2021 Volume 40 Issue 3 Pages 58-66
国際競争の激化,製品ライフサイクルの短縮化の中で,企業は自らの既存の資源・能力を活用した漸進的な製品イノベーションだけでなく,新しい資源・能力の探索を伴う急進的な製品イノベーションを達成することがますます求められている。しかし,急進的な製品イノベーションには非常に高いリスクや不確実性が伴い,その実現は困難である。その中で,多くのマーケティング・経営学者は,急進的な製品イノベーションを促進・阻害する要因についての研究を行ってきた。とりわけマーケティング学者は,マーケティング組織の活動が,急進的な製品イノベーションを促進・阻害するのかという課題に対して多くの関心を向けてきた。本論の目的は,マーケティング組織の活動と急進的な製品イノベーションの関係について検討した既存研究をレビューし,その知見を整理することである。具体的には,マーケティング組織と急進的な製品イノベーションの関係に着目した2つの研究潮流をレビューした上で,マーケティング組織が急進的な製品イノベーションに如何に関与するべきなのかについて既存研究の知見を整理する。その上で,この研究領域における将来の研究余地を指摘する。
As global competition intensifies and product life cycles shorten, companies are required to achieve radical new product innovations, aside from incremental new product innovations, more frequently than ever. Radical new product innovation can be achieved by exploring new competencies and resources. Incremental new product innovation can be achieved by exploiting existing competencies and resources. Although radical new product innovations are important for companies’ survival, these radical new product innovations are difficult to achieve, due to high-risk markets and technological uncertainty. This dilemma has fueled a growing interest in the determinants of radical new product innovations among marketing and management researchers. Specifically, many marketing scholars have examined how marketing organization hinders or promotes radical new product innovations. The objective of this study is to review existing literature regarding marketing organization and radical new product innovation and to summarize its implications. Specifically, this research reviews the two research streams and draws conclusions on how marketing organizations should engage in radical new product developments. Furthermore, this study indicates several research gaps in this topic and shows directions for further research.
技術の発展や企業間競争の中で,かつて主流製品であったものの多くが,市場から姿を消した(Bower & Christensen, 1995; Chandy & Tellis, 1998)。例えば,ワード・プロセッサ,セルロイド・カメラ,カセットテープなど以前多くの消費者が利用していた製品は,パーソナル・コンピュータ,デジタル・カメラ,CDのような代替的な製品に取って代わられてしまった。このような状況において企業は,既存の資源・能力の活用によってもたらされる漸進的な製品イノベーションだけでなく,新しい資源・能力の探索によってもたらされる急進的な製品イノベーションを実現することが求められている(O’Reilly & Tushman, 2008)。
このような実務的な関心に対して,マーケティング論・経営学では,急進的な製品イノベーションの発生を促進する要因について多くの研究が行われてきた。例えば,組織プロセス(e.g., Salomo, Weise, & Gemünden, 2007; Veryzer, 1998),組織構造(e.g., Calantone & Rubera, 2012; Stock & Reiferscheid, 2014),組織文化(e.g., Chandy & Tellis, 1998; Lukas & Ferrel, 2000; Zhou, Yim, & Tse, 2005)など様々な要因に着目して研究が行われてきた。その中でも,Christensen and Bower(1996)によって,マーケティング組織の活動が急進的なイノベーションの発生を阻害する可能性が示唆されたのちには,マーケティング組織の活動が急進的な製品イノベーションにどのような影響を与えるのかについて多くの研究が行われてきた(e.g., Chandy & Tellis, 1998; Danneels & Sethi, 2011; Joshi, 2016; Tellis, Prabhu, & Chandy, 2009)。一方,マーケティング組織の活動と急進的な製品イノベーションの関係は,多くのマーケティング・経営学者の関心を集めてきたものの,それについての研究の知見を俯瞰的にレビューした論文はほとんど執筆されていない。
以上を踏まえ,本論は,マーケティング組織の活動と急進的な製品イノベーションの関係について検討した既存研究をレビューし,その知見を整理する。その上で,この研究領域における今後の研究余地を明らかにする。
イノベーションとは何かについての議論は,古くから行われてきた(e.g., Drucker, 1955; March & Simon, 1958; Schumpeter, 1912)。例えば,Schumpeter(1912)は,イノベーションを経済発展を推進する上で不可欠なものと位置づけ,既存の知識を結合することを通して,新知識を創出し,それを産業に適用することであると捉えた。その上で,イノベーションには,技術的な革新だけではなく,新しい生産物の導入,新しい市場の開拓,新しい素材やインプットの確保,新しい組織構造の実施といった様々な活動が含まれるとした。また,Drucker(1955)は,市場の開拓とイノベーションを分け,前者はマーケティングの役割であると述べた。その上で,イノベーションは,製品・サービスの革新と,それらのアウトプットに必要な活動の革新に分けられると述べた。
これらの研究は,イノベーションを様々な活動や成果物が含まれるものと捉えたのに対し,その他の研究は,より具体的にイノベーションを捉えるために,複数の観点を提示した。例えば,イノベーションを製品イノベーションとプロセス・イノベーションに分類する観点(e.g., Abernathy & Utterback, 1978; Meeus & Edquist, 2006),技術的イノベーションと管理的イノベーションに分類する観点(e.g., Kimberly & Evanisko, 1981),イノベーションを急進性によって捉える観点(e.g., Chandy & Tellis, 1998; Slater, Mohr, & Sengupta, 2014; Zhou & Li, 2012)などがある。
このようなイノベーションについての観点の中でも多くの研究で採用されているのが,イノベーションを急進性(radicalness)によって捉えるものである。この観点は,資源ベース・ビューや組織学習の理論を踏まえ,企業の保有する資源や能力に着目している。そして,イノベーションが企業の保有する資源・能力を活用・強化するものであるか,あるいは新しい資源・能力の開発を求めるものであるかによって,前者の場合漸進的なイノベーション,後者の場合急進的なイノベーションに分類している(Atuahene-Gima, 2005; Smith & Tushman, 2005)。本論は,急進性の観点から製品イノベーションを捉え,特に達成が困難であると言われる急進的な製品イノベーションに光を当てて,既存研究のレビューを行う。
マーケティング組織の活動と急進的な製品イノベーションの関係に着目した研究は,2つの研究潮流に分類することができる。1つめの研究潮流は,市場知識の生成・普及や顧客管理などのマーケティングの機能に着目し,それらの要因が急進的な製品イノベーションに与える影響を検討してきた。もう1つの研究潮流は,企業内に存在するマーケティング組織の急進的な製品イノベーションに対する関与の仕方に着目してきた。以下,順に2つの研究潮流に属する研究をレビューしていく。
1. マーケティングの機能が急進的な製品イノベーションに与える影響市場情報の生成・普及などのマーケティングの機能が製品イノベーションに与える影響については,多くの関心が注がれてきた(e.g., Chandy & Tellis, 1998; Christensen & Bower, 1996; Danneels & Sethi, 2011)。特に,Christensen and Bower(1996)が,マーケティング組織の活動によって,急進的なイノベーションが阻害されることを示唆したのち,マーケティング活動と急進的な製品イノベーションの関係についてさらなる関心が注がれるようになった(Danneels, 2004)。
Christensen and Bower(1996)は,マーケティング組織が顧客志向を追求した結果,急進的なイノベーションに繋がる破壊的技術を潰してしまう可能性を指摘した。新しく出現した破壊的技術は当初,主流顧客(mainstream customers)が重視する製品の特徴において,既存の技術よりも低い価値しか提供できないことが多い。そのため,マーケティング組織がリード・ユーザー法などの手法で市場調査を行っても,既存の主流顧客は破壊的技術を支持しないという調査結果が得られる。また,破壊的技術は当初,非常に規模が小さい市場や潜在市場をターゲットとする場合がほとんどで,売上予測の観点から否定的な評価を受けることが多い。以上から,Christensen and Bower(1996)は,破壊的技術に対して,マーケティング組織や財務組織は反対の立場を示すことが多く,それによって急進的なイノベーションの可能性が潰されてしまうと示唆した。
このようなChristensen and Bower(1996)の指摘に対して様々な反論もなされてきた。特に,Danneels(2004)は,Christensen and Bower(1996)の主張を様々な観点から批判した。例えば,Christensen and Bower(1996)における顧客志向に対する認識を批判し,顧客志向とは既存顧客のみに注意を払うものではなく,既存顧客と潜在顧客の両方に注意を払うことであると指摘した。さらに,Christensen and Bower(1996)は,リード・ユーザー法による市場調査は既存顧客に対して行うものと想定したが,リード・ユーザーには既存顧客だけでなく潜在顧客も含まれるとも指摘した。Danneels(2004)は,以上のような指摘をした上で,企業は既存市場・顧客についての市場情報の収集だけでなく,潜在市場・顧客についての市場情報の収集を行うことで,急進的な製品イノベーションを促進できるとした。
このようなDanneels(2004)の批判を発端として,マーケティングの機能が急進的な製品イノベーションに与える影響について,様々な研究が行われるようになった。これらの研究の中には,マーケティングの(1)市場知識の生成・普及機能に着目するものと(2)顧客管理の機能に着目するものが多い。
マーケティングの市場知識の生成・普及機能に着目する研究は,企業が顧客のニーズや市場動向などの市場情報をどのように収集しているかが,急進的な製品イノベーションに影響を与えると指摘した。例えば,Kyriakopoulos, Hughes, and Hughes(2016)では,マーケティング活動の結果蓄積される資源の1つとして,マーケティング知識を挙げている。その上で,企業に蓄積されているマーケティング知識は,新しい知識を吸収するための土台になる一方で,企業の過去の経験や知識に基づくものであるため,組織のメンバーの注意を既存市場や既存技術に向けやすくし,急進的な製品イノベーションを阻害すると指摘した。111社のB2B企業からデータを収集し統計分析を行ったところ,企業のマーケティング知識は急進的なイノベーション活動を阻害することが示された。このようなKyriakopoulos et al.(2016)の主張に対し,その他の研究は,企業は潜在顧客・潜在市場についての情報を能動的に収集することを通して,急進的な製品イノベーションを促進できると指摘した(e.g., Chandy & Tellis, 1998; Danneels & Sethi, 2011; Joshi, 2016; Tellis et al., 2009)。例えば,Tellis et al.(2009)は,未来的市場志向性と呼ばれる概念を提唱した。未来的市場志向性とは,企業が自らの市場調査活動において,既存市場に現時点で存在しない顧客や競合他社に重きをおいている程度を指している。17の国の759の企業のサーベイ・データ,アーカイブ・データから作成したデータセットに対して統計分析を行ったところ,未来的市場志向性は急進的イノベーションに正の影響を与えると示された。また,Danneels and Sethi(2011)は,市場スキャニングという概念に着目した。市場スキャニングとは,組織が将来の顧客ニーズ・潜在的な競合他社について学ぼうと努力している程度を指している。アメリカの145の製造企業からデータを収集し,統計分析を行ったところ,市場スキャニングは,探索的な新製品の導入に正の影響を与えると示された。
マーケティングの顧客管理の機能に着目する研究は,企業がどのような顧客を重視しているかが,急進的な製品イノベーションに影響を与えると指摘した。例えば,Govindarajan, Kopalle, and Danneels(2011)は,新興顧客志向という概念を提示した。新興顧客志向とは,企業が規模の小さい新興顧客に対して関心を持っている程度を指している。Govindarajan et al.(2011)は,このような志向性を持った企業は,既存の主流顧客に縛られずに活動をすることができるため,より頻繁に破壊的イノベーションを導入できると予測した。51のSBUから成果変数と独立変数についてのデータを異なる時点で収集し,統計分析を行ったところ,仮説は支持された。また,Arnold, Fang, and Palmatier(2011)は,顧客獲得志向性(customer acquisition orientation)と顧客保持志向性(customer retention orientation)という概念に着目した。顧客獲得志向性とは,潜在顧客についての情報の獲得,その潜在的価値の測定,潜在顧客をより大きな長期的価値とともに獲得するための資源配分に注力している程度を指している。一方,顧客保持志向性とは,長期的価値を得るために,既存顧客についての情報の獲得,既存顧客の識別,既存顧客への資源配分に注力している程度を指している。この論文は,顧客獲得志向性が高いほど,(1)企業は潜在顧客のニーズや好みに対応するために資源の探索をより行うようになること,(2)既存顧客を超えて市場情報に注意を払うようになるため知識の多様性が高まることから,急進的なイノベーションのパフォーマンスが高まることを予測した。また,顧客保持志向性が高いほど,(1)企業は既存顧客の満足度を高めるために資源の活用をより行うようになること,(2)既存顧客からの情報に注意を払うため知識の多様性が低下する一方で,知識の深さは高まることから,漸進的なイノベーションのパフォーマンスが高まると予測した。225のSBUから収集したデータを分析したところ,仮説は支持された。
2. マーケティング組織の関与が急進的な製品イノベーションに与える影響マーケティング組織の関与に着目した研究は,マーケティング組織が急進的な製品開発のプロセスにどのように関わるのか,またマーケティング組織の関与が,急進的な製品イノベーションに如何なる影響を与えるのかについて検討してきた。以下では,マーケティング組織の急進的な製品イノベーションへの関わり方に着目した研究,マーケティング組織の関与が急進的な製品イノベーションに与える影響に着目した研究をレビューしていく。
(1) 急進的な製品イノベーションへのマーケティング組織の関与急進的な製品開発のプロセスが,通常の製品開発と異なることは,これまで複数の研究によって指摘されてきた(e.g., Reid, Roberts, & Moore, 2015; Slater et al., 2014)。通常の製品開発においては,公式的な製品開発プロジェクトが始まる前のファジー・フロント・エンド(Fuzzy Front End;以下FFE)の段階で,市場・技術情報収集と長期トレンド洞察に基づき,事業戦略と技術戦略との整合性が明確化され,その後アイデア発想とコンセプト形成,プロジェクト計画の策定が行われる(Khurana & Rosenthal, 1998)。そして,正式なプロジェクトに入る前に,製品コンセプトの評価が市場機会・技術的実現可能性などの観点から検討される(Hughes & Chafin, 1996)。この段階を通過すると,製品開発は,正式なプロジェクト段階に移行し,製品の試作品が完成したあとには,生産のスケールアップなどの商業化の段階に移る。このような通常の製品開発では,FFEの段階からマーケティング組織が製品開発に大きく関与することが多い(Griffin & Hauser, 1996)。例えば,マーケティング部門は,自らの持つ顧客ニーズや市場動向についての知識に基づき,製品コンセプトの策定・プロジェクト計画の策定に大きく関わるとともに,正式な製品開発プロジェクトに移行したあともR&D部門,製造部門,営業部門などの調整役として,中心的な役割を果たすことが多い。
一方,急進的な製品開発では,技術的な不確実性・市場の不確実性が非常に高いため,開発の初期から明確に製品コンセプトやマーケティング戦略を決定することは非常に困難である(O’Connor & Rice, 2013; Reid & de Brentani, 2004)。代わって,非常に高い不確実性の中で,開発者が試作品の作成を繰り返していく中で,開発の方向性や技術の使用用途などが徐々に明らかになっていくことが多い(Lynn, Morone, & Paulson, 1996)。それゆえ,中心的な役割を果たす組織メンバーが,通常の製品開発とは異なることが既存研究によって指摘されてきた(e.g., Reid & de Brentani, 2004; Slater et al., 2014; Veryzer, 1998)。例えば,急進的な製品開発において,マーケティング組織が如何に関与するのかについて,(1)FFE段階,(2)製品評価段階,(3)正式なプロジェクト段階ごとに以下のことが指摘されている。
まず,急進的な製品開発においては,通常の製品開発とは異なり,FFE段階における不確実性が高い(O’Connor & Veryzer, 2001)。そのため,通常の製品開発では,製品コンセプトの決定等が行われるが,急進的な製品開発では,様々な技術の中からどの技術に着目するか,着目した技術をどのように製品に落とし込むか(例えば,どのような用途でその技術を活用できる見込みがあるか)について検討される(Veryzer, 1998)。これらのタスクに対しては,境界の橋渡し役(boundary spanner;外部環境からの情報に触れる中で,未充足のニーズや新技術の今後の展開にいち早く気づく個人)やゲート・キーパー(gate keeper;特定された新技術の価値や新市場の存在を組織に共有し,その問題や機会に対し組織全体の行動を働きかける個人)が大きな影響を与える(Reid & de Brentani, 2004)。そして,境界の橋渡し役,ゲート・キーパーは,市場と技術の両方について知識を持つR & D部門のメンバーであることが多く,マーケティング組織のメンバーであることは少ない(O’Connor, 1998)。
ただし,FFE段階において,マーケティング組織が間接的に急進的な製品開発に影響を与えることはある。例えば,様々な技術の中から市場機会に結びつく可能性がある技術を発見するためには,組織のメンバーが市場知識を保有している必要がある(Danneels, 2002, 2004)。また,組織のメンバーは,製品化に向けて技術の使用用途を狭めていくために,市場ビジョン(market vision;最先端の技術によって将来出現する市場に対して明確なイメージを持つこと)を共有している必要がある(O’Connor & Veryzer, 2001)。以上を踏まえると,マーケティング組織は,市場情報の収集を積極的に行い,組織のメンバーに共有することで,FFE段階における技術の選別や製品化に向けた技術の使用用途の絞り込みに影響を与える可能性がある。
製品評価の段階では,企業が正式にプロジェクトを承認し資源配分を行うか判断するために,製品アイデアの技術的な実現可能性,事業性が評価される(Hughes & Chafin, 1996)。この段階において,マーケティング組織は,製品アイデアに関係する潜在顧客の特定や市場規模の推計を行い,事業性の評価に関わることで,急進的な製品開発に影響を与える(Christensen & Bower, 1996; Danneels, 2004)。また,事業性を評価する際には,顧客コンピタンスと呼ばれる,特定の顧客に価値を提供するための能力を企業が保有しているかも重要となる(Danneels, 2002)。顧客コンピタンスとは,顧客のニーズ・好み・購買手順についての知識,顧客への流通・販売経路,顧客へのコミュニケーション・チャネル,企業・ブランドの評判などに関わる資源・能力を含み,マーケティング組織はこれらの資源・能力を普段から蓄積することで,製品評価の段階に影響を与えうる。
最後に,正式なプロジェクトの段階では,試作品作成のプロセスを通じて,製品の商業化に注意が向けられる(Veryzer, 1998)。このプロセスの後半になると,顧客にとっての製品の便益や製品のユーザー・インターフェースの設計などが重要になる。試作品作成のプロセスにおいて,マーケティング組織は,リード・ユーザーに対する調査や市場情報の収集,市場実験によって,潜在顧客のニーズや好みを分析することを通して,製品のデザインに対して大きな影響を与える。
(2) マーケティング組織の関与が急進的な製品イノベーションに与える影響マーケティング組織の関与が急進的な製品イノベーションに与える影響について検討した研究は,主にマーケティング部門と他部門(例えば,R&D部門)が如何に協働して製品開発に関与するかに着目している。その上で,部門間の協働が急進的な製品イノベーションに影響を与える因果メカニズムを資源依存理論の知見を援用して説明している(e.g., Calantone & Rubera, 2012; Olson, Walker, & Ruekert, 1995)。それらの研究によると,マーケティング部門や他部門は,活動に必要な全ての金銭的・情報的・人的資源を単独で持っているわけではないため,互いの能力・知識に対して依存関係にある(Ruekert & Walker, 1987)。特に,新製品の急進性が高く,市場・技術の不確実性が高い状況では,市場・技術の不確実性を克服するために,各部門はその他の部門が持つ様々な知識や情報,資源に積極的にアクセスをする必要がある。それゆえ,新製品の急進性が高い場合には,部門間の依存度はより高まり,各部門を統合するメカニズムが一層必要となる。例えば,Olson et al.(1995)は,部門間の調整メカニズムとして,①官僚型統制,②個別連絡,③一時的機動部隊,④統合担当マネージャー,⑤マトリックス構造,⑥デザイン・チーム,⑦デザイン・センターを挙げ,後の順番になるほど有機的・従業員参加型の(組織構造が複雑で分権化されており,ルールの縛りが緩い)調整メカニズムに近づくとした。その上で,資源依存理論の知見を踏まえ,製品の急進性(革新性)が高いほど,部門間の連携の必要性が高まるため,部門間の統合度がより高い有機的・従業員参加型の調整メカニズムの有効性が高まるという仮説を提示した。45の製品開発プロジェクトから収集したデータを統計分析した結果,その仮説は支持された。このように資源依存理論に依拠した研究は,急進的な製品イノベーションを達成するためには,マーケティング部門と他部門の統合が必要であることを示唆している。
一方,資源依存理論の知見に反し,急進的な製品イノベーションの成果に対して,マーケティング部門と他部門の統合が負の影響を与えることを示した研究もある。例えば,Calantone and Rubera(2012)は,マーケティング部門とR&D・エンジニアリング部門の協働が,急進的な新製品プログラムの成果に負の影響を与えると示唆した。この研究は,アメリカの自動車部品に関わる80の事業ユニットからデータを収集し,統計分析を行い,急進的な(探索的な)新製品の割合が高い事業ユニットでは,R&D・エンジニアリングとマーケティングの協働の程度は,新製品プログラムの成果へ負の影響を与えることが示された。
Olson et al.(1995)とCalantone and Rubera(2012)のように,研究間で異なる示唆が得られる理由として,これらの研究が製品開発の段階を区別していないことが挙げられる。先述したように,急進的な製品開発では,製品開発がどの段階にあるかによって,マーケティング組織の製品開発への関与の仕方は変わってくる。例えば,急進的な製品開発のFFE段階では,マーケティング組織が開発に直接関与することは少ないが,正式なプロジェクトの後半では,マーケティング組織は,自身の持つ顧客ニーズや市場動向についての知識を踏まえ,製品開発に積極的に関与するようになる。例えば,Brettel, Heinemann, Engelen, and Neubauer(2011)は,製品開発の段階を開発段階と商業化段階に分け,それぞれの段階におけるマーケティングとR&Dの統合が,プロジェクトの成果に与える影響について検討した。118の製品開発プロジェクトからデータを収集し,それを統計的に分析したところ,急進的な製品開発の場合,商業化段階でのマーケティングとR&Dの統合は,製品開発の効率性・有効性に正の影響を与えるが,開発段階ではそのような関係は見られないことが示された。
以上を踏まえると,急進的な製品イノベーションの成果を高めるためには,すべての段階でマーケティング組織が開発に積極的に関与するのではなく,正式なプロジェクトの中で,製品の商業化の問題(例えば,製品の顧客にとっての便益の明確化や製品のユーザー・インターフェースの設計)が重要になる段階でマーケティング組織は関与するべきであると示唆される。
以上では,マーケティング組織の活動と急進的な製品イノベーションの関係についての2つの研究潮流についてレビューしてきた。そこから,マーケティング組織の活動は必ずしも急進的な製品イノベーションを阻害するものではなく,潜在顧客・市場に対する情報収集のような能動的な取り組みを通して,急進的な製品イノベーションを促進すると示唆された。また,漸進的な製品イノベーションと急進的な製品イノベーションでは,マーケティング組織の関与の仕方が異なり,急進的な製品イノベーションでは,商業化段階におけるマーケティング組織の関与が重要であると指摘した。既存研究レビューの結果,これらの示唆が得られた一方で,以下のような課題も明らかとなった。
第1に,マーケティングの機能に着目した既存研究は,未来的市場志向性や市場スキャニングのような企業による潜在顧客・市場についての情報収集が急進的な製品イノベーションを促進する上で,重要な役割を果たすと指摘してきた。一方,これらの研究は,如何に潜在顧客・市場についての情報収集を促進できるかについては,あまり検討していない。企業の情報収集の対象は通常,情報の入手容易性の関係から,既存顧客・市場に偏る傾向にある。今後の研究は,どのような組織構造・組織システムの企業が,潜在顧客・市場についての情報収集活動に積極的に従事しているか検討するべきである。例えば,Kuroiwa(2013)は市場調査の機能を誰が担当するかが,企業の市場志向に影響を与えると指摘している。この研究を踏まえ,今後は,市場調査機能を誰が担当するかが,既存顧客・市場についての情報収集,潜在顧客・市場についての情報収集それぞれに如何なる影響を与えるか検討できる。
第2に,マーケティング組織の関与に着目した研究は,マーケティング組織が独立した組織ユニットであることを想定しており,それ以外の企業内でのマーケティング組織の位置づけについては注意を向けていない。今回レビューした急進的な製品イノベーションとマーケティング組織の関係に着目した研究は,マーケティング組織が他の部門から独立したマーケティング部門として存在しており,それが他部門と協働することを通して製品開発の成果に影響を与えることを想定してきた。一方,複数の研究では,独立したマーケティング部門が存在しない企業の存在を指摘している(e.g., Kotler, Rackham, & Krishnaswamy, 2006; Piercy, 1987)。例えば,Kotler et al.(2006)は,①マーケティング部門がそもそも存在しない企業のほか,②マーケティングが営業部門の付属組織として位置づけられている企業の存在を指摘した。Ocasio(1997)によると,企業のメンバーが,組織でどのように位置づけられるかによって,彼らが注意を向け処理する情報には違いが生じる。以上を考慮すると,マーケティング組織が企業で如何に位置づけられるかが,製品イノベーションに影響を与える可能性がある。この点について今後検討していくことで,マーケティング組織と急進的な製品イノベーションの関係について,新たな知見を得られるかもしれない。
本論を執筆するにあたり,編集委員の小野晃典先生から本誌へ招待頂くとともに,丁寧かつ有意義なコメントを頂きました。また,慶應義塾大学商学部の高橋郁夫先生,高田英亮先生からも様々なご指導を頂きました。心より感謝致します。
堀口 哲生(ほりぐち てつお)
慶應義塾大学商学部卒業。同大学商学研究科を経て,現在東洋大学経営学部助教。専門は,マーケティング戦略・製品開発論。