2021 Volume 40 Issue 3 Pages 45-57
近年,実務家のみならず,研究者の間でもギグ・エコノミーが注目されている。ギグ・エコノミーとは,デジタル・プラットフォームを介して,クライアント企業とワーカーの間で,単発の労働と金銭的報酬の交換がなされる社会経済的活動である。ギグ・エコノミーは,果たして企業の製品開発活動にどのような影響をもたらすのだろうか。著者の知る限りにおいて,当該分野の文献レビューは存在しない。そこで本研究は,ギグ・エコノミーと製品開発に焦点を当て,先行文献のレビューをおこなった。その結果,重要な5つのテーマが特定された。人的資源マネジメントの対象としてのギグ・ワーカー,ギグ・ワーカーのモチベーション管理,ギグ・エコノミーとアイデア創出,ギグ・エコノミーにおけるプラットフォームの役割と管理,ギグ・エコノミーにおけるコワーキング・スペースの役割と管理である。最後に,当該分野の研究が抱える課題と今後の可能性について議論した。
In recent years, growing attention has been paid to the gig economy among both practitioners and academic researchers. The Gig economy refers to socioeconomic activities involving the exchange of labor for monetary reward between gig workers and client firms, via digital platforms. How and what the impact is on firms’ activities, especially relating to product development? To the best of our knowledge, there has been no literature review dealing with this topic to date. In order to address this question, we reviewed the literature focusing on the impact of the gig economy on product development or product innovation. As a result, we identified five key themes; human resource management relating to gig workers, motivation management for gig workers, gig economy and idea generation, the roles and methods of management of digital platforms, and the roles and management of co-working spaces. Finally, relevant issues and future perspectives are discussed.
最近,都市部では「UberEats」と書かれた大きなリュックを背負った配達員をよく目にするようになってきた。これは米国のウーバーテクノロジーズ社が展開するフードデリバリーサービスである。同社がおこなっているのは,飲食店の運営ではない。顧客と飲食店,配達員をつなげるプラットフォーム・ビジネスである。数年前にはあまり見かけなかったが,新型コロナウィルス蔓延に伴う自粛生活も追い風となって,急速に普及が進んでいる。スマートフォンと自転車やバイクを持っていれば,配達員を気軽に始められるとあって,学生がバイトとして,あるいは社会人が,副業として始めたりするケースが増えている。このように,プラットフォームを介して,単発の仕事を請け負う人たちのことはギグ・ワーカーと呼ばれており,それに関連した経済活動はギグ・エコノミーと呼ばれている。
近年,ギグ・ワーカーの数は増加の一途をたどっており,一説には国内に460万人とも1,000万人いるとも言われている1)。プラットフォーム・ビジネスを展開する企業の数も増加しており,依頼業務の内容も多岐にわたっている。例えば,国内最大手のひとつである株式会社クラウドワークスでは,332万人のギグ・ワーカーが登録されており,約50万社の登録クライアント企業から200種類以上の仕事が仲介されている。業務内容は,データ入力作業や資料作成といった比較的単純なものから,翻訳,動画作成,ホームページ作成など比較的高度なスキルを要するものまでさまざまである。さらには,チラシやロゴ作成など,クリエイティビティが要求されるものまで及んでいる2)。
ギグ・エコノミーは,果たして企業にどのような影響をもたらすのだろうか。本研究は,製品開発に及ぼす影響に焦点を当て,先行文献をレビューしていく。最初に,類似概念であるシェアリング・エコノミーとの違いを整理する。続いて,世界中で当該分野の研究がどこまで進んでいるのかを明らかにしていく。最後に,研究が抱える課題と今後の可能性について議論する。
近年,情報技術の発展にともない,ヴァーチャルなコミュニティづくりが容易になってきた。その中心的役割を果たしているのが,デジタル・プラットフォームの存在である。デジタル・プラットフォームを介して人や企業が結びつき,様々な情報やモノの交換,貸し借りがなされている。このような経済活動を表す用語として,よく用いられるのがシェアリング・エコノミーである3)。
マーケティングで最も権威のある学術誌Journal of Marketingにおいても,今後発展が期待される重要な研究テーマとして,取り上げられている(Eckhardt et al., 2019)。その論文内でEckhardt et al.(2019)は,シェアリング・エコノミーを次のように定義している。シェアリング・エコノミーとは,「技術の進化により可能となったプラットフォームを活用し,ユーザーに対して(場合によってはクラウド・ソーシングされた)有形・無形の資源への一時的アクセスを提供する,拡張可能な社会経済的システム(p. 7)」である。
Eckhardt et al.(2019)によると,シェアリング・エコノミーには5つの特徴(一時的アクセス,経済的価値の移転,プラットフォームを通じた仲介,消費者の役割の拡張,クラウドソーシングされた供給)があり,これら特徴の有無を確認することで,伝統的マーケット・エコノミーとの類別が可能である。なお,伝統的マーケット・エコノミーとシェアリング・エコノミーの類別は連続体として捉えられており,両者の中間の形態も存在する。
続いて,ギグ・エコノミーとの違いについて見ていきたい。Nawaz, Zhang, Mansoor, and Ilmudeen(2019)が指摘しているとおり,研究者によっては,二つの用語は置き換え可能な同義語としてとらえている場合もある。今回の文献レビューの結果を踏まえると,両者には明らかな違いが存在している。例えば,シェアリング・エコノミーは自動車や家などのモノの共有や,消費者間のインタラクションに主眼が置かれており,ギグ・エコノミーは,交換される労働やそれに従事するギグ・ワーカー,労働の成果である問題解決やイノベーションに主眼が置かれている。
元々ギグ(gig)とは,ジャズの演奏家がライブハウスなどでおこなう単発の演奏(仕事)を意味していた。そして,ギグ・エコノミーという造語は,New Yorker誌の元編集者Tina Brown氏によって2009年に初めて用いられたと言われている(Hasija, Padmanabhan, & Rampal, 2020)。その後,ギグ・エコノミーという用語は,様々な場面で使われてきた。ところが,研究者の間で同意の得られた明確な定義は存在していないのが現状である。一般的な定義は以下の通りである。ギグ・エコノミーとは,「活発なマッチングを容易にするデジタル・プラットフォームを介して,個人あるいは企業との間で,短期間,かつ,タスクに応じた支払いに基いて,労働と金銭的報酬を交換すること(Lepanjuuri, Wishart, & Cornick, 2018, p. 12)」に関連した経済活動を言う。
交換される単発のタスク(労働)は「ギグ・ワーク(ギグ・ワーキング)」と呼ばれ,労働サービスを提供する人は「ギグ・ワーカー」と呼ばれている。ギグ・ワーカーは,様々な人口統計的属性を持った人間で構成されており,持っている考え方や目標もさまざまである(Keith, Harms, & Tay, 2019)。フリーランサーという身分の場合もあれば4),本業を有していて,副収入を得るためにおこなっている場合もある。また,アルバイト感覚で気軽におこなっている主婦や学生の場合もある。小遣い稼ぎが目的の者も居れば,生活費を稼ぐための者も居る。中には,将来の起業を見据えた準備活動として捉えている者もいる。企業視点で捉えると,群衆にタスクを外注することから,ギグ・エコノミーを説明する言葉として,クラウド・ソーシングという用語が用いられることもある。
ギグ・ワーカーにとって,タスクの受注や情報交換,社会的インタラクションの場所は,デジタル・プラットフォームだけに限定されない。近年,注目を集めるコワーキング・スペースも重要な役割を担っている。対面によるインタラクションがなされている点は,シェアリング・エコノミーとの大きな違いである。上で紹介したLepanjuuri et al.(2018)による定義は,デジタル・プラットフォームに限定されているため,若干の修正が加えられるべきかもしれない。事実,Jabagi, Croteau, Audebrand, and Marsan(2019)は,「理論構築のために便宜上,デジタル・プラットフォームに限定して,ギグ・エコノミーを定義している」と述べている。そこで,改めてギグ・エコノミーを定義し直すと,「活発なマッチングを容易にするデジタル・プラットフォームやコワーキング・スペースを介して,個人あるいは企業との間で,短期間,かつ,タスクに応じた支払いに基づいて,労働と金銭的報酬を交換すること」に関連した経済活動と表現できる。
以上,ギグ・エコノミーとその類似概念であるシェアリング・エコノミーの違いについて述べてきた。両者の比較をまとめたのが,図表1である。
シェアリング・エコノミーとギグ・エコノミーの違い
出典:著者作成
本研究では,ギグ・エコノミーと製品開発に焦点を当て,先行文献のレビューをおこなう。前項で述べた通り,ギグ・エコノミーとシェアリング・エコノミーには共通する部分が多く,研究者によっては同じ意味として捉えていたりする。このため,論文検索にあたっては,以下の手順を踏んだ。
第一に,論文検索エンジンProQuestを用いて,学術誌に限定してキーワード検索をおこなった。入力したワードは,“Gig economy” AND “Product development”,“Gig economy” AND “Product innovation”,“Gig workers” AND “Product development”,“Gig workers” AND “Product innovation”,“Sharing economy” AND “Product development”,“Sharing economy” AND “Product innovation”,“Collaborative economy” AND “Product development”,“Collaborative economy” AND “Product innovation”の9パターンである。ギグ・エコノミー以外の用語が条件に加えられたのは,シェアリング・エコノミーについて書かれた論文の中にも,ギグ・ワーキングについて書かれた論文も多く含まれており,検索漏れを無くすためである。第一手順の結果,重複を含む426篇の論文が特定された。第二に,論文タイトルやアブストラクトを確認し,重複した論文や関連性の低いと思われる論文を除く作業をおこなった。この時点で,42篇の論文に絞り込まれている5)。第三に,関連性が特に強い論文については,それらが引用している文献についても確認し,必要に応じてレビュー対象へと加えた(15篇)。最後に,改めて本文を確認し,最終的に残ったのが,45篇の論文である。次項ではレビューした結果について整理していく。
文献レビューの結果,5つの領域が特定された。具体的には,人的資源マネジメントの対象としてのギグ・ワーカー,ギグ・ワーカーのモチベーション管理,ギグ・エコノミーとアイデア創出,ギグ・エコノミーにおけるプラットフォームの役割と管理,ギグ・エコノミーにおけるコワーキング・スペースの役割と管理である。順を追って説明していく。
1. 人的資源マネジメントの対象としてのギグ・ワーカー文献レビューの結果から,もっとも活発であると思われる研究領域は,人的資源マネジメント領域であった。Nawaz et al.(2019)によると,シェアリング・エコノミーは,多くのギグ・ワーカーに柔軟な働き方を提供するだけでなく,経済的,社会的,技術的,情緒的価値をもたらした。その一方で,十分な保険や休日が得られないまま,生活するのにぎりぎりの収入で時間と労働を提供する状況を生み出している。また,プラットフォーム企業が十分な社会的責任を負えていないという指摘もある(Malos, Lester, & Virick, 2018)。こうした流れを受けて,ギグ・エコノミーのあるべき人的資源マネジメントはどういうものか,という視点から研究が数多くなされている6)。
Meijerink and Keegan(2019)によると,UberやAirbnbなどのプラットフォーム企業は,人的資源マネジメントを実践しながらも,ギグ・ワーカーとの間に正規の雇用関係を築こうとしていない矛盾を抱えている。プラットフォーム企業とギグ・ワーカー,そして顧客の三者が価値を交換しつつ,人的資源をどのように管理するのがよいだろうか。Meijerink and Keegan(2019)は,この問いにこたえる形でエコシステムによるガバナンス構造を提唱した。例えば,うまく機能するプラットフォーム企業は,需要と供給のバランスや将来の動向を見据えながら,ギグ・ワーカーの採用人数などを調整している。また,顧客から良い評判を得るために,ギグ・ワーカーに適切な指導やアドバイスを提供したりしている。このような活動は,三者間の価値交換(共有)に好影響を及ぼす。逆に,価値交換活動が人的資源管理に影響を及ぼすこともあり得る。
人的資源管理を通じた価値創造については,Nawaz et al.(2019)も議論している。彼らによると,ギグ・ワーカーとプラットフォーマーが長期的で健全な関係性を築くことこそが,両者にとっても,また,タスクの依頼主であるクライアント企業にとっても恩恵をもたらす。そこで,Nawaz et al.(2019)は,フリーランサー価値提案(Freelancer Value Proposition)という概念を提唱した。フリーランサーに対するサーベイ調査を通じて,5つの価値(経済的価値,開発的価値,自律的価値,社会的価値,快楽的価値)がFVPに先行する構成概念であることが示された。
どのような人が,どのような意識を持ってギグ・ワーカーとして働いているのか,実はこれまであまりわかっていなかった。Keith et al.(2019)はこの挑戦的な課題に取り組んだ。Amazon社の提供するプラットフォーム・サービスであるMechanical Turkのユーザーを対象にオンライン調査を実施している。特筆すべき発見は次の通りであった。「ギグ・ワークが主な収入源となっている」と答えたグループは,そうでないグループと比較して年収が低く(76.7%が20,000ドル未満と回答),多くの時間をMechanical Turkの課題に費やし(31.35 vs. 16.39時間/週),処理した課題数も多かった(974.6 vs. 293.8)。また,このグループには,内発的動機(例.楽しいからやっている)から取り組んでいる人は少なく,人生に対する満足度も低い傾向が見られた。
以上,ギグ・エコノミーにおける人的資源管理は,未成熟な状況であり,課題が山積しているようである。Meijerink and Keegan(2019)やNawaz et al.(2019)が指摘するように,環境整備が進めば,より高度で専門的な人材を誘引できるようになるだろう。
2. ギグ・ワーカーのモチベーション管理 (1) モチベーションとシェアリング・プログラム活動シェアリング・エコノミーの本質は,参加メンバーが保有している遊休資源の共有によって価値創造をおこなう点にある。資源は,オペランド資源とオペラント資源という大きく二つのタイプに分類される。前者は自動車(例.配車サービス)や家(例.民泊)などといった有形資産や経済的資源(例.クラウドファンディングで見られる金銭的投資)を指し,後者は知識やクリエイティビティ,スキルなどの無形資源を意味する。ギグ・エコノミーにおいては,特に知識やクリエイティビティ,スキル,才能などのオペラント資源が重要となる。
Abhari, Davidson, and Xiao(2018)は,オペラント資源を他人と共有したいと思うモチベーションについて,Qurky.comが提供する製品開発プログラムへの参加者を対象に調査した。その結果,多くの参加者は経済的な見返り以外のモチベーション(認知や評判の獲得,自己学習や情報探索,自己効力感の獲得,起業家精神,人的ネットワーキング,楽しさ,利他精神)を有していた。さらに,経済的見返り,自己学習や情報探索,起業家精神を動機として参加する人はアイデア創出活動(新しいアイデアの共有)に積極的に関与し,自己学習や情報探索,楽しさを動機として参加する人は協働活動(知識や経験の共有)に積極的であることが示された。また,人的ネットワーキング,楽しさ,利他精神を動機として参加する人は,アイデア創造や協働よりも,ソーシャル活動(ネットワークの共有や結合)に関与することが明らかとなった。
(2) モチベーションとコミュニティ参加意向Fernandes and Remelhe(2016)は,モチベーション(動機)のタイプとして,好奇心や楽しみ,知識の獲得・共有,仲間との社会的つながり,金銭的報酬に由来する4つの動機を挙げた。フリーソフトの開発に関わる,消費者でありながら開発参加者でもあるプロシューマーを対象にサーベイ調査をおこなった結果,金銭的報酬以外の3つの動機が,イノベーション活動の参加意向に影響を及ぼしていることが示された。また,参加頻度の高いプロシューマーは,金銭的報酬以外の3つのモチベーションにおいて,参加意向が強いことも示された。類似した研究には,Wu, Gerlach, and Young(2007)によるものが挙げられる。
ギグ・ワーカーの自律性を高めると,モチベーションにプラスの影響を及ぼすことも知られている。Jabagi et al.(2019)は,プラットフォーム設計において,ギグ・ワーカーの意思決定に自律性がある,働き方の選択肢が多い,フィードバックが得られる,などの仕組みが重要であると主張している。
クラウド・ソーシングを扱ったBrabham(2010)の研究も存在する。Threadlessの利用者17名に対してインタビュー調査を実施した結果,利用者が抱く意外な参加動機が見えてきた。新たに判明した意外な動機とは,「中毒(addiction)」であった。インタビューをおこなった17名のうち,実に11名の利用者が「中毒」というそのままの言葉を使わないまでも,それに近い表現を用いていた。それは,愛情に近い感情でもあった。
(3) モチベーションとコラボレーションへの貢献これまで見てきたモチベーション研究は,サービスへの参加意向,継続意向との関係性を捉える研究がほとんどである。Frey, Lüthje, and Haag(2011)は,ギグ・ワーカーの二つのタイプの動機,すなわち外発的動機(e.g.金銭的報酬)と,内発的動機(e.g.楽しさ)がアイデア創出活動の貢献度に与える影響について調べている。
企業から問題を提出してもらい,その解決案をオンライン・コミュニティに募り,優秀なアイデアを提出した個人(あるいはグループ)に対して金銭的報酬を与えるクラウド・ソーシング・サービスのユーザーにサーベイ調査をおこなっている。このサービスでは,掲示板にアイデアが書き込まれると,それは他の参加者からも閲覧可能で,補足したり,修正したりもできる。このため,最後に提出される解決策は,共同作業によってベストミックスされたアイデアとなる場合が多い。このため,優秀賞に選ばれた際は,貢献度に応じて報酬が振り分けられる仕組みとなっている。
尚,投稿された1,435のテキスト内容を用いて分析した結果,内発的動機は意味のある貢献(斬新かつ関連性が高いアイデア創出)にプラスの影響を及ぼすことが示された。また,内発的動機を持ち,多様な知識を有している参加者が最もアイデア創出に貢献している点もわかった。
当然,モチベーション低下によるネガティブな影響も考慮しなくてはならない。Turel and Zhang(2011)は,オンライン・コラボレーション・ツールを用いて共同作業の課題を大学生に与え,社会的手抜きが及ぼすパフォーマンスへの影響について調べ,チームの生産性や問題解決能力などにマイナスの影響を及ぼすことがわかっている。
これまでモチベーション研究について見てきたが,Frey et al.(2011)の例外を除いて,参加意向に対する影響を扱った研究がほとんどであった。様々な新製品パフォーマンスに対する影響を検証しなければならない。過去の製品開発研究(e.g., Cui & Wu, 2016)を,ギグ・エコノミーの文脈で追試する意味は十分にあると思われる。
3. ギグ・エコノミーとアイデア創出 (1) 境界連結とアイデア創出企業によっては,優れたアイデアを創出するために,製品開発に携わる技術者や企画策定者に外部との接触を奨励するところもある。このような活動は,境界連結(boundary spanning)活動と呼ばれ,古くからアイデア創出との関係性が指摘されてきた(例.Tushman, 1977)。ギグ・エコノミーにおいても重要視されている概念である。
Salter, Ter Wal, Criscuolo, and Alexy(2015)は,ある大企業に所属する上級エンジニアや科学者を対象に調査し,境界連結活動がアイデア創出パフォーマンスに与える影響を調べた。同社では,優れたアイデア創出のために,外部のサプライヤーや大学,顧客,コンサルタント会社,競合しない他企業などとの接触が奨励されている。サーベイ調査の結果では,外部開放性(i.e.,境界連結活動の頻度)とアイデア創出・パフォーマンスとの間に逆U字型の関係性が見られた。接触相手にギグワーカーが含まれていたとしても,同様の効果が得られるかもしれない。
Bullinger, Neyer, Rass, and Moeslein(2010)は,ドイツで実施されたイノベーション・コンテストの参加チームを対象に,競合チームとの協調志向とアイデアの革新性の関係について調べている。ここでは,競合チームとの協調志向性の強いチームは,活発な境界連結活動をおこなう前提であると考えればよい。結果として,競合チームとの協調志向性とアイデアの革新性の間にはU字型の関係がみられた。
ふたつの研究結果において,U字型効果の凸方向が全く逆である点は興味深い。上の研究は,アイデア創出の回数でパフォーマンスを測定しているが,下の研究では革新性によってパフォーマンスを測定しているため,この点が影響しているかもしれない。
Schemmann, Chappin, and Herrmann(2017)もまた,ミュンヘン市が主催するアイデアコンテストの情報を用いて,境界連結活動と成果の関係性について分析している。用いられたプラットフォームでは,参加者がアイデアを提案したり,他人のアイデアについてコメントを入力したり,投票したりする仕組みになっている。これらの行動と成果との関係を調査した結果,「アイデアの実現性を説明する行動」と「他人のアイデアに対するポジティブな投票行動」が「アイデアの採用」に有意な影響を及ぼすことが示された。また,「他人のアイデアに対するポジティブな投票行動」は,アイデアの斬新さへ,「アイデアの実現性を説明する行動」はアイデアの独創性へとつながることが示された。境界連結活動とアイデア成果との関係が示された点で大変興味深い研究である。
(2) ネットワーク理論とアイデア創出ネットワークが及ぼすアイデア創出やイノベーション創出への影響は,多くの研究者の関心を引きつけてきた。例えば,2016年発行のJournal of Product Innovation Managementは「イノベーション創出と新製品開発のための社会的ネットワーク」と題した特集号を組んでいる。社会的ネットワークの分類(Leenders & Dolfsma, 2016),に沿って8篇の論文が収められている。ギグ・ワーカーを正面から扱った論文は残念ながら含まれていないが,いずれの論文も本研究の課題を考える上で示唆に富んだ研究内容となっている。
本稿では,ギグエコノミーに関連したいくつかの研究に注目したい。例えば,スワロフスキー社がオンラインで宝石に関する新しいアイデアやデザインを募集したコンテストを題材にした研究である。Füller, Hutter, Hautz, and Matzler(2014)は,このコンテストのログ・ファイル・データを収集し,コンテスト参加者の役割と貢献について分析している。例えば,「ソーシャライザー」と呼ばれるグループは,創出するアイデアの数は少なく,品質も低いものの,情報発信を高頻度でおこなう。発言する内容は,ただのおしゃべりや噂話であったり,人間関係づくりに関連したりするものであった。また,「アイデア創出者」は,品質の高いアイデアを数多く創出しているが,情報発信や受信が少ないといった具合である。類似した研究としてHutter, Hautz, Füller, Mueller, and Matzler(2011)が挙げられる。
続いてBjörk and Magnusson(2009)は,スウェーデンのある企業で生まれた1,740の革新的アイデアの品質と,アイデアを創出した364名(個人またはグループ)を取り巻くネットワークとの関係性を調べている。個人が創出したアイデアの場合,ネットワーク中心性(アイデア創出者が他の社員とどの程度つながっていたか)が高いほど,革新的アイデアの品質が高まることが判った。グループで創出したアイデアの場合は,このような線形的な関係は認められなかった。このことは,個人ではネットワークとのつがなりが重要であるのに対し,グループでは周辺のネットワークよりもグループ内での連携がアイデア品質に好影響を及ぼすことが示唆されている。また,グループによるアイデア創出では,同意形成が優先された結果として,尖ったアイデアが生まれなかったとBjörk and Magnusson(2009)は推測している。
以上,アイデア創出に関連した研究について概観してきた。これらの分野に関連した研究は,オープンイノベーションやクラウド・ソーシングの研究領域で蓄積が進んでいるが,「ギグ」の要素を取り入れている研究は少ないと思われる。
4. ギグ・エコノミーにおけるプラットフォームの役割と管理 (1) プラットフォーム・ビジネス出現に伴うビジネスの転換シェアリング・エコノミーを背景に新しく生まれたプラットフォーム・ビジネスを,取り入れるべきツールとして捉える動きもある。具体的には,伝統的なビジネスモデルにどのような変更がもたらされるのか,あるいはどのように活用すべきかといった視点で様々な研究がなされている。
Atchyutuni and Narasareddy(2018)によると,人工知能やブロックチェーンといった新しい技術の出現は,企業のマネジメント方法に大きな変化をもたらしており,「変化に備え,適応する」という従来のやり方は通用しなくなってきている。とりわけ,人的資源の管理では,これまで以上に組織の柔軟性や敏捷性が求められている。Atchyutuni and Narasareddy(2018)は,このような変化に対応するために,アジャイル・タレント・マネジメント戦略を提唱し,ギグ・ワーカーの果たす役割の大きさについて触れている。
プラットフォーム活用によるバリューチェーンの見直しを提案する研究者もいる。Van Alstyne, Parker, and Choudary(2016)は,資源やモノが生産者から消費者に向けて一方向にながれ,価値が提供される従来型ビジネスを「パイプライン」型ビジネスと呼び,変革の必要性を訴えている。つまり,生産者と消費者のネットワークを中心とした資源マネジメント,外部との相互作用による価値創造,エコシステム全体の価値最大化を目指したオーケストレーションが重要であるとの主張である。同様の議論を産業材サプライネットワークの視点から展開している研究者も存在する(Eloranta & Turunen, 2016)。
続いて,消費者とのコンタクトポイント管理の視点から議論しているのがDellaert(2019)である。Dellaert(2019)は,コンシューマー・プロダクション・ジャーニーと呼ばれる概念モデルを提唱した。伝統的なマーケティングと大きく異なるのは,消費者は受け身で製品やサービスを消費するのではなく,消費者がネットワーク単位で企業の活動に積極的に関わる,すなわち,共同生産(co-production)をおこなう存在である点にある。
(2) プラットフォーム企業のオーケストレーションDhanaraj and Parkhe(2006)は,ネットワークを通じたイノベーション創出のためには,適切なネットワークの設計(構成メンバーや構造,ポジション)はもちろん,ハブとなる企業がおこなうオーケストレーション(調和のとれた編成)が重要であると主張している。ギグ・ワーカーを取り上げた研究ではないが,プラットフォームを中心としたイノベーション創出を考える上でも重要な示唆を与える。オーケストレーションのプロセス・マネジメントには,3つの重要な要素が含まれる。これら要素は互いに影響し合い,ネットワーク・イノベーション成果をもたらすとされている。
一つ目の要素は,知識の流動性管理である。ハブ企業は,メンバー企業に一体感を植え付け,「情報を共有したい」という動機付けをおこなう。その上で,メンバー企業間の社会化を促進し,知識の流動性を実現させるのである。ハブ企業は,全体を俯瞰し,どこに貴重な情報があるかを特定して吸収,利用する能力を有していなければならない。
二つ目は,専有可能性(appropriability)管理である。ハブ企業は,メンバー企業間で公平に価値を分配し,特定の企業が専有しないように管理する必要がある。その際,契約書などの文書で取り交わすよりも,信頼や相互依存,共同問題解決などに依存する管理手法が好ましい。また,意思決定プロセスの明解性や一貫性,不服を感じた際の調整機構,共同資産保有の仕組み(例.合弁事業や特許プール)も専有可能性を低減させる上で有効であるとされている。
三つ目は,ネットワークの安定性管理である。安定性には,ハブ企業の強い市場リーダーシップの評判と刺激としての将来の不確実性が必要である。将来にメンバー企業が得る期待利益と,そのために現在取るべき行動を結び付けて示すことで協調行動を引き出し,安定性へとつなげるのが狙いである。
Dhanaraj and Parkhe(2006)が示した以上の議論は,企業間ネットワークを前提としているが,プラットフォームやギグ・ワーカーの管理においても,非常に参考となりそうである。
5. ギグ・エコノミーにおけるコワーキング・スペースの役割と管理 (1) コワーキング・スペースとはコワーキング・スペース(CS)と呼ばれるサービスは,ギグ・ワーカーにリアルなつながりをもたらしている。バーチャルオフィスやシェアオフィスを展開する株式会社ナレッジソサエティのウェブサイトによると,CSは,都内に300箇所以上はあると考えられており,利用者に個室やデスク・スペース,Wifiサービス,フリードリンクサービスなど,はたらきやすい環境を提供している7)。中には,法人登記や郵便物の受け取り,転送も可能であるため,起業を前提に準備を進めるギグ・ワーカーからも強い支持を得ている。主な利用者は,フリーランサーや起業家,副業するサラリーマン,学生などである。今回の文献レビューでは,CSを扱った論文もいくつか見られた。
なぜギグ・ワーカーはCSを利用するのか。それは,彼らのパフォーマンスに直結しているからかもしれない。Petriglieri, Ashford, and Wrzesniewski(2018)は,65名のギグ・ワーカーにヒアリングをおこない,成功するギグ・ワーカーの共通点を見出そうとした。そして,成功するギグ・ワーカーは,環境づくりに意外なほど神経を使っていることが判った。具体的には,仕事に集中できる居場所や空間の確保,パフォーマンスを上げるためのルーティンワーク,モチベーションを保つのに有効な幅広い目的の設定,人とのつながりの維持といった4つである。これらを実現させてくれるのが,CSなのである。つまり,単なるスペースの提供にとどまらず,利用者同士が産業セクターの枠を超えてより柔軟に,より自発的につながり,社会的相互作用を生み出す機会を生み出しているといえる(Bouncken & Reuschl, 2018)。
Bouncken, Laudien, Fredrich, and Görmar(2018)は,CS内で発生する緊張に注目している。参加するユーザーの目的や期待値はそれぞれ異なるため,どのような価値を創造し,どのようにそれを刈り取るのかという点で,ある種の緊張が生まれるというのである。ところが,それぞれのユーザーは独立しており,調整するのが非常に難しい。例えば,あるユーザーは新しい情報収集を目的に利用しているかもしれないし,別のユーザーは,経済的な見返りを期待しているかもしれない。そこで重要となるのが,コミュニティマネジャーの存在である。コミュニティマネジャーとは,CS運営会社が雇う調整役,いわゆるファシリテーターである。Bouncken et al.(2018)によると,コミュニティマネジャーは,ユーザー同士を繋げたり,革新的アイデアを考える雰囲気を醸成したり,ユーザー間で生まれる緊張をいち早く感じ取り,解決へと導く役割を担っている。価値の刈り取り方法についても,様々な手法を熟知しており,伝統的な製品やサービスで見られる「売上から収益を得るモデル」だけではなく,より柔軟な手法(例えば,会員制課金システム)も検討される。日本国内にもコミュニティマネジャーを常駐させているCSは存在する。
(2) コワーキング・スペースの研究注目を浴びるCSではあるが,学術研究に乏しいのが現状である。ここでは,いくつかの研究を紹介したい。例えば,Bouncken and Reuschl(2018)は,CS利用者が学習を通じてパフォーマンスを向上させる概念モデルを提唱している。学習の先行要因として,信頼,コミュニティ,自己効力感を挙げている。ここで言うパフォーマンスとは,経済的成功,ビジネスモデルの成功,事業化の成立などを意味している。機会主義的行動(主に情報の漏洩)が,信頼,コミュニティ,学習へマイナスの影響を及ぼす懸念も示している。
続いてGarrett, Spreitzer, and Bacevice(2017)の研究では,CS利用者が,コミュニティ感覚を獲得する過程について分析している。半構造化インタビュー,エスノグラフィー調査,公開メール履歴のコンテンツ分析をおこなった結果,コミュニティ感覚の形成には,集団的アイデンティティの獲得,社会的空虚感を埋めること,オーナーシップ感覚の獲得,本当の意味での友人作りである。これらが実現されると,コミュニティ感覚の形成へとつながるのである。さらに,コミュニティ感覚形成のプロセスについて概念モデルを提示している。
今回調べた限りにおいては,CSを製品開発やイノベーションに直接結びつけた研究は存在しなかった。しかしながら,製品開発やイノベーションに関連したCS研究は,今後大きな発展の可能性を秘めている。それは,大企業がCSの価値を認め,イノベーション創出を目的に,企業内にCSを導入したり,外部のCSを有効活用しようとしたりする動きが見られるからである。例えば,東京都千代田区丸の内に位置する「Point0(ポイントゼロ)」は,著名な企業がパートナー企業として名を連ねている8)。各社が最新技術やIOTインフラを持ち寄り,オフィスの快適性や効率性は当然のこと,コミュニケーションを活性化させて,クリエイティビティを高める「未来のオフィス空間づくりに向けた実証実験」もおこなわれている9)。
また,Matsue(2020)によると,大企業の従業員がCSを利用するケースが最近増加しており,このような背景には,企業が外部のアイデアを取り入れようとする柔軟な姿勢へと変化してきている点,企業と従業員との関係性が変わり,企業の役割が「個を活かす」ことにシフトしている点がある。遠くない将来に,CSを発端として斬新な製品開発が数多く生まれることになるかもしれない。
本研究は,近年注目を集めるギグ・エコノミーに焦点を当て,製品開発やイノベーション領域の研究について,文献レビューをおこなった。その結果,5つの領域が存在することがわかった。具体的には,人的資源マネジメントの対象としてのギグ・ワーカー,ギグ・ワーカーのモチベーション管理,ギグ・エコノミーとアイデア創出,ギグ・エコノミーにおけるプラットフォームの役割と管理,ギグ・エコノミーにおけるコワーキング・スペースの役割と管理である。
いずれの領域も,定性的なアプローチから概念フレームワークを提示する研究や,簡単な記述統計を用いて実態を明らかにする研究,古典的理論を援用して探索的に現象解明を試みた研究が多く,学術的研究の蓄積が十分であると言えない。また,研究の視点もプラットフォーム企業視点,ギグ・ワーカー視点,クライアント企業視点と様々であり,このことが実態解明をより困難にしている状況も見えてきた。さらに,今回最も注目していたアイデア創出やイノベーション創出を扱った研究については数も少なく,今後の発展が期待される領域であることが示された。
続いて,本研究の限界もいくつか明らかとなった。例えば,今回扱ったプラットフォーム・サービスやコワーキング・スペースの利用者には,純粋なギグ・ワーカー以外のプレーヤーも含んでおり,両サービスを扱った過去の研究成果をそのままギグ・エコノミーの知見として受け入れることが,乱暴な議論として捉えられるかもしれない。他にもクラウド・ソーシングやオープンイノベーションといった類似領域の研究と明確な弁別が難しい点も限界として挙げられる。今回の検索条件から漏れた論文の中にも,いくつか重要なものが含まれているかもしれない。
最後に,今後の課題点について示しておきたい。先行研究の傾向を踏まえると,著者が当初期待していたような「クライアント企業が,ギグ・ワーカーを積極的に製品開発に利用し,イノベーション創出に活かしている」状況からはほど遠い実態が見えてきた。一つの理由として,ギグ・ワーカーを活用したビジネスは,ライフサイクル・ステージの導入期にあり,製品開発に有効活用する状況にまで至っていないためだと著者は考えている。図表2は,レビューした論文から得た知見をもとに,各ステークホルダー(i.e.,プラットフォーム企業,クライアント企業,ギグ・ワーカー)のステージ別関心領域を示したものである。
ステークホルダーのライフライクル・ステージ別関心領域(仮定)
出典:著者作成
導入期のプラットフォーム企業は,サービスの普及が最大の関心事である。ギグ・ワーカーの参加意向やサービス利用数を増加させなければビジネスが成立しないため,それらを気に掛けている。また,手探りで始めている部分もあり,様々な問題(例.労働環境など)が発生し,それらに対応しなければならない。クライアント企業は,ギグ・エコノミーについて理解したいと考えている。また,漠然とした警戒感も抱いている。企業は,ギグ・ワーカーをアウトソーシング方法の一つとして見ているが,コスト削減や敏捷性を求めて,「試しに利用してみよう」という程度で考えている。多くのギグ・ワーカーは,自分の空いた時間に,単純作業で小遣い稼ぎをする手段として位置付けている。このような状況では,ギグ・エコノミーを製品開発などに活用し,イノベーション創出を生み出す土壌が十分に整備されたとは言えないだろう。
仮に,ギグ・エコノミー・ビジネスが成長期へと移行した場合はどうだろうか。プラットフォーム企業は,別のプラットフォームとの競争を余儀なくされる。そこで,価値創出を最大化させるために最適なオーケストレーションに努めるようになる。クライアント企業も,ギグ・ワーカーを積極的に活用し,既存のマーケティング・プロセスへと統合させようとする。彼らが期待する効果も,単なるコストダウンからイノベーション創出やネットワーク強化へと移行するであろう。一方のギグ・ワーカーは,専門スキルや高度な知識を用いて,自己成長やネットワーキングを実現しようと努めるかもしれない。このような理想的な状況となれば,ギグ・エコノミーを通じたイノベーション創出へとつながるであろう。
上記は推測の域を出ないが,企業のみならず,マーケティング研究者は,ギグ・エコノミーに関する今後の動向に注視していく必要があるだろう。
本研究はJSPS科研費19H01545の助成を受けたものです。
大平 進(おおひら すすむ)
早稲田大学人間科学部卒業。University of Pennsylvania, School of Arts & Sciences修士課程修了。ワブコジャパン株式会社在職中に早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。早稲田大学商学学術院助手,助教を経て,現在,千葉商科大学商経学部専任講師。専門はマーケティング戦略。