Japan Marketing Journal
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Book Review
Ishibuchi, J. (2019). Shopping Behavior and Affect. Tokyo: Yuhikaku. (In Japanese)
Yukihiro Aoki
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2021 Volume 40 Issue 3 Pages 110-112

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I. 特色と位置づけ

本書は,書名が示す通り,消費者行動の中でも「買物行動」に焦点を当て,実店舗への出向を伴う買物プロセス全体において,「感情」が果たす役割の解明を試みた研究書である。

著者の石淵順也教授(関西学院大学商学部)は,長年,買物行動と感情の問題を中心に,精力的に実証研究の結果を発表してきた。それら既発表の学術論文を加筆・修正し,膨大な先行研究のレビューと研究課題の整理の章を新たに書き下ろし,体系化を試みたのが本書である。ここ数年,若手・中堅の消費者行動研究者による研究成果の出版が相次いでいるが,本書も,その中の1冊であり,独自に新たな研究領域を切り拓いた大変な力作である。

従来,買物行動研究においては,商業集積や店舗の選択にまつわる店舗間買物行動(あるいは,消費者空間行動)研究と,店舗内での買物行動を扱う店舗内行動研究とは,異なる系譜・領域の研究として別個に捉えられてきた。これに対して,本書では,買物行動を,買物動機の生成,買物目的地の選択・出向,実店舗での購入,購入物の消費・評価に至る,一連の認知的・感情的・行動的プロセスとして捉える,より包括的な分析枠組を提案している。

また,従来,感情は,買物行動研究において無視されるか,あるいは,衝動購買などと結びつき,無思慮な買物をさせる「理性的判断の阻害者」(ディスオーガナイザー)と捉えられてきた。しかし,時として,感情は,不確実な環境に適応するための「優れたまとめ役」(オーガナイザー)という役割も果たしており,こうした感情が併せ持つ2つの側面の働きを理解することにより,はじめて「人」らしい賢さ,「人」らしい買物行動の理解,説明,予測ができると著者は主張する。

このように,本書は,実店舗への出向を伴う買物プロセス全体における感情の働きを,より正確,より体系的に明らかにすることを目指した意欲的な著作であり,これまでの買物行動研究を理解し,これからの方向性を考える上で極めて有用な1冊である。そこで,以下,本書の構成と概要を紹介した上で,その貢献と課題について論評することとしたい。

II. 構成と概要

本書は,序章と終章に,3つの部,9つの章を加えた計12章から構成されており,索引部分も含めて全360頁の大著である。以下,その構成と各章の概要を紹介する。

まず,序章「買物行動における感情の働きの解明を目指して」では,本書の狙いと構成が示される。そして,感情は,「無視されるもの」でも,「理性の敵」でもなく,むしろ「理性」を支える「優れたまとめ役」(オーガナイザー)である,という本書における「感情」観が提示される。

第1部「買物行動と感情の理論」は,第1章~第3章の3つの章で構成され,買物行動研究,感情研究のレビューが行われ,その上で既存研究の成果と問題点が明らかにされる。

まず,第1章「買物行動研究の潮流」では,1920年代から1980年代初頭までの伝統的な買物行動研究を振り返り,買物行動の定義と分類,萌芽的な研究,衝動行動研究などの下位分野ごとに成果と問題点が整理されている。続く,第2章「感情研究の系譜」では,それまでの買物行動研究に欠落していた感情の問題を取り上げ,心理学分野,脳科学・神経科学分野における既存研究がレビューされる。また,第3章「買物行動における感情」では,1980年代から現在まで展開されてきた買物行動と感情に関する既存研究が整理され,既存研究における感情の取り扱い方の問題点が確認される。その上で,買物プロセス全体における感情の働きを整理した研究枠組が示され,次章以降の実証研究の位置づけの確認が行われる。

第2部「買物プロセスにおける感情の働き」は,第4章~第7章の4つの章で構成され,各章において,買物プロセスの各段階における感情の働きに関する実証研究が示されている。

まず,第4章「買物動機と感情:感情的動機の働き」では,買物出向前の買物動機が取り上げられ,買物動機を「効率的な商品入手動機」と「感情的動機」に大別した上で,どちらの動機が強いかにより,買物プロセスの大きな方向付けが異なることが,買物日記データの分析による実証研究で示される。続く,第5章「買物目的地選択と感情」では,過去の買物経験で蓄積された感情経験が,現在の買物目的地選択行動に及ぼす影響について,実証研究に基づき明らかにされる。また,第6章「店舗内行動と感情」では,店舗内での快感情は衝動購買を引き起こすだけでなく,創造的購買を促し,小売企業と消費者の長期的関係の構築に寄与することが,店舗内調査データの分析結果から明らかにされる。そして,第7章「満足評価と感情」では,購入商品の消費時における感情の働きが,購入時の感情と,その後の感情の持続性の観点に基づき,実証研究で明らかされる。

第3部「買物行動と感情研究の新展開」は,第8章と第9章の2つの章で構成され,買物行動と感情に関する新たな研究の展開が紹介されている。

まず,第8章「通り過ぎられない買物場所の魅力」では,消費者は,買物目的地を選択する際,売場面積などの商品入手の買物動機を前提としたときの魅力要因や移動時間だけを考慮して選択するのではなく,過去の経験や交通体系などから発生する「通り過ぎられない魅力」の影響により選択している可能性があることを,フロー阻止効果モデルという独自のモデルで検証している。次に,第9章「消費者特性と感情」では,消費者の感情経験の強度,持続期間の異質性に関する理論と実証研究の結果が示され,心理学における社会情動選択理論を手掛かりとした理論的検討と調査データに基づく実証的検討が行われている。

最後に,終章では,全体のまとめとして,既存研究に付け加えた新たな点の整理と,今後の研究の発展のために必要な課題が示される。

III. 貢献と課題

買物行動研究は,ブランド選択行動などの研究と比較すると,それほど研究が活発な領域とは言えない。しかしながら,わが国においては,中西正雄名誉教授(関西学院大学商学部)ら先達の手によって,独自の発展と研究の蓄積を遂げてきた領域でもある(例えば,Nakanishi, 1983)。そのことを踏まえると,中西門下として薫陶を受けてきた著者によって,これまでの買物行動研究の整理と新たな道筋がつけられたことは,大変感慨深い。

また,単に,従来の消費者空間行動研究の議論を延長させるだけでなく,店舗内行動研究も包摂する形で「買物意思決定・選択プロセス」(買物プロセス)の枠組みを構築し,適用する感情の理論やモデルの整理と実証研究への道筋をつけたことは,大きな貢献である。この貢献により,今後,買物行動研究に取り組む者は,自らの研究を過去の研究や近接領域の研究と関連付け,発展の方向性を見通せるようになった。

勿論,こうした大きな貢献がある一方で,幾つかの限界や課題が存在することも事実である。例えば,著者自身も終章で列挙しているように,①実店舗以外への拡大,②感情の捉え方の拡大,③生理的指標を用いた研究の必要性,④覚醒の働きの解明,⑤高次の感情と買物行動の関係の研究,といった課題が残されている。しかし,どちらかと言うと,これらは買物行動という文脈内での感情研究についての課題である。そこで,最後に,買物行動研究としての更なる発展を期待して,次の2つの課題ないし要望を示しておきたい。

まず1つ目の課題は,本書における分析枠組として提示された「買物プロセス」の検討・改訂とその「買物行動モデル」への発展である。本書の第3章で提示された「買物プロセス」は,第1章~第3章の理論研究と第4章~第9章の実証研究とを接合させる重要な概念的装置であるが,その説明に必ずしも十分な紙幅は割かれていない。また,本来,終章で,この枠組みの妥当性の評価や再検討があっても良かったと思う。いずれにせよ,著者が考える買物行動の全体像を示す重要な枠組みであり,将来的には,「買物行動モデル」への発展を期待している。但し,その場合には,上位の「消費者行動」や近接する「購買行動」との概念的異同の整理が必要であろう。

そして,もう1つの課題,というより要望は,やはり買物行動が行われる場を実店舗以外へと拡張することである。消費者空間行動研究に由来する研究の系譜から,実店舗を前提とした議論が中心となることは,十二分に理解できる。しかし,昨今の現実世界の状況を考えると,やはりネット空間での買物行動への議論の拡張は不可避であろう。その場合,再び,上述の「購買行動」等との概念的整理の問題が浮上するであろう。Withコロナ,Postコロナ時代の新たな買物行動研究に向けて,著者の更なる研究の発展を期待している。

References
  • Nakanishi, M. (1983). Theory and measurement of retail drawing power. Tokyo: Chikura Shobo.(中西正雄(1983).『小売吸引力の理論と測定』千倉書房)(In Japanese)
 
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