパートであり,店舗環境における感覚対応(クロスモーダル対応)を取り入れた実験設計となっている。両研究に共通して,複数の実験を通して得られる結果の信憑性の高さや実験刺激に感じるセンスの良さは,研究成果に緻密さと面白さを両立させる意欲作となっている。

第4章では,視覚による影響として,色,視覚的重量感,位置の感覚対応を取り上げている。視覚的重量感に影響を与える色の要素を検討したうえで,陳列製品の明度と陳列位置の対応関係が消費者の知覚流暢性,視覚探索,選択およびWTPへ及ぼす影響を検証している。4つの実験を通して,視覚による明度と位置の一致は,不一致の場合に比べ,知覚流暢性を高めるだけでなく,選択やWTPといった購買意思決定にも影響することが明らかになっている。

第5章では,聴覚による影響として,音の高さと知覚距離との感覚対応を取り上げている。例えば,救急車のサイレン音は近くだと高く聞こえ,遠くだと低く聞こえるように,音の高さと知覚距離との間には対応関係が存在する。この対応関係に基づいて,音楽の高さと製品の表像(具体的/抽象的)との一致関係について,解釈レベル理論に基づく3つの仮説を設定し,それに対して5つの実験が実施されている。その結果,音の高さと対象の表像が一致する場合,不一致の場合と比べ,処理流暢性を介して製品に対する選好や評価やWTPが高まることが示されている。

IV. モデルの構築

第6章と第7章,終章が該当する。第1章から第5章までで得られた消費者理解をもとに,消費者情報処理パラダイムにおける研究課題を整理したうえで,新しい視点を取り入れたモデルを提示している。

第6章では,マーケティング・コミュニケーションにおける他者性問題を取り上げながら,消費者をコンピュータのアナロジーで捉える視点では,主観に基づく情報処理やコンテクストの影響を捉え難いことを議論している。そのうえで,より主観的でダイナミックな処理を行う消費者を捉えるために,情報処理活動に生体(人体)が行っている消化活動のアナロジーを用いる有効性を論じている。

これに基づき第7章では,消費者情報消化モデル(CIDモデル:consumer information digestion model)が提案されている。消化活動の本質は「他者の情報を解体すること」であり,それにより自分固有の意味へと再構築することであるという。ストレスによる消化不良(個人コンテクスト)や食物消化によるアレルギー反応(環境コンテクスト)など,消化活動に関する医学的説明は,消費者情報処理におけるコンテクストの影響を見事に説明できる可能性がある。入力情報の分解をモデルの最初に示したうえで既存知識やコンテクストとの相互関係を示したCIDモデルは,感覚と思考や行動との相互作用を説明する有力なモデルとして期待できるだろう。

V. 本書の貢献と限界

本書の特質すべき貢献として,以下2点を挙げておく。1つは,今述べたように,消費者行動研究の発展において極めて有益な示唆がある点である。本書で提示したCIDモデルの枠組みは,よりリアルな消費者理解に向けての研究を推進していくために具体的な道筋を示している。ロボットに感覚面の機能をもたせることは極めてハードルが高い取り組みであると言われているが,消費者行動研究の枠組みでこれに挑戦している本書は,同研究に取り組む多くの研究者を刺激し,リアルな消費者理解に向けての研究を牽引していくものと思われる。

もう1つは,本書で取り上げられた実証研究が多くの学びを提供する点である。4章と5章における実証研究は世界的に権威ある学術誌Psychology & Marketingに発表されたものであり,世界のトップレベルの研究者たちの査読を経て,適切な方法に従っていることが確認されている。研究の着眼点の面白さもさることながら,実験結果における信憑性の高さは読み手を唸らせる。結論を導き出すために角度を変えた複数の実験が行われ,それら1つひとつの実験の操作や手続きは極めて慎重に設計されている。すべての研究者にとって有益な学びがあることはもちろんのこと,よりピンポイントには世界のトップジャーナルを目指す人に役立つと思われる。

本書の限界として,CIDモデルでは,消費者の感覚と情報処理との詳細で個別具体的な関係や相互作用までは理解できない点があげられる。もちろん,本書が消費者行動研究を方向づける大きな枠組みを示すことに重点が置かれているためであるが,CIDモデルが実際に価値を持つためには,今後多くの研究を積み重ね,本モデルの妥当性を高めていく必要があるだろう。この点は筆者も述べている点であり,消費者理解の研究に邁進する筆者の今後の研究にも大いに注目していきたい。

 
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