Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
Emergent-Nature Consumers as the Source of Innovation for Rapid Change:
Analyses of Social Media Usage during the COVID-19 Outbreak
Akihiro NishimotoSotaro KatsumataEiji Motohashi
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2021 Volume 40 Issue 4 Pages 44-57

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Abstract

本稿の目的は,COVID-19のアウトブレイクによって大きく市場環境が変化している今日のように,急激な環境変化による非連続な状況下において,次世代イノベーションの源泉として,創発的性質を有する消費者(ENCs)に着目する有用性を示すことである。本稿では,緊急事態宣言下を含むCOVID-19のアウトブレイク(第1波)を分析対象期間とし,消費者のスマートフォンのアプリ起動ログの収集と先端層調査を実施した。その結果,ENCsは同じ先端層であるリードユーザー(LUs)よりも環境変化に対して頑健であり,新しい生活様式に適応した消費者であることが明らかになった。また,ENCsのソーシャルメディアの利用動向はLUsや一般ユーザー(GUs)とは異なり,コロナ禍でも利用数は多いが,その変化量は少なった。このことから,ENCsは平常時からソーシャルメディアを他の消費者よりも広範かつ高頻度で利用している可能性が推察された。

Translated Abstract

The aim of this study is to show the value of emergent-nature consumers (ENCs) as a source of next-generation innovation during periods of rapid change such as the COVID-19 outbreak. We collected application startup logs from smartphones and conducted a survey during the COVID-19 pandemic crisis. We found that ENCs were more adaptable to environmental change due to the COVID-19 outbreak than lead-users (LUs). In addition, ENCs increased or decreased their usage of social media less than LUs and general-users (GUs), and used these media broadly during the COVID-19 crisis. These results suggest that ENCs use their social media more broadly and frequently than other consumers.

I. はじめに

本稿では,今日における次世代イノベーションの源泉として,創発的性質を有する消費者(ENCs: emergent-nature consumers)に焦点を当てていく。COVID-19のアウトブレイクによって未来の生活様式が急速に接近してきた今日において,市場はこれまで以上に複雑性を増し,今後もより不安定かつ不確実に発展していくことになるだろう(Donthu & Gustafsson, 2020)。将来への見通しが不明瞭であることは,いつの時代も変わらない普遍的なことである。しかし,マクロレベルでその視界がこれほどまでに不透明で,定めるべき焦点も暗中模索な世界は,いまの人類にとっては初めての経験である。それでもなお,この状況を悲観するばかりではなく,変化を積極的に受容することで,ビジネスチャンスを掴もうとする人や,ウェルビーイングによる自己実現を達成しようとする人たちがいる(Sheth, 2020)。そのような次世代イノベーションの源泉となりうる消費者として,ENCsが一候補となることを検証し,彼/彼女らの生活行動の特徴を示すことが本稿の主眼である。

マーケティング研究では,これまでにも次世代イノベーションの源泉となるさまざまな消費者を特定してきた(e.g., Manning, Bearden, & Madden, 1995; Parasuraman, 2000; Price & Ridgeway, 1983)。その代表的研究分野の1つがリードユーザー研究である。リードユーザー(LUs: Lead-Users)とは,市場動向の最先端にいることから大衆よりも先んじて潜在ニーズを経験し,そのソリューションに大きなベネフィットを感じる消費者のことである(von Hippel, 1986)。しかし,LUsは特定の領域における限定的な存在であることから,今回のようなマクロ環境の変化による広範な市場の変質から次世代イノベーションの源泉の対象となることは難しいように思える。そこで,本稿では,リードユーザー研究の限界を克服すべくHoffman, Kopalle, and Novak(2010)によって提唱された創発的性質を有する消費者(以後,ENCs)が,ポストコロナ時代のイノベーションの源泉として捉えるべき対象となる可能性を検討する。加えて,本稿では,急激な環境変化が起きている現在だからこそ,ENCsは変化に柔軟に対応していることが想定されることから,緊急事態宣言下を含む2020年1~7月のスマートフォンのアプリ起動ログを収集して,ENCsを中心に,どのように生活行動が変化したのかを明らかにする。

II. 先行研究

1. リードユーザー

ENCsという新しいイノベーションの源泉が検討された背景には,リードユーザー研究の蓄積がある(e.g., Franke, von Hippel, & Schreier, 2006; Lüthje, 2004; Urban & von Hippel, 1988)。LUsの定義は先述した通りであるが,LUsには,以下2つの特徴があることが広く知られている(von Hippel, 1986)。

1つは,先進性(ahead of trend)と呼ばれ,LUsは今後重要となるテクノロジーや市場の最先端に存在しており,平均的なユーザーよりも早期に特定のニーズを知覚しているという特徴がある。この特徴を示す論拠には,市場のニーズは,既存のトレンドの延長線上に現れるという仮定がある(Schreier & Prügl, 2008)。それゆえ,もし市場の最先端にいるユーザーが自らのニーズに対してソリューションを開発したのであれば,それは将来の市場において,多くのユーザーにとって魅力的なものとして普及する可能性があることが考えられる。

もう1つは,高便益期待(high expected benefit)と呼ばれ,LUsは現在市場で入手可能な製品やサービスに不満があり,それに対するソリューションから高い便益を得られることを期待しているという特徴がある。このことは,主体のイノベーションへの投資は,潜在的便益をどう見積もるかに大きく依存するという,イノベーション経済学の主張が論拠としてある(Schreier & Prügl, 2008)。それゆえ,LUsであるかどうかの程度は,高便益期待に依拠すると考えられる。

以上2つの特徴から,LUsは将来直面する課題解決のイノベーションの源泉となりうることが期待されてきた。しかし一方で,LUsには高い専門性と経験値が必要であることから特定の領域に限定された存在であり,トレンド特定的であること,そしてLUsは消費者が有する性質(trait)ではなく,時間とともに現れたり消えたりする特徴(characteristic)であることが指摘されている(Hienerth & Lettl, 2017)。それゆえ,COVID-19によるマクロ環境の変化が波及した今日においては,広範な市場において未来を見通すことが難しく,どのように環境が変化するのかが描けない非連続な世界であり(Donthu & Gustafsson, 2020),特定の領域やトレンドに依拠し,一時的な特徴としても捉えることができるLUsに,次世代イノベーションの源泉を求めることが適当であるかどうかについては検討の余地がある。LUsが連続的なイノベーション(sustaining innovation)の源泉にのみ対応することは,Christensen(1997, p. 57)においても同様の主張がなされ,その後von Hippel(2005, p. 144)が否定的に応じているが,本稿では,COVID-19という世界にもたらしたマクロ環境の変化によって生まれた非連続な状況下において,この点を再検討していく。

2. 創発的消費者

そこで,本稿ではENCsに注目する。ENCsは,市場のメインストリームで成功するためのコンセプトを開発することができる想像力や構想力といった独自能力を有する消費者のことである(Hoffman et al., 2010)。ENCsが有する独自能力は,彼/彼女らの創造力(creativity),楽観主義(optimism),内省力(reflection),そして新しい経験やアイデアを受け入れる寛容さ(openness to new experiences and ideas)といった一般的なパーソナリティ特性と関連性がある。また,彼/彼女らは,合理的かつ直感的な情報処理能力(the ability to process information both rationally and experientially)を有することも指摘されている。それゆえ,ENCsは,特定の領域に限定されることなく,さまざまな角度から広範に現状を検討し,独自性のある進歩を創造することができ,その有用性を見通すことができる(Hamdi-Kidar, Keinz, Le Nagard, & Vernette, 2019)。

Hoffman et al.(2010)では,ENCsの尺度化を試み,宅配ボックスとオーラルケアに関する新しい製品コンセプトを開発させることによって,ENCsはLUsなど他のユーザーよりも,商業的魅力のある製品コンセプトを開発したことを報告している。また,Juaneda-Ayensa, Olarte-Pascual, Reinares-Lara, and Reinares-Lara(2019)では,プロのワインソムリエに対して創発的性質の程度を測定し,創発的性質を有するワインソムリエは,イノベーションや商業的発展のために,より多くの良質なインプットを生産する傾向にあることを報告している。さらに,Vernette and Hamdi-Kidar(2013, 2014)では,共創(co-creation)という文脈において,ENCsは共創のためのコンピタンスやエンゲージメントが高いことを明らかにしている。このように,リードユーザー研究におけるLUsの限界を超えようとHoffman et al.(2010)によって提唱されたENCsは,その有用性を示している。

3. 創発的消費者とリードユーザーの比較

しかし一方で,リードユーザー研究の潮流から検討されてきたENCsはLUsと比較して,構成概念妥当性の点において,さらなる検討の余地が残されている。Hamdi-Kidar et al.(2019)では,Hoffman et al.(2010)において比較検討されたENCsとLUsには,選択バイアスがあることを指摘している。Hoffman et al.(2010)では,本稿でも使用するENCとLUスコアの中央値をカットオフ値として用い,ENCスコアが高い対象者を選定している。しかし,ENCスコアが中程度もしくは高スコアとなった場合,その対象者はLUスコアにおいて高い対象者であってもENCsとして割り当てられている。また,Hoffman et al.(2010)で実施された2つの実験ではENCとLUのあいだにr=.39とr=.48の相関があることを指摘し,Hoffman et al.(2010)でLUsの対象となったサンプルは,ENCsと比較する対象としては適当ではないことを言及している。

ENCとLUの構成概念妥当性については,Vernette and Hamdi-Kidar(2013, 2014)でも議論されている。Vernette and Hamdi-Kidar(2013)では,ENCsとLUsは一般の消費者と比較して,共創活動に対するコミットメントと能力が高く,その傾向は両者で同様であることを明らかにしている。ただし,ENCsとLUsはともに共創活動に適した消費者(right consumer)という言及に留まっている。そこで,両者の構成概念の違いに焦点を当てたのがVernette and Hamdi-Kidar(2014)である。ここでは,再び共創活動におけるENCsとLUsを焦点として,von Hippel, Ogawa, and de Jong(2011)Jeppesen and Laursen(2009)を引用しながら,LU概念を拡張し,LUが適用される領域は想定される範囲よりも広いことを指摘し,従来から想定されてきた特定の製品やサービスのカテゴリーにおけるLUをspecific LU,拡張されたLUをglobal LUとして識別している。Global LUとは,入手可能な数多くの製品やサービスに満足しておらず,ユーザーが直面するさまざまな課題を解決するために,未来市場のトレンドを予測することができる解決方法を用いるとされている。Global LUの概念はENCと類似していることから,実証分析においても両概念のあいだには弁別妥当性は認められなかった。しかし,specific LUとENCもしくはglobal LUのあいだには十分な弁別妥当性があることが確認された。また,ENCとLUは,所与の製品やサービスにおいてイノベーターであるが専門家ではないという共通性があり,ENCは消費者特性(trait)であることから,消費者特徴(characteristic)であるspecific LUの先行因子となっていることを実証分析によって明らかにしている。以上のことから,本稿では,ENCとLUは異なる先端層の概念として捉えていく。

III. リサーチデザイン

1. リサーチ・ポジショニング

本節では,本稿の調査設計と測定項目について詳述する。その前に,ここでは前節までのレビューを踏まえて,本稿の位置づけを改めて整理しておきたい。冒頭でも述べたように,本稿の目的は,急激な環境変化による非連続な状況下において,次世代イノベーションの源泉として注目する先端層としてENCsの有用性を示すことである。

ここまで注目してきたENCsとは,市場のメインストリームで成功するためのコンセプトを開発することができる想像力や構想力といった独自能力を有する消費者のことである。また,ENCsによって創造されたアイデアは革新的であり,広範な課題を解決することができ,未来市場のトレンドを予想できる対象と考えられている(Vernette & Hamdi-Kidar, 2014)。LUという先端層の概念の限界を超えようと提唱されたENCは,ここまで引用してきた多くの先行研究によって,その有用性は十分に示されている。ENCsは,急激な環境変化の中で,非連続な次世代イノベーションの源泉が必要な企業にとって,重要なパートナーとなるだろう。

そこで,本稿では,ENCsは未来市場でメインストリームとなるアイデアを創造してくれる消費者なのであれば,COVID-19のアウトブレイクによって大きく市場環境が変化している今日のように,未来市場へと急激に移行する過渡期において,特徴的な行動が観測される可能性があると考えた。これまで,ENCsの特定にはHoffman et al.(2010)によって開発された尺度を使用するほかに方法がなかった。しかし,行動データからENCsの特徴を抽出し,彼/彼女らを特定することができる知見を得ることができれば,イノベーションの源泉となる先端層を特定する新しい方法を提供することができる。そこで,本稿では,ENCsがポストコロナ時代のイノベーションの源泉として捉えるべき対象となる可能性を検証するとともに,スマートフォンのアプリ起動ログを収集して,ENCsを中心に,彼/彼女らがどのように生活行動を変化させたのかを明らかにすることで,ENCsを行動データから特定するための知見を提供する。

2. 調査概要

本稿では,マーケティング調査会社・インテージの協力を得て,関東地方1都6県に在住する,i-SSP(インテージシングルソースパネル)に登録している消費者430人(男性279名,女性151名,平均年齢48.0才)を対象に調査を行った。このうち289人は,2019年1~7月および2020年1~7月の,保有するスマートフォンアプリの起動ログ(起動アプリ,起動開始時刻,継続時間)が記録されており,調査対象者の1日の行動がスマートフォンを通じて観測することできる。後述する分析1では430人,分析2では184人の調査データを用い,分析3では289人の調査データとアプリ起動ログデータを用いる。調査対象者には,以下5つの質問項目を測定した(表1)。1つ目は,ENCに関する項目である。本稿でも先行研究と同様に,Hoffman et al.(2010)によって尺度化された8項目を用いた。2つ目は,LUに関する項目である。リードユーザーネスに関する尺度はいくもあるが(e.g., Katsumata, 2011),本稿では,Schweisfurth(2017)によって尺度化された9項目を用いた。ここまで紹介したENCとLUの測定項目については,すべてバックトランスレーションによって日本語化した。3つ目は,これら先端層が急激な環境変化に適応することができたかどうかを確認するために,新しい生活様式への適応度を合計7項目によって多面的に測定した。4つ目は,在宅勤務率である。在宅勤務率が高ければ,先端層でなくても,半強制的に新しい生活様式に移行しなければならなくなる。そこで,3月から8月までの各月の在宅勤務率をそれぞれ0(全く在宅勤務をしていない)から10(すべて在宅勤務であった)までの11段階(1なら10%,2なら20%が在宅勤務であった,…)で回答してもらった。本稿では,個人ごとに6ケ月分の在宅勤務率を平均し,これを期間中の在宅勤務率として用いる。また,調査対象者の性別,年齢,家族人数,個人年収を質問項目に含めて回答を得た。そして5つ目は,在宅勤務期間中のソーシャルメディアの利用数である。今日において社会との重要な接点となるポータルメディアの役割を果たしているソーシャルメディアの利用数は,緊急事態宣言下を含むコロナ禍の生活行動を捉える重要な指標である。ここでは,LINE, Youtube, Skypeといった従来からのSNSに加えて,COVID-19のアウトブレイクによって急進的に普及したZoom, Microsoft Teams, Webex, Google Meetといったソーシャルメディアの利用の有無について測定した。

表1

各構成概念の測定項目

注)LUATはリードユーザーネスの先進性,LUBEは高便益期待。LUBE1は分析からは除外,(R)は反転項目。

3. 構成概念妥当性の確認

2は,先述した2つの先端層(ENC,LU)と新しい生活様式への適応度の確認的因子分析の結果である。クロンバックαとCRはすべての構成概念で0.7を超えている。ただし,AVEについては,LUBEを除くすべての構成概念で0.5を超えているが,LUBEは0.5よりもやや低い値となっている(Hair, Black, Babin, Anderson, & Tatham, 2010)。ただし,他の指標では一定の基準値を超えているのでおおむね構成概念の収束妥当性は確認することができた。また,LUについては先進性(LUAE)と高便益期待(LUBE)の下位構成概念から測定されているため,これらの弁別妥当性を測定する必要がある。LUATとLUBEの共分散の二乗は0.144であり,LUBEのAVEよりもかなり低い値となっており,弁別妥当性についても確認できた(Fornell & Larcker, 1981)。以上より,ENC,Lifeについては,測定尺度の得点の平均値を標準化して構成概念のスコアとして用いる。LUについては,LUATとLUBEのそれぞれの平均値をとり,さらにそれら2つの平均値を標準化したものをLUスコアとして用いる。なお,測定方程式として3つの構成概念を仮定したモデルの全体の適合度については,おおむね良好な適合度(GFI=0.884, AGFI=0.857, CFI=0.946, RMSEA=0.064)になっていることを確認した。

表2

構成概念妥当性の確認

IV. 分析1:新しい生活様式への適応度

1. 変数とモデル

まずは,先端層が次世代イノベーションの源泉としてふさわしい対象であることを確かめるために,新しい生活様式に適応することができたのかを検証する。新しい生活様式への適応度(Life)を目的変数として,ENC, LUの直接効果と,在宅勤務率を含めたデモグラフィック変数との交互作用項を説明変数としたモデルを検討した。加えて,回答者の基礎的な状態を示すデモグラフィック変数として,在宅勤務率に加えて,性別,年齢,家族人数,個人年収をモデルに組み込んだ。また,本稿では,消費者のデモグラフィック変数とENC, LUとの相互作用を検討するために,探索的に説明変数と説明変数間の交互作用項を選択していく。

3には,モデルに含まれる変数の相関係数を示している。構成概念のスコアおよび年齢,家族人数,個人年収については,標準化しているために平均0,分散1となっているので注意されたい。LUとENCの相関係数(0.619)がやや高いが,2変数間の相関係数から計算したVIF=1.62程度であり,多重共線性によって結果が不安定になる可能性は低いと考えられる。

表3

相関係数行列

注): p<0.1, *: p<0.05, **: p<0.01, ***: p<0.001. N=430.

2. 分析結果

本稿では探索的に説明変数を選択して最良モデルを求めていく。選択範囲としては,ENCおよびLUとデモグラフィック変数との2要因の交互作用をそれぞれ個別に検討し,ステップワイズ法(増減法)によってAICを基準としてモデル選択をしていく。ただし,LUとENCの交互作用は含まず,デモグラフィック変数間の交互作用も仮定しない。

4には3つの推定結果が示されているが,左側が交互作用項を含まないモデル,右側が交互作用項をすべて含んだモデル,中央がAIC基準で採択された最良モデルの推定結果である。Adj. R2(調整済みR2値)およびAICから,中央の最良モデルが最も適合度が良いことを確認した。以下では,中央の最良モデルの推定結果を考察する。

表4

新しい生活様式への適応を説明するモデルの推定結果

注): p<0.1, *: p<0.05, **: p<0.01, ***: p<0.001.

最良モデルの結果を見ると,新しい生活様式への適応(Life)は,ENC(βENC=0.246, p<.001)とLU(βLU=0.212, p<.001)については正の直接効果が確認された。一方で,在宅勤務率そのものも,やはり新しい生活様式への適応(Life)には大きな影響を与えることが確認された(β在宅勤務率=0.855, p<.001)。在宅勤務は消費者の意図とは無関係に外的に与えられる環境変化であるため,在宅勤務率が高くなると,強制的に新しい生活様式への適応を余儀なくされたことが考察される。

次に,ENC, LUの交互作用項の推定結果を見ておきたい。表4の最良モデルには,ENC*年齢,ENC*性別,LU*在宅勤務率の交互作用が含まれている。図1はこれらの交互作用を含めた新しい生活様式への適応(Life)への影響を図示したものである。まず,ENCに関しては,若年層であれば,高ENCと低ENCの消費者間で新しい生活への適応に差異がある。また,男性の方が女性よりも新しい生活への適応に対してENCの調整効果が大きいことが示された。ただし,ENCは在宅勤務率については交互作用がなく,強制的な行動変容からあまり影響を受けないといえる。一方,LUについては,在宅勤務率が高くなると高LUの消費者ほど,新しい生活様式への適応ができなくなってしまうという結果が得られている。とくに本稿で測定したLUはスマートフォンアプリに関するものであるが,在宅勤務率が高くなるなどの生活の大きな変容については,高LUの消費者は高ENCの消費者よりも影響を受けやすいと考えられる。

図1

ENCs,LUsとの交互作用(分析1)

新しい生活様式への適応度(Life)を目的変数とした分析結果から,ENCsは環境変化に頑健であり,LUsはENCsと比較するとやや適応度を落としていることが示唆された。環境変化に対するENCsとLUsの違いが明らかになったわけだが,次節では在宅勤務期間中のソーシャルメディアの利用動向について,ENC,LUとの関係を検討したい。

V. 分析2:在宅勤務におけるソーシャルメディアの利用

1. 変数とモデル

次に,先端層とソーシャルメディアの利用状況との関係を検討する。回答者に対して,8種類のソーシャルメディアについて在宅勤務中に利用したかを「はい」,「いいえ」から選択する形式で回答を収集し,これを総和して値を得ている。したがって,ソーシャルメディア利用数(SM)は最小0,最大8となる変数である。本節では,ソーシャルメディアの利用については,在宅勤務中に利用したソーシャルメディアの利用数を目的変数(SM)として,新しい生活への満足度と同様に,ENC, LUの直接効果と,在宅勤務率を含めたデモグラフィック変数との交互作用項を説明変数としたモデルを推定する。分析には,在宅勤務を全くしていない回答者を除外し,184人を分析対象としている。表5は,前節と同様,モデルに含まれる変数の相関係数を示している。こちらもLUとENCの相関係数がやや高いが,VIF=1.50程度であり,多重共線性によって結果が不安定になる可能性は低いと考えられる。

表5

相関係数行列

注): p<0.1, *: p<0.05, **: p<0.01, ***: p<0.001. N=184

2. 分析結果

目的変数であるソーシャルメディアの利用数は,最小1,最大5をとる整数値となった。このような目的変数を分析するため,本節では順序ロジットモデルを採用する。前節と同様に,探索的に説明変数を選択して最良モデルを求めた。表6には3つの推定結果が示されているが,左側が交互作用項を含まないモデル,右側が交互作用項をすべて含んだモデル,中央がAIC基準で採択された最良モデルの推定結果である。以下では,中央の最良モデルの推定結果を考察する。

表6

ソーシャルメディアの利用数を説明するモデルの推定結果

注): p<0.1, *: p<0.05, **: p<0.01, ***: p<0.001.

最良モデルの結果を見ると,ソーシャルメディアの利用数(SM)は,ENC(βENC=1,696, p<.001)については正の直接効果が確認された。一方で,LU(βLU=−0.359, p>.1)については直接効果は確認されなかった。在宅勤務率は分析1と同様に,正の影響を与えることが確認された(β在宅勤務率=1.973, p<.01)。次に,ENC, LUの交互作用項の推定結果を見ておきたい。表6の最終モデルには,ENC*在宅勤務率,ENC*性別,ENC*個人年収,LU*在宅勤務率,LU*性別の交互作用が含まれている。図2はこれらの交互作用を含めたソーシャルメディアの利用数(SM)への影響を図示したものである。まず,ENCに関しては,高ENCの消費者は在宅勤務率に関わらずソーシャルメディアの利用数は多いが,低ENCの消費者は在宅勤務率が高くなるほどソーシャルメディアの利用数が増えることがわかる。一方,LUには逆の傾向が見られる。低LUの消費者は在宅勤務率によるソーシャルメディア利用数の調整効果は小さい一方で,高LUの消費者は在宅勤務率が高くなるほどソーシャルメディアの利用数が増えるという結果が得られる。

図2

ENCs,LUsとの交互作用(分析2)

ソーシャルメディアの利用数(SM)を目的変数とした分析結果からも,ENCsは在宅勤務率という環境変化からの影響を受けないが,LUsは在宅勤務率に影響を受ける傾向が明らかになり,ENCsはLUsよりも外的な環境変化からの影響に対して頑健であることが示唆される。新しい生活への適応度および在宅勤務中のソーシャルメディアの利用数との関係を検討することで,環境変化に対するENCsとLUsの違いがより鮮明になってきたわけだが,次に彼/彼女らの生活行動の変化について注目してみたい。どのような行動変容によってENCsとLUsが環境変化に適応したのか,またENCsのほうがLUsよりも,そのパフォーマンスが高い背景には,どのような行動変容の違いがあるのか,を次節にて検証する。

VI. 分析3:行動履歴との関係

1. アプリ起動ログ

分析1では,ENCとLUのスコアが高い消費者ほど,新しい生活様式に適応することが明らかになった。分析2では,ENCのスコアが高い消費者ほど,コロナ禍におけるソーシャルメディアの利用数には変化がないことが明らかになった。そこで,本節では,回答者のアプリ起動ログが記録されたスマートフォンの利用動向データを紐づけることで,ENCsやLUsが新しい生活様式をどのように整えていったのかについて議論したい。とくに2020年のCOVID-19の感染拡大においては,スマートデバイスからの情報取得や,それを起因とした態度・行動の変化が議論されており,スマートフォンの利用動向データは,マクロ環境の変化に対する消費者反応を検証する好適な対象であるといえる(Beaunoyer, Dupéré, & Guitton, 2020; Magsamen-Conrad & Dillon, 2020; Laato, Islam, Farooq, & Dhir, 2020)。

分析1では430人,分析2では184人が分析対象だったが,全ての回答者のアプリ起動ログが記録されているわけではないため,2019年1~7月,2020年1~7月までの全期間(合計14カ月分)のアプリ起動ログが記録されている289人を本分析の対象とする。

比較対象とするアプリ起動ログが記録された行動データは,スマートフォンの全アプリの利用を合計した総時間と,ソーシャルメディアに限定した総利用時間である。月次で合計した総利用時間を個人ごとに算出し,2019年と2020年の同月の差分を算出し,急激な環境変化による非連続な状況下(2020年1~7月)で,ENCsとLUsがどのように平常時(2019年1~7月)と比べて,スマートフォン(またはソーシャルメディア)の利用を変化させたのかを観察する。ここでENCとLUのスコアの平均値をカットオフ値とした高低の2つのグループに分け,以後は高グループをENCs/LUs,低グループをGUs(General-Users)と呼ぶ。

2. 議論

3の上図はENCs(上左図)とLUs(上右図)のすべてのアプリ起動ログから算出したスマートフォンの総利用時間の前年同月比(休日数調整済み)を,それぞれの高低グループで示したものである。一方で,図3の下図はソーシャルメディアに限定した総利用時間を同様の視点から図示したものである。それぞれの図の横軸は2020年1~7月までを示しており,縦軸が前年同月比で総利用時間の増減率を示している。丸が付されている月は高低の2つのグループの間で有意差が見られた月であり,有意水準10%で差が見られた場合は点線,有意水準5%で差が見られた場合は実線を付している。本分析はサンプルサイズが十分ではなく,また環境変化の過渡期に収集したデータであることから,統計的な議論をするには不十分な部分も多いが,本節では図3から以下3点について議論したい。

図3

ENCs, LUs, GUsの生活行動変化

注)ENCs:左上下図のH線,LUs:右上下図のH線,GUs:全ての図のL線

第1の議論は,緊急事態宣言が発出された4月(正確には4月16日)に,ENCs/LUsとGUsでスマートフォンの総利用時間に有意差が確認できることである。国内でCOVID-19の感染第一例が確認された1月からスマートフォンの総利用時間は全体的に減少しているが,緊急事態宣言によって在宅時間が急増したと考えられる4月は,GUsがスマートフォンの総利用時間を急増させている(平常時と同程度にまで戻してしまった)一方で,ENCs/LUsは変化させた(減らした)ままである。この4月時点に対して考察できることは,1月時点から変化がないことと,分析1でENCs/LUsは新しい生活様式への適応をした消費者であることが明らかになっていることから,1月時点から環境変化に適応し,緊急事態宣言の発出というマクロ環境の変化が起きた4月時点では,すでに新しい生活様式を整えていた可能性が考えられる。このことは,6月以降により顕著となる。それが第2の議論である。

緊急事態解除宣言が発出された6月以降(正確には5月25日)に,ENCs/LUsとGUsでスマートフォンの総利用時間には,より大きな有意差が確認できる。6月は緊急事態解除宣言が発出されたことで,再び消費者が外出するようになり,在宅時間が減った状況下であったと考えられる。この時点で,急激にスマートフォンの総利用時間を増やしたのがGUsである。コロナ禍であるとはいえ,強制的な自粛が求められなくなったことで,抑制されていた行動が一気に爆発した様相が観察される。ENCs/LUsも多少はスマートフォンの総利用時間を増やしてはいる(平常時と同程度にまで戻している)が,7月には再び1~5月と同程度に戻している。一方で7月時点のGUsは,総利用時間を減らしているものの,依然として前年同月比より増えている。以上の考察は,議論1の考察の確度を高める内容といえる。

そして第3の議論は,ソーシャルメディアの利用動向についてである。ここでは,とくにENCsのソーシャルメディア利用動向に注目していただきたい。分析対象期間を通してLUsやGUsのソーシャルメディアの利用動向には大きな変化が確認できるが,それと比べてENCsのソーシャルメディア利用動向の変化は小さい。このことは,分析2からも同様の考察が得られているが,実際にその変化量(0からの絶対差)を算出してみると,LUsが0.043,GUsが0.036(低LUs),0.067(低ENCs)に対して,ENCsは0.026と,その変化量は小さい。この点は,議論1と2の内容をさらに支持する結果となっている。加えて,スマートフォンの総利用時間の動向だけでは,ENCsとLUsが識別できなかったが,ソーシャルメディアに限定すると,ENCsとLUsの利用動向にも違いが見られるようになった。社会的変化を把握するために今日では必要不可欠となったソーシャルメディアの利用動向は,ユーザーがどのように環境変化に対応しているのかを,より一層明瞭にしてくれる。それゆえ,COVID-19のアウトブレイクによるマクロ環境の変化においては,特定の領域における先端層であるLUsのソーシャルメディアの利用動向の変化量は,GUs(低LUsと低ENCs)と同程度である一方,さまざまな角度から広範に現状を検討し,独自性のある進歩を創造することができるENCsは,平常時からLUsやGUsよりもソーシャルメディアを利用していることが推察され,急激な環境変化においても利用動向の変化量が小さかったと考えられる。

VII. さいごに

本稿では,COVID-19のアウトブレイクによって大きく市場環境が変化している今日のように,急激な環境変化による非連続な状況下において,次世代イノベーションの源泉としてENCsの有用性を先行研究レビューによって示し,ENCsが新しい生活様式に適応した消費者であったことを分析によって明らかにし,加えて彼/彼女らのスマートフォン(とくにソーシャルメディア)の利用動向を分析することで,ENCsの環境変化に対する行動変容の特徴を捉えることを試みた。その結果,ENCsは同じ先端層であるLUsよりも環境変化に対して頑健であり,新しい生活様式に適応した消費者であることが明らかになり,彼/彼女らのスマートフォン利用動向は,とくにソーシャルメディアの利用動向においてLUsやGUsとは異なる可能性を示した。その背景には,ENCsが平常時からソーシャルメディアを他のユーザーたちよりも広範かつ高頻度で利用していた可能性が推察される。

本稿で提供した議論は,環境変化の過渡期における研究成果である。まだまだ議論すべき余地があり,今後も続く社会的な環境変化の中で,消費者のスマートフォン利用動向を観察し,定期的に先端層調査を実施することで,本稿で議論した考察の確度を高めていく必要がある。COVID-19のアウトブレイクによって,さらに未来市場への視界が不明瞭になった今日において,次世代イノベーションの源泉を探すことはより難しくなった。本稿は,先端層という消費者概念に注目し,彼/彼女らがその源泉となりうる可能性を検討してきた。しかし,従来は,新製品のコンセプト開発においてイノベーションの源泉として検討されてきたENCsやLUsを,本稿のような研究文脈に対応させること自体の妥当性について,十分な説明ができているとは言えない。この点についても,より慎重な議論を今後提供する必要があるだろう。

謝辞

本研究成果の一部は,科学研究費補助金(基盤研究(B)課題番号:17H02573および基盤研究(C):19K01953)の交付を受けたものです。また,本論文の執筆にあたり,生稲史彦先生(中央大学),中野暁様(株式会社インテージ),一小路武安先生(東北大学),山口真一先生(国際大学)より有益なコメントを頂きました。この場をお借りして御礼申し上げます。

西本 章宏(にしもと あきひろ)

関西学院大学商学部 准教授

2005年関西学院大学商学部早期卒業。同大学大学院博士課程前期課程修了,日産自動車(株)国内マーケティング本部宣伝部,慶應義塾大学大学院経営管理研究科後期博士課程(博士:経営学),2011年小樽商科大学商学部准教授を経て,2014年より現職。

勝又 壮太郎(かつまた そうたろう)

大阪大学大学院経済学研究科 准教授

2005年筑波大学社会工学類卒業,2007年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了,2011年同博士課程修了,博士(経済学)。長崎大学経済学部助教,准教授を経て,2015年より現職。

本橋 永至(もとはし えいじ)

横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 准教授

2003年立教大学社会学部卒業。2005年同大学大学院博士課程前期課程修了,2009年カリフォルニア大学アーバイン校大学院修士課程修了,2013年総合研究大学院大学博士後期課程修了。博士(学術)。2013年横浜国立大学大学院国際社会科学研究院講師を経て,2014年より現職。

References
 
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