2021 Volume 40 Issue 3 Pages 67-77
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(以下,SNS)において,一時的に多くのユーザーが話題にしている状態はバズや炎上と呼ばれ,注目を集めている状態がさらに別の人の注目を集めるという,正のフィードバックが働く。この背景には,影響力の強い発信者だけではなく,情報拡散者(Information Diffuser)や仮想的な存在(MVP: Mere Virtual Presence)と呼ばれる大多数の他者の存在があり,彼らがSNS上で「いいね」による態度表明や「シェア」による情報伝達を行うことで,その他のユーザーの消費者行動に影響を及ぼすと考えられる。本論の目的は,社会的影響研究の視点から,大多数の他者,特にSNS上の大多数の他者が,他のユーザーに影響を及ぼす現象のメカニズムについて既存研究を整理し,研究課題を提示することにある。具体的には,社会的影響の定量的な議論を可能にした社会的インパクト理論を,SNSの文脈において援用することの意義を検討し,先行研究において他者の存在が及ぼす影響の実証結果が一致しない原因を考察する。
The purpose of this study is to analyze and clarify the mechanism of the majority of other’s influence in social media. The majority of others who don’t actively participate by posting in social media sites may express their attitudes and influence by Liking and Sharing contents. This study applies social influence research, especially social impact theory, to discuss the social influence of the majority of others. Based on the review, the paper finds that the impact of social influence becomes more complex when the majority of others exists in social media, compared with an ordinary website. The paper contributes to revealing the mechanism of the majority of others, by discussing the reasons why existing researches show different results.
近年,ソーシャル・ネットワーキング・サービス(以下,SNS)は企業と消費者の重要なコミュニケーションツールとなっている。多くのユーザーが特定のコンテンツを話題にする状態はバズや炎上と呼ばれ,その状態がさらに多くの注目を集めることで,情報拡散が促進される(Kaplan & Haenlein, 2011)。マーケティング・コミュニケーション研究においては,このバズや炎上の発信源となる,インフルエンサーやセレブリティーと呼ばれる,影響力を持つ個人に着目した研究が主流であった(Backaler, 2018; De Veirman, Cauberghe, & Hudders, 2017; Knoll & Matthes, 2017; Sokolova & Kefi, 2020)。
しかし本論では,情報拡散を後押しする「大多数の他者」に注目し,個人がSNS上で「いいね」による態度表明や「シェア」による情報伝達を行うことで,短期的に多くのユーザーが集積し,その他のユーザーの消費者行動に影響を与える現象を扱う。本論でいう大多数の他者とは,SNS上の投稿に「いいね」・「シェア」を付与する個人の集積を指す。「いいね」を付与する個人は,話題への関心の態度表明者であるだけでなく,数として他のユーザーに表示されたり,繋がりのあるユーザーに「いいね」を付与したことが通知されたりするため,無意図的に情報拡散者としての役割を持つ。また,「シェア」をする個人は,話題への関心の態度表明に加え,無意図的に情報拡散をする役割を持つ。
このような大多数の他者は,マーケティング・コミュニケーション研究において,着目する視点により様々な呼ばれ方をしてきた。1)発言頻度の少なさに着目する場合には非発言者(Lurker)やサイレントマジョリティー(Silent Majority)(Nonnecke & Preece, 2000),2)情報を他者に拡散する役割に着目する場合には情報拡散者(Information Diffuser)(Chen, Li, Yao, & Zhou, 2019),3)流動的かつ短期的に個人が集積するものの,メンバー間で相互作用を持たない集団と捉える場合にはeクラウド(E-crowds)(Wieczerzycki, 2016),4)オンライン上に存在だけが表示されるブランドファンを表す場合には仮想的な存在(MVP: Mere Virtual Presence)(Naylor, Lamberton, & West, 2012),と呼ばれる。特に,SNS上の投稿に「いいね」・「シェア」を付与する個人の集積は,情報拡散者や仮想的な存在と近似しているが,これらも研究の文脈によって使い分けられていることから,本論ではこれらの用語を使わず大多数の他者と表現する。本論ではこのような短期的に集積する大多数の他者の行動メカニズムと他のユーザーに対する影響を明らかにするため先行研究をレビューし,研究課題を導出することを目的としている。
個人が他者の影響を受けるという現象の源流に遡れば,社会心理学において社会的影響として議論されてきた(Ishida, 2012; Sridhar & Srinivasan, 2012; Zhou & Guo, 2017)。社会的影響とは,狭義には他者に同調したり他者を同調させたりすることを意味し,広義には他者へ影響を与えることおよび他者から影響を受けることを指す(Hirokane, 1995, p. 124)。本論は,広義の社会的影響研究の立場から,SNS上の大多数の他者の影響力のメカニズムについて考察する。具体的には,第一に,社会的影響の定量的な議論を可能にした社会的インパクト理論に着目し,SNSの文脈において社会的インパクト理論を援用する意義について議論し,第二に,SNSの文脈において他者の存在が及ぼす影響力の結果に揺れがあることを指摘する。最後に今後の研究課題を提示する。
社会的影響は,ある個人が他の個人の態度や行動,情動を変えようと働きかける対人的影響(Interpersonal Influence)だけでなく,多くの受け手に影響を与えることを目的とした広告や宣伝をはじめとするマスメディアによる影響も含む(Imai, 2006, p. 5)。発生する事象を区分するにあたり,情報発信者が意図的に受信者に働きかけたかどうかが重要な要因となる(Imai, 2006, p. 36)。意図的な場合の代表的な現象に,説得や交渉がある。企業発信のマーケティング・コミュニケーションや企業の意図に沿って情報発信をするインフルエンサーは,意図的な社会的影響にあたる。一方,SNSで人気がある話題に関心を寄せる大多数の他者は,拡散意図や商業的な意図を持たずに「いいね」や「シェア」といった情報拡散行動を行うため,意図的でない社会的影響にあたる。SNS上では,人気がある話題に関心を寄せる大多数の他者は,インフルエンサーに追従するフォロワーと捉えられており(De Veirman et al., 2017),SNS上の意図的でない社会的影響について十分な研究が行われてこなかった。
無意図的な社会的影響は特に社会的促進(Social Facilitation)と呼ばれ,具体的には,1人で作業を行うよりも他者がいる場合の方が達成水準は上がるといった事象を対象に研究が行われてきた(Allport, 1924; Tanaka & Tsuchiya, 2003)。しかし,これらの研究では個人間の対面でのやり取りを前提としており,ウェブサイトやSNSを対象とした現象は想定しない。社会的促進を皮切りに,社会的影響の研究はより現実的な社会的場面を対象に発展し,類似性1)を持つメンバー間の他者の影響は,同調(Conformity)と呼ばれた(Asch, 1951)。
社会的影響について,影響力の大小によるシンプルな定量的な議論を可能にしたのが,社会的インパクト理論(Social Impact Theory)(Latane, 1981)である。Latane(1981)の社会的インパクト理論は,ある個人の心理的状態,動機,行動などへ他者が影響を与えることを定式化した。その要因は,社会的インパクト理論の3つの原則にある。3つの原則とは,1)個人が情報源から受ける影響力は,個人に影響を与える他者の数(Number),他者と個人の時間的・空間的距離(Immediacy),他者の影響の強度(Strength)の乗数で示され,2)個人に影響を与える他者の数が多いほど影響力は強くなるが,一定数を超えると逓減型になるという特性を持ち,3)影響を受ける側の個人の人数が多いほど影響力は分散して弱まる,というものである。
社会的インパクト理論に則り社会的影響を整理すると,特に個人に影響を与える他者の数に着目したメカニズムは,学問分野を横断して応用されてきたことがわかる。スーパースター現象(Rosen, 1981)やrich-get-richer効果(Merton, 1968)は,個人が大多数の他者に同調した結果,人気のある個人や組織が市場シェアを勝ち取るという,経済学をはじめ,戦略論などにも幅広く援用される同調の影響を示す。マーケティング領域で広く援用されるバンドワゴン効果(Leibenstein, 1950)も同様に,ある特定の製品やサービスを用いる消費者が多ければ多いほど,その製品やサービスの魅力が高まり,個人が他者に同調する効果を表す。また,日常の個人間においても社会的証明(Cialdini, 2007)により,個人はより多くの他者が賛同することに従う傾向がある。
マーケティング・コミュニケーション領域において,社会心理学のアプローチで他者の影響を検討する場合には,ウェブサイト上の他者の影響に着目した研究をはじめ(Muchnik, Aral, & Taylor, 2013; Park, Lee, & Han, 2007; Salganik, Dodds, & Watts, 2006; Zhou & Guo, 2017),SNS上の他者の影響に着目した研究(Ding, Cheng, Duan, & Jin, 2017; Egebark & Ekström, 2018; Phua & Ahn, 2016; Xue, 2019)がある。SNSの文脈では,社会心理学の理論を起点にした研究群に加え,SNS上の他者が影響を持つという現象そのものを起点にした研究が行われてきた(Cha, Haddadi, Benevenuto, & Gummadi, 2010; John, Emrich, Gupta, & Norton, 2017)。
次節では,ウェブサイト上の他者の影響に着目した研究,並びに,特にSNSの文脈における他者の影響に着目した研究をそれぞれ整理する。特にSNSの文脈においては,理論起点のアプローチと現象起点のアプローチのそれぞれの研究を整理する。その上で,ウェブサイト上の他者,特にSNSを対象とした研究において,社会的影響の中でも社会的インパクト理論を用いることの意義を明らかにするため,SNSの特性と社会的インパクト理論の性質を関連づけたレビューを試みる。
SNS以外の,口コミや評価を書きこむことができるウェブサイトにおける他者の影響は,しばしば社会的インパクト理論の3つの要素のうち他者の規模にのみ注目されてきた(Muchnik et al., 2013; Park et al., 2007; Salganik et al., 2006)。なぜなら,他者と個人の空間的距離は,対面の影響力を想定しており,ウェブサイト上の影響力にはその概念がないためである。また,口コミや評価数として表出するウェブサイト上の他者は,ユーザーの双方向の関係性を構築する性質を持たないため,紐帯の強弱を基礎とする他者の影響の強度は測定することができないからである。
Muchnik et al.(2013)は,ウェブサイト上の事前評価がその後の評価行動に与える影響を社会的影響の観点から検討した。事前にポジティブな評価を得ているコンテンツについて,それを閲覧したユーザーもポジティブな評価をするが,ネガティブな評価を得ているコンテンツには,それを閲覧したユーザーがネガティブな評価をするという傾向は見られず,むしろポジティブな評価へ意見修正も見られた。これはスーパースター現象やrich-get-richer効果だと考えられる。
Salganik et al.(2006)も同様に,楽曲への他者の評価を社会的影響を与える情報と捉え,実証研究を行った。事前にダウンロード数が多かった楽曲とダウンロード数が少なかった楽曲との,被験者によるダウンロード率の格差は,事前ダウンロード数を見せなかった独立群よりも事前ダウンロード数を見せた社会的影響群の方が大きかった。また,楽曲の1つの市場(独立群)における評価と,8つの市場(8つの社会的影響群)における評価の比較より,独立群で評価が高い楽曲は,社会的影響群での評価も高くなり,独立群で評価が低い楽曲は,社会的影響群における評価も低くなる一方,独立群で中間の評価を得た楽曲は,社会的影響群における評価がバラバラになった。したがって,最も良いケースと最も悪いケースを除く,中間に位置する楽曲は,同程度の評価を得ていたとしても,人気の予測は不可能だと指摘された。
Muchnik et al.(2013)やSalganik et al.(2006)の結果より,ウェブサイト上の他者による影響として,他者による評価が良い,あるいは悪いといった両極にある場合には,その情報を受信した個人は同調する傾向にあるとわかる。これは,社会的インパクト理論の他者の規模による議論の知見通りの結果である。一方,他者による評価が中間に位置する場合は,社会的インパクト理論の他者の規模による予測とは異なる結果となった。社会的インパクト理論は,他者の影響力を3つの要素の乗数と捉えるため,理論上は影響力は線形に増大するはずである。しかし,他者による評価が中間に位置する場合,その情報を受信した個人の評価は,予測不可能であった。SNS上で影響源の数による正の影響が見られる場合にも,ウェブサイト上の他者の影響と同様に,他者の評価,あるいは「いいね」を通した態度表明や「シェア」といった拡散行動の数は,極端に良い,あるいは悪い場合に顕著になることが考えられる。ただし,SNSは,一般的なウェブサイトと比べ,ユーザーの双方向のコミュニケーションを目的に使用されることが多い。つまり,「いいね」や「シェア」の数は,純粋なコンテンツの評価に限らず,情報発信者へのコミュニケーションの意味合いも含まれる可能性があり,影響源としての他者の強度にも着目する必要がある。ウェブサイト上の他者の影響の実証研究においても,より近年の研究では,情報発信者の属性として,情報発信者の専門性や,評価サイトで情報発信者が繋がりを持つユーザー数を,同調効果を強化する媒介変数として検討する場合もある(Zhou & Guo, 2017)。したがって,SNSの文脈においても,他者の数は規模が大きいことだけが影響力を生み出すとは限らず,影響を及ぼすメカニズムは複雑化すると考えられる。
2. SNS上の他者の影響SNS上の他者の影響力に関しては,影響源の3つの要素のうち,個人に影響を与える他者の数を検討した研究(Ding et al., 2017)や,他者の影響の強度に主眼を置いた研究(Phua & Ahn, 2016),他者の影響の強度と他者の数を検討した研究(Egebark & Ekström, 2018),3つの全ての要素を検討した研究(Xue, 2019)がある。SNSの文脈では,個人に影響を与える他者の数は,Facebookの「いいね」数(Ding et al., 2017; Egebark & Ekström, 2018),ポジティブな事前評価数(Chen et al., 2019),Facebook,YouTube,Twitterの「いいね」,「フォロワー」,「閲覧」,「コンテンツ」の数(Oh, Roumani, Nwankpa, & Hu, 2017),ネガティブなTwitterコンテンツの投稿数(Hennig-Thurau, Wiertz, & Feldhaus, 2015)などに置き換えられる。他者の影響の強度は,友人や知人といった繋がりがある関係であるかどうかに置き換えられる(Egebark & Ekström, 2018; Phua & Ahn, 2016; Xue, 2019)。時間的・空間的距離のうち,空間的距離は,被験者の居住地の地理的な距離と定義される場合もあるが(Xue, 2019),情報の即時性とユビキタス性というSNSの機能的側面により,時間的距離はあまり検討されてこなかった。
このように,SNSの機能的特徴により,情報発信者と情報受信者のつながりが可視化し,他者の影響の強度が測定できるようになったことに加え,社会的影響の中ではほとんど議論されていない時間的距離も,投稿やコメント,「いいね」や「シェア」を付与した時間も見られることから測定可能になった。これらにより,SNSにおける他者の影響力のメカニズムは,一般のウェブサイトと比べて複雑化すると考えられる。
他者の影響の強度や空間的距離を分析に組み込むことができるのに加え,SNSの文脈においては,他者の数の影響も複雑化すると考えられる。なぜなら,消費者間コミュニケーションの中でも,特にSNS上においては,他者の数にあたる検討すべき量的な項目が多岐に渡るためである。具体的には,コンテンツ投稿数それ自体や,フォロワー数の多さに代理されるインフルエンサーの程度,投稿コンテンツに付与される「いいね」や「リツイート」の数,コンテンツに付与されるコメント数,コメントに付与される「いいね」の数などである。そこで,影響力のメカニズムが複雑化していることを,他者の数が大きいことの持つ影響力の結果の揺れより検討する。
他者の数をSNSの文脈において検討した場合,数は多いほど受信者の態度や行動に同調効果をもたらす結果もあれば(Chen et al., 2019; Ding et al., 2017; Egebark & Ekström, 2018; Hennig-Thurau et al., 2015; Oh et al., 2017; Phua & Ahn, 2016),数は受信者の態度や行動変化に影響を持たないとする研究もある(Cha et al., 2010; John et al., 2017; Mochon, Johnson, Schwartz, & Ariely, 2017; Xue, 2019)。以下,これら結果の揺れを,社会心理学の理論を起点とした研究と,SNS上の現象を起点とした研究に分けて整理する。
理論起点の研究では,SNS上の他者の数がもたらす影響力は,研究によって同調効果をもたらす場合(Chen et al., 2019; Ding et al., 2017; Egebark & Ekström, 2018; Phua & Ahn, 2016)とそうでない場合(Xue, 2019)があり,結果が一致しない。
Chen et al.(2019)は,同調研究をもとに,サイレントマジョリティーであっても,積極的口コミ発信者と同様に大勢の人々に支持される人気コンテンツを拡散する行動を取ることを明らかにした。Ding et al.(2017)は,未公開映画のFacebookページの「いいね」数を影響源の数と規定し,成果変数に映画の興行収入を採用して実証分析を行った。その結果,Facebook上の「いいね」数が多く,最新のものであるほど,映画館の興行収入へのより強い正の影響が見られた。同様に他者の数による同調効果について言及した,Egebark and Ekström(2018)は,他者が「いいね」を付与している情報が見えない投稿と,1人の見知らぬ他者が「いいね」を付与している投稿,3人の見知らぬ他者が「いいね」を付与している投稿,1人の知人が「いいね」を付与している投稿を,Facebookを用いた実験手法にて比較し,情報受信者の「いいね」付与意向を検証した。その結果,1人の見知らぬ他者の場合には影響力のなかった同調効果が,1人の知人の場合だけでなく,3人の見知らぬ他者の場合にも,約2倍になったことを示した。また,Phua and Ahn(2016)は,他者の影響の強度を検討するために,ユーザー間の繋がりの強度に着目し,Facebookの「いいね」数を全数と友人数に分け,それらがブランド態度やブランド信用,ブランド関与,購買意向に与える影響を検討した。その結果,「いいね」の全数と友人による「いいね」数の双方が,Facebookのブランドページの評価とブランド好意に影響した。さらに,友人による「いいね」数の方が,「いいね」の全数よりもブランド評価に影響し,Facebook利用の熱心さも,「いいね」数・ブランド態度・ブランド信用・購買意向を媒介するとした。
一方,他者の数による同調効果が見られなかったものにXue(2019)がある。情報受信者のFacebook広告への広告態度に社会的インパクト理論の3つの要素がそれぞれどのような影響を及ぼすかを検討した。影響の強度を直接的な友人か,友人の友人かで区分し,時間的・空間的距離を友人と被験者の居住地の物理的な距離,他者の数をFacebook広告に「いいね」を付与している他者の人数とし,フィールド実験を行った。その結果,強度と時間的・空間的距離は情報受信者の広告態度の一部に正の影響をもたらすものの,他者の数は広告態度に正の影響を及ぼさない結果となった。
現象起点の研究においても,SNS上の他者の数がもたらす影響力は,同調効果をもたらす場合(Hennig-Thurau et al., 2015; Oh et al., 2017)とそうでない場合(Cha et al., 2010; John et al., 2017; Mochon et al., 2017)とが見られる。
Hennig-Thurau et al.(2015)は,口コミの正負と消費者の早期受容の関係性を検討し,ネガティブなTwitter上の口コミが増えることで,公開初週末の映画の興行収入に負の影響を及ぼす,すなわち,大勢の他者が悪い評価をしている作品に対しては,映画を見に行かないという同調行動を導く結果を示した。Oh et al.(2017)は,「いいね」・「フォロワー」・「閲覧」・「コンテンツ」などの数の規模を,顧客のエンゲージメント行動と捉え,それらの規模が映画の興行収入という成果変数に正の影響を与えることより,他者の数の規模による同調効果を議論した。
一方,Cha et al.(2010)は,インフルエンサーの影響力の源泉ともされる,フォロワー数の多さが,閲覧者によるリツイート数,引用数に影響しないと指摘し,他者の数の影響に否定的な結果を導いている。フォロワー数の多いインフルエンサーを対象に,フォロワー数,リツイート数,引用数の3つの影響力の相関を取ったところ,リツイート数と引用数の相関は高かったものの,フォロワー数の,リツイート数と引用数との相関は低くなった。Cha et al.(2010)と同様にJohn et al.(2017)は,他者の数の規模に否定的な実証結果を導いた。John et al.(2017)は,マーケティングにおけるSNSへの費用対効果についての実務的な指標が乏しい現在,Facebookのブランドページへの「いいね」行動とブランドへの好意の因果関係に着目することで,Facebookページの「いいね」を集める,すなわちブランドファンを獲得することの意味を検討した。5種類の実験より,ブランド態度と購買行動は,消費者のブランド好意に基づくものであり,消費者が,購買以前にFacebookページに「いいね」しているかどうかには関係しないと結論付けた。また,友人のFacebookページへの「いいね」行動が,それを見た消費者のブランド購買行動に与える影響についても検証した結果,友人がFacebookのブランドページに「いいね」しているという情報を得た消費者よりも,友人がブランドを好きだという情報を得た消費者の方が,ブランドの購買行動を取りやすいという結果になった。したがって,ブランドページへ事前付与された他者の「いいね」は,「いいね」を押す個人のブランド態度や購買行動に正の影響を与えず,「いいね」の先行要因であるブランド好意に影響力があると結論づけた。Mochon et al.(2017)は,Facebook上で自然に口コミが醸成される状態よりも,企業が広告コンテンツとしてFacebook上で情報を流した時の方が,「いいね」している人の実際のサービスあるいは製品の購買行動が高まることを検証し,単に「いいね」を集めるだけでは消費者行動は変わらないという示唆をもたらした。
このように,理論的研究と現象起点の研究の双方において,SNS上の他者の影響力は,他者の数が受信者の態度や行動に対して同調効果を導くとする研究がある一方,同調効果はないと指摘する研究もあり,結論が一致しなかった(表1)。現状,他者の数が多いことに価値があるのかないのかという議論は決着していない。そこで,他者の影響力の結果に揺れが生じる要因について次節で議論し,実証結果に影響を及ぼす要因について考察する。
SNSにおける他者の存在に関する代表的な研究
SNSにおける他者の存在に関する代表的な研究(続)
他者の存在の影響力を検討するにあたり,口コミや評価を書きこむことができるウェブサイトを対象とした研究と,SNSを対象とした研究をレビューした。その結果導かれた,社会的インパクト理論のSNSへの適用可能性と,SNSの文脈において他者の存在が及ぼす影響力の結果が一致しない原因について考察する。
他者の存在の影響力を3つの要素の乗数と捉える社会的インパクト理論では,SNS上の他者は特に空間的距離が遠くなることより,影響力は理論上小さくなるはずである。しかし,SNS上の他者の影響力が,情報受信者の態度や行動を変化させることは,社会的インパクト理論が想定する対面のやり取りと変わらない(Naylor et al., 2012)。それは,SNS上の他者の影響力として,空間的距離以上に,他者の数と発信者の影響力の強度が関係していると考えられる。
個人に影響を与える他者の数をSNSの文脈において検討した結果,数が多いほど受信者の態度や行動に同調効果をもたらす研究もあれば,数と影響力は無関係であるとする研究もあった。Muchnik et al.(2013)やSalganik et al.(2006)では,社会的影響を生み出す情報として受信者に与えられる他者の評価の正負(e.g.投稿コメントへの正負の評価)は,評価の正負が厳密に分かれているため,個人に影響を与える他者の数は,多ければ多いほど受信者の態度や行動に正(負)の同調の影響をもたらす結果が導出される。
しかし,SNSの文脈に限定して議論すると,影響力の結果の議論が分かれている。その要因として,以下の3点を指摘する。第一に,情報伝播の影響力がインフルエンサーから個人の集合体に変化してきたことが挙げられる(Watts & Dodds, 2007)。Rogers(1962)に代表される古典的な影響力の研究(Diffusion of Influence)では,他者を説得できるごく一部のユーザーが影響力を持つとされてきた。しかし,近年の情報伝播の研究では,インフルエンサーやオピニオンリーダーなどの個人の影響力が以前ほど強調されなくなり,情報拡散力は影響力のある個人に依存するのではなく,ネットワーク構造に依存することも明らかとなっている(Goldenberg, Han, Lehmann, & Hong, 2009; Watts & Dodds, 2007)。第二に,オフラインのマーケティングで想定される他者の数と比べて,SNS上では他者の数に相当する要素が多様化していることが挙げられる。そのため,着目する他者の数の種類によっても,他者の影響力の結果が異なることが考えられる。第三に,「いいね」による態度表明や「シェア」による情報拡散行動の規模といった情報は,純粋なコンテンツ評価を意味するだけでなく,多様な意味を内包している可能性が考えられる。例えば,SNSコミュニティーへのエンゲージメント行動として,繋がりのある他者との相互関係性を意識した「いいね」や「シェア」行動が挙げられる(Oh et al., 2017)。これは,コンテンツ評価に限らず,コミュニティー,あるいは,当事者とフォロー・フォロワー関係にあるネットワーク内の人々とのコミュニケーションの意味も持つと考えられる。また,印象管理(Impression Management)の領域において,口コミ行動が自己高揚(Self-enhancement)やアイデンティティーシグナリング(Identity Signaling)の意味で行われることや(Berger, 2014),個人のウェブサイト上に投稿する内容,写真などが人物像を連想させる自己表現(Self-presentation)になること(Jensen Schau & Gilly, 2003)が知られており,自己を表現する手段として「いいね」や「シェア」行動が発生する可能性がある。加えて,「いいね」や「シェア」の商業的な利用も考えられる。SNS使用経験を重ねたユーザーの学習効果とも考えられるが,SNSユーザーは,宣伝やPRであることを隠して情報発信をするステルスマーケティングに敏感になっている。そのため,情報発信者のフォロワー数が極端に多いことに懐疑的になる(Cresci, Di Pietro, Petrocchi, Spognardi, & Tesconi, 2015; De Veirman et al., 2017)。すなわち,「いいね」や「シェア」の規模が多かったり,いわゆるインフルエンサーのようにフォロワーが多い情報発信者であったりしても,情報受信者の態度や行動に対して正の影響力を持たない結果になる場合もある。このように,SNS上の他者の数がもたらす同調効果に揺れが見られるのは,影響力を持つ個人がマスメディアの時代からSNSの進展とともに変化していること,他者の存在の変数が多岐に渡ること,そして多岐にわたる他者の存在の意味を受信者がどのように解釈するかが多様化したことが原因であると考える。
本論を踏まえ,SNS上の他者の影響力に関する将来の研究課題として,以下の4点を挙げる。第一に,SNS上の他者の規模が持つ意味を定性的に検討し,解釈する必要がある。他者の数の規模が持つ影響力に同調効果があるかどうかの議論が収束しない要因の一つに,他者の態度表明としての「いいね」数や情報拡散行動としての「シェア」数といった情報が,受信者個人にどのように解釈されるかの検討が不十分であることが考えられる。今後,SNS上の社会的影響を生み出す情報としての他者の規模が持つ意味を定性的に検討することが望まれる。
第二に,SNS上で影響を及ぼす他者の規模の程度に言及した研究が望まれる。他者の規模が個人に与える影響は,線形の正の影響(Ding et al., 2017),凹型(Concave)の影響(Salganik et al., 2006),統制群と比較して他者の規模の大きい対象群の正の影響(Egebark & Ekström, 2018; Muchnik et al., 2013; Phua & Ahn, 2016)が議論されているものの,SNSを対象に,他者の規模の正の影響が逓減する閾値を議論するには,実証研究が少ない。例外的に,Egebark and Ekström(2018)は,Facebookコンテンツに対し,3人の見知らぬ他者が「いいね」を付与している場合に,1人の見知らぬ他者が「いいね」を付与した場合には全く影響力のなかった同調効果が2倍になると示した。これは,S字カーブの現象の閾値を議論する上で重要な貢献であるものの,SNSの実態に見合った規模の議論に至っていない。マーケティング領域では,実験手法の対比を用いた大規模な「いいね」数の正の影響の議論は行われつつあるが(De Veirman et al., 2017; Phua & Ahn, 2016),影響力の閾値の議論が必要となる。
第三に,社会的インパクト理論の3つの要素の中で,SNSの文脈において検討されてこなかった,時間的距離を含んだ研究や,3つの要素の交互作用の検討が望まれる。SNSの特性として,情報の即時性が挙げられる。リアルタイムで「いいね」や「シェア」が大量に付与されているコンテンツと,過去に関心が寄せられたコンテンツでは,情報受信者にとっての影響力の大きさが変化する可能性がある。現象を適切に捉えるために,個人に影響を与える他者の数,他者と個人の時間的・空間的距離,他者の影響の強度という変数群の適切な操作と交互作用の検討が必要となる。
第四に,社会的インパクト理論に則った情報拡散のメカニズムは同質でも,デマや炎上が拡散される現象は,通常のポジティブな情報拡散と切り離して検討する必要がある。eクラウドの考え方では,大多数の他者が価値を生むには,他者に多様性があり,独立し,影響力が分散しているだけでなく,全員が誠実なユーザーである必要がある(Wieczerzycki, 2016)。ユーザーの多様性,独立性,分散はSNS上の他者でも同等の性質を見出すことができるが,情報の誠実さ・正確さは懸念される。事実,SNS上ではデマ情報が拡散されたり,炎上が起こったりする。特定のトピックに多くの人が集積することで社会的影響が強まるメカニズムは,ポジティブなバズもネガティブな炎上も同じである。しかし,企業のコミュニケーションの立場では,バズと炎上には雲泥の差がある。バズと炎上の発生要因のコンテンツによる検討や,バズや炎上に至るプロセスの解明が今後一層望まれる。
松井 彩子(まつい あやこ)
立教大学経営学部を卒業後,同大学大学院経営学研究科修士課程,NEOMA BUSINESS SCHOOL PROGRAMME GRANDE ECOLE GRADE DE MASTER(Rouen, France)を修了。現在,一橋大学大学院経営管理研究科博士後期課程在籍。