2021 Volume 40 Issue 4 Pages 75-83
本稿の目的は,消費者視点からのオムニチャネル買物価値(Omni-Channel Shopping Value)(Huré, Picot-Coupey, & Ackermann, 2017)の理解に求められる視座を提供することにある。小売業におけるテクノロジー活用の進展により,オムニチャネル・リテイリング(Brynjolfsson, Hu, & Rahman, 2013)の実現が進んでいる。この流れを受け小売業におけるオムニチャネル戦略の研究が企業の視点から展開されているが,これらの買物体験を消費者の視点から検討する先行研究は少ない。本稿では,オムニチャネル・ショッパー研究の現状を示した上で,その消費者行動の理解に寄与すると考えられる3つの研究領域についてレビューする。具体的には,技術受容モデルに基づくモバイルアプリ受容行動研究とショールーミング・ウェブルーミング行動研究,店頭受け取りサービス(Buy Online, Pick-Up In Store)研究の3つである。最後に,オムニチャネル買物価値の理解に求められる今後の研究課題を提示する。
The aim of this paper is to provide a research perspective for understanding omni-channel shopping value (Huré, Picot-Coupey, & Ackermann, 2017) from a customer point of view. As technology blurs the distinction between online and offline retailing, the age of omni-channel retailing (Brynjolfsson, Hu, & Rahman, 2013) has arrived. The omni-channel retailing phenomenon has created several interesting research issues. However, this new research area has mainly gained attention in academia from company perspectives, rather than consumer perspectives. Thus, this paper examines current omni-channel shopper research and the relationship and research gap in research areas such as mobile app adoption; showrooming & webrooming; buy online, pickup in store (BOPIS) behavior; and omni-channel shopping values. Finally, future research agendas will be discussed.
本論文の目的は,消費者視点からのオムニチャネル買物価値(Omni-Channel Shopping Value)(Huré, Picot-Coupey, & Ackermann, 2017)の理解に求められる視座を提供することにある。オムニチャネルに関する多くの既存研究(Huré et al., 2017; Lemon & Verhoef, 2016; Rapp, Bakera, Bachrach, Ogilviea, & Beitelspacher, 2015; Verhoef, Kannan, & Inman, 2015)によると,オムニチャネル1)とはチャネル間とタッチポイントの完璧な連携を指し,買物行動における最適なブランド体験をもたらすものとされている。この体験提供を通じて小売業は,消費者の情報検索から購買までのプロセスにおいて他企業へ移動させないようにする企業内ロックイン効果の醸成が可能になる(Neslin et al., 2006)。複数チャネルを行き来することが当たり前になった消費者は,買物プロセスの一貫性やシームレスなカスタマー・ジャーニーを期待しており,それらをオムニチャネル・ジャーニーと呼ぶ(Melero, Sese, & Verhoef, 2016)。このような買物プロセスにおいて,情報技術(以降はITと表記)を活用しながら複数チャネルを同時に利用するオムニチャネル・ショッパー(Lazaris & Vrechopoulos, 2014)が誕生している。
オムニチャネル戦略の実現が企業にもたらす効果として,顧客満足やロイヤルティの形成,クチコミ・マーケティングの実現に寄与することが先行研究から示されている(Kumar & Reinartz, 2016)。つまり小売業はブランドとしての一貫性も担保しながら,オムニチャネル戦略の実践を通した複数の働きかけによって積極的な顧客関係構築を試みている(Verhoef et al., 2015)。この顧客関係の構築を進めるためには,顧客がどのような体験として知覚したのかを測定する必要がある。
この消費者視点からのオムニチャネル体験の理解に対して,Huré et al.(2017)はオムニチャネル買物価値(Omni-Channel Shopping Value;以下OCSVと表記)の測定と,消費者のオムニチャネル統合度(Omni-Channel Intensity;以下OCIと表記)の知覚の重要性を提唱している。OCSVとは,購買プロセス全体を通して発生する,企業の提供物に対する多面的な構造を持った,顧客の認知的,感情的,行動的,感覚的,社会的な反応であると定義されている。このような体験をホリスティックに把握することが,オムニチャネルがもたらす消費者体験の理解に求められている(Lemon & Verhoef, 2016)。また,OCIとは,オムニチャネル戦略によって提供されたチャネルの融合に一貫性があり,シームレスな買物体験を提供していることに対する消費者知覚の程度として定義されており,これらの測定が実現化することによって,消費者視点でのオムニチャネル戦略の価値の可視化が可能となると考える。
OCSVの理解に対する障壁として,この体験の複雑性がもたらす把握困難性が挙げられる(Verhoef et al., 2015)。しかし,Lemon and Verhoef(2016)は,現代の買物経験を購買前,購買,購買後の3段階のプロセスに分解することが,オムニチャネル・ジャーニー(Melero et al., 2016)の理解に寄与するとしている。これまでも購買意思決定と購買時のチャネルが異なるショールーミングや,ウェブルーミングを検討することにより,複数チャネルを活用した購買行動に関する研究は行われている(Brynjolfsson et al., 2013; Rapp et al., 2015)。また,このような買物体験において,モバイル・タッチポイントの重要性が高まっている(Lemon & Verhoef, 2016)。モバイル・タッチポイントは検索行動も可能であるため,チャネル間の相互作用に影響をもたらす。つまり,モバイル・タッチポイントを活用する消費者は,チャネル間の相乗効果と便益を最大限に享受していると考えられる(Lemon & Verhoef, 2016)。また,モバイル・タッチポイントの普及が,ショールーミング・ウェブルーミング行動を加速化していると考えられる(Rapp et al., 2015)。ゆえに本稿では購買前行動から購買に至るプロセスで行う特徴的な消費者行動と,モバイル・タッチポイントの活用法に着目することがOCSVの理解に寄与すると考え,以下の先行研究の検討を行う。
チャネルの融合がもたらす買物行動の中でOCSVの理解に求められる研究として以下の3つの研究が挙げられる。第一に,3チャネルの結節点として機能し,相乗効果をもたらすと考えられるモバイルアプリ受容行動が挙げられる。第二にその受容行動が促進すると考えられる,ショールーミング・ウェブルーミング行動,第三にオンライン注文したものを店頭で受け取る,店頭受け取りサービス(Buy Online, Pick-Up In Store;以下BOPISと表記)行動が挙げられる。はじめに,これらの先行研究を整理し,モバイル・タッチポイントの重要性を指摘し,その位置付けを行う。つぎに技術受容行動とオムニチャネル体験のホリスティックな理解のために克服すべきリサーチ・ギャップを指摘し,最後にオムニチャネル研究の今後の指針を提示する。
本論文の構成は次の通りである。第2節では,オムニチャネル・ショッパー研究の現状を検討する。第3節は,オムニチャネル行動に不可欠なモバイル・タッチポイントであるモバイルアプリ受容行動に関する研究を示し,オムニチャネル・ショッパーを通した技術受容行動の理解に求められる理論の解説を行う。第4節ではショールーミング・ウェブルーミング行動研究からオムニチャネル・ショッパーの行動理解に求められる研究視点を解説する。第5節はBOPIS研究における現状と消費者視点の欠如を示し,第6節では今後の研究課題を示す。
オムニチャネル戦略には消費者に対して複数チャネルを一貫した状態で提供するオムニチャネル・ジャーニー(Melero et al., 2016)の提供が求められる。しかし,オムニチャネル消費者行動研究の中心は,購買意図への影響や,チャネル選択行動,支払い意向の変化にある(Chatterjee & Kumar, 2017; Park & Lee, 2017; Rodríguez-Torrico, Cabezudo, & San-Martín, 2017)。オムニチャネル体験の理解には,主な購買チャネルである店舗やネットストア,モバイル・チャネルの3チャネルの組み合わせがもたらす買物価値とその体験理解が求められるが,これらの融合で初めて実現可能な消費者行動を研究対象とするものが少ない。特に複数のチャネルを同時に接続することを可能にするモバイル・タッチポイントがもたらす消費者行動の変化と,オムニチャネル・ショッパーの体験において重要な影響を与えると考えられるオムニチャネル統合度(Huré et al., 2017)の消費者知覚を対象とした研究も不足している。つまり,オムニチャネル体験が消費者にもたらす買物価値には,十分な焦点が当てられていないと言える(Shen, Li, Sun, & Wang, 2018)。
さらにオムニチャネルがチャネル間とタッチポイントの完璧な連携を指し,買物行動における最適なブランド体験と定義されているにも関わらず,オムニチャネル消費者行動研究においては3チャネルの連携という重要な体験把握が不十分な状態である。例えばHuré et al.(2017)は,オムニチャネル買物価値(Omni-Channel Shopping Value;以降は「OCSV」と表記)の実証研究においてオムニチャネル・ショッパーの特定を,以下の5つの条件を用いて多面的に行なっている。それらは1)対象者の最後の買物体験の確認,2)オフライン,モバイル・ショッピングにおけるスマートフォン利用,3)オフライン,モバイル・ショッピングにおけるインターネット利用,4)特定のクロスチャネル体験について(ネットでの買物前のショールーミングや店舗での買物前のネット予約),5)対象者の理想的なオムニチャネル買物体験についてのインタビュー調査で構成されている。この手法は複数の側面からオムニチャネル・ショッパーの買物行動を測定している点は評価できるが,実際に全ての対象者が3つのチャネルを購買行動において利用しているか不明確である。またオムニチャネル・ショッパー行動を技術受容の観点から考察したJuaneda-Ayensa, Mosquera, and Sierra Murillo(2016)はオムニチャネル・ショッパーの定義を少なくとも2つのチャネル利用を同じ小売業で実施した者としており,3チャネルの包括的活用の視点が欠如している。
オムニチャネル・ショッパーの理解において,3チャネルの常時利用者のみを対象とする制約を課すことは研究の阻害要因と考えられるが,モバイル・タッチポイントを活用する消費者は,複数チャネル間の相乗効果と便益を最大限に享受していると考えられる(Lemon & Verhoef, 2016)ことからも,今後増加が予測をされるオムニチャネル・ショッパー研究においてモバイル・タッチポイント活用に注目する必要がある。Liu, Lobschat, Verhoef, and Zhao(2019)はモバイル・チャネルを活用した買物体験は以下の3つの行動変化,1)店舗やPCに依存しない買物体験,2)情報探索機能としてのモバイル・タッチポイントの活用(Melero et al., 2016),3)友人や,小売業,他の消費者とリアルタイムな交流(Verhoef et al., 2015)を実現したとしている。つまり,モバイル・タッチポイントの活用把握が,オムニチャネル体験理解の必要条件と言える。そこで次節では,オムニチャネル体験に不可欠なモバイル・タッチポイントの受容行動とその技術受容に関する研究の重要性を解説する。
小売業で普及しているモバイル・タッチポイントとして注目を集めているモバイルアプリに関する研究(Huang, Lu, & Ba, 2016; Kim, Wang, & Malthouse, 2015)は,モバイルアプリをオンライン・チャネルのさらなる追加として位置づけられるものが多く,モバイルアプリのオフライン・チャネルに対する影響に注力している。またこれらの先行研究の共通見解は,消費者が活用するチャネルが増えると,支出が増加するということである。この結果は小売業がモバイルアプリを新たな販売チャネルとして導入する動機を提供している。
一方でモバイル・タッチポイントは,購買時,購買後の段階よりも,購買前の段階に最適なツールであることを示す研究もある(De Haan, Kannan, Verhoef, & Wiesel, 2015)。このことは,モバイルアプリが,他のチャネルとの結節点として機能する可能性を示している。しかし,モバイルアプリが有する他チャネルとの結節点としての機能を研究したものは少ない。複数チャネルを提供することは,消費者の知覚利便性向上に寄与することが明らかになっている(Ansari, Mela, & Neslin, 2008)。また,情報入手可能性を高め,消費者に製品や小売業に関する多くの知識提供を可能とし,小売業への認知と積極的交流を促進するとされている(Keller, 2010)。さらに,モバイルアプリを提供するブランドに対して消費者が示す高いレベルのエンゲージメントと好意的態度形成を示したBellman, Potter, Treleaven-Hassard, Robinson, and Varan(2011)は,ブランドが提供するモバイルアプリは商品カテゴリーに関する関心を高めるだけでなく,そのブランドに対する興味を高めることを示している。つまり,モバイルアプリには販売チャネル以外の機能を有していると考えられる。
オムニチャネル・ショッパーによるモバイルアプリを通した買物体験の理解と利便性享受の解明は,オムニチャネル戦略の主な目的である顧客関係構築(Verhoef et al., 2015)の可視化につながると考える。つまりモバイルアプリの販売チャネルとしての機能だけでなく,企業との交流やオムニチャネル体験の円滑化に寄与する機能に関する研究視点が求められる。オムニチャネル体験において,モバイルアプリを消費者がいかに知覚しているかを示すことは,これまでのモバイルアプリ受容行動研究に新たな視座を提供する可能性がある。また増加が見込まれるオムチャネル・ショッパーと,オムニチャネル体験の重要な結節点であるモバイルアプリの受容行動という研究領域の深耕が新たな知見を産む可能性は高いと考える。
このようにオムニチャネル体験においては,消費者によるスマートフォンの活用法やアプリのダウンロード作業に代表される技術受容行動が伴う。モバイルアプリの受容効果と消費者行動の関係について,モバイル・ウェブサイトとモバイルアプリの違いを研究したLiu et al.(2019)は,消費者のモバイル・テクノロジーに対する受容行動を技術受容モデルとその拡大理論に基づいて考察を深める必要があるとしている。これらの先行研究2)においては主にテクノロジーに対する消費者の知覚(例えば利便性,利用容易性,快楽性)や心理的異質性(例えば視覚定位,革新性,課題と技術の適応性)について研究がされてきた。このような研究の進展を踏まえ,ITの進化とともに変化する消費者行動を理論的に把握する試みにおいては,オムニチャネル・ショッパーに代表される最先端の消費者を対象とした研究が求められる。こうした研究は,消費者視点でのオムニチャネル買物価値の理解に寄与すると考えられる。
上述の通り,オムニチャネル・ショッパーは,モバイル・タッチポイントを有効活用することで購買前と購買時に異なるチャネルを利用する可能性が高い。このことは,オムニチャネル・ショッパーにとってのモバイル・タッチポイントは,ショールーミング行動やウェブルーミング行動といった消費者行動を容易にし,チャネル間の相乗効果と便益の最大化に寄与している(Rapp et al., 2015)。ゆえに,オムニチャネル・ショッパーの理解においてもショールーミング,ウェブルーミング研究は重要な研究領域であると言える。
ショールーミング(Flavián, Gurrea, & Orús, 2016)とは,商品確認行為を店舗で行い,購買行動をインターネット上で行う行為を意味する。また,ウェブルーミング(Kumar, Anand, & Song, 2016)とは,商品検索行動をインターネット上で行い,購買行動をリアル店舗で行う行為を指す。
ショールーミング行動は小売企業の観点からは実店舗販売に対する脅威であるという認識が共有されており,2010年代後半から精力的に研究が行われている。主な研究実績としては,ショールーミング行動の先行要因研究(Daunt & Harris, 2017)や,この行動を行う消費者の特徴に関する研究(Gensler, Neslin, & Verhoef, 2017),小売業が講じる同行動に対する対抗策の考察,店舗売上への影響に関する研究が挙げられる(Basak, Basu, Avittathur, & Sikdar, 2017; Rapp et al., 2015)。
一方,ウェブルーミング行動に関する研究は,ショールーミング行動に関する研究と比べると蓄積が少ない(Flavián et al., 2016)。ウェブルーミング行動の先行要因はショールーミング行動と異なることが明らかにされており(Flavián et al., 2016),今後の研究領域としての重要性が指摘されている(Verhoef et al., 2015)。しかし,ウェブルーミング行動の既存研究の中心的関心は概念構築やフレームワーク開発にあり,ウェブルーミング行動を顧客経験として取り扱ってこなかった(Flavián et al., 2016)。
これら2つの消費者行動に関する研究の多くは,店舗やネットストア,モバイル・チャネルといったチャネル機能の違いがもたらすチャネル要因のスイッチング行動と,小売業が提供するオムニチャネル体験に代表される買物体験の差がもたらす小売業要因のスイッチング行動には関連性はないと結論づけるものが多い(Manss, Kurze, & Bornschein, 2019)。つまり,消費者のチャネル・スイッチング行動をチャネル要因と小売業要因を同時に考慮した研究は少ない。そのような中,Manss et al.(2019)は,特定チャネルから提供されるアフターセールス・サービスや価格的魅力,提供物の質が消費者のウェブルーミング行動を行うかを決定する先行要因であるとし,チャネル要因だけでなく小売業要因についての考察を行なっている。彼らはロイヤルティの高い行動とは,同じ小売業のチャネルを購買から情報探索まで行うことを指し,ロイヤルティの低い競争的ウェブルーミング3)行動者は情報探索をオンラインで行うものの,購買は別の小売業におけるオフラインで行うというロックイン効果の弱さを指摘している。また,Manss et al.(2019)によれば,ショールーミング,ウェブルーミング行動の両方を捉えた買物体験の理解はチャネル要因だけでは不十分であり,小売業要因も考慮する必要があるとしている。
このような研究結果は,消費者視点のオムニチャネル研究においても重要な示唆を与えている。それは,同じ小売業が運営する複数チャネルを購買時も情報探索時も利用する,ロイヤルティの高いショールーミング,ウェブルーミング行動者は,オムニチャネル・ショッパーの可能性が高いということである。小売業にとって理想的なオムニチャネル・ショッパーとは,チャネル特性を理解した上でオンラインとオフラインを行き来しながらも,小売業やブランドのスイッチを行わない消費者である。その状態は,オムニチャネル体験に必要な企業内ロックイン効果が生まれていることを指す(Neslin et al., 2006)。したがって,オムニチャネル・ショッパーの行動理解においてはチャネル要因と小売業要因の両方を考慮する必要があり,ウェブルーミング,ショールーミング行動研究はオムニチャネル・ショッパーの理解においても重要な研究領域であると言える。
Shi, Dong, and Cheng(2018)は近年のオンラインとオフライン・チャネルの運営に求められる機能として商品の注文機能の充実化を挙げている。彼らは店舗にオンライン注文商品の受取場所という新たな機能が追加されたことを指摘している。この機能は店頭受け取りサービス(Buy Online, Pick-Up In Store;以下BOPISと表記)(Gallino & Moreno, 2014)と呼ばれ,オムニチャネル戦略における主要なサービス形態の1つとして挙げられる。BOPISとは一般的にオンラインで購買を行い,その商品を店頭で受け取り,場合によってはネットで購買したものを店頭で返品するといった行動を指す(Gallino, Moreno, & Stamatopoulos, 2017)。
BOPISサービスの導入は,小売業と消費者の両方にメリットをもたらす。小売業側とっては,店頭在庫の回転率向上と販売機会ロスの防止につながる(Gao & Su, 2017a)。さらに消費者のもとに商品を配送するコストが削減される(MacCarthy, Zhang, & Muyldermans, 2019)。一方,消費者にとっては,店頭における追加購買や非計画購買を商品受取時に行うことができるというメリットがある(Gallino & Moreno, 2014)。また,各チャネルの利点の享受や,買物行動における生来のコスト(移動コストや配送料,商品到着までの待ち時間に対する心理的コスト)の回避につながる(Chatterjee, 2010)。さらにBOPISは,宅配に比べて待ち時間が少なく,受け取り時間を消費者の都合で設定できることが多く,時間的柔軟性を消費者に提供することができる(MacCarthy et al., 2019)。また,多くのBOPISが無償で提供されていることからも消費者にとって経済的である。
しかしBOPIS研究はいまだ企業のメリットや効果に関する研究が中心であり,サービス受益者である消費者の知覚価値に言及したものは少ない(Kim, Park, & Lee, 2017)。その数少ない研究の中で,Jin, Li, and Cheng(2018)は,BOPISと消費者の意思決定プロセスに焦点を合わせた研究を行い,サービス提供範囲の最適化に関する検証を行っている。またGao and Su(2017b)は,消費者自ら注文行為を行うオムニチャネル・セルフオーダー技術の効果を検証し,待ち時間の費用が低減されることを明らかにしている。小売業によるBOPISサービスの普及に対してKim et al.(2017)は,BOPISを従来の店舗やオンラインストアとは異なる新しいイノベーションの1つと仮定している。このような仮定の上に擬似体験によるシナリオ要因分析を用いて,いかに消費者のイノベーション(この場合にはBOPIS)に対する知覚された特徴とオンラインショッピングに対する知覚リスクがBOPISの利用意向に影響を与えるかを,状況要因(地理的利便性)や商品タイプ(関与)を調整変数として研究を行なっている。彼らの研究によると,BOPIS利用意向に対する重要な変数とは消費者の比較優位性,複雑性,互換性,オンラインショッピングにおけるリスクへの知覚が挙げられており,これらの関係は地理的利便性と商品関与によって調整されることが明らかになった。またKim et al.(2017)においてはイノベーション受容に関する特徴の理解に対して普及理論(Rogers, 2010)を適用し,オンラインショッピングにおけるリスク(Cho, 2004)がBOPIS利用意向に影響を与える重要な変数であるとしている。
Kim et al.(2017)が示すように,BOPISには技術受容とともに革新的サービスに対する消費者の知覚が利用意向に対する態度形成に影響を与えている。このような結果はモバイルアプリの受容行動研究と同様の示唆を提供している。またBOPISという行動には,同一小売業におけるロックイン効果と複数チャネルの利用が明示化されていることからも,ウェブルーミング,ショールーミング行動研究からの知見も活用が見込まれる。さらにGao and Su(2017b)は,BOPISサービス利用にはインターネットはもちろん,特定ハードウェアの活用や,モバイル・タッチポイントやアプリが活用されている可能性が高いとしている。ゆえに,BOPIS利用者の買物行動の可視化は,上述のショールーミング,ウェブルーミング行動同様,複数チャネルの利用と技術受容を伴うことが予想される。つまり,オムニチャネル・ショッパー行動理解に寄与する可能性が高いと思われる。さらにこのサービス活用に対する消費視点での研究が進展することが,BOPIS研究における消費者の知覚価値の理解に寄与すると考えられる。
IIからIVまで消費者視点からのオムニチャネル買物価値の理解に求められる視座とリサーチ・ギャップについて議論してきた。ここまでの議論から以下の3つの研究課題が導かれる。
第一に,オムニチャネル環境下におけるオンラインとオフラインをシームレスに統合するために不可欠なモバイル・タッチポイントが果たす役割と,その消費者の知覚価値の理解の重要性が挙げられる。モバイルアプリの販売チャネルとしての機能理解は進んでいるものの,オンラインとオフラインの結節点としての役割を持つモバイルアプリの提供価値を研究することが求められる。特にモバイルアプリが果たす役割については,ショールーミングやウェブルーミング,BOPIS行動に不可欠なチャネルになっていることからも,さらなる研究が行われるべきである。つまり,チャネルやタッチポイントの統合がもたらす動的買物体験をオムニチャネル・ショッパーのモバイルアプリ受容行動から理解を進めることができれば,モバイルアプリがもたらすブランドに対するロックイン効果の理解にも繋がる。ゆえに,モバイルアプリとオムニチャネル買物価値の関係性の理解が重要な研究課題であると考えられる。
第二に,消費者視点でのオムニチャネル買物価値の理解に必要なオムニチャネル統合度の測定とその理解の深耕が挙げられる。Juaneda-Ayensa et al.(2016)は,オムニチャネル・ショッパーの技術受容に対する態度形成が購買意思決定プロセスに与える影響を研究し,個人的特性や費用対効果がオムニチャネル買物行動に影響を与えていることを示しているが,これらの変数は消費者が知覚する各企業のオムニチャネル統合度に左右されるという視点が欠けている。企業内ロックイン効果を維持した上で,積極的なショールーミング,ウェブルーミング行動や,BOPISサービス利用を消費者に提供するために,小売業には消費者によるオムニチャネル統合度の知覚測定が求められる。ゆえに今後の消費者視点でのオムニチャネル買物価値研究には,オムニチャネル統合度という重要な変数の考慮が求められる。
第三に,ITを活用しながら複数チャネルを行き来することが当たり前であるオムニチャネル・ショッパーが期待する買物体験の一貫性(Melero et al., 2016)をホリスティック,且つ定量的に捉える挑戦が求められる。今日までの顧客経験研究において,Lemon and Verhoef(2016)は長期的なロイヤルティへの効果識別が学術領域では不十分であることを指摘している。彼らは,短期的な購買やオンライン・ショッピングにおける顧客転換率(Conversion Rate)などと共に,長期的なロイヤルティやリピート向上をもたらす顧客生涯価値(Customer Lifetime Value)を包含する顧客経験の測定や尺度開発の重要性を挙げている。顧客経験の測定尺度は洗練されておらず,カスタマー・エンゲージメントなどの既存概念とどう関係しているかといった点の解明も重要となる。さらにそのような顧客経験の発生・促進要因の解明を進めていく必要もある。顧客満足や顧客価値に比べて,オムニチャネル買物体験がどのような要因に影響を受けるのかについての研究や,この買物体験の定量的理解についての研究は不足している。またモバイルアプリ受容行動研究でも提唱されているように,技術受容モデルを活用した,オムニチャネル買物価値の理解も重要となる。ゆえにオムニチャネル化する顧客購買行動の理論的考察を進めるには,オムニチャネル・ショッパーを対象とした買物価値のホリスティックな理解を目的とした定量研究を行う必要があると考える。
指導教授である一橋大学上原渉先生,副指導教授である松井剛先生には拙稿の執筆に関してご指導を賜り,多くの示唆を頂きました。ここに深く御礼申し上げます。
奥谷 孝司(おくたに たかし)
米ワシントン州 University of Washington卒業後,人材派遣会社を経て,97年株式会社良品計画入社。店舗勤務,商品開発,WEB事業を経験。10年早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。17年より一橋大学大学院経営管理研究科 博士後期課程在学中。15年10月オイシックス(現 オイシックス・ラ・大地)株式会社入社。16年10月より 執行役員 Chief Omni-Channel Officer。18年9月 株式会社顧客時間創業 共同CEO 取締役